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帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

修学旅行編 第一章「彼の旅はこうなる」

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04-84-05 だから彼は間に合った

あけましておめでとうございます…………はて、もう21日とな?
毎年、毎年、正月ボケはおそろしいのぅ…………いや、マジで。
どうにもいつもと違うタイムスケジュールは調子が狂って困る。

そんな俺ですが、今年もよろしくお願いします。(とってつけたように!?





「私は……神話の中にでも迷い込んだのか?」

伯爵は王家の屋敷、敷地を覆う格子状の柵越しに戦場を眺めていた。
自らの安全を考えるなら建物の中の方が良いのは分かっていたが、
この地を預かる者として、多くの客を招待した立場として、外で起こる
自分達の命を脅かさんとするモノとそれを防ごうとする者達の戦いに
無関心ではいられなかった。尤もそれとは別に敵戦力の常識外れな性能を
見て取っていたがゆえに敷地を覆う結界を突破されてしまえば屋敷に
隠れていても結果は同じだと理解していたというのもあったが。

「そ、そうだとするなら伯爵さま、これは悪夢のような神話ですよ!」

伯爵の呟きに答えたのはその達観した結論に付き合わされた一人の護衛兵。
目の前の光景に完全に及び腰だが雇い主を放り出す程不真面目ではないらしい。
そして二人はその光景に、目ではなく自分達がいる場所を疑ってしまっていた。

「まるで神邪大戦記だ。邪神の分身が大地や空を覆うっていう話のまま。
 それを一方的に滅ぼすあれも…数多の火柱に、雨のような雷に、局地的な吹雪!
 邪神がそこにいるだけで起こったっていう災害のオンパレードじゃないですか!」

なんでこんな目に、とわが身の不幸を嘆く護衛はもう泣きそうだった。
襲いくるも迎え撃つも神話にある凶悪な邪神のそれ同士に思える光景では仕方ない。
件の神話がどこまで事実であるかはこの国で伯爵の地位を持つ立場ゆえ甚だ疑問の
神話ではあるが、護衛兵の感想自体には同意したいのが本音であった。

空と大地を埋め尽くすほどの敵勢をテンコリウス一体が起こす災害染みた
攻撃が一掃する。行われているのは単純なその繰り返しではあるが、中身が異常だ。
ヒトを主とした彼女─テンコリウスがヒトの姿となるのはいい。当然のことである。
遠目にだが人目を惹きつける程の美貌と色香は、だが魔性のそれのようで恐ろしい。
そしてひとたび力を振るえば大地が震え、空が焼け、大気が竦む。
彼の最強魔獣について語られる多くの逸話を完全再現した光景である。
伯爵個人は伝え聞く話の誇張の無さに妙な理不尽さを感じていたが。

──これならいっそもっと強大にしてくれた方がよかった

ヒトはどうしても大きすぎる話を聞くと話を盛っているように感じる。
そんな大仰なこといっているが実際はこれぐらいのことであろう、と。
話七割ぐらいに考えていた彼は逸話の数々が先人たちの本気の忠告であると
理解する。正確過ぎてかえって伝わらなかったのは何の皮肉か。

「いや、本当の悪夢(もんだい)は……」

視線を意図的にそちらに移して息を呑む。
現実逃避として“まだ”納得できるテンコリウスの方に意識が持っていかれた。
護衛兵はおそらくこの光景の本当の異常性がわかっていない。派手な部分に
だけ意識が集中して、より異常な部分に気付いていない。あるいは伯爵と
同じく無意識に気付かないようにしているのか。

「……前代未聞の主だな」

もはや一周回って苦笑いしか出てこない伯爵である。
何故ならそんな怪物と共に戦えるあの主は果たして本当にヒトなのか。
次々と増援が現れる相手も相手だがそれをほぼ即座に殲滅するテンコリウス。
そしてその苛烈な攻撃の隙間(なか)で“残り”を平然とした顔で潰す主も同列であろう。
アースガントの妹姫が半月程前に旅の同行者を増やした事は彼も聞き及んでいた。
我が儘姫の迷惑な旅路に伯爵は王家への忠誠心から彼が出来る範囲で後処理を
行っていた。(カレ)の加入はその縁で伝わってきた情報の一つだった。一時は
その人物がどこの誰なのか不明なことから、不穏に感じていた伯爵もそれが
最強魔獣の主で、いつでもどこでも姫と勇者を叱り付けるお目付け役を自発的に
行っていること。その言葉が真っ当であり彼らがそれを真摯に聞いているという話を
知ってからは感謝と尊敬と呆れが混ざった微妙な感情を抱いていた。
ありがたいがなんて怖い者知らずな、と。
しかし、これを見たあとでは納得もする。
さもありなん。

