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帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

修学旅行編 第一章「彼の旅はこうなる」

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04-79 頂上会談─哀れな真相






たった一人(工作員)にとってだけ驚愕となる事実の公開。
唖然となった彼女はそのままミコトの式の手によってどこかに連行された。
それからどんな扱いを受けるかはここで語るべきことではないだろう。
言えるのはどこかのヤのつく自由業の仕置きが可愛く思える扱いとだけ。
所持していた道具や自決用の装備の類は仮面が預かりその線から捜査し、
互いに得た情報を交換する事を約束してミコトは捕えた者達やこの一件への
諸々の対処を手配するために一旦離れ、それ以外の者達は損傷を
受けていない母家の広間に翁によって案内されていた。

「───しっかし、こんな場所で見るとお前って本当に幽霊か何かみたいだな」

何十畳あるのか数えるのも億劫になりそうな広大な空間の真ん中。
用意された座布団の上に正座して少し待つ形となった彼らは取り留めの無い
話をしていたがその中でリョウは幼馴染と挟む位置に─おそらく─座っている
仮面を眺めながら、そう評した。灯りこそ電灯だがここは日本家屋の畳の広間。
そこに人型の黒靄が鎮座しているのだ。しかも草木も眠る時間帯に。
その薄気味悪さは笑ってしまいそうな程に“しっくり”きていた。

『ふっ、ご希望とあらばいつでも枕元に立ってやろう』

尤もその結果的なからかいの言葉は息が止まるような恐ろしい話となったが。
目を覚ました瞬間にコレを見ることになるのを想像して嫌な汗が止まらない。

「………うん、オレはいいからそれはトモエにしてやれ」

「ちょっ、なんであたし!?」

巻き込まないでと視線で訴える彼女に、だが真っ先に反応したのは仮面の方。

『希望するなら、立つが?』

「なっ!? た、立たなくていいっ!!」

その返しにいったい何を考えたのか。
真っ赤になりながら強く否定する姿にリョウはやれやれと首を振った。
それは怖いから嫌だという顔ではないと彼にすらわかるものだった。
これ以上無防備な寝顔を見られてはたまらないという女心だろうか。
リョウが気付いたのだ。仮面がそれに気付かぬわけはなく、実際
仮面(カレ)からは堪えきれない笑い声が漏れていた。

そんな様子を遠巻きに─下座の隅で─見ている三人娘は聞こえてくる会話だけで
縮こまりながら戦々恐々としている。仮面がそこにいるだけで感じる威圧感に
怯え、ソレと平然と並び座って普通に会話している同級生の異常性に慄いていた。
やはり彼らと自分達は次元が違う、などという諦観に浸る余裕すらない。

「安心しなさい、何もしなければ取って食われることもあるまいて」

その間に日下部の翁が座ってなければとっくに意識を失っていた程だ。
先程までは緊急事態だったためいくらか気付かずにいられたが事態が
落ち着いた今、その存在が放つ圧は菲才の小娘程度では息もままならない。
翁のとりなしとも慰めともいえる言葉がどれだけ三人に安堵を齎したか。
しかし。

「いや、もうナニカしてしまった後じゃったか、カッカッカッ!」

これはしまった、とわざとらしく翁が笑えば少女達は面白い程に顔を青くした。

『……ご老体、私を出しに若い者を苛めないでもらおうか』

「これはこれは失礼を。
 ただ老い先短い身としてはこれぐらいしか楽しみがなくてのぅ」

『あと20年は生きそうなくせして何を……君達も私に怯えるのは見当違いだ。
 君らが怖がるべきなのは我が弟子達であろう。私はその判断を尊重する』

あえて視線すら向けないまま裁定はトモエ達に任せるという仮面に少女らは
縋るようでいて申し訳なさが圧倒的に多い視線を二人に向けるが言葉が出ない。
それを彼らはどう受けたのか。

