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帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

修学旅行編 第一章「彼の旅はこうなる」

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04-83-06 理不尽の掌3

前回までのあらすじ

天からの星の落下といえるほどの蹂躙でリッチロードを弄んだ謎の少年。
彼は次の手として、不死の王がこれまで手にかけた者達の怨念をレイスとして
襲わせ、その負の念をとりこませる事で風船を膨らませるように内側から圧迫していく。
そんな中、少年が語った不死の王を狙った動機はストレスの発散というとんでもないもので……?



「……ナ、ニ?」

「はっ?」

「え!?」

その場の全員が呆けた声をあげてもしょうがないといえる、とんでもない答え。
聖女を誘導して待ち構え、地形を変える程の魔法を〝数”撃ち、禁術を使って
まで苦しめたのがそんな理由なのかと。皆のそんなバカなという視線と呆気に
とられた様子など目に入っていないのか少年はとかく明るい口調でさらに続ける。
ただその表情は今までと一変したものになっていた。斜めに。

「実はよ。最近、気を使った仕事が続いたせいで鬱憤がたまってたんだ。
 人目を常に気にして、さらに繊細さも求められ、しかも心身を休める時間もない。
 おかげで不眠気味だったのが悪化したうえに食事もまともにとれなくてな」

どこかの酒場で仕事の愚痴でも吐いている男たちのような表情(それ)
あれは本当にしんどかったと疲れた溜息を吐くと光の無い目で遠くを眺める。
仕事に忙殺され、心身ともに疲れ果てた男の横顔がそこにあった。

「まあ、それでさっきまで超絶に機嫌が悪かったんだ。
 だからここらで相手は誰でもいいから憂さ晴らしに暴れたかったというか。
 もう何でもいいから面白おかしく叩き潰してやりたくなったというか」

だが次の瞬間には、あはは、と苦笑をこぼしながらそんな事を語る少年。
そこに悪びれた様子はない。どこか子供が小さな悪戯を見咎められて
ばつの悪い顔をしているかのような様子にグルドは逆に戦慄する。
彼にとっては“ココマデ”はその程度のことなのか。

「え……え、ちょっ、ちょっと待って!」

「さっきまで機嫌が悪かった?」

「誰でもいいから暴れたかった?」

「まさかそれって…」

しかしその告白─と態度─に一番に反応したのは、
大きく顔を引き攣らせたのは少年の背後にいた異世界人とメイド達の方だった。
ここにきてやっとグルドは彼女達が倒れていた本当の理由を理解した。
尤も今更であり、さらに彼の表情は変化する。まだ続きがあるのだと
井戸端会議の女たちのように少年は聞いておくれと饒舌に語る。

「でも相手を探すのが大変でな。世の中消した方がいい悪党はごまんといるが
 叩き潰しただけだと後始末の方が大変になってくる。それだと発散にならない。
 都合よく魔物の大量発生が起こるわけもなく、起きたとしてもそれはそれで
 場所によっては背後を気にしなきゃいけないから結局疲れるし、魔物退治で
 生計たててる人達もいるからそんな理由で獲物の横取りはさすがに申し訳ない。
 かといって魔獣は論外だ。意味なく乱獲すれば生態系の破綻から始まる連鎖で
 かえって仕事が増える。世の中って奴は意外なほどにあちこち繋がって
 いるから何も考えずに暴れてもいい奴を見つけるのは実は難しい」

それで余計に苛立って大変だったと苦労話に一人で花を咲かせる少年。
しかしそれは結局のところ最初の疑問へと戻る内容でしかない。

「お、おぐぐっっ……そ、ソウならばナゼッ……なぜワレダッタノダ!!」

少年自身が“そんな理由”と嘯いたにも関わらず、標的にされたグルド。
どこか遠回しに魔物以下とされたような扱いに陰鬱たる感情が渦巻く。
奇しくもそれが僅かばかり彼に破裂への猶予を作っていた。が。

