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帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

修学旅行編 第一章「彼の旅はこうなる」

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04-77 その一手の(ひどい)使い方

毎日とか週一とかで更新できてる人たちマジで尊敬する……


「あ、あんた、いったいいつから!?」

突然ともいえる仮面(カレ)の登場に問いに答えるより前に疑問が先に出た。
それを叱るでも指摘するでもなく仮面は首を振る。正確には白い面が左右に
動いているのでそうなのだろうな、という推測だが。

『その質問は正確ではない』

「……どゆこと?」

『いつから、ではなく、どこから、と聞くべきだ』

「え?」

「は?」

一瞬トモエもリョウもそれはどう違うのかと訝しんだが、
マスカレイドの次の一言によってその意味を理解した。否、できてしまった。

『悪いが私は夜中に女性を一人で帰らせるほど不作法ではないぞ』

「まさかっ!?」

「い、いたのかお前!?」

旅館でシンイチと別れた状況を思い出したふたりは愕然とした。
それならば何時(いつ)ではなく何処(どこ)と聞くべきという言葉の意味が解る。
仮面が来たのはここにふたりが連れて来られた後のことではないのだから。

『ああ、ずっといたよ。
 エレベーターから屋敷の中までずっと。
 本当に気持ちよさそうに寝ていたな、ふたりとも』

「「ひぃぃっっ!!!」」

全く目が笑っていない三日月笑顔が無貌の奥に見えた気がして悲鳴が出た。
もはや失態を隠す隠さないの話ではない。全て間近で目撃されていたのである。

『しかし、不意打ちだったとはいえあんな程度の低い術にあっさりと
 掛かってさらわれていくお前達を見ている時ほど切ないものは無かったな』

老若男女判別不明の声が、されど悲しげな色を持って紡がれる。
二人はその額に流す汗の種類を疲労から焦燥のそれに一瞬で変えていた。
彼らの中に「なぜそこで助けない」等の文句はそもそも浮かんでいない。
自分達の失態だから、という事ではなく彼らの意識は別の事に向いていた。

『きっと私の鍛え方が足りなかったのだろう。
 明日、いやもう今日か……無事に朝食を食べられるといいな』

「やっぱりぃぃっ!!」

「うわああぁぁっ!?!?」

二人だけの阿鼻叫喚。ガタガタと震えながら顔面を青くする両名。
それはつい先程の業火に襲われた時などより余程恐怖に慄いていた。

『ほらほら落ち着け、術が乱れてきてるぞ。あとちょっとはもたせろ』

それを楽しげな声色で見守りながらも注意をする。その背後では道真が
何やら相手にされないことで激昂して仮面を狙って魔刃を乱れ撃っているが
触れるどころか近付いただけでまるで怯えたように邪気の刃が霧散していく。
周囲はその異常さと黒靄の異形という存在そのもの。そしてそれにどこか
親しみを感じさせる怯えっぷりを見せるトモエらの様子にただただ戸惑って
固まってしまっていた。

『───で、話は戻るが、この一手(ワタシ)は必要か?』

それらを相手にする気も説明する気もないのか仮面は二人だけに声を向ける。
再度問われたその言葉にふたりは一瞬視線を交差させるがそこには戸惑いが多い。
即決ができない彼らを促すように─追いつめるように─彼は続けた。

『お前らだけならもう手詰まり、ジリ貧だ。だがそこに私がいれば?
 好きにしていいぞ、使い方が間違ってなければ明日は手加減してやろう』

「マジか!? え?」

「仏も神様もいたのね! ん?」

手加減。
そのフレーズに希望を見出した二人は、しかし一転して訝しげな顔をした。
普通に考えれば仮面にあの魔剣を奪い取ってもらうだけで済む話だ。そこに
“間違えなければ”などという不穏な但し書きが添えられていなければ。

「……まさかまだ何か問題があるのか?」

「この言い方絶対ある!」

確信を抱いて道真を注視する。分かる問題点は術を行使しているために
自分達が動けない点とそのために他の者も近づけない状況になっている所。
また遠距離攻撃もその余波や魔刃で防がれてしまっている。あれでは
例えそれを掻い潜って攻撃出来ても大元の魔剣の邪気で弾かれてしまう。
だが、もしそれ以上の問題点があるとすればそれは。

