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帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

修学旅行編 第一章「彼の旅はこうなる」

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04-80 頂上会談─裏話

前回の話の簡単すぎる、あらすじ

リョウ「やっと片付いた」
三人「ごめんなさい」
仮面「お前らちょっと話し合ってこい」
トモエ「じゃあカムナギ預けるわ」
ミコト「仲がいいのねぇ」
仮面「笑ってられるのもここまでだぞ(意訳)」




「護衛?」

トモエとリョウが少女らに連れられて向かったのは母屋に増設された形の離れ。
母屋は古き良き日本家屋の様相を保っているがこちらは和風の現代建築だった。
住み込みの使用人用の住居にある彼女らの自室で二人はそんな説明を受けた。

「そう、何年も前からミコトさまはあなた方を探していたの」

とは三人の中では一番冷静な涼香。

「でもなっかなか見つからなくてね。
 見つかった時には巴さまが学園を受験するって話だったから焦ったよ」

とは三人の中で一番調子のいい美紀。

「それで年頃が近くて、学園に入学できそうな私達が選ばれたの。
 ……時間無かったから結構な詰め込み教育で大変だったけどね」

とは三人の中では一番おとなしい尚子。
元々彼女達は様々な理由で取り潰しになった家々の生き残りや落胤だ。
そういった行き場を無くした者達は才能があれば他家に拾ってもらえるが
無ければ放逐される───けれどそういった者達はミコトに拾われて彼女の
私的な使用人や側仕えとなって働くので酷い事にはならない。いくら
式が使えても屋敷は広く、また宗主の家に様々な理由で訪れる者は多い。
人手が多いに越したことはなく、また一般人を雇うのが難しいのもあり
持ちつ持たれつの関係となっていた。

「そ、私らは少しだけど只人よりは強い霊力を受け継いでたし、
 名前も顔も知られてないから秘密裏に護衛するにはちょうど良かったんだ」

「それに巴さまはこっちの情報をろくに持ってないと思ってたの。
 ミコトさまの側仕えだった私達なら殆どの人の顔と気配は知ってるから」

「私達はむしろそういう意味での護衛役だったのよ」

実力と才能で及ばないのは当初からわかっていた。だから彼女らに
求められたのはその経験と知識で彼女に近づく一族の者を察知する事だった。
そして何かあればミコトに連絡をとって対応してもらう手筈だったという。

「……それ、本当に護衛なのか?」

三人共有の部屋。その出入り口付近の壁に寄り掛かったリョウが呟く。
他の四人が各々好きな場所に座っている事を思えば妙な位置だが、ここが
女子の部屋で自分以外が全員女子なのを考えれば年頃の少年としては
妥当な立ち位置だった。

「どっちかといえばそれってカナリアじゃねえか?」

炭鉱の、という言葉が最初につくそれは命をかけて危険を知らせる存在。
彼女らはトモエに近づく脅威を測る一種の装置という立場にあった。
トモエ自身もその結論に至ったのかどこか不機嫌そうな顔をしている。
尤も彼女らはそこに不満はなかったらしい。が。

「それでもよかった……つもりだったんだけどねぇ」

「拾われた恩もあったけど、
 巴さまのことは任務関係なく好きになっちゃったし、でも」

「アレはそんな気持ちすら跳び越えるぐらいやばかったわ……」

覚悟はあった、という表情に影が差す。ナニカを思い出しているのか。
三人が三人とも暗い表情のまま小刻みに体を震わせていく。

「ああ……えっと、それで……誰に何されたのよ」

そこまでの決意があった事に妙な気恥ずかしさを覚えつつも、
誰のせいでこうなったかヒントを出されていたトモエはもう直球で尋ねた。

「ううっ、怖かった、めっちゃ怖かったっ」

「死ぬかと思った、なんなのよあの子っ」

「お、思い出すだけで寒気と吐き気がっ、うっ」

ただその質問がトリガーだったかのように震えは悪化。
ガタガタという音が本当に聞こえてきそうなそれと尋常ではない青さの顔。
いくらか呼びかけても戻ってこない様子に二人は一旦それを置いておく。
予想通りならば、気持ちは多少理解できるからだ。