「え、だってお前消しても何の影響もないし誰も困らないし後処理もいらないじゃん」

当然の話じゃないか。
まるで太陽が昇る方角のような反応で答えは返される。
それがあたかも常識かのような口調。知らない事を小馬鹿にするような声。
先程まであった三日月が無い平然とした顔で、雑談のように語られた死刑宣告。
グルドはゾッとした。無邪気な子供が、だからこそ持ってしまう残虐性を
想起させる表情で少年は自然に語る────お前には何の価値も意味もない。

「あ、ァァ……」

何かが胸中を支配する。その感情は何か。
法を犯した悪党。存在そのものが害悪の魔物。生態系の一部である魔獣。
かつては貴族の三男で、仮にも三百年は存在していたグルドはその意味が解る。
それらには消える事で発生する価値や影響力というものがあるということを。
悪人は公に裁く事で法の厳守と必罰を示し、治安維持にも貢献する。
魔獣は種類ごとに他種やその地域への少なくない影響力があり、
魔物は退治・研究することを生業としている者が世界に一定数いる。
仮にこの少年が考えなしにそれら相手に大暴れした場合どうなるか。
世界に多大な影響を及ぼすことになるのは必然だが───グルドはどうか。

彼が生まれ育った故郷の国を焼いたのは三百年前の話。そこからは派手な
行動をしても自分の存在は隠すように立ち回っていた。不死者になったばかりの
身で教会に目をつけられては即座に浄化されてしまうのは自明の理であったから。
それゆえ彼の行った殺戮は彼、どころか不死者の仕業だとも思われていない。
つまり公に警戒も手配もされていない──存在してるとも思われてない。

それからは常に単独で禁忌の深淵を覗きこみ、研鑽と研究を好き勝手にしてきた。
利用した者はいても協力した者は皆無で、同類との横の繋がりも作らなかった。
グルドに他者の存在は必要ない──ダレにも必要とされていない。

生者でも死者でもないので既存の生態系とはまるで関係がない。
誰かの血肉は禁術の糧であって自らの糧は怨念だけで命が巡っていない。
存在し続けても、消えても、他者の糧になる事がない──存在の影響力がない。

「バ、か、ナ…」

それこそを望んで不死者となったはずだった。
ナニにも干渉されず、ダレの視線もなく、ドレとも繋がらない。
自身単体だけで完結している存在に、生命体を超えた存在になりたいと。
だが少年にそう評された途端急に何にも繋がらない不安定さと無価値さに震える。
単体で閉じている為消えても誰にも、何にも思われず、思い出される事もない。
このまま消える事が必定となった今そのあまりに“終わっている”繋がりに
魂の芯が─今にも破裂しそうだが─凍えてしまう。

「少し野暮用があってクラシュに来て早々にお前を見つけたんだ。
 正直、こいつだ、って思ったよ。それで都合よくいた聖女に情報を流して操って、
 暴れても問題ない場所があるテンコリウスの森まで君を誘導したというわけだ。
 ここならある程度森を壊しても彼の最強魔獣の戯れだと誰も不思議に思わない」

なんだそれは。
いい考えだろ、と自慢でもしてきそうな決め顔で少年は楽しげに語る。
この少年(天災)は徹頭徹尾ヒト社会に気を使い、魔獣の生態系まで気にし、
魔物退治や研究を生業とする者達を気遣い、自身が暴れる場所にさえ気を使った。
なのに、グルドを消す事には何の気も使っていない。当然のことだと。
決定事項であるとばかりに淡々とそこだけはごく自然に無視された。
消しても問題が無いから、影響力の無い相手だから、ストレスを発散するのに
ちょうどいいから、と。まるでそれは。

「だからグルドくん、キミは色々と都合がよかった。
 三百年無駄に存在してくれてありがとう。おかげですっきりしたよ」

お前はこの世界で何よりも存在する価値が無いといわれたようだった。
癪に障る朗らかな─胡散臭い─笑顔での感謝は誰の耳にも嫌味か皮肉に聞こえた。
これが不死者を、生者や死者に対する冒涜として目の仇にする教会陣営ならば、
これがかつて不死者によって被害を受けた者達の復讐であるというならば、
これが義憤にかられた正義感による討伐であるならば、納得できずとも理解はできる。
敵だから倒す。憎いから倒す。許せないから倒す。単純明快にして当然の論理。