「なあ、オレの目が確かならあの魔剣、なんか手と……」

「うそっ、もう癒着してる?」

その呟きのような声に周囲は騒然とするが同時にそこに視線が集まる。
魔剣を握る右手。そこにはまるで植物の根のような筋が張り巡らされていた。
そしてその掌に柄が半ば以上沈み込んで一体化している。強力な破邪の力の
中でも解けないその融合はもはや術でどうにかできる段階ではなかった。

『さあ、私という一手をどう使う?』

その最大の問題点に気付いたのを察してか。
楽しそうな声色で、されどどこまでも冷酷にその選択を強いてくる。
信じられないと半ば呆然と、半ば怯えるように二対の視線が仮面を見る。

最適解そのものは、単純だ。

根は確かに張られている。だがせいぜい右腕の半ばまで。
ならばその浸食されてしまった部位を切り落としてしまえばいい。
その考えにリョウとトモエは同時に辿り着いて大きく息を呑んだ。

「おい、さすがにそれはっ!」

「………………」

だからリョウは叫び、トモエは絶句してしまう。
彼らの道真自身への感情は哀れむもの以外は無い。助けようとしているのは
単にそれが一番後腐れが無く、一族全体と対立しない可能性が高いからだ。
腕を切り落とす事そのものは本人や津守家には恨まれるかもしれないが、
ここまでの状況からトモエらに一族として責任を追及する話にはなりにくい。
何せ自分達の宗主の屋敷に不法侵入して明らかに外に出してはいけない魔剣を
無許可で取り出して勝手に使った挙句がこれなのだから道真の自業自得。
むしろこれは津守家の責任問題に発展するであろう程の彼ら側の失態だ。

とはいえ。

二人は自分達の不手際や失敗が直接的な原因だとも頭の片隅で自覚していた。
油断して抵抗もできないまま術にかかって意識を失い、簡単にさらわれた上に
うまく立ち回ろうとして結果事態終結を引き延ばし、相手の暴走を許した。
今の事態はそんないくつかのミスが積み重なったがゆえの代物だと。
その最終的な後始末をここに来て仮面(カレ)だけに押し付けるのか。
それも腕を切り落とすという一生残る傷を負わせる行為を。二人の胸中では
罪悪感などという言葉では足りない強い慙愧の念が渦巻いていた。

これが普通の腕ならばまだ良かったのだ。
しかるべき設備のある病院へすぐに連れていけば繋げることもガレストの
技術が入った現在の医学ならば不可能ではない。が、あれは魔に汚染された腕。
繋げてしまってはそも切り落とす意味がない。しかしもうそうするしかなく、
それが出来るだけの“力”を持つのはこの場ではもうこの一手(カレ)しかない。
そしてさらに残念なことに仮面は他の誰かと位置を入れ替わる事もできない。
霊力を本当にスズメの涙程度しか持たないカレはその点でのみ力不足だ。
ただその代わりあの破邪の光の中でもあの魔に対しても決して負けない。
それだけは聞くまでもないとトモエとリョウは肌で感じ取っている。

「───っ」

だからこそトモエは息が詰まった。開いた口から声が出ない。
愕然と見開かれた目は細かく震え、先程までと違う意味で顔を青くしている。
それしかもう方法が無いのに、それを頼むしかないというのに、トモエは
どうしてもそれをカレにだけは頼みたくなかったのだ。理由があっても
誰かを傷つける行為をカレに求めるのは他の誰かに頼む以上に残酷な
行為なのだとどうしてか彼女はそう感じてしまっていた。
今にも崩れ落ちそうな瞳を前にして仮面は「勘が良すぎるのも考えものだ」と
誰にも見えない顔を綻ばせていたが視線にはその微笑ましさは乗っていない。

「っ、答え……ます」

まるで急かすかのようなその鋭い目に彼女は唇を噛みながら頷く。
ここまで長引かせた以上、最終的な優先順位だけは間違えられない。
あの魔剣は絶対に世に放つわけにはいかないのだ。だから。

「あたしが、トモエ・サーフィナが頼みます。
 あなたにはあいつの腕をカムナギで斬り落としてほしい」

「くそっ!」

必死に声を震わせぬようにしていたがその声は怯えるようにしつつも
非情を頼むせめての詫びとばかりに彼女は自らの名の下に斬ってほしい、と。
自らの愛刀を使ってほしいと仮面に答えた。リョウも自らの不甲斐なさを
痛感しつつもそれしかないと悔しげに悪態をつく。