「うーん、情けなくやられちまった手前文句が言い辛いなぁ……どうするよ?」

「………あとにしましょう。それよりそろそろ真面目な話をしたいわ。
 一族全体にガレスト人のスパイが紛れ込んでるっていうのは本当なの?」

いま話すことではないとしたのか後回しこそ罰の一環なのか。
複雑な顔をする彼女の強引な、されど避けられない話題の提示に仮面は乗った。

『津守家だけにあの一人だけ、と考えるのは楽観的すぎる。
 没収した装備のレベルから考えて、ある程度の組織が背後にいるのは明白。
 そんな組織がこんな一発芸みたいな手段を使った以上、他にも密偵を
 潜り込ませているか最低でも後任はいると見るべきだ』

「一発芸って、あれはお前に取っ捕まったからだろうが」

『そうかな、どの道あの場から逃げられても追っ手は出る。
 むしろ一人だけ逃げれば、それがあの魔剣を直接に盗んで渡した者となれば…』

どうなるか。
その後を匂わす言葉の切り方は、されどこの場で続きが読めない者はいない。
そんないかにも怪しい存在を放っておくことはしないだろう。その後をどう
あの女が計画していたかは不明だがその時点でもうあの顔になっていた事を
考えれば大春家に罪を被せて内部の争いを煽ろうとしていたのは間違いない。

「そっか、そうなったら捕えるのは当然の話。
 仮にも一族に紛れ込んでいたならその探索能力を侮っているとは思えない。
 ましてや宗主家の、ミコトさまのそれを掻い潜れる者なんてそうそういない」

「自分が捕まるのが既定路線だったのなら。
 普通はその後も情報を探らせる後釜は用意しとくか」

「カッカッカッ、今頃、覗き見の連中は大慌てじゃな。末端の末端まで念入りに
 霊視を行って調べておるだろうよ……彼奴ら程度がどれだけ見抜けるかは別じゃがな」

その慌てふためく顔を直に見ておきたかったわい、と笑う翁だが
背後の三人だけがその言葉の一部に首を傾げて思わず問うていた。

「日下部さま、覗き見とはいったい?」

「おいおい、庭であちこちから向けられてた視線の事だろ……あれ、違った?」

それにリョウが決まってるじゃないかとそう返せば驚愕の表情が返り、
自分の勘違いかと他を見れば一番確かな存在からの肯定の言葉が来る。

『合っている。使い手の違う式がごまんと見ていたよ。
 まあ、そもそも何を考えてここを覗いてい()かは知らんがね』

尤も付け足すような“知らない”という発言は、しかし笑うような声色から、
言外には推測は出来ているというように聞こえて知らず周囲は顔が引きつった。
この仮面に後ろめたい事を知られるのは死刑宣告に等しく思えたのだ。
だから、本当に一番問題にすべき発言を殆どの者が聞き流していた。

「あはは……そ、そういえばどうしてガレスト側に一族のことが?
 日本政府関係者ならともかく、一般には完全に秘匿されてるのに……」

トモエも苦笑を浮かべながらもそもそもの疑問を口にする。
日本において政府と一族自身の力で二重に隠蔽されている存在が
異世界人に露見しているのは彼女には少し不思議な話に思えた。
しかし仮面はその白い面を左右に振ってその考えを否定する。

『いや、そこは不思議でもなんでもない。考えてもみろ。
 ガレストは45年前からこちらを調査しているし諜報合戦というのは
 どんな条約を結びあった同盟国同士でも暗黙の了解としてやっている事だ。
 そこにガレストだけ参加していないわけがあるか』

「あ」

それらのどこかの過程で一族の情報を仕入れて知っていたのだろう。
ガレストは世界そのものが一国といってもいい形になっており地球よりは
格段に市民や為政者たちの意識がまとまっている世界ではあるものの
俗な権力闘争や領地同士の諍い、交渉、政争と無縁なわけではない。
彼らの存在が45年前の調査開始から自分達から接触するまでの数年間、
まるで気付かれなかったのも、その後うまく自分達を世の中に隠しながら
交渉や取引ができていたのも、そういった事で培っていた人員やノウハウが
しっかりあったからこそだともいえる。

「知られているわけがない、っていう思い込みで目が曇ってたわ。
 あの世界は30年以上前に思惑が違う地球の各国とほぼ同時に交渉して
 それをまとめ上げた……その外交手腕や諜報力かお粗末なわけがないわよね」