だが、これはなんだ。

たまたま見つかっただけ。
たまたまその時鬱憤がたまっていただけ、
たまたま近くに暴れてもいい場所があっただけ。
たまたまその者の技量値がSランクだっただけ。
そんな馬鹿げた上にあり得ない偶然(たまたま)が重なった事で自分は消されるのか。

「ナン、だ……それ、ハ ぁぁ…ソンナ、そんな、そンナ、ことでワレが…」

あの日、禁忌の闇に身を投じた決意はなんだったのか。
それから三百年も重ねた探究の日々はなんだったのか。
細心の注意で立ち回り、今日まで存在し続けたのなんだったのか。
その答えが目の前の二十年も生きてなさそうな天災から告げられる。

「そう、グルドくんはそんなことで消えるんだ。
 どうだい、強大な力の前に無意味に潰される虫の気分は?」

それを味わうためにお前はここにいるのだと。
無慈悲に告げる声は楽しそうでありながら不思議と温度が無い。
本当にそこには子供が虫を潰す程度の感慨しか存在していなかった。

「ぁ、ぁ────────っっ!!!」

悲鳴のような声なき声が響く。魂の膨張が、一気に進んだ。
沸き上った消滅への恐怖、降りかかった理不尽への怒りが、精神をかき乱す。
奇しくもそれが押しとどめていた最後の防波堤を自ら打ち崩してしまった。
そこへ少年だけが冷静に、静かに、されどとても楽しそうな笑みを浮かべて
ポンと自らの手を叩いて口を開く。

「ああ、そうだ。これ前から一度言ってみたかったんだが……
 ……ねえねえ、いまどんな気持ち? ねえ、どんな気持ち?」

ひどく─酷く─明るい口調で自分が追い詰めた存在から今の心境を
聞き出そうという鬼畜の所業を要求していた。どこまでも残酷で、
どこまでも無邪気なそれは一種の狂気的な探究心から不死者となった
グルドをしてさらなる怖れと苛立ちにまみれさせ───臨界点を超す。

「、っ、ぁ─────」

ぴしりと音を立てて、実体がないはずの髑髏の霊体に亀裂が走る。
もはや注ぎ込まれた怨念に彼の魂は限界の限界を超えてしまっていた。

「ふふ、さようなら、グルドくん。
 ヒトのままだったなら、その死に意味や価値(影響力)はあったろうに……」

「ぁ、ァぁ、ぁぁァァぁぁぁっぁァぁッ!!!!!!」

哀れみを装った声で最後の最後まで彼の三百年を嘲笑う。
壊れかけのアイデンティティを無意味な絶叫で嫌だと繋ぎ止める。
だがそれは激流に落ちた者が水草を掴もうというものでしかない。
ましてやそこには悪意に満ちた第三者がいるのだから。

「えい」

その必死に伸ばした手を弾くように、明るい声で少年は魂の亀裂に無造作に指を突き刺した。

「─────ぁ」

たったそれだけの事がダメ押しとなった。パンっと冗談のような
破裂音と共に禁忌に足を踏み入れた不死の存在はここに消える。
あるとされる死後の世界にすら行けなくなる魂の消滅という形で。
夜の闇に舞い散っていく魂の破片にも満たない塵は一種の美しさと
哀れさを見せていたが、少年がまるで手についたゴミを掃うような
動作を見せると空気に溶ける前に“闇”に呑みこまれ、その最後の
痕跡すらこの世界に残ることは無かった。




──リッチロード、不死の王、人間の時の名はグルド・トールプンテ。
その生涯に意味はなく、価値も無く、何も残せず、何にも残らない。
天災の前に潰された哀れな虫は存在していた事すらもうどこにも記されない。
それこそが少年(天災)が選んだ罰だと知らないまま──






