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帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

修学旅行編 第一章「彼の旅はこうなる」

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04-82 理由(わけ)と理由(こたえ)


アースガント王国西部に存在する王国直轄領。
そこは自然豊かながら一年中気候が大きく変動しない長閑で治安のよい土地。
それゆえ代々の王族専用の避暑地であり、彼らが建てた別荘が存在している。
尤もこの世界における一般的な感性で見てもソレは別荘というより巨大過ぎる洋館。
百人を超える客が急に訪れても楽に収容できる巨大さといえば想像できるだろうか。
シーズンを除けばごく稀にしか利用されない屋敷なれどこの地を任された伯爵家が
手入れとして徹底的な掃除や備品の補充、整備などを定期的に行っている。
ゆえに、季節外れともいえる彼女らの来訪にその別荘はきちんと応えられた。
そしてその状態はそれを引き継いだ優秀なメイドたちの存在によって
今日もまた維持され、それは彼女らがここを発つまで続くことになる。


───ある一部屋を除いて、だが


「なにを、どうして、どうやったら、こうなるのでしょうか?」

ある客室でせわしなく働くは同じ侍女服を身に纏う表情の無い三人のメイド達。
口々に文句をもらしながらも掃除をテキパキとこなして、室内を整えていく。
彼女達も日々行ういつもの掃除であるならば、当然の仕事の範疇として例え
生理的嫌悪を抱くような相手の部屋でも、不倶戴天の敵の部屋であっても、
主人の政敵・怨敵・宿敵の部屋でも客人として招いたなら文句無く仕事を行う。
幼少の頃よりメイドとして育てられた彼女らの誇りが手抜きを許さないのだ。
しかしその彼女達ですら苦言を呈せざるを得なくなったのは思わず目を
覆いたくなるほどの室内の惨状ゆえだ。

「何かを持ち込んだわけでも、誰かを連れ込んだわけでもないのに」

「どうして寝ていただけで物が増えてしまうのでしょうか」

「姫様が新しい術式の実験を失敗してもこんな惨状にはなりませんよ」

純粋な疑問か理解できないという呆れか。
全員が絶世の美女とまではいかなくとも充分整った美貌を持っている。
それが無表情と冷めた視線で固められ、原因を射抜くように見据えていた。
原因本人としては乾いた笑みをこぼすしかない。

「はは、あははははっ………なんでだろう?」

その問題の宿泊者である黒髪の客人はそんな笑みと共に困ったように首を傾げた。
ぎらりとメイドたちの目に剣呑な光が宿って、少年は僅かに気圧される。
ただ一瞬その反応に彼女らの瞳に戸惑うような感情が浮かぶがすぐに消えた。

ナカムラさま(・・・・・・)。それを尋ねているのは私どもです」

「なぜ寝泊まりしているだけで嵐が過ぎ去った後のようになるのですか?」

現在はまだ清掃途中でせいぜい物が散乱としていて足の踏み場がない程度(・・)だ。
だが、彼女達が早朝覚悟をもって扉を開けて見た光景に比べればもう雲泥の差。
それは人が過ごした部屋の状態ではなかったと誰もが語る惨状で彼女らが知る
ゴミ部屋というモノの上限を大きく書き換えてしまうほどであった。

「そ、それは………原因がわかっているならこんなことにはなってない!」

「決め顔でいうことですか」

「開き直らないでください」

「他にいうことがあるでしょう」

不貞腐れたような愚痴に厳しめに指摘すれば即答に近い形で頭が下げられた。

「ごめんなさい」

素直な謝罪に一瞬彼女らの無表情に乱れが生じるがそれはまたもすぐに消えた。
清潔さを保つ為の日々の掃除であるならば彼女たちも苦言を呈することはない。
だがほぼ毎日まるで年末の大掃除並の労力を一部屋に使わされては文句も出る。

「その、えっと……面倒だったらここを出る時まで放置するというのも…」

「ここを出立する予定日までまだ日数があります。
 その直前に私達総出で掃除する人的余裕はありません」

そこまで放置してはいったいどんな惨状になるかわかったものではない。
いざ出発という算段になってくたびれるよりはある程度『惨状度合』を
把握している状況で毎日片づける方がいくらか気分は楽だといえた。
まるで夏休みの宿題を最終日ではなく毎日コツコツやるような考えだと
シンイチは思ったが言っても通じないので言うべきことを口にした。

「……今日も俺が汚した部屋の掃除をお願いいたします」

そういって、深々と頭を下げて今日の担当メイドたちに掃除を頼む。
何度目かの一瞬の困惑と同僚との視線の交差。そして僅かな沈黙を
返した後に彼女たちは当然だというように頷きと共に言葉を返した。

「仕方がありませんね」

「はい、承りました」

「お任せください」

それに対する返事になぜか喜色を感じた彼だが気のせいだと流した。



王家に伝わる慣習を利用した気ままな旅をしていた第二王女の一行。
しかしある事情から彼女らはその道を戻らざるを得なくなった結果ここにいた。
王都にまで戻る予定である事を考えればおよそ半分の道筋を引き返した計算だ。
ただそれに対する不満は誰の口からもない。むしろこれはある事実を教えられた
姫と勇者が積極的に戻るべきだと主張した結果である。不満などある訳がない。
それでもここに滞留しているのは日々の労働に慣れたメイド達や旅生活が長い
少年と違って姫と勇者が不慣れにも関わらず急いで引き返したためである。
戻った事情からくる心身の疲れも重なった彼らに少年とメイド長はこの地に
到着した時にストップをかけたのだ。今は文字通りの休養中。

その後特にやることもない少年は時折従者ヨーコや勇者カイトを鍛えたり、
姫リリーシャの趣味である魔法研究に付き合ったりもしたが基本暇だった。
たまに姿が“消える”事もあったが自らの公的な立場の無さを自覚してるのか。
誰にも会わないように館で過ごしているがそうすると貸し与えられた客室に
いる時間は増え、結果百戦錬磨のメイド達が絶句する汚部屋が連日誕生。

