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帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

修学旅行編 第一章「彼の旅はこうなる」

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04-84-03 正否の無常・揺るがぬ異常

もうわかってると思いますが……数字は間違っていません。





まことに残念なことながら──


善意や好意から始めたことが必ずしもその想いに準じた結果を出すとは限らない

感謝や申し訳なさから力を求めた結果、恩人たちを殺すことになったように

争いの旗頭となるのを避けるため出奔した結果、いらぬ悪影響を各地に出したように

助けようとして怪物を倒した結果、あわや国家間のバランスを崩しかけたように


しかしその一方で、また残念なことながら──


悪意から始めたことが必ずしもその想いに準じた結果を出すとは限らない

邪神復活を画策した何者か達は、それが自分達を滅ぼす者を生み出したように

権力を求めてお飾りの姫を担ごうとした者達は、それが姫にある出会いを与えたように

そして生命創造の技術をばらまいた誰かは、それが後に────を救うのを知らない




なんという世のやるせなさか

善も悪も等しく無常であるというかのよう

ヒトの想いに意味はないのか

それとも結果こそがすべてなのか

実を結ばなかった過程はただの失敗なのか

そんな世情に靡くのか人生か、抗うのが人生か

そもそも答えなど、最初から存在しないのだろうか

ヒトひとりが理解できる物事などたかが知れている

善も悪も、過程も結果も、失敗も成功も、

所詮は矮小な存在でしかないヒトが見ている幻か

結局は多くのことを知らず、解らず、ヒトはその生を全うする

各々違った想いや答えを抱いて

あるいはそれさえ持てぬまま


だが、


もし、


この世界の、ヒトの歴史をつぶさに知る事になれば、

それらの事実全てを見詰めることになってしまったならば、

数千年分に及ぶ、膨大な数の正義と悪と想いと努力を

そしてそれらが迎えた数多の無常な結末を前にしたならば、

我が事のように体感できる記憶として持ってしまったのならば、

ヒトは、果たして自我を保っていられるだろうか

否、ヒトひとりの常識や道徳、善悪観などいとも簡単に砕け散る

おかしな話だ

人間の歴史でありながらそれは人間性を否定する

人間性を持たないのが、役に立たないのがヒトなのか

無情なのか有情なのか

善性も

悪性も

前進も

野心も

後悔も

強さも

弱さも

生命も

全て否定されているかのよう

何もかもが踏みにじられ、何もかもが尊重されている

そんな矛盾が真実なのか

絶対はないのが絶対だと仙人のように悟ればいいのか

葛藤すればするほどに答えは出ず、渦に沈むだけ

最後にはきっとその底で息が出来なくって消えるのだ


それでも、なお(それなのに)


誰にも譲らぬ道を持つのなら、


何があっても変えないナニカを持つならば、


“自分”を傲慢にも貫き通せるというのならば、



きっとそれは、



信念などより高潔で



執念などより醜悪な




怪物以上の、壊れたナニカであろう










────────────────────────────────────







アースガント王族専用の別荘─という名の巨大な館─の正面門。
王家の紋章をこれでもかと見せつける造りと多種多様な結界を敷地内に
張り巡らしていることを来訪者にありありと訴えてくる仕様は防犯と威圧の
演出だろうなと串焼きの肉を咀嚼しながらシンイチはぼんやりと考えていた。

「主様、これもいい感じに焼けてますよ!」

「おう、ありがと」

彼らの─そして正門の─前で赤々とした炎を揺らしているのはたき火。
誰かさんが無駄に器用さを発揮して組まれた焚き木に火をつけたせいか。
小規模にしてはよく燃えている。ぱちぱちという小気味よい音を立てながら
時折勢いよく火の粉を飛ばしてくるが一人と一匹は気にせず暖を得ていた。
尤も主目的はヨーコが指し示したように串の食材を焼くことなのだが。
たき火を中心に肉や魚、野菜等が刺された串が円を描くように地面に
突き立てられており、シンイチは従者が示す一本手に取ってかぶりつく。
あふれ出る肉汁の旨味と香ばしさを存分に味わって満足顔。
ヨーコはそれに自慢げな笑みさえ浮かべて喜色満面だ。

