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帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

修学旅行編 第一章「彼の旅はこうなる」

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04-83-07 理不尽の掌4

前話で、時間があればといったな。まさにそのとおりとなった。


まるで時間がなかったぁぁっ!!!!!

世界中が俺を監視していて、さあやろう、という時になると邪魔立てしてくるかのような一か月だった。
(被害妄想)


というわけで前回から直の続きです。



あまりに短く且つ主語の抜けた、それでいて重たい問いを投げかけた。
若干緩みかけていた空気がそれによって引き締まる。少年の顔に怒りは無いが
柔らかさも穏やかさもまた無い。ただ冷静に彼女達の答えを待つ審判者の顔だ。

「…………」

事ここに至って少年が何について問うているか分からない者はいない。
テンコリウス殺害に関係するすべての問題をどう対処するつもりなのか。
ある意味リッチロードの到着によって中断していた話の再開。加害者と
その原因を作った者達はその責任から逃れられない。そも逃げるつもりも
彼女達には無い。が、それを果たす手段が無かった。ならどうするのか。
思考の渦に入るリリーシャの脳裏にはあらゆる手段とその検証、却下が続く。
それでいて同時に蘇るのは自らがいまここで体験した事と見聞きした事。
───なんて方なのかしら

「姫さま?」

訝しげな誰かの声に答えぬまま、一人で彼女は前に出た。
半ば恐慌状態にも近かった先程までとは違う。答えはもうそれしかない。
完璧でもなければ最善、次善ですらないが自分達に出来るのはこれだけ。
正確にいうならば答えは彼自身(・・・・・・)が言っていた(・・・・・・)
そう思えばなんと厳しくも甘い断罪者だろうかと姫は胸の中で笑いそうになる。
されどそんな内心を微塵も感じさせない、否、それとは別の真剣な想いを前面に
出して彼女は突如地面に両膝をついた。

「リリーシャさま何をっ!?」

周囲の驚きの声を気にする事なく、姫はそのまま躊躇いを微塵も
感じさせない所作で頭を大地にこすりつけるように一気に下げた。
少年は言っていた。自らのしたことの責任もとれず対処法も無く、
対応できる者に頼むこともできないのは潰す価値もない虫だと。
だからリリーシャは頭を下げた。この問題を解決できるかもしれない
この場で最も適切な人物に。

「私が用意できるモノ、私の持ち物、私が差し出せるモノ全てを対価にします。
 なのでどうかっ、どうかあなたさまの力と知恵をお貸しください!」

そしてその場にはっきりと響く強い声で助力を乞うた。
周囲が絶句する。信じられないものでも見たようにメイド達の時が止まる。
無論彼女達も頭では分かっている。それをするだけの相手ではあると。だが例え
自らに非があっても何をしても勝てない相手でも王族が下げてはいけない領域
まで頭を下げたのだ。礼儀に則った謝罪と違いはこれはもはや全面降伏に等しい。
自国の権威と面子を持ち続けなければならない王族がやってはいけない行為である。
されどそれは同時にそうしなければいけない窮地であるという事も示していた。

「恥知らずな頼みごとをしている自覚はありますが、
 私達ではこの事態をどうにか出来る知恵も力もありません!
 しかし放置すれば何の罪もない人々が苦しむ事になってしまいます!
 それだけは避けたいのです! ですからどうかそのお力を!!」

そんな周囲に気付いていないのか。そちらには無反応でさらに懇願する。
この場でそれに動揺していないのは人間側の事情がよく分からない幼獣と
案の定かその必死の懇願を向けられている少年だ。

「自分の全てを対価とはな。
 大きく出たというべきか、それしかないというべきか」

「はい、申し訳ございません。第二王女とは名ばかりの権力とあなた様には遠く
 及ばない魔法の腕では何のお役に立てるのか非才の身では想像もできません。
 ですがあれほどの知識とリッチロードを追い込んだ手腕の持ち主ならば
 この身をいくらでも使う術があるのだと愚考いたします」

