挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

修学旅行編 第一章「彼の旅はこうなる」

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

147/179

04-81 頂上会談─機械仕掛けの邪神

二話連続投稿です、最新話数から来た人は「前の話」をクリック!




本当に期待外れ。
尊大さからくる失望の声を乗せながら嘯く。
誰の顔色も表情も動かない。それとも動かせないのか
だからこそ何よりも恐ろしい無言の数秒間が経過する。彼女は暗にこういったのだ。
外部の血を二代に渡って取り入れた事で内側の敵となっていた安倍家と神宮寺家が
本当に一族全体と敵対することを望んでいたと。ならば今回のコトはその焼き直しだ。
その血を受け付いた最後の一人ずつを火種にして同じことを画策したのだ。
それも彼等を潰すためではなく───

「それでみんなズタズタにされて、血気盛んに報復だなんだと喚いてくれたら
 ぜーんぶ使い潰してこんな一族(みーんな)更地にしてあげようと思ってたのに」

───自分達自身を終わらせるために
無表情の中、口許だけを緩ませて笑うミコトはどこか狂気染みて感じられた。
だがその計略は軽薄な言葉とは裏腹に机の上の、そして冷静な計算の温度がある。
内側から彼女が力技で滅ぼそうとすればさすがに彼等は一致団結するだろう。
あるいは多数に分裂した上で雲隠れしてしまうのは目に見えていた。
ならあえて敵を作ってその討伐を狙うかのように家々を動かして力を削って
使い潰す。一族を滅ぼす方法として悪い手とは言い切れない。確実性だけを
考えるならば、だが。

『…あの時は一族内の空気が、それも宗主の影響が強い範囲でおかしかった。
 そしてその気配が私達に向いていると感じたから私と明日香は一族を出た。
 まさかそれが宗主直々の一族崩壊を狙った序曲だったなんて』

「ほ、本当……いいえ、本気ですかミコトさま?」

当人への真偽ではなく真意を問う翁の、震わせるつもりがなかった震えた声。
彼が物心ついた時にはもう既に時を止めていた彼女。若き日から共に退魔の使命と
組織の維持と浄化に務めていたはずの同志への聞きたくない答えを問う声には
必死に絞り出したような切なさがあった。

「確かにワシらは大きな失敗を恐れ、徒に時間を浪費した。
 だからといってそんな自棄を、ましてや彼女達を巻き込んでなど……」

そんなことはあってはならない。
責を追うべきなのは自分達だと訴える翁だが、返った声はあまりに軽かった。

「いいじゃない別に……だって退魔一族ってもうダメでしょ。
 これどうこうするぐらいならいっそ滅ぼしちゃった方がよくない?」

「………」

それは彼の半生を否定したに等しい言葉。
よりにもよってそのパートナーといってもいい相手から、あっさりと。
されど翁は崩れ落ちる事は無かった。長く人として歳を重ねた矜持か。
仮にも孫やひ孫といってもいい年齢の者達がいるからか。それとも、意地か。
続かない言葉に変わってその目はショウコと同じく“敵”を見る眼になっていた。
何か切っ掛けがあれば三人の間に戦端が開かれそうな空気の中、もう一人が嗤う(・・)

「クッ、アハハハハハッ……なんて大根! 舞台役者にはなれないな、あんた」

いっそもう露骨といってもいい嘲笑で。
ミコトどころかその一触即発の空気すら小馬鹿にした哄笑が響く。
拍手までする大笑いにショウコと翁の呆けた顔と誰かの歪んだ顔が向けられる。

「敵を作って内外から一族を滅ぼす?
 馬鹿いうなよ、その程度の事も(・・・・・・・)出来なかったからこうなったんだろうが。
 幕引きが遅過ぎる……機械仕掛けの神を気取るにはお前はあまりに不出来だ」

三対の視線どれにも答えず、されどミコトを見据える目にあるのは侮蔑だ。
それが雄弁に罵倒を紡ぐ口以上に彼女を不出来と見下し、否定していた。

「無駄に長生きしやがって。
 早々と全てを粛清するか長期計画でやればよかったものを」

全てはその決断が出来なかったお前の不手際だとなじりながら。
するとこれまでが嘘のように不快感をあらわにした女が刺々しく返す。

「…たらればの話なんて何の意味があるのかしら?」

それが少年の手のひらの反応であることは百も承知で、止められない。
結局の所、仮面の登場から始まったいくつかの想定外と挑発(・・)は彼女の胸中を
とっくの昔に穏やかではいられなくしていたのだ。的確過ぎたがゆえに。

「意味はなくとも、お前の間抜けさと覚悟の無さと中途半端さは際立つ」

それに勝ち誇ることさえなく痛烈な嫌味を返して少年は落ち着き払っていた。
ポーズかあるいは本気か。どちらにしろ癪に障る態度にミコトもつい本音をもらす。

「本当に生意気っ、私の八分の一程度しか生きてないくせに!」

「俺の8倍は生きてるくせしてお前は本当に物わかりが悪いな」

それでも嘲笑うシンイチともう苛立ちを隠せないミコト。
応酬している言葉の質はたいして変わってないがここにきて表情が変わる
翁は勿論、ショウコもさすがにそこに割り込めないのか火花が散っていそうな
視線と会話を眺めているだけになっている。あるいは、ミコトにはもう彼らを
気にするだけの余裕がないのかもしれない。それだけ彼の言葉はあまりに
彼女の痛い所を突いていた。そして突き続ける。