───存在(ちから)の差がありすぎる

伯爵もまた魔法使いである。少なくとも一般的な貴族より腕前や知識で
勝っていると自負できるだけのモノは持っているつもりであった。
だからこそ夜の大地を埋め尽くすような魔導錬金の兵達の脅威を正確に
理解していた。ゆえにそれらが何の脅威にもなっていない事に戦慄する。
アースガントでも滅多に見れないレベルの高度な魔導錬金術による傑作を
鎧袖一触という言葉ですら生温い蹂躙劇で粉砕する一人と一匹(ふたり)
世界を滅ぼすことも支配することも容易だと想像させる力を共に持つ主従。
それも片方が絶対に主を変えないテンコリウス。
悪夢という表現すら温いと思える組み合わせ。

「姫さまはあんなのをどこで見つけてきたのやら……」

ただ短いながらも行えた会話から受ける印象はどこか善性を感じさせ、
それでいて頭の回転も悪くないように思えた。口調は乱暴ではあったが、
どうにも察しが良すぎて言葉が足りないだけにも思えた。これまでも確認された
ヒトのテンコリウスの主は皆、種族も性格も立場も性別もまるで違っていたが
共通としてその最強魔獣の力を使って何かをしようという野心に欠けていたという。
無論、自衛はしたし敵に容赦ない者もいて結果的に何か巨大なモノを打倒した者も
いたが自ら望んでそれを行った主というのは不自然なほどにいなかった。
彼らが主を直感的に選ぶ基準にはもしかしたら自分達の力に溺れない性質を持つ、
というのがあるのかもしれない、というのが一部の魔獣学者達が打ち出した仮説だ。
それが事実であればなんとも安心できる話ではある。が。

「……………こんなものを見せられては、それはそれで不気味だ」

これだけの力を手にして、溺れない。驕らない。歪まない。
それは、果たして、本当に、─────────ヒトであろうか。







───────────────────────────







もはや第五十陣目を越えた辺りで彼らはそれを数えなくなっていた。
そして徐々に配置や転移してくる個体の違いに勘付いてシンイチは舌打ち。

「ちっ、術式に学習機能を持たせるとは無駄に器用なことを!」

さすがにそれだけの数が一撃にも満たない攻撃で敗退し続ければ対応を変えたか。
有象無象の量産品─一般的には凶悪な個体─を盾にするように転移させ、ヨーコの
攻撃を一時防ぎつつ明らかに造形や内包した魔力量が桁違いの個体が召喚された。
ゴーレム、オートマタ、キメラ、それぞれの長所を併せたり短所をカバーするように
各々の特徴(パーツ)が混ざり合ったさらなる複合体、あるいは特注品が彼女に迫る。
が。

「っ、主様!」

「ただの討ち漏らしだ」

気遣いと一撃で葬れない申し訳なさを内包した叫びを一蹴し、周囲を一蹴する。
蹴り飛ばされたゴーレム達がそれぞれ砲弾にように特注品を押し潰す。その結果を
見ることもないまま次の討ち漏らしをただ流れ作業のようにただ潰していく。
効率とスピードを考慮した動きは増援が続く魔導錬金の兵達を即座に壊す。
しかし突如彼の周囲が月明かりや星明りをも遮る暗闇に包まれた。

「う、上です主様なんかでっかいの出ました!」

従者からの報告をまるで聞いていないかのように彼は平然とキメラの頭部を握り潰す。
無視されたから、でもないが新たに現れたその巨体は怒りを訴えるように咆哮した。

──GGYYAAAOOOOOO

空気を震わし、ヨーコの耳を伏せさせた五月蠅さの下で変わらず彼は作業を続ける。
視線を向けるのも面倒だと考えているのを従者はひしひしと感じていた。

ドラゴン(・・・・)が出て興味無し、な態度とるヒト初めて見ました……さすが主様!」

若干の呆れとそれを遥かに上回る感動に打ち震えながら彼女の攻撃もソレを無視した。
空飛ぶトカゲなど恐れるに足りないというのか。否、単なる役割分担である。
普通ならばその25mを超える体躯を無視することはどだい無理な話のはずだ。
ましてやその巨体を支えるに充分なサイズの被膜の翼が左右に広がっている。
それは実状以上にその竜の体躯を巨大に見せていた。いくらかの身体部位は
オートマタの技術で作られた複製品をキメラの製法で融合させた継ぎ接ぎの竜
ではあったがその威容、迫力は衰えるどころか不気味さが加わってやはり
無視できるような存在ではない。が。