「…………ごめんなさい」

その影に隠れるようにトモエは消え入るような声で謝罪した。
失態を重ねたことか。こんな事を押し付けた事か。その両方か。
気落ちしたその顔に覇気はなく、まるで親に叱られた子供のよう。
それを仮面はどう受け取ったのかその口からは─────深い溜め息が漏れた。

『はぁぁっ……』

疲れたような、呆れたようなそれに彼等は自然と頬が引きつった。
これは彼が相手の無自覚な失態を追求する前の空気(それ)ではないか。
察してか加えて注がれる冷めた視線に二人は訳も分からず冷や汗が流れる。

『不正解だ馬鹿弟子ども……ヒントまで見せていたのにそれか、情けない』

「………え、間違い? えぇ!?」

「ヒ、ヒントってどこ!?」

覚悟を決めて、罪悪感と不甲斐なさに底辺まで気持ちを落としても、
それでもそれしかないと出した答えがまさかの誤答で彼らは理解が追い付かない。
その滑稽さとでもいおうか。あるいは慌てっぷりが面白かったのか。
仮面の次の言葉には楽しそうな色が混ざっていた。

『だが今にも泣き出しそうな顔でそれでも決断したのを評価して及第点はやろう』

自らの失態を自覚した上でその重い後処理を他者に押し付けなければならない。
それに痛みを感じ後悔できる事とそれでも逃げない点を仮面は美点と感じていた。
尤も二人からは一斉にそんな顔はしていないという叫びが出たが。

『くくっ、そういうことにしておこう』

ひとしきりそれを笑った仮面は再び振り返ると道真を見据えた。
彼女らの答えを誤答と言った以上は『正解』を見せてやるとばかりに。
とはいえ相変わらず続いている彼の喚きと攻撃は全く無視されたままだが。

「………叱らないの?」

その背中にもっと強くか陰湿に責められると考えていた両名は拍子抜け。
明朝鍛錬は厳しい事になるだろうが、いつもの淡々と何が悪かったかを
羅列するような言葉が出てこないのを訝しんでいた。

『あんな顔できるんだ。いわなくても分かっているのだろ?
 それをいちいち姑か小姑のように指摘してなんの意味がある。
 ああ、それでも何か言葉が欲しいというのなら───』

肩越しに視線─仮面─だけを向けて、穏やかな声でごく自然に語った。

『───お前ら、私が師であることを忘れてないか?』

「はい?」

「ううん?」

脈絡のない言葉に疑問符を浮かべる彼らに笑い声と共に仮面は続ける。

『頼り切りは困るが、私の弟子なら私を利用するぐらいには、な』

なってくれなくては困るとばかりに三日月が笑う。
でなければ勤まらないとも聞こえるそれに二人はただただ目を瞬かせる。
目から鱗というべき程に埒外にあったその選択肢ゆえか。それともこれからは
仮面(コレ)すら使う事を頭の片隅で考えなければならないのかという慄きか。
これは両方だな、と当たりを付けた仮面は唖然とする両名の様子に頬が緩む。

『まぁ、失敗も経験だ。考え無しと考え過ぎの境目を学ぶには一番いい。
 今なら私がフォローできるのだから、いくらでもしておけ』

「いや、そりゃそうだろうけどさ……なんかハードルがたけぇ」

「……いいの?」

困難に立ち向かうより仮面に頼る方がナニカ怖いとしり込みするリョウと
今も手間をかけている自分達がそこまで頼っていいのかと躊躇うトモエ。
されどどちらの感情も知るかと笑い飛ばすように闊達に仮面は語る。

『弟子と師匠の関係などそんなものだろう。なに、気にするな。
 だいたいの(・・・・・)悲劇は私の前では喜劇にしかならんよ────そうだろう?』

そして最後に─漸く─道真にその意識と声を本格的に向けて、嗤う。

『悲劇になり損ねた者よ』

迫る無数の魔刃が虚しく散っていく中で、仮面は気にした風もなく歩みを進める。

「なんだよっ! な、なんなんだよ!? おまっ」

『さて、いいかげん無駄な抵抗というのをやめてくれないかな?』

とはいえそれは弟子への問いかけや声掛けという優先すべきことが
終わったからやっているだけで相手をする気はほぼほぼ皆無だ。だからか。
発言を無視して発せられた声は一転して冷めた、面倒くさそうな色を明確にしている。
道真はナニカを喚きながらさらに幾度も─先程からずっと─剣を振り回す。