「だから生き方も死に方もわからなくなって面倒臭い存在(コト)になった。
 もっと前に決断しておけばよかったものを、日和(ひよ)った挙句がこれだ」

悪い見本だといわんばかりに屈辱に歪む若老婆を不躾に指差す。
何のための肉体時間の停止だと蔑み切った汚物でも見るような視線が注がれる。
ショウコや翁はそれで見られていないのに侮蔑を含んだそれに思わず腰が引けた。
それ程の迫力と視線の圧力があったが、ミコトはそれを迎え撃つように睨む。
頬を怒りで引き攣らせながら───何が、わかる。
苛立ちの感情はすんでの所で声には乗らせずに済んだ。

「……まるで、見てきたようにいいますね」

「長生きで、問題ある組織の長で、根はまあそこそこ良識がある。あった、か?
 まあそういう奴が駄目になるとそうなる。所謂お決まりの展開というやつだ」

「っ!」

問題ある現状(いま)は。
彼女がどうにかしようとして出来なかった今はその程度の事だと。
お約束でしかないと軽々しくあっさりとシンイチは言い切って鼻で笑う。

「このっ……っ!」

瞬間噴き出すように膨れ上がった殺気を、彼女はけれど抑え込む。
あまりにそれは彼女の大事な所に無造作に触れすぎていた。その怒りを
呑み込んだのはさすがに若いまま長く生きてきたおかげか。あるいは
最高の切り返しを怒りで思いついたからか。

「……まあ、いいでしょう。それで、あなたは私をどうする気なのかしら?
 あなたの大事な弟子達(巴ちゃん達)を危険に合わせた私を排除してみる?」

「………」

出来るものならやってみろという挑戦的な言葉に、彼は返す言葉がないのか沈黙。
だがそれでも侮蔑と苛立ちと嘲りの視線を共にぶつけ合っているが他は愕然とする。
何せ。

「なんてことだ。ミコトさまを排斥など、できない…」

彼女の実力と一族での名声がいまの一族を、一族の形に押しとどめている。
ミコトが消えるか地位を失えば一族は勝手に瓦解しそれぞれの家で好き勝手に
振る舞うのは目に見えていた。そしてその先にあるのは他者を巻き込んでの自滅。
あんな歪んだ選民思想を持った愚か者達が統制もされないまま世に放たれれば
どこかで事件を起こしどこかで粛清されるのは一番起こりやすい未来といえた。
それこそ彼女の望み通りとさえいえるが。

「だから俺を積極的に挑発していた、か? 心証を悪くしておいて
 そう事態が転べば必ず俺が手を出してくると考えたから」

「ええ、あなたが妙に責任感が強いことは見て取れましたからね。
 師としてギリギリまで見守り、それでも本当の危機には手を差し伸べる。
 それでいてクトリアの時のように自分がやった事の後始末は出来る限り行う。
 ……例えそれで自らに不利益や不名誉があろうとも」

そんな仮面を巻き込めたのなら、あとはもう問題を起こすだけでいいと彼女はいう。
登場自体には驚いてしまったミコトだがそれを利用する策は浮かんではいたのだ。
カレがミコトを討っても、一族を滅ぼしても、あるいはその前の敵対の段階でも。
少年は“その影響”に無頓着になれない。それは仮面の下の顔を見て確信した。
ミコトには何も見せなかったシンイチもショウコに対してはその限りではない。
それほどに彼女と語らう彼は“人の好さ(お人好し)”が透けて見えていた。

「私が不出来な機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナならあなたは都合がいい機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ
 勝手に皆を守って事態を収めてくれる英雄は、私を失って統制を失った一族を、
 あるいは滅ぼした責任も、それにより生じる被害も、決して見捨てないでしょう?」

『土御門ミコトっ、あなた!』

怒りが突き抜けたからこそ出せた、シンイチ相手だからこそ意味がある脅迫手段。
あまりに彼の善性を信じ、そして利用しようというそれにショウコが声を荒げた。
力があるとはいえ無関係な子供を、そんな魂胆と方法で巻き込もうというのか。
強く責める声に、だが、というべきか、やはり、というべきか彼女は気にも留めない。

「残念だけど晶子ちゃん、あなたが怒ってももう意味がないの。
 だって私はこれをやめないから。何をしても何を巻き込んでも一族は終わらせる。
 野心溢れる家々を甘言で動かしてもいい、遺恨のある家同士を唆してもいい。
 大津家を利用した策にあえて乗っかるというのも悪い手でもないわね」

さて、そうなればどうなるかしらと微笑む彼女は老練で狡猾な魔女のよう。

「止めるには私を排除するか問題を解決するしかない。
 放置してもいいけどそうなれば待っているのは統制が乱れ、組織が崩壊
 した事による一般人達の犠牲。あなたはそんな“その後”に無関心でいられるかしら?」

