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帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

修学旅行編 第一章「彼の旅はこうなる」

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04-69 最高の報酬

遅れました!
理由は以下 ↓

もっと早く更新する予定が、直前になって「あれ、ここなんかまずくね?」という箇所を発見して修正しようとしたら「え、なんでこんな毎日忙しいの?」というほどに立て込んでしまって、なんとか暇を見つけてパソコンに向かうと「うえ!?ここ直すのめっちゃ難しいよ!?」となって今日となりました。まる。



「申し訳ありません。
 息子を助けてもらっておいてこのようなものしか準備できず……」

人気の少ない夜の調理場で女将は言葉通りの申し訳なさで頭を下げた。
既に夕食時はだいぶ過ぎていたがシンイチとトモエは当然食事をしていない。
その配慮─待っているだけが苦痛だったのもあり─から夜食を用意しようとした。
ただ当初学園生徒に用意していた中から二人分の食事を残しておいておくのは
全体的に一般人より食事量が多い彼ら生徒達相手には難しかったようであり、
また急な宿泊に対応できるキャパを持つとはいえ今回は学園そのものが
その余分を食いつくしたようなものであるため予備はない。それに明日の
ために仕込んでいるものに手を出す訳にもいかない。だからだろう。
調理台にあったのは一般家庭サイズの炊飯器とそこに入っていたで
あろう白飯で作られたおにぎりがずらりと並んでいる光景だった。

「い、いえこちらが勝手にやったことですし……」

それに対してトモエは気にしないでほしいと逆に恐縮している。
確かに格でいえば一流といっても問題ない歴史を持つ旅館に泊まったのだ。
料理にも期待していなかったといえば嘘になるが彼女の場合子供の命には
変えられず、また子の命を盾に母親を脅すという行為に不快感と憤りを覚えた。
シンイチに対する不安が最初だったがそれゆえの義憤もあったのだ。むしろ
こうして夜食を準備していてくれた女将に対する評価は鰻登りだった。
ただ。

「というかですね……」
「ぉぉっ!」

彼女の隣にいた少年はそれ以上におにぎりに食いついてしまっていた。
今にも飛び掛かって食い散らかしてしまいそうな雰囲気のまま必死でそんな
自分を抑えているようで普段が嘘のようにその目を輝かせながら熱く見詰めていた。
よく見ればせめて具材をころうとしたのか。三角の頂点には入っている中身を示す
具材の一部が乗せられている。その横には湯気をあげている吸い物が食欲を
そそる匂いを漂わせてもいた。女将の細やかな気遣いに感心するトモエだが
これ以上は隣がもたない。

「信一…彼がすごく食べたいみたいなので、いただいてもいいですか?」

「ごくりっ」

「は、はい、どうぞ」

女将の“ど”の辺りで二人は揃って席につくといただきますと唱えた。
夕飯抜きを覚悟していてもお腹が空いているのは間違いない事実なのだった。
一つをしっかり手に取ってかぶりついた途端に両名は恍惚とした顔を浮かべた。

「やばいっ、口に広がる米の味がたまらない! おっ、おかかの味が優しい!
 お、こっちは天むすか、はむ! ああぁ、ごはんといい具合にマッチしてる」

「ほのかな塩味がいいわ……はむあむ、うん!
 あ、さすが旅館ね、いい梅干し使ってる!
 それにすっごく食べやすいしふわっとしてておにぎりだけでも美味しいです!」

「あ、ありがとうございます」

過剰に思える称賛に少し引きながらも謝意を示す女将。
彼女からしてみれば、客用ではなく従業員向けでもない家庭用の炊飯器に
あった白飯と調理場を引っ繰り返してなんとか見つけた残り物を具材にして
出したおにぎりなので素直に受け取れない部分もあるが喜んでもらえたのは
事実なのでその点では安堵の息をもらす。だから何か問題があるとすれば。