当人の名誉のためにいうが彼は自発的に汚そうと思っているわけではない。
むしろ清潔を心がけ、汚さず、散らかさないようにしているのに一日で樹海化。
責任を感じてか部屋の片隅で黒髪の少年は正座をしながら小さくなっていた。
その隣ではヨーコもまた獣身のままだが同じようにして正座をしているが所詮
真似なためか体の構造が違うためか何度か崩れて直すという動作を繰り返す。
それでも主人の反省に付き合っているのは彼女も責任を感じているからだ。

「ぬ、主様! 申し訳ありません!
 私が、私めが片づけや掃除が得意ならばこんな!」

「いや、出来たとしてもこんなの一人じゃ無理だって。
 何故だ。何故こんなことになる……いくらなんでも、ひどすぎるっ」

彼女は彼女なりに従者としての責任を感じている。掃除を続けながらも
同じ仕える者としてメイドたちはその心情には強く共感していた。だが。
どことなく肩を落として気落ちしているシンイチの姿は彼女らを大いに困惑させる。
本当に彼は半月前に自分達を半死半生(・・・・)の状態まで追い込んだ男なのか、と。
これではそこらにいるただの少年だ、と失望というより当惑していた。
はっきりいえばどこか気弱で遠慮がちな面があるのが意外であったのだ。

旅に同行することが決定するまでは居丈高であったのだが様々な事情から
決定するとどこか不機嫌そうな横暴さはなりを潜めて、物静かになった。
声をかけたり何かを求めれば応えるが積極的に接触はしない線を引いた態度。
どことなく人見知りの気を感じさせるそれに彼女らはただただ戸惑った。

どうにも初めて会った時の彼と今の彼が頭の中でうまく繋がらない。

だがいくらか同じ時を過ごせば察せられる事柄も増えてくる。
既に彼との旅は半月を過ぎていた。その言動を間近で見て聞いている。
まずどうもこの少年のあの不遜さは他者を拒絶する威嚇のようなもので
用が無ければ外すただの鎧でしかなく、素はこちらの方らしいという事。

またあれだけの戦闘力や卓越した魔法の腕を持っていながら。
打てば響くようにあらゆる事に把握している深い知識がありながら。
主に相手を精神的に追い詰める方向の凶悪な智謀を使っていながら。
何故か日常に根差すあらゆる家事について、不慣れな姫や勇者より
壊滅的なまでに無知であり下手であった。

そして何気に彼女らが一番驚いたのが今回のこれ。
自分に非があると判断した場合は恐ろしく素直に謝罪するのだ。
尤もそれは裏を返せば相手の非が多ければ謝罪しないという事でもある。
例えそれが誰か達を半死半生の状態に追い込むということであっても。

全ての事情を把握した現在は自分達の非を彼女達は認めていた。
そのため別段謝ってほしい訳ではないが部屋を汚した事は謝れても暴行を
した事は謝らないのかと思うと何か釈然としないものがあるのも確かである。
あの時見せた彼の理不尽さはその戦闘力のことだけではなかったのだから。
しかしそれが蟠りになっているかといえば正直それどころではないのが現状だ。
何せ本当に信じられないほどに彼は日常において世話が必要な人物だった。

掃除は勿論、炊事、洗濯、旅に必要な物資の整理や補給。旅費の捻出や計算。
果ては必要に迫られなければたいていの相手とろくに会話も出来ないという始末。
彼女達一行やヨーコに対しても普通に会話できるようになったのはここ数日の事。
どうやら約半月かけてどういう立ち位置から話せばいいのか探っていたらしい。
おかげで彼との意思疎通は随分とスムーズになったが人見知りが治った訳ではない。
そんな困った部分を補わざる得なくなった彼女達メイド部隊はこの半月の殆ど常に
三人一組のチーム交代制で日ごとにローテーションを組んで彼の世話をしている。
それぐらいで当らないと彼は日常の枠ではあまりに不器用で要領が悪かった。
さらにいえば屋敷生活を始めたこの数日間は余計に手間が増える始末。
長らく設備の整った王城住まいで常に第二王女付きだった彼女達からすると
ここまで手間がかかる人物は見たことも聞いたこともなかった。これまでも
困った客人や横柄な相手、物を壊すか汚すかしてしまうような人物の世話は
少なからず経験していたが彼はもう何もかもが別格で大変だった。

「まったくもう」

「困ったお客様ですね」

「仕事が増えるばかりです」

「すみませ………ん?」

だからついそんな文句が口から出たが、どうしたことか。
言われた当人どころか言った本人達ですら首を傾げてしまう程に
それは何故かとても楽しそうで、とても嬉しそうな声色だった。
さっきのは聞き間違いではなかったのかと彼が戸惑う中、掃除は進む。
そして当人たちですら違和感を覚えながらもその仕事は完遂された。

「毎回思うけど、お前達って本当にすごいな」

見るも無残な汚部屋が二時間弱で客を招ける程の清潔さを取り戻していた。
ゴミや埃、汚れは跡形もなくなり散らかっていた室内はきっちり整理整頓され、
悪臭も今やフローラルな香りを漂わせ、ベッドのシーツは眩しい程に白い。
もう中に入って普通に過ごすだけで罪悪感を覚えそうになる清潔感で、
実際シンイチたちは既に廊下に出ており外から内部を眺めている状況だ。
感嘆の息を漏らして見惚れたように目を輝かせている彼の姿にメイド達は
誇らしい感情を覚えている。無表情のそれもどこか得意げに見えた。

「お褒めにあずかり光栄です、ナカムラさま」

何より型通りの返答をしているが声に喜びを隠せていない。
それに気付いて微笑ましい気分になるシンイチだが、いい加減もう様付けは
やめてほしいとも思う。ただ散々ここまでの半月で話し合っている内容なので
もう彼の方が若干諦めている状態だ。他にも『ナカムラ』より『シン』の方が
ファランディア人には発音しやすいだろうという助言もしたが頑なである。
尤もスルーしているという点でならこの状況がほぼ毎日だという点を実質的に
スルーしてくれているメイド達なので彼が妥協するのは当然ともえいるが。

