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帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

修学旅行編 第一章「彼の旅はこうなる」

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04-84-02 避けられぬ異変

わかっていても、どうしようもないのである……



この屋敷において。
書斎からリリーシャが主に過ごしている部屋はさほどの距離はないが
いくらか歩く必要があった。そもそもにしてこの屋敷が広すぎるせいも
あったがあくまで姫でしかない彼女が屋敷の主人となる王の部屋を使うのを
遠慮した結果でもある。書斎はそこへは近いのだが家族の部屋となると少し遠い。
これもまた彼女が第二王女という立場を考えた部屋の配置である。
その途中で。

「ねえステラ……あのタイミングでの登場はもしかしてわざと?」

ここまでは背後から眺めても気分が高揚しているのが丸わかりだった姫は
突然そんな言葉と共に振り返って追従するステラに問う。それが何に
対しての質問か分からぬ彼女ではなく、当然のように頷きを返す。

「はい、何の話をするつもりでしたのかはあえて問いませんが、
 無礼ながらいわせてもらえばリリーシャさまは彼に気を許し過ぎです」

「あら、あなたには負けるわ」

「……どういう意味でしょうか?」

振り返りながらも後ろ歩きに進んでいた姫はその言葉に驚いて足を止めた。
ステラの声色に本気の困惑があったことがリリーシャには衝撃的だったのだ。

「自覚ないの? 
 差し出されたペンダントを深く聞かずに即座に身に付けたと聞いたけど?」

「誰から……彼の厄介事に関する嗅覚は信用に足ると思っているだけです」

誰の密告か。後できちんと調べて仕置きしておかなくては、と考えながら
ステラはそれだけですと簡潔且つ即座に返答したがそれに対する姫の反応は。

「ほらやっぱり!」

言葉が通じていないのかと思うほどに嬉しそうな笑顔。ただそれは非常に
圧迫感のある笑みでもあり、主人である私に対して嘘偽りは許しませんよ。
そういう凄味も感じさせる笑顔にさしものステラもわずかに気圧される。
たった半月でこれですか、と腹黒さと天然さが同居する少年の教育の
とんでもなさを実感しつつステラは言葉を変えた。

「…感謝は、しております。
 私達は知らず知らずのうちにあった慢心や傲慢さを叩き潰してもらい、
 リリーシャさまには昔のような屈託ない笑顔を取り戻してもらいました」

ただ、余計な笑い方まで学んでしまいましたが、と続ければ、
なんのことでしょう、とすまし顔。そういう顔のことである。

「はぁ……いいでしょう。感謝は、本当ですので」

彼女が育った王宮内の魔窟さと窮屈さは筆舌しがたいものがあった。
特に姉妹姫の母である王妃が亡くなってからは灯りが消えたよう。
それからまるで連鎖するように起こった国の苦難や派閥闘争は容赦なく
アースガントの姫君たちの想いを無視して巻き込んでいき次第にまだ少女で
あったリリーシャの笑顔を意味や形の違うものにしていってしまった。

「それはもちろん私もですよステラ。
 あの方は悪辣で悪戯好きですが……こう、根っ子は純真といいましょうか。
 微妙に嘘がつけないうえに苦労性でなんだかんだお人好しですからね。
 毒気その他もろもろ、抜けてしまったわ」

「………わかる、気がします」

あれから半月という日数を共にして見たのは彼のそんな人間性だった。
肩肘を張ることも、表情を偽ることも、腹の内を隠すことも、そんな少年の
前ではどこか滑稽なことに思えてしまって色んな力が適度に抜けてしまう。
むしろ初めて自分達と遭遇した時に見せた無情な苛烈さを知るだけに、
素の姿を見せてくれることに妙な誇らしささえ覚える。

「それに、ね……」

意味ありげな視線を彼女に向けた姫はけれど即座に前に向き直ると
歩き出しながら、なんでもないことのようにその言葉を背中越しに届けた。

「ステラ、シンなら私はいいといえるわ」

「なんのことですか?」

「仕えたいと思う相手ができれば、その方に仕えなさい」

「っっ、姫さまそれはっ!」

普段にはない驚きと動揺の声は言葉の意味を正確に理解しているからこそ、だ。
ふたりにしか分からないそれは彼女達の間に結ばれた独特の主従契約によるもの。
リリーシャの身を守り、メイド達のある秘密を守るために結ばれたその契約。
それは本来ならここまで長引く予定ではなかった。