「私を誰だと思っている! バカにするな!!」

『例え結果無駄になってもそれはそれで面倒臭いというかうざったいんだ』

それも聞く気も答える気もない仮面は傍目には氷上を滑るように移動していた。
実際には多少早めに歩いているだけだがぼやけて見えるためにそう誤認させる。
黒靄の怪人ともいえる存在のそんな動きは気色が悪いのだが彼は怒りによって
正常ではないのか睨み付けながら殺意と邪気が混ざった斬撃を飛ばす。
しかしそれらは仮面の靄に触れる事さえ叶わずに空気の中で散った。
まるで近寄る事、存在する事が許されないといわんばかりに。

「っっ、くそっ! もっと力を出さないかこの駄剣が!!
 あんなふざけたヤツも切れないのか、このやくたたっ!」

『どうせ今まで誰の役にも立ったことがないんだろう?
 だったらせめて私の弟子達のために黙って助かってほしいね、役立たず君』

思い通りにならない苛立ちから憤る彼の発言を、先程からずっと無視しつつも
されど遮るように、奪うようにお前こそが役立たずだと告げる嘲笑が響く。
周囲の誰もが道真の血管が切れた音を聞いた気がした。

「わぁ、絶好調だな、あいつ」

「むしろいつにもまして刺々しい気がする…」

二名ばかりは苦笑を浮かべつつ、どこか遠い目をしていたが。

「きっ、さまあぁぁっっ!!!」

案の定激昂した彼は、気持ちは仮面へ突貫したかったのだろう。
だがトモエ達の霊力によって圧を加えられている肉体はその場から動かない。
必死に憤怒の形相で手足をばたつかせている姿はあまりに滑稽で、哀れで、
それ以上に不愉快さを仮面に与えていた。

『あー、やだやだ。届き(使え)もしないものに手を出してジタバタと。
 なにが力を寄越せだ。嫌なことを思い出させてくれるよ、まったく。
 欲しいなら鍛えろ、生まれ持った才能と家柄(チカラ)があるクセして贅沢な』

ひどく、無様で、みっともない、度し難い愚者(過去)が思い出される。
正確には片時も忘れていないので意識の表層に触れてくるといった方が正しいか。
それはまるで歪な鏡でも、見せられているかのような不快感だった。

『まったく、役立たずな上に怠け者とは……道化も行き過ぎれば笑えぬ。
 笑いを取れぬ(そんな)道化など、可哀想で余計に見てられないぞ?』

それゆえか。知らずのうちか。吐かれる言葉は常より少し毒々しい。
見られもしない道化など、笑い者より悲惨だと仮面が嗤う。
果たしてその魔貌に浮かぶ三日月を彼は見えているのか。

「っっ、殺すっ! 手足をバラバラに切り裂いて、怪異の餌にして!
 呪術の贄にして、むごたらしく殺してくれる! おら、もっと叫べ!
 もっと力を寄越せっ、この古臭いだけの駄剣が!!」

長き歴史を持つ強大な邪の力を持つ魔剣であろうと力を齎さないなら
壊れた道具と何が違うのかと調子を正せとばかりに彼は幾度も拳で叩く。
ここにきて弥生より続く人の邪念と血を吸い続けた魔剣は、利用しようと
した我が儘な小僧に罵倒される存在へと堕ちていた。さぞ屈辱的であろう。
それが道真の実力ならばまだ話は別であろうが原因は圧をかける破邪の力と
目の前の仮面であって彼の要素は皆無だ。道真はそうだとも知らずに
乗っかって偉そうに喚いているだけなのである。剣の意志らしきモノが
苛立っているのを仮面の眼は確かに認めていた。

『昔のテレビじゃあるまいし……ああ、気色が悪い』

そんな尊大さか傲慢さか自己中心的なあり方か。
それらを前に仮面はその目に剣呑な光が宿らせた。やはり歪んだ鏡を幻視する。
こちらをきちんと映さないくせに見たくないものばかり見せつけて嗤うのだ。

