挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

修学旅行編 第一章「彼の旅はこうなる」

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

151/184

04-83-03 最悪の遭遇3

「は?」

「へ?」

二人の当惑を余所に拍手喝采でもしそうな調子で彼はそれを褒めた。

「なるほどいいアイディアだ。
 俺がテンコリウスを殺害。ここの惨状を見れば納得する者もいるだろう。
 それを偶然発見した姫様と勇者一行が撃退か、じつにいい英雄譚の一幕だ。
 国の行く末を左右する王族は最低限それぐらい腹黒くなくては困る───」

とはいえ。

───実現できるなら、だが

少し興奮気味に称賛していただけに、最後に付け足した言葉の冷たさが際立つ。
もはや自棄の領域の発言であったのは誰の耳にも明白。何よりここまでの戦いの
当事者である彼女自身が彼に勝てると微かでも思えていなかった。それでも
それ以外に何も思い付けなかったからこその暴挙・暴言といえる。

「責任ある立場の者が無意味に不可能な事を口にするな、戯け」

発言の中身の無さか重みの無さか無責任さか。
何かが癪に障ったのかその言葉には強く叱責するような色がある。
そして間近に迫った(・・・・・・)濃褐色の瞳(・・・・・)には一つではない複数の怒りがあった。

「え─────?」

全身を襲う衝撃に意識が一瞬飛びかけ、彼女自身は宙を舞った。
残骸だったドレスアーマーがもはや木端微塵に砕け散って共に大地に落ちる。

「姫さま!!」

「中途半端に賢くて、中途半端に気位が高いからそんな見当違いをする」

「ぅ、ぁ……が、はっ!?!?」

なんとか受け身を取れた彼女の腹に少年の足先が食い込む。
ボールのように簡単に転がった体は樹木の一本にぶつかって止まった。
最低限の防御効果を持たされた簡素なドレスと無意識の魔法障壁が
衝撃を緩和して派手に転がったわりには彼女は痛みを感じてはいない。
しかしそれでも全身を突き抜けてくる衝撃に即座に起き上がる事が
できなかった。

「ぁ、ぐ…ぅぅ…ぁあっ!」

倒れ伏したままの姫の頭がただ静かに、ごく自然に踏みつけられる。
地面が顔が沈むような力は入ってないが徐々に込めていっているのは
苦悶に震える表情と苦痛の悲鳴で誰の目にも明らかだった。

「や、やめろぉーーーーっっ!!!」

見てられない。カイトは痛みを訴える体を無視して起き上がる。
落とした剣を拾う事すら頭に浮かばないまま、ただ全力で大地を蹴飛ばし、
渾身の力を込めた拳を振りかぶりながら突撃する。姫を踏みつけている
少年は偶然カイトに背を向けている格好で好機かと思われた。が。

「奇襲するならいちいち叫ぶな、戯け」

見えていないのに絶妙なタイミングで放たれた背後への回し蹴り。
一瞬死神の鎌か断頭台の刃を幻視したカイトは咄嗟に盾のように両腕を
構えたがそれごと押し潰すような衝撃(蹴り)に大地に叩き落とされた。

「ぁ、がっ、ぎ─────っっっっ!?!?!?」

「鬱陶しい」

大地に埋まるように沈む体。背中を襲う全身がバラバラになるような
衝撃と痛み。そしてたった一蹴りであらぬ方向に曲がった両腕からの激痛。
そこへ追い打ちをかけるように、そして平然と両足を踏みつけて壊す(・・)少年。
もはや言葉になってない絶叫をあげるが埋め込まれた体はのたうち
まわることさえできなかった。

「うるさい」

両手足を折っておいて理不尽な物言いは、激痛の中にいるカイトには届かない。
ただ少年の指が軽く額を叩いた途端にそれらの感覚が霧散して愕然とした彼は
冷めた顔で見下ろしてくる少年をただ呆然と見上げた。

