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帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

修学旅行編 第一章「彼の旅はこうなる」

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04-76 魔を退ける者、と夜

やっぱ短くちょっとずつって苦手かもしれんな、結局こうなるし……



もし、その光景を外から一般人が見る事が出来れば我が目を疑っただろう。
歴史ある日本家屋が一瞬で夜より濃い“暗黒”の炎に覆われたのだから。
そして───それを青白い輝きが弾いていたのだから。







大地を燃やし、庭岩を溶かして、疾風のように迫る獄炎。
傍から見ていれば庭園にいた者達は一瞬で飲み込まれたようにも見えた。
だがじつは炎に反応できなかった者などこの場には一人もいなかった。
誰もが炎の成した結果を見る前からそのおぞましい気配に鳥肌を立てていた。
黒装束らは倒された仲間達を背負って即座に炎の射線上から退避する。
リョウとトモエも同じく離れようとして、愕然とした顔で背後を見た。
反応は出来ても満足に回避も防御も出来ない存在がいる事に気付いたからだ。
この場で唯一室内にいて逃げ場がなく、独力での対応ができない子達。
結界は張ってある。式鬼もいた。バリアもあった。されど直感的に
トモエもリョウも“あれは紙の盾だ”と各々が気付いて救助に動く。
少女達は三人が三人ともそれに首を振ったが二人とも聞く気はない。

「お願い!」

不慣れゆえ飛行というより跳ぶようにして彼女らの下に向かうトモエ。
入れ替わるように前に出たのは少女らを警護していた二体の式鬼。
命無き鬼の面は炎の奔流に体当たりしてその身を一瞬の盾とした。
そしてその一瞬があればリョウのステータスは、トモエの外骨格は、
少女達の場所に彼らを届けてくれる。

「ともっ!」
「黙ってっ、舌噛むわよ!」

有無を言わせずトモエが二人、リョウが一人を抱えて、共に跳び上がった。
もはや屋敷の損傷を考慮している事態ではないと天井をぶち破って屋根に出る。
勢いそのままに自分達が開けた穴から彼らは同じ方向に距離を取って着地した。
屋根瓦を幾枚も踏み抜いた音が響くが穴から続くと思われた炎が来ない。
それどころか室内に押し入った業火の気配や光を下から全く感じられない。
なぜ、という一瞬の困惑が彼らの状況把握を遅らせた。そしてその刹那の後。
背中に氷塊が滑り落ちたかのような震えが走る。

「っ、うそ!?」

霊的な直感に従って上を向いた時にはもう手遅れだった。
黒い獄炎の塊が彼らに向かって隕石のように落ちてくる。
間近に迫っているそれはもう壁といっても差支えが無い程に圧倒的。
その上にあの剛腕の怪物が乗っているのが視えて読まれていたと歯噛みする。
せめてと生身の友人たちを庇うようにトモエは覆いかぶさり、その一瞬で
張れるだけの結界を張って黒い業火の衝撃に身を震わせながら備えた。

「…………………あれ?」

だが、しかし。
困惑は来るはずのそれが来なかった事が最初。
次に覚えた違和感は腕の中にいるのが少女らだけだったこと。
一人いない。その事実を認識したのとその雄叫びはほぼ同時。

「くっ、う、おおおおぉぉっっ!!!」

「リョウ!?」

振り返れば自身を盾とするかのように炎と対峙する幼馴染の背中。
落ちてくる業火の隕石に両手を突き上げるようにしながらただ我武者羅に
全身から霊力を放出してその熱を、重さを、邪気を弾くように受け止めている。
落ち着いて周囲を見れば彼の霊力は自分達を包むようにして守っていた。
しかしその青白くも強烈な光は押し潰さんと迫る黒炎を弾いてはいたが
徐々に押し込まれているのも目に見えた。