──お前もやっている事だろう

彼が良き人々と思う者達を見ている時には殆ど感じないその不快感。
されどこの男のような者達を見ていると感じるひどく冷めたその思考。

──知っているさ、所詮俺はそちら側のニンゲンだ


「ひっ!」

「う、そ…」

その雑念をおくびにも出さず、光の中に足を入れれば周囲から悲鳴。
もはや陰陽も人も魔も関係ないとばかりに輝く、破邪の力による圧。
青白い輝きを保っていても一族の者達には太陽そのものに感じさせるそれ。
知識の無いリョウと知識でしか危険と知らないトモエの認識はじつは甘い。
いまは仮面の登場で上書きされているが彼女達の力も非常識なそれであった。
そんな()の中に簡単に足を踏み入れ平然とする姿はさらに異常が過ぎる。
闇夜より濃い漆黒は太陽の圧など感じないとばかりに歩みを進めている。
動揺がないのは奇しくも(やはり)その太陽(破邪の力)を形成する二名のみという妙。
彼らの顔には等しく「だよね」と想像通りだという諦観の一言がある。

「くそっ、来るな! 寄るなっ!」

『そも、お前が欲しい力とはなんだ?
 莫大な霊力か。それを操る卓越した技術か。現代では失われた神代の知識か』

怯えたように、これまでと違った必死さで剣を振るう男の隣に誰かを幻視する。
途端口角が吊り上り、舌がさらに滑らかに動き出す自分に仮面は内心苦笑気味だ。

『誰もが逆らえぬ権力か。世を動かせる程の財力か。人を従わせる器か。
 ああ、それとも────いま振るっているあまりに脆弱な暴力か?』

鼻で笑う声と共に軽やかな足取りで仮面は魔剣の間合いに踏み込んだ。

「だ、黙れぇっ!!」

挑発による激情か。黒靄の異形への怯えか。雄叫びと共に彼は剣を突き立てる。
先の見えない闇のような靄の中に刺さった刃に口許を歪めた道真は、しかし。

『力というのは複数持って使う事で初めて意味が(・・・)ある。
 一つを極めるのもそれはそれでありだろうが、単一の力は実は脆い』

それを気にした様子も動揺も無いまま語り続けられ道真は漸くおかしさに気付く。
剣から何の手応えも感じないのだ。先端に何かが当たっているそれはあっても
突き刺さったどころか何かを裂いたような手応えさえ皆無。代わりに感じたのは
剣の重みが減ったような妙な感触。

『特に暴力は目の前で限定すれば即効性は一番だが単独での脆さもトップだ』

相手がそれに気付いたのが解ってか。くすりと嗤いながら仮面はさらに一歩進む。
彼が動けない以上自然と黒靄の中にさらに剣が差し込まれ、そしてまた重みが減る。
そしてより近づいたのにぼやける人型の靄と逆にはっきり見える仮面の歪さ。
ここにきて漸く自分がナニカ得体の知れないモノを相手にしていると
はっきり自覚した彼は思わず剣を持った手を引いて、愕然とした。

「えっ、な、なんでっ!?」

何も、無かった。
黒靄の中に入り込んでいた分の刃は跡形もなかった。
残った剣身の先端を見る限り折れたわけではないのは見て取れる。
それが余計に道真を混乱させ、腰を引かせたが生憎肉体そのものは下がれもしない。
不定形の断面と立ち上る湯気のような煙。まるで蝋燭でも持たされていたのかと
錯覚しそうな程にどろどろに溶けており、その先がどうなったかを皆に想像させた。
優れた霊刀であるカムナギと幾度も切り結んでも欠ける事さえなかった剣が、
コレに当たっただけで一方的に蒸発(・・)したのだと。

『なにせ他のどの力よりも同質上位の力には勝てないからな』

そしてそれを見越したようなその『答え』に誰もが本能で理解させられる。
コレは魔剣を上回る“魔”だ。こんな剣など玩具に過ぎない程の“闇”だ。
ただそこにいるだけでそう理解させる彼らの知らない“邪”であると。