 少年の所業の唯一の目撃者となった彼女らは引き攣った顔で怯えていた。
技量がSランクともなれば、もっと楽な退治方などいくらでもあったろう。
だが少年はその存在をこき下ろし、心を折るように追い込み、最も屈辱的で、
最も何も残せない終わらせ方を選んだ。相手は確かに全ての生者と死者の敵だ。
その存在になっている事だけでそれまでの所業は憎んでも憎み切れないほど
邪悪であり、残虐であり、被害者の数が夥しいのは考えるまでもない。
だがその邪悪を苦しめて喜ぶコレは何なのか。自分達が受けた仕打ちが
まだ優しかったのだと感じてしまう所業をストレス発散で行うコレはなんだ。
その畏怖は一旦は落ち着き始めていた震えを再び彼女達に与える。

「………バーカ、あれだけ殺しておいて影響力が無いわけあるか」

そこへ、最後まで頭空っぽだったな、と心底小馬鹿にするような声が流れる。
その言葉にハッとなったのは彼女達だ。そうだ。いかにも少年はリッチロードに
存在価値や他への影響力が無いような口ぶりではあったが数多の人間を殺すという
悪い形で影響は与えていたのだ。気付かなかったリッチロードが間抜けだったのか
気付けないほど追い込んだ少年が悪辣だったのか。

「っ」

息を呑む。
未だそこに居残る怨霊兵(レイス)たちの中で平然と佇む少年。
無造作に伸びる珍しい黒髪は異世界人である証だろうが標的を失ったからか
楽しげだった表情は消え、周囲を見る目も顔もまるで活力の無い死んだそれ。
片手で正気の無い姫の頭を掴み引きずり、もう一方の手には先程ステラに
触れた時についたのか血にまみれたままそれを地面に滴り落としている。
そんな姿はよっぽどリッチロードより彼らの王のようにすら見えた。
だが、そこで。

「あ、あれ?」

レイスたちに異変が起こった。
怨念を、怒りを、憎悪を、嘆きを持っていた髑髏の形相が崩れ落ちる。
一様に身に纏っていた霊体の身体や武具もまた風に散るように消えた。

「レイスたちが、消える?」

「違う、中から何か!」

果たしてその後に残っていたのは幾人ものシルエット。
青白い燐光を纏った人型がレイスの数だけそこに存在していた。
それは数百人のようで数千人のようで数万人のようで判然としない。
虚ろな存在ゆえに生者には特殊な眼でも無ければ厳密に把握できないのだ。
だ、がそれが多くの人の魂であることは気配から察することができた。
おそらくはリッチロードの被害者たちのものであろう事はレイス状態
でのあの激しい憎悪を考えれば間違いはないだろう。しかし。

「……どうして、みんなあんな穏やかな顔を?」

生前の姿を、完全には伺えないものの見える表情にその感情は薄い。
先程までのあの激情はどこに消えたのかと訝しんだ彼女達そのすぐ近くで。

「そういう、ことですか」

「メイド長!?」

何かに納得したような声をこぼすステラの姿があった。
意識があちらに集中していたせいか。自分達以上に自らの存在を消す術に
長けているからか。彼女の接近に気付かなかった。しかもどうしたことか。
彼女(ステラ)の姿格好は衣服や体の損傷が無かった事になっていると思うほどに
いつも通りであった。

「目的は魂の正常化にあった、という事なのでしょう……随分と迂遠な方法ですが」

疑問の視線に答える事なく、少年を見据えながら独り言のようにステラは呟く。
しかしながらその内容には幾人かのメイド達が首を傾げた。

「え、でも浄化なら聖属性の魔法を使えば…」

「もちろんそれが一番楽ですがあれは禁忌の闇に捕らわれた魂を“消す”魔法。
 魔力で理力の作用を再現している関係でその霊魂を救済するという点では、
 実のところあまり向かないのです。だからあえてレイス化させてその怨念を
 リッチロードに向かわせ、食わせた……憎悪(ストレス)発散とは言い得て妙」