「ダメっ、やめなさい!
 いくら霊力が莫大でもあんたはそれを使う鍛錬をしてないのよ!」

その無茶に思わずトモエは叫んでいた。
これまでは彼が現時点で持つ霊力の蛇口の許容範囲だったから問題は無かった。
しかしリョウはいま自分達を燃やし潰さんとする業火を止めるためにその
蛇口を壊しかねないほどの水量(霊力)を一気に全身から解放させていた。

「うっせー! 盾役はオレだっていってんだろ!
 ここで仕事しなけりゃ、またあいつにどつかれるだろうが!!」

この世の全てを滅するかのような業火と自分達を鍛える彼。
どちらかに襲われるなら前者の方がいいと嘯いて両足を踏ん張らせるリョウ。
どの道、彼のこの決死の行動が無ければトモエでは防げる攻撃ではなかった。
彼が我が身を省みずに、彼女の推定以上に秘めていた馬鹿げた霊力を全開で
解放しているため直撃を防げているのだ。しかしそれは長く続くものではない。

「う、ぐぅっ!」

業火の熱かその重量か無理な解放による肉体の悲鳴か。
呻きながら踏ん張っていた足が押し込まれて、瓦が砕け散っていく。
されど彼らの周囲はそれ以上の惨状だ。彼の霊力で防げているのは
あくまで自分達への直撃だけで余波の熱や火は辺りに広がっていた。
屋根は一気に黒く燃え上がり、瓦は溶けて原形がない。これはまずいとトモエは
焦燥感に捕らわれた。このままではリョウの限界が来る前に屋根(足場)
焼け落ちて自分達も落下する。しかし逃げ出そうにもリョウが放出する
霊力の膜から出れば自分達も屋根瓦の二の舞であるのは明白だった。
そこへ。

「アヒャヒャヒャッ!!」

こちらの苛立ちを煽るような小馬鹿にした笑い声が落ちてくる。
業火の隕石の上に乗る怪物は彼らが追い詰められているのが楽しいらしい。
同時に圧力をかけて少しずつこちらを圧迫してくる様は何らかの意趣返しか。
どうにかしなければならない。その焦燥感だけが募るが逃れる事ができず、
防御はあと数分もつかどうかで力尽くで消し去ろうにもリョウが自らの
それを解放して一時しのぎにしかならない獄炎をはたして打ち消せるのか。
確信が持てないまま、されどどの道これではジリ貧だとしてトモエは
全力でもって炎を消し去ろうとカムナギに手をかけ───

「ギャァアーーッッ!?」

───た所で怪物の絶叫と共に一瞬で炎が霧散して、呆気にとられてしまう。

「……はい?」

彼女の視界ではどうしてか無様に屋根を転がり落ちていく怪物の姿も見えていた。
いったいなにが。

「ぁ…ぅ、っ」

疑問はしかし崩れ落ちるように倒れた幼馴染の姿に棚上げされ、駆け寄る。
抱え上げて見れば突き上げていた両腕が痛々しい程に焼け爛れていた。
それもただの火傷ではなく、良くないモノに触れてその浸食を受けて
澱んだ邪気がまとわりついていた。

「じっとして!」

右袖から抜き取るように霊符を取り出すと『癒』を浮かばして優しく張る。
ふわりと広がった彼女の霊力が両腕を包んで邪気を消し去り、火傷を癒していく。

「うっ、くっ………ホ、ホント、便利だよなそれ。
 ……そいつらに取り上げられてたんじゃなかったのか?」

それによっていくらか痛みが和らいだのか。
大丈夫だと告げるような軽口にトモエは苛立ちながらも常の調子で声を返す。

「前に何枚かあげた残りをあいつ神威(コレ)に仕込んでたのよ!
 まったく外骨格といい、どこまで先を読んでいるのやら…」

「あはは、頼もしいやら怖いやら、ぐっ!」

彼はそれに笑って答えたがすぐに苦痛に顔を歪めた。

「ああ、もう! そんなことより両腕に霊力を通して!
 あたしの霊符だけじゃきつい。尚子たちも治癒術をかけて!」

「「「はい!」」」

乞われた三人が癒しの術をかけ始めたがはっきりいえば練度や精度は低い。
ただそれを自覚しているのか三人は協力して単一の術を使うという方法を取っていた。
各々が持つ短所や力不足を数で補っている。霊符で大部分が回復した霊障ならば
彼女達のそれで充分だと頷いてトモエは立ち上がる。

