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帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

修学旅行編 第一章「彼の旅はこうなる」

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04-84-05 彼女の英雄

二話連続投稿です、最新話できた人は前の話クリック!




「お前、うるさいよ」

それに静かなれど地の底から響くような怒気と殺意が向けられる。
表情の消えた顔でカイトは先程の要領で強引に動かした腕で床を叩く。
無残にも砕け散ったがその反動は彼自身を跳ね上げる。続けて間近に
迫った天井を蹴り飛ばし、彼は自らを砲弾のように打ち出した。

「っ!」

さすがにそれだけの殺意と轟音に一人議論する事は出来なかったのだろう。
もはや咄嗟の判断に近いもので錬金術師は椅子代わりの鎧人形から飛び降りる。
子供の身体が転がるようにして離れた瞬間、砲弾となった勇者の直撃で鎧は
爆発四散して欠片が周囲に飛び散った。

「………っ、おい……勝手にみんなを傷つけておいて勝手に避けるな」

呆然とそれを見送った錬金術師に向けて変わらぬ静かな殺意の声。
起き上がったカイトは変わらず拘束具と化した甲冑に縛られていたが、
剣が変化した縛りは着弾の衝撃で罅が入っており彼の力に耐えきれず砕けた。
それでもまだ敏捷な動きは難しく、されど重石を引きずるような重音を響かせながら
一歩ずつ着実に錬金術師方へと進んでいくカイト。もはや後先も自らの消耗も
負担も何も考えていない強制的で、且つ意識的な火事場の馬鹿力の発露がそこにあった。

「黙って飛び散ればいいのに……それ、どうせ人形なんでしょ?」

それは相手も自分の体のことも微塵も慮らない自傷行為に等しい暴走。
正気の色が消えたような光の無い目が、逃がさないと老錬金術師を見据える。
それでいて彼は自分がどんな攻撃を加えても倒せない事を理解してもいた。
尤も、だからどんな目に合わせてもいいでしょ、と無邪気な殺意を向ける。

「ひっ」

それに錬金術師は喉が縮こまったような情けない声を口から漏らす。
彼も『魂の渡り』という魔導錬金術の秘奥に手が届いた存在である。その過程で
いくつも禁忌と外法に手を染めてきたが、勇者からそれらとは異なる底知れぬ
闇を感じて一瞬とはいえ本気で怯んでしまっていた。

「っ、くっ、あり得ん、ワシが……ふざけるなよ若造が!
 これはリミッターを解除したような単純な話ではないのだ!
 ワシの錬金術による成果が無視されているのだぞ!」

「腕からいこうか、足からいこうか。
 ……どこまでやったら魂で逃げるのかな、実験だからなにやってもいいよね?」

ふたりの言葉は会話としてまるで成立していない。
静かながら圧迫するように進むカイトの声には一種の狂気さえあり、
声を張り上げた錬金術師はどこまでいっても学者脳だが腰は引けていた。

「っ、こ、この狂人勇者が!」

怯えを引きずりながらも指先からその数だけ放たれた魔導錬金術の光は
飛び散った鎧の破片に宿ると周囲の物体を無造作に巻き込んで人型と成る。
元の巨躯甲冑を縮小化したような等身大の鎧人形が十体。手にした剣を
振りかざしながらカイトに殺到する。が。

「邪魔だよ」

静かな声とは相反する乱暴で、文字通りの力尽くな腕の一振り。
拘束具のせいで繊細な動きができないそれはいってしまえば彼の全力。
あるいはそれ以上の暴風(一撃)となって鎧人形たちを砕きながら弾き飛ばす。

「うわぁっ!?」

そんな中でも一度も自分から離れない目に静かなる狂気の怒りを感じ取ってか。
再び怯えからの声がもれる。だが彼にとって状況は何も悪化してはいない。
どれだけ動けようが、どれだけの筋力を持とうが物理的な破壊力は脅威ではない。
が、それでも彼がヒトである以上は本能的な恐怖というものからは逃れられない。
それが理解不能な狂気の下で振るわれる凶悪的な暴力となれば、余計に。

「くぅっ、このワシが何の学もないただの腕力などにっ! おのれっ!」

されどそれを認めたくない想いが上回ったのか。
怒声と共に両腕を前に突き出すと慣れた手つきでひし形の魔法陣を描く。
昏い瞳のままなれど、見慣れぬ陣にさすがに警戒の色が浮かんだ彼の
目の前でそこから黒いナニカが幾つも飛び出してきた。