淡々と推測を語るメイド長に部下達の大半は半信半疑ではあったのだが、
彼女に倣うように晴れやかな表情を浮かべる霊魂達と何かを語り合う少年の
横顔はこれまでが嘘のように穏やかで、そしてどこか悲しげであった。

「散々の言葉責めも悟らせずに矜持を粉々にする報復と思えば、納得ですね。
 しかしなんて手間のかかる、けれどSランクならば全く問題の無い手法。
 どこか力尽くの気配も……技量の高い方特有の無駄の無さが無い?」

それを見続けながらも独り言のようにその不自然さを訝しむステラ。
無駄と手間が増えている方法に、技量値の高さを利用した力技、という
どこか矛盾した表現が頭に浮かぶ。

「…お別れのようです」

疑問か好奇心か見極めんとするような視線の先で霊魂達の存在が薄まる。
徐々に、徐々に、空間に溶けていくようにその輪郭が崩れていく。
死者の魂が死後の世界へと招かれようとしているのだ。それを前に
少年は驚いた事に深々と頭を下げ、それを彼らは苦笑しながら受け取ると
一番近くにいた大柄の男性のような霊魂が少年の頭を乱暴に撫でまわし、
息子と思しき男の子が元気な─というと語弊があるが─笑顔で手を振って、
何の残滓も残さずに消えた。その残滓を見送るように、見逃さぬように
少年は身じろぎも瞬きもしないでその光景を瞼に焼き付けていた。

「え、メイド長?」

そんな明らかに知り合いであったのだろう死者との別れ。
その余韻の中に何のためらいもなく彼女は歩みを進めた。
気付いてはいたのだろう。少年は気にした風もなく一瞥すると───大きく振りかぶった。

「…え?」

器用にも鷲掴みした頭に、その首に負担をかけない“持ち方”では
あったがそれはいったい何の慰めになるのか。周囲がまさかと思い、当人が
何をなされるのか理解した瞬間に少年はその推測通りに、投げた。

「っ、きゃぁぁっ!?」

「…おかえりなさいませリリーシャさま……正気なようで安心しました」

当人の悲鳴を無視するかのように冷静に、そして姫に衝撃も負担も与えずに
易々と受け止めたメイド長。そして悲鳴が出たという点で主人の状態を
正確に把握していた。どうやらどこからか意識を取り戻していたらしい。
姫もまた誰に受け止められたのかその意志の宿る両目で認識すると
弾けるようにその体を掴んだ。

「ス、ステラ!? 大丈夫なのですか!? ケガは!?」

「見ての通り問題ありません。誰よりも先に治療されましたので」

最初に出たその言葉に彼女が変わらぬ無表情で答えた裏で少年が溜息を吐く。
聞き流しながらもそれをステラは呆れているのではなく、困ってる、ように
聞こえたが姫はそれよりも彼女の発言の方が気にかかったようだ。

「治療、された? 誰よりも先に?」

訝しむ姫を大地に下ろしたステラの視線は自然と少年に向いていた。
そして無言のまま丁寧な所作で一礼する形で感謝の意を示す。
少年はそれにばつの悪そうな顔で目を泳がしていたが。

「え、まさか?」

リリーシャは信じられないもののそれで、誰に、そして何時治療されたのかに勘付いた。

「あ、あの時! でもどうして……?」

脳裏に過ぎるのは少年が最後にステラに触れた瞬間の光景。
倒された彼女の血まみれの腕に触れながらその状態を確認していた姿。
けれどそれは当然ながら、何故、という疑問を呼ぶ。

「伺ってもよろしいでしょうか?」

それに加害者も被害者も答える事なくメイドは一歩前に出て彼に問いかける。
何を、と泳がしていた目を戻して、されど気怠けでどうでもよさげに聞き返した少年に彼女はいう。