『言うに事欠いてっ、そこまで堕ちたか! こうなれ、っ!?』

霊体のまま自身(カムナギ)を抜刀しかねない彼女を腕をあげて止めたのはシンイチ。
非難を含んだ呆れと少々の疲れをブレンドしたその表情は演技か彼の心境か。

「なんて傍迷惑な無理心中だ。
 老人が最後の最後で見当違いなやる気出すとどうしてこう面倒なのか」

溜め息まじりに数回首を振ると何かを考えるように目を瞑った。
そして数秒の瞑目のあと彼は何かを思い出すようにして目と口を開く。

「昔、俺の友人(ユウシャ)が……まあ当時はまだ知り合ってもいなかったのだが」

「は?」

突然なにを、と困惑する誰かなど無視して彼はその昔話を淀みなく語る。
奇しくも、いや意図してか。それは現状から覗ける可能性の一つを表していた。

「そいつが初めての旅で保護者とはぐれて迷子になった時だ。辿り着いた街が
 ある犯罪組織に支配され、善良な者達が苦しんでいるのを知ったそいつは
 親玉諸共幹部や構成員を叩き潰した。それで街が救われたと思って旅を
 続けた奴は保護者と無事合流。めでたし、めでたし、だな」

「……それが?」

「けどその一か月後、ある事情から旅路を引き返す事になった彼らが見たのは
 治安が以前より激しく悪化した街の姿。住人全てが悪党に成り代わったのかと
 疑う程のね。善良な者達は悪党に怯えて引きこもるか逃げ出すか、その餌食だった。
 そりゃそうだ。犯罪組織とはいえ街にいた悪人も善人も支配していた組織を
 ぶっ壊したんだ。その正義の鉄槌から逃げおおせた連中が後釜を狙ったり、
 上の監視がなくなって好き放題し始めればより酷い状態(そういうこと)になる」

「あら、それは大変ねぇ」

他人事─真実そうだが─のように相槌しながらまるでミコトを排除した後の話を
しているようだと彼女は上機嫌そうに微笑む。それでどうなったのと目線で促され、
それに従ったのか単なる息継ぎだったのかその後の事を彼は淡々と話した。

「あまりにそいつが落ち込むものだから俺は救い方の手本の一つを見せた。
 街が所属する国や様々な公的機関、周辺の有力者達に色々頼み込んで(脅して)
 介入してもらいながら悪党どもを本当に全員、一人残らず叩き潰したうえで
 街の各機関に優秀な人材を配置し、治安維持組織が機能するようにお膳立てし、
 汚れた街をきれいに直し、そこにしかないモノを作って商人を呼び込み、
 他に行き場のない人々や故郷に戻りたいって人も出来る限り運んだ。
 それらによって影響を受ける近隣の街々へのデメリットを最低限に調整しつつな。
 位置関係もあって結局五か国ぐらい巻き込んだ。たかが一つの街を正常化させるのに」

あれは大変だったよ、などと昨日の残業を愚痴るサラリーマンのような軽口。

「………」

「………」

『………』

これには苛立ちを抱えたミコトも、怒気を放っていたショウコも、
どうすべきかと悩んでいた翁も、何をやってるんだこいつは、と瞠目していた。
規模が大きすぎる事が、ではない。なぜ“そこまでやったのか”が解らない。
それこそ彼の言葉を使うなら、たかが一つの街を正常化するため、程度に。
あまりに大盤振る舞い。彼のアンサー(手本)はやり過ぎとしかいえない。
それどころかどこか確信犯的に常識外れをやっているようにさえ思えた。

「……何が言いたいのかしら?」

されどそれゆえに感じた“嫌な予感”にミコトの表情に緊張が走る。
それに気付いているのかいないのか。前者であろうに彼は素直に答えた。

「色々ある。
 本気で何か一つ救うには極端だがそれぐらいの手間がかかるという話。
 悪党をぶっ飛ばしてもその穴に別の悪党がわいてくるだけだという話。
 組織一つ潰せばそれが何であれ周囲に良くも悪くも影響が出るという話。
 まあそれと……俺がやるとなると結局全部こうなる、という話だ」

わかってもらえたかな。
とどこか大仰に、舞台役者を気取る素人のように両手を広げながら
昔話とその訓戒を語り終えた少年はそれこそが総括だといわんばかりに
にっこりと─胡散臭く─微笑むと世界が一変した(・・・・・・・)




「つまりはさ───────────調子に乗るなよ、小娘」




音も無く、視る事さえ叶わなかった刹那で彼女の視界は黒に掴まれていた(・・・・・・)
抵抗も、悲鳴も、呼吸も、直感さえも間に合わなかったソレは一体何なのか。
黒の隙間から見えたのはその隙間を覆うような近さにいた少年。されど彼に
重なって悪鬼羅刹という言葉が可愛らしく思える怪物(ナニカ)が同時に視えた。