「ぎゃっ………あ、あれ、なに、を?」

「痛覚を一時的にマヒさせただけだ。
 生憎とこっちは男の絶叫聞いて楽しむ趣味はない」

淡々とそう語るとその視線が未だ倒れ伏したままの姫に向かう。
まさか、と嫌な予感に苛まれたカイトは必死に声を張り上げた。

「も、もうやめてくれ!
 君の話の通りなら姫さまたちは関係ないはずだろ!」

殺してはいけない魔獣を殺してしまった。その罪過は自分にある。
あくまで彼女達は窮地になった自分を助けに来ただけなのだ。

「悪いのは殺してしまった僕だけだろう! やるなら僕だけにしろ!
 みんなにまで! ここまでひどいことしなくても良かっただろう!」

なのにこの仕打ちはあんまりだとカイトは訴えた。あれだけの力があれば、
いとも簡単に人の痛覚させ麻痺させられるならば、身動きを封じる方法など
いくらでも持っているだろうにとその行き過ぎた暴力を非難する。
が、黒髪の少年は姫に歩み寄りながら静かに否と答えた。

「いいや、こいつらの罪はある意味実行犯のお前より重い。
 なあ、そうだろう? こいつをここまで無知にした張本人よ」

「ぁ、っ」

見るも無残に泥土に汚れ、乱された髪を掴んで無理矢理に姫の頭を起こさせる。
痛みで体をみじろがせながら彼女は、しかしその言葉に確かに目を泳がした。

「お前はこの小僧が無知であってほしかったんだろう?
 そうすればあちこちで騒動を起こして、お前に悪評をくれるから」

「っっ! な、なぜ!?」

それを知っているの。そういいたげな顔と声が何よりの肯定。
どういうことだと困惑の視線を送るカイトに気付かず、彼女は
自らを覗き込んでくる顔に、そこにある三日月にただただ怯えた。
コレはいったい何を知っている。そして何を暴こうとしている。
やめて、と小さな泣き声をもらすが三日月はより深い弧を描くだけ。

「どういうこと? 悪評が、欲しかったっていったい……」

「こいつはある事情から王位継承権を捨てたかったんだよ。
 だがこの姫を擁立したい陣営の横槍を受けて合法的な手段は潰された。
 一計を案じたこいつは信用のおけるメイド部隊と自らが召喚し事情を
 教えなかった異世界人(ユウシャ)をお供にして古いしきたりと我が儘さを利用して
 王宮から堂々と旅に出た……もはや事実上の出奔だがな」

「あ、あなたは、いったい……」

暗に、お前は逃げたんだ、と非難されたような被害妄想が頭を過ぎるが
それ以上にどうしてそこまで知っているのかと薄ら寒いほどの畏怖の念が膨らむ。
彼が語った事は彼女の身近に仕えている者しか気付いていない話も含まれていた。
それに彼が濁した“ある事情”も口ぶりからして知っていると感じられた。
コトはアースガント王宮で機密扱いであり内外に伏せられているというのに。
いったい自分達はナニと出会ってしまったのか。怯えに勘付いたのか
口許の三日月がより深くなっていく。口調だけは平坦なのが余計に不気味だ。

「そしてさらなる策として自分の名を残すようにあちこちで我が儘三昧。
 国の内外で悪名を流せばそれだけお前を担ごうという者達は減ると見込んで。
 ……当然それはお前の管理下にある戦力が騒動を起こしても、な」

うまく利用されたな、といっそ哀れむような視線を動けもしないカイトは受けた。
リリーシャはそれに否定も肯定もできずに彼を見ないように視線をそらすだけ。
それらが如実に真実を語っており、それが彼が無知であった理由だった。
言葉が出ない彼を余所に少年の淡々とした言葉が、続く。

「だがそれも所詮小娘の浅知恵だ。世間知らずのお姫さまが常識知らずのガキを
 コントロールできる道理があるものか。無知な子供がヒーローごっこで真剣を
 振り回しているのに誰も取り上げなかったんだぞ。いつかはこうなるさ」

ならこれは予想通り。あらかじめ決まっていた結末。
口調は淡々としたものだが少年の声色には隠し切れない呆れが滲む。
そして三者それぞれを指差しながらその罪過を端的な言葉で告げる。

「元の世界の常識など通用しない場所なのに知ろうともしなかったグズ男」

「う、それ、はっ」

「策士ぶって無知を放置した事で最悪の火種を抱え込んでしまったバカ姫」

「ああっ、姉上ごめんなさいっ」

「それを主人の意志だからと諫言することもしなかった駄メイドども」

「くっ」

「ぁぁ…」

異世界だ(知らない)からと全てを彼女達に任せ過ぎた日々を回想して歯噛みする勇者。
継承権争いから降りる策がまさかここで国全体に迷惑をかけることに
なってしまったと嘆く姫。そして意識はあったメイド達は否定の言葉を
紡げなかった。これ程は予想外でも、これに近い事は想定できたのだから。
自分達がついているならという過信が楽観を産んでいたのは否めなかった。