「しかし、これをまた汚すのかと思うとやっぱ気が滅入るなぁ。
 俺やっぱ裏庭の方でテントでも張ってた方が……」

いいのではないかと続けようとした提案は、だが即座に却下された。
何せ。

「そしていつかのように壊すのですね」

ということなのであった

「うぐっ!」

「主様!? お気を確かに!!」

冷静な指摘に胸を槍で刺されたかのようなダメージを受けて彼は崩れ落ちる。
シンイチは確かに旅生活に慣れてはいたが、うまくやれていたわけではない。
野営に必要な道具類の数々は扱いも管理も苦手で頻繁に壊してしまうためか
そもそも携帯しなくなっていたのである。「今なら大丈夫なはずだ」とこの半月、
彼女らから借りたテントが二度ほど無残な状態で発見された事があった。
犯人は無論、どちらも同一人物(シンイチ)である。

「ナカムラさまはお気になさらずに」

「色々と言いましたがこれもまた私達の仕事です」

「ええ、何の問題もありませんとも」

その姿を憐れんでか一応のフォローを口にするが微妙であった。
何せ言葉に本気さがない。表情はともかくとしてその声には半分諦めが、
そして残り半分には何故か今のままを期待する色があるのを彼は感じ取っていた。
僅かな困惑を覚えつつもそういうわけにはいかないと足に力をいれて立ち上がる。
その顔には妙な形の負けず嫌いからくる燃える瞳があった。

「甘えっぱなしは性に合わない……掃除ができないなら出来ることで返す」

決意の言葉と共に三人を見据えた彼は────変な方向に全力を出した。

「ロベリア、右袖口から糸くず、あと首もとに煤がついてるぞ」

「あっ」

当人が気付いたのと同時に彼の手がどちらもキレイに片づけ。

「ルイス、スカートの裾に埃。ヘッドドレスも斜めにずれてる」

「なんですって?」

驚いている隙に軽く掃って、整え直し。

「クララ、背中にあるエプロンの結びのリボンが少し右に傾いてる」

「え、そんな?」

背面を覗き込もうとした動きの先んじて、結び直す。
全て言葉を投げかけてからほぼ一瞬の出来事であった。
なんていう能力の無駄遣いだと突っ込める人物はここにはいない。
メイド達は不覚といわんばかりに悔しがり、ヨーコは羨ましがっていた。

「昨日リリーシャから聞いたが、今夜は伯爵の家でパーティなんだろ?
 見た目はいつも以上に気を付けないとな。従者の不格好は主人が笑われる……三人とも後ろ髪がはねてるぞ」

「なっ、なんてこと!」

「こんな手抜かりを!」

「ほ、他にありませんよね!?」

表情は崩れずとも一様に驚いた彼女らは一斉に髪の毛を撫でつけ始めた。
そして互いに他におかしい所はないか確かめ始めた様子はどこか年頃の女性らしい。
微笑ましくも見えるが、主な原因の少年は苦笑いを浮かべてしまう。

「殆ど俺の部屋を掃除したせいなのが地味に泣ける……」

少し慌てているメイドたちを横目にどうしたものかと思案するシンイチ。
気になさらずとも、と肩に乗ったヨーコが慰めるが彼は渋い顔のままだ。

「あなたたち、何をしているのですか?」

その背後で詰問するような声色を響かせながら現れたのはメイド長のステラ。
他に人影はなく切れ長な琥珀の瞳をより鋭くさせながら部下と客人の双方を
睨む一歩手前の視線で見据えていた。

「さすがにお前は完璧だな、糸くず一つ付いてない」

その彼女を逆に不躾さも性的さも感じさせずに全身を眺めた彼は感心した。
彼女らの仕事着は地球でいうところのヴィクトリアンメイド風だ。そして
皆同じデザインだが自然と背筋が伸び、所作が静かなステラと比べると
他のメイド達にはまだまだ粗があり、メイド服にその結果が僅かに出ていた。

「メイドとして当然のことです」

褒めているとはいえ脈絡のない言葉へ困惑もなく無難に彼女は返す。
声そのものは抑揚がないが、しかしどこか彼への拒絶の意思を感じさせる。
にべもないのは普段からなのだが今は一際ににべもない。

「ですが私は、何をしているのか、と質問したはずですが?」

無表情ではあるのに眼光の鋭さだけが上がる。どこか威圧するような空気すら
纏って彼女はシンイチをもうほぼ睨んでいた。本来なら一応の客人である彼に
そんな態度をするのはおかしいのだがその目に怯んだ部下達は指摘もできない。
ヨーコだけが不機嫌そうに彼女を睨み返していたが。

「なにって────大丈夫だよ」

当人だけが気にした風もなく視線を受け止めると少し考えるような
素振りを見せた後、理解したとばかりに頷いて脈絡のない事を口にした。
これには彼女も何に対する言葉なのか受け取りかねて困惑が声に乗る。

「は?」

「お前の大事な妹達に手なんか出さないよ。どっちの意味でもな」

「っ」

だから心配するな、安心しろ。
とでもいうような態度であっさり彼女の内心(もくてき)を言い当てた。
正解か否かは言葉を返せず黙ってしまったのが答えだろう。他のメイド達が
その意味を取りあぐねる中、一瞬だけ僅かに頬を羞恥に染めたステラは、
されど即座に無表情に戻ると意趣返しともいえる言葉を口にする。

「…それは………手を出す価値もないということでしょうか?」

アースガントが誇る厳しい鍛錬と教育を共に乗り越えた自分の部下が、
そしてその中で一緒に育ってきた自分の妹たちが、あなた(シンイチ)にとって。

「…………そ、そうきたか…」

そんな返しにさしもの彼も目を瞬かせて唖然とする。
やられた、とさえ素直に思ったという。そのため内心を暴露された事に
対するステラの仕返しは目論見通りに彼を充分に悩ませ、唸らせる。
下手な受け答えは彼女達のメイドとしての、女性としての自尊心を傷つける。
必要があればそれを厭わない彼も“無い”以上は徒に傷つけようとは思わない。
だから、彼の口から出てきたのは困ったような笑みと、曖昧な言葉。