「仮契約だったのに、結局ずっと頼ってしまっていたわね。
 お父様もお母様もまさかあれから王宮内が落ち着かない日々が続くとは
 予想外だったし私がちゃんとその事情を知ったのも遅かったから」

「リリーシャさまが責任を感じる話では……」

「ないかもしれない。けどね、家族みたいにずっと一緒だったみんなを
 手放したくなかった、っていう私の我が儘も確かにあったのよ」

だからつい─結果的ではあったが─引き延ばしてしまったと謝る姫。
けれどその声は雰囲気が重くならぬようにかとても明るい口調であった。
そしてその相手がシンイチならば構わない、と。

「ヨーコもこの半月ずっと説得攻勢してこの前やっと、だったから
 了承させるのは大変そうだけど……そこはほら、彼ってお人好しだから」

だから───そんな彼の元でどうか個人の幸福を得てほしい。
自分はきっとそこには行けないだろうから。

「…………」

その気遣いを、願いを、諦めを。
幼き時より彼女の世話をし続けたステラは理解している。
“あの時”そうするのが自分達姉妹が一番安全に過ごせる道であったのは確か。
感謝こそすれ不満などあるわけではないが、延々と続ける危険性は解っていた。
ずっと見守ってきたこの姫の行く末をもっと見続けたい気持ちもあるがどこかで
秘密が露見した時に恩義あるアースガントとこの姫に迷惑をかけたくないのも本音。
だからこそ沈黙という否定も肯定もしない態度を取る事しかできなかった。
しかしそれで重い沈黙が訪れるのを良しとは出来ないステラは冗談半分に
そうなった際の問題点で茶化してみせた。が。

「しかしそれではリリーシャさまのお世話をする者がいなくなりますが?」

「……あら、あなたの中では全員でシンに仕えるのは決定事項なのね」

「………………へ、あ、えぇっ?」

嬉しそうな顔で振り返った主人の指摘に絶句した彼女は自分の発言を
胸中で反芻しながら、常の無表情が崩れるほどの動揺を見せた。
──私はいま何を口走った!?

「ふふ、あははっ! あのステラがへんてこな顔してっ!」

それは彼女が望む屈託ない笑みではあった。
が、指差しと共にお腹を抱える淑女らしさの欠片もない姿での大笑い。

「……なにがおかしいのですか姫さま?」

従者としてしっかり諌めなければという大義名分のもとで苛立ち混じりの
圧力が多分にこもった声を出したが気にした風もなく姫は肩を竦める。

「あら怖い。
 けどそれならいっそ全部片付いたら私もメイドに転職しようかしら?」

元プリンセスで殲滅魔法が使えるメイドとか良くないかしら。
いい案だとばかりに得意気なリリーシャに本職メイドはただ一息(・・)

「ハッ」

「鼻で笑われた!?」

「紅茶のひとつも満足にいれらないくせに何をいってるのですか姫さまは」

他にも例を挙げればきりがないほど何もできないでしょうといわれれば
彼女もがっくりと肩を落とすことしかできなかった。尤もそれは大国の
姫となればむしろ当然の話なのだが、彼女は可能性が皆無だった事が
思いの外ショックだったようだ。しかし。

「…ですのでその際は一から鍛えますので覚悟してください」

「それは……なにかぞっとする話ねぇ」

それを察した第二の姉ともいっていいメイド長の気遣いに、
どんな目に合わされるのかと怯えたように震えておどける姫。
それがあり得ない未来だと理解しながらも彼女達は唇に笑みを乗せる。
たまにはそんな空想(もしも)を楽しむひと時があっても良いだろう。
このあとに不穏の影が迫っているのを察している分それは余計に。何せ
最悪な事に彼のそういう勘はたった半月で嫌になるほど外れた(ためし)がないのだから。