「ねえ、どう思うリョウ?」

「あいつ、じゃなくて護衛の方の話か?
 胡散臭いな、もっと実力者だったならわかるけど、
 婆さんのことだからこいつらを外に出そうって魂胆じゃね?」

「そうよね、ミコトさまならそう考えてもおかしくない。
 学園を卒業すれば基本的には引く手数多だもんね」

彼女も終わった家の者達がどうなるかは知っている。
だが中にはミコトの伝手で外の職場に入ってそのまま一族から静かに
離れていきそこで家庭を持つ者達もいた。彼女達は任務にかこつけて
そちらへ誘導されたのではないかという推測を彼らは立てていた。
実際彼女らは正規の手段で入学してBクラスを維持している。
霊的な才能は乏しくとも一般人よりはその方面で能力はあったのだろう。
あるいはそれを見抜いていたミコトの采配かもしれない。
ただ。

「けど、どっちにしろさ。
 お前が巻き込まれた事故と事件、両方とも何の役にもたってねえけどな」

「別にあたしは気にしてないんだけど……信一(あいつ)がいたらボロカスにいいそう。
 っていうかもう、言われた後?」

「ありうる」

そっと視線を暗い影を纏って震えている少女達に向ける。
怯えているのか落ち込んでいるのか、はたまたその両方か。
どことなく既視感を覚えるようなそれに二人は揃って額を押さえる。

「………ひどいわね、これ」

「でも、まあ間違いないだろ。誰が原因かなんて」

──シンイチがナニカしやがった
妙に納得してしまう。分かるような分かるといってはいけないような実に
微妙な気分となった二人は皆が落ち着くのをしばらく待つことになったという。
彼女らがシンイチを恐れるがあまり暴走したという真相を知るまでまだ少し。
そして“どうするのか”という結論はそれからさらに後となる。
だから、今、気になっていたのは別のこと。

「あいつ、本当に善処してくれるのかな?」

「それはもう………婆さん達の無事を祈るだけだ」

だよねぇ、と力無く笑いあう少年少女であった。






───────────────────────────────







黒に閉ざされた、仮面に支配された空間。
そこでカレの静かな、されど責めているような視線と言葉が満ちる。
僅かとはいえそれに誰よりも先に反応したのはじつは翁の方だった。
敵意も悪意もないのに痛みを与えてくる仮面の毒に表情を歪ませる。
裏の真意は勿論のこと、嫌味であった表もそれすらできなかった(・・・・・・・・・・)彼には痛かったのだ。

「マスカレイド殿それは…」

『あなたには言っていない』

だがそれを仮面は気付いていながら顔も見ずに知らぬと切って捨てる。
カレが見据えているのは変わらぬ笑みを湛えているミコトだけであった。
彼女はその言葉にも視線にも動じず笑顔のまま残念そうに首を振る。

「あらら、どうやら嫌われてしまっているようですね」

『これは異なことを。まさかその歳にもなって
 好意の反対が嫌悪だと勘違いしているのではあるまいな?』

「それは失礼いたしました、うふふ…」

言外に二度目の『その年数は飾りか?』と淡々と問うだけの声。
お前に嫌うほどの興味などないと告げる仮面と余裕の微笑で流すミコト。
片や無感情でありながら鋭利な毒を吐き、片やそれを否定も肯定も
しないくせに変わらず微笑み続ける。そこにある空気は『無』と『笑み』
の衝突とは思えぬ剣呑なものになっており、傍から眺める形になっている翁は
息を呑む。先程までの軽い言い合いや庭での衝突などまさに児戯だった。

