挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

修学旅行編 第一章「彼の旅はこうなる」

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

149/179

04-83-01 最悪の遭遇1

いわゆる、例の、夢の話というていの過去回想話
今回はもとより長い予定だったのがさらに長くなったので、分けた






───それは少年が博学であったがゆえの油断だった


───それは少年が無知であったための善意だった





───だからその遭遇(出会い)は不運なことで、とても悲しい出来事で



───けれど、残念なことにそれだけ(その程度)では終わらなかったのだ









リリストという宿場町は馬車で4日はかかるが所属するレスト王国の王都へ
続く街道と、その逆方向に伸びる街道が国境線でもある山脈に繋がっている
という位置関係にあった。山の向こうはこの国と友好関係にある隣国クラシュ。
かの国に向うには山越えが一番短期間で済み、且つ傾斜が緩い上に危険生物も
いないため何十年も前から両国の人や物を通してきた。もしこれが普通の
国境線であったのなら長い歴史の中で国家間の争いが起こる可能性も
あったろうがなだらかとはいえ大軍での山越えには向かない山道と
ある事情(・・・・)が両国の首脳陣からその選択肢を選びにくくし結果、
数十年もの友好関係を維持できた要因の一つになっていた。そしてこの街は
その流れの恩恵を一身に受けて今日も訪れた商人や旅人で賑わっていた。

とはいっても宿場町としてのみ発展した場所ゆえの弊害とでもいうべきか。
山を越えた後に休む場として、山に入る前に英気を養う場としては優れて
いても街から一歩外に出ればあるのは山か王都に続く街道か広大な森だけ。
いくらか事情もあって開発されていないその森は人の侵入を拒絶するほど
木々が生い茂っているわけではないが、好んで入りたいと思えるほど
開かれてもいなかった。ましてや月明かりがあっても夜の森は暗く、
街から覗けば巨大な闇の怪物が大口開けて待ち構えているように
幻視してしまう深淵さを見せてくる。だからリリストの住人も
立ち寄った旅人も夜中はベッドで休むか酒場で騒ぐかの二択だ。

されどその中であえてその夜の森に自分から向かう少年がいた。
年恰好の程はおそらくは十代後半。端正な顔立ちでありながらどこか
あどけない表情の少年は見た目以上に幼く感じさせる雰囲気を持っていた。
身に纏うは銀の鎧。目立たない簡素な意匠ながらも打ち破るには同名金属の
武器が必要といわれるシルバガント鋼の品で手足と胸部だけを覆っている。
腰には同じくシルバガント鋼のロングソードが仕舞われた鞘を差して
迷いのない足取りでリリストの外へと向かっている。どこか軽装の騎士と
いえなくもない格好。太陽の下なら装備だけでただの若い旅人とは誰も
思わない高価且つ高性能の装備ではあるが月明かりの下ではすれ違う人も
その価値に気付かなかったようで、また出る人間がいるとも
思っていなかったのか少年騎士がよほどうまく抜け出したのか。
彼は誰にも呼び止められることもなくリリストを出て森に一人向かう。

彼がその行動を選んだのは単純に自らの鍛錬のためであった。
身体能力が凄まじい速度で高まっていくのを日々実感していた彼だが、
武具の扱いに関してはまだまだ素人な以上は毎日の鍛練は重要だと考えていた。
しかし宿屋では満足に素振りをすることすら危険だ。万が一すっぽ抜けたり
どこかに当ててしまえばそれだけで大惨事になってしまうパワーが彼にはある。
だから夜中に宿屋を抜け出して適当な広さの場所が無いかを探していたのだ。
だから正確にいえば森を目指したというよりはリリストと森の間にある一種の
空白地帯を目指していたというのが正しい。

だがそんな場所だったため彼は直前まで既に先客がいる可能性は微塵も
考えておらず、だからこそその月明かりの下の人影に動きが思わず止まる。
やたらと性能の高い彼の肉体(視力)は真夜中でも、メートル換算でいえば
50m以上は離れた先にいたその正体を容易に視認させた。
大まかにいえばその影の種類はふたつあった。

片方はボロ布で作られたようなフード付きの外套を被った小柄な何者か。
少年騎士に対して背を向けて立っているため男女すら不明ではあったが、
歳の頃は自分とそう離れてはいないと彼は直感した。しかしそれだけなら
彼も訳ありで夜通し進む事を選んだ旅人か何かと考えたろう。念のために
一言かけるぐらいはしたろうがそれ以上はその返答次第だったはずだ。
だから、問題だったのはもう一種類の存在の方。

数は二。
フードよりも高い背丈。全身のシルエットは確実に四足の獣のそれ。
月明かりを弾いて薄ら輝く毛並と一本一本が人間サイズの複数(九本)の尾。
フードと向かい合うようにいたのは二頭の異形。少年騎士がそれをこれまで
幾度も斬り倒してきた魔物と判断したのと二体が鋭き牙を見せた瞬間が
重なり、彼は自身に行動を促した。

──危ないっ、魔物に襲われている!