そんなところでなぜキャンプもどきをしているのか。
とは彼らの場合は深く考えてはいけない。する必要がないともいう。

部屋の掃除後にメイド達に宣言した通りに外で警護をしているだけだ。
そしてナニカある前にエネルギー(カロリー)を摂取しておこうと食事をしているだけ。
場所がどうとかいうことは彼の中で優先度が低い事柄なので殆ど気にしていない。
余談だが、食材や串などを用意したのはメイド達なのでほぼ公認といえる。
こんな場所で堂々とやるとは思っていなかった可能性もあるが。

「はむ、あむ、焼いただけなのにおいしいですねこれ!」

ヨーコもまた器用に小さな前足を使って串を掴むと食らい付く。
その表情は獣顔ながらわかりやすく言葉通りの感情を示していた。
彼はそれに良かったなといいたげな微笑みを浮かべるが、すぐに渋面となる。

「そうか…………んん、なんだろうな。
 あいつらといるとなんか色々とダメになってしまうような。
 いや、もともと俺はそちら寄りの奴なんだけどさ……」

これ以上ひどくなるのは嫌だなぁ、と何本目かの串を裸にする。
うん、実に美味だ、と感嘆の息をもらしながら舌鼓を打つ。
単に焼くだけで食えるものをくれないかと少し頼んだけだったのだが、
実際にシンイチのもとに届けられたのは当然のように下処理と様々な
調味料による味付けがなされていた食材の数々だった。しかもこれが
本当にたき火で少し焼くだけで絶妙な味わいになっている。それも
どこでどうやって見抜いたのかシンイチが好む方向の味付けで、だ。
メイドとして非常に目端の利く彼女達には彼も舌を巻いていた。

テンコリウス殺害の後始末と彼女ら全員の教育と経過観察。
及びリリーシャのアレの矯正を目的に旅に同行している彼なのだが
寝床や食事関係において漂流後稀に見る恵まれた状態になっていた。
素直に嬉しいのだが、この時点でこれでは用件がすべて片付いたあと。
別れる時にはかなり離れがたく思ってしまうのではなかろうかと自らの
心情─主に食欲方面のそれ─を推測してしまう。彼ら自身を好ましく
思っていることは意図的に棚上げしているのだが。

「もしや俺、餌付けでもされてるのか?」

「ふふっ、いえいえあのメイド達()逆餌付けされてる(・・・・)のでしょう」

頭に浮かんだ懸念を思わず口にすれば、おかしそうに笑う従者狐の声。
ただその聞き覚えもなければ意味の推察も難しい造語にさしもの彼も首を捻る。

「なんだそれ?」

「皆、お世話しているのがたまらなくなってるのですよ………羨ましいっ」

「…………」

そんな端的な説明で理解できる無駄に高い推察力が恨めしいシンイチだ。
また最後に付け足された言葉の本気具合には頬を引き攣らせる。
餌付けとは本来何かを与えて相手を懐かせる行為だが、どうやらメイド達は逆に
世話をするという与える行為で彼女達“が”シンイチに絆されてきているらしい。
思い当たる節がないわけでもない彼は溜め息まじりに最後の一本を歯で一気に
抜き取ると呑み込んだ。ダメ人間製造機という言葉が頭に過ぎったのは内緒だ。

「いえいえ、それで堕落するような相手は嫌なようですよ」

尤も主のこととなれば恐ろしい洞察力を発揮する彼女には筒抜けだったが。

「あ、もちろん彼女達全員の話です。良かったですね、主様!」

「………」

なにがだ、と言いたくなるのを彼はぐっと我慢した。藪蛇にしかならない。
主従となる事を認める前から、ヨーコのこの手の推しは強い。自他共に手を
出してしまえと暗に、というかほぼ直に要求してくるのである。

──お悩みのご様子ですのでここはひとつ体の相性の検証はいかがでしょうか?

──全て差し出すといったのですから、夜這いの一つや二つ構いませんでしょう

──あの娘、絶対惚れてますよ。ぐいぐいっと押し込んで連れ込みましょう!