「さ、さあ、浩太も。お腹空いてるでしょ?」

「う、うん」

それは帰ってきてから少しぎこちないこの親子の方だろう。
騒ぎにならぬように裏口から入ったシンイチたちだがそこで待っていた女将と
図らずも出会い頭的に遭遇という再会をしてしまったのがいけなかったのか。
今日だけで色々考えて、色々な事が起こった親子にはそれは酷だったのか。
覚悟を決める前の再会に両者が固まってしまったのは今から数分前の話。
母は今回の件の遠因といえる話す時間が作れなかった事と犯人の言葉に
従いかけた罪悪感から。子は自分の我が儘で母を困らせてしまった事、
そして男達に捕まって、母に辛い想いをさせた事に同じく罪悪感があった。

「………」

「………」

向かい合ったまま何をどういうべきか分からないという親子の空気は硬い。
折角の美味しさもこれでは無味に思えてしまうとトモエは唸るが妙案はない。

「なにやってんだよ。ほれ、うまいぞ。お前の母さんのおにぎり」

その空気を裂いたのはまるでそんなのは気付いてないというシンイチの言葉。
差し出したのは好みを把握していないからか具材が入ってない塩むすびだ。
無言ながらもおずおずと受け取った浩太は躊躇いがちにかぶりつくと
次第に大口になって一心不乱に食していく。

「うまいだろ?」

「うん!」

一転して笑顔を浮かべる浩太にこっそりと嬉しそうに微笑む女将。
それを横目にしながらも彼は柔らかな声で浩太に一言だけ告げた。

「浩太、ちゃんと出来るよな?」

「え、あ、うん!」

少しの不安さをけど浩太少年は自身の大きな頷きでかき消す。
よし、といってシンイチは頭を撫でて視線を女将に向けた。

「ほら、女将さんもどうですか一緒に」

「い、いえ、私は……」

「俺らのことは気にしないでふたりで一緒に食べてきてください」

そしていつの間にか小皿に分けていたおにぎりの山を女将に渡して促した。
それを前にして彼女は少し戸惑ったものの皿を受け取って再び頭を下げる。

「……重ね重ねのご厚意、ありがとうございます」

苦笑しつつもあえて頷くことでその言葉を受け取って母子を彼は見送った。
シンイチ達の手前さすがに別室にまで移動は出来なかったようだがここの調理場は
大旅館ゆえか広い。隅から隅まで離れれば余程聞き耳を立てていなければ聞こえない。
それが解っている女将が隅の小さな台の上に小皿を置くと向かい合うように座る。
そして少しずつ何かを互いに喋りながら親子の時間を彼らは作っていく。
聞こうと思えばもちろんその内容を完璧に拾う事は彼らには出来たが、
水入らずの母子の会話にそんな無粋な真似をする二人ではない。
ただ少しだけシンイチはトモエより長くその様子を見守り、やがて視線を外した。

「………こういうのも代償行動っていうのかね?」

そう何かを呟いた少年は苦笑を浮かべたまま席に戻る。
まるでそれを待っていたかのように彼女は呆れた声を隣に届けた。

「ホント、人を動かすのが妙にうまいわよね。
 地味に逃げ場なくしている辺りがあんたらしいけど」

浩太には事前の約束という男の子の自尊心をくすぐる手段で。
女将には恩人が準備した話せる状況という盾を構えて迫っていた。
尤もそこにはそれだけで彼らが逃げることは無いという信用も感じられる。
両者が望んでいる状況をお膳立てして追い込んだ、というのが正確な表現だろう。
だから彼女の声は呆れてはいても、優しげな暖かな笑みを彼に見せていた。
ただその視線にこそばゆいものを感じてか彼は頬をかきながらそっぽを向く。

「ほっとけ……どうせ俺は人の嫌がることしかできませんよーだ」

「…拗ねない、拗ねない……その嫌がらせで助かった人がいるんだからさ。
 はい、ご褒美のおにぎり。好きなだけ食べていいわよ!」

そういう所は子供っぽいのよね、とクスリと笑いながらおにぎりを差し出す。
彼の顔は全力で「お前が作ったわけではないだろう」と語っていたが、
おにぎりは素直に受け取って一口一口丹念に味わっていくシンイチだ。
そこに浮かぶ表情はどうしてか優しい。口の中が幸せだからか。
それとも調理場の隅から感じる雰囲気が暖かいからか。