「その結果がこれだ。神獣テンコリウスの殺害。これならまだ
 どこぞの要人を殺してしまったって方が言い訳や誤魔化しがきく。
 お前達にこの責任が取れるのか、そして未来の被害をどう防ぐ?」

「え、未来の……被害?」

呆れまじりの叱責にあった発言。
カイトはその意味が解らずにただ呆けたようにオウム返し。
勘違いで殺害した事実を受け入れた彼はもう処罰は受ける心積もりだ。
しかし未来の被害とはどういうことかと顔全体でその疑問を表していた。

「ああっ? 馬鹿か、お前!
 例え国にまつわる問題がなくてもそこまでの存在殺しておいて、
 ごめんなさい首差し出します、で全部が済むわけねえだろうが!」

「ひっ」

だがそれは少年の逆鱗に触れたのか見るからに表情が変わる。
ここまで淡々としたものだった声を荒げながら視線だけで人を殺せそうな
般若の形相を見せつけ、カイトを震えさせた。そして明け透けなほどに
解りやすく、伝わりやすい盛大な呆れの溜め息を吐き出した。

「はあぁぁ……いいか、まずはすぐそこにあるリリストについて言うぞ。
 あそこは今は宿場町として栄えているがそんなのはここ数十年の話。
 それまでここらは開拓する価値もない場所だとして放置されていたんだ」

ここまではいいかとカイトとリリーシャ両方に目で確認すると共に頷く。
鋭い眼光に頷く以外の選択肢がなかっただけだが片や手足を折られて地面に埋まり、
片や全身ボロボロで髪を掴み上げられた格好かと思えば若干シュールではある。
尤も当人達はそれよりも話を理解できなければ何をされるか解らない恐怖から
必死に耳を傾け、頭を働かせていた。

「だが百年程前に彼ら(テンコリウス)が棲み付いていた事に当時の領主が気付いて交渉。
 存在の周知と不可侵の約束で縄張りの外に町を作る許可を得て開拓が始まった。
 実際にリリストが誕生したのはそれから十年後ぐらいだったがそれから
 今日までこの地はずっと平和だったんだ、彼ら(テンコリウス)のおかげでな」

「テンコ…えっと彼らのおかげってどういう…?」

「ゆ、勇者、さま…彼らは争いを好みませんが戦闘力はファランディア随一なのです。
 だから…」

「お前が殺せたのは不意打ちと武器の特性と彼ら自身の油断が合わさっただけ。
 夫婦相手となれば俺とて死力を尽くす戦いになるのを覚悟する……といえば
 想像はできなくともどれだけの戦闘力かは我が身(本能)で理解できるだろう?」

「っ」

そんな例えに我知らず息を呑む。冷や汗がどっと出る。
事も無げに、まるで羽虫でも払うような軽さで叩き潰された自分達。
それを成した少年が決死の覚悟をして挑まなければならない相手。
そんな魔獣に自分は勘違いで挑み、運悪く(・・・)殺してしまったのか。

「そんなのが近くにいれば気性の荒い魔獣ほど力量差を本能で感じ取って逃げる。
 この近辺の森やあの山に危険な魔獣が棲み付かないのはそういう理由だ」

「………え?」

リリストが何をもって栄えているのか。これから登る予定だった山が
どういう所かは知ろうとしなくてもこの街で数時間も過ごせば自然と耳に入る。
だから、知らず、全身が急に震えた。

「ここだけではない。守り神とも呼ばれているとも俺は言ったぞ。
 テンコリウスは寿命が長く、一度棲み付いた土地から滅多に離れない。
 そして彼らは縄張りを荒らされるのをとても嫌う生き物でな、何百年か前に
 偶然横切ろうとした大軍が怒りを買って壊滅させられたという話もある」

「ファランディアで生まれ育った者は誰しもが知る話です。
 王の怒りよりテンコリウスの怒り、といわれる程に何よりも
 怒らせてはならず、また王の意向より優先させなければならない相手」

「彼ら自身にその自覚は薄いが一度棲み付けばその周辺は最低数百年は
 戦乱や魔獣の大群なんかを恐れる必要がなくなる。それがこの世界で
 どれだけの安寧を与えてくれるかは無知な異世界人(おまえ)でもわかるだろう?」