異性で主従となった場合の彼らの生態を考えれば仕方ないがそれでも頭が痛い。
家族懐かしとつい実妹の名前を付けてしまったことを早々に後悔してる彼だ。
尤もそれを自分の都合として、彼女がその名前を気に入っている以上は
改名させようとは思わない辺りがじつに彼らしい。

「まったく、どいつもこいつも趣味のわ──っ」
「主様?」

だがそれはそれとしてどうしたものかと悩む彼の顔から急に色が消えた。
そして即座に着込んでいた外套のフードを被って険しくなったそれを隠す。
その直後正門前に見慣れた光を纏った集団が現れた。

「転移! 何者!?」

「…見ればわかるだろう。
 上出来といっておくべきか、押し付けやがったなというべきか」

それは百には届かずとも五十よりは多い数の人々。
多くが高貴な立場な者だと一目で分かる豪勢な夜会服やドレスを纏う紳士淑女。
彼等を囲むように使用人や護衛兵と思われる格好の者達が並ぶようにいた。
後者は訳がわからず突然周囲の光景が変わった事に狼狽えているが、前者達は
何かに怯えているように身を竦めていた。しかしその中にあの姫やメイド達の
姿はない。それで大まかではあるが直前までの状態を彼は推測した。
パーティ中に何かの襲撃にあって自分達以外の全員をここに転移させたのだ。
だから会場にいなかった使用人達はまず転移させられた事に困惑しているのだろう。

「面倒臭い、が仕方ない」

彼等を見ても何の感情も労働意欲もわかない。強いていうならどうでもいい。
だが放って置く方がより面倒臭い事になると解る彼は手を叩いて大きな音を出した。
パンッと夜の避暑地に強く響いた音に彼ら全員は立場関係なくびくついていた。
ちょっと面白いかも、という思考は頭の隅に追いやって漸くここがどこかを
認識し始めた彼らに抑揚のない声で端的に告げる。

「死にたくなければさっさと敷地に入れ、邪魔だ」

「なっ、貴様なにをっ…いや、どうして我らはここに?」

「確かあの怪しい子供がいきなり何かをしようとっ」

思わず、にべもない発言をしてしまった自分に呆れる間もないまま、
彼等は各々状況の変化に頭が追い付かずに思った事を口にして騒ぎ始めてしまう。
さてどうしようか。面倒だから全員放り投げて入れてしまおうか。などと
優しいのか乱暴なのか判断が難しいことを自然と考えるシンイチだ。
しかしそれを実行する前に彼女が吠えた。

「ニンゲンどもっ、我が主の言葉が理解できなかったのか!」

不敬な、とでもいいたげな不機嫌な声色でヨーコが叫ぶ。
僅かに魔力を乗せた咆哮めいたそれは人々のざわめきを吹き飛ばす。
そして彼らの視線はそれをなした小さな獣に注がれ、次の瞬間悲鳴を上げた。

「ひっ、テ、テンコリウス!?!?」

幼獣とはいえその姿と逸話を知らぬファランディア人などいない。
それがいま苛立っているのを雰囲気で察して青ざめた彼らはすぐに沈黙した。
正確には声を発することもできなくなるほど怯えている、だが。

「我が主は寛大にも貴様らの安全を最低限確保してやろうと仰っている。
 ゆえにもう一度だけ主の言葉を伝える───死にたくなければさっさと敷地に入れ、邪魔だ!」

鶴ならぬ狐の一声。王の怒りよりもテンコリウスの怒り。
そんな存在からの疾く去ねという発言は彼等をいとも簡単に操る。
少々慌ててだが貴族も使用人も関係なくただただ近い者から門をくぐる。
その流れを尻目にシンイチは黙ったままその後方へと足を進める。
敵性体が紛れ込んでいないのは既に“視”て確認済みだ。
そこへ。

「テンコリウスの主殿とお見受けする。私はこの地を預か」

「用件を言え、伯爵」

自らの兵と共に最も後方にいた中老の男の声を再びにべもない言葉で遮る。
通常なら無礼者といわれる場だがテンコリウスの主はテンコリウスそのもの。
側にいる兵達も震えるだけで何もいうことはなく、むしろ話しかけた伯爵を
視線で非難するような顔をしていた。だがその伯爵自身は年齢ゆえかそれとも
王家からこの地を任されているだけはあるのか。短い発言から自らを知られて
いることを、長く会話する余裕がないのを感じ取って顔が強張った。

「では、簡潔に。謎の子供がパーティに紛れ込み何か悪巧みを。
 姫様たちが私達を逃がしたようですが残ったものと思われます。
 どうか御助力を願えませんか?」

早口でまくしたてるように彼は自身が伝えるべき事と懇願を口にする。
ほう、とシンイチは感心したように息を吐くとそこでようやく伯爵と向き合う。
そして─わざと─楽しげに笑うような声で一言。