「しかし、なぜそのようなことを仰るのかしら?
 私達は初対面のはずですし、巴ちゃんたちから何か聞いたのですか?」

『白々しいことを、私はきちんと言ったはずだ。
 最初からいたと。事の次第を始まりからずっと見ていたと』

「ええ、それは……そういえばどうしてあの瞬間まで手助けしなかったのでしょう?」

いま気付いたといわんばかりのとぼけた物言いに対峙していた仮面よりも
翁の方が大いに反応して顔を激しく引き攣らせていた。

『………豪胆というべきか気にもしていないのか。それとも私を怒らせてみたいのか?』

そこで初めて無感情だった声に呆れのような色が混ざって仮面は溜め息を吐く。
カレの発言を知っているという時点で少なくともあの時にはいたという事だ。
それが分からない相手ではないだろう。十中八九、故意だ。だからか続けるように
『どれだとしてもくだらない』と切って捨てて仮面の威圧感が増す。

『なぜと聞いたな、土御門ミコト。
 そんなものは決まっているだろう─────お前が巴たちを見捨てたからだ』

語気は変わらず、仮面はされどはっきりと(じじつ)を吐いた。ミコトは口許を隠して
微笑んでいるだけで何も変わらないがその裏で翁は僅かに冷や汗を流していた。
一般的にいえばかなりのポーカーフェイスなのだが変化の無い笑みと黒い無貌の
前では直前までの表情もあってか逆に浮いていた。当人達は気にしていないのか
互いだけを見据えているが。

「なるほど、だから、こんな空間を作り上げたわけですか。
 万が一にもあの子達に聞こえないように……存外に優しい(甘い)んですね」

そして何か最後の一言に別の言葉を被せながらも微笑むミコト。

『自らの庇護下にいる者の面倒はきちんと見るのが信条でね』

一方仮面は言葉にはしなかったが、お前と違って、と目で語っていた。
ここに至ってもミコトが相変わらず否定も肯定もせず、されど仮面もそれ以上の
追及をしない。互いにここで真相を明らかにする必要性を感じていなかったからだ。
彼らは互いがなぜそういう態度なのかを概ね察し合っているのだから。しかし。



───私としてはそこをもっと詳しく聞かせてほしいのだけど?



それでは納得できない者がここにはもう一名存在していた。
自然と三対の視線が声を発したモノへと集まる。だがそれぞれの目に宿る感情は違う。
ミコトは平静なそれだが、翁はただただ焦燥し、仮面には僅かに驚きの色があった。

『カムナギ?』

今のは脇に置いていたその刀から発せられた声。
この距離でどこから聞こえたかを間違う耳をカレは持っていない。
するとその視線を待っていたかのように刀から青白い光が立ち上って揺らめいた。
それが次第に人型となっていくと模ったシルエットは半透明の成人女性のそれ。
日本人らしい目と髪を持った二十代前半の女がどこかで見たような巫女服を
身に纏って宙に浮くようにその姿を表した。

「久しぶりですね晶子(しょうこ)ちゃん」

悠然と佇む女性に気さくに話しかけたミコトだが晶子と呼ばれた彼女は応えない。
ただその整った相貌をした大和撫子は困ったような苦笑いを浮かべている。
仮面はその名前、というよりはその横顔が別の誰かと重なって息を呑んだ。

『ショウコ……っ、ショウコ・サーフィナ、巴の母親か!?』

『あら、そっちの名前で呼んでくれるなんてさすがは私の娘が選んだ男ね』

正解だというように最愛の夫と一緒になって得た名に上機嫌。
嬉しいわ、と微笑んだその笑みの形は彼女(ムスメ)のそれとよく似ていた。
ショウコ・サーフィナ。あるいは安倍晶子。それがトモエの母の名前。
以前にトモエの経歴を簡単に調べたさいにカレはその名前を見ていたのだ。

『なるほど、用があったのはカムナギではなく彼女の方にだったのか』

『察しのいい子ね、多分他意は無かったとか。
 (カムナギ)と争う気はないとかなんとか言う気だったんじゃないかな?
 ……まあ、それとは別にあなたにはもうちょっと驚いてほしかったけど』