「っ…」

驚く余裕さえないまま。
そこでようやく彼の手に顔を掴まれているのだとミコトは理解した。
時間にしてせいぜい二秒程度の事であったのに数日経過したような疲労感。
さらに遅れること二秒後にやっと突き立てられた黒い指によって皮膚が裂け、
五筋の赤が自らの顔を彩っていることに気付いた。逆をいえば四秒も
かけておいて彼女はそれしか理解できなかった、ともいえる。
あるいはそれ以上を認めてしまう事を危険だと直感で察したのか。

「甘い顔をしていれば、つけあがって勘違いでもしたか」

抑揚のない声は、だからこそ無情で圧迫感を与えてくる。
平素ならばこれまでのどこが甘かったのかと誰もが思うところだが、
突然の凶行ともいえるその行動を含めて彼らは無意識に認識を遅らせていた。
わかっていたのだ。いきなりそれを認めてしまえば魂が保たない、と。
それほどまでに少年は自らの神気をまるで抑制していなかった。
意図的に放たれたそれが空気を、空間を、汚染する。

「ぁ」

そこで目が合う。日本人らしい色合いなど欠片もない人域外の輝きの瞳。
少年らしさも無関心さも呆れも怒りも何も無いのに自然と(こうべ)を垂れたくなる。
どす黒い神気が言葉で言い表しては、目で認識してはいけない姿を見せていた。
堕天使。悪魔。怨霊。怪物。妖怪。悪鬼。魑魅魍魎。悪神。それらを空想して
きた人類を嘲笑うかのような凶悪なナニカが間違いなくそこに顕現している。
今までのやり取りもこの凶行もそれに伴う出血も、どれもが些末事。
むしろまだ、いや“何故”自分(ミコト)が死んでないのかが不思議なほど。

「さあ、お仕置きの時間だ……頑張って耐えろよ?」

少年(ナニカ)が己が右手親指を軽く齧るようにして皮膚を裂く。
ぼんやりとそれを見上げた彼女は漠然と自分は左手で掴まれていたのかと
どうでもいい事を認識しつつ、流れ出た血が普通に赤かった事に少し驚いた。
埒外な事に意識を割かなければならないほどコレを直視する訳にはいかない。
そんな無意識の防御はされどここまで。血液がぽたりと彼女の頭上から滴り落ちる。
ほんの一滴の赤が顔を流れ、そして彼女自身の赤に触れた瞬間。

「ぇ、ぁ?」

ぐらり、と黒に掴まれていても方向は正常だった視界が歪む。
直視を避けていたモノを無理やり直視させられていた。
人が見てはいけない(・・・・・・・・・)ナニカが世界(彼女)を覆い尽くす。
人間の言葉などでは形容しようのない無貌の異形が三日月を見せて嗤う。
これに比べれば実在の怪異も輝獣も人が想像した数多の怪物たちも虫けらだ。
一瞬で身体が数百回転したような錯覚に襲われ、内蔵全てをぶちまけたくなる程の吐き気がこみ上げる。

「ぁ、うぇっ、ぁっ、ぅぐっ!!」

さらに見せられた方が覗かれているような不快感と魂が萎縮する閉塞感。
たった一瞬の視線の交差で心臓を鷲掴み、否、握り潰されたかのような衝撃が走る。
座っていることさえ困難になった彼女は胸を押さえて蹲るように倒れ込んだ。

「ミコトさま!」

気付けば、翁が彼女の名を叫んだ時にはもう少年(ナニカ)はいなかった。
元の位置で何食わぬ顔で、ただの少年(シンイチ)として座っていた。だからこそ
声を出せたのだろうと理解しつつも彼は倒れたミコトの肩を抱き上げる。

「っ、これは…!」

それは自然の時間から外れた肉体とはいえ、異常なほど冷たい。
意識はあったものの一瞬で20歳は老け込んだような顔をさらに青くしている。
息も荒く、驚愕したような、怯えるような視線を平然とする少年に向けていた。
尤もその手は激しく震えながら助けを求めるように翁の着物を掴んでいた。
生まれた時からの付き合いである彼をして初めて見たその姿にこれまで
とはまるで種類の違う畏怖の感情を少年(シンイチ)に覚えた。
──今の気配(チカラ)はアレと同じものではないか?

『ああぁ、えっとぉ………信一くん、なにをしたのかな?』

完全に怯えて縮こまってしまった両者を見て、これは自分が聞くしかないと
ショウコは若干引き攣った顔で尋ねたが彼はあっさり且つ簡潔に答えた。

「眷属にしました」

『マジ!?』

「っ!?」

「………」

驚愕。絶句。唖然。
それぞれ反応は違えど誰もその意味を取り間違えてなどいない。
彼が放った気配(チカラ)が何だったかなど解らない者はいなかったのだから。
そしてその『眷属』という言葉の意味も。何せ気配が邪の性質であれ神は神。
ならばこの場合の眷属は神使あるいは御使いと呼ばれる神の配下のことだ。
事実上これで彼女はもうシンイチに逆らうことが難しくなる。
だが、全員がそれだけでは済まないという予感がしていた。

「喜べ土御門ミコト、これでお前は俺の許可なく死ねなくなった(・・・・・・・)