「………クモ?」

静かな戸惑いは、果たして一瞬の隙となったのか。
はたまた俊敏には動けないゆえ当然であったのか。
手のひらサイズの黒い球体とそこから伸びる八本の節足を持つナニカが十ほど。
蜘蛛らしきそのナニカらは一目散にカイトに飛びつくと全身に纏わりつく。
甲冑越しのため直接的な感触はないが見ていて気分のいいものではない。
はがして捨てようと手を伸ばしたその時。

「おっと、乱暴に扱うとカウントが早まるぞ小僧」

なんのことだ、と問う必要はなかった。
妙なモノを出されて少し冷静になってしまったせいか言葉を聞いてしまった。
そして自らに張り付くクモ型のナニカの表面に文字が浮かんでいるのに気付く。
それが数字であり、徐々にゼロに近づいていると理解した時にはもう遅かった。

「────ッッッ!?!?!」

訪れたのは目を潰すような閃光と鼓膜が破れそうな轟音、
そして体が引きちぎれそうな程の衝撃だった。それらが
四方八方から襲ってきて、彼をその場に留めながら打ちのめす。

「あっ、がっ……」

「カイトさま!」

一瞬だったとは思えぬそれが過ぎ去った後に残ったのは、
全身を黒く焦がしたような姿で崩れ落ちたカイトの姿だけ。

「ふふっ、ワシが作った襲撃型指向性爆雷の味はどうだ?
 威力を一方向に集中させる事で小型でも強力な、それでいて自ら標的に襲い掛かる爆弾だ」

効いただろう、と自慢げな声と共に嘲笑を浮かべながら倒れた彼に歩み寄る。
そして呻くだけで意識があるのかさえ怪しいカイトの頭を踏みつけた。

「さて、どうせこの姿を見て肉体的には非力と思うておるのじゃろう?
 だが錬金術にはこういう手段もあるのだ、とくにこういう人形にはな」

どこからか取り出したのか作り出したのか。
その手にあったのは禍々しい色合いの丸薬。
ごくりと一飲みにすれば途端に子供の身体が震えて、一気に肥大化した。
質量保存の法則をまるで無視した現象。体中の筋肉という筋肉が増大化
したかと思うような巨躯への不気味な変貌。しかも見た目通りの重量も
持つのか立っているだけで床に足形の窪みが出来る。

「がっ、あ、あがぁぁぁっ────!!」

そんなものに全力で踏み潰されてはたまらない。
激痛を訴える叫びがホールに響き、カイトの身体を床に埋めるように沈めた。

「っ、ぁ、ぁぁ…」

「ほれ、まだまだいくぞ!」

それでもまだ先程までの溜飲が下がらぬのか。
筋肉の塊のような体の上にあるとは思えぬ幼き顔つきが嗤う。
続くように丸太のような太さの剛腕での乱打が落とされていく。

「だっ、がっ、ぎゃっ、ぐっ、がぁっ!!」

「フハハハっ! どうだ! ワシ特性の瞬間筋力増強剤だ!
 少しの間だけだが筋力ランクすら数段階あげてしまう程の効果を持つ優れモノ!
 1時間もすれば肉体は死んでしまうが……なに、次のをまた作ればいい!」

自らの作品を自慢するように、されど聞かせる気があるのかないのか。
幾度も、幾度も、ただただ力尽くにその剛腕を振るって拳を叩き込む。
狙いなど端からつけていないそれは顔を、腹を、足を、手を乱雑に襲う。
柔らかな相貌は歪み、鍛えた肉体が、内側の骨や臓器が衝撃に悲鳴をあげる。
それをいくら続けたのか。機能は停止していても美しい甲冑であったそれは
全身窪みがない部分を探すのが難しいほどに損壊し、血反吐を吐く顔は
見る影もない。

「これでもまだワシの体で実験するとほざくか勇者! ハハハッ!」

「………っ、ご、ぞの、で」

「ん、なんじゃ……命乞いなら聞いてやるぞ?」

小馬鹿にした様子で警戒する様子もなく男はその耳をカイトの口許に寄せる。
そこで拾った音は詰まり詰まりで濁ったものだったが明確な意図のある言葉。

「ぅ、ぁ、ハッ……ぞ、の、でいと、か?」

「…………………なに?」

意気揚々と、自らの作品の力を誇示して鼻高々だった彼に冷や水を被せる一言。
目で嘲笑い、鼻で笑い、声で嗤う。それは虚勢や挑発ではない本気の言葉。
これならば半月前にシンイチにやられた事の方が痛く、そして怖かった。
力も技も想いも何も通用せず、視たくもないモノを的確に抉り出すあれらに
比べれば乱暴なだけの、力があるだけの攻撃など比べるのもおこがましい。