「そうきたか……いってくれる」

どこまでもへりくだった、卑屈ともとれる言い方をリリーシャはしている。
しかしそこには“あなたなら如何様にも使えるはず”という言葉が隠れてもいた。
少年はそれに笑みを浮かべながらも、しかし明確な返答をしなかった。だからか。
意を決した彼や彼女達もまた姫と並ぶようにして、地に頭をつけた。

「僕からもお願いします! 全ては僕が、僕がしたことが原因です!
 だから本当は言えた義理じゃないのは分かってるけど力を貸してください!
 姫さまより何もできない、力仕事ぐらいしかできないけど僕も自分を全部差し出します!」

「私どもも同じ気持ちでございます。我らはアースガントのメイドとして
 様々な教育を受けてきました。細々とした事ならばお役に立ってみせます。
 如何様にもお使いくださって構いません! ですからどうかこの問題を解決するのに一助を!」

恥も外聞も面子もなく大国の姫と勇者とその従者たちは土下座する。
十数秒経過して互いに何もいわなくなってもその姿勢が崩れる事がない。
変わらず彼らは頭を地面にこすりつけ、それを少年が見下ろしている。

「……なんだろうな。だから(・・・)後回しにしてたのに結局関わるこの因果。
 引きが悪いのか結局は良い(・・・・・)のか判断に迷うぜ、毎回」

呆れた何かを呟いた少年の声は小さくて聞き取れなかったが、すぐによく通る声で
頭を上げろと命じられて全員がそれに従った。一瞬良い返事がもらえるまで下げ続
けるという事も考えたがそんな方法で彼から助力を引き出せる気がしなかったのだ。
だから上げた顔を、少年の視線からそらさずに真っ直ぐ向けた。自分達の意思が
決して嘘ではないことを信じてもらうために。その目を、顔をどう見たのか。
少年からはこれみよがしの溜め息が出る。

「はぁ……最初からそうしてほしかったな、まったく」

「申し訳ございません」

「いきなり相手の力量も確かめずに襲い掛かってくるし」

「はい、すべては私の見通しの甘さが招いたことでした」

「確認してればもっと穏便に事は進んでいたろうに」

「はい、余計な手間をとらせたこともまた謝罪いたします」

「俺に罪をなすりつけるって話自体は本当にイイ線いってたんだし」

「は………え?」

殊勝にか怒りを買わぬようにか。
両方の意志で持って彼の指摘に神妙に頷いていた彼女らは、しかし。
自らの耳を疑うような発言をされて目を白黒させた。それに気付かずか。
少年はどこか呑気にも聞こえる声色でこうすればよかったじゃないかと
信じがたい案を口にする。

「けど殺すのは土台無理なんだからさ、今みたいに普通に頼めばよかったじゃないか。
 あなたが殺した(・・・・・・・)事にして罪を(・・・・・)被ってくれませんか(・・・・・・・・・)、って」

「……ええぇぇ?」

なんだその方法は、本気でいっているのか、と皆が唖然とする。
肩に乗っていた彼女もまた驚愕の表情で固まっていた。そんな全員の
心境を一人代弁するように出たリリーシャの間の抜けた声が場に響いていた。

「し、失礼ですが、それはちょっとその、色々と問題が……」

「心配するな、わかっている。
 さすがに目撃者がいないと問題だから、幻影使って生きてるようにみせかけて
 リリストで大立ち回りして俺が残虐に殺害する光景でも見せてやればいいだろう。
 なに、知っての通り恐ろしい光景の演出をするのは得意だ」

「い、いえ、得意だ、とかではなくてですね…」

何もわかっていない。あまりにも馬鹿げた、そして重い提言を当人が
あっけらかんと、そして自信満々に告げてきた事に困惑しかない彼女らである。
ただその表情の意味がわからないのか少年は不思議そうに小首を傾げているが。