指摘されると納得な理由に頷きながらもトモエは純粋に悔しがった。
同じ情報を持っていたのに気付けなかった事を修行不足と感じているのだ。

『ま、本当に公的な諜報機関なのか。
 それとも非合法な裏組織の暗躍なのかは……そちら次第かな?』

ちらりと視線を翁に向ければ意味を理解してか人の良い笑みが返る。

「非人道的な方法()を使ってでも必ずや全ての情報を吐かせると約束いたしましょう」

尤もそれで出てきた言葉に周囲は絶句するように固まってしまうのだが。

『おお、怖い、怖い……日下部殿、あなたも(ワル)ですねぇ』

「いえいえ、マスカレイド殿ほどではありませんよ」

唯一平然としている仮面と翁はまるで打ち合わせでもしていたかのように
お決まりの台詞を言い合って、背筋が凍るような不気味な笑い声を響かせ合う。

「なにそのお代官と越後屋みたいなノリ!?」

「爺さんが普通にこいつを上の立場(お代官)にしてるのにびっくりだよ!」

なんでそこで通じ合ってるのかと驚く両隣に、だが仮面は笑うだけ。
翁はその様子に一瞬だけ本当に好々爺とした顔を浮かべるがすぐに戻す。
唯一気付いた仮面は、だがそこには何も触れずに厳かに注意点を示した。

『……ただ、あくまでここまでの話は殆どあの女がいた組織の話。
 それ以外にも日本や外国の様々な組織が様々な目的で入り込んでる…
 と判断しておいた方がいいだろう。一番遠いガレストが混ざっていた以上は』

尤もその一瞬前までのふざけた態度が嘘のように変わっての語りには
若干少女達がついていけていないが慣れてしまった弟子たちは別である。
彼らもまた激しく突っ込んでおいてそれを冷静に聞いていた。

「…ある程度は当然にいる、ってわけか」

「考えてみれば、仮にもこの国に一つしかない上に代えがきかない組織だもの。
 存在を知っていれば誰でも最低限、監視ぐらいはしていたいわよね」

『まあ実際は監視どころではない連中が大津家に二種類も潜り込んでいたがな』

それを念頭に置いておかなくてはいけないと意識を一新しようとしていた
少年少女たちは、しかし続けて落とされたその爆弾発言に絶句する。
ただ仮面はその反応を知ってか知らずがその詳細を淡々と語りだす。

『片方は退魔一族の弱体化を狙っていたようだ。だから歴史はそこそこだが、
 人数は多い大津家を一族から離反させようと暗躍して、破門という形で成功した。
 これは絶対他家にも色々潜り込ませてそれぞれを誘導させたからだろうがな。
 で、もう一方がクトリアの事件を唆した。そっちはその一件を利用して完全に
 日本の退魔一族を一掃してしまう気だったようだ』

そちらは私達が潰したがね、と両隣を指し示しながら判明した経緯を
いくらか濁し、だがトモエらには分かる表現を使いながらも仮面は語った。

トモエとリョウ、ふたりの弟子を取ったあと。
指紋という重要な個人認証の存在を失念していた仮面は自らの痕跡の再調査で
大津家にも再度訪れたが『首輪』を付けた者達の一部が家から離れていたのに
気付いて、追跡と調査を行えば二種類のスパイがいた事が判明したのである。

弱体化を狙ったのは自国の退魔組織を傘下に持つ非公式の異国の組織。
彼等は減少した自分達の需要を他国に求め、ライバルの蹴落としを画策した。

一掃を狙ったのはそれとは別の国に本拠地を持つ非合法な裏組織。
かつて政府と繋がりがあったらしく他国の退魔組織の情報を持っていた。

前者は非公式でも“国”が動かしている組織だったゆえか。
マスカレイドの鶴の一声に─一組織では─逆らえずに即座に撤退し、
関係者を処罰することで国や組織全体を守ることを選んだ。

後者は仮面の基準において毒としても薬としても使えない(・・・・)、と判断され
構成員の末端に至るまで─主に精神的に─潰されて現在は全員が豚箱の中である。
そして双方のスパイを大津家の面々に突き出してその真相を明らかにした。