「うーん……色んな意味で暴力は嫌い、ということでどうか?」

だからどちらの意味でも彼女達が相手として不満があるという訳ではない。
そういう意図を込めた言い訳はどういうわけか普段以上に力が無い。

「こんなに説得力のない弁解は初めて聞きました」

そのためか白々しいと冷めた目がシンイチに前後から(・・・・)向けられる。
かつて彼女らを半死半生まで追い込み、その後も圧倒的な戦闘力を随所で
見せつけ、それ以外でも強請りや脅迫が常套手段な男が何をいっているのか。
彼女たちは明確に口にしないがその目でそう語っていた。

「ははっ、確かに………それしかできないだけなんだけどなぁ」

彼自身も自覚はあったのか苦笑しながら認めるも、言葉尻はどこか弱々しい。
他の者達は聞き流したが真正面からその卑屈ともいえる笑みを見たステラは
少し気になったが、それを追求するよりも彼女は責務(しごと)を優先した。
───のちに彼女はそのことを激しく後悔してしまうのだが。

「……まあいいでしょう。
 それよりもナカムラさま。聞いておられるかと思いますが
 今夜は伯爵さまの招待で歓迎パーティがありますので準備の手伝いや
 リリーシャさま方の警護等もかねて全員が出払います」

「わかった、留守番。いや、屋敷の警護でもやった方がいいか。
 部屋にいるとまた汚しそうで怖い……うん、もう寝るだけの部屋にしよう」

「そうしていただけるとありがたいです」

それが屋敷の警護と睡眠以外に使わない事。
どちらに対する感謝の言葉かは考えるまでもない────両方だ。
比率は圧倒的に後者であるが。

「それとリリーシャさまとカイトさまが共に食堂でお待ちです」

「あ、もうそんな時間か。わかった。呼びに来てくれてありがとな」

「主の命令に従っただけのことです」

それ以外に理由などないといわんばかりにこれまたにべもない返事。
しかし本当の理由を指摘した後なだけにシンイチの顔にあるのは笑みだ。
そしてなぜ彼が微笑ましい表情で自分を見ているのか察しがつくステラは
無言のまま背を向けると黙ってついてきなさいとばかりに先に進む。
余計に笑みを深めて声さえもらした彼だが足は黙って従う。

「…今日のメイド長、少し不機嫌?」

「一応とはいえお客様への態度じゃないです」

若干遅れてそれについていく形となったメイド達は口々にらしくない
言動をする彼女に対して心配と少しの恐れを垣間見せたが少年は首を振る。

「違う違う、あれは単に警戒してるだけ。ま、当然だよな。
 力で敵わない相手と妹達が長時間同じ部屋の中にいるんだから…」

「……あ」

「そ、そうでした…」

いま気付いたとばかりに愕然とする彼女らはいつのまにか警戒心が薄れていた。
初対面以降、彼の力が向けられる側に無かった事と普段がこうであったからだ。
常であれば例え好色で有名な人物の世話を任されてもそれを穏便に躱す技巧も、
物理的に排除する手段も彼女らは持っている。だがシンイチが見せた圧倒的な
戦闘力の前ではどちらも無力としかいいようがない。
それを不安に思うなというのは無理な話であろう。

呼びに来た(命令)ってのも本当だろうけどあいつ毎日何かしら
 理由をつけては掃除の様子を覗きに来てるから、そういう事だろうよ」

そう思えばわかりやすい態度だと彼はクスクスとおかしそうに笑う。
妹達は困惑しつつもそんな気遣いを知って姉に親愛のこもった瞳を向け、
彼はそれを見て穏やかな笑みをこぼす。普通なら信用が無い事を嘆くべき
なのだろうがシンイチは姉として純粋に心配している様子とそれを隠そうと
している姿を好ましく─且つ面白く─感じていた。

「なるほど。
 さしずめ、私の妹に近寄る悪い虫めっ、という所でしょうか?
 せめて監視ぐらいはと……いじらしい姉だこと。その照れ隠しは乱暴ですが」

「ヨーコ、あんまり言ってやるな」

「……へ? 照れ、隠し?
 では、先程の無礼な態度は言い当てられて恥ずかしがってるだけですか?」

「だろうな」

くくっ、と悪い笑みを浮かべながら先に進むメイド長の背を見据える。
こちらの話など聞こえているだろうにそこから何の反応もない。が、少年の
目でもなければ気付けない程度に僅かに肩や手足が震えている所を見ると
必死でこらえているのだろう。だからこそ面白いと少年は楽しげに笑う。
じつに趣味が悪い。

「い、意外、です」

ただ彼女らからすれば絶対的な上位者ともいえるメイド長にそんな子供っぽい
所があったとは、と驚く。いつもの無表情が珍しく感情のままになっていた。

「あ、そういえば先程も思ったのですが、誰かから聞きましたか?
 私達が姉妹であると……その、見た目に共通点がないと思うのですが…」

だがそこでそもそもの疑問に誰かが思い当たる。
彼女達は姉妹だ。それも確かに同じ血を受け継いでいる。
しかしながら見た目は千差万別というほどに似通った所がない。
美人である事が共通点といえなくもないがその方向性はバラバラだ。
この場の四人だけでも、ステラは息を呑む程の美しさだが目つきが鋭く怖い。
ロベリアは快活そうな女性で、クララはたれ目でふわふわしたイメージ。
ルイスは穏やかな深窓の令嬢のような儚さを持っている。あくまで
その無表情さを抜いた見た目だけの話だがその印象はかなり違う。
半月共に過ごしたとはいえ教えなければ普通は気付かないだろう。
それを見抜いてしまうのが、経験値を持ちすぎた彼の瞳なのだが。

「……ランクが高すぎるのも考えものだよ。
 見ただけで粗方の秘密や感情まで解る(・・)からな……気分が悪い」

不躾にも程があると心底嫌うような声色で吐き捨てる。それは彼が時折
見せる自らの能力への嫌悪で、疑問は抱きつつも続く説明に耳を傾ける。
曰く普段は抑えているが戦闘中は誰が相手でも全力で見ているらしい。
多くの知識を持つ彼はそれで得た情報を即座に分析、理解してしまう。
また条件が揃えば見ただけでかなり先の未来さえ見えてしまう事もある。
それに比べれば血縁関係か否かなど些細な情報とさえいえた。