「これは、なんとも嫌な方向に手強い方です」

ひどい天然なのか素でその汚名がどうでもいいと思っているのか。
徐々に見えてきた少年の素顔らしき態度にステラが頭痛を覚える中。

「………」

姫だけが、一つの手ではある、と理解する。この場合問題の多くが解決する。
犯人が─どこの誰でもない異世界人だと─分かれば糾弾の目は自分達に向かず、
テンコリウスの死亡をある意味において自然と街や国に知らせる事ができる。
混乱は起きるだろうが知らない内に死亡していたよりまだ対応が出来る上に
アースガントが責められる事はなくなる。悪くは、ない。ただそれはあくまで
最悪ではなくなるというだけだ。否、気分だけなら最悪一歩手前ですらあった。
世界的に敬愛される神獣を殺したという罪過をこの少年に背負わせる、など
恥知らずな事をしていると自覚する彼女でもそれはあまりに道を外れている。

「ですが、もうそれをする気はないのでしょう?」

恥知らずな愚か者でもやってはいけない事がある。
なんとしても違う答えを引き出さなくてはと内心焦りながらも
姫は決してそれを顔に出さぬまま必死に頭を働かせていた。

「ほう、なぜ?」

「今のは『私達』が『そうすれば良かったのに』というニュアンスに聞こえました。
 既にもう代案が、いえ、この場合はあなただから取れる方法が別にあるはずです」

彼が軽く告げたそれは出来る事が少ない彼女達ならではの苦肉の策だ。
しかし自分達とはまるで違う立場と実力、そして高い情報収集力がある彼ならば
他の方法も当然とれるはずであるとリリーシャは主張する。

「確かに……うんうん、なんだちゃんと考察できるじゃないか。
 伊達に世界一の魔法使いではないか……鍛えれば使えるか?」

語尾はよく聞こえなかったものの肯定に近い雰囲気に胸中では安堵する姫。
一方でその隣のステラは確かに別案がある事を示唆する態度だとは思うものの
同時に罪を被る考え自体も一つの案として本気であったと暗に認めてもいたため
誰の目もなければこめかみを押さえたい気分になっていた。
──この少年、もしかしてバカなのではないでしょうか

「お前の言う通り、俺だからの案はあるが……その前に一ついいか?」

それらに気付いているのかいないのか。雑談するような空気で彼は問うた。
それが油断となったのか。次の言葉に姫は意表を突かれることになる。

「なんでしょうか?」

「ひとつだけムカつくことがある」

「っ、な、なんでしょう?」

だから息を呑みながら同じような言い回しを繰り返してしまう。
周囲も顔を強張らせながら緊張感に満ちた顔で彼を見据えながら
どこかで怒りに触れるような言動が無かったか必死に考える。が、それよりも
先に不機嫌そうな顔で倒木から腰を上げた少年は姫の所まで歩み寄ると地面に
どかっと腰を下ろして同じ高さに目線を置いた。そして。

「なんで俺が何もしないという前提で頼んでるんだよ、お前ら!」

「……え?」

よく見れば、何もしないと思われていたことに拗ねている子供の顔があった。
真正面からそれを見ることになった姫を含めた面々は予想外に過ぎるそれに
ただただ呆気にとられてしまう。

「散々お前らに責任を説いた俺が!
 この事態の当事者の一人である俺が!
 自分の責任とらなかったら説得力ゼロの無責任野郎じゃないか!」

冗談じゃないと憤慨したように拗ねた彼に、皆の目が点になる。
その考えが無かったから、ではなく、何故そこで怒っているんだと。
自分達を歯牙にもかけない実力をもっているのに、汚名を被ることなど
微塵も気にしていなかったのに、なぜか無責任だとは思われたくないらしい。

「あなたの、責任?」

思わずそれに呆気にとられてしまったが、彼女らからすると少年の責任と
いわれても何のことかいまいちピンときていなかった。これには気付いて
いなかったのかと呆れるような溜め息と共に静かなお叱りの言葉が出た。