「あんなのちまちま攻撃しても意味ないですし、それよりも他の虫どもです!
 しかしせめての供養、我らの友たる種の亡骸よ。我が主の見せ場となって散る栄誉を与えます」

我関さずか。それしか命令を受けていないのか。
ただ粛々と屋敷に向かおうとする虫けら(人形兵)を排除するのを彼女は優先する。
既に(そこ)に命がないと知って恩情を与えたのだ。テンコリウスなりの、だが。

──GGGYYYYAAAAAAAA

それを知ってか知らずか再びの咆哮を上げた巨体はシンイチ目掛けて落ちてくる。
従者の声が聞こえたのかオートマタやゴーレムを踏み壊しながら、彼は体中を
弄られ誰かの私兵とされた竜を見上げた。だがその目には哀れみはない。
あるのは障害を潰さんとする─わざとらしい─敵意。

「邪魔だ」

せめてそれぐらいは向けてやるのが礼儀だったのか。
ただ一言彼は告げると構えた右手の先端からその極光を解き放った。
踏みつけんと落ちてきた竜と迎え撃たんと跳び上がった彼はすれ違う。
一瞬の交差。煌めいたのは極光のみとなればその結末は一つしかない。
着地した巨体はまるでその衝撃に耐えきれなかったかのように真っ二つ。
左右に別れた肉体は周囲の錬金兵を多数巻き添えにして倒れこんだ。

「……遺体は故郷に返そう……それを報酬に借りるぞ」

倒れたその片方へ降り立った彼は新たな転移の光を視認しながら尾を掴む。
腰を据え、両手で掴んだソレを持ち上げるようにして全力で振り回す。
浮かび上がる巨体は転移完了直後の兵達を根こそぎ薙ぎ払うように壊滅させる。
それを四往復。頑丈な鱗が剥ぎ取れたのを見て、残りの片方でまた四往復。

「うわぁ、相変わらず主様規格外!」

ヨーコの攻撃による殲滅よりも早い一掃にむしろ歓喜の声をあげる。
半分ずつとはいえ人間が竜の巨体を鈍器として振り回す姿は壮観だったのだ。
一般的な感性であれば異常、もしくは戦々恐々とする光景ではある。
実際柵近くの目撃者達は腰を抜かした上で顎が外れていた。

「……これは報酬上乗せだな」

一方、遺体の損壊具合を激しくしてしまった事に彼自身が若干頬を
引き攣らせるがそれでも次々とくる増援はまだ終わる様子を見せない。

「78箇所目か、未知だったのが23……まだ増えそうだ」

転移の痕跡を追って見えた先にあったのは数多ある首謀者の拠点。
この魔導錬金兵達を保管している倉庫。今に造り続ける生産工場。
彼が事前に知っていた(・・・・・・・・)場所以外にもその数は増えていっていた。
全容の把握さえ終われば転移してきた群れをただ殲滅するのではなく、
魔導兵達の拠点及び工場を直接攻撃して本当の意味で一掃する事ができる。
しかし今はそれが出来る状況にない。既に露見した場所から潰してもいいが
それで対策を取られるとその対策を打ち破るかそれこそ本当に彼等が全滅するまで
この連続増援と戦い続ける必要が出てくる。ならば即座の殲滅を繰り返して場所の
把握数を増やすしかない。その増加が止まるまで。

「ああ、それが最速で、最善だろうよ」

だがそれでもなお、遅い(・・)
微塵も苦戦をしていない。手をこまねいているわけでもない
しかしシンイチの表情に浮かぶのは不機嫌そうな苛立ったそれ。
感覚が広がり過ぎた。視ただけで多くを理解してしまい過ぎる。
だから道筋が解ってしまう。これではどうやっても数手足りない。

つまりは──────間に合わない。

どうしてかは明確に説明できないのに、そうであることは確信できる。
例えるなら目の前で誰かが物を落としたのを見た感覚だ。それが地面に
落ちるまでの僅かな時間を幻視しているようなもの。落ち切る前にそれを
掴めるかどうか、そも手を伸ばして届くかどうかも含めてヒトはそれを
“なんとなく”推測できる。程度でいえばそんな感覚ではあるがこれが
彼のとなると精度は絶対の出来事(ミライ)の観測としてほぼほぼ確定する。
つまりは彼がまた目の前の命を取りこぼすことが、決定済みだ。