「巴さま?」

「リョウをお願い、それが終わったらスキルで火傷の治療も!」

「あ、はい!」

「あたしはあいつの相手をするわ」

それだけを短く伝えて返事を待たずに彼女は庭に飛び降りた。
転げ落ちたソレはまるで元々立っていた位置に戻るかのように立ち上がった所。

「ガアァァッーーーーー!!」

雄叫びのような、されど痛みを訴える苦しげな声を発する異形。
そこには何故か魔剣を持つ腕を庇うように蹲っている怪物がいた。
黒装束達が何かしたのかと彼女は思ったが周囲の視線は困惑を示している。
彼らにもソレが何故突然攻撃を中止する程の痛みを受けたのか分かっていない。

「……気になるけど、今はそれよりこの状況を終わらせるべきよね」

他の事はそのあとでも出来る。被害の拡散こそまず防ぐべき事柄。
叩き込まれた教えを胸中で振り返り、欲張った自分を諌めつつ刀を構える。
これは御しやすい相手だとして道真を侮り過ぎたゆえの結果。こういう事を
可能とする力や特異な武器を持つ身として想定していなければならなかった話。
事態を穏便に解決させようと徒に長引かせてしまった驕りの結末。ならば
その責任は取らなくてはいけないとトモエの目から、顔から、感情が消える。
自然に、当然に、そして臆面も怯えもなく彼女は殺意(・・)を刃に乗せた。

「はぁっ!!」

緋袴型の装甲に包まれた足が大地を蹴り、リング状の翼が空を弾く。
愚直な突進は、それしかできないがゆえとそれが一番強力ゆえだ。
そこへさらに錐もみ回転でもするかのように怪物に突撃していくトモエは
円の動きによりプラスされた勢い共々必殺の意志と威力を持った一閃を振るう。

「オオォッ!!」

闇夜に描かれた青白い弧は雄叫びと共に動いた怪物の剣と衝突する。
刀と剣の衝突は特徴的な金属音を響かせると同時にその衝撃を周囲にばらまく。
遠巻きに見ていた黒装束たちの何人かが吹き飛ばされるが怪物もトモエも
意識はそこに向いていない。

一つ。

二つ。

三つ。

四つ。

五つ。

激突による余波が収まらぬうちにトモエはカムナギで何度も弧を描く。
それを膨れ上がった肉体に似合わぬ反応速度で迎撃する巨躯の怪物。
青銅の剣と日本刀の常識を無視した打ち合い。互いに折れるどころか
刃こぼれさえ無いまま甲高い金属音と衝撃波を周囲にまき散らす。

「やぁぁっ!」

その剣戟はトモエが攻め続け、怪物が防御に回っているが膠着状態であった。
外骨格によって発揮できる速度と膂力でも目の前の怪物を超えてはいない。
またカムナギ以外の武装では霊力を込めてもあまりダメージを期待できない。
それはその身に纏う邪気の濃さと禍々しさから試すまでも無かった。
人間を核としていてもその纏う筋肉の鎧はいわば邪気が実体化したもの。
霊力によって多少干渉できるようになった程度の武器ではかすり傷が関の山。

「このぉっ!」

埒が明かないと水平に構えた剣に止められた一閃の後、空いた腹部に
赤い蹴りを叩き込むが相手は僅かに呻いただけで体勢が揺らがない。
もう一方の足で相手を蹴飛ばすようにして距離を取った彼女は舌打ち。

「っ、いまの出力は!?」

『霊子機関は6、70%を維持。この先は動作が確約できません。
 フォトンエンジンは現段階より上げれば挙動が空振ります』

非常識で世界で唯一の外骨格を用いてようやく互角。
否、正確にいうなら出力をあげれば競り勝てるが現状それは難しい。
持たされていて助かった。けれど使いこなせていない自分に歯噛みする。

