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帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

修学旅行編 第一章「彼の旅はこうなる」

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04-64 母親

前回までのあらすじ!

修学旅行で京都の旅館に泊まる学園生徒たち。
露天風呂で一部はっちゃけたがシンイチによって、どちらも鎮圧される。
しかしその当人はそれからどこかに行方をくらまして……?







───自分はいま何をしようとしているのか




彼女はそれを十二分にわかっているのに自問していた。

いや、彼女はただどうしたらいいのか分からないだけ。

『どうしてこんなことに』という疑問と

『どうすればいいのか』という苦悶を繰り返す。

やってはいけない行為だと誰よりも彼女自身がよく分かっていた。

しかしそれをしないで済む選択肢がどうしも彼女の前には存在しない。

だがそれでも迷いが生じるのはそれで犠牲になるのが自分だけではないためだ。

彼女は一般的な感性を持っているただの普通の人でしかない。

むしろ何よりも大事なモノを失わないために自己を犠牲に出来る人だった。

だがそれを関係ない他者に押し付ける事は一般人な彼女には自らに刃を立てるより難しい。

自らの権限を用いて、人払いをしたその場所で彼女はただ並べられた食事を見る。

どれもこれも旅館の料理人たちが食材を吟味し、磨き上げられた技術で調理したものばかり。

もはやそれは一種の芸術といってもいい美しさと味を備えている。

彼女はそれを誇ってさえいる。

なのに今から自分はそれを汚そうとしている。

そしてそれで他人を傷つけようとしている。

激しい運動などしていないのに、馬鹿みたいに心臓の鼓動が耳を打つ。

どこか早くしろと急かしているように聞こえる。

どこかそんなことはやめろと怒鳴っているように聞こえる。

そこまで五月蝿い程に心臓が動いているのに逆に体は極寒の地にいるかのように寒い。

職業柄、人前で汗はかかないようになっていたのにいま彼女は汗だくだ。

体は震え、呼吸も荒い。

さっき落ち着こうと茶を飲んだばかりなのにもう喉が渇いている。

それでもやるしかないと決断しようとした。

一縷の─存在しないと彼女自身が思う─希望に縋るしかない。

もう一つある“見捨てる”という選択肢だけは彼女は選べない。

だから。

そっと懐から渡された小瓶を取り出すと震える指先で蓋に手をかけ───

「そこまでにした方がいいよ、女将さん」

「っっ!?」

───背後からかけられた柔らかな声に止められた。

人払いをしていた静かな大広間に声はまるで響かなかった。

むしろそれに驚いた彼女の息遣いのほうがやけに響いたように感じられる。

それほどに彼女は冷や水でも浴びせかけられたように驚いて小瓶を取り落す。

拾う余裕がないまま今度は心臓の鼓動が止まったかと錯覚するほど時が止まる。

咄嗟に振り返って声の発せられた場所を見たからだ。

そこにいたのは今日会ったばかりの、不思議な雰囲気の子供。

自分たち親子にわざとらしい態度でお節介をした“あの”少年だ。

だがその時とは違う感情がまるで見えない表情で悠然と立っていた。

彼女はそれを見て咄嗟に、そしてあとから振り返れば何故か。

罪を犯そうとした自分に死神が罰を与えに来たと思ったという。






シンイチが露天浴場から出る際に口にした理由はじつは真っ赤なウソだった。
彼が示唆した外部から何かしらの道具やスキルを用いた『覗き』というものは
余程予算に余裕がない施設でもない限りは昨今の露天風呂と呼ばれる場所では
当然のように対策がなされている。だが逆に男湯女湯どちらかから異性側を
覗こうというのは他者の目がある事や最初から客の良心を疑うことが客商売
として行い難いため甘めではあったが他の方法で充分予防できるものだ。

だから最初からヨーコに任せていたのは旅館内の調査だった。
宿泊する施設の構造を把握しておこうという程度の用心、ではない。
それはここに訪れた後、フリーレ達との雑談の後に人知れずやっていた。
図面程度ならばここに決めた時点で完全に把握していたので正確には確認だが。
ならばヨーコは何を調べているのか。簡単にいえば“何かおかしな所はないか”だ。

シンイチは旅館に戻ってきた時から言い表せない違和感を覚えてた。
第六感、勘、ともいってもいい。あるいは空気が違うというのが正確かもしれない。
ともかく“何かがおかしい”と漠然と感じた時点で彼はもう何かが起こっていると
結論を出した。その時にはもう見張り役を頼まれた後だったのでヨーコを動かし、
彼自身も早々に後任を見つけたことでそちらに意識を切り替えて見回っていたのだ。
旅館の客として浴衣姿で歩く彼を不審がる者はいない。元より意図して気配を
薄くしている今のシンイチは他者には動く背景程度にしか感じられない。

だからいくらか旅館内を見て回ったあと。
どこか様子がおかしい女将を見つけて後を追っても誰にも気付かれなかった。
青ざめた顔でふらつきながら女将が向かったのはこの後学園生徒達が一堂に介して
夕食を取る予定の大広間。そこで明らかに何かしらの薬品が入った小瓶を手に
女将は震えながら既に準備され並んでいる膳や飲み物を見詰めていた。

もうそれだけで答えが見える状況だった。
望んでいないがやらなければ何かを失うという顔。
追い詰められた人間が犯罪に手をかける一歩手前のそれだった。

「そこまでにした方がいいよ、女将さん」

「っっ!?」

だからそこで声をかけた。その線を越えてしまってはさすがに無罰とはいかない。
見たシンイチにとっても、やってしまった彼女自身にとってもそれは良くない。

「それ以上する気なら、物理的に止めなくてはいけなくなる………どうします?」

落とした小瓶を拾い上げながらあえて目の前でかざしてどうするのかを問う。
それが彼女にはどう映ったのか。大きく目を見開いて小瓶と彼の顔を見ると
その場に崩れ落ちるようにして両手で顔を覆うと嗚咽をもらしてしまう。
発見された事で良心の呵責で押し潰されそうだった心がもう耐えられないと
悲鳴をあげていた。あるいは失敗した安堵がそこにあった。

「ご、ごめんなさいっ、あぁっ、わたしっ、私はなんてことを!」

「理由の予想はつきます。俺から責める気はありません。けど時間がない。
 だから単刀直入に聞きます───あの子はこいつらに連れていかれたんですね?」

どこに隠れていたのか─転移魔法で─現れたのはフォトンのロープで縛られた男達。
全員がその強面で堅気とは言いにくい顔を恐怖に慄かせた状態で意識を失っていた。

「っ、あ、なんで!?」

「観光から戻