「…………は?」

そしてそれは正確に、そして最悪な形で当たる。
彼は満面の笑みという攻撃的な表情を浮かべながら嬉々として解説した。

「どんな状況、原因、手段でお前が死んでもお前は死ぬことはない。
 その肉体に何かあったら即座にそれを回復させるだろう。術を解いても
 もはや普通の時の流れで歳をとることもなければ一気に老け込む事もない。
 肉体を消滅させられても即座に作り直すように設定したし魂を壊されても
 元に戻るようにしておいた……あ、ちなみに俺が死んでもそのままだぞ。
 すごいな、人類の夢である不老不死そのものじゃないか。良かったな」

おめでとう、といいたげに笑顔で拍手までして祝福するシンイチ。
だがそれがあまりに悪辣な嫌がらせであることを全員が理解していた。
確かに不老不死は古今東西さまざまな者達が求めてきた一つの(欲望)だ。
だが同時に想像力がいくらか足りない願望であると言わざるを得ない。
余程特殊な精神を持たない限り、終わりのない生に耐えられる人間はいない。
どこかで飽きと疲れに果てて、最終的には発狂するのが関の山であろう。
人間の心はまだそんな長い時を過ごせるだけの下地など持っていない。
まだ百年程度しか生きてない彼女でさえこんな自暴自棄をやりかけたのだ。
あれにはマスカレイドという凶悪過ぎるワイルドカードを利用して全ての
問題を自分を含めて破壊してもらおうという破滅願望染みた希望が隠れていた。
眷属化そして不老不死化はそんな彼女にとって拷問以外のなにものでもない。

「そ、そんな馬鹿なことがっ!」

その証明のように青を超えて白となった顔で悲鳴のような叫びをあげたミコト。
信じられないのか信じたくないのか。愕然と見開いた目で己が震える手を見ている。
すると彼女は袂から短刀を引き抜くと翁が止める間を与えずに自らの腕を切り落とした。
鮮血と切り落とされた手首が舞い落ちて、誰かの息を呑む声が響く。が。

「ひっ!」

一番に響いたのは当人の怯えた声。まず痛みが軽かった。皆無ではないが
とても腕を切り落としたとは思えない、針で少し刺されたほどの痛みだった。
そしてその次の瞬間には吹き出たはずの血液も落としたはずの手首も映像の
逆再生のように戻っていき、腕には傷一つどころ辺りに一滴の出血もない。
何らかの再生か逆行能力だとしてもあまりに異常な速度と結果であった。

「なんとっ、ここまでとは!」

怯えの入った驚きを見せる翁だが彼を驚愕させているのは今の異常な再生能力
の事だけが理由ではない。昔話の意味が分かったからだ。彼は目的の為なら
斜め上に手段を選ばない。十の成果の為に百も千も手間や力を使う事を厭わない。
目的の殆どが嫌がらせでおまけ程度に支配を求めての、眷属化と不老不死化など。
釣り合いが全く取れていないのに躊躇なくそれを行う精神性が翁は恐ろしいと
しか感じ取れなかった。

「気が済んだか、土御門ミコト」

「っ!?」

そんな反応を尻目に言葉もないミコトに向けられた声は冷たい。
見据える目も表情にも人としての温度は無く、だが責める色は伝わる。
それに逆らえない自分がいる事をミコトは自覚し始めていた。眷属。
その言葉の意味を魂で実感して震えている。いま自分は彼の配下だと。
こんな扱いを受けておいて彼に見捨てられる事を恐れている自分がいる事に
彼女はただただ怯えていた。

『うーん……ねえ信一くん……キミもしかして、わりと怒ってる?』

「ははっ、そんなの────そうに決まってる(・・・・・・・・)じゃないですか」

しかし。
それにしても攻撃的な態度と盛大な嫌がらせに訝しんだショウコの
問いに彼は一転してにっこりとした─胡散くさい─笑みを浮かべて答えた。
あちゃあと頭を抱える母親。どうやら彼はミコトの所業に彼女が考えていた
以上に頭に来ていたらしい。

「……俺がいなければあいつらは死んでいたかもしれない。
 この程度で済ませてやったんだ、ありがとうと言ってほしいね」

「っ」

それを訴える視線と言葉は鋭くミコトに突き刺さる。
仮にも自分を信用している子供達を見殺しにしてもいい心持ちで放置した。
それはもはや未必の故意と何が違うというのか。怒らないわけがあるかと
声色と表情にその感情を素直に出して不機嫌さと共にぶつけていた。

『あらまぁ、ウチの子は愛されてるわね、ふふっ。
 ……で、その許せない事したミコトさまがどうしたら許すつもりなの?』

「え?」

少年の態度に好ましいものを見るようにしながらも苦笑と共に助け舟を出す。
許可がなければ死ねなくなったという事は許可があれば死ねるという事。
あまりの恐怖と動揺に冷静でなかったミコトはそんな事も気付いていなかった。

「当然、退魔一族をなんとかしろ。こいつら面倒な上に地味に邪魔だ。
 一般人に犠牲が出ないなら手段は問わんがお前が片づけろ」

「そんなの…」

無理だと口にしそうになる。それが出来なかったからこその現状の歪み。
言わずとも分かっているだろうという声に、だが何故か明るい声が返る。

「ん、出来るだろ。スパイ問題が表面化した上に誰かさんのせいで
 霊視()を失った役立たずがいきなり増えた……うん、これ宗主として
 手を入れ放題じゃないか? しかも今のお前って無敵状態だからな。
 普通にぶつかっても手傷一つ負わないぞ、粛清し放題だな!」