「うまいな、本当に」

そこでしみじみと語るように、満足げにそうこぼす彼にトモエは頷きで返す。

「ええ、とっても……あたしのじゃないけど、お母さんの味、よね?」

「ああ……味とか感触とか違うんだけど、懐かしく思っちゃうよな」

得てして『おふくろの味』には共通の暖かさがあるのかもしれない。
この二人のようにそこから遠く離れている者には感じやすいその温度が。

「無理いってついてきて正解だったわ」

「俺は独り占めできなくて残念だ」

「ははっ、欲張りねぇ。まあ、分からなくはないけど」

確かにこれは独り占めしたくなるとトモエもまたパクリと食す。
母を失った時から一度として舌に乗る事のなかった味に頬が緩む。

「─────で、そろそろ聞いてもいいかしら?」

いくらかそれを食してお腹を満足させたからか。
仕切り直すように一口吸い物を飲んで人心地つくと隣に問いかける。
彼は次のおにぎりに手を伸ばしながらも頷きという形で促してきた。

「最後にやってきたあの男の人。
 彼がここら一帯の裏を取り仕切る総締めって解釈でいいの?」

あのあと結局、浩太自身と親しいらしいという事とシンイチが事情を
察しているらしい雰囲気だっため深く問うことができなかった疑問。
それでも彼女は自分なりに考えてそうではないかと推測していた。
そしてそれには彼の頷きという答えが返る。

「まだ若い方だが昔ながらの仁義や筋を通す男だと界隈では有名らしい。
 それが演技か元々の性格かは半々といったところだろうがな」

よくやる、と感心か呆れか微妙な表情を浮かべながら彼は続けた。
犯人達が山木組というその筋の組織を名乗ったと聞いた時点で彼はもう
徹底的なまでにその組織を調べ上げていた。そして妙なことに気付いたという。

「構成員の情報を洗ったら奴の経歴と宿泊先を決めるうえで
 調べたこの旅館のある人物の情報と関係するものを見つけたんだ」

「と、とりあえずなんであんたが決めてるのとかは飛ばすとして、
 もしかしてそれがあの男の人と……女将さんだった?」

あっさりと暴露された話が気になるもこの場は棚上げしたトモエは
半ば当てずっぽう、というよりは女の勘に近いものでそれを指摘した。
一瞬それに目を瞬かせた彼だが、すぐにそうだと頷く。

「……よくわかったな。小中高が一緒の同級生だったよ。
 しかも幼馴染で女将さんの両親にも可愛がられてて、まだ結婚前だったが
 亡くなった旦那さんのことも実の兄のように慕っていたらしいと聞いた。
 女将さんにだけは家のことは隠していたようだったけどな」

情報源(ソース)は昔、旅館に勤めていた女性がSNS上にあげたいくつかの写真。
昔の職場を紹介するようなそれの中に幾枚かまだ存命だった女将の家族と
仲睦まじい様子のどこか悪ぶってるだけのような少年が共に映るものがあった。
他にも旅館に古くからいる従業員から根掘り葉掘り聞き出した話や女将を
内部から監視していた連中から強引に聞き出した話を彼は語った。
それによるとほぼ毎日のように入り浸っていたが女将が高校卒業後に
結婚してからは気を使ったのか急に顔を見せなくなったという。
同時期に裏業界では山木組が傘下に対して統制と引き締めを強めていく。
彼もその中でめきめきと頭角を現して幅を利かせて今では事実上のトップだ、と。

「……自分が牛耳ることでここに誰も手を出させないようにしてたってこと?
 だから女将さんには隠して、だから今は距離をとって顔を出していない?」

元々自分の家がその筋の家だと知っていたならやり口はよく知っていたのだろう。
その凶悪さや乱暴さ、話の通じなさ、悪辣さを。そんな同業者から恩義ある人達を
守るには真っ当な手段より自らの血筋を利用して支配した方が確実といえば確実だ。
そして自身さえ関わらなければ旅館そのものはクリーンな存在としてやっていける。