その狙いを読んでより呆れた声を出す仮面とその冷静さには不満げなショウコ。
頬を膨らましている様子はとてもではないが娘を持つ母親には見えない。

『別段霊魂を宿した武具など珍しくも……少しお喋りが過ぎるのではないか?』

それを気にせず普通の受け答えをしかけた仮面は、だが途中で剣呑な視線を向けた。
彼女の発言に紛れ込まされた真実を感じ取って余計な事をいうなと釘を刺す。
しかし悪戯な母はウインク一つで誤魔化しながらも、一言で納得させた。

『いいじゃない、どうせバレるわよ。あなたが一番近しいのだから。
 それなら一応のトップ二名を巻き込んでしまった方が楽じゃない?』

明るい雰囲気ながらも言葉に込められている意味は存外に、黒い。
脅しはかけたがトモエ達は一族からの調査や監視は避けられる段階にはない。
それはここにいる二名も同じ事。どう対応するにしろ彼ら(トップ)には話を通して、
教えておく(・・・・・)方が後腐れない、と。その提案に仮面は頷いた。

『…………なるほど。
 さすがは巴の母親というべきか、あいつがあなたの娘というべきか』

母娘揃って妙に聡く、妙に指摘が鋭い。
その類似点を好ましく思うように無貌の奥で笑う。
彼女もまたその表現が嬉しかったのか娘と違って人並の胸を張ってご満悦。

『当然、あの子は私の自慢の娘なんだから! お買い得よ?』

それ自体は娘への愛情を感じる言動ではあったが、違和感もまた覚えた。

『……聞いていた話とイメージがだいぶ違うんだが?』

『え、うん、まあ、その……あの子の前では全力でお母さんやってたからね!』

少しばかり目を泳がせながらも最後には決め顔でそう語るショウコ。
母猫被りのカミングアウトをされた仮面は溜め息まじりに首を振る。

『絶対に巴には教えられないな』

『娘には言えない母の秘密……あらやだなんか卑猥!』

『……頼むからもう黙ってくれないか!』

自慢の娘の尊厳とか精神とか理想の母親像やそのほか諸々のために。
そう嘆く仮面だがその様子に満足げな笑みを浮かべるショウコは確信犯だ。
一方置いてけぼりをくらった老人組はしばし呆然としつつも翁が呟く。

「……こっちの初対面は妙に仲が良いのう」

「拓磨くん?」

それはどういう意味かしら、と投げかけてくるような冷たい微笑み。
どっと出てきた冷や汗に翁はただ乾いた笑みを浮かべて誤魔化すしかない。

「晶子ちゃんは聞きたいことがあったのではなくて?」

とはいえ彼女も本気で追及しようとしたのでないため意識を彼女に向けた。
問われたショウコはしかし急に黙ると仮面に視線だけでその意思を訴える。

───やっちゃって!

読み間違える余地のないあまりに解りやすいそれを。

『まったく、親子だな………失礼』

「え?」

「なぬ?」

これは間違いなく母娘だと確信するような雰囲気に内心笑みをこぼしながら
さも当然という空気を偽ってカレは自らの白い面をめくるように取り外した。
黒い靄が、誰かが夜と評す黒衣が一瞬で霧散して特徴が無いのが特徴のような少年が顔を出す。

「どうも初めまして。ナカムラ・シンイチ、15歳です!」

そしてあまりに朗らかな─胡散くさい─笑みを浮かべて自己紹介。
どことなくその雰囲気はミコトが歳を明かした時のそれと似ていた。

「……………」

「……………」

それゆえか。それともそれさえも目と耳に入らないのか。
人間、心底驚くと声も出ないというがまさにその見本がそこにあった。
誰が想像できようか。世界の裏を引っ掻き回して脅しつけた存在が、子供。
一族の者達に一方的に罰を与え、あの魔剣を児戯のように消したのが、子供。
何より彼女(ミコト)にとっては自分と簡単に張り合い、それでも底が見えない相手が、子供。
それもトモエ達よりも年下の男の子であるなどとは夢にも思っていなかった。