「……っ!」

魔獣と魔物。
その違いすらまるで知らなかったカイトだがそれらに怯える人々や
戦乱の影響で苦しんでいる人々をここまで見なかったわけではない。
毎日毎晩魔獣を警戒している村を見た事がある。既にナニカによって
滅ぼされた村や町を見た事がある。戦争で故国が滅んで流民となり
その日暮らしが精一杯な人達を見た事がある。

テンコリウスが近くに棲み付いているだけでその脅威(可能性)が大きく減る。
宿場町(リリスト)はその見えない傘に守られていた場所であったのだという。
ならば────それがいなくなってしまったらどうなるのか。

「あ、あぁっ! ぼ、僕は、僕がやったのはまさか!?」

「やっとコトの重大さを認識したか」

悲鳴のような驚愕の声を出して顔が青を通り越した白となるカイト。
少年の呆れきった溜め息の下で姫もまた力無く似た顔を浮かべている。
そんな彼らをさらに追い込むように、心にトドメを差すように少年の
容赦ない言葉(こうげき)が続く。

彼ら(テンコリウス)に頼り切っていたあの街にはたいした防衛戦力がない。
 その盾を失ったここはもう安全な領域ではなくなった。うまく隠蔽さえすれば
 ヒト相手なら多少時間を稼げるだろうが獣たちは敏感だ。残り香で騙せるのは
 一か月程度。その後はかつて追い出された危険な魔獣達の子孫やエサを求めて
 流浪する魔獣達がテンコリウスが消えて発生した空白地帯(ココ)になだれこむ」

果たしてそうなった時、リリストの街は無事で済むのか。
言葉にされなかったその懸念(つづき)はいわずとも二人の心に重くのしかかる。
彼等は既に見ているのだ。あの街の喧騒を。住む人々を。逗留している旅人を。
丁寧な対応をしてくれた宿屋の従業員。いくつも並んでいた露店と笑顔の店主たち。
酒場から聞こえてくる豪快な笑い声と人々の喧騒。それらがどうなるのか。
世間知らずでも常識知らずでもそれは分かってしまう未来だった。

「隣国のクラシュもテンコリウスと山脈の存在から野心を持たなかっただけ。
 理由の大部分を占めていた存在が消えた今、どうなることやら」

「いっ、いえ今のクラシュ王はそんなこと!」

「ああ、確かに彼は戦争嫌いでそのうえそこそこに賢い王だ。
 山脈挟んだ向こう側なんて統治に手間取るだけの土地などいらんだろう。
 だが若くは無い。次代の王は何を考える? 家臣や国民達の総意はどうだ?
 将来的にその野心を彼の国が持たないと誰が言える?」

「それ、はっ」

永久的に続く国もなければ永久的に続く国と国の関係もない。
賢王の子が愚王であった例など歴史には腐るほど存在している。
王族として生まれ育った彼女にそれはいわれるまでもない事だった。
けど知識でしか認識していなかった事柄でもあった。それが今、現実の
問題としてあり得る(見える)未来の一つになろうとしている。

「さらに言えば、いま世界規模である面倒な組織が暗躍している。
 対抗できる国力と立場を持つアースガントの発言力低下はそいつらの
 台頭を許すこととなり世界規模で力無き者たちを苦しめる可能性は高い」

「なん、ですって? 我が国でなければ対抗できない組織なんて…」

「リーモア教会といえばさすがにお姫さまはわかるだろう?」

そんなモノが存在するのかといいたげな顔はその名前に凍りついた。
それはこの世界で最大の宗教組織であり、アースガントの敵の名だ。
神の奇跡や恩寵などいらぬといわば自らの魔法を信仰してるに等しい
アースガントとは長らく水面下での冷戦状態に近い関係にある。

「まさかっ、最近神官長クラスの人間をよく見かけるのは!?」

「いずれ行う予定のナニカへの根回しをしているようだ。
 数か月以内に何かやらかすだろう。だがその時にアースガントの国際的信用が無かったら…」

「あぁっ、教会を誰も抑えきれない!」

齎された情報の重さに愕然としながら悲鳴のように姫は叫ぶ。
過激な思想の教会関係者による騒動と横暴と暴走は彼女の耳にも入っていた。
多くの信者と特化戦力を背景に時には国政にすら口を出す者達もいるという。
その何らかの計画の兆しがある時に唯一に近い対抗馬たるアースガントの
弱体化は彼らを喜ばすだけであり、絶対に避けなくてはいけない。