『その時の奴らの顔ったらなかったよ。あれだけ毛嫌いしてたくせに、
 実はずっとその異国の人間達の掌の上で踊らされてたんだから、くくくっ!』

その衝撃たるはいかほどか。
計画していた事を思えば唆されたとはいえ自業自得。
だがそれを完膚なきまでに潰され、首輪をつけられ、その真相を知らされた。
彼等の自尊心はもはや粉々になっているのであろう事は容易に想像できる。
とてもではないが仮面のように嘲笑うことは翁以外には出来なかった。

「………本当は、ざまぁ、とかいってやりたいんだけど」

「なんかこいつにそこまでやられたかと思うとなぁ」

あまりにも、哀れ。
憎々しい気持ちや怒りは当然ある。真相を知っても彼等を許す気はない。
一歩間違えば、否、マスカレイドがいなければ出ていた犠牲は百や千ではない。
そんな事を計画し実行したのだからこれも因果応報というものだろう。けれども
ここまで─結果的に─一方的に仮面に弄ばれてしまうと同情心もわいてしまう。
尤も単に、可哀想に、と思うだけの同情だが。

「ん、あれ、ちょっと待って。退魔一族の一掃が狙いってどういうこと?
 あの計画ってマッチポンプで自分達の地位をあげようって話じゃ無かった?」

しかしそこで仮面が告げていた言葉を思い返して彼女は首を傾げた。
彼等は呪詛による汚染で土地を汚し、多大な犠牲を出させたあとで
それを解決してみせることでガレスト技術によって奪われた地位を取り戻そうとした。
そこには一族そのものを追いやるような要素は一見すると無いように思える。が。

『奴らは所謂異世界交流で割を食った連中だった。だからガレストを、そして
 交流を積極的に推進した日本を逆恨みして、両方への復讐を画策したようだ。
 ……巴、あれが成功したら、奴らの思惑通りの展開になったと本気で思うか?』

そうなった時のことを考えてみろと言われて、トモエは即座にハッとなる。
そうだ。あまりにも彼等の目的は叶うわけがない、どころではなかった。

「え……あ、ダメだ……それじゃきっと最悪なことになる。
 政府に重宝されるより真犯人だと疑われたままでの強い監視下か。
 物理的か経済的にかで強制的に従わされる方が可能性としては高い」

彼等の計画はそれが外から見たらどう捉えられるかという点で杜撰だった。
否、この場合はそうなるように仕向けられていた、というべきであろう。
気付けなかった大津家のミスではあるが狙いがクトリアなのがまず間違いだ。
何らかの悪神か怪物がかつていた、あるいは眠っているとでもいう伝説が
ある場所ならばまだ違っていたのだが異世界科学で近年に作られたクトリアでは
自然にそこまでの霊的災害は起こらない。半分はトモエが浄化しなければならない
程に澱む場所もあるがそれで影響を受けるのはせいぜい人の精神ぐらいである。
それも不快感を覚えるか負の感情が出やすくなる程度のことであろう。
呪詛汚染を起こすほどになるのは果たしていったい何百年後か。

つまりクトリアで霊的な災害が発生すればその時点で“誰かが意図的にやった”
のは明白。その後タイミングよく過去に協力関係があったとはいえ起きた災害と
同じ分野の力と知識を持つ集団がやってくれば余程の間抜けでもなければ
自作自演という言葉を思い浮かべるだろう。無論それでも対処しないわけにも
いかないため“使う”だろうがそれが退魔一族を好意的に受け入れる代物では
ないのは明らかだ。さらに。

「ううん、それだけで済めばいい方。
 もしそっちにもスパイがいて対処を誘導されたら。
 危険な思想と危険な力を持っている集団として物理的に、
 そして秘密裏に排除されていたかも……」

そんな可能性に思い至って、さすがにトモエも顔を青くしている。
退魔一族全体が“暗殺”されていたとしても不思議ではないのだから。
関係が絶えていたとはいえ彼らの殆どは元々の所在地を変えてはいない。
つまり居場所は知られているのだ。政府が本腰を入れれば適当な理由で
そこから一般人を動かして誰にも見られず掃除(・・)するのは難しくない。
人避けの結界も果たしてガレスト科学の無人兵器(ガードロボ)に通じるか。

『概ねそんな所だろう。
 これの怖い所は唆す以上のお膳立てがあんまり必要ない所だ。
 余程の天運がなければ殆ど悪い結果が出る状況になっている。
 だからあのお坊ちゃんに言ったんだ、世間知らず、ってな』