「……ぇ、えっ、15、歳? う、うそ!
 私みたいに見た目を誤魔化してるのではなくてっ!?」

その動揺を鼻で笑うように朗らかな(胡散くさい)笑みを消した彼は
年上を敬う、老人を労わる、などという事を微塵も感じさせない口調で答えた。

「これは間違いなく今の俺の体だよ。転移で入れ替わったとかもない。
 だいたいあんたも誤魔化してるんじゃなくて単に肉体の時間を止めただけだろ?
 魂と肉体の年齢に差があり過ぎてタネが分かりやすいぞ」

「っ」

見抜かれていたのかと息を呑んだ彼女に、だがあらぬ方向から霊刀(ハハオヤ)が切り込む。

『それはさておいてミコトさま?
 巴たちの窮地を何故見過ごしになったのか、説明していただきたいですわ。
 あなた方がもっと前から潜んでいたのは分かっていましたし、未来の息子も
 目撃していますから言い逃れは聞く気はありませんよ?』

「未来の?」

「息子?」

ただ。
誤魔化しかあるいは本気か。魂が底冷えするような声で詰め寄られた老人達だが
本題よりもそちらのフレーズに引っかかってしまう。それを少年が強引に修正する。

「……確かに巴の母さんの言う通り、
 お前達があの雷で呼び出されて(・・・・・・)やってきたのは見ていた」

『そこはお義母さんと呼んでほしいのだけど……やっぱり分かってたのね?』

雷神召喚(あれ)の使い勝手の悪さを指摘したのは俺ですから」

なぜか嬉しそうに微笑む彼女に何か居心地の悪い想いをしながらも
一転して丁寧な口調でシンイチは自分が読み取った意図を告げた。

「それでも使うのならそれには別の意味があるのは分かります。あれは
 目立つことを利用した、ここにいる、ここで何か起こってる、というメッセージ」

あの時点でトモエが考えていたのは一族の最高権力者であるミコトを呼ぶために
彼女の屋敷に派手な雷を落とすという方法だった。その音と衝撃は結界の力で
周辺の只人たちには感知できないがそうではない者達には、特に屋敷の持ち主で
あり結界を張っている張本人たるミコトには通じるはずだと。

「まあそこの婆さんは分かっててやってきたくせに隠れて見てただけだがな」

尤もその目論見はほぼ成功したがミコト自身が潜んだためにご破算となる。
彼は隠形している老人達の接近と静観の姿勢を見抜いていた。
いま彼女に向けているのと同じくらいに冷めた目で。

「……ふ、ふふ、先程も聞きましたがあなたもそうだったのでは?」

だが、驚きが少しは抜けたのか。強引に押し込めたのか。
鋭く責めるようなその視線を暗に認めつつも彼女は微笑みを復活させた。
しかし少年もその程度で表情や目を変える事もなく言葉を返す。

「さっきも言ったがそんなに俺を怒らせてみたいか?
 丁寧ぶって分かってないふりをしてまで……たいした破滅願望だ」

そんなあからさまな挑発など聞く価値もないと哀れむような笑みを見せる。
これにまるで気を良くしたかのようにミコトは笑う。実情はその逆だろうが。

「あら、生意気ねぇ」

「そうだな、あんたはとても生意気だ」

よくいうと語る若老婆にお前がなと返す黒い少年。
その様子をくすくす笑って見ているショウコと違って翁は再び帰りたくなった。
否、切実に我が家の布団を恋しく思いながら天井のシミを数えて現実逃避。

「結局なにも答えてないのだけど……晶子ちゃんは気にならないの?
 彼がすぐに巴ちゃんたちの助けに入らなかった事は?」

ミコトはその様子を内心、相変わらず腹芸が苦手な子ね、と
苦笑しながらシンイチの真横の空間に漂う知己の女性に声を向ける。
その点では自分達と彼は同罪ではないかと嘯くように。