「初装着で戦えてるだけマシ───なんでしょうけどね!」

刀を大地に刺して左手を突き出して右手を添えれば生まれる霊力の弓矢。
引き絞って光の矢を即座に放つ。空を裂くように駆けるそれは中間地点で爆発。
散弾のように無数の矢の雨となって怪物に降り注ぐ。

「オオオオォーーーッ!!」

しかしそうなってから怪物は雄叫びを上げてトモエに突っ込んできた。
正面から降り注ぐ矢など気にもしない突進にカムナギを抜いて構え直す。
霊矢は殆どが突き刺さったが意にも解されず濃紺の皮膚表層を傷つけた程度。
拡散させた事で一発の威力が弱まったにせよ想定以上に霊的耐久力も高い。
───もう直接斬るしかない

「くっ!」

「アギャアァッ!?」

だから突進を待ち構える形で静止して目前に迫ったそれを紙一重で回避する。
そしてすれ違いざまに刃を走らせると黒い鮮血が舞い、痛みから怪物は姿勢を
崩して屋敷を囲む塀の一角に衝突して轟音を響かせた。

「……さ、さすが土御門家の結界。あれの衝突に少し揺らいだだけって……」

そこも結界の内側なのか。
紙一重の回避でも怪物の突進力を肌で感じ取っていたトモエは感心する。
迫る大型トラックのようなそれの転倒ですら受け止められるのか、と。
尤も自分が極大の雷で大きく縦に揺らがした事など既に忘却の彼方だったが。

「けど、やっぱりカムナギの刃は通る!」

血振りで汚れを落とし、正眼に構えると相手をじっと見据える。
怪物は頭でも打ったのか体をふらつかせながらも振り返り、こちらを睨む。
その左腕には半ばまで切り込まれた刀傷。次は落とすと彼女が意気込んだ時。

「ウオォッ! ドイツモコイツモワタシノジャマバカリィッッ!!」

「え?」

怒りに震える黒く濁った眼がそこで初めて怒りの色を見せた。
どこか片言ながらも間違いなく道真の声で日本語を喋りながら。

「ケガレタチヲモツモノガ! イツマデモデカイカオヲシテッッ!!」

「こいつ、意識が………間に合ってた?」

とっくの昔に魂ごと呑み込まれたと判断していたその意志がまだある。
ならば、と脳裏に過ぎった可能性に庭園の状態を即座に確認して頷く。
壊れているものは多いが必要なものがちょうどいい位置にあった。
それも使いやすいように調整しているのが注視すれば分かった。
さすがと感心したのと同じくして怪物の四方から何かが飛来した。
濃紺の皮膚に張り付いた符は姿を変化させて霊力で形作られた手枷足枷となる。
再び体勢を崩して倒れる肉体にさらなる捕縛術が幾重にもかけられ動きを奪う。

「───安倍の娘よ」

そこに意識ある黒装束達の代表なのか。一人の黒がトモエの前に出て跪く。
言いたい事の予想はついていたが怪物(道真)を警戒しながら彼女は耳を傾ける。

「なに?」

「恥を忍んで頼みがある。
 図々しい願いであるのは百も承知だが……」

「あの男を助ける手立てがないかって話でしょ?
 駄目元でいいなら、ひとつやってみるけど……なによその目?」

黒装束で全身を覆っているため表情までは解らないが彼の目には驚きがある。

「い、いや、まさかそんな簡単に引き受けてもらえるとは思わず……」

いわれてそれもそうかとトモエは納得したように頷きを返した。
戦っていた相手。それも道真は散々こちらに暴言を吐いている。心証は最悪。
謝罪と報酬か何らかの交換条件。それらを要求されると身構えていたに違いない。

「殺さない方がいくらか丸く収まるでしょ?
 こっちも一族と敵対したいわけじゃないし報復されたら面倒だもの。
 ま、どっちにしろ絶対は確約できないでしょ、お互いに」