「皆のケガの治療をしたいのですが、よろしいでしょうか?」

「…………………そう、きたか」

変わらぬ無表情で、変わらぬ淡々とした口調での伺い。
大まかな事情を把握し合っている者同士とはいえ襲った者と襲われた者。
そして被害を受けた者と被害を与えた者との間で行われるにはズレた問い。
尤も彼女からすれば事情(落ち度)を分かっているからこそ、朦朧とした意識でも
聞こえた技量Sランクという規格外を相手にするからこその慎重さのつもりだ。
ただそれは少年をして─背後の部下達や上司も─予想外だったのか。
彼女以外が何か腑に落ちないという複雑な顔をしていた。が。

「……もう仕置き(・・・)は済んだ、好きにしろ。動けない方が面倒だ」

「ありがとうございます、では」

そういって見惚れるような所作で行われたカーテシー。
まるでその動きが合図だったかのように大地に広がる魔法陣。
一瞬にしてこの領域を覆ったその陣から怪我人に注がれる治癒の魔力。
傷口が塞がり、折れた骨が戻り、痛みが和らいでいく。その速度と精度は
魔法大国出身者とはいえ破格のものである。治癒魔法は属性魔法と儀式魔法の
おおよそ中間に分類される魔法で通常は事前準備と詠唱が必要な魔法なのである。
それだけ『短時間で傷を癒す』という行為は魔法という力がある世界においても
簡単にはいかない事象なのだ。だというのに見る見るうちに傷が癒えていき、
全員が違和感なく活動できるようになっていく様子は彼女自身の腕前が
それらを必要としないレベルというだけではなく人体構造に対する適切な
知識を持っていることも示していた。これにはさしもの少年も感心したような
息をもらしていた。

「───へえ、一瞬で指定範囲治癒術式(エリアヒール)の構築とはね、すごいな。
 しかも無詠唱ワンアクションで、かすり傷はあえて残すとはたいした腕前だ。
 さすがは家事も戦闘も最優といわれるメイド長ステラか、噂以上だな」

そしてどこか気落ちしていた瞳に何かキラキラとした輝きを宿しながら
ステラを手放しで称賛する。が、称賛された当人からすると素直に頷けない話だ。
彼の評価は正しいものではある。指定範囲治癒術式は決めたエリア内の、術者が
選んだ対象の傷を癒すもので範囲が広がり治癒対象が増えるごとに、当然傷の
度合に応じて、難易度は跳ね上がってしまう。ましてや自然治癒に任した方がいい
小さな傷を対象外にするのは魔法の腕前は世界一と評される彼女の主人ですら
難しい芸当である。ただ、ただ、だ。“その”ステラを子供でもあしらうかの
ように倒した相手からの言葉である。技量Sランクともなれば納得ではあるが、
だからこそ発言に他意しか感じない。とはいえそれを正直に告げるのは憚られる。
相手は初対面の技量Sランク。何が逆鱗に触れてしまうかわからない以上、
余計な発言は控えた。ただその表情を信用するならどうやら少年は本気で
そう思っているようだったが、その力を思えば憧憬のような眼差しは不思議でしかない。

──後に、単に意識しないと自分を勘定に入れられないだけ。
才能ある者がそれを磨き上げた技に純粋に憧れを持っているだけ。
という事と“なぜそうなったか”に気付いた彼女は頭を抱え、その後、
遠慮なく物を言うようになるがまだ先の話である──

「お褒めに与り光栄です」

「うん、で……これはどういうこと?」

無難な対応をしたつもりの彼女に向けられたのは赤い血で染まった手。
ステラの血で濡れたそれを見せての問いかけは二人だけに意味が通じていた。

「それについてはこれを」

ともすれば迂遠な詰問にも聞こえる声に、予想していて彼女は動揺も怯えも無く。
重心のずれない落ち着いた、そして礼儀にかなった所作で歩み寄ると
少年の眼前にあるものを差し出した。小石大の赤い球体───丸薬だ。

「私が聞き及ぶ限り、禁忌とされる邪法の多くは贄や生き血が必要。
 術者本人が不死者でないなら尚更……どうかこれをお使いください。
 我が国が誇る魔法薬学で作られた増血剤です」