なんて都合がいい、と嘯きながら不敵に笑う彼に翁は唖然とし、
ショウコは腹を抱えて笑い出した。呆然としていたミコトだけが皆に
遅れる形で言葉の意味を、その意図が頭に入ってきて徐々に表情が歪む。

「は?」

『あは、あはははっ! ミコトさま、面白いでしょこの子!
 もう色々と無茶苦茶でやり口乱暴だけど、なんかイイのよねぇ!』

つまりは、そういうことなのか。
ここまでのは全部そのための長い前振りだったのか。
白くなっていた顔が、青にまで戻る。身体の震えも止まった。ただ魂の
芯から冷えていくような絶望感が、なんともいえない温さに塗り変わる。
だからその表情は苦渋に満ちたようなそれだった。尤もその切り替えと
立ち直りの速さは伊達に百年以上は生きていないといえたが。

「………拓磨くんどうしよう。目の前に私よりひどい奴がいるんだけど?」

調子を取り戻した彼女の言葉に翁は目を泳がせて黙秘を選んだ。
手段と目的の釣り合いを気にしない男の前では否定も肯定もできなかった。

「同類扱いするな。俺はお前みたいな中途半端な怠け者じゃない。
 確かにかなりの面倒臭がり屋だが無敵すぎる働き者でもあるぞ」

「それはある意味最悪な存在じゃなかろうか?」

しかし彼自身が口にした評価に思わずといった風に内心がこぼれ出る。
何せそれは動き出したら誰にも止められない上に力があり過ぎる事を示していた。
言葉でも、ここまでの行動でも。だからこそ失言したと翁は顔を強張らせる。が。

「俺もそう思う」

自覚はあったのだろう。神妙な面持ちでうんうんと頷く様子に拍子抜け。
毒気が抜けてしまった老人達はその場で座り直すと重たい溜息を吐いた。

「はぁ……とんだ機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナがいたものね。
 幕引きどころか何もかもにも介入してくるなんてルール違反よ、もうっ」

クトリアと今回の一件の表面的な対応だけで彼の在り方を見誤った。
最後の幕引き役。どんな悲劇も“それでもなんとかなった”としてしまう
機械仕掛けの神を気取っている。そう推測したが実際のところは似て非なる
考えで彼は動いていた。正確にいえばそれもある、だが。

「全部じゃない。これでも俺しか対処できない場合と
 俺が気に入らなかった場合に絞ってるんだ、我慢してほしいね」

ふてぶてしくも緊急時以外では自分の気分だと言ってのける少年。
規格外の力を持つ者としてはあまりにアバウトな判断基準といえる。
それと同時に神話によくいる自分勝手で横暴、傲慢な神たちを連想させる。
ただそれらに比べれば多くの他者の事を慮っているためか遥かにマシで、
されどそんな者達とはまるで違う多くの難しさを抱えている基準だった。

「……とんでもないことを言っておると思うのはワシだけかの?」

「はぁ、さしずめ機械仕掛けの邪神といった所かしら。
 傍若無人や自分勝手もそこまでいくと立派に見えるわ」

二つの意味で老人たちはそのあり方に頭痛を覚え、彼女は皮肉までいった。
カレは最後はまとめるが気に入らなければ序章で舞台を台無しにする者だ。
彼にはミコトと敵対する道も、ここで滅する道も、一族を支配する道もあった。
だがどれも選ばず(気に入らず)序幕で物語の黒幕を支配して“その後なんとかなった”
で済まそうとするのだから舞台なら観客とスタッフから大ブーイングであろう。
尤も観客(部外者)裏方(首謀者)達の心情など知ったことかと彼なら言うだろう。
少年が気にしているのは出演者か書き割りの中にいる役ですらない誰か達。
悲劇を喜劇に変えて、彼はその“誰か”を襲うはずだった災難を
ぶち壊しにするご都合主義の神であろうとしている。だがそれは。

「褒めてくれてありがとう、というべきかな。
 これがわりと性に合ってるんだよ……」

「どっちも、褒められた話ではない気がするわい」

「何にも縛られず、そして物語を救わず破壊する傲慢で甘い神さま。なんて難儀な子」

くすりと見守るようでその困難さを憂いながらミコトは顔を綻ばせる。
何せ彼は自分の言っている事の問題点をわかっていて言っているのだから。
彼にしか対応できない事態と彼が気に入らない事態は同時に存在できる。
が、気に入らなくとも自分以外でも対応できる事態はいつ介入すべきなのか。
彼しか対応できないが気にならない事態なら放っておくのか。その選択で
生じる被害を彼はどの程度まで背負う必要があるのか。されど。