トモエは思いついた方法はあったものの確実とは口にできない。
そしてこの黒装束の者達に実質的な権限が無いのは考えるまでもない。
そんな不確かな状態での口約束に何の意味があるのかと彼女は肩を竦めた。
それに驚いているような彼を無視して挑戦はしてみるとばかりに前に出る。

「…………勝てぬな、何もかも」

その時に何かを呟かれたような気がしたがトモエの意識はもうそちらにはない。

「もう術を解いた方がいいわ。無理矢理破られると反動で吹っ飛ぶわよ?」

霊力の枷と捕縛術が三重、四重に重なって怪物は蓑虫のようになっていたが
暴れ回って大地に震動を与え続けているのは変わらず、縛っている黒装束達には
激しく霊力を消耗している気配が感じられた。もう30秒ももたないだろう。

「わかりました……他には何か?」

「私が一矢放ったら離れてて、巻き込まれても責任取れないわ」

そういって霊弓を成すとガシャドクロに放ったような太い霊矢をつがえた。
彼は頷くと視線と手の動きで仲間達に今の指示を伝える。気配でそれを
察したトモエは即座に矢を放ち、それを見た彼らが術を解いて後方に下がる。
縛りから解放されて立ち上がった巨躯は目前に迫った矢に魔剣を叩きつける。

「オオォッ!! コンナモノデェッ!!」

巨大な一矢に集約された力にさすがに警戒したその迎撃。
怪物(道真)が大地を揺るがす雄叫びをあげながら魔剣と霊矢が衝突する。
霊気を噴射して直進しようとする矢を邪気をまとった剣が叩き折らんと拮抗した。
それを余所に彼女の第二矢が放たれる。一瞬ぎょっとした怪物(道真)は、だがほくそ笑む。
顔を狙った第一矢と違い、外れたコースを飛ぶそれは背後にあった庭木に刺さる。

「ハハッ、ドコヲネラッテ…」

「『アースグレイブ』」

怪物(道真)の嘲笑う声を無視し彼女はスキルでその場に大地の槍を生み出す。
地面から隆起したそれに手を当てながら呟くように厳かに呟いた。

「木は土を痩せらせ、」

その手でカムナギを構え直して左斜めの方向へと霊刃を飛ばすと庭池が揺れる。

「土は水を濁らせ、」

庭木、大地の槍、庭池に順に彼女の霊力が宿って仄かに光り出す。
それを見て真っ先に慌てたのは何を隠そう怪物(道真)であった。

「マサカキサマッ!?」

やはり彼の意識があるのか意味に勘付いた焦った声と顔。
指が鳴る。途端に巨矢は別たれて、されどその姿は矢ではなく縄に転じた。

「グアアァッ!?」

網目状に広がったそれに雁字搦めにされたそれは痛みを与えるのか。
その場に絶叫と共に崩れ落ち、その隙に彼女は庭池に跳んでスキルを放つ。

「『フレアトルネード』!」

大人程の回転する火柱が庭池から怪物(道真)を挟んだ向かい側に立ち上がる。
そして池の水に濡らした手で彼女は刀印を結んで火柱を指し示す。

「水は火を消し、」

カムナギを自らから横に近い右斜め前に投擲して地面に突き立てながら
再び跳んで火柱の一部を裂くように刀印で撫でると誘導するように愛刀を指す。

「火は金を溶かし、」

「ウウッ、ヤメロォォッ!!」

点と点が彼女の霊力で繋がっていく。
意味に気付いている怪物(道真)は焦りながらも拘束を力尽くで破って立ち上がった。
その“完成”を邪魔しようと残った点であるカムナギに魔剣片手に飛び掛かる。
が。

「はい、残念賞────金は木を害す」

からかうような、楽しそうな声のあとで厳かに紡がれた繋ぎの言葉。
瞬間、全ての点が強固な線で繋がった。それに弾き飛ばされるように
“中心”に戻された怪物(道真)に逃げ場はない。彼女が用意した五つの点は
対角線上の点と結びあい五芒星を描いて彼を完全に閉じ込めていた。
既に彼女の霊力を宿していた愛刀は触れる必要が無かったのだ。
トモエはその場で印を結んで五芒星に霊力を流し込んでいく。