「それらを踏まえて、だが。
 お前達はこの事態に何ができる? どう責任が取れる? どう対処できる?」

答えられるのなら、答えてみろ。そういわんばかりの露ほども期待の無い声。
問題という問題を示しての、残酷で、躊躇のない重たい問いかけが落ちる。

「……ど、どうにかならないの姫さま?」

頼るような願うような縋るような声で、これまで何も聞かなかった彼が
リリーシャに初めて答えを求める。ただそれは彼女の中に無いものだ。
ここはアースガントではない。直接的な関係が薄く、離れた異国の土地。
しかもさらなる他国との国境線沿い。いかにファランディアで一、二を
争うほどの大国であろうと干渉できる範囲を大きく逸脱している。

「僕なんでもするからっ」

「な、なにか、何か方法は!?」

全てを公開すれば責任を取る形で干渉はできるようになるかもしれない。
が自分達やアースガントは非難を免れない。それがこの大陸での国家間の
パワーバランスをどう崩してしまうかわかったものではない。舵取りを
間違えればこの街を守るために大陸規模で犠牲者が出かねない。大国の
睨みが弱まって野心に走る国もいるかもしれない。大事な取引国を
失った商家が潰れて勤め人たちが路頭に迷うかもしれない。そして
第二王女でしかない彼女は自身で舵を取ることも間違えた時に
責任を取ることもできない。否、その結果を見る前に殺害の罪過に
問われて最悪既に首が飛んでいる可能性が高い。

なら、この街を見捨てるのか。
自分達の勝手な都合のツケをたまたま支払う羽目になったこの街を。
他の誰が知らなくても自分達とこの圧倒的な強者が真相を知っているのに。
出来る訳が無かった。そんな事が平気で出来るなら最初から旅になど出ていない。
継承権争いから降りるだけなら庇い立てできぬ程の罪を犯せばよいのだから。
そこまでの外道にはなれなかった少女にそんな選択ができるわけがない。
見捨てられない。見捨てたくは、ない。が、出来ることが無い。

一時的に街を守る手段ならば、ある。
彼女達が常駐すれば魔獣や魔物の群れが襲ってきてもある程度対処できる。
隣国も大国の姫がいる街に侵攻などできまい。だがそれは“いつまで”だ。
永久にはできない。旅で偶然立ち寄るぐらいならいくらか誤魔化せても
長期間留まれば怪しまれてしまう。テンコリウスの消失と関連付けられては
隠す意味がない。どうやって悟らせずにこの街の防衛戦力を充実させるのか。
魔獣、隣国、リリストの住民、教会、世界。問題(それぞれ)にどう対応すればいい。
どれかに対応しようとすれば他が疎かになって結局何も守れない。
事実を公表することはできず、その罪過の責任を取れず、
根本的な問題を解決できず、対応する策も思い浮かばない。

「ねえ、姫さま何かっ」

「黙って! こんなの分からない!
 分からないわよっ! どうすればいいっていうのよこんなの!!」

切実なカイトの声をまるで癇癪を起すように彼女は拒絶する。
だが誰よりも泣きそうな顔で追いつめられていたのは彼女の方だ。
なまじ王族としての知識と良識を教わっていたからこそ何もできない。
実直に責任を取ろうとすれば、それ以上の被害や問題を起こしてしまう。
事実の公表どころか謝罪さえできない。むしろしてはならない。
その自己満足で被害に遭うのは自身だけではなく国や民達なのだから。
それも世界規模になる可能性を秘めている。選べる方針など無い。
あまりにも彼女の能力や知識、権限を超えた問題を前に
どうすればいいかなど何も分からなかった。

「なんで、こんなっ、こんなことに!?
 私は……私はただお姉さまこそ次の王になるべきだとっ!」

そう思って出来るだけ抵抗して、それを封じられたから出奔までした。
万が一にも選ばれぬようにと自身の悪評を高めようとした結果がこれ。

「ふん、いっちょまえに国や民、家族を想ったつもりか?
 ずいぶんと高尚なことするじゃないか……けどな」

「っ、ぁ」

掴まれていた髪がさらに引っ張られ、少年の顔と相対させられた。
そこには不自然な程に静かな表情と感情の温度が感じられない瞳があった。
ここまでの少年の主張を思えば怒気や嘲りを向けられてるなら分かる。
だが期待も無いため失望も無く、怒りも憎悪もなければ当然慈悲も慈愛もない。
何をされるか何を考えているか何を思うのか微塵も分からない彼に背筋が凍る。
その彼が怒りも呆れも冷たさもない声で淡々と告げた。
魔法使いとして一方的に負け、姫としてもこき下ろされた彼女へ。