『え、別になんとも……だって師匠ってそういうものでしょ?』

しかし彼女から返ったのはむしろ心底意外だといわんばかりの顔と声。
弟子が困った状態に陥った時、即座に手助けに入るような者は師としては
失格だと彼女はごくごく当たり前のように考えていた。

「そういえば……あなたはそういう子だったわよね」

守る甘さよりも突き放す優しさを取る子だったと若老婆は思い出す。
だからこそミコトは一度たりとも彼女から信頼されたことがなかった事も。
顕現した時から変わらぬその浮遊(立ち)位置が今もある不信感の証明だろう。
───これは完全に彼の味方だわ

「くす、それでも…もっと何かできたのではなくて?」

悪あがきというよりこれの答えを聞いてみたい好奇心からの言葉。
少年もまたそういう意志は感じ取っていたがあえて普通に答えた。

「あの程度の連中に即座に殺されるような柔な鍛え方はしていない」

師と弟子という関係が決してお飾りではないのだと示すために。
結果として、それに続いた彼女の発言で老人たちを静かに唸らせた。

『うん、あれは私でもどうかなぁ、って思うぐらい酷かった。おかげで
 対人戦の経験が濃密に得られてるからいいんだけど……一応嫁入り前なのよ?』

一瞬だけショウコが遠い目をした事にさしものミコトも一瞬頬を引き攣らせる。
鍛えるとなれば容赦が無かった彼女をしてそうさせる程の事をしたのかと。
尤も少年も相手が母親なためか遠回しに咎めるような言葉に目を泳がしている。

『まあ、危ない所できちんと助けてくれたのは素直にありがとうだけどね。
 獄炎に包まれた時は焦ったわ……顕現するかどうか真剣に悩んだんだから。
 あなたがいるのはあの瞬間まで全然気づいていなかったから』

それでも母親からすれば娘を守ってくれた感謝が先に出る。
ただそれを向けられた少年は少しばつが悪い顔ながらも小さく頷く。

「あれでバレましたか。気配だけはうまく誤魔化せたと思ったのですが」

『気配だけは、ね。前後の不自然さは誤魔化せてない自覚あるんでしょ?
 巴も事態終結を優先して流したけど、あとから気付くと思うわ』

でしょうね、と頷きながら本質的には(・・・・・)冷静で聡い少女の鋭さを彼は思い出す。
アレは後付けな上に動揺しないだけの自分とは違う“本物”であると彼は感じていた。

『もちろん誰があの迷惑な子の精神や魂を守ったのか、もね』

「……そこも、ですか?」

『巴も咄嗟に守護の霊符を張り付けた(飛ばした)けど、あれだけじゃね。
 他に助力がなければ難しかった。なのに無事だったのだから答えは明白よ。
 そこに考えが至らないほどあの子は馬鹿じゃないわ』

知っているでしょ、と目で問われれば彼は苦笑しながらも即座に頷く。

「あの聡さと察しの良さを常に発揮できればもっと上に行けるんですけどね」

とはいえ、そこはまだまだだといわんばかりに指摘する。
ただその瞳には僅かな嫉妬とそれ以上に星を見上げる幼子のような
憧憬があって老人達を困惑させた──まるで才ある者に憧れる只人の目だと。

「……そのあともすごかったですけどね。
 あの怪物と化した道真くんをあんな簡単に蹴り飛ばすとは…」

「お前も顎が外れそうなすごい顔で驚いてたな。
 なんでこんな所にマスカレイドがいるんだ、的な感じで」

だが、どちらもそんなことはまるで無かったかのように言い合う。
互いに、見ていたぞ、と笑ってない笑みを浮かべる若老婆と少年は果てしなく黒い。
ショウコは変わらず笑い、翁は完全に表情が崩れて顔色も悪くなっていたが。

『ふふっ、それでこっちは助かったんだけどね。
 誰かさんは魔剣の脅威を知ってたのに黙認してたから本当にありがとう。
 あれで邪気の大半が消滅したから巴も戦えた。さすがに(カムナギ)でも
 二千年クラスと戦うにはまだまだ力不足だったから』