「お前達が死んでもいいなら、今すぐ行くが?」

「は?」

伯爵の戸惑いとヨーコが飛び跳ねたのはほぼ同時。
一瞬で全身に炎を纏ったその突進は彼らがいる所よりさらに向こう。
たき火の明かりが届かぬ夜の闇を引き裂くように進んで───轟音が響いた。

「なっ、は、伯爵さまはおさがりを!」

「主殿、なにが!?」

重い物体が落ちたか倒れたかのような音を警戒した兵に庇われる伯爵。
シンイチは答えなかったが兵のひとりが見通しの悪い夜の闇を晴らそうと
周囲を照らす魔法の光球を放った。直後。

「なっ!?」

「っ、きゃあぁっ!!」

「おい、嘘だろ、なんだこいつらは!?」

伯爵は絶句し、正門をまだくぐれていなかった誰かは悲鳴をあげ、兵達は驚愕した。
轟音を立てたモノの正体はすぐにわかった。彼女の体当たりによって大穴が
空いた黒々とした大岩がすぐそこに転がっていたが、それだけではなかった。
よく見れば他にも手足の模型らしき物や歯車に何かの獣の潰れた血肉があった。
それだけであったのなら彼らはそれらの正体がすぐには分からなかっただろう。
しかし結果として招待客達は即座に転がっている物の正体を理解した。
何故ならその向こうに壊される前の現物がずらりと並んでいたのだから。

それは一言でいえば岩の巨人。どれもが(・・・・)2mを超える人型をしていた。
成人男性の肩幅以上の太さを誇る黒鋼(クロガネ)の手足にそれ以上に重厚な胴体。
頭部と思わしき部位の窪みに輝く宝玉のような単眼(モノアイ)が彼らを捉える。
その質量と硬質さで他を圧倒する最も有名な戦闘用の使い魔───ゴーレム

それは一言でいえば動く等身大の人形。全身はほぼ(・・)のっぺらぼうの白いマネキン。
ぎこちない動きで歩きながら眼球の模型をただつけただけのような目で周囲を
見回しながら、ケタケタと笑う裂けた大口にはノコギリのような歯が並んでいた。
手足から伸びる曲刀のような刃は見るからにヒトを斬るのを目的としたもの。
人型ながら人にあるまじき動きで命を狩る殺戮自動人形───マーダー・オートマタ

それは一言でいえばあらゆる獣の集合体。進化の系譜を無視した歪んだ生物。
蛇がいる。獅子がいる。狼がいる。猛禽がいる。魚類がいる。虫がいる。
なのに一つとして同じ形、同じ組み合わせ(・・・・・)のない異形の怪物達。
本能が見えない昏い眼が獲物ではなく標的としてこちらを見据えている。
命を弄ぶと今や禁術となった魔導の合成生物───キメラ

それらの混成群が地面を埋め尽くすように広がっていた。
王家の屋敷は正門からの景色を楽しめるように殆ど遮蔽物が無い。
ゆえに異形の集団が大地を埋め尽くしているのがよく見えてしまっていた。
しかもそれは見えている範囲だけの話。小さな光球ではそのさらに向こうを
見ることは叶わず、全体数が不明。それが余計に見ている者達の恐怖心を煽り、
さらに追いつめるようにゆっくりと異形の群れがこちらに向かってくる。

「魔導錬金術の悪い見本市だな……嫌な予感ほどよく当たる」

錬金術とはそも世の真理や構造を様々な方面から理解しようという学問だ。
ただその頭に『魔導』がつく場合はその一部門といった方が正確となる。
主に魔力を用いて物質の構造を理解し分解し別のモノに作り変える技術と
知識を学ぶもの。ゴーレムらを悪い見本と評したのは殺戮兵器として
利用された過去があり、使用された技術の多くが世に出るや否や悪用された
背景からくるものだ。無論本当に悪かったのはそう使った者達であり、
シンイチのそれはそういう意図で使おうとする何者かへの嫌味だが。

「目的は口封じといった所か、あるいは本物を消して代わりに人形でも
 立てて全てをもらいうける算段か……まあ所詮は学者寄りの術者だな」

腕があっても手口が雑だ、と酷評しながらシンイチは一歩進む。
その動きが見えているのか否か顔を青くした伯爵が怯えたように後ずさった。

「無理だ、こんなっ……そ、そうだ、王家の館には緊急脱出用の転移陣が!」

「残念ながら、今さっきこの土地全体に転移魔法を阻害する結界が張られた。
 それを使っても脱出は不可能。いやらしいうえに複雑な術式なようで安全な
 破壊には俺でも5、6分はほしいところだが……」

──その間あいつら野放しになるけど?