「そういうことだろうな。酔狂な話さ、だからじゃないが
 俺が事の次第を伝えたら電話越しでもわかるぐらい静かにブチ切れてたよ」

「へえ」

そこまでの想いを抱いて影ながら守っていたのかとトモエは感動するが、
シンイチは今回のコトは監視の目が甘かったあいつが悪いと辛辣に切り捨ててしまう。

「手厳しいわね……って、そんな電話いつしたのよ?」

「40秒待ってた時」

ああ、と納得しつつもトモエは敗北感に打ちひしがれてしまう。
何せ本当に準備に使ったのはせいぜい1分弱程度であったので彼にとっては
想定外だったはずの短い時間をうまく有効活用されていたということである。
しかもその後の事も考えれば、してやったはずが完全にしてやられている。

「でも、そういうことならやっぱり……」

だがそれから彼らがあの倉庫に駆けつけるまでの時間を考えると
どこからだったにせよかなり急いで駆け付けたのが想像できる。
シンイチはトモエ合流後、移動時間をなくす為か。彼女の理屈を潰すためか。
暴れる彼女を“いつもの形で”抱えて転移してあの倉庫に向かったのだから。
また到着した時の車の速度も事故を起こしかねないもので、その本気さは伝わる。
そして浩太少年を見た時のあの顔は恩人の息子の無事を確認しての安堵以外の
親愛があったようにトモエには見えた。ならあれはやはり。

「……ねえ、あの人ってもしかして女将さんのこと…っ」

「それは言わぬが花だ。見逃してやれ」

「っ」

気付いていたのか。シンイチは言葉を遮るようにそう釘をさす。
トモエが動揺するのを見越して、彼女の唇に指を立てるという方法で。

「時には、距離を取って何も伝えないことが守ることになる場合もある。
 尤も、浩太と影で親交を重ねていたのはご愛嬌とみるべきだろうが」

気持ちは分からなくはないとそこで初めてシンイチは同情的に笑う。
見守るにしても遠過ぎるといざという時に間に合わない。かといって
幼馴染だからと近すぎても問題だ。繋がりがあると思われるだけで
旅館という客商売をする彼女の迷惑になってしまう。付かず離れず。
親愛を抱く人達と“見えるのに触れ合えない距離”を維持し続けるのは辛い。
浩太との隠れた交流はその苦痛を何とか誤魔化せる範囲(距離)だったのだろう。

「難しいよな、未練だよなぁ……はむあむ」

「…………」

そんなことを語る彼の顔は平時のそれと変わらなく見える。
むしろおにぎりを美味しそうに食べているため幸せそうですらあった。
けれどトモエはあまりにあの男性の心情を理解した解説にまるで自分の
事のように語っていると感じて、意識がそこに向いて他が目に入らない。
彼にも“見えるのに触れ合えない距離”に誰かがいるのではないかと感じた。
最初に浮かんだのはあの双子。けれど触れ合えないと称するには場所が近い。
では誰なのかと考えた時にふといま感じている味に彼女は引っ掛かった。

──さっき彼はこれをなんといった?

懐かしく想える母の味。そう言わなかっただろうか。そして、はたと気付く。
自分達は親の事を話したが、彼の親の話は何も。そこまで考えた彼女の背筋を
ぞわりと這い上がるような嫌な想像が過る。彼は帰還者だ。次元漂流を体験し、
元々いた場所から強制的に切り離され、それでも元の場所に戻ってこれた者。
しかしそれが必ずしも歓迎されない事実を彼女は─知識として─知っていた。

「ね、ねえ、っ!?」

だから思わずストレートに“それ”を尋ねかけた彼女は、だが止まる。

「おや、突然指にキスとは意外に大胆な」

「え、あ、わわっ!?」

正確には身を乗り出した事で自らの唇が接触してしまって止まった、だが。
しかもそれをからかうように楽しげな笑みを浮かべたシンイチの顔は不敵。

「だが、どうしてこう女の子の唇というのは存外に柔らかいのだろうか?」

「し、知らないわよ! っていうか人の感触を勝手に解説するな!!」

そのうえでそんなことを真面目な顔で問うてくるので彼女の顔は真っ赤だ。
尤もそのために暗に彼の“女の子の唇の感触を知っている”とする発言を
思いっきりスルーしてしまっているが。