それは文字通りの血を増やす魔法薬だ。
治癒魔法でも失われた血液まで補填する事はできない。
だからか魔法薬学の分野においてそのための薬剤が生み出された。
ステラが多量に出血していてもいま平然として立っているのは既に
増血剤を服用したからである。そしてそれが必要なのは自らだけでなく、
この少年もなのだと彼女は見抜いていた。

「……詫びのつもりか?」

「まさか、本来ならもっと早くこうしなければならなかった私達の落ち度。
 その指摘と叱責をしてもらったばかりか、この程度で(・・・・・)済ませていただいた。
 ならばこれは、感謝です」

感情の読めない常の無表情と抑揚の無い声での言葉は傍目にはどれだけ
それが本気なのかが分かりづらいが、これは間違いなくステラの本音だ。
リリーシャに仕える者として、しなければならなかった諫言を怠ってしまった。
自分達の力量に甘えて無意識に楽観視していたのは事実。その結果が神獣(テンコリウス)
殺害という最悪な代物だったと考えれば、この“仕置き”はまだ優しい。
おそらくは魔法大国の治癒魔法による恩恵を考えた上での攻撃だろう。
それで済まされた僥倖はひとえにこの少年の温情に他ならない。あるいは
ここで自分達を始末する無意味さと影響力を考えたのかもしれないが。

「……………」

少年にはどう届いたのか不明だが、あっさりと─しかし黙って─増血剤を
受け取った以上はいくらか信用してもらったのだろうと彼女は判断した。

「んく……はぁ、他人の世話をするプロの目を侮ったか」

躊躇いなく丸薬を一飲みすると少年は自ら魔法で水球を作って手を突っ込むと
いつものことだといわんばかりに洗い出す。さりげなく無詠唱だが、もはや
その程度では驚くに値しなかった。が、血を洗い落として手を抜いた瞬間に
水球が燃えて消えた。蒸気が発生するほどの高温での一瞬での蒸発に皆が息を呑んだ。

「うまく隠したつもりだったんだがなぁ───血を残すのが不安でね、あ、助かる」

驚きそのものは皆と同じものがあったが黙って手拭きを渡すステラ。
もはや癖に近い世話だったが存外に即座の感謝が来て一瞬戸惑う。が、水気を
拭った後、手吹きと彼女を交互に見てどうすればいいのか問うてくる姿が見た目通りの
年齢─実年齢より下だが─に見えて緊張と毒気が抜かれてしまう。だからだろう。
返してくだされば、と断ってから手拭きを回収しつつ、そもそもの疑問が口からこぼれた。

「…しかしどうして私の血をそのまま使わなかったのでしょうか?」

手に付けたステラの血で自傷と出血を誤魔化したのは分かる。
否、この場合は発言から推測したというべきか。そうする事でリッチロードに
対してそれを消費せずに使えるという無言の優位性を示し、また自らの血を
利用される可能性を減らしていたのだろう。だがそもそもとしてあの(触れた)時に
もう使う事を決めていたのなら彼女の血を使うのが一番楽だったはずだ。
しかし。

「あっ」

「あ?」

「い、いや、だってあれで苛めたかったの俺だし、その我が儘にお前関係ないし、
 影響が無いようには出来るけど万が一反動があったら嫌だし……うん、そうだ。
 むしろお前の血を使う理由がないぞ?」

問われた少年は一瞬だけハッとした顔となるがすぐに小首を傾げてそう返す。
それに彼以外の全員が微妙な表情を浮かべた。慌てて取り繕ったような言葉も
嘘ではないのだろうがどうやら最初からその選択肢に気付いていなかったようだ。