まるで死刑宣告のように三日月が笑う。
彼とて本職ではないがアースガントで伯爵の位を持つ貴族である。
言われるまで気付かなかったが指摘されればそんな結界があることは気付けた。
詳細は分からなかったが自分達では数分どころか数日あっても解除できないのが
容易に想像できるほどの結界が領地全体を覆っているのがわかってしまう。
いつのまに、どうやって、という疑問がわくがそれを論じる余裕がない。
ゆえに伯爵は言葉が出ない。いまこうして話をしている時間もテンコリウスが
近付いてくる魔導錬金術の兵士達を次から次へと駆逐しているからこそある。
鎧袖一触、まさに最強魔獣の名は伊達ではないとばかりにゴーレムは石ころに、
オートマタはガラクタに、キメラは肉塊へと成り果てていく。が、それでも
数が多いという優位性は徐々にその戦線が屋敷側に近づいている事からも明白。
ましてやその小さき体ではいくら強くても止められる範囲に限界がある。
そして遠目でも魔導錬金術の練度の高さが分かるその混成群を見れば自らや
その兵達では助力にもなれないと伯爵は理解していた。

「さっさと下がれ、俺達がここから離れれば貴様らの生存は絶対に不可能だ。
 それでも結界破壊を優先すべきか? それとも姫たちの救援がいいか?」

「っ……」

それはあまりに意地の悪い、悪魔の問いかけだった。
伯爵には答えられる言葉も無い。自分達の生死は彼らの行動にかかっている。
生き残りたければ守ってもらわなければならないが、それは事実上主君の
姫を見捨てる行為になりかねない。この地を任されるだけはあってか
この伯爵の王家への忠誠心は強い。ゆえに自分だけなら姫をとなるが
しかしながら背後にいるのは自分が招いた客達で彼らの安全には
伯爵に責任がある。どうすれば、どんな答えが適切か。何を選び、
何を選ばないことが正解か。必死に思考を巡らすが答えが出ない。

「……くくっ、運がいいな伯爵」

「なにがでしょう?」

「その葛藤(答え)は嫌いじゃない」

浮かんだ苦渋の表情からその苦悩を見抜いてシンイチは意地悪く笑う。
思わず呆気にとられた伯爵を無視して、彼はヨーコが蹂躙する戦場に飛びこむ。

「こちらを片づけたら、向かおう────祈れ」

そんな言葉だけを、それしかお前達には出来ないと暗に告げて。
苦渋の顔のまま頭を下げた伯爵は護衛達を連れだって正門をくぐった。



振り払った腕が、まるで届かぬ距離で黒鋼の巨人()を六つに別れさせる。
その余波か周囲の自動人形は破片をまき散らしながら吹き飛び、岩の残骸に潰された
キメラが静かに息絶える。たった一薙ぎで約30m四方に密集していた敵が消える。
魔装闘法術による魔力の外装の応用。その爪を固め、伸ばした一撃。
視える者には一瞬だけ巨大な獣の手が映ったことだろう。

「主様!」

空いた場所に飛び込むように立ったシンイチの元へ周囲のキメラを雷で黒焦げに
したヨーコが駆け寄る。彼らの攻撃によって徐々に屋敷に近づいていた戦線は
若干の停止を見せた。

「これからどのように…」

「まったく、毎度の事ながら自分の人間性を疑う」

表情の抜けた顔で、舌打ちまじりの苛立ちまじりな声が呟かれる。

「主様?」

「どうでもいい多数助けて、仮とはいえ旅の仲間は放置かよ」

どんな判断だよ、それは───ただの危険度による優先順位だ。
彼女達は絶対ではないが、されどこちらは絶対的に助からない。ただそれだけ。
自嘲の呟きに胸中で答えながら広げた両腕。その指に挟まるは幾本もの、串。
腕を振り回すようにして投擲されたそれは魔力によるコーティングと彼の
異常な技量値により弾丸もかくやという速度で空間と射線上の敵を
裂きながら扇状に広がっていく。そして。