そうでなければ切り結ぶことも出来なかった、と感謝を示すショウコ。
ちゃっかりと誰かへの毒を混ぜながらも安堵も見せるその顔を横目に
これまたどこかばつが悪そうにする少年に母は朗らかに笑う。

『あらら、本当にお礼とか言われるの苦手なのね……足、大丈夫?
 あ、もちろんあなたの足よ』

こう言わないとわからないんでしょ、としたり顔で念押しした彼女に微妙な
苛立ちを覚えるがそもそも自分のせいだと流して彼は溜め息まじりに答えた。
見られていたのなら隠す意味もないのだから。

「おかげさまで。
 そこも巴に触診されたら気付かれていたでしょうが、もう回復しました」

じつのところトモエの推察は当たっていた。ただし問題だったのは魔剣を消滅
させた事ではなく炎に襲われた彼らを救うために道真を力尽くで蹴り飛ばした事。
3千年と2千年の邪気同士の衝突は当然前者が勝つが彼も無傷とはいかない。
千年も開きがある事より、自らの三分の二に匹敵するという事柄が重大なのだ。
それでもただそれを纏っているだけの存在と完全に一体化している彼とでは
雲泥なのだが同質の概念同士の衝突は勝っても負けても互いを削る。
怪物化した道真は利き腕を痛め、尚且つ大幅に弱体化してしまった。
彼も蹴り飛ばした際に直接接触した足が一時的に衰弱してしまっていた。

「だからあとで助けたのが俺だと解っても、そこまでは分からないでしょう」

『うわ、だから抵抗しないで触らせてたのね。あれで異常がなかったんだから
 消耗があったとしてもそれほどではなかったと思い込ませるために。ふふっ、
 やっぱり男の子なのねぇ……あなたが一時隠れる必要があった程だったのに』

やせ我慢しちゃって、と微笑ましいものを見る母の目に彼は淡々と首を振る。

「あれは仮面の隠蔽能力のリセットですよ。
 俺が攻撃等をすると弱まるんですが隠れて被り直すと復活するんです」

『へぇ、そういうことにしておくわ』

嘘ではない、ことで煙に巻こうとした少年だが母親(カノジョ)の方が一枚上手。
だって少年はそれほどの消耗であったことを一言も否定していないのだから。
娘の言う通り不器用な正直者だと母は笑う。
彼は渋面となるがそこに不快さは感じられない。

「あら、だったらあそこで声をかけたのは良いタイミングだったのね」

だがそこへ朗らかな声での良かったといいたげな発言に空気が固まった。
翁に至っては今にも泣きだしそうな顔でミコトを睨むという器用な事をしていた。
目は口ほどに物を言う、曰く──お願いですからもう空気を悪くしないでください。

「あの、巴のお母さん。
 アレって昔からこういう感じで、あえて、なんですか?」

『だからお義母さんでいいって───そうなのよ。
 私もあんまり人のコトいえないんだけど、空気読むとか何それ?
 それよりも聞いて頂戴! みたいなAKYだったわ』

「そうやって自分のペースに持ち込んだり我を通したり、か。
 俺もよくやりますが………コレナイワー」

案の定、とでもいうべきか。
耳と口を寄せ合ってふたりは内緒話の振りをした聞こえる陰口を呟く。
ミコトはただただ変わらぬ笑みを浮かべるばかりだが翁の冷や汗は止まらない。
彼自身は何も口にしていないし見られてもいないのだが無関係でもないせいか
針の筵状態だった。しかしそれを見て、朗らかな声で励ますような声が。

『あ、日下部さまはお気になさらず。あんなに必死にミコトさまに逆らおうと
 してくださっただけでお気持ちは十分に把握しておりますから』

「手も足も口も縛られて行動不能にさせられてたからな。
 それをおくびにも出さずにいたのは子供達を想ってのことだろうし。
 まあどっちかという罪悪感ありきって感じもするが……いいんじゃない別に」