「五行相剋! 奔れ、廻れっ!!」

どこから始まっているかもわからない霊力の流れは線を壁のように分厚く、
そして高くしながら相剋の流れで幾度も循環してその強さを増した。

「アギャアァァァーーーーッッ!!??」

瞬間、瞬間に廻る霊力が増加する五芒星の中で怪物(道真)は苦悶に暴れる。
土を痩せ、水を濁し、火を消して、金を溶かし、木を傷つけ、また土が痩せる。
循環する打ち滅ぼす流れの力が中心点にいた彼に容赦なく襲い掛かっていた。

「ガアァァッ!!」

出せ、と訴えるように魔剣で壁を斬りつける。しかしそれは
僅かに傷をつけられはするが即座に廻り続ける力に弾かれてしまう。
それでたたらを踏めば反対の壁にぶつかってまた弾かれる事を繰り返す。
満足に身動きも取れずにただ苦痛に悶えていた。だが次第にある変化が
起こっている事を黒装束の誰かが気付いて呟く。

「小さく、なっている?」

聞くに堪えない絶叫なれど、続けば続くほどに巨躯が縮まっていく。
大人の腰回りはあった腕はもう半分以下であれだけ増量した筋肉が減っていた。

「……なぜ相剋の五芒星でそんな?
 あれは陰の流れを……っ、そうか陰を極まらせて陽に転じさせてるのか!」

それはある意味、基本ともいえる教えであった。
陰陽太極図において陰陽の関係は勾玉を二つ合わせたような陰陽魚と
呼ばれるもので描かれている。陽を示す白と陰を示す黒の模様の中には
互いに反対の色の点がある。これは陰中の陽・陽中の陰と呼ばれている。
どんなに強い陽や陰にもその中には反対の属性を持っており、それが
陽が極まり過ぎれば陰に、陰が極まり過ぎれば陽に転じる事を示していた。
魔剣は強大で強力な陰の気を持っていた。だから人が用意できる陰気でも
極まるその線を後押しして超えさせることが可能となった。そして無理矢理
『陽』に転じさせられた邪気の肉塊は存在を維持できず崩壊し始めたのだ。

「チ、チカラがっ、抜けっ、嫌だ、やめろぉっ!!」

その効果は片言に聞こえていた声が真っ当に聞こえ出した事から明らか。
しかしまだ足りない。これは徐々に力を弱めているだけで決定打にはならない。
だから彼女は神威(カレ)に賭けた。

「機関最大、フルパワーで! 壊さないようにしてよ!!」

『善処します』

「ふふっ、誰かさんみたいな言い回しよね、それ!」

嘘を出来ればつきたくない誰かを思い出しながら
小さな笑みと共に柏手を打ち、刀印を結んだ手を掲げる。
神威が増大させた霊力をその一点に集約させると破邪の言霊を紡ぐ。

「悪しきもの、禍ものよ、疾くと去れ────」

そして怪物(道真)にその全てを叩きつけるように腕を振り下ろした。


「────万魔拱服っ!!」


それは魔を退ける究極的な矛にして槌。空間を埋め尽くす霊力の輝き。
その力の渦が怪物(道真)を包み込み、その場に縫い付けるように強力な圧をかけた。
五芒星がその余波で消し飛んだが力を弱めるという役目は既に果たし終えている。
ならばもう一気呵成にその魔を祓うだけだ。

「ヒギャアアァァーーーーッッ!!!」

醜い悲鳴は、されど人の声。縮小化していたとはいえ
元の体型を考えればまだ巨躯といえた体から光がさらに肉を削ぎ落とす。
まるでぼろぼろと古い皮膚が落ちていくかのように濃紺の肉が崩れ、
道真自身の肉体が徐々にあらわになっていく。