「相手の立場になって考える癖をつけておけ。
 でないとアホみたいな失敗をして足元をすくわれる事になる」

「え、ええ、それは…」

「………俺の目の前で殺されたんだぞ?」

「あっ」

──なんて、愚かなことを私は
勿論わかっている、などと偉そうな言葉など続かなかった。
その場面に出くわしてはいなかった彼女達だが想像はできたはずだった。
カイトは彼女らの思惑のために無知であったが、悪党とみれば怪物とみれば
誰彼かまわず突然襲い掛かるほど血の気の多い好戦的な人間ではない。
ならば何故この事態に陥ったのか。正義感の強い彼が怪物を襲う理由。
誰かを助けようとしたのだ。ならばその誰かが、この場合は誰であるのかも。

「充分わかってるだろうが俺にはそれを止められるだけの力があった。
 なら、俺には責任の一端がある。テンコリウスを襲う馬鹿がいるわけがないと
 近づいてくる気配は酔っぱらいか馬鹿な観光客程度にしか思っていなかった。
 それでこれだ……くだらないにも程がある」

それは自分の油断で、自分の落ち度であると彼は自ら口にした。
そこに襲撃者の能力や武器の特性まで加わった不運が今回の一件の結果。
ましてやカイトは少年が襲われていると勘違いして神獣を殺害している。
その間違いの始まりは間違いなく、彼がここにいた事に一因がある。

「所詮は鍍金の限界だよ。
 こんな馬鹿げた力があっても、目の前の命さえ簡単にとりこぼすっ…」

少なくとも当人はその不運の積み重ねをそう思っていた。そしてそれを
彼自身が一番許しがたいと怒ってるように彼女らには見えた。

「そんな、それは…」

「しかし残念だったな。何やら覚悟を決めたようだが……」

リリーシャがそれは背負い過ぎではないかと思ったが口にする前に─まるで慰めを
拒絶するかのように─彼はどこか悪戯を仕掛けた子供のような笑みを見せる。

「……それは結果に影響しない。俺が俺の責任を取る以上
 お前達の覚悟と関係なく、この問題の解決は絶対だ……そうだろ?」

実はそれは必要なかったのだというネタバラシと共に。
その、ふふん、としてやったりなその顔で笑う姿は子供というには
あまりにも意地が悪い。否、邪悪とさえいってもいい。明らかに
呆気にとられて固まっている彼女らを見て楽しんでいる。

「……え? え?」

「あぁぁ……」

「うそん」

「………」

これにはもう完全に全員が顔を引き攣らせるのを我慢できなかった。
最初から彼の中でそうするつもりであったのなら、少年はその上で
お前達はどうするのかと問うてあえてこんな答えを出させたのだ。
事態解決のことだけを考えるならば、そこに彼女達の意志は、その
決意も、謝罪も、自らを差し出すような覚悟も必要なかったのに。

「とはいえ、だ。
 そこまでいって土下座までした奴を無下に扱うのもしのびない。
 動かせる手が多いに越した事はないし、公の権力もあれば便利だ」

だがそこで彼女らを慮ったように─悪辣に─三日月が笑う。
全員が半ば反射的に冷や汗を流し、鳥肌がたち、背筋が凍った。

「もちろん、死ぬ気で働いてくれるんだよな?」

「それは……は、はい、もちろん、です……あははっ、ははっ」

やられた。
言質を完全にとられて、しかも最初から彼女達には拒否権がない。
無論これは自分達が引き起こした事態。その解決のために奔走できるなら
望む所ではあったが、こんな話の持っていき方をされると言いようのない
感情がざわめいてしまう。それゆえか彼女らの心は同じ内容で一つになった。
──こいつ絶対性格悪い!

「とりあえずメイドども、コレ、直しておけ」

それを知ってか知らずか。絶対に知った上であろうが少年は無造作に
自らの魔法で整地してしまった長い道なりを指差しながら軽くいう。

「うえっ!?
 い、いえ、ですがこれはここならテンコリウスの仕業にできると!?」

彼が森の入り口付近で作ったクレーターならまだしも。
ここから山の麓まで続く土地をほぼほぼ埋め立てたような広さと距離だ。
それを元に戻せというのは魔法があってもかなり途方もない重労働である。
だからこその彼の発言を引用してのやんわりとした拒否だったのだが。