ならば助けなくてはいけない。
その使命感にも似た行動には敵意も悪意も、殺意さえ皆無であった。
どれかがあったならばこの後の悲劇は避けれただろうが良くも悪くも
少年騎士にとってその行動は戦闘ではなく、救命のための作業でしかない。
だからこそ全力で少年は飛び出して、一気に互いの距離をゼロにすると
瞬きの間に全てを終わらせてしまう。

「っ!?」

誰かの息を呑むような悲鳴。
深くフードを被った誰かの目の前で闇夜を彩る鮮血が飛び散る。
頭と胴体が別たれた二体の異形が崩れ落ち、遅れるように頭部が転がった。

「大丈夫ですか、ケガはありませ、わっ!?」

腰から抜いた長剣でそれを行った少年はさわやかな笑みと共に振り返る。が。
それを突き飛ばすように駆けたフードの者は落ちた二つの頭部を拾いあげると
倒れた胴体に密着させて傷口に手を翳すと治癒魔法の光を放ちながら叫ぶ。

「“繋がれ”!」

出たのは少年(男の子)の声。されどどこかそれ以上の存在を思わせる強き声。
言われた当人ではない少年ですら何故か傅きたくなる威圧のある言霊があった。
しかし、その妙な感覚を余所にフードの少年の魔法も言葉も何の結果ももたらさない。

「なぜっ!? っ、貴様ぁっ!!」

愕然とした彼は少年騎士の武器を見てその顔に怒気をあらわにした。
全てが輝くような銀の剣身を持つ長剣とその刃に刻まれた複雑な紋様。
シルバガントの刃には魔力を断つ特性があり紋様はそれを強化するもの。
これによって付けられた傷は治りにくく、魔力ごと断たれてしまうために
その殺傷能力は死に辛いといわれる生命体すら一太刀で終わらせてしまう。
その事を知る少年は感情を爆発させ、知らない少年は首を傾げている。

「え、なに、がぁっ!?!?」

殺意さえ混ざった怒りを叩きつけられた少年騎士は困惑した。
助けに入ったのに何故これほどの敵意を向けられるのかが分からなかったのだ。
それが隙になっていたわけではない。例えそれが無くとも彼は見えなかった(・・・・・・)
分かったのはフードを見失った瞬間腹部を突き破るような衝撃を受けた事だけ。
文字通り目にも止まらぬ速さで懐に入り込まれ腹を殴られた事を彼は結局その衝撃
によって飛ばされて地面を四度跳ねて200mは転がされても分からなかった。
その間にいったい何十本の木々に衝突し、なぎ倒したかさえも。
剣は手放さなかったが衝撃に思わず力んだゆえのたまたまだった。

「ぁ、がっ、ごほっ、がはっ……あ、はぁはぁ……う、ぅぅ、なに、が?」

だが、うつ伏せになった格好のまま二、三度吐血して地面を汚す。
これまで一度も感じた事のない領域の痛みと衝撃に体を起こす気力がわかない。
だがもしその気力があったとしても彼が起き上がることは叶わなかっただろう。

「あがっ!?」

その頭部をフードが踏みしめて押さえつける事になるのだから。
土と草のみの地面といえど人が踏みしめる大地はそれなりに硬い。
しかし少年騎士の顔は右半分が大地の下に沈んでいくらか土が口に入る。

「うぶっ、な、なにを……君はいった、がああっっ!?!?」

「腹立たしいにも程がある。
 今になってまた、こんなっ……目の前でむざむざと!!」

地獄の底から響くような声と共に頭を踏みつける圧が増す。
もはやそれは物理的な重さを持ったと錯覚するような怒気と殺気だ。
しかし少年騎士にはどうしてそれを向けられているかが皆目見当がつかない。