「いいから早く指どかすっ!」

そして問いかけた最初の理由さえ忘れて、変わらずそこにある彼の指に
トモエはどぎまぎしながらも早口でそうまくしたてていた。予測通り彼は
その反応にクスクスと笑みを浮かべて楽しみながらも指は引っ込めた。
悔しさを覚えるトモエだが蒸し返すとどんな反撃があるか分からず、また
どこか出そうとした話題を拒絶されたようにも感じて、別の疑問を口にした。

「ああもうっ………は、話を戻すけど結局あの人達に任せて良かったの?」

「ん、どうして?」

「事情を説明してくれた時あんたも結構怒ってたじゃない。
 あたしてっきり今回の連中もあんたが手と口でボコボコにするのかと思ってた」

まだ数日前でしかないクトリアの事件での犯人達への対応や自分達に対するそれで
彼の手と口の容赦の無さを知るだけに憤っていた彼ならばやるだろうと考えていた。
ところが蓋を開ければ救出時にも殆ど手を出さずにトモエに任せてしまい、
その後も言ってしまえば相手の身内に処分を任せている。どこか彼らしくない
ようにも思えた。が。

「それが一番問題無くて一番厳しい罰ならそうしていたがな」

「え?」

「考えてみろ、これであいつらはこの一帯を仕切る男の逆鱗に触れた。
 しかもだ。上の指示を守らなかったばかりかしっかりと逆らったんだ。
 これはもう明確な反逆だ……生半可な処罰ではすまないだろうな」

そういって、くくっ、と悪い顔で笑う彼に一瞬遠い目をするトモエである。
この男がその点において手抜かりをするわけがなかった、と。

「もうあいつらは許されない。知ってる事を何もかも吐かされた後は
 良くて肉体的、精神的に再起不能のボロ雑巾にされて捨てられるか。
 最悪、中身を全部売りに出されたうえで残りは魚のエサだ」

「…………」

トモエは良い悪いの定義が崩れそうになる内容に思わず頭を抱える。
それはもう生き残れる可能性が少しでもあるか全く無いかの差でしかない。
彼があえて直接的に表現しなかった部分が分からないほど彼女も子供ではない。
食事中にはやめてほしかったが当人は気にした風もなく食べ続けていた。
自分で言った光景を想像していないのか。してはいるが気にしてないのか。
どちらにしろそこまで説明されれば、それを彼自身がしなかった理由は
トモエにも見えてきた。

「なるほどね。
 それをあんたがやるのと身内の組織がやるのとは意味が違うわけね」

もし彼がやってしまえばそこに例えあの親子絡みの事情があったとしても
面子と手下を潰されたとしてその報復対象がこちらになってしまう恐れがある。
顔は隠していたが状況的に学園関係者だという事は察しがついてしまう以上、
今後彼らから睨まれてしまう状況は他の生徒達にとってはいい迷惑である。
だから『浩太の救出』以外の事は任せて暗黙の了解的に互いに不干渉とした。
元よりこちらは二度と手を出されない事が一番の望みであり、彼らの望みは
自分達に逆らった反逆者どもを自分達の手で処分することにあったのだから。
それで充分犯人達が聞くも無残な扱いを受けると解る以上わざわざこちらが
自分の手での報復に拘る意思も意味もない。

「まぁ、あの子の前で過激な報復が出来なかったってのもあるんだろうけど」

「ご名答……察しがいい女との会話は楽でいい」

「………なにかしら。都合のいい女っていわれた気がする」

「おい、それはさすがに被害妄想だぞ! そこまでは言ってない!」

半眼で睨んでくる彼女に事実無根だと強く反論するシンイチ。
さすがにそんな風に扱っていると思われるのは心外だったようで驚き顔だ。
けれどもトモエはふーんと信じてない様子で再びおにぎりにかぶりつく。
本気でそれを疑ってはいないが今回“も”いいように遊ばれ、使われた
ような気がする彼女としては少しは拗ねてみたくなってしまったのだ。
しかも殆どその後の事を教えてもらっていなかったのだから余計に。
当人も『それはさすがに』『そこまでは』などと言っているのでいくらか
都合よく使った自覚はあって悪く感じているからこその強い否定なのだろう。
彼女はその珍しい焦り顔を見れて少し溜飲を下げているので気にしてないが。
尤も。