「いやいや、森の一角とかならまだしもこれはやりすぎ。
 朝日が昇る前に戻さないと騒ぎになるからな……出来るだろ、頑張れ」

ファイトだ、と心にもない応援の声で無情に励まされるメイド達。
どうやら暴れても問題ない云々で許容できる範囲外の破壊だったらしい。
そして何よりこの少年の性格の意地悪さをまだ低く見ていたと愕然とする。
どうしますかと伺うような視線を彼女達は姫やメイド長に向けるが力無く
首を振られる。冷静に計算した上司達はそれが彼女達ならば、言ってしまえば
即座に倒されて実質的に魔力や体力の消耗が一番少ない彼女らならば、
死力を尽くせば(・・・・・・・)出来なくはないわかってしまった。

「とりあえず一番問題な麓の方からやってくれ。行きはサービスしてやるよ」

「まっ──」

「ちょっ──」

そういって少年が指を鳴らせば、承諾も無いままに、長だけを残して
メイド達は彼の転移魔法の光に包まれて一瞬で消えてしまった。

「……大丈夫かな、みんな?」

「無事辿り着けたようですし、夜明けまでならなんとかなるかと。
 それよりも…」

「むしろ私達は何をやらされるのでしょうか?」

半ば癖のように行先を解析をしていた姫とメイド長は確かに麓まで跳んだのを
確認したのもあって彼女達よりも自分達に振られる仕事に戦々恐々としている。

「まずあのふたりを供養してやりたいが……土葬? 火葬?」

だが少年が次に意識を向けたのはいつのまにか隣に移動していた幼獣(彼女)
彼も知らないのかこの家族の流儀に合わせるべきと判断したのかその扱いを問う。
それに少し何かを思い出すように視線を彷徨わせた彼女は答えた。

「ええっと、確か……父から聞いた話では自然死の場合は深く掘って土葬。
 滅多にあることではありませんが何者かに命を奪われた場合は……その、自然界の掟に従うべきだと」

「やっぱそうなるか……」

どこか躊躇うように言いよどんだ言葉に短くも重く頷いた少年は、
一度、二度、幼獣の頭を優しく撫でるとお願いがあるんだと続ける。

「お別れを済ましたらリリストの山側の門にいって、街道に立ってくれ。
 ここを通る登山客ならお前が道を塞げば時間をずらすぐらいはするだろう。
 なんなら適当なことを言って追い返してもいい。夜明け前に出発しようって
 奴がいないとも限らないからな」

「わかりました! お任せください!
 あ、ですが、その、父さまたちは……」

「そっちは俺が適切にやる、任せてくれるか?」

はりきった声で答えたものの何かを窺うように彼と両親の遺体を交互に見たが、
少年の言葉に感じ入る何かがあったのか幼獣は頷くと一度両親の元へ駆けた。
そして別れを惜しむよう、その匂いを忘れぬよう体を何度かこすりつけると
彼等に、否、少年だけに振り返って声をあげた。

「全てお任せいたします!
 それと後でお話したい事がありますので時間をいただきたく!」

「ああ、わかった。作っておく」

ありがとうございますと深々と頭を下げると以後振り返る事もなく、
彼女は一目散にリリストへと向かって駆けていった。彼等は特に何も
口にすることなく気配が完全に遠のくまでそれを黙って見送った。
そして。

「…承知の上かもしれませんが、彼女のあの様子はもしや」

「いうなっ……頼むから、実際に聞くまで現実逃避させてくれっ」

さすがに聞こえないだろう、という判断で出たステラの言葉を少年は遮る。
幼獣(彼女)にだけは穏やかで柔らかな相貌を向けていた顔も一気に崩れていた。
どこか弱々しく且つ嘆くような表情と声に彼女はそれ以上何も言わなかった。
残っている者達の中で概ね幼獣(彼女)の伝えたい事に察しがついていたのは
彼らの習性を深く知っているであろう少年と似た立場であるステラだけだろう。
そして少年自身はその問題点が分かっているのか初めて本気の気弱さを見せた。
彼女としても同感である。何が悲しくて技量Sランクの少年と最強の魔獣
テンコリウスが主従となる悪夢のような瞬間を目撃しなくてはいけないのか。
そんな存在が実在していることなど知りたくなかった。