「…恐るべきは技量Sランクですね。
 観察眼や洞察力、そして予測ですら向上させるとは……」

感心と畏怖でもってその規格外のランクを実感するロベリアだが、
その横でぼそりと棘のある言葉をクララが何とはなしに吐いた。

「家事方面では恐るべき程に効力発揮してませんけれど」

「うぐっ!
 き、きっとこれは出来ないというマイナスの才能も向上したんだ!
 確かに片づけや整理整頓は苦手だったがここまでではなかった! はず!」

かなり痛い(気にしている)所の指摘に彼は本気なのか誤魔化しなのか。
判断しづらい事を強く訴えてきたがそれに返ったのは伝統かにべもない声。

「技量上昇によるそんなデメリット聞いたことありませんよ?」

「言い訳がましく聞こえます」

「はずってなんですか、はず、って?」

まさに姉妹だといわんばかりのコンビネーションで
連続して紡がれるそんな言葉には、実の所悪意は全く無い。
単純な疑問であり、それはシンイチとて分かってはいるのだが。

「うぅっ!」

「主様!?」

それでも痛いものは痛い。
先程までそれで彼女たちの手を煩わせていたのだから余計に。
だから言葉で抉られた胸を押さえながらその場に蹲ってしまう。

「だ、だって、本当にここまでじゃなかったはずなのにっ……」

いくらなんでも悪化し過ぎているためそこに原因を求めたかった。
そんな心情を吐露しながら肩を落として涙声で落ち込む姿は情けないの一言。
それが自分達を楽々と潰せる実力を持つ者であるから余計に弱々しく思えた。
だがどうした事か。彼女らはそんな姿に湧き上がってくるモノを止められない。

「ぅ……な、なんでしょうか、この感覚は?」

「こう、背中をそっと支えたいような…」

「とびきりの紅茶を入れたくなるような…」

「ぁぁ…………っ」

ともすれば失望さえされそうな姿に、知らぬ感情を覚える四人のメイド。
高揚感とも焦燥感とも取れるよく解らない衝動はとかく彼の世話を焼きたがる。
その様子に主人を慰めていたヨーコが小さく拳を握ったのは誰も気付かない。

「ふふっ、この娘達いい感じで絆されきてますねぇ。
 さすが姉妹、男の趣味が全員一緒とはじつに都合がいいです」

そういってほくそ笑む。何せ毎日入れ替わる全員がこの状態だ。
貞操観念が強い主人を想って(・・・)それを量で崩そうと裏で企む彼女(ケダモノ)
あと一押しあれば墜ちると確信をもってかそっと主人から離れるヨーコ。
それが同じ仕える者としての仲間意識からくる無意識の遠慮を外す。

「お立ち下さいナカムラさま」

「食堂でお二人がお待ちですよ」

「どうぞ、お手を」

身近でそんな計画が進んでいるとも知らずに衝動のままに手を貸すメイド達。
変わらぬ無表情に喜悦のそれがある事はさすがに俯いている彼も気付かない。
手がかかる事を喜んでいると知るのが幸か不幸かは判断に困るが。

「ああ、悪い。ありがと……な?」

促される形で立ち上がった彼は謝罪と礼を口にしたが、途端に固まった。
気落ちしていた彼の顔から陰鬱さは一瞬で掻き消える。難しい顔で間近にある
四人の顔を、そこにある何かを確認するかのように一人ずつ眺めていく。

「ナ、ナカムラさま?」

「あの、そのように見詰められると、その…」

「まっ、またなにかついているでしょうかっ!?」

「………」

先程あがった話ではないが。
まるで彼女たちの全てを見通そうするかのような視線に戸惑いと、
小さな照れが入った声を彼女ら─一名除く─はあげるが彼は自らの思考の中。

「おいおい……ここでこうくるか……」

異様な切り替えの速度。情けない姿を見せた男とは思えぬ真剣な声色。
だからその三人もそこにきて常の無表情に緊張感を漂わせた。何せ
それは何かしらの事態や事件に足を踏み入れた。あるいはその前兆を
感じ取った時に彼が見せる態度だった。たった半月だが、だからこそ
その頻度と正確さに彼女たちはシンイチを微塵も疑っていない。
彼が自らの考えをまとめ、そして自分達がどう行動すべきか指標を
出すまでメイドたちはただ待った。尤もそれはせいぜい5秒にも
満たない時間だったが、そこでいかなる結論が出たのか。

「ステラ」

「はい」

「…これを持ってろ」

そういって彼が自らの首回りから外したのはシルバーの(・・・・)ペンダント。
三日月を模した安い細工が彼の手の先で揺れていたがメイド達は全員
それが彼が唯一肌身離さず持って大事にしている物であると気付いていた。
それを渡さなければならない程の事態かと知らず彼女らは息を呑む。

「私が、ですか?」

「お前が一番ひどい、と思うからな……まあ念のためのモノだ。
 ……一応いっておくが貸すだけだからな? 後で返せよ」

「それはつまり……ナカムラさまは今夜何か起こると?」

「起きない方がいいが、お前ら火薬を抱え込み過ぎてるだろ?」

魔法使いとしては名高くも評判がかなり悪い第二王女。
それに妄信的に仕えているという噂のアースガント最強のメイド部隊。
異世界から召喚し勇者と宣伝される傍迷惑な強者。あまりに目立つ存在だ。
悪い意味で、だが。今はそこにテンコリウスを従える謎の少年まで加味されている。
古今東西ファランディアにはあらゆる形や事情のパーティがいただろうが
ここまで悪目立ちしている上に戦闘力の高いパーティは他にないだろう。

「…承りました。そういうことでしたら借り受けておきましょう」

シンイチのいう懸念が伝わってか。彼の予知めいた予測を信じてか。
ペンダントを受け取って即座に身に付けると襟元を少し開けて
先端を服の中に仕舞うように入れると襟元を戻した。