「間違いが無いのが最悪に癪だ。
 ここなら安全だと思ったのだろうリリーシャ……正解だよ、点火(イグニッション)

どちらに残っていても彼らにとっては死地である。ただしここには自分がいる。
それを見込んだ考えに渋い顔をしながら程よく散った串を一斉に爆発させた。
一つ、一つはせいぜいが10m四方の敵勢を葬ったがそれが十本以上だ。
しかも余波や衝撃を計算して行われた投擲はそれ以上の範囲で軍勢を損壊させた。
そして夜目に優れた両者は兵士が放った光球が照らす範囲より先も見えていた。

「……お、お見事」

結果に思わずあんぐりと口を開けた彼女だが即座に主への賞賛が出る。
さすがに全滅させたわけではないが群れとしての形はなしていない。
五体─といってもよいかは不明だが─無事な個体は存在せず、原形が
最も残っているモノでも半身程度しか残っていない。

「残敵はお任せを、主様は彼女たちのと」

「まだだ」

「え?」

訝しむヨーコの前で潰された個体の上に落ちてくるように転移の光を
纏ったモノが数多出現した。ゴーレム、オートマタ、キメラの混成群。
シンイチの攻撃で大幅に減った総数をそのまま補充する程の数であった。

「一定数やられたら、補充するように出てくるらしいな。
 そういう設定で自動召喚する術式を組んだな……しかもあれは……」

新たに出現したそれらを眺めて、面倒臭いと息だけで訴える溜め息が出た。
ゴーレムは黒鋼から青いクリスタル状のものに素材が変化し、オートマタは
動きが滑らかで手足に仕込まれている刃はシルバガント製のようだ。
そしてキメラには竜種の特徴が増え、全長も大型化していた。

「グレードが上がってるか」

「そのようで……」

単なる魔力爆破や魔法の絨毯爆撃では一掃するのはもう難しいだろう。
ブルークリスタルは魔力結晶の一種で魔力を用いた攻撃には耐性が高い。
竜種の鱗も魔力を通さない特性がある。オートマタには通じるだろうが
優れた敏捷さを見せながら迫ってくる姿は避けられてしまう未来を見せた。

「ヨーコ、人身を許可する……とりあえず、割れ」

端的な言葉と地面を足先で叩く仕草で察した彼女は大仰に頷いてみせた。

「御意」

瞬きの間に三尾の獣は豊満な傾国の美女へと変貌すると蠱惑的ながら
凶悪な笑みを浮かべると組んだ両拳をそのまま地面に叩きつけた。
バリバリとまるで音を立てて割れていく大地。走った罅は稲妻の如き速さで
拡散し、大地の裂け目を生み出すと第一陣の残骸もろとも第二陣を呑み込んだ。
夜の暗闇とは別種の底が見えない闇に彼らは抵抗もできずに落ちていく。
幾体かのキメラが翼を羽ばたかせて難を逃れたがヨーコの雷による追撃で
落とされたことで結局は奈落の底へ消えた。

「…元の姿に戻れ、(ガゴン)

そこへ唱えられた魔法が落ちた物体を無視して大地を元の形に戻す。
途中、何かが押し潰されるような音が大地から合奏のように聞こえたが
その程度のことをこの主従はまるで気にしない。いかな物体、存在であろうと
ヒトがつくったモノが莫大な大地の質量による圧潰に耐えれるわけがなかった。

「で、第三陣なわけだが」

「…図が高いっ、主様を見下ろすとは何様のつもりか木偶の坊!」

即座に転移の光を纏った現れた群が埋め尽くしたのは空。
鳥を主体としたキメラ。翼を背負ったゴーレム。風を纏うオートマタ。
そんな飛行能力を有した第三陣だったが、生憎とその位置と彼女の機嫌が
悪かった。テンコリウスの本能とでもいうべきか。主が不当に扱われる事に
対して沸点が低すぎる傾向にあった。空に陣取ったことを見下されたと
解釈した彼女の怒りが乗った攻撃は苛烈であり、一瞬であった。
全身から放たれた稲妻が蜘蛛の巣状に広がり雷光の網で貫いた。
まるで空間を覆う毛細血管。一筋、一筋が必壊の雷撃。それが網状と
なれば飛べるだけの存在が避けきれる訳も耐えきれる訳もなく燃え尽きた。
地上には燃え残った欠片が微かに降る程度であった。しかしそれは。