「はぁ………それで、残ったお前達だが………まずお姫さまとメイド長」

「は、はい!」

「なんでしょうか?」

その当人は持ち直したのか棚に上げたのか。元の調子で語りかける。
緊張気味に答えた姫と違い、メイド長は平然とした様子で返事をしていた。
どうにもあの気弱な、どうすればいいんだと狼狽える子供そのものの顔を
見せられた後では警戒心など微塵もわいてこなかったのだ。

「とりあえず見目をなんとかしろ、それでは人前に出れん。
 予備のドレスぐらい持ってるんだろ、その四次元メイド服にさ?」

「あっ!」

やった俺がいうのもなんだが。
と、形ばかりの態度を見せつつも指摘された姿格好を見下ろして姫は慌てる。
彼女の傷はステラの魔法で癒えていたが纏っていたドレスアーマーは全壊。
下に着込んでいた戦服もかなりの損傷を受けていくらか肌も露出している。
そして顔や髪の毛は未だに泥土や血がこびりついたままな所もあった。

「最初はリリストの町長に会いに行くからな。あそこの町長は代々
 テンコリウスの監視者という影の役目がある。ある程度は話さないと。
 お前らが犯人というのは伏せるから話合わせろよ」

「は、はい! ステラ!」

「かしこまりました。しかし今からですと宿屋には戻れませんね。
 全員で出歩いていた以上、私達だけ戻ると不自然でしょう。
 転移で直接戻っても街の結界に記録が残る可能性があります」

真実の露見が何より困る身としては痛い腹を探られては困る。
目立つ行動は避けるべきである。宿泊しているのに集団で出かけ、
朝になっても全員が戻ってこないのが決定している時点で今更ではあるが。

「……つ、つまり?」

「ここで最低限整わせます。どうか御辛抱ください」

「うぅっ」

少し羞恥が宿る表情で男性陣を見る姫に疑問符と共に首を傾げたカイトと
違って少年は肩を竦めると仕方なしといった具合に勇者を片手で持ち上げて
担ぐと彼女達に背を向けて歩き出す。

「な、なにっ、わわっ!?」

「なんだよ、全部俺に差し出すんじゃないのかよ?」

「はぅっ!」

不貞腐れたような言葉で彼女の胸を抉りながら。
言外にうそつきといわれたように感じた彼女のダメージは存外に深かった。
ソレを求められる可能性は頭にはあったものの、どうしてか彼女は少年が
そちらの意味で自分を求めてくるとは微塵も思えなかった。だからこそ
殿方(彼ら)のいる場所で着替えるということに動揺してしまったのだが。

「リリーシャさま、あれは冗談というものです」

「わ、わかっています! それより急いで不可視と遮音の結界を!
 そしてすぐに私の姿をアースガントの姫として問題ないものにして!」

「かしこまりました……ですがそこそこ時間はかけさせて頂きます」

「え?」

命令に対して妙な言い回しでの否定に訝しんだ姫だが、彼女らの姿は即座に
生み出された内側を視えなくする不可視の結界に包まれて、声も聞こえなくなった。

「……あのメイド察しが良すぎる」

「それってどういう…」

やり取りを背中で聞いてた少年の呟きの意味はカイトには分からない。
ただ彼の足の向かう先から、どこを目指しているのかは彼にも分かった。

「あたっ!?」

そこへ落とすように下ろされたカイトは、だが文句を言う気もなかった。
相手が相手、状況が状況というのもあったが自分が不必要に殺めた相手の亡骸を
前にして騒げるほど彼の神経は図太くはない。それにあの少年が目を瞑り、
両手を合わせている姿には邪魔をしてはいけない雰囲気もあった。

「………え、ええと、こう?」

彼が死者へ祈りを捧げているのはなんとなく理解できた。
だからか見様見真似で同じポーズをとってカイトもまた安寧を祈る。
殺害した当人であるため資格があるのかという不安が頭に過ぎったが
それでもしなくてはいけないのだろうとしばらく二人はただそうしていた。