尤もその中身は全て見ていたという喜んでいいのか嘆けばいいのか分からない代物。
しかも少年の言は完全に翁の心情すら読み切っており全く安堵などできなかった。
シンイチからすればここまでのリョウらを見る複雑そうな目で察しただけだが。

「ふふっ、見てたのね」

『ええ、見えたのです。なぜか(カムナギ)の力も上がったみたいで。
 だーれかさんに数回使われたせいか、こう階位的なものが徐々に!』

「……悪神を斬る霊刀が、俺の影響でパワーアップとか……」

自慢げに─娘と違って─ある胸を張るショウコの隣で少年は内心苦笑い。
消火器が炎の力を受けて性能を上げたといわれた気分のシンイチである。
つまり、意味がわからない。されど邪神の知識のせいで“なんとなく”理解
出来てしまう理不尽に頭が痛い。尤もそんなことは微塵も顔に出さないが。

『ま、それはともかくとして────いいかげん答えを聞きたいものです。
 ミコトさま、あなたが何故なにもしなかったのか……その目的(ワケ)を』

「…………」

穏やかながら低く響く声は相手に詰問しているかのような印象を与える。
ただそこでミコトが一瞬覗いたのはショウコではなくシンイチであった。
その視線に気付いたのか関係なくか彼は無反応のまま呟くように釘を刺す。

「別に話さなくても構わないが……その時は何が暴かれるか解らないぞ?」

ショウコと会話している時の少年らしさなど皆無の機械的な声は
されどその抑揚の無さと違って明確な脅迫であった。
自分で話さなければ俺が暴く──余計な部分まで、お前の全てを。
彼はそれを何でもない事のように、そして出来ると自信も不安もなく告げた。

「………」

百年以上の月日を生きた彼女をしてそれが純然たる事実なのか。
表情の仮面(ポーカーフェイス)によるハッタリなのか判然とせず、少し眉根が寄る。
これならばマスカレイドだった時の方が解りやすかったとさえ彼女は思う。
たが偽りをいう事も返答をごねる事も得策ではない予感がある。その時は
彼がその発言を現実にする未来が見えた。誰よりも長く退魔師をしている
彼女はその直感を誰よりも信じている。今はそれさえも誰かに誘導
されているような違和感はあったが。

「ふぅ……あなたたち相手なら隠すことでもないわね。
 うん、簡単にいえばあの状況が好都合に思えたからよ」

参ったとばかりに肩を竦めた彼女は軽い口調で告白する。
あそこで手を出さずに放置することの方が自分には都合が良かったのだと。
尤もマスカレイドがいた事は完全に想定外だったと自嘲も浮かべたが。

『好都合、ね────やはりろくでもない事を企んでいたか土御門ミコト』

その言葉を予想していたのか。少しの失望を滲ませながらも
それまでのどこか砕けて弛緩していた空気を彼女は意図的に一変させる。
感情の消えた表情は敵を見据えた退魔師の顔。黒に支配されている空間が
まるで悲鳴をあげたかのように軋む。漏れ出た霊気が攻撃的な波動を放って
誰彼かまわず肌に刺さり、空気が震えていた。

「…思ってた通り、晶子ちゃんは気付いていたようね。
 だからこそ、あなた達は私達を見捨てて出ていってしまった……お姉さん悲しい」

それをそよ風だといわんばかりに流しながらも着物の袂で目元を覆う。
いかにも私はいま悲しくて泣いてますといわんばかりのポーズだが旧知の
ショウコや翁はそんな態度では今更しらける事もせずに彼女をじっと見詰める。
それらは口よりも雄弁に語っていた。その先を言え、と。それに若老婆は
悪戯に誰も引っかからなかった事に苛立つように演技をやめると不機嫌
そうに吐き捨てた。

「…これだから聡い子はちっとも思い通りに動いてくれない。
 ────もっと大暴れして一族(私達)を引っ掻き回してくれると思ってたのに」
遅れたお詫びに二話連続投稿!



一話にまとめるはずが二話に増えたともいう(汗
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