「あっがっ、だ、だからなにを!? き、君は魔物に襲われてたんじゃ!?」

助けた自分がなぜ助けた相手に襲われているのか。訳が分からないと
ばかりに両手足に力を込めてフードの少年をどかしてでも起き上ろうとするが
体の位置が変化しない。世界有数といわれる筋力がまるで意味をなさない。
これまで様々な脅威を、怪物を彼はそれで打ち倒してきた。だからこそ
自分がどれだけの力で押さえ込まれているのかを想像して息を呑んだ。

「っ」
「あ、え?」

そこでの突然の舌打ちと共に起こった突然の浮遊感。
困惑する暇もないままに頭を掴まれ、そして振り回された(・・・・・・)

「えっ!?」
「きゃっ!」
「ぐっ!」

途端に夜の森に響いたのは短い悲鳴と衝突音と苦悶の声。
そして吹き飛ぶように距離を取った三つの白と紺の色彩。

「迎撃された?」

「よ、読まれたというのですか!」

「転移による急襲をどうやって!?」

三つの人影は、この場においてはひどく不似合のメイド服姿の女性達。
彼女らは愕然としつつも少年達を中心に、一足では届かない絶妙な距離で
正三角形を形成すると短剣を構えて逃がすまいと囲んでいた。

「あ、ぎゃっ、み、みんな…」

見知った顔の登場に僅かな安堵を覚えた少年騎士だが、そこで
彼女たちの襲撃を自分を使って防がれたのだと体中にある痛みで理解した。
フードの少年は先んじて察知したのか彼を蹴り上げるとその体を使って
襲い来る刃と使い手を諸共に薙ぎ払ったのだと。鎧のない部分に彼女ら
が突き刺さんとした短剣の刃が当たってしまい衣服と肌が少し裂けていた。
それを運悪くと捉えた少年は、意図的であった可能性は露程も思わなかった。
考える余裕が無かった、ともいえるが。

「あがががっ!!! いたっ、痛い、痛い!! 放せっ、放してよっ!!」

変わらずアイアンクローの状態で頭部を掴まれている少年は痛みを訴える。
迎撃に使われた際の傷からも痛みはあったが万力のように頭を締め付ける力
とは比べるのも無意味な程の激痛に襲われてその他は感じられもしない。
相手の腕を必死に叩いて抵抗するもフードの少年はそれに不気味なほどに
無反応で囲んでいるメイド達も気にしている様子が見えない。
それはさらなる介入者が現れても同じだった。

「勇者さまの危機を察知して来てみれば……なんですかあなたは?」

鈴を転がすような声ながら、上からものをいうのに慣れた口調。
先んじて現れたメイド達とは別のメイド達を引き攣れた一人の女性。
芸術品の如き意匠と光沢さ、幾重にも防御魔法が刻まれた見目と実利を共に
重視したドレスアーマーを纏う金のブロンドと翡翠の瞳を持った見目麗しい女。
例え彼女の正体を知らずとも思わず傅いてしまうほどのオーラを放つ
まさに物語の姫君の見本と呼べるほどの女性がそこにいた。
そんな彼女が引き連れていたのは無表情な十一人のメイドたち。
各々が既に何らかの武装を手にしていたが全てシルバガント鋼製で統一され、
必ずどこかにティアリス(異世界)の花と一角獣(ユニコーン)の紋章が刻まれていた。
それは魔法大国アースガントの王宮に所属する者であると暗に示す代物である。
先頭に立つ女性の雰囲気と合わさってそれが誰なのかが分からない者はいない。

「ふん」

されどそれらを見ても彼はフードの奥から鼻で笑うような音を発しただけ。
理解してなお、意に介していないという態度で変わらず万力の手は緩まない。
これに彼女は目尻を吊り上げた。

「いくら本国から遠く離れた地とはいえ随分舐められたものです。
 腕力はあるようですが所詮は下郎一人、どうとでも…」
「う、わっ!?」

そしてその口から立場と見目にあった居丈高な言葉が紡がれようとした時。
あからさまな投球フォームによって少年騎士が彼女の方へ投げ飛ばされた。
虚を衝かれた形の姫を庇うように一人のメイドが前に出て、彼を受け止める。
が。

「っ!」

その瞬間にはもう彼女の視界は突き出された誰かの掌が支配していた。
魔力が迸る。彼女にも少年騎士にも息を呑む暇さえなくそれは起こった。


────轟


黒い魔力の爆発。人ひとり覆う程度のそれはしかし、確実に彼と彼女を
諸共に森の外まで吹き飛ばしていった。それこそ少年騎士が飛ばされた
軌道を逆に辿るかのように何十本もの木々をなぎ倒しながら。