「まあ、あくまで神としての力を使うなら、だけどな」

「……自分のルールにすら抜け穴作るとか。さすが邪神、狡い、汚い」

ミコトらが言葉の裏に乗せた言葉を汲みとったのか。
悪戯っ子そのものの顔で不敵に笑った少年に彼女は呆気にとられる。
人としての彼ならそれ以外でも好きなように動けると言ってのけたのだから。
尤もそれでも彼が気付いてしまう悲劇の全てを変えられはしないだろうに。
解っていてそんな顔で笑う子供に、彼女は勝てる訳が無かったと胸中で溜め息だ。

「狡い神ね、上等だよ。俺はそれでいい……そう、ありたいんだ」

機械仕掛けの邪神。傲慢で甘い神。狡くて汚い神。
ミコトのそんな評価から考えも読んだのか。されど少年は満足げに笑う。
それはその困難さも、不確実さも、神の手すら届かない絶望も知る顔だった。
だがそれでも、いい、とする若者らしい向こう見ずな顔でもある。彼女が
身体の時間を止めても留めきれなかった我武者羅に前に進む力がそこにあった。
一瞬それに目を奪われた老人達は、いつのまにか黙ってそんな彼を慈しむよう
に見守るショウコの姿も目に入って二人は頬を緩めた。

「ふふふ、なんて子かしら」

「苦労性の気配がしますな、カッカッ」

老人たちはそれを憂いながらも羨むように。そして翁は胸中で彼が
以前視た神気の持ち主だと直感と、そのあり方からひとり確信していた。
そして一通り笑うと一転して彼らは居住まいを正して突如頭を下げる。

「────ここまでの無礼、どうかご容赦を。
 これより眷属の一人として、あなたさまのご期待に沿えるように励みます」

「同じくミコトさまの配下としてその心遣いに応えるよう努力いたします」

そんな畏まった物言いに一瞬、眉根を寄せたシンイチだが
区切りに必要な儀式と思って乗った彼は居丈高な口調で答える。

「良い、許そう。
 励むがいい土御門ミコト、日下部拓磨───いつか最後に休むために」

「「ハッ」」

短くも力強い返事をかえして頷く日本退魔一族のツートップ。
それは事実上彼らがナカムラ・シンイチという子供にして、邪神の
配下になったも同然な出来事であった。そしてこの日から退魔の歴史に
刻まれる程の苛烈な大粛清と大浄化、そして再教育が始まることになる。
尤も。

『と、うまくまとまった所で一ついいかしら信一くん?』

母親(ショウコ)はもう既に別に気になっていることがあるらしい。
にっこりとした笑みを浮かべながら隣の少年へ有無をいわせず問いかける。

「なんでしょうかショウコさん?」

『だからお義母さんでいいって……』

途端に直前までの態度を消して体ごと向き直った彼にお約束のように
そう返した彼女はしかし、時が止まったように言葉が続かなかった。
訝しんだ他の三名の視線に気付いているか否か彼女は──突如吠えた。

『それよ!!
 さっきからずっっっっと! その手の話だけはスルーしてるわよね!?
 さすがの私もここまで相手にされないとなんか悲しくなってきたわよ!!』

「あらあら」

「相変わらずだのう、この娘は」

「はは……」

楽しむか呆れるかする老人達とは別に困ったように苦笑するシンイチ。
話題の落差にではなく、ついにそこに触れてきたかといわんばかりの顔だ。
されど彼女はそれでは止まらない。コトは愛する娘の将来の話なのだから。
わりと本気でそう思っている辺りがシンイチの苦笑原因なのだが。

『まさかうちの巴じゃ不満だっていう気!? 確かに発育はまだまだだけど
 そこはほらっ、あなたが(とこ)の上で育てっ、ぎゃっ!?』

「母親が何をいっている!!」

ただそれもそこまで。危うい発言に思わずといった風に彼の手が伸びていた。

『い、痛たたたっ!? 私霊体なのにアイアンクローが痛いって初体験ですよ!?
 ミコトさまこれ受けたの!? ちょっ、これ本当に魂まで響くっ、痛いっ!!』

さすがにそこまでの発言となればスルーはできなかったか。
これまでの丁寧な態度を吹き飛ばして彼女の顔を掴んで締め上げていた。
生身の人間にアイアンクローを決められて別の意味で宙に浮く幽霊。
それが自らを掴みあげる腕にタップしている姿は色々とシュールである。