「……あんたって意外にそういうとこ誤魔化さないのよね」

彼ならばうまく取り繕うこともできるだろうに、とおかしそうに笑う。
疑いの眼差しから一転しての笑みに彼は少し戸惑いつつも渋面を浮かべた。
彼自身にとってもそれはどうやら自覚している特徴らしい。

「俺はただ隠し事はしても出来る限り嘘はつきたくないと思ってるだけだ」

「ふふ、隠し事ありで“出来る限り”な辺りがもう不器用なぐらいに正直よね」

何故そこでもっと耳心地が良く、当たり障りのない言葉を並べてしまわないのか。
取りようによっては不誠実に聞こえてしまう程にそれは誠実で正直過ぎる言葉。
おかしな男である。周囲とは距離を取り、敵には自信満々で容赦が無いくせに
過ごす時間が増えるごとに露悪的で自信の無い気弱な面が見えてくる。

「……ほっとけっ」

そしてそれを見せてる相手に図星を刺されると少し拗ねてしまう。
先程と同じような子供っぽい反応は彼が本当に年下だと思える数少ない要素だ。
不機嫌そうな横顔を見せてそっぽを向く彼の仕草には否応なく笑みが深まる。

「ん、なにしてるのよ信一?」

しかし視界の隅に入った光景が目について思わず首を傾げる。
左手はずっと話の合間を縫うように次々とおにぎりを口に放り込んでいたが、
指を引っ込めた後の右手はフォスタを操作しておにぎりの写真を撮っていた。
その理由を彼はあっさりと答えた。じつにひどい理由を。

「いや『女将手作りのおにぎりで夜食なう』と近藤(あいつ)に送ってやろうかと」

あくどくも凶悪でもない普通の顔で彼は軽い口調でそういう。
意図を察したトモエは思わず─女将達に気付かれぬほどで─吠えた。

「嫌がらせか!?」

「嫌がらせだがナニカ問題でも?」

ただそれに間髪を入れずに返ってきたのは静かな肯定。確信犯だ。

「やめてあげなさいよ!
 いまきっと色々面倒な後片付けやら何やらしてるんでしょ?」

その業界の人間というだけで真っ当な相手ではないのは承知しているし
いくら正当な理由があっても全面的な擁護をしようとは彼女も思わないが、
彼の立場や心情を思えば今だけはそれはやめてあげてほしいと切に思う。
何が悲しくて手下に噛み付かれた後始末をしながら想い人が作ったという
美味しそうなおにぎりの写真を見なければならないのか。それはもう
彼にとっては二度と手に出来ない温もりだろうに。

「ふん、自業自得だ。これぐらいですませてやるんだからありがたく思え」

だが彼は知った事ではないとあっさり件の文言と写真を送信した。
ああ、と嘆くような声が彼女から出かかった瞬間、指が鳴った。

「……信一?」

問いかけに返る声はないが、目の前に答えはあった。
並んでいたおにぎりから一個が瞬間的に消えてなくなったのだ
誰が、どこへ、なぜ、などという疑問はトモエには聞く意味もない事柄だ。

「まったく……このいたずら坊主」

子供のような可愛らしい所もあると思った次の瞬間にはこれである。
案の定そんな言葉を気にした風もなく彼はにやにやとした笑みを見せる。

「くくっ、違いない」

それはじつに正しい称号だと思いながらシンイチは吸い物を口にする。
なんてややこしい性格をしているんだと思いながら彼女も続くように飲む。
ただ双方の表情に浮かんでいるのは同じような楽しげな笑みだ。

今頃近藤は苛立ちと虚しさが沸き立つメールと共に突然現れたおにぎりに
さぞ激しく困惑している事だろう。写真と同じものだと気付いたらさらにだ。
胃にしみる温かさを感じながらその光景を想像して笑う二人の顔は、実に悪い。
元々であるシンイチはともかく彼女も大概毒されてきているのだった。

あえてここでは語らなかった「組織」そのものを潰さなかった理由は近々のうちにでてくる予定。
+注意+
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