「…ぇ、カト、レア? っっ、そいつを始末しなさい!」

突然の、そしてほぼ一息での出来事に他の者達は反応が遅れた。
姫も吹き飛ばされた従者の名を呆然と呟くも事態を理解すると激情のまま命じる。
命じられるまま、されどメイド達は最初から打ち合わせしていたかのような
連携を見せる動きで彼に襲い掛かった。

初手は正三角形となっていた三人。
弾かれるように大地を蹴って飛び掛かるそれは疾風の速度。
フードの奥で剣呑な瞳がそれを見据える中、大地から飛び出す影。
前兆や揺れを感じさせず発動させた地の魔法。他のメイド達が
仕掛けたそれが大地の腕を作りだし少年の手足を掴んで拘束する。

彼女達は油断していない。自分達と共にあった少年と仲間の一人を
こともなげに倒してみせた動きとその魔力を軽んじてはいなかった。
この拘束とて長い間動きを止められるものではないと彼女らは踏んでいる。
しかし何らかの手段でそこから抜け出せても既に三人のメイドたちは、
その手にあるシルバガントの刃は、次の一瞬の間には彼の体に突き刺さる。
そこまで迫っていたこのタイミングならば避けようなどない。

「っ──────え、あ?」

はずだった。
何が起こったのか。襲撃した側の三人はよく解らなかった。
否、見ている側であった他の者達とて正確に把握している者は皆無だろう。
彼は、動いたのだ。拘束されたままの状態でそんなものなど無いかのように。
それでいて三方向から迫る刃を雑踏で人を避けるかのような軽い所作で躱し、
撫でるような手の動きで彼女らの位置と腕の動きを誘導した。
結果。

「セーラ、アリッサ、ハンナ!!」

それぞれの刃は別の誰かの体に吸い込まれるように突き刺さっていた。
横腹、肩、腰。メイド服の白に赤い花が徐々に広がっていく。
あまりに一瞬の、攻防にもなってない動作によってもたらされた結果。
思考が停止した三人に姫の出した悲鳴のような叫びの意図は伝わらない。
フードの少年はそんな止まった三人に躊躇うことなく、あるいは戻る暇
など与えぬとばかりに体をひねって強烈な蹴りの一撃を繰り出す。

「くっ!」

それを察知していたのか飛び出した影が一つ。瞬間、先程の爆発に
負けず劣らずの轟音とそれがもたらす衝撃に広大な森が揺れた。
足を掴んだままだった大地の腕は粉々に吹き飛び、甲高い金属音が(・・・・・・・)響く。

「メイド長!」
「ステラ!」

傷ついた三人を庇うように間に入った長身のメイドがハルバートの柄で
そんな現象を生み出した回し蹴りを顔を歪ませながら受け止めていた。
得物から伝わる威力は彼女の手を少なからず痺れさせる程の代物で
動揺を顔に出さないようにするのがこの時の彼女の精一杯だった。

「ミヤ、カヤ、三人を連れて、勇者さまとカトレアの保護を!」

「「かしこまりました!」」

そう命じて双子のようにそっくりな二人が動き出すのを確認しながら
同時に彼の足を柄で弾く。だが相手は引き戻された脚を今度は軸にして
まるで弾かれた勢いを利用するかのような逆回転での回し蹴りが迫る。
斧槍を刹那より早く持ち替えて盾とするように大地に突き立てる。
そして響いた再度の轟音。蹴りを受け止めた得物を離したステラは
まだ足が柄と衝突したままの少年へと踏み込みながら両手の袖口から
ナイフを取り出し、一切の躊躇なく首筋目掛けて突き出した。
しかしそこで返ってきた感触は肉を裂いたものとは程遠い。

「っ、こちらの魔法を!?」

庇うように交差された腕。
それはまだ腕に繋がっていた大地の腕を盾とする行為。深々とナイフは
突き刺さったが刀身以上の太さがある大地の壁の前では肉に届かない。
だがそこにきて彼女は自身の勘違いに気付く。拘束を無視する程の力を
発揮して動いていると推測していたその現象に別の可能性が思い浮かんだのだ。
大地から伸びる拘束のための腕が、彼の動きにあまりに追従しすぎている。