「おおっ、これなら!」

「なんという霊力だ……」

それに期待で目を輝かせる者がいればその輝きの力強さに畏敬の念を抱く者も。
彼らの前で放たれている力の渦に、その圧倒的な力に背筋が凍る思いを抱く。
自分達が命を燃やして霊力を解放してもこれの足元にも及ぶまい、と。

「機械の補助込みとはいえこれほどか」

発言の内容からそれを推察しつつも、助力を乞うた男は冷や汗を流している。
自分達と対峙していた時は本当に本気ではなかったのだと肝が冷えたのだ。

「ぁ、く……冗談、でしょ……う」

しかし彼らを驚嘆させているトモエもまた汗を流して苦悶の表情を浮かべている。
理由は単純にして、そして致命的なものだった。

『霊力供給が低下中』

「わかってる、わよっ!」

悔しそうな表情を浮かべながら彼女は歯噛みする。考え方は合っていたのだ。
彼の意識や魂が無事であるのならあの肉塊はただの外装でしかなく、魔のみを
消し飛ばせば元の姿に戻すことが可能だと。だが必要な霊力量を読み間違えた。
並の魔なら耐えれて数秒だろうに十秒以上放出しても剥がせたのは肉体の半分。
本来瞬間的に霊力を爆発させて破邪の力を叩きつける術をそれだけの時間維持
している彼女も異常だがそれでもなお祓いきれない魔剣の邪は深く、濃過ぎる。

「ぁっ」

眩暈に襲われ、視界が歪む。急激に霊力を消耗して虚脱感に襲われる。
今にも意識を手放して気を失いたくなる誘惑に唇を噛んで耐える。
ここで自分が倒れればもはや彼を殺すしかなくなるがそれが出来る者がいない。
見捨てない事をもう選んだのだからトモエがそれを放棄するのは出来なかった。
何も道真や自分達の立場の事だけではない。彼女の直感が、本能が、この魔を
野放しにしてはいけないと訴えてくるのだ。ここで絶対に祓うべきだと。

「ふっ、ぐっ!」

しかしそう自らを奮い立たせても自身の霊力の底が見えてくる。
足りない。これを全てを放ってもあの魔を祓いきることができない。
その弱気か消耗ゆえか足元から力が抜けて意識諸共崩れ落ちそうになる。

「おらっ、しっかりしろ!」

けれどそれを支える幾重もの手と声に彼女はぎりぎり踏みとどまる。

「巴さま、私達の霊力を受け取って!」

「スズメの涙程度ですが、どうか存分にっ」

「元々私らが切っ掛けだからね。これぐらいは責任とらないと!」

治療を終えて下りてきたのだろう。
リョウを含めた三人の少女達がトモエを支えながら霊力を譲渡する。
彼以外のそれは確かに微々たるものだったがその気持ちと行動は単純に嬉しかった。
そして一番後方で少女ら全員を支えるように肩を掴んでいた幼馴染が不敵に笑う。

「オレのはまだまだあるぜ、好きなだけ持ってけ!」

「ハッ、本当に馬鹿げた霊力よね! 馬鹿過ぎて嫉妬する気も起きないわ!」

激しく消耗したはずなのに流れ込んでくる力の強さに彼女もまた同じ笑みを浮かべた。
四肢に力が戻り、視界がはっきりしてくるのを感じながら受け取った力を爆発させる。

「はああぁぁーーーっ!!」

「あがっ、やめ、グギャアアアアァァァッ!!!」

一際強く輝いた霊力の波動が残った肉塊の外装を跡形もなく一気に吹き飛ばす。
痛みか喪失への嘆きか。絶叫と共に彼は津守道真という人間の姿に戻された。
その目には虚ろなものも黒く濁った魔も存在しておらず彼の意志が感じられる。
だが。

「っ、早く魔剣を捨てなさい! 死にたいの!?」

それでもなお道真は手にした剣を強く握りしめて離そうとしていなかった。

「力だ! 力がいるんだ! 私をバカにする全てを壊す力が!
 あり得ないのだ! 許されないのだ! 私を超える力など!!
 また寄越せ! あの全てを潰せる圧倒的な力をっ!!!」