「───ッッ!」
「がっ!?」

言葉では語れずとも、自らの全てで“たいしたことはない”と訴えるカイト。
自身へか自らの作品へか。屈辱を感じて頭が真っ白になるほどの激情を
覚えた瞬間カイトを蹴り飛ばして遠くの壁へと叩きつけていた。しかし
その瞬間全身に衝撃が襲ってその激情が散る。

「ぐっ、っ、ぎゃああぁぁっ!?!?」

肥大化させた筋肉の塊となった巨躯を貫くは無数の刃。
事前に痛覚を切っていなかったのを悔やむ間もなく全身が訴える痛みに崩れる。
老練とはいえ戦士ではない者が耐えられる痛みではなく、耳障りな叫び声を
あげながらただ倒れることしかできなかった。

「す、こし……油断しまし、たね」

「わたしたちを、忘れてもらって、は、困ります」

「い、意表を突けば……痛みぐらいは、ね」

のしかかるように各々武器を突き立てていた彼女(メイド)達が嘲るように語る。
相当に無理をしたのは途切れ途切れの声が表していたがその瞳の意志は強い。

「っっ、お、おのれっっ、お前達、まだ!! なにっ!?」

即座に痛覚を切って立ち上がろうとするが、しかし持ちあがらない。
十人足らずの人間が乗っかっているとは思えない重量がかかっていた。

「ふふ、どう…しましたか?」

「なんだっ、くっ、このっ、重い!?」

「はっ、ま、さか…女に、むかって重いなどと…」

「マ、ナーのなっ、てない男…ですね」

どういうことだと首だけを巡らせて自らを抑えこんでいるメイド達を
よく見れば余計な装備が多い。手足に縄等で強引に、そして見るからに
重量級の武具が幾つも括りつけられていた。そしてまた動けなくなるのを
見越してか自分達同士を結びつけてもいた。それはいわば武具を重石にして
人間を繋ぎとした投網。貫くほどに突き刺さった刃もまた釣り針のように
引っかかって彼女達をどかすのを難儀にさせていた。

「ぐぅっ、人形風情がどこまでもワシに逆らうか!
 こんなことを何度やろうと無意味だとも分からぬか!!」

「ふふ、さて、どう…でしょうか?」

「無…意味かどうかは……まだわかりませんよ?」

激昂する声に返るは彼女達の嘲笑にも似たくすくすとした笑い声。
老錬金術師は明らかに煽られている、挑発されていると理解できていたが
我慢には限度というものがあった。

「い、いいかげんにせぬか貴様ら!
 どこまで、どこまでもワシを馬鹿にしおってぇっ!!」

押し潰されたまま、されど張り上げた怒声と共に鮮血が散った(・・・・・・)

「え?」
「あ…」
「っ、がっ!?」

突如背中に現れた歪で巨大な針の山が幾つもの吐血が混ざった苦悶の声を奏でる。
一瞬だけゲル化させた肉体を鋭く隆起させて彼女達全員を容赦なく貫いたのだ。
巨躯の背中から乱立した太い針は彼女達の繋がりを断ちながらまるで早贄の
ように一人、一人を串刺しにして浮かべていた。

「はぁはぁはぁ……貴様らなどせいぜいどこかの臓器が無事ならばよいのじゃ!
 十一人もおるのだ。ひとつかふたつ欠けていようと他が予備となるじゃろう…」

激昂による叫びか予想外の抵抗によるものか。荒い息をもらしながらも
思い知ったかと、お前達は所詮その程度だといわんばかりの錬金術師に返るのは
痛みに悶えるメイド達の声。そして。

「─────よく、やりました。お前達」

彼女達に投げかけられる長姉たる彼女からの、痛みをこらえた賛辞の言葉。

「なっ!?」

それはおよそ十歩程の距離を開けつつも正面に立っていたメイド長(ステラ)
得意の得物であるシルバガントの斧槍をやや下げた状態で片手で構えていた。
周囲に銀光の紫電を纏いながら彼女は強い意志を見せる琥珀の瞳で前を向く。
そこにあるのは大事な妹達が無残に傷ついた姿であるとわかっていながら。
だが、だから。