「くそったれっ」

致命的な原因である空を、そこを覆っている不可視の転移阻害結界を睨む。
無益な行為と思いながらもついそんな悪態をついてしまう。それのために
彼の行動の選択肢が、手段がいくつか封じられてしまっている。自らや他の
転移もだが魔導兵の拠点や工場の把握も地味に邪魔されており、またいざ
全てを把握できても結界が残ったままでは照準がずれて破壊しきれない可能性も
あった。ならばその除去をと考えたいところだが伯爵に語った内容に嘘はない。
あまりに複雑でややこしい術式で作られたこの結界を真っ当に解除するには
彼でも時間がかかり、力尽くの破壊も特殊な武器か特定の手順を踏まなくては
壊した所で影響が残ってしばらく転移が使えないままになる。
それではそもそも壊す意味がない。

「…ナイフ一本でも借りておけば良かったか」

詮無きことを口にしながら飛び掛かってきたキメラの頭部をもぎ取ると
オートマタの集団に投げつけボーリングのピンのように吹っ飛ばす。
大まかに事態を把握し(わかっ)ておきながら細かくは読み切れない中途半端な
未来予測()はこういった所で襤褸(ボロ)が出る。

「ほんと、ダメダメ過ぎて嫌になるぜ」

あまりに無能だと自嘲しながらゴーレムの巨躯を鉄球代わりに振り回す。
吹き飛ばされた魔導兵たちはそれぞれ討ち漏らしの個体にだけ激突して互いに四散。
さらに飛び散った破片が他の個体の動きを邪魔し、狙ったかのように轟雷に消える。
異常な怪力と緻密な計算と繊細なコントロールが必要な行為をいとも簡単に、
そして流れ作業的に繰り返す。しかしそれだけの事が出来るというのに、
彼自身は二年弱も使い続けて尚この程度かと忸怩たる思いであった。
なぜもっと“ちゃんと”使えないのか。
なぜもっと“うまく”立ち回れないのか。
苛立ちながらその四肢は敵を、否、動く障害物を破壊する。

ならば『一旦伯爵の館の敵を先に片づける』という選択肢は────実は選べない。

これだけ高度でしかも系統の違う魔導錬金術の兵を量産している事実。
彼ですら解除が容易ではない転移阻害結界の展開。何より、単独の相手に
彼女達が窮地に追い込まれている感覚(じじつ)はある人物を彼の中で確信(れんそう)させる。
そう、シンイチはどこの誰が首謀者なのかとっくに勘付いていた。だから
ソレが相手の場合向かってすぐに決着とはならないと彼は解っている。
勝てない、のではない。倒すのに手間がかかる、といった方が正しい。
そしてこの無限にも思える魔導兵の問題を解決しないまま追い込んでしまえば
残った魔導兵達を相手がどう使うかは概ね二択であろうとシンイチは読んでいる。
自分達にぶつけて足止めするか、他方へばらつかせて余所に目を向けさせるか、だ。
前者は窮地にまで追い込まれた彼女達を庇いながらとなれば逃げられる目算が高い。
そしてこの相手に一度、それも本気で潜伏されてしまうと見つけるのは至難。
後者はさらに最悪。ここは王家の避暑地であるため警備上等の理由から一般人が
多数居住できるような拠点は近くには存在していないが、逆に避暑地であるため
その管理や賊などの侵入や潜伏を防ぐための人員は常に配置されている。
そういった者たちが生活する拠点は存在しているのだ。また緊急時には
王都に即座に戻れるよう交通の便や街道が整ってもいる。魔導錬金術で
作られた疲れ知らずの兵達が最短距離で進めばおよそ一日で王都に到着する。
もちろん他の村や町にもこの戦力は容易に辿り着くことだろう。それが
どんな結果をもたらすかなどわざわざ語るまでもない。

空と大地を埋め尽くせる数多の戦力とそれを随時送り込める能力。
それが判明した以上ここが標的になっている内に首謀者を排除しなければ、
ここで逃げられてしまえば、その後に出てしまうであろう被害が大きすぎる。
最初から彼の天秤に乗ってるのは親しい旅の仲間と避難してきた者達の二択ではない。
後者の皿にはこの一帯すべて、ひいてはアースガント王国全ての命も乗っかっていた。