『そう、こんな風に』

振り上げた黒い腕は殆どの者の眼には死神の鎌にさえ思えた。
突き出されたその鎌は溶けた先端から呑み込んでいくように魔剣を消していく。
物理的にも、霊的にも、そこに宿るあらゆる邪念も、力尽くに蹂躙して。
もはや怯えきった道真は剣を掴む手を下げることさえできなかった。
まるで熱した鉄板に落とした水滴のような音を立てながら剣が蒸発する。
誰の悲鳴も上がらない。周囲の誰もが制止の声をあげる事もできない。
彼等の脳裏には数秒後、黒靄に呑みこまれて消える道真が見えているのに。
尤も。

「そんなやり方、アリ?」

「ああ、ヒントってそういう……って解るか!」

弟子二名だけはその『答え』のあり得なさに。
そしてその先の正確な未来が読めて困惑と呆れが表情を占めていた。
乱発された魔刃が近寄る事もできずに消えていく光景がヒントといえば確かに
ヒントではあったがそれが剣そのものを消し去る程だと誰が想像できるのか。
また既に剣身全てを消し去っているその腕の狙い自体は読めていても、
慣れたつもりの彼らですらその達成方法は想定外であった。
なにせ。

『はい、握手!』

シェークハンド。
突然のそれと妙にわざとらしい明るい声に驚いたのは道真だけではないが
そんな周囲の反応など気にした風もなく、仮面は残りを掴む手を力強く握った。
途端。

「っ、あっ、ぎゃぁあああああぁぁぁぁぁっっっ!?!?!?」

これまでで一番の叫び声。
結界が無ければ京都中に響きかねない激痛からくるその大絶叫。
まるで内側から神経そのものを焼かれているような灼熱と衝撃に意識が飛び、
されど次から次へと来るそれらの前に強引に意識を戻される悪夢の循環。
逃げられない彼はただただ喉が潰れるような叫び声をあげるしかない。

「ごああああぁぁぁっっ……あっ、へ? ぁぁ…………はぁはぁはぁ、あぁ……」

そんな自らの右腕を切り落としてでも逃れたいと思った痛みが唐突に止む。
吐き出した酸素を取り返すように息を荒げながら何が起こったのかと
既に離された手を見ればもうそこに魔剣そのものも、その残滓も無かった。
最後に残った鍔も柄も握手という名の行為で握り消されて(・・・・)しまったのだ。

「浸食した魔を己が強大な魔でかき消す……のはいいとして、握手、握手って……」

「あはは、確かにこりゃ喜劇だ」

それを後方から確認して術を止めた二人だが、その顔にあるのは悲観さと苦笑い。
長年の歴史で積み重なった退魔の術の歴史。母から子に受け継がれたそれらでは
どうしようもなかった状況がそんな一手で解決されてしまったのは何か言いようのない
理不尽さを感じてトモエは怒ればいいのか嘆けばいいのか分からないまま震えている。
リョウもまたよりにもよって最後にそれを選ぶ仮面の色んな意味での性格の悪さを
再認識して引き攣った笑みが消えなかった。笑うしかなかったともいう。

「あ、がっ……くっ、きさ、ま…よく、も……」

されど。
まだ体を襲っているように錯覚する痛みか。
自身を皮肉にも守っていた魔剣が消失した反動か。
崩れ落ちた道真は恨みがましい目で仮面を見上げていた。
ただそれを向けられた方は─見えないが─薄らと笑みを浮かべるだけ。

『さて、続いてはお仕置きといこうか。多少はうちの弟子たちの対応も
 まずかったし、ある意味君も被害者といえるが根本的には君が悪い』

だから、とその肩を軽く叩くと仮面の奥でその眼を怪しく輝かせ──

『ちょっと怖い目にあってこようか』

──それまで完全に抑えていた禍々しい神気を気持ち(・・・)解放した。

「え?」

なんだ、と睨み返そうとした彼の視線の先。見える光景は変わってない。
そのはずなのに、空間が歪んで自らの足元がぐらついているような錯覚を感じた。

「なん、だ……ひっ!?」

間近にある顔無き魔貌。果ての無い暗黒の闇のようなその靄の身体。
本能的な、霊的な感覚が警鐘を鳴らす──これは人が見てはいけないモノだ。
直感に従って視線をずらすが、なぜかそこにもまた果てない闇が広がる。
馬鹿なと視線を頭ごと動かして外そうとしても彼の視界から仮面は消えない。