「さすがは私の………ええ、私の自慢の妹達です」

またゲル化されて逃げられ、場所をずらされる(・・・・・)と意味がない。
だからこその挑発、煽りによる攻撃の誘発。自らの身を使った囮、時間稼ぎ。
言葉での意思疎通がなくとも彼女らの想いは繋がっていたのだ。
分かっている、過分な言葉だ、とだから彼女達は薄らと血に濡れた唇に笑みを浮かべる。

銀翼(ぎんよく)、だと?
 馬鹿な、いくらなんでもそこまでの習得など早すぎる!?
 それはシルバガント製武具を使った秘奥義なのじゃぞ!!
 しかもきさま、その体の状態でっ……あ、あり得ん、あり得ん、あり得んっ!!!」

一方で彼女がまとう魔力の銀光。その意味に気付いて驚愕に陥る老錬金術師。
シルバガントが武具の材料として好まれるのはその頑強や刃にした時の鋭さ、
そして魔力に対して優位性を持つというのが有名であるが、これはその秘奥。
その特性を持つシルバガントにあえて魔力を込めることに成功した場合、
注ぎ込んだ魔力を、その刃の鋭さを、数十倍に跳ね上げる。
魔力を切れる、魔力を弾く、その素材にそれを込める矛盾。
その修得だけでも容易ではないのにいま彼女は万全の状態ではない。
老錬金術師の積み上げてきた知識が理解不能だと無様に叫ぶ。

「あの男はジテンシャの乗り方のようなものとまた不思議な事を言ってましたがね。
 まあこれも、通じないでしょうが……さっさと妹達を放せ、この老害!!」

狙いはあった。策もあった。他に案も無かった。
いくら奥義でも物理的な破壊力の強さなど意味がないのも分かっていた。
けれど今はそんなことは二の次。これ以上は男の一部が妹達に触れているだけで
気分が悪い。銀光を纏う斧槍を逆手に持ち替え、造られた巨躯目掛けて投擲する。
手から放たれたそれはまるで命を持ったかのように羽撃く。斧槍を芯にして猛禽を
模したような銀光が錬金術師を襲う。これがどんなシルバガント製武具を、誰が
使っても起こるゆえにそれは銀翼と呼ばれた。

「なぜじゃっ! どうしてお前達は無駄な抵抗をこうも───!?!?」

続けるのか。その言葉を遮るように銀の猛禽が巨躯に直撃し、
その肉体の全てを食らうように消し去る。支えを失ったメイド達は方々に
吹き飛ばされたように落下するが運良くかそれを狙ってか本体から切り離された
針が傷口に刺さったままだったおかげでその出血を防ぐ一助になっていた。
それだけその破壊力は彼一点に集中していたのだ。しかしそれも老錬金術師の
巨躯を葬りさるまでだったらしい。彼を食らっただけでは銀の猛禽は暴れ
たりないといわんばかりに直進し背後の壁をぶち抜いて大穴を開けていった。

「はぁ、はぁ……あ、ぐっ」

結果的に彼女はその成果を視認したあと荒い息を吐きながら片膝をついた。
体は相変わらずいうことを聞かない。完全に、ではなかったのが幸いだったが
それでも些細な挙動にも通常の数十倍もの労力を有する。ましてや難易度が高く、
いくらかの、タメ、が必要だった銀翼を使うには余計にだ。しかし現状これが
最も目的に沿ったモノであった以上使うしかなかったのだ。

「──────なにを一仕事終えたような顔をしておる」

「っ、あっ!?」

消耗で注意が散漫になった彼女は影に気付いた時にはもう斬られていた。
咄嗟に飛び退いた─僅かだが─おかげで致命傷は避けたが右腕と左足に
深い傷が入ってしまい、退いた先でうまく着地できずに倒れてしまう。

「ぐ…」

痛みと無様な失態に顔を歪めながらも左腕だけで体をもち上げて次の人形を見据える。
今度はなんだと思えば大人ほどの体躯の全身甲冑(鎧人形)が剣を振り下ろしている姿。
中身まであるのかないのか外から判断はつかないが些細な話だと彼女は判断した。