「………なんだろう。
 返してほしいんだがその時どんな顔するべきなんだ、これ?」

ただその行先にさしもの彼も少し戸惑った。周囲のメイドたちも
思わず、といった風に息を呑んだのだからほぼ同じ感想なのだろう。
その動作で僅かに垣間見えた肌の白さには妙な色香はあったがそれよりも
メイド服の上からでもはっきりと解るボリュームの中に三日月が消えたのだ。
おそらくは今あの銀細工は想像するだけで生唾を飲みそうな谷間に乗っているか
挟まれているのではないかと思われる。そしていずれその温もりが宿ったものを
返されるのが決定している彼はその時どう対応すべきか素で悩んでいた。

「何の話ですか。それよりもこれを持っているとどんな効果が?
 何かあればあなたに伝わって即座に駆けつけて頂けると期待しても?」

それは言葉通りに期待しているのか。
それぐらいはしてくれるのかと問うているのか。
どちらにせよシンイチに返せるのはじつに曖昧な返事だった。

「まあ、当たらずとも遠からずだが、どの道すぐに行けるかは別問題だ」

悪いがな、と肩を竦めると無表情を僅かに歪めるステラ。
厳密にいえば“遠い”のだが結果が同じならばいいかと彼は誤魔化す。
実際そんな機能があった所でそうなってしまう可能性は高いのだから。

「……わざわざ渡しておいて自分でそんなことを仰いますか?」

「なぜかギリギリなんだよ、毎回な……けど、何かあれば必ず行く。
 例え神や悪魔が邪魔をしても、必ず駆けつける。それだけは絶対だ」

間に合うかどうかは約束できないが、それだけは約束すると
誠実か不誠実か判断が難しい不器用な正直さを力強い瞳が真っ直ぐに告げる。
ステラは自然とそれを疑わずに淡々というべきことだけを口にした。

「分かりました。何か起こっても期待せずに、待っていましょう」

「助かる。まあ何もない方がいいからおまけ程度のお守りと思ってくれ」

そう締めた彼に彼女は頷きでだけで答えると中断していた先導を
再開するように黙って食堂への道筋を進み、彼もまたそれに続く。
慌てた三人が追従する中、しかし彼は思わず愚痴を呟く。

「杞憂であって欲しいが……コレいつも当たるんだよなぁ」

最悪なことに、とどこか弱々しく微笑みながらその先の言葉を呑みこむ。
それは“起こる”と半ば以上確信しているがゆえに言霊に乗せる事で
確実性があがるのを嫌がったささやかな抵抗。何せ──




──お前らの顔に凶兆と、死相が見える







────────────────────────────






「遅い」

「待てっ、まだ指定された時間の五分前だぞ!?」

起き抜けに発した言葉に何故かあった強い否定にいくらか戸惑うシンイチだが、
頭部にいるヨーコが何度か尻尾で頭を撫でているうちに状況が理解できた。
時間は早朝。ここは宿泊している旅館の解放されていない屋上だ。彼が女将に
鍛錬に使いたいとして『人に見られないある程度広い空間』を所望した結果、
ここを開けてくれたのだ。無論見られないよう各種バリアや結界も張ったが。

「……夢への話だ、気にするな…」

「なんだ、そうかよ……って呼び出しておいて寝てるなよ!」

せめて巴の顔にそれが出る前に見たかった夢だと思っての発言だったが
どうやら単なる偶然で本質はここ最近連続して見ている夢と同じだろうと推測。
結局何を予測し何を警告しているのか分からないため何も解決していないが。
尤も事情を知らないリョウは呼び出した癖に寝ていた事に少なからず憤慨した。
が。

「問題ない、ただの立ち二度寝だ」

「……ああ、もうっどこからどう突っ込んでいいんだか分からねえよ!」

「キュキュ!」

呼び出された用事ゆえ動きやすいジャージ姿でがっくりと彼は肩を落とす。
立って寝ていた事か自らへの対応かそれらを問題無しとするその判断か。
あくどく笑ってない時の発言はたいてい素なのだと最近理解したリョウは
本当にどこを突っ込めばいいのか分からなかった。しかもヨーコは笑うだけ。

「…いいや別に、今更だし。それよりトモエは? あいつが遅れるなんて珍しい」

「あいつは夜に回した。昨晩は霊力も体力もかなり消耗したからな。
 充分に睡眠をとらせて回復させないと他に支障が出る。鍛錬のやりすぎで
 いざという時に疲れて何もできませんでした、じゃ笑い話にもならん」

「ふーん、まあそれもそうか……ってそれじゃ今朝はお前と一対一!?」

まるで世界の終わりだといわんばかりの絶望に満ちた顔で愕然とするリョウ。
武装を用いてのもっと広大な空間でなら何とか目と動きがついていくのだが
現状ではこの距離での一対一で純粋な肉弾戦となると話にならないのだ。

「心配するな、手加減などせずに鍛えてやるから」

それを全身で訴える彼にシンイチは所謂あくどい笑みを浮かべていう。

「心配しかねえよ、それ!」

うわあっ、と今にも泣き崩れてしまいそうな悲鳴をあげる彼を無視して
ある意味での平常運転でシンイチは自分の聞きたい事を一方的に告げる。

「ところで結局あの子らとはどういう結論に落ち着いたんだ?
 合流した時、巴の奴が妙に不機嫌そうにしてたから聞きそびれたんだが…」

仮面を被って合流した時の『あたし不機嫌です!』と顔に書いてあったトモエに
旅館に一刻も早く戻る事を優先していたのもあったが、さしものシンイチもこれは
触れてはいけないと流していたのである。

「………」

一方で悲鳴を全く意にも介されなかったリョウは一瞬途方に暮れたが、諦めた。
だってナカムラだし、という魔法の言葉で。

「ええっと……あいつらがトモエの護衛役だったことや
 個人的に友人としても好意を抱いていたことは知ってるんだよな?」

だから問われたことに答えるために確認の問いかけを返すとシンイチは頷く。
ただそれがあまりに即座で、軽い頷きだったゆえにリョウは頬が引き攣った。

「……わかっててあの仕打ちかよ、容赦ねえな、おい」

「護衛云々を知ったのはその後の話だが、やれといわれたら
 愛する者でさえ手にかける奴なんて世の中ざらにいるからな」

「お前、いったいどこの荒んだ世界で生きてきたんだよ?」

それを警戒しただけだと言うシンイチに、苦笑いを浮かべるリョウ。
心配のし過ぎとしか彼は思えずそれであんな目にあった少女らに同情する。
だがそこにトモエを守ろうとした意思を感じ取ってかその苦笑には
微笑ましい色も若干混じっていたが。