「…そうですか」

いかにも納得したかのように頷きながらもステラは内心戸惑っていた。
なんなのでしょうコレは、と能力(ランク)と言動の齟齬を訝しんでしまう。
あれだけアースガント王家の内情を把握していたわりには、リッチロードを
巧みに誘き出し精神的に嬲り潰したわりには、なにかが抜けている。
今思いついたとばかりに出てきた理由もこれは自分の我が儘だから、
影響があったら嫌だからと妙な遠慮と気遣いを見せるもので
『だから自分の生き血を使うのは何の問題もない』と言外に告げる姿は
何か重篤な苦労性の気配を感じる。それはとてもSランクとは思えぬもの。
技量値が高まるとそれなりに“うまく”生きられるようにもなるのだが、
この少年にはそんな達人や仙人染みた雰囲気は皆無であった。
これでは単なる不器用な子供ではないかと苦笑顔の彼をステラは
どうしてか種類の分からない感情を抱えながら見据えていた。

「えっと、お話中に失礼します、そのぉ…」

そこへ申し訳なさそうに声と体を割り込ませてきたのは小さな生物。
黄金の稲穂のような毛並と三本の尾を持つテンコリウスの幼獣だ。

「ああ、すまなかった。こっちの事情で君の事を後回しにしてしまって」

この場で唯一の一方的な被害者遺族だからだろうか。膝を折ってそれを
迎えた少年は一際穏やかな顔と声を向ける。そのギャップはリッチロードへの
態度を思えば別人のようであったがその被害者へ見せた表情や姫を投げ返す等の
突拍子の無さ、何か抜けてるような姿を見た後では違和感の方向性が正反対で
彼女達は頬が引き攣りそうになるのを必死に堪えていた。

「い、いえっ! お気になさらず! こちらはいつまででも待ちます!
 ぁぁ、出遅れてしまいましたっ……キッ!」

一方で幼獣の彼女は何か不自然な程に恐縮した態度を少年に見せる。
そして何故か─ある意味その通りだが─親の仇でも見るような目でステラを睨む。
これに少年とステラはそれぞれ訳が分からないと共に目を瞬かせている。

「そ、それはじつにありがたいが………いいのか?」

それでも聞くべきことであったからか。少年は言葉を濁しながらも内心を問う。
彼女もそれは見越していたのか戸惑うことなくすらすらと言葉を返す。

「はい、先程は取り乱しましたが一過性のものでしょう。我らは人語を理解し、
 このように会話もできますが魔獣……弱肉強食の掟の中で生きるモノ。
 人間に近い感情も持ちますが、近い、だけなのです」

だからお気になさらずに、と。
自分達は根は獣であり、人間と同じ肉親の情は無いと彼女はいう。
それにかえって辛そうな顔を見せるリリーシャ達とは別に、少年は変わらず穏やか。
静かに手を差し出すと乗るように促して自らの目線の高さまで持ち上げると彼は
ヒトとは違う顔の小さな瞳をしっかりと見詰めた。

「確かにそうだろう。でもここまでキミを連れてきた者としてその近さは、
 キミ自身はかなりヒトに寄っていると感じた……種族全体がそうであっても
 キミがそうでなければならない必要はないと、俺は思うよ」

諭すような物言いは、しかし押し付けがましくならぬよう気を使ってもいた。
そこにはあの一歩一歩追い込み、弄ぶような凶悪さなど皆無な只の少年の顔。
幼き神獣はそれにどう思ったのか小さく首を縦に振って、苦笑する。

「………そうですね。
 何の感情も無いといってしまえば嘘になります。
 まあそれでもせいぜい、一発殴らせろ、ぐらいなんですけど」

「ふっ……だ、そうだ。覚悟しとけよ」

それでいいと笑みで応じた少年は、一転して抑揚のない声を姫達に向ける。
扱いの差にむしろ潔いとすら感じた彼女達は罪の自覚もあってか神妙な面持ちで頷く。

「さて」

話を戻す、といわんばかりに幼獣の彼女が肩に移るのを待ってから手を叩く。
そして少年は全員を見渡せる、そして彼女達からも自分が見える位置に移動すると
蹂躙の余波によるものか倒れていた木に腰掛けて、軽く一言。

「どうするのよ、お前ら?」

時間があれば、今日中に続きを投稿する。

あそこで、あそこで余計な用事が降りかからなければ! 連続投稿ができたのに!
煮詰まっていたのもありますが、今月はこんな邪魔が多過ぎだよ……
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