──────────────────────────────






───その異変に最初に気付いたのは、なぜかステラだけであった




急遽滞在する事になったリリーシャを歓迎する夜会はつつがなく進行していった。
メイド達は手伝いという名の身辺警護の為に会場となった伯爵家の館に散っている。

「僕がパートナーでごめんね、姫さま」

「いえ、今夜はよろしくおねがいしますわカイト様」

意外にもそういった心情を気遣ったのは夜会服姿のカイト。
彼をエスコート役にしての夜会参加は、じつのところ初めてではない。
幾度か機会があったため彼もいくらか慣れており、おかげであれが勇者かという
奇異の視線は集めたものの無作法者という侮蔑の視線を受けることはなかった。

夜会は主催者である伯爵本人の当たり障りのない挨拶の言葉と主賓となる
リリーシャの紹介から始まり、少数ながらも集まった貴族達との立食会という
名の歓談会へと続いた。そこで第二王女は下馬評を覆す魔法以外の面での才媛を、
それでいて奥ゆかしさも示し、まだ懐疑的な様子だが穏やかに印象を変えていく。

姫自身が丹念に考えて選び、メイド達が全力を出した“おめかし”の成果もあり
形ばかりでは決してない夜会の主役となった彼女の周りには人が集まった。
リリーシャはそれを無難に、されど何も言質は与えずうまく流していく。
代わりに我が儘らしい我が儘も一言も口もせずに。別段、今更イメージアップを
図ろうとしたのではなく当然のことを当然にやらなくてはいけないと意識が
切り替わっただけの話。悪評を流す事の弊害が祖国や姉にも向かう可能性に
やっと気づいた、というのもあるが。
一方で。

「へえ、そうなんですか」

「はい、それはすばらしい」

「あはは、ありがとうございます」

カイトはカイトで彼女らも今まで気付かなかったのだがこういう場での人の
あしらい方が素でうまいところがあった。ただ彼の場合は関心の無い相手を
笑顔で躱して内心では全く気にも留めていない(・・・・・・・・・)という事が最近見て分かる
ようになったせいか彼女達には若干怖く映るのだが誰も顔には出していない。
この半月で─なぜか─異様に彼に懐かれている某少年曰く、

『やべえ、じつはこいつが一番問題児かも。
 なんだこの歩く笑顔外交型ミサイル発射ボタンは!?』

らしい。ファランディア人には後半全く意味が通じていないが不穏さは伝わる。
彼が単なる正義感の強い、ステータスが高いだけの者ではないと認識された。
ゆえに怠っていたこの世界の様々な事(常識と道徳)の勉強をさせている最中だ。
願わくばそれでなんとかなってほしい。

閑話休題(それはさておき)

問題は小規模ながらも用意された楽団が軽やかな音楽を奏で、
夜会参加者たちによる社交ダンスが始まって少し経った頃のこと。

ファランディアの社交界では基本的に最初はまずパートナーと踊り、
次は自由となるが主賓がいる場合はその者と主催者側の代表者が踊る。
彼女もそれに則り、まずはカイト、続いて伯爵と踊ると誘いをかけてきた
何人かの貴族と一曲ずつ付き合った。そして休憩を挟んでの最初の希望者が
現れたその時、会場内で飲み物を配っていたステラの脳内で警鐘が鳴った。

「リ、リリーシャ姫、どうかボク、いえわたしと踊ってください」

10歳ほどであろうか。リリーシャにも負けない輝くような金色の
髪を持つ少年貴族は慣れていないのか拙い誘い文句で彼女に手を差し出す。
これを周囲も姫も無礼とは受け取らずに微笑ましいものを見る眼で温かく
見守っていた。そんな、中で。


──あの子供はいったい?


ひとり、ステラだけが言いようのない不安と疑問にかられた。
このパーティは誤解を恐れず表現するなら、仕方なく開かれたもの。
王族が訪れているのに歓迎の宴さえ開かないのはメンツや沽券に係わる。
下手をすれば王家への忠誠心を疑われることさえあるだろう。例えそれが
評判の悪い第二王女とその従者たちであったとしても、だ。そのため下手な
宴など開けないが、しかしとて大規模なものを開く必要も時間もない。
それを考えれば、この夜会の規模や屋敷の飾り具合に振る舞われる料理の
見た目と中身の豪華さ。集まった貴族や周辺の有力者たちの数や質などは
充分といえる。伯爵自身の腹の内がどうであれ文句の付け所はない。
意図してかせずか。彼は自らの人脈と人望そして手腕を見せつけたといえる。