「まさか、乗っ取った?」

あり得ない。
と訴える自身の知識にある魔法の常識よりも目の前で見たその光景。
フードの下で嗤った三日月の歪さと全身の悪寒をステラは信じた。

「っ、爆ぜなさい(ゴーガ)!」

至近距離で自らも余波を食らうことなど度外視して爆炎を叩き付ける。
衝撃と粉塵が舞い、炎が視界を遮る中あえて手放さなかったナイフから
大地の腕が崩壊した感触を得ながらも相手の気配が微塵も揺らがない事に舌打ち。
振り払うように両手のナイフを振るい、そして突き出す。未だ爆炎の余波で
粉塵や残滓のような炎や煙が舞う中で迫るシルバガントの刃を相手は素手で捌く。
刃の腹を撫で、反らし、弾き、受け流す。口にするだけ、文字にするだけなら
ひどく簡単に済むそれを現実にされて彼女は我が目を疑った。何せ彼女が
振るうのは流星の如き瞬きの速度で襲う銀刃だ。それを児戯が如きに
扱われているのだ。ステラの無表情から血の気を引かせていくには充分。
ましてや彼女は次から次へと刃渡りや形状の違う武器に取り換えながら攻撃
していた。それをこんな視界が悪く、近距離で容易く捌かれて畏怖するなと
いうのが無理だった。それに彼女は僅か前まで彼が少年騎士を抑え込む程の
パワーを発揮していたのも知っていた。そしてそれとは全く違う繊細で静か過ぎる
動きでの防御。まるで彼だけが違う時間の流れにいるかのように捌く手つきに
次第にステラの方がついていけなくなっていく。だからだろう。

「…どうか、ここは一度引いてもらえないでしょうか?」

冷や汗をにじませ、どこか焦ったような口調でそれを口にした。
徐々に遅れていく攻防を続けながらも当初から原因が分かっていた(・・・・・・)
彼女は一時停戦を提示する。今ならば爆炎の余波で彼以外には聞こえない。
それに返答はなかったがここでなんとか時間を稼ぐか彼から許しを受けなくては
全滅するのはこちらだと考えた彼女は必死に口を動かした。

「そちらに義がある事に、気付いているのは私だけでしょう。
 今のリリーシャさまは勇者様や部下を傷つけられて気が立っています。
 どうか私に事情を説明する時間を、出来る限りの配慮も約束させて…」

「…そうやって」

「え?」

「甘やかした結果が、これだろう」

背筋に冷たい何かが滑り落ちるのをステラは感じた。酷く重く、低い声。
地獄の底から響いてくるようなそれは責めているようで、何故か泣きそうな声。
一瞬だけ向けられた視線の先にあるのがもはや動かぬ二つの体躯だと気付いて
いたステラは内心嘆く。自分達は対応を間違えたと。時既に遅いのだと。

「お前らにはもうどうにもできん………何より」

残り火と煙の向こうに一度だけ彼の視線が向く。
そこには彼女がよく知る魔力が集まって膨大になっていた。

「そこの姫さんはやる気満々のようだぞ?」

これまで他のメイドや姫自身が手出しをしてこなかったのは二人の攻防に
物理的に割って入れなかったのもあるがそのためでもあったのだろう。

「っ、もう手遅れならば!」

思考を切り替えた彼女は後ろに向かって跳びながら手持ちのあらゆる
拘束具やボーラ、鎖分銅のような武器を投げつけて一瞬でもいいと彼を縛る。
絡まるようなそれらにあえてかかるように受け止めた少年の動きは止まった。
そして彼女の準備は完成する。

「貫くは(ジバルド)、焼き尽くすは(ゴーガ)、消し去るは(リント)
 今ここにひとつとなりて全てを食らい尽くす白き竜とならん!」

その言霊に応えるように天から落ちた雷が炎を纏って光り輝き、そして形を持つ。
自然現象のように消え去る事無く居残った破壊の光は白き炎雷の竜となった。
そして耳をつんざくような咆哮を上げて縛られているフードの少年を見下ろす。

「恐れ戦くがいい、これこそ魔法大国アースガント王族の力!」

三種の属性を一つに束ねた多重属性魔法。
それを事前準備無しで、この短時間で実行に移せる者は世界広しといえど少ない。
ましてや街一つを容易に吹き飛ばせる程の魔力を使っての広域攻撃魔法としてなど、
本来は無形であるはずの雷、火、光を束ねて竜という形で固定するなど、
さすがは魔法大国の姫だという偉業ともいえる魔法。それをどう思ったのか。
絡みついた鎖や縄を力尽くで破壊した彼は、しかし途端に動きが止まる。