意志はあっても正気ではないのかそれとも狂気に支配されているのか。
ただただ力を求める叫びをあげながら道真は魔を求めて声を張り上げた。
まるでそれに呼応するかのように剣は脈動して邪を放ち続けている。
トモエが未だ放ち続けている破邪の光の中で。

「おい、あれまずくねえか!?」

「まずいわよ! あの術をまともに受けて意識が残ってるなんて!
 最悪よっ、魔剣が守ってるんだ自分を使わせるために!!」

トモエたちが吹き飛ばしたのはあくまで彼に纏わりついていた外皮だ。
魔剣そのものを浄化できたわけでも破壊できたわけでもなかった。
5人の霊力を遠慮なく爆発させて叩きつけた破邪の力でもそよ風だと
いわんばかりに気にした風もなく邪気を放ちながら存在している。
その場から動かないのは彼女の術が結果的に魔剣の浸食を抑えた事で
動きを封じているだけに過ぎない。

「嘘でしょ、これだけの力で浄化できないなんて!」

「あんなのもう神話の中の魔剣じゃない!」

「でもなんとか取り上げないと! 結界の外は住宅地なのに!」

だからトモエは術をまだ終わらせられない。これが途切れた瞬間に
道真はまた取り込まれてしまうだろう。そうなれば助ける手段は消え、
霊力を完全に消耗しきった自分達はもう抵抗さえろくにできない。
そうなれば待っているのは怪物と化した道真とあの魔剣による血の宴だ。

「オレがっ!」
「ダメッ! あんたが動いたら術を維持できない!」

鋭くも素早い声が幼馴染の動きを制止する。
いまアレを封じ込めている破邪の力はもう8割以上がリョウからの
霊力によって成り立っている。彼が離れればその途端にあの怪物が復活する。

「なら! おい、お前ら! あの大馬鹿助けたいならあの剣奪ってこい!」

そうなればと棒立ちになっている黒装束達に声を向けるがトモエが首を振る。

「無理よ!
 破邪の力でもあそこまで強力なのは人体にも悪影響がある!
 触れたが最後、一瞬だって意識は保てないわよ!」

「いや……こうなれば多少ケガをさせてでも!」

それを重々承知していたがゆえに動けなかった彼らだが、ここで何もしない
わけにもいかないと黒装束達はクナイのような刃物を腕を狙って放つ。
物理的な攻撃ならあの力の奔流の中でも影響を受けないだろうと。

「塵芥どもが私の邪魔をするなーーーーっっ!!」

しかしそれを目にした道真が激昂と共に魔剣を振り回した。
狙いもつけてない素人剣術でのそれは、されど乱雑に周囲に邪気を振りまく。
斬撃という形で実体化したそれは四方から向かってきた刃物を消し去ってなお、
威力が弱まらないまま大地を裂き、屋敷を傷つけ、結界を内部から揺らした。

「まずっ!?」

そしてその中の一つが狙ってか偶然かトモエたちに向かっていた。
術を維持したまま避けるのは要となっている彼女の消耗具合が大きすぎた。
破邪の力の流れを調整してぶつけたがその奔流さえ切り裂いて魔刃が迫る。
せめてこの身と神威で盾となろうと歯を食いしばった彼女は、しかし。

『いいところまではいったんだが────一手足りなかったな』

「は?」

「へ?」

まるでそこに今まであったかのような自然さでソレに視界を塞がれた。
立ちはだかったのは影。否、それは影と呼ぶ事さえ間違いだと一目で解る漆黒。
闇夜より濃く、暴れる邪気より恐ろしく、されどとても大きな“夜”の色。
その前で魔刃はガラス細工のような繊細さでもって砕け散る。


『この一手、いるかい巴姫?』


振り返った白い仮面と黒い魔貌の向こうに彼らは三日月を見た気がした。



いったいいつから、主人公が出ていないと錯覚していた?
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