それゆえにそもそもにして、子供がいるのかおかしい。

いくら正式な、数か月前から準備を整えたような夜会ではないにしても。
明らかに社交界にデビューもしていない年齢の子供が出ていい場所ではない。
気心知れた身内同然の間柄で行われるそれならばともかくこれは仮にも主賓は
王族である。それも我が儘で悪評のある第二王女の、だ。果たして誰が
そんなところにマナーを仕込み切っていないこんな子供を送り込むのか。
ここまで見事な準備と人集めを行った伯爵の采配と合わない妙な落ち度。
仮に急遽連れてこざるを得なかったのだとしても、この場での対応で
印象を変えた者がいたのだとしても、誰かの紹介もなく不躾にも直接
王女に声をかけた子供を放置するアースガント貴族がいるだろうか。
招待客は誰もがその不作法を微笑ましく見ているだけで咎めるどころか
眉を潜めるような者もいない。そしてなにより。


なぜそんな分かりやすい違和感を誰も─リリーシャも─気付かないのか。


ナニカが、おかしい。
ただ同時に気にすることでもないという考えも頭を過ぎり───痛みが走る。
衣服の下のペンダントから肌を突き刺すような痛みを感じた───気がした。
誰かが、女が耳元で「惑わされちゃダメ」と囁いた───ような幻聴を覚える。
これかと妙に納得したステラは強まった警戒心を得意の無表情で隠しながら
常時繋げていた魔力通信網で館中に散っていた部下()たち呼び寄せ始める。
同時に“外”と連絡が取れなくなっている事に気付いて歯噛みもするが
これは自分達の領分だとメイド長は静かに決意を秘めて、誰にも気取られぬ
ように集まった部下達に無言の指示を飛ばすのだった。




夜会場の中央に用意されたダンスホールで背丈の差がある男女が踊っている。
ファランディアの女性として平均的な身長のリリーシャではあるが、相手の
男の子はどう見ても10歳前後で、また踊りに慣れていないらしいのも
あってかその拙い動きに姫が少し屈むようにしながら丁寧に付き合っていた。
周囲はそれを不気味なほどに暖かな視線を注いで見守っている。まるで今日の
主役は彼らだといわんばかりに動きを止めてその舞踏を眺めていた。中には
微笑ましいとばかりに感嘆の息や笑みをもらす夫人たちさえいた。いつしか
踊る男女を囲むように客たちが輪を作り、ホールは彼らの独壇場に。
優雅ながら軽快な音楽に乗って拙いステップを踏む男の子とそれに
合わせる姫の舞踏は曲が終わるまで続いた。

「ありがとうございました姫さま!」

万雷の拍手喝采の中での屈託のない笑みでの感謝。
リリーシャはそれに微笑みと共に頷きを返すとただ一言。

「いえこちらこそ楽しいお遊戯でしたわ─────小さな狼藉者さん」

「っ」

ダンス中添えるように触れ合っていた手を即座に返して
子供の手を掴み上げたリリーシャは、同時に床を力強くヒールで突く。
途端にホール中央に“刻まれていた魔法陣”が一瞬浮かびあがって霧散した。
込められた魔力がまるで輝く宝石のように空間に舞い散り、そして消滅していく。
いっそ幻想的といってもいい光景だったがそれに見惚れる者など誰もいない。

「なっ、今のはまさか!」

招待客は魔法大国アースガントの貴族かその関係者達だ。戦場に立つ者でも
学者でもない者達だがソレが何であるかを察せられないほど不勉強な者はいなかった。

「バカな、吸魔の魔法陣だと?」

「戦時以外では禁止されている魔法だぞ!」

吸魔の魔法陣。範囲内にいる者達から魔力を吸い上げ、術者に与える陣。
敵軍への攻撃かあるいは特定の魔法使いへ魔力を集中させるのに用いられる。
しかし悪用すれば街一つ潰すことも、莫大な魔力を手に入れる事も可能なため
その使用には国家の許可が必要で、またアースガントのおおよその街中では結界
による阻害効果でそもそも発動しないはずの代物だ。