つまりは────どうしようもなく間違っていない選択と方針だということ。

親しい者達を見捨てるそれが正しい道とはなんたる嫌味か。
戦いが始まってからずっとそれを確認するたびに、綻びや別解が無いか
頭の中で思索するたびに、同じ結論に至ってしまう事実がフードの奥の表情を奪う。
今はもう無としかいいようのない所まで到達したそれが少年の虫の居所の
悪さを示すバロメーターだと知る者はここにはいない。いたとしても
それは目を背けたくなるほどに触らぬ神にの状態であった。

──なんで俺はそんな冷たい計算を、実行できるんだか

それは諦観か呆れか穏やかな慟哭(・・)か。
よくあること、
いつものこと、
運が悪かった、
いってしまえばそれまでの話。
どこにでもあるもので、これまで何度もそうなった。
彼はヒトの領域を超えた力を持っていても、驕っていないどころか
本音のところでは自信などというものは微塵も欠片も持っていない。
むしろ卑屈なぐらいに自らは役立たずで無能だと思っている節がある。
結局、こんな規格外の力を手に入れても、彼は十全に誰かを守れていない。
万民を救いたいなどと身の程知らずな願いなど彼は微塵も持っていないが、
出来れば見知った人達には幸福な日々があってほしい、とは思っている。
世界が決してそんな優しいものだけではないと実体験し、三千年に及ぶ歴史を
まるで自分が体験したかのように知ってしまっていた彼はだからこそ。
その理不尽と不条理を破壊できる力を持ってしまったからこその想いは、
じつのところあまり叶えられてはいない。皆無ではないのが、救いか慰めか。
それでも動くことをやめないのは出来るのが自分しかいないことと
放っておくことの方が精神的に莫大な損失(痛み)を生むから。あとは予想外に
彼の精神がへこみはしても折れない頑強さがあったせい(・・)ともいえる。
だが、しかし。

「ぬ?」

確かそれらとは別に、もっと大きな理由が自分にはあったような。

「っ、なんだ!?」

あまりに当たり前過ぎて咄嗟に出てこなかった理由に一瞬気を取られた時。
轟雷、火柱、吹雪が支配する異常な戦場でその轟音を彼は器用にも聞き分け、
裏拳でオートマタの頭部を砕きながら伯爵の館へと視線を向けた。そして。


────美しい一筋の流星を見た


それは地に落ちる星ではない。天に昇る銀の星、銀の猛禽(ツバサ)
体は変わらず魔導兵たちを駆逐し続けながらも意識と視線がそれに奪われる。
あまりの輝きゆえか。意図不明だったからか。誰が放ったのかが解ったからか。

「ぁ………銀、翼?
 ステラ…なぜそんなものを、通じる相手じゃ……ぁ」

一際高く天に昇った猛禽の流星は、しかしナニカに衝突したかのように突如
空から弾かれて落ちてくる。その落下コースは偶然であるはずなのに、まるで
意図してのことのように一直線にシンイチを目指していた。それが何であるか
気付いていたヨーコはあえてそれを迎撃せず、その斧槍は吸い込まれるように
彼の腕に掴まれていた。落下の勢いは衝撃波となって周囲の魔導兵達を吹き飛ばす。
その爆心地ともいえる小さなクレーターの中央で一人平然とする彼だが、外套は
限界を迎えたように消し飛んだ。無表情のそれがあらわになると────刹那、
全ての行動が止まる。彼女の武具からここに至るまでの戦いと彼女らの想いを、
彼の異常な感覚がありありと映した(教えた)からだ。

「ふっ」

笑みがこぼれる。三日月でもなければ微笑でもなければ大笑いでもなく、
ただ、そうか、とそこにある尊さを認め、称えるような満足げな笑み。
影となるような痛々しさも浮かぶが今はまだそれを出す時ではないと殺した。
以前、彼女達は道を間違え、取り返しのつかない過ちを犯すことになった。
けれどそれを指摘すれば自覚し、自責し、自省し、出来ることを考えた。
そこから続く自分達の間違いの結果を前にしても目を背けずに尽力している。
まだ拙くとも、足りずとも、“これから”を期待させる在り方と、その意志。
ならそれは──

「おいショタジジイ」

一瞬での把握のあと、もう彼の手にあったのは銀の斧槍ではない。
もう今か今かと飛び立つ瞬間を待つだけの猛禽、その黒き翼。
邪魔物(・・・)が消えた空を見上げ、いっそ楽しげに彼の口は三日月を描く。

──それは俺が認めた輝き(モノ)だ、何を勝手に壊そうとしている!!