「……怒った時の方が制御がうまいとかどういう理屈だ、お前」

普段より扱いがいくらか巧みであった。

「主をけなす者を正しく処断する本能です」

にっこりと花が咲いたような笑みを浮かべるヨーコに“頭痛が痛い”。
尤もそれで頭を休めさせるわけにはいかない状況ではあったが。

「それで主様、案の定第四陣が次々と出て来ましたが……」

どのような判断か。あるいは単なる順番か。大地に煌めく転移の光。
そこから明らかに第三陣のゴーレムらよりも素材が上等な軍団が現れる。
ただ、それを見据えるシンイチはそんな程度のコトを“視”てはいない。

「……はあ、用意周到なのか単なる暇潰しか嫌がらせか。
 一体ずつ使われている転移術式の構造が違う上になんてややこしい。
 あれらを元々置いてあった先も把握しただけでももう37……あ、38」

これでは転移術式への介入も、転移元の破壊も、効果に乏しい。
尤もそれはこの増援地獄を早々に終わらすためには、だが。
いくら数があってもこの二人には吹けば飛ぶような羽虫の群れ。
これが二十、三十続こうが彼らを倒すには程遠い。
ゆえにその目的は明確だった。

「対テンコリウス用の足止め策か。
 まあ、いるの分かってるから当然といえば当然の考えだな」

「お・の・れっ!」

予想してはいたが実際にされると面倒このうえない策にうんざりな顔を
見せればヨーコが耳や尾の毛を逆立たせながら吠えた。途端に大地を
埋め尽くしていた四番目の軍勢は瞬きの間に氷像と化した。ヨーコの
放った極局地的な冷気が見事にソレらだけを氷の棺に閉じ込めたのだ。
しかしながらその氷像を押し潰すかのように第五陣が転移してきた。

「っ、いい考えだと思ったのですが」

「いや、悪くない……動きを止めても次を召喚する、か」

俺でもそうすると呟く彼は手の平を地面に向けた状態で、叩くように下ろす。
突然大地が揺れる。四陣を押し潰した第五陣をさらにナニカが押し潰した衝撃だ。
まるで見えざる神の手が現れたかのような惨状は、重力魔法による圧潰だ。
広域を一気に潰したかのように見えるが実際は一体ずつに小規模なものを
数多用意しただけに過ぎない。手間はかかるがその分魔力消耗を抑えられる。
この先はまだ長いと彼は読めている。ならば節約できるところはしておこうと
第六陣の転移を眺めながら息を吐く。

「木っ端の錬金術師風情が主様の歩みを邪魔するとはなんたる不敬!
 しかもそれが私対策で、とかケンカ売ってんのかコラーッッ!!」

もはや不機嫌さを隠すこともしないのか。無数の火柱が戦場を支配した。
文字通りの火の柱で埋め尽くされた大地で動ける物は一瞬で皆無となる。
それが第七陣を呼ぶだけの行為だと理解していても気が立ってしまっていた。
取るに足らない矮小で無価値な存在が主の心に苦痛を与えた事が許せない。
それが自分への対策であった事がなにより彼女は腹立たしい。

「ああっ、申し訳ありません主様!
 私がもっと防衛戦に向いていればこのような些事に手を煩わせることなど!」

雷撃、炎撃、氷撃、による雨霰で錬金術の人形達の一掃を続けながらも
主の力になりきれていない自らへの不甲斐なさから跪くように頭を下げた。
彼女の力は最強魔獣の名に恥じぬ、どころか面目躍如の領域に既にある。
しかしそれゆえにか。まだ幼獣ゆえにか。その力の強大さから見れば
充分に制御しているといえたがヒト基準でいえばまだ大雑把だといえた。
実際軍勢を簡単に一掃しているものの討ち漏らした個体もいくらか見える。
そちらに意識を割けば、全体の一掃が遅れ、かといって無視するには
相手は広範囲に広がり過ぎており、いずれどれかが屋敷に到達するのは
目に見えていた。そして逃がされてきた者達では一体だけでも辿り着けば
決して見過ごせない、そして目を背けたくなるような惨劇となりかねない。
それこそ例え第一陣にいた一番性能の低いどれかであっても。彼等の無事を
考えるならばその穴を補う“誰か”が必要だった。