「欠陥品だ、欠陥品だと思っていたがここまで理解が悪いと頭痛がしてくるわい。
 いくら強力でも銀翼に魂への干渉能力はない。知らぬとはいわせんぞ!」

「…ふっ…っ、あがっ!?」

それがどうしたと鼻で笑えば床から突き出してきた石の巨腕に殴り飛ばされた。
転がった彼女がそれでも嘲るような笑みを顔に浮かべていたのを見て取ってか。
続けざまに巨腕は何十という石の剣となってステラに降り注いだ。
乱雑な狙いによる射出では多くは彼女から外れていたがそれは逃げ場を
塞ぐ役目を担い、敏捷な動きができない彼女は迎撃もままならない。

「────っっ!」

声なき苦悶の声と誰かの声無き悲鳴が響く中。
それでも転がるように動いたステラは致命傷だけは避けていた。
しかし奇しくも先程とは逆に左腕の肩と右腿に石の剣が突き刺さっていた。
両腕両足に及ぶ傷と感覚が薄いくせに痛みだけは訴えてくる体はついに
倒れたまま動けなくなる。

「っ!」

「………小生意気な目よ……」

それでも眼光は鋭く、視線だけで射殺さんとばかりに老錬金術師に向けられる。
それが不快だといわんばかりに鎧人形の剣が床に突き刺せばそのまま床に溶け、
一つとなると床石を用いた巨大な戦斧の刃へと変化した。

「もうよい、一思いに真っ二つにしてやろう」

人の背丈の倍はありそうなそれが彼の手指揮に従うように床の上を走る。
一直線にステラに迫るその刃の怪しげな輝きと巨大さはさしもの彼女でも
ひとたまりもないと思わせるそれであった。ここまでか。
睨むような視線は止めずも、死を受け入れるように覚悟を決めた。

「─────え?」

しかし、その死の刃(ギロチン)が目の前で砕け散ったのに呆気にとられる。
そしてそれを行った轟雷の魔法が飛来してきた方向へと全員の視線が向く。
特に余波で兜が吹き飛んだ錬金術師はまたも子供の顔で、驚愕の見せる。

「ぬっ、今のはなんじゃ!?」

彼からすれば自らの背後。ステラからすれば彼を超えた向こう側。
彼女の銀翼が開けた壁の大穴の傍で、しかし毅然と構える一人の姫君。
簡素なドレス姿なれど胸を張って立つ姿はこの状況では異常なほど凛としたもの。

「リリーシャ・アースガント……っ、ぬかった!
 ワシとしたことが解除コード構築の時間をむざむざと!!」

その姿を見るだけで察せられることがある。もはや彼女を拘束する鎧はない。
勇者の異常な馬鹿力による行動で意識が離れてから続いたメイド達による
我が身を省みない執拗な攻撃と挑発の意味をそこで気付く。

「銀翼は、ワシへの攻撃ではなく壁と屋敷の結界をぶち抜くためのものか。
 それを気付かせぬためにこやつらはワシを散々煽ったのか……おのれっ!」

乗せられた。
彼の優位は何も覆ってはいないがそんな相手にもなってない存在に
掌の上で転がされた屈辱と羞恥にぐつぐつと煮えたぎるような怒りがわく。

「リリーシャさまっ、どうして!? そのまま逃げてくだされば!」

一方で愕然とした顔を見せたのは珍しくもステラの方だった。
彼女達は言葉も魔力通信も使わずにその意図を共有できていた。
姫だけは先に逃す。彼の所まで行ければ安全だ。と。
なのに、なぜ。

「分かっています、ここで逃げ出す方が正しいってことは!
 でも、ごめんなさいっ、出来なかったっ!! あなたたちが傷ついて、
 殺されそうになって! それを見捨てて、一人だけ逃げるなんてっ!」

その困惑と、事によってはメイド達の身を張った行為を無駄にしかねない
判断はさすがに彼女も悪手であると頭では理解できていた。けれどここで、
あの状況で、逃げる事を選んでしまえば何かもっと大事なモノが失われるような気がしたのだ。