その重量も、込められた魔力の濃さも感じさせずに軽やかに振るわれた斧槍(黒翼)
黒を纏った銀の一閃はしかして何も切らず、されどナニカを確かに斬った。
それは離れた地点にいるヨーコですら一気に総毛立たせる破壊(・・)
大地が揺れたか。空が揺れたか。否、そのすべてが、世界が揺れた。
彼女の感覚は確かに空間を跳躍して(斬って)余りある無慈悲な一撃を視る。

「116箇所……全壊を確認」

悪魔の微笑で壮絶な結果をにやりと告げる───結局のところ、
彼の行動の根底にあるのは最初からずっとそんな我が儘な衝動だったのだ。
正義感ではなく、独占欲でもなく、義憤でもなく、歪んだ愛着とも違う。
自らが認めた、見惚れた、良しとしたモノ、を傷つける勝手(・・)を許さない。
彼はどこまでも自分を卑下しているが、同時に誰よりも尊大であった。
無茶苦茶で、矛盾で、歪んでいるが、自分嫌い・自分不信が激しい彼にしては
珍しくも自らのそんな所が嫌いではない。
だってじつにそれはニンゲンらしい特徴ではないか。

「次」

そこしか思いつけないのが嬉しいやら悲しいやらだがそんなものは刹那より
短い時間の懊悩。増援は止んだのだ。残った軍勢も瞬きの間にヨーコの手で
灰と化した。それこそもはや動かぬ残骸や肉片ですら残さぬとばかりの蹂躙(掃除)で。
その確認と対策(・・)をして即座に踵を返した彼は地を飛ぶように駆けていた。

「うふ、ふふっ、主様さっっすがぁっ!」

その目標、向かう先では掃除を終えた狐娘が大興奮中。
彼女の主に限定した鋭い五感は世界中に主人の爪痕が刻まれた匂い(ケハイ)に気付く。
あちこちから感じるそれに頬をこれ以上はないほど緩ませ、くねくねと豊満な
女の肢体をくねらせて恍惚とした表情を浮かべている。元より彼がする事に
全肯定な彼女をして『まるで世界全てが主様のよう』と垂涎の御馳走を
前にしたかのようにだらしなくにやけていた。

「ヨーコ!」
「っ!」

もはや幾度目か。主従契約を早まったかと一瞬過ぎった思考を意図的に捨て、
こちらの声に瞬時に我に返って真剣なそれを見せた従者にただ一言。

「全力で殴り飛ばせ!」

叫びと共に跳ぶ。彼女に向かって疾風よりなお速く落ちてくるシンイチ。
傍から見ればそれは間違いなく、ヨーコへのとび蹴りにしか見えない。
ましてや彼の言葉は致命的に主語と説明が抜けているが、従者となった
テンコリウスが主の言葉の真意を間違えるなどあり得ない。

「御意に!」

自らに向かう足の裏。それを彼女は何の加減もない拳で打ち抜く。
もはやそれは彼女が操っていた雷や火柱などとは比べようもない威力の一撃。
大地に向ければこの一帯が吹き飛びかねないそれに合わせて彼も拳を蹴った。
本来ならば、その威力のほどを考えれば、どちらかあるいは両方の腕と足が
消し飛んでいてもおかしくない一撃同士の激突。彼の技量と彼女の種族特性は
それを全て推進力にすることを易々と成功させ、少年を流星とする。
彼女から見て、およそ斜め後ろの方角へ飛ぶ星に。なんて非常識な規模と
速度で行われる三角跳びか。この距離なら転移魔法より速いとシンイチは
瞬きより短い時間でもう伯爵の館に飛び込んでいた。

「まったく、いつもいつもっ───」

「ぁ……ぁぁっ!」

瞬間把握した状況への苛立ちを漏らしながらも壁が吹き飛んで出来た大穴、
その傍らにいたリリーシャを襲う刃に斧槍を投げつけ粉砕し、同じモノが
迫るステラの前に割り込んで体当たりするようにそれもまた砕くと元凶たる
男の魂が宿る鎧人形を睨み付けた。