「気にするな……最初からお前にそんなこと期待してない」

「え、そんな!?」

淡々とした言葉が予想外だったのか。衝撃を受けた顔をあげるヨーコ。
それを見ることもしないまま前に出た彼の魔力の爪が、礫が、拳が、
的確に彼女が逃した敵性体を破壊していく。

「最初からお前が全体で、俺が取りこぼしだ。
 従者だっていうならそれぐらいの仕事は請け負え……当てるなよ?」

そしてそのままの勢いで混成した魔導錬金術の兵士達の中を駆け巡る。
残した言葉は誤射を気にしていたが彼女にほぼ背を向けて間隙を縫う姿に
まったくといっていいほどそれを警戒していないのが見て取れた。一瞬だけ
衝撃と、その後─攻撃は続けつつ─呆気にとられたヨーコだが、そんな主の
姿に思わず頬が緩む。

「ふ、ふふっ……父さま、母さま、私はテンコリウス一の果報者にございます。
 我らと共に戦場を駆け、背を預け合える主に仕えられるこの喜びっ……
 過去のどんな主従も経験していないことでしょう!」

胸から沸き上がる歓喜が声に乗る。あまりに甘美な多幸感にうっとりと
蕩けたような顔のまま炎と雷と氷が蹂躙する戦場をヨーコはさらに地獄にする。
それはもはや神話の中の天変地異。邪な神が起こしたというあり得ない天災の再現。
大地が火を噴き、雷が雨のように降り、温暖な気候なこの地で氷塊が舞う。
その中を、被ったフードが揺らぐことさえないまま縦横無尽に走り回る主。
そこにはやはり誤射や流れ弾に対する警戒など微塵も感じられない。
共に在れる。力になれている。頼られている。信じられている。

「アハッ、ならばこそ主の望みを叶えずして何が最強の魔獣か!
 我が種は速度においても最強であることを今ここで証明しましょう!」

歓喜の笑みを浮かべながら爛々と瞳を輝かせると宣言通り全ての攻撃の速度が増す。
主に当てぬよう、この地域をいたずらに破壊せぬよう、という気遣いをしながら、だ。
それでもその圧倒的なパワーは一方的である。テンコリウス固有の、魔法とは原理の
違う炎と雷と氷による蹂躙を前に物言わぬ魔導錬金の兵士達は哀れ、彼女に消し炭に
されるためにいつの間にか十二度目の増援を余儀なくされた。そしてその数秒後には
十三度目を呼ぶことになる。しかしそれで彼女が苛立つ事はもうない。

「いくらでもかかってきなさいな! 今宵の私は絶好調っ!
 ええっ、一億でも十億でも一瞬で駆逐してみせますとも!!」

コレらは主の邪魔をするゴミ。それを掃除するのは自らの役目、自らの使命。
それが出来るという歓喜と幸福感に変わらず酔いしれながら彼女は次々と
召喚される軍勢全てを視界に捉えてその全域を自らの力で支配していく。

「その意気やよし、といいたいところだが微妙にフラグ台詞はやめてほしい」

自分の場合それは洒落にならないのだから。さすがにその数は面倒だ。
彼女(従者)の領域で動き回る()は呆れ声で呟きながら岩人形の核をぶち抜く。
フードの奥の目はどこか不安げに屋敷の向こう、斜め後ろの伯爵の館を視る。
同時に砕けたゴーレムの破片を適当に放り投げてキメラの頭部を吹き飛ばし、
倒れたその体でオートマタを押し潰す。殲滅は順調だ。ヨーコの士気は高く、
彼女より後ろに何かが進むことは無く、シンイチの穴埋めも単独とは思えぬ
範囲をカバーしており、大規模に魔法を使うより少ない消耗で済んでもいた。
だが、それでも。

「ちょっと、これは……まずいか?」

視線を一度もそこから離すことができないほどに。
そして“視”えてしまう説明できない不穏さに。
彼は駆け回りながら苦々しいとばかりに顔を歪めるのであった。







正しい判断(今は行けない)、は不快

間違った判断(今すぐ行く)、もまた不快

優先順位が低い

危険度が高い

生存確率がゼロ

彼女に託された

そんな免罪符ではあまりに効果が無い



つらい

いたい

くるしい

いやだ

やめたい




なのに


なのに


なのに、




────彼は自分を曲げられない






だから彼は「必ず行く」ことしか約束できない
+注意+
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