「まあ結果から話せば、条件付きで水に流したって所だな」

「具体的には?」

「さま付けの禁止、護衛任務の解除で今後はただの友人でいろとさ。
 けどトモエが霊能関係か何かで動く時に無償で補助してくれとも。
 ああ、確かそれと今日行く大阪での食事全部おごらせるっていってたな」

「まあそんなところだろうな。
 巴の心情としては妥当というかそれ以上は出てこないだろう」

正体を偽って近づき、拉致してきた相手への処罰としては軽いだろう。
しかしそこに悪意があったわけではなく既に友人関係が確立されてもいた。
元より今回の事態で実質的には彼女に被害が無かったのもあるだろう。
それで重い罰を与えられるような精神性が彼女に無い。善良な16歳の
少女に友人を裁けというのがそもそも無茶な話であろう。

「……甘い、とかいって叱るかと思ったぞ?」

「俺が巴の近くにいるだけでもう威圧と牽制になってるからな。
 いっておくが、俺はあの浅はかな行動を許した覚えはないぞ?」

それでも調子に乗るかあるいは独断での暴走ができるものならやってみろ。
そう笑顔で告げるシンイチにああと納得し内心合掌するリョウだった。
これから彼女らはこの男に睨まれるのだと思えばもうそれ以上の罰は無い。
むしろ無事でいろと祈るぐらいの心持ちにリョウはなっていた。

「けど話がまとまってたなら、なんであいつは不機嫌だったんだ?」

「それは……ふふっ、怒りたかった事に怒れなかったからだよ」

言葉途中で思い出し笑いでもするかのような笑みを混ぜたリョウの
その意味深且つ楽しそうな表情に、シンイチは妙な不快感を覚えた。
尤もそれは話が変な方向に行く予感がした、というのが正しい。

「あいつらお前をすっごく怖がってたんだ。人間じゃないだの、怪物だの、
 関わっちゃいけないとまで口々にいうからトモエの奴、イラッとしてたんだよ」

言葉には出さなかったが鬼のようだったと両手の人差し指で頭に角まで作って
彼女が苛立ちと怒りを持っていたことを笑みを浮かべながら説明するリョウ。
その顔にあるニヤついた表情の意図をシンイチは全力で無視するが話は続く。

「でもお前の仕打ちを聞いた後だったから理解はしちまったんだ。
 その恐れの正当性も、お前が誰を守ろうとしてそんな事をしたのもな。
 だから怒るに怒れなくなって不機嫌になっちまったんだ、あいつ。
 ハハッ、愛されてるなぁ、お前」

「キュキュッ、キュウ」

続くにつれ仏頂面になっていく彼の肩に気安く手を乗せながらにやつくリョウ。
このこの、羨ましいな、おい。と白々しい声色でベタな台詞を浴びせながら。
なぜか頭部に乗る狐モドキすら追従するように楽しそうな鳴き声をあげる。
それらを舌打ちと共に振り払ったシンイチはうんざりだという顔をした。

「どこぞの母刀みたいなこといいやがってっ」

あの後結局ショウコには口で勝てなかったシンイチである。
元より敵でもない上に親という存在に弱い彼に勝てる相手ではなかったが
シンイチの何を気に入ったのか彼女は彼の事情をほぼ正確に認識しながらも
娘が想う限りは応援する立場でいると譲らなかった。

「……なあ、お前も俺と巴がくっつけばいいとほざくのか?」

だからか。また別の者の意見も聞きたかったのか。
これでも隠れて応援しているつもりらしい少年に彼は問う。
リョウはそれに勿論と軽く答えそうになるが存外にシンイチの顔が
真剣であったからこれはノリで返答していいものではないと表情を改めた。
そして少し間を置いて自分の考えをまとめると話し始めた。

「そうだな……トモエは、いや俺達は普通の恋愛とかできねえと思うんだ。
 不可能じゃねえんだろうけど、結局どこかでこの力を明かさないといけない」

その相手と本当に共にあろうとするなら、それだけは隠してはダメだ、と。

「けどそこが一番ネックになる」

果たして今の世でどれだけその異能を受け入れてくれる相手がいるか。
いたとしてもその力の系譜が自らの子々孫々まで続く事を認めてもらえるか。
認めてもらえても相手に知識と力がなければどこかで怯えが出るだろう。
一般人に受け入れてもらうには越えなければいけないハードルが多く、
越えられてもその状態を維持するには普通の恋人や夫婦より困難が多い。
そう語る彼にシンイチは別案をあげる。

「ずっと隠して、子の力は封じるという道もあるが?」

それはどこか試すような口ぶりで、彼も気付いたのか渋面を浮かべた。

「お前、それがいずれ破綻するやり方だって分かってて言ってるだろ?
 パートナーにまで隠すことは、後々双方のためにならないだろうが」

それぐらいオレにもわかる、と彼は首を振る。
シンイチの提示した方法は当事者が無事でいる限りは何とか維持できる方法だ。
だが力が衰えたら、死亡したら、一気に破綻してしまうのは目に見えている。
それにその後の子孫が力に目覚めても誰もそれを知らなければ対応もできない。
また発覚した時に相手に与えるショックも大きく、不幸な離別を招きかねない。
地味にこれが退魔一族が長年一般の血筋と交われなかった要因の一つであった。

だからこそ。

既に理解し受け入れ、気にもしなければその血筋がもたらす問題を
解決さえできそうな人物で且つトモエ自身が想いを向けている相手。
は、問題ないどころかむしろ歓迎すべき存在なのであった。

「そんな奇特で貴重な奴がホイホイいると思うか?」

「……………」

彼の言葉を受け取って、しばし沈黙した彼は同時に二つの事を思っていた。
一つは感心。意外に考えてる、とその力を放置し続けたわりにはまともな考えだ。
だがもう一つは呆れだ。そこまで考えられてなぜ気付かないのか。