「────こんなタイミングばっかりか!」

無事な者が誰もいなかった。
誰もが血を流し、誰もが軽傷で済んでいない。解ってはいたがあちこちで
自らが流す血に濡れている彼女らの姿を認識してしまえば苛立ちは悪化した。
ケガが少ないという意味でリリーシャはまだ無事かもしれないが魔力を短い
頻度で多量に且つ繊細なコントロールで要求されたせいで魔力は残っていても
それを放出する肉体の方がもう限界に達してあらゆる機能が低下している。
ちょっとした衝撃でも今の彼女には致命傷になりかねない程に衰弱していた。
それが彼女達では無い方の天秤を優先したシンイチの選択の結果である。
後悔も謝意も反省もしないが、不快なものは不快だ。

「ふん、まあ正当な八つ当たり相手がいる分まだマシか」

ゆえにその機嫌はとてつもなく、悪い。
尤も発言通りそれを行った下手人がこの場にいるだけ、まだマシ、だ。
いくらでも、どうにでも、扱ったところで何の問題もないのだから。
そんな考えなのが雰囲気から伝わったのかその救援に安堵した者達も
誰一人として彼に声をかけなかった。

「なんだこや、つ、は……っっ!?!?」

一方でその下手人の彼にしてみれば予期していなかった突然の乱入者。
多少の動揺はあり、邪魔をされたことへの憤りはあったがそれでも咄嗟に
乱入者の正体と力量を把握しようとしたのだろう。息を呑む、否、息が詰まった。

「っ、ぁ、っ、ぎ、技量Sランクだとっ!?!?」

つまりはその脅威の程を初見で知れた。それが幸か不幸かは微妙な所であるが。

「…瞳にカードと同じ機能を持たせていたか。芸が細かいな」

警戒か周到か。さすがに見た目通りではない年齢の者であった。
どの形態の人形であろうとそういう仕様になっていたようだ。

「……テンコリウスの主が、Sランク……なんという組み合わせ。
 は、ははっ、あははっ、そうか、ああそういうことじゃったか!
 なるほど理解した。ああ、ふはは、確かに貴様こそが切り札となる!
 こやつらが待っていたのはお前という最強の援軍じゃったか!」

納得したとばかりに、されど不可思議にも大笑する童顔の鎧人形。
ああ、これは知ってる奴かと察しながら彼は不機嫌さをより深めた。
あまりにもそれは馬鹿げた主張だったのだ。

「ハンッ、節穴が……自分でやったくせにもう忘れたかショタジジイ。
 よく見ろ、よく思い出せ……ここのどこに、ただ待っていた奴がいる?」

「っっ」

冗談じゃない、と小馬鹿にするように鼻で笑ったシンイチの目は無機質だ。
文字通り魂の底からぞくりと震える怖気を覚えながら男は息を呑む。
戦ったのは彼女達。ここまで生き残ったのも彼女達。状況を変える一手を
放ったのも彼女達。結果ここに自分がいるのなら、それは単純明快な事実(ハナシ)

「言葉は正しく使え。
 こういうのは『こいつらが掴み取った勝利』というんだよ耄碌ジジイ」

そしてシンイチは心底から馬鹿にしたような勝利宣言を口にする。
これに思わず呆気にとられつつも不快感から錬金術師は幼顔を歪めた。

「勝利、だと?
 ……小僧、いくらSランク持ちとはいえもう勝ったつもりか!」

「アホか。俺が来る前にどうこうできなかった時点でお前が負けてただけだ」

自分が来たから勝つのではない。
自分が来た時にまだ勝ってないなら負けだ。
単に結果を出せていない時点で“お前が”負けていたのだと。
頭の悪い生徒に教えるかのように溜め息まじりに少年はいう。
そんなことも分からないのかと本気で蔑みながら。どちらにせよ、
自分がいるなら勝利が動かないといっているのは変わらない。

「魂の渡りに、高等な魔導錬金術の技に、国家機密級の停止コード。
 それだけ圧倒的に優位な能力と手札を持っておいて、戦果はゼロ。
 これが敗北でなければなんだというんだ、ボケてんのか?」 

「きさっ………そうか」

嘲りというより哀れみにも近い声に激昂しかけた老錬金術師は、しかし。
急にその熱が冷めたように静かになるとその童顔を何度か頷かせて顎を撫でた。

「貴様がそこな姫に戦いを仕込んだ者か。
 言葉によって意識を誘導して、その隙に他の目的を達成する。
 器用な、ワシでなければ何をしてるか気付かぬ腕前ぞ、それは」

「お褒め頂きどうも、といえばいいのか?
 こんなのは当たり前の戦場の駆け引きだろうに」

「くくっ、思いつけることと実際にできることは別じゃ。そうか、
 これがSランクの技巧。ワシを煽りながら全員に止血と治癒を施したな?」

「あ」

その疑問形でありながらも断定した物言いに誰かはハッとした顔をする。
見れば全員の傷口から流れ出ていた血が止まっている。凶器が突き刺さった
ままの傷はそれだけだがそれ以外は傷口も薄らと塞がりかけている。