「伯爵、結界はちゃんと働いているのか!」

「今朝確認したばかりだ! なのになぜ!」

「なんでこんなところで、しかもいつのまに!?」

「まさか……踊りながら足で?」

だからこそ顔を青くしながらのざわめき。怯えと警戒から後ずさる彼らの囲み。
それと入れ替わるように前に出たのは会場中にいたメイド達。招待客たちを
背に庇うように等間隔で並んで姫と子供を囲む円を作っていた。全員が常の
無表情のまま、されど厳しい視線で主に手を掴まれている子供を見据えている。

「え、えっ!? なにっ、なにが起こ──っ!?」

それに驚き、慌てふためいたように振る舞った子供だが言葉途中で首筋に
ナニカ冷たいモノを当てられて身震いするように喋りも動きも止まった。

「そういう下手な芝居はいいよ、見ててつまらないから」

冷めた目と共に小さなナイフを突き付けているカイトだ。
手にしているのは簡素なテーブルナイフだが出所はメイド達から。
アースガントだけが製造方法を知る特殊金属シルバガントによる一品。
カイトが使えば、不意打ちであれば、という条件付きではあるが、
彼の最強魔獣の首すら落とせる刃を幼き子供に無感情に向けている。
そしてかちりという音を立ててその首に何かをはめた。

「封魔の首輪、罪を犯した魔法使いを捕える錠だよ。これでもう何もできないでしょ」

「………く、カカカッ! 驚いたわい。まさか気付かれておったとは!」

それでもうこれは疑いの段階ではなく確信したと理解したのか。
狼狽えるフリをしていた表情が何か別の者でも憑依したかのように歪む。
そしてこれは愉快だ、とその状況でなお笑う子供の姿をしたナニカ。
声は子供のそれながら、別の異質なものが混じったようにも感じる声。
喋り方もまさに老人を思わせるそれに変化していたが不思議とそちらの
方が適切のように思わせる雰囲気がその存在にはあった。

「これは、いったい……リリーシャ姫、なにが……」

「伯爵さま、失礼ながら知っているならお答えいただきたい。
 あの子供らしき存在(モノ)はどこの家の方でしょうか?」

偶さか一番主催者の近くにいたメイド(フラウ)がそのナニカから視線を外さずに問う。

「なにをいって、彼は…………なっ、誰だあの子供は!?」

知っているはずだと思い出そうとした伯爵は見覚えの無い事に、
そしてその事実に今まで気付かなかったことに愕然として叫ぶ。
慌てたように周囲を見回して親がいないか探すが招待客を把握している彼は
だからこそその中にあれほどの年齢の子がいる親がいないのを知っていた。
案の定誰も名乗り出ることもなく、むしろ伯爵の驚きにつられるように
なぜ今まで違和感を覚えなかったのかと青ざめる者達もいた。しかしやはり
魔法大国の貴族たちだ。そこに何らかの魔法の影を見て誰もが警戒心をあらわにする。
子供という姿をそのままに見ている者も既に無い。

「途中まで気付いていなかったはずじゃが……どうやった?」

状況がわかっていないのか。問題ないとする余裕か。外見の幼さとは
比べようにもない老練な落ち着き払った態度に、だが返る声はない。
代わりに円を形成するメイド達の半数から拘束の術式が飛んで彼を捕える。
残りの者達も各々攻撃魔法の準備や武器を構えている者もいた。
妙なことをすればすぐさまに処断するという無言のメッセージである。

「………」

そこで誰にも知られず小さく息を吐いたのはリリーシャだ。
ここまでは彼女達がダンスの裏で行っていた想定の中で比較的良い状況と流れだ。
当初はダンスが終わったあとこっそり外に誘い出して捕縛する事を考えていたが
床の魔法陣に気付いてからは発動より前に除去するために客たちの前で正体を
暴かなくてはいけなくなった。吸魔の魔法陣は無理矢理暴走させれば範囲内の
全生命体から魔力を吸い尽くして殺害することも可能な危険な魔法陣だ。
客を人質にされては彼等から引き離すことの意味がなくなる。また仕掛けた
何者かの目的や他の仲間の存在が解らなかったのもあり、先に暴かなければ
自分達が下手人にされてしまう可能性もあったからである。