「ん、空間固定か」

だがそこには微塵も驚いた様子がなく何が原因かを端的にこぼす。
彼の足元と頭上には幾何学模様の魔法陣がステラによって生み出されていた。
それは魔法大国の魔法使いたちですら使用には頭を悩ます上級の空間魔法。
鞄の中を広げるなどという程度の話ではない。指定した空間を固めてしまう魔法。
そこにいる存在は身じろぐことさえ不可能なもので、姫の顔に笑みが浮かぶ。

「我が勇者を襲い、我が従者を傷つけ、私を軽んじた愚か者よ、ここで消えよ!!」

白き竜が翼を広げる。再度の咆哮と共に大地に固定された少年へと
一気に急降下し、その雷と炎の牙で食らい尽くさんと容赦なく迫る。
あと数秒でそれは彼の者を消し去るだろう。その暴威を前にだが、彼は。

「…生温い」

ひどく平坦な声色と退屈そうな口調でそう評したのをステラは聞いた。
背筋が凍る程の嫌な予感がする中で彼はあっさりとそして静かにそれを紡ぐ。

「貫くは(ジバルド)、焼き尽くすは(ゴーガ)、消し去るは(リント)
 今ここにひとつとなりて全てを食らい尽くす黒き竜とならん、だったかな?」

「は? フフ、血迷いましたか!」

ほんの一部だけが違う殆ど同じ呪文を姫は鼻で笑った。
魔法の呪文詠唱とはその属性に何をさせたいかを示す言霊である。
そこが同じであっても使い手によって結果には差が生まれるのは常識。
魔法の威力や成果を左右するのは体内で魔力をどれだけ術式通りに走らせられるか。
そしてそれにどれだけの魔力を注ぐことが出来るかなのだ。だから。

「え?」
「あぁっ」

なぜという当惑とやはりという小さな悲鳴がもれる。
白き竜が天から降りてきたなら黒き竜は大地から飛び出すように現れた。
色以外は全く同じ形状と大きさの、光で構成された実体無き破壊の()
だが、速度が違う。後から使った方が先んじた方に追いついた。三重属性の
複雑な術式であるがゆえにそれはどちらが速かったのかを明確に示していた。

「ま、まやかしを! 消し飛ばしてやりなさい!」

それを認めたくなかったのか。理解したがゆえの畏怖か。
自らの白竜(魔法)に排除を命じた。そして閃光(シロ)閃光(クロ)の衝突はさらなる答えを出す。

「っ……そんな、ウソっ」

姫の、他のメイド達の前で、閃光(クロ)が勝鬨のような咆哮をあげていた。
それは一瞬の交差だった。真正面から衝突しあった両竜はすれ違ったような位置で
停止すると白き竜は全身に及ぶ黒い裂傷を負って呆気なく一瞬で霧散してしまう。
押し負けた、競り負けた、などではない。一方的にかき消されてしまった。

「ぁ、ウ、ウソよ……同じ呪文で、私が……アースガントの姫が魔法で負けた!?」

同じ呪文である。という事はそこに差が無いことを示してしまう。
例え術式や魔力で劣っても呪文による運用次第で打ち勝つ事はある。
だが同じであるがゆえに魔法で最も重要とされる術式や魔力の扱いで
負けた事を明確に、魔法使いであるがゆえにはっきりと自覚してしまう。
それは魔法を誇る国の王族として、世界一と評される彼女にとって
最大限の敗北で、屈辱だった。

「ゃ、ぁ」

彼女の心を支えていた何かに大きな罅が音と共に入る。
怯えるように二、三歩後ずさったが黒竜から逃れるにはあまりに足りない。

「リリーシャさま、気を抜いてはいけません! 全員で防御結界を!」

ステラが姫の傍に戻って励ましながら他のメイド達に指示を飛ばす。
飛ばしながらも、それでどうにかなる魔法かどうかは彼女が一番分かっていた。
そしてまるで追い込むように黒き竜は今から襲うという宣言のように咆哮する。
その空気の震動すら攻撃かと錯覚するような代物で、それだけで動きが鈍りかけた。
そこへ。

「……やれ」

短く、覇気もない号令と共に黒竜から閃光(クロ)が漏れ出す。
込められた魔力が解放されようとしていると察した時にはもう遅い。
放たれた閃光(ヤミ)が彼女達の視界をいとも簡単に呑み込んだ。

続きは近日中に。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