「私ダメね、シンの言うような王族には向いてないわ」

そうこぼす彼女の立ち姿は毅然としていても、顔にあるのは苦笑だ。
ついやってしまったと感情に流されたとばつの悪そうな顔だが
そこに後悔の文字は見えない。

「……なるほど、これは傑作よな。ここまでやっておいて、
 寸前で躊躇するとは……賢しくも所詮は小娘というわけか」

「ええ、自分の事ながら、そして遺憾ながら同意見ですわ」

「しかもかなり無茶をして解除したようじゃな、顔色が悪いぞ?
 先程の轟雷で魔力はともかくそれを操る体力や気力の方が限界か」

「はい、正直なことを申せば立ってるのがやっとです」

「………………小娘、今度は何を企んでおる?」

怒りの溜飲を下げるかのように蔑んだ老錬金術師だが、嘲りに返る声に動揺がない。
それどころか自らの不調を素直に認める始末。ここまでの経緯もあってか。
訝しむ彼にされどリリーシャが返したのは取り繕ったような平然とした表情。

「企み事は、なにも」

「また含みのある物言いよな、だがもう良い!
 体はキレイな状態で手に入れたかったが手間がかかるというなら構わぬ!」

大仰に吠えながら片手を上げれば魔導錬金術の光が周囲の瓦礫を引き寄せ、
巻き込み、再構築すると正面と背後に再び死の刃(ギロチン)を作り出した。

「そこまで大事だというのなら共に今ここで散るがよい、愚かな姫よ!」

処刑の号令のように振り下ろされた腕と共に二つのギロチンが飛ぶ。
一直線にリリーシャとステラの命を狩らんとするそれを今の彼女達には
防ぐ手段も避ける余力も無い。声無き悲鳴、必死な叫びが方々から飛ぶ。
ステラに至ってはその状況でも姫を案じる声を発する。その、中で。

「愚か、じつにその通りです。だからまた恥知らずなことを口にできる」

不思議と誰よりも落ち着いていたリリーシャはひとり呟く。
彼女はソレを何故か言ってはいけないような気がしていた。
縋ってはいけない、頼り切りはいけない、きっとそれをすれば
いなくなってしまうような強迫観念があったのだ。それでも今は口にしなければ。
そうしなければ後悔する。手を合わせて祈るようにその想いと願いを声に乗せる。




──────助けて、シン!




祈りながら、叫びながら。
しかしそれでも迫る死の刃から彼女は決して目を反らさない。
恥知らずにも今更助けを求めたのなら閉ざしてはいけないと睨み付ける。
きっと来る、と信じているわけではない。本音では届く訳もないと冷静だ。
ただ、こうしたいと思った。逃れられぬ死があるのならせめて、そうせめて、
彼に惜しんでもらえる、悼んでもらえる女でありたいという浅ましい願望。
最後まで彼を信じて待った女を演じてみれば彼はきっと自分を忘れない。
手を伸ばせばそこから切り裂かれそうな距離まで迫った刃を前に自嘲する。

──あなたのそばにあるにはこれぐらい汚い女の方がいいかしら?

などとこの期に及んで考えている自分がおかしくてしょうがなかった。
けれどそんな余裕か末期の諦観が彼女にそれをはっきりと目撃させる。

「え?」

それは疾風より速く、迅雷より強烈な、銀を持つ黒き閃光。

「まったく、いつもいつもっ───」

二つの輝きをまとった流星は瞬きの間に別たれていた。
銀光(斧槍)がリリーシャの前に、そして黒き光()はステラに前に落ちる。
決まっていた死の運命を、そんなもの知るか、といつものように叩き潰して。

「ぁ……ぁぁっ!」

どんな言葉も、想いも、形になるより先に目元から零れ落ちた。
来て、くれた。本当に。それとも願望が見せた幻覚か末期の夢か。まさか。
こんな時、こんな状況でそれでも“自分に”苛立ちながらやって来るのが、
本物の彼でなくて誰だというのか。不機嫌極まりないという顔が鎧人形越しに
見えた安堵から姫は全身から力が抜けてその場にへたり込む。

「────こんなタイミングばっかりか!」

見目麗しくも、逞しい体躯も何もない、輝きも持たぬ一人の少年。
愚痴のような叫びには物語のそれのような雄姿は微塵もありはしない。
それでも、そんなことは彼女には関係が無かった。絶対の窮地で
あったこともここまでの労苦ももはや些末事だ。
だって何もかもを塗り潰す奇跡がそこにある。




────かくしてリリーシャの英雄は間に合った

リリーシャは本来なら自分だけでも逃げなきゃダメなんだが、
この場合、この状況下でのみ、正解の行動となる。
物語的に語るなら、


才に恵まれた魔道の姫は、この時、適切に星を読んだのだ

というところか
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