────誰も気付いていなかったモノにどうして気付いたのだ────

そう潜んでいた仲間か普通の客たちから問われても明確な答えがしにくい。
お守りがあったからなどとはいえず、アースガントの姫とそのメイドたちだから、
では少し弱く、権力はあっても社会的な信用がない自分達では疑いを向けられた
時点で立場が急激に弱くなる。それこそが目的ではないかという可能性もあった。

素知らぬ笑顔でダンスに付き合いながら次善策、あるいは苦肉の策か。
客の保護をメイド達に命じて、カイトに有無を言わせず謎の子供を脅させた。
じつのところここで完全に白を切られると招待客の関係者ではない所から
攻めていくしかなくなるのだがいくら狼藉者といえど子供を姫と勇者が
武器で脅すという光景は非常に見目が悪いので事実確認は早々に終えたかった。
幸い、この何者かは潔いのかそこに頓着はしていなかったのか。
呆気ないほど簡単に認め、ただの子供ではないことを露見させた。
そして主催者である伯爵からの確認も取れた上に保護者─役─もいない。
それでも仲間の存在を警戒しつつも何かを企んでいたこの何者かを
排除しなくてはいけない。が。

「容赦ないのぅ、一応見た目はいたいけな子供だというに」

彼女達の警戒に油断はない。敵と語らう気なども無い。
ステータスは確認済みだが、そのランクを鵜呑みにすることもない。
誤魔化す手段があると知った以上は絶対的な基準とはいえないからだ。
だがこの状況から抵抗を試みても対処できるよう準備と心構えはあった。
しかし、肝心のこの者の態度はなんなのか。

「子供はもっと大事にすべきじゃと思うぞ?」

首には魔法使い殺しともいえる封魔の首輪で魔法を封じ、
体を縛る魔法の錠は手足のみならず全身を拘束しているが、当人は
あっけらかんとした様子でその場に佇んでいる。意に介した素振りは皆無。
それを虚勢というには姫たちはこれに似た余裕の態度を見知り過ぎていた。

「っっ、姫さまコイツなんかマズイ気がする!」

ナイフを突きつけたままながらカイトは背筋に這い上がる悪寒を訴える。
彼の少年がたまに見せる空気。必ず勝てる手札を持っている者特有の気配。
程度の差はあれど、それをこの子供らしき存在から彼らは感じ取っていた。

───フラウ、伯爵たちの避難を!

咄嗟に姫が行った念話での指示は、だが相手に届いた感触が無い。
代わりに正面の子供の顔が不気味に歪んだ。機密性が高いはずの魔力通信が
封じられた上に盗聴された。アースガントの姫として妄想だと一蹴すべき
考えは、だが頭から消えない。だからその刹那の動揺のあとには実際に
声を張り上げようとしていた。しかし。

彼女達の警戒と対応は問題ないといってもいいほどだった。
異変に気づき、相手の出鼻をくじき、陣を破壊し、犯人を拘束した。
他の仲間や彼自身の隠し玉を警戒しながら客の警護と監視もしている。
ここにいる伯爵達の護衛兵士程度ではこうも手際良くとはならないだろう。
本人達が細かい所で手落ちだと思っているのは敵を追い詰める際には
凶悪な手腕を発揮する誰かを無意識に基準としてしまったせいだろう。

だが、それでも。

彼女達はもう一度思い出すべきだった。
死力を尽くしてもまるで届かない存在が世の中にはいることを。
常に世界には想定外という事態が起こり、そして何事にも相性が存在する。
この世に絶対はない。されど時に絶対的といってもいい窮地には陥る。
それをもたらす者がいる。あまりに相性の悪い“絶対的に不利”な相手が。


「────さて、お遊戯はここまでにしておこうかの」


凶悪さでは誰かには劣る、唇の端を吊り上げた笑い。
それでも彼女達に畏怖を感じさせるには充分な圧倒的な気配が漏れ出る。
呼吸が止まるような圧力と封じているにも関わらず溢れ出る濃密な魔力。
彼女達がまずいと思った時には拘束具どころか何もかもを吹き飛ばすような
閃光がホールを埋め尽くしていった───

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