あの時点ではスパイの存在を知らなかった仮面だが、その要素がなくても
破滅を呼び込む可能性の高い方法であることは想像がついていたのである。
成功する未来だけを夢見て、それ以外の最も高い可能性を露と考えなかった。
あるいはそれ以前に、まず誰が疑われるのか、も考えてすらいない稚拙さ。
それだけ煽って唆した者達の言葉が巧みだったのかもしれないが、なまじ
魔の闇を知るだけに彼らは人の世界の闇を甘く見過ぎていたのだ。

「い、いや、ちょっと考え過ぎじゃねえか?
 霊力とかじゃないと排除できない類の怪異もいるんだし、
 政府の監視下に置かれるかもしれないけど、さすがにそこまでは……」

監視。強制。排除。物騒な単語の羅列に行き過ぎな心配ではないかと
そう願うように問いかけるリョウに仮面は静かに首を振る。そこまで
世界は優しくないとでもいうかのように。

『果たして今の政府にそれをちゃんと理解している連中がどれだけいるか。
 ガレストの武器でどうにかなると思い込んでる連中は多いだろう』

「それ、は……」

どちらにも思い当たる節があった彼は言葉に詰まった。
自分自身が一族の血や力を継いでいても知識面で皆無に等しいレベル。
また世間にはガレスト科学を万能視するような空気がある。実際確かに
地球から見ればその技術は高度であり、出来ることの幅は遙かに広い。
今の政治家や役人達の年代を考えれば極秘裏に異世界交流を始めた後の世代。
それはその有能さと利便性に浸り過ぎてしまっている世代であるともいえた。
だが彼等はガレストが異世界交流をしなければならなかった理由を忘れている。
自らの世界の問題を自らで解決できなかったからこそ、だということを。

『そいつらからすれば退魔一族なんて厄介なカルト集団にしか映るまい。
 知られていない分、乱暴に排除しても誰も文句を言わない辺りは都合が良いがな』

なんて簡単に大義名分が手に入り、なんて世間体を気にせず滅ぼせる組織なのか。
ああ怖いと嘯く仮面の声に誰も否定ができない。この国の政府はそこまで過激
ではないとは思うが所詮は政治に携わった事のない子供達。自分達が知るその姿は
どこまで真実に迫っているのかは誰にも分からない。

「────耳が痛い上に恐ろしい話ですが、その件でも感謝しないといけませんね」

あったかもしれなかったもしもに気付いて言葉がないトモエたちを余所に、
自ら襖をあけて広間に足を踏み入れてきた彼女はそんな言葉を響かせた。
そこにこもっている感情は自戒か恐れか感謝か、それとも。

「ミコトさま」

『…立ち聞きするぐらいならもっと早く戻ってこい。
 こいつらを夜が明ける前に帰らせたいのに気付けば長話だ』

「失礼、声だけを拾っていただけですので、どうかご容赦を。
 手配は終わらせてきましたが、待たせてごめんねリョウくん、巴ちゃん」

仮面としては珍しい直接的な文句に彼女は頭を下げながら、続けて諸々の
手配を終えるのに少し手間取ったと謝罪する。そしてトモエ達の前に、─
上座ではなく─同じ場所に腰を下ろした彼女は深く頭を下げた。

「巴ちゃん、リョウくん、マスカレイド殿。今回の道真くんの一件、そして
 破門したとはいえ大津家の暴走も含めて一族の代表者としてお詫びします。
 まことに申し訳ありません……またどちらも死者を出す事なくおさめてくださり
 本当に感謝いたします」

「い、いえそんな……」

昔から世話になっていた相手の、もはや土下座にさえ近い姿勢を
見せられて彼女は遠慮がちな態度を見せたが、仮面の眼光は鋭さを増している。
それに気付いているのか否か。ゆっくりと頭を上げた彼女は嘆くように続けた。

「我が一族はそれまでの貢献と輝獣以外の怪異への備えを考えた幾人かに
 よって放置という形にされた事で生き残れましたが、多くの者達は
 それをよく理解しておらず、また自分達の力を過信し続けています」

だからこそこんなことが起こってしまっていると嘆息するミコト。
疲れきっているかのようなそれに、しかし即座に返ったのは刺々しい声。

『まるで他人事だな、お前がトップにいる組織の話だろうに』

「これは手厳しい。まさに私の不徳の致すところです。
 意識改革するには、何もかもが足りませんでした」

『百年以上生きた者の言葉とは思えぬな……その年数は飾りか?』

怒気混じりの嘲り。正体不明ながらも不思議と感情はよく伝わる声が
年齢だけを考えれば老婆を労わる事もせずに責め立てている。これに
怯えたのは三人の少女達だが、驚いているのは両隣の少年少女だ。
何か、態度がおかしい。

「ちょっ、ちょっと! あんたさっきから妙にケンカ腰過ぎるわよ!
 言いたい事はわかるけど、もっとこう普通に対応できないわけ!?」

トモエ(おまえ)がいうなって気もするが、落ち着けって。なに不機嫌になってんだよ?」

トモエは声こそ完全に叱るそれだが青瞳に宿るのは気遣いの色。
リョウも軽く茶化しながらも仮面が見せた嫌悪感に肩を竦めてみせた。
『大丈夫なの?』『大丈夫だよ』似ているようで違う言外の言葉。
やはりどこかで疲労がたまっているのではないか。
自分達を庇うためにまた敵意を引き付けたいのではないか。
そんなそれぞれの推測を表情から敏感に読み取った仮面は溜め息だ。

『…眩しすぎて胸が痛い』

「ほえ?」

「は?」

だがそれは呆れではなく罪悪感(・・・)のための、だが。
よく聞こえない呟きに首を傾げる両隣に仮面は誤魔化しながら続けた。

『わかったと言ったのだ。
 ……土御門殿、謝罪と感謝は受け取ろう。それについての賠償や
 迷惑料等の話は後日にするとして………もう疑問はないか?」

平坦な声で流しつつも─それでもいうべき事は告げているが─最後に
そこから打って変わったように柔らかな声色をトモエに投げかけていた。

「え、ま、まあだいだいの所は……」

『なら、あとはそちらの疑問を解消してこい』

そういって輪郭がよく見えないゆえか腕を大きく動かして三人の少女を指す。
一瞬びくりと彼女らは震えたがトモエの視線があるのも理解してか背筋を正す。

『理由のすべてを聞いて、そのうえでお前が決めろ。
 許すか、許さないのか。友人関係をやめるのか続けるのか』

意図的に思考から除外していたそれらを仮面は淡々と叩き付けた。
そこにはカレの逃げるのだけは許さないという言葉が聞こえるかのよう。
だからか僅かにそれへの返事には覇気が無かった。が。

「う、うん」

『あるいは怒るのか、殴るのか、蹴るのか』

「ん?」

『それとも罵倒か、呪殺か、斬殺か、コンクリか、社会的抹殺か』

「あ、あんた! あたしをなんだと思っているのよ!?」

続けられた物騒な単語の羅列に誰がそんなことをするかと少女は吠えた。
じつにいつもの彼女らしい調子で。

『くくっ、冗談だ───じっくり話してくればいいさ』

それをこれまたいつもの意地の悪い笑い声で受ける。
同時にその黒い手を彼女の頭にふわりと乗せて優しく撫でた。
普段ならトモエは気恥ずかしさから逃げただろうが今はされるがまま。
どうしてか今は羞恥心よりもその心地よさと温もりが欲しかった。

「あんたは……色々と知ってそうね」

それでもその感情から逃れられたわけでもないから頬が赤い。
誤魔化すためかソコにあまり興味がなさそうな態度の仮面にそう問いかける。

『推測しているだけだ。三割ぐらいは私が原因だろう……いや五割か?』

「なにをやったのよ?」

『聞けばわかるぞ?』

胡乱げな問いは、しかし結局そこに戻らされてトモエは唸る。
その程度の時間稼ぎなど通じないと黒の魔貌の奥で誰かが笑っているかのよう。

「はぁ、三人ともとりあえず場所変えましょ。フォスタとかも返してほしいし」

それに降参だと溜め息をついて言い訳っぽい言葉と共に腰をあげる。
頭を撫でていた手は彼女が立ち上がる気配を感じて素直に引き下がっていた。
一方少女達はどうすべきかと目で主人に問えば頷きが返ったので同じように
立ち上がって廊下に続く襖をあけた。

「あ、巴ちゃんはちょっと待ってくれる?」

「え、はい、なんでしょうか?」

「少しの間、カムナギを貸してくれないかしら。
 あの魔剣と切り結んで損傷や影響が無かったのか調べたいのよ」

「え?」

にこにことした人の好さそうな笑みでの善意の言葉に、されど彼女は固まった。
ミコトを信用していないわけではないがカムナギはかなり貴重な霊刀である。
贔屓無しで一族が保有している同系統の武具の中で上位に位置するものだ。
ナニカ、されないかという不安が漠然とわいてしまって即答できなかった。
何より心情的にこの敵地に近い場所で一番の武器を他者に預けたくは無い。
しかしながらミコトのいう損傷の有無は気になる。刀としては無いように
見えるが細かい所までは分からない。通常の手入れの知識はあっても
彼女は自分が本職ではないと自覚しているしその中身もまた扱いが難しい。
悪神邪神を断つ破邪の力や宿った霊力の事となると丁寧に調べる必要がある。
マスカレイドによって冗談のような形で消滅させられたが重ねた歴史でいえば
カムナギより長いモノを持っていた魔剣である。悪影響が無いとは言い切れない。
そしてその確認や調整をするのに目の前の女性以上の適任者はいない。
少なくとも彼女以上の術者をトモエは知らない。

「えっと……」

その葛藤が、どうしよう、とでもいうかのように仮面に視線を注ぐ。
するとカレはただ黙ってその認識しづらい黒い腕を彼女に伸ばした。
一瞬きょとんとした顔をしたトモエだがすぐに、ああ、と頷く。

「じゃあお願いね!」

そして悩む素振りすらなく鞘に納めたままのカムナギを呼び出すと
そのまま仮面に渡して少女らが待つ廊下に続く開いた襖の前へ向かってしまう。

「あら」
「ほう」

老人たちはその様子に本気の驚きと感心めいた声をもらす。
小さな吐息に近いそれに気付いたのはせいぜい仮面ぐらいであろう。
むしろカレの方もこれには少々驚いたのか刀を受け取った姿勢で暫く
固まってしまっていた。

「クッ、アハハハハッ!
 お前は本当にすごいよ……なあ、オレのフォスタも返してくれ!」

何がそんなにおかしいのか。
リョウは仮面の肩─らしき部位─を叩きながら立ち上がって幼馴染に続いた。
顔にある笑みは軽薄だが目にある意志は真剣なそれで仮面は静かに頷く。
そちらには自分が行く、という無言のメッセージをカレは受け取った。
尤も誰にも見えてないその顔にあるのは渋面であったが。

『察しが良過ぎるというべきか信用され過ぎているというべきか』

「ふふん、利用しろっていったのはあんたでしょ?」

聞かせるつもりは無かった呟きはしかし聞こえていたらしく、
広間と廊下の境目に立った少女はしてやったりな顔で笑みを見せていた。

『確かに』

これはうまいこと利用された(してやられた)とカレは無顔の奥で満足げに笑う。
だが見えてないその一瞬の気抜けを狙ったかのように彼女は釘を刺す。

「あんまりおじいちゃんおばあちゃんを苛めちゃダメよ?」

『……善処しよう』

「出た、正直者」

『ほっとけ』

少し間を置いてのお得意の表現と拗ね方に、おかしそうに笑った彼女は何も
気にすることなどないかのように軽い足取りで少女達と共に広間を去った。

「驚きました。
 あの子があんなに簡単にカムナギを渡すなんて……余程好かれているようで」

彼女らの遠ざかっていく気配を確認してからの、からかいのような言葉。
だがそれに返る声も視線もなく仮面はただ周囲を見回して、一言。

『……いま去ればここまでの(・・・・・)覗き見は見逃してやろう』

「っ!」

先程までのトモエとの会話の面影が全く感じられない温度のない声。
それによる居丈高な言葉は一瞬でそれまでの空気をかき消してしまう。
広間からはそれに伴うものか僅かな物音をたてて何かの気配がいくらか消えた。

『……三割ほどか。七割は愚か者か好奇心に負けたか。
 どうやら猫になりたいらしい……残れば見逃さないと私は言ったぞ?』

「ま、待たれよ!」

抑揚のない声での、されど不穏当な言葉に翁が声をあげるが時既に遅し。
仮面の手から鍔を弾くように抜かれたカムナギが空間を一閃する。
老人達の視え過ぎる眼は瞬間、広間を塗り潰すかのような漆黒を幻視した。
汗が頬を伝う。そのまま無言で納刀された途端にあちこちから響く破裂音。
気配を探るまでもなく、覗き見の()が全滅させられたのだと察する。

「………何をなさったか正確に伺ってもよろしいか?」

しかし翁も笑顔のまま沈黙するミコトも“それだけ”ではないと感じていた。

『眼を斬った……術者とその周囲にいた者達はしばらく何も視えまい』

「それ、は…霊視も含めて、でしょうか?」

『安静にしていれば長くともせいぜい3か月程度の話だ』

つまり通常の視力も霊視もそれだけの期間失ってしまうと淡々と語る。
それは只人が光を失うこと以上の問題がある。いわば腕を失った職人。
泳ぎを忘れた魚。期間限定とはいえ一番の強みと特徴を無くすは死に等しい。

「はったり、と全く思えない辺りが怖いですね、あなたは」

コレ、ならばそれぐらいできると思わせられる気配と存在の圧力。
何より先程までと違ってその行為で意地の悪い笑い声をあげることも
嗜虐的行為に悦に浸るような雰囲気すら皆無で仮面のそれは機械が
自らの行った行為を単に説明しているだけのような空気があった。
とかく先程までは確かにあった感情が全く無い。

「ですが、これであなたに手を出す愚行をより理解するでしょう。
 当然あなたの弟子である巴ちゃんやリョウくんにも……」

そういう意図があったのでしょうとミコトは笑いながら断定的に問う。
魔剣を滅し、宗主と戯れに張り合い、このような“力”を簡単に振るう。
そんな存在の庇護下にある者達に手を出すなど余程の自殺志願者か
愚か者だけであろう。後者がいそうなのが一族の残念な所だが、
それでも極まった者以外はおとなしくなるであろう。

「しかもお主は二人の懇願で二度矛を収めた。あの二人が進言できる
 立場にあると印象付けることで余計に手出しされ難くしたのじゃろう?
 まあ、あの様子なら普段からああいうやり取りをしているようじゃが」

いざという時のストッパーと見せた事による抑止、よりも
翁はその仲の良さを察せられた雰囲気に本当に好々爺として笑う。
若干冷や汗をかいているのは今の所業のせいであろうが。

「本当にありがとうございます。昔から私達も努力していたのですが
 如何せん宗主自らが特別扱いすれば逆効果になるだろうと表立って
 庇うこともできずに今日まで来てしまいましたので」

そういって彼女もまた嬉しそうに笑いながらも感謝に頭を下げる。
しかし仮面が向ける視線からは声と共に温度は疾うに消えていた。

『閉ざして隠せ、(ジャッジ)

「ぇ、っ!?」

意味の分からぬ異国の言葉に老人らが困惑した時にはもう彼らは檻の中。
視界が一変し闇一色といってもいい『黒』に囲まれた空間に囲まれていた。
見上げても左右も、背後も正面も黒。()も塗り替えられたように真っ黒。
まるで内側が黒塗りの巨大な箱にでも閉じ込められたかと錯覚しそうな光景。
変わらず色を放つ自分達とここでも存在感のある人型の黒靄の方が異常に思える程。
その三人の位置と距離は変わってないが外部の音も光も届かない、感じられない。
されどどうした事か気配そのものは変わらず感じられている。少し離れた部屋に
いる子供達のそれとの位置関係が全く変わっていない。場所を移動した訳でも
空間を完全に閉ざした訳でもないと老人達は困惑しつつも瞬間的に察していた。
そこへ抑揚のない、されど逃げる事は許さない圧迫感のある声が届く。

『努力した、ねぇ……さぞ大変な事だったのだろうな。
 害意にさらされていた幼子に優しい声をかけるという行為は』


───そうやってあの子達の信用を容易く買い取ったか


言外のそれを叩き付けるように無感情の視線がミコトを射抜いた。
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