「………お前…?」

されどいつのまにか怪訝な顔でこちらを見る視線に気付いてぎょっとする。
しかし少年はすぐさま首を振るとカイトがすべきことを口にした。

「まあ、いい。まずは供養だ。お前がやったんだから、お前がやるべきだ」

「わ、わかっ、あっ、いえ、わかりました。
 それで、その……さっきの自然界の掟って具体て、っ!?」

どういうことなのか、と問おうとした言葉が途中で止まる。
ニヤリ、と三日月が笑ったのを見てしまったからだ。冷や汗がどっとわく。

「食え」

「ほへ?」

「殺したからには、食え」

「え………うえええぇっっ!!??」

突然いわれたそのとんでも過ぎる供養方法に彼は絶叫する。
勘違いで殺してしまった相手を食べろとはあまりにも彼の思考の外だった。

「い、いやっちょっとそれは!!」

さすがに躊躇してしまうカイトに、だが少年は一転しての無表情で淡々と返す。

「自然界の掟だ。
 弱肉強食、お前が殺した以上お前だけにその資格と義務がある。
 狩りにおいても仕留めた獲物は最大限利用するのが基本的なマナーで、
 奪った命に対する最低限の礼儀だ」

当人に知識や技術が無い場合は売る手もあるがこれは秘さねばならない一件。
彼等の遺体の処理は完全なる滅却か誰かが己が血肉とする以外にない。
しかし前者となると彼らが今日まで生きてきたその命は、どこに行くのか。

「お前は、気持ち的に嫌だから、と彼等の死をどこにも繋がらない、
 あのドクロ野郎以上に無意味なものにしたいのか?」

「ぅ……」

そんなルールと事情、何よりお前以外に受け継いでいい者はいないのだ。
と脅すように、諭すように、懇願するように語る少年の言葉に息を呑む。
見下ろした先にある遺体を眺める。自らの所業とはいえ頭部が切り落とされて
いなければ死んでいるとは思えないほどきれいな状態で、だけどそこには
やはり生命の息吹や気配というものをまるで感じられなかった。けれど
それを食べられるかと、食べなくてはいけないのだといわれても、
生きていた姿を知るだけに、それを勘違いで殺してしまったと
知ってしまったゆえに、食欲などわくわけもなかった。むしろ彼等を
食べる自分を想像して今にも胃液が逆流してしまいそうだった。

「……ここまで、狩りの経験はないのか?」

「え、あ……はい。ずっとメイドさんたちに食事を用意してもらってたから」

「けど、肉を食ったことはあるだろう?」

「っ、それ、は!」

「同じことだよ。それもきっとどこかで生きていた魔獣の肉だ。
 家畜か野生かは知らないがな、元々食事ってのは誰かの命を食う行為だ」

「命を、食べる……」

「だから、いただきます、で、ごちそうさま、なんだろうが」

よく知る食事の際の挨拶。当たり前に使っていた言葉。
深く考えた事もないそれがここに来てその意味が、重い。
命をもらうからこそのいただきます。その感謝であるごちそうさま。
これまでも知らずしていた事。そしてこれからも行い続けなければいけない事。
ならばここでやめていい訳がない。今回だけやらずに逃げていい訳もない。

「…………」

カイトはゆっくりと両手を合わせた。それは本人ですらどっちの意味で
使っているのか分からない動作だったが口からは自然と二つの言葉が出た。

「ごめんなさい…………いただきます」

重々しくもはっきりと口にしたそれに少年は無言のままどこからか
狩猟用ナイフを取り出すと淡々と彼らを食べ物として解体していく。

「時間がないから裏ワザで血抜きは一瞬で済ます。
 あと無駄にしないよう食べれる所を切り分けて焼くぐらいならしてやるよ。
 けどお姫さまが支度を終える前に食い終われよ。さすがに王宮育ちの
 女に見せていい光景にはならないだろう、これは……」