「それがわかってて、どうしてお前は宿題の答えがわからないんだ?」

「は? なんでここで宿題が出てくるんだよ!?
 あれは俺が霊力を鍛えないことの問題点の話だろうが!」

「…お前いま答えに近いこと言ったんだがな……」

「え、えっ、どれだ!?」

慌てて自らの発言を思い返しているのだろう彼はしかし首を捻るばかり。
はぁ、と頭を抱えながら溜息を吐いた彼は現在の認識を知ろうと問いかける。

「前に俺に言ったの以外で今は他に何があると思ってる?」

「お、おう……そうだな。昨日の今日だからいうわけじゃないが
 やっぱまずはあの手の連中の相手をするには手数が足りないと思った。
 ただぶっ放すだけじゃ、あの怪物レベルになると太刀打ちできねえ」

ぐっと悔しがるように拳を握る。分かっているのだ。例え保有量で
圧倒できていても使い方が雑な現状では一定以上の強者には通用しない。
もしあの場にトモエがいなかったらと考えるだけで背筋が凍る。

「血を継いでることや霊力があることは嫌だけど否定しようがねえ。
 それ関連での面倒はそれこそオレたちに一生ついてまわるだろうよ。
 そのことを甘く見た結果が試験と昨日とでのオレの役立たずっぷりだ。
 母さんが関わらなくて済む道を残してくれたのは感謝するけど、今は」

自分が持つべき戦う力の一つとして鍛えたい。
あんな事態に襲われた時に出来ることを増やすために必要だから。
生来の力を鍛えずにいたせいで陥った窮地と激しい無力感は自分を
殴り飛ばしたくなる程に悔しく、そしてバカバカしい程に情けなかった。

「昨日はそこそこ戦えていただろうに」

「本気なら嬉しいが、あの程度の連中に肉弾戦だけは、だからな。
 結局後半は盾にもなれやしなかった……ならそれが全部だよ」

「潔いというか目標が高いというか……で?」

「…単一の力は脆い、と誰かさんが言ってたからな。
 つまり複数の力を持てば、それはそれだけ互いに補強できる。
 筋力の低さを霊力で動く外骨格で補ったトモエみたいに……どうかな?」

今思いつくのはこれぐらいだけど、ダメ?
そんな言葉が聞こえてきそうな不安げな表情を向けられた彼は渋面だ。
間違ってはいない。が。

「………おまけして50点だな」

「げ、まだ半分、しかもおまけでかよ!」

「だが言った事は正解だ、しかしお前の目的を考えると一番重要な
 所が抜けている………やはり無意識に考えないようにしているのか」

「は?」

これは思ったより根が深い、と首を振りながらシンイチは一計を案じる。
彼自身で気付ける余地を作りつつもそれが長期間に及ばないように。

「制限時間をしっかり作るか。まだ余裕があると思ったんだが……
 とにかく、霊力を鍛えるのに異論はないんだろ?」

「ああ、もう意地は張らねえよ」

「けど今はまだ格上相手の動きを体と脳に刻み付ける方が先だ。日常的に
 抑える訓練と感覚に乗せる訓練は自発的にやっておけばいいがその先は
 今の鍛錬がせめてひと段落しないとな」

「それまでに残りの50点を見つけろってことか?」

「一から十まで教えてほしいか?
 俺はそれでもいいがその時は容赦なくお前が眼を背けている所を暴くぞ?」

その覚悟はあるか。
とっくに彼の容赦の無さを知っているリョウは思わず息を呑む。
待てば自動的に答えは得られるがきっと傷を抉るような手段となろう。
それが嫌ならもっと考えろ、それこそ自分が考えないようにしている事も。
見ないようにしている事も。でなければさらなる強さなど手に入る訳がないと。
師としてそういっているのだと受け取った彼はしっかりと頷いて見せた。

「よし……構えろ、これ以上は時間がもったいないからな」

「あ、いや、それは分かってるんだが……」

かかってこいと挑発的な手招きをしたシンイチだが彼の顔には小さな困惑。
一瞬前の決意の表情はどこに消えたのかと肩透かしを食らう。

「なんだ、疑問点や不安があるなら先にいえ」

だが話を聞くだけでそれらをある程度解消できるなら
集中力の向上という点でシンイチもたいていの話は聞くつもりであった。
が。

「じゃあ遠慮なく…………お前さ、今うまいことトモエとのこと流したろ?
 こっちは切実な事情があるんだ。ぶっちゃけどれぐらいアリか教えろよ」

ニヤリとどこかしてやったような顔を浮かべるリョウ。
どうやら途中から話が横道にずらされている事には気付いていたらしい。

「ちっ」

だから返ったのは露骨な舌打ち。本来ならその成長を喜ぶべきであろう。
しかしシンイチは『空気読め』と彼が思うには理不尽な感情の中にいた。

「残念だよ、シングウジ………今日がお前の命日か」

だから彼が取ったのはいつものやり方。
常ならば基本“待ち”の姿勢で構えないことが多いシンイチが、構えた。
一気に増大した威圧感にリョウは“あ、オレ死んだかも”と冷や汗を滝のように流す。

「お、落ち着け、というか待て!
 そもそもはお前が自分で振った話だろうが!?」

「問答無用、なに稽古はちゃんとつけてやる」

「ちょっ、わっ、まっ、うわああぁぁぁっ!?!?!?」

力技による黙殺。
旅館の屋上で誰の耳にも届かない男の絶叫が響き続けた(・・・)のであった。


その後、朝食の席に座っていたリョウは何故か。そう何故か。
生気の抜けた顔で何にも無反応で、まるで精根が尽きたかのようだった。
ただ隣の席になったある生徒はそんな状態の彼が何やら格闘技や近接戦闘の
教えを譫言のように繰り返しているのに気付いて、旅行先でも鍛錬に余念が
ないと当たっているようで当たってない感心をしていた。が。
その中で一つだけあった妙な発言がとても印象に残ったという。




───アリだと思えるから困ってるんだろうが


渡した理由わけと宿題と彼の理由こたえ
+注意+
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