「分を弁えろ───頭の中まで腐った蛆虫風情が、人間様の真似してんじゃねよ」

最後にヒトであることすら否定する言葉を。
ショックから大きく目を見開いた彼女は、しかしそこで心身共に崩れ落ちる。
言葉の意味に気付いてしまった彼女はそれを否定も受け止める事も出来なかった。
全身から力という力が抜け、その碧眼からはついに意思の光が消えた。
少年が髪を掴んだままでなければ上体を起こしもしていないだろう。
そのままどこをどうとも見ることもないまま、ただただ譫言のように
謝罪の言葉を繰り返す姫君はもはや糸切れた人形のようですらあった。

「そ、そんな言い方しなくても!
 姫さまはただお姉さんに王になって欲しくてっ! それを虫だなんて!」

それを見ていられなかったカイトは自らの罪過に震えながらも声をあげた。
だが返ってきた言葉にあったのはどこまでも平然とした、それでいて
決してこちらに歩み寄る気のない断罪の声。

「虫だよ……自分のやった事の責任を取れず、起こした問題への対処法もなく、
 対処出来る相手に頼る事もできやしない……なあ、なんだよそれ?」

教えてくれよ。他になんていうんだ。
そう問うてくるような蔑んだ瞳は睨まれるだけで彼は怖気に震えた。

「ただの虫けらだろうが……潰す価値もない、な」

端的にそう切って捨てる少年にカイトに返す言葉は無い。
怯んだ心にその気力がわかず、何より言葉のナイフが彼をも追い込む。
そして。

「よく聞けよ、グズ虫。この世で最も多く『誰か』を殺すのはな。
 醜い悪意じゃなくてご立派な善意(セイギ)なんだよ、お前のようにな」

断崖絶壁にまで追い詰められた人間を突き落とすような()だった。
フラッシュバックするかのように脳裏に蘇ったのはついさっきの出来事。
自らが持った剣によって絶たれた二つの命。善意(カンチガイ)で何の意志も
ない作業のように殺したあの小さな生き物の親。そして多くの人々の
生活をいるだけで守っていた存在。何も考えずに奪ったのは、自分。

「っっ! あぁっ、僕は、僕がっ!」

避けようがない。されど背負いきれない罪過とそれによって生じる問題の数々。
良かれと思っての行動だったゆえに余計にそれは彼の心を苛み、苦しめる。
嘆くような悲鳴をあげることしかできない。

「ぁぁ、ひ、め、さま……」

「カイ、トさま」

「もうしわけ、ありません」

壊れた人形のようになってしまった自分達の主人。
自分達が放置した事で大きな罪を背負って苦しむ少年。
全てを軽んじてしまった自分達の責任にメイド達も臍を噛む。

「ふん…………お前達はいいよな、責めてもらえて」

だから、ほんの一瞬誰かが羨むような眼差しと共に呟いた(ホンネ)は夜に消えた。
されどそこで誰かの血濡れた腕と三角の耳が反応したのは何に対してか(・・・・・・)

「っ!?」
「え?」
「この、気配は!」

一斉にメイド達の表情が切り替わる。
さすがはロイヤルガードの役目も持つ者達か。
自らの心情より半ば本能的に王族の護衛を優先する思考に切り替わる。

「やっと来たか……」

そして端からそれが目的であったのか。
少年とメイド達の視線が同じ方角へ向けられる。
山の麓から迫ってくる突然発生したかのような濃密な気配の塊。
ヒトではない。魔獣でもない。それらにしてはあまりに生気が希薄過ぎるソレ。
そして同時に淀んだ邪気を纏っている気配に緊張感を走らせたメイド達は、
だがしかし。

「……ま、体が温まったところだからちょうどいいか」

尤も身近にいた異質な三日月の笑みにいっそう身を竦ませるのだった。


性格悪いわぁ、こいつ(笑
まあなんで最初はそんなに喋らなかったのに急に喋り出したか、は
次話で、なんともひどく雑な理由が語られます。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