「あ、だからさっきステラさん……」

目の前の血生臭く、赤々しい作業風景は好んで見せたいと思えるものではない。
ようやく意図を理解したカイトに一回だけ肩を竦めて肯定を示すと少年は
神がかり的なナイフ捌きで解体を進めながら雑談のような雰囲気で続ける。

「不幸中の幸い、でもないがテンコリウスの肉はヒトが食べれる部位が少ない。
 理由は知らんがどうにもヒト種にとっては有害な部分が多いんだ、こいつら。
 残りは火葬だ。骨だけは見つからないぐらい深くに土葬するが……質問は?」

「ありません」

「じゃあ注文は?」

「ふへ?」

話の流れに沿わない単語に戸惑って素っ頓狂な声をあげるカイト。
くくっと笑った少年はからかうように彼の肩を小突いてみせた。

「合わせろよ、調味料は塩しかないが焼き方ぐらいは好みにしてやる」

「え、あ、でも……」

されど彼の表情に浮かんだのは変わらぬ硬いそれ。
そんなことが自分に許されるのかという躊躇と気負いが見てとれた。
少年はそれを一瞥すると即座に。

「バーカ」

「え、アイッヘェ!」

その頬を摘みあげるようにぐいと引っ張った。意外に伸びた頬から
伝わる地味な痛みに顔を歪めながら目で「何をするのか」と問うカイト。
だが、そこにあったのはふざけているわけでも、呆れているわけでも、
怒っているわけでもない、ただ真剣な眼差しを向ける少年がいるだけだった。

「…楽しんで食え、なんていわないさ。けど義務感なんかで食うな。
 せめて、味わって食え………忘れないように」

なにを、とはカイトは聞かなかった。
すべてを、だと聞かずとも理解できたからだ。
無知とそれへの無興味から起こるべくして起きた事件と罪過。
そして奪った命の重みというその味を。対応ができず、責任も取れない以上
カイトが出来る贖罪は彼らの流儀に乗った供養とその命を自らの中に入れる事。
けどそれは義務ではなく、少年の言う通り最低限の礼儀なのだろう。了承の
意志を示すために頷く。すると少年はカイトを解放すると、だがニヤリと笑う。

「ま、どうせ忘れられんだろうがな」

「へ?」

「Sランクともなると本気を出すと見るだけでその物体の状態や性能を把握できてな」

切り分けた一枚の肉を掲げながら嬉しそうに、三日月が笑う。
ぴくり、とカイトの頬が引きつる。壮絶に嫌な予感がした。

「えっと、それは……つまり?」

「こいつは人跡未踏の不味さとの戦いになるだろう!」

どこか芝居がかった声で叫びながら意味なく空を指差す少年。
あの星を目指して進め、などという幻聴が聞こえてきそうな仕草である。
これまでとあまりに違う態度に思わず苦笑がこぼれてしまうカイトではあるが
それが場の雰囲気を変えよう、自分の肩の力を抜かそうという事が狙いなのは
なんとなく彼にも感じられた。一方的に攻撃されている時には殆ど感情を
感じられなかったせいか今は逆に色んな感情が分かりやすく見えていた。
それが少年の素なのか分かるように振る舞っているのかまでは不明だが。

「先陣は、切ってもらえるんですよね?」

「ああ、切る、焼く、は任せてもらおう」

だから合わせて乗ってみたカイトに少年は、これまでに比べれば
はるかに弧の緩い三日月が返る。多少は手を緩めてもらったのか。
この後の自分の状態を慮って手加減した笑みを見せてくれたのか。
どちらにせよ総毛立つ自分を彼は止められなかった。

そしてその後、一口ごとに悶絶し大地に転がるカイトの様子を
ニタニタと邪悪な笑みで観察する少年の姿があったという。


ここで今回の夢回想シーンは終わり。起きた彼の反応までいれたかったが長くなったので次回。

ちなみにこの時のシンイチはまだ憤りやら戦闘やらの余韻があるので比較的饒舌で
ノリがいい所があるものの、このあと落ち着くにつれて人見知りを発動して、
04-82で軽く語られた通り、意思疎通に(彼女たちが)難儀します。
半月後のその時点だと慣れてきたので気軽に接してますが。
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