『ギブギブっ! ギブだから!』

「ふふふ、長生きするものねぇ。
 こういうのも異種格闘技戦というのかしら?」

「異種の定義が、おおいに揺れそうじゃな……ワシらの常識も、じゃが」

本気で微笑みを浮かべるミコトと本気で重たい溜め息を吐く翁だった。
一方で降参を訴えられたためかシンイチは彼女を投げ捨てるように解き放った。

『う、ううぅ、霊体が歪みそう……本当に常識外れなんだから』

霊体の強みか黒い空間の隅まで投げ飛ばされるもすぐに彼の隣に戻ると
自らの顔の状態を確かめながら嘆くような声をもらした。

「そうだと思うなら愛娘の相手役に選ぶなよ。
 俺が何なのかはあんたもよくわかってるだろう、正気か?」

それを胡乱な眼で見据えながら抑揚がないながらも苛立った声で問う。
自らの属性と性分を理解しきっている彼は本気でその軽い態度を責めていた。
が。

『死人だけど無論正気よ。だってもうあの子キミしか見てないじゃない………
 まさか、気付いてないとか勘違いだって否定する気じゃないでしょうね?』

そんな冗談いったら許さないわよ、とにこやかな圧力をかける母親(ショウコ)
シンイチはそれに目を反らさないものの答えられる言葉は持ってなかった。

「…………」

しかしその沈黙こそが答えそのものである。
予想通りだといわんばかりにショウコの顔に笑みが浮かんだ。

『うふふ、本当に不器用な正直者よね』

「くっ!」

娘同様、あるいは人生経験が上なせいかこうなると娘以上に勝ち目がない。
悔しげに唸る姿にはついさっきまで老人達を圧倒していた凶悪な神々しさは皆無。
近所の世話焼きなおばちゃんに絡まれている少年にしか見えなかった。

『だいたいあなたが気にしてることなんて所詮男のエゴよ?
 邪に満ちた力に、神の権能、騒動の中心地、ハッ、舐めないでほしいわね』

だからだろうか。それとも本気か。娘を舐めるなと彼女は少年を鼻で笑う。

『よそ様の娘は知らないけどウチの娘がその程度で不幸になるとでも?
 想いが通じ合って、一緒にいてくれるならそれだけであの娘は幸せよ。
 例えその後どんな災難が来ても、ね……きっとあなたと一緒に立ち向かうわ』

少なくとも私はそうだったわ。
どこかそんな言葉が隠れた言葉にシンイチもさすがに何も言い返せない。
こればかりは彼女(トモエ)の母で実際に家庭を築いた者だけが言っていい言葉だろう。
その点では彼も仮面も邪神も全くもって無力である。

『だいたいキミは一度懐に入れた相手を放っておける子じゃないでしょうに。
 親として甲斐性ありだと思うから推薦してるのよ………だ・か・ら───』

意味ありげに言葉を切った彼女はそこでにんまりとした顔をすると願いを口にする。

『───早く孫の顔見せ、ぎゃんっ!?』

右手の手刀が唸りを上げた。反射的に。
これまでの真面目(シリアス)はどこにいったのか。
湯気をあげる頭を押さえながら蹲るショウコは久しぶりの肉体的な痛みに悶える。

『はうぅっ!
 巴ならあなたが押し倒せば、なあなあで受け入れると思うのに……
 あれで結構想い人には尽くす子だと思うから妻とか巫女とか結構天職よ!』

だが即座に復活するとお買い得だとばかりに両拳を握ってアピール。
神として、夫として、仕えられてみないかと薦めてくる姿に少年は頭痛がした。

「だから、それが母親のいうことか」

『母親だからよ!
 だってこうでもしないとあの子、他に貰い手きそうにないし…』

行き遅れが心配、とわりと本気のトーンで語る彼女に思わず彼も吠えた。

「おいっ、娘を自慢したいのか貶めたいのかどっちかにしろ!」

『え、それはつまり自分以外が巴をおちょくるのは許せないと?』

「誰がそんなことを言った!?」

そんな叫びを皮切りとしてか。
巴の母たるショウコとその義理の息子予定の少年がぎゃあぎゃあと言い合う。
だがそれは完全に母親であるショウコが上手で彼はまるで相手になっていない。
微笑ましく、あるいは苦笑気味にそれを見守る老人達は互いを見合った。

「これだけを見ちゃうと普通の子っぽいんだけど……怖いわ、あの子」

「人の自我を保ったままですからの……しかし」

「ん、なに?」

その普通さが逆に怖いと意見を一致させるも
意味深に間を置いた彼にミコトは首を傾げながら続きを促した。

「今日までの何十年ずっと頑張ったかいがあるような気がしてきました」

成果はたいしたことではなくとも。
問題は殆ど解決できなかったとしても。
一族の瓦解と暴走だけは防ごうと努力したのは無駄ではなかった。
きっとこの日、こうなるためだったのだと翁の目は訴えていた。
ミコトは何度か目を瞬かせると力を抜いたような自然な笑みをこぼす。

「そうだったわ、拓磨くんってそんなロマンチストだった」

「男なんぞ、いくつになっても所詮そんなものですよ」

だから、と続けた言葉と顔にはいつになく真剣な色があった。

「一緒に罪滅ぼしのために罪を背負いましょう。
 後の世にいらぬ遺恨や古い汚物を残さぬために、大罪人と呼ばれようとも」

いくらでも手を汚そう。名を汚そう。今度こそその覚悟を持とう。
それは若き日の彼がミコトの手足となると誓った日を思い出す顔だった。
──あの日に決断していれば何かが変わっていただろうか

「ええ、よろしく頼むわね拓磨くん」

一瞬過ぎった後悔を振り払うように覚悟を決めたミコトは陰りのない、
演技でも仮面でもない穏やかながら強い笑みを浮かべた。それは奇しくも
若き日の翁が惚れ込んだ女の笑みと寸分違わぬものだった。


多分、なんとか、いい感じな投稿頻度に、これから戻ると思う…………うん
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