「当たり前だ。放っておいたら出血多量で死ぬじゃないか」

「かははっ、秘しておいたくせにバレても動じぬとはその歳でたいした胆力!
 いや、技量Sランクとはこんな矮小な子供ですらここまでの存在にするのか!」

何がおかしいのか。何が嬉しいのか。
興奮を隠しきれぬとばかりに笑みを深めた錬金術師は次第に声をはっきりと
口から出して高笑いをし始めた。シンイチはそれを冷めた目で見据えながら、
応急処置ではあるが、魔法による遠隔の治療行為をしれっと続けている。

「矮、小?」

それを受けながらもリリーシャはその単語が引っかかった。
技量Sランクの強者と知りながらそれでも彼を矮小という理屈が解らない。
外見やあるいは他のステータスだけならそう見えてもおかしくはなく、
ステータスを『魂の力の発現』とする考え方もあるためそれだけなら
矮小という表現もさながらおかしくはないが。

「え、あれ、いま何か…」

過ぎ去った思考に違和感を覚えた姫であったが、
それを追求するより前に錬金術師の狂ったような高笑いが終わった。

「いやはや……じつに、欲しいのう、その頭脳」

「言うと思った」

ある種素直、ある種馬鹿正直に告げられた願望に少年はだろうなと流す。
技量ランクを構成する要素は主に多様な知識とその実践による経験だ。
そしてそれが集中しているのがそれらを記憶している脳であるのは間違いない。
学者としての側面もある錬金術師にとって、そして彼個人の目的にとっても
それは喉から手が出るほど欲しい代物であった。それこそ当初の狙いである
リリーシャ達のことを諦めてもいいと思えるほどに。

「お前ほどの術者なら脳から知識や経験だけ吸い出す事も出来るか」

「無論じゃ。
 例えそれを囮にワシの興味を他から反らす目論見あってのことでもな」

これまでは偽装していたステータスを公開しているのはそういう事であろう。
視線だけでそう続けた錬金術師にシンイチはさてなと誤魔化したが、関係がない。
その思惑に乗る気になっている彼には些末事であった。が。

「しかし例え旨みがあってもそれはそれで、面白くないのぅ」

鎧人形の手がおもむろに同じ場所で倒れていた双子のメイド(ミヤとカヤ)に向けられた。
秘されていた緊張感が一気に広がる。治療を受けているとはいえ応急処置。
またメイド達が自らの意志で満足に動けない状態なのは変わっていない。
ナニカしようとすれば即座に叩き潰す心算でシンイチは鎧を睨み、そして。

「え?」

誰かの不思議そうな、訝しむような声のあと────鮮血が飛び散った。
鋭き刃が振り下ろされ、衣服ごと肉を裂き、赤き水滴が罅だらけの床を汚す。
それが誰からも声も、呼吸さえ奪った。静寂よりもなお静か。ほんの一瞬
音という音が世界から失われたのかと錯覚するほどに皆がその光景を
理解できなかった。それほどに異常で、あり得ない出来事。

シンイチが、背中を、斬られた。

端的に表現すればそれだけの、そうそれだけの話だ。
戦いなのだから誰であれ負傷はする。彼等が知るこの半月の間だけでも
彼はずっと無傷だったわけではない。むしろ怪我をすることは多かった。
だから問題であったのは彼が傷を負ったことではない。問題だったのは、

「うぬ?」

皆が衝撃を受けた中、されど微動だにしないのは当人だけ。
何をされたか理解してないわけではないだろうに不思議そうに首を傾げる。
その途端、そんな彼の腹から刃が突き出て凄惨な血の花を咲かした。

「っっ、な、なんで!?」

皮肉にもその二回目の衝撃が呆然自失となっていた皆の意識を呼び戻す。
視線は傷つけられた彼ではなくその背後、下手人となった彼女(・・)に向かう。


そう、


問題だったのは、


そんな凶行に走ったのは、


血濡れた剣を握っているのは、






─────ステラ





こういうラストだったのは決まってたので去年末に投稿できなかった………というのもあった。
ちなみにこれがシンイチくんが女に背中を刺されたことがある、という話の真相です。
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