「な、なぜ……くそっ、消えろ! そこをどけ!」

その全てで赤黒い輝きを見せる眼がある。
覗きこめば覗き返してくる人ならざる者(・・・・・・)の眼が、
こちらにおいで、と手招きするように楽しげに笑う。哂う。嗤う。

「おい、やめろ…見るな、見るなよ!!」

それはどこを向いても、どう体を動かしても、どこからでもその眼は彼を見る。
視界を覆い尽くす白い仮面と深い黒に、輝く赤黒い星達。まるで底なしの闇へと
誘うようにその下で幾つもの三日月が一斉に嗤う。

「ぁ、ぁぁ……っ!?」

そして視界を覆う全ての闇から腕が伸びた───さあ、こっちにおいで。

「うわああああぁぁぁぁっ!!!???」

()から見れば肩を叩いた直後の悲鳴。
激痛の絶叫とは違う、魂から発せられたような悲鳴(それ)は道真の意識を摩耗させた。
そして一瞬で白目をむいて気絶した彼はそのままの姿勢で完全に地面に倒れ込んだ。

「若様!?」

黒装束達が一斉に駆け寄る中で興味を無くしたとばかりに
あっさりと下がった仮面はごく自然とトモエたちの所へ戻っていく。
ナニをしたかは正確には弟子二名はわかっていないものの“頭痛が痛い”と
ばかりに額を押さえている様子から、なにかやった、とは分かっているようだ。
その背後にいる彼女らも勘付いてか互いを抱きしめるように固まって震えている。
振り返らずにそれを察したトモエは苦笑しつつも仮面を溜め息まじりに迎えた。

「はぁ、色々いいたいことはあるけど、まずは……大丈夫なの?」

『問題ない。きちんと良くないモノだけ消してきた。跡形もない。
 仕置きの方も三日は悪夢を見続けて起きないだけだ。四日目には無事起きる』

その後どんなトラウマになるかは知ったことではないがな。
と、くくくっと人の悪い笑みを浮かべる仮面に本当に頭痛を感じるトモエだ。
だって()はまたこういうことばかり察しが悪い。

「うん、あんたがそういう奴だって解ってて聞いたあたしが馬鹿だったわ」

『うむ?』

どういうことだと首を傾げかけた仮面は、されどトモエがにっこりと
ほほ笑みながらも額に青筋を浮かべている姿を見て、僅かにたじろぐ。

「あたしはね………あんたが大丈夫かって聞いたのよ!!
 いくら力で勝っていてもあんなことして消耗が無い訳ないでしょ!?」

そして表情や声を一転させて怒鳴りつけてきたそれに思わず目を泳がせた。
あれはトモエがやった相剋の五芒星による弱体化とは似て非なる現象だ。
同質の力をぶつけるという点では酷似していても彼女のそれが属性反転に
よる弱体化を狙ったものなら仮面のはその圧倒的な力の差によるかき消しだ。
以前、仮面が自分に放たれた呪いを“洪水に水鉄砲だ”と評したのと似ている。
同じ存在でもそこまでの差があると触れ合うだけで弱い方が一方的に負けるのだ。
魔剣が蒸発していた事からどれだけ圧倒的な差であったかは明確だが、
取り込んだのでも反射でもなく“消した”以上、いくらか疲弊は生まれる。
少なくともトモエはそう推測しており、間違って“は”いなかった。

『た、確かに疲労はしているが、たいしたものでは……』

「本当に傷とかついてないわけ?
 見せっ、るのは無理だから……せめて触らせなさい!」

『え、お、おい、ちょっとっ!』

確かめなくては信用できぬと黒靄の怪人を気にした風もなくぺたぺたと触る。
突き立てられたようだった胸元や呑み込んでいった掌などを中心に念入りに。
驚いた仮面もそれで済むのならと好きにさせている。ただその向こうからの視線が
少々騒がしいのには溜め息が出た。少女達はトモエのある種怖い物知らずな
行動に目が点となっており、リョウは逆にニヤニヤとした表情を浮かべている。
前者はともかく後者のそれには礫でもぶつけてやりたい気分になる仮面だ。
そこへ──


「あらあら、巴ちゃんたら人前で大胆ねぇ」


──突然若い女の声が響いて、仮面以外がぎょっとして固まる。
一斉に声のした方向に視線が集中し、その姿を見た誰かがその名を呟く。

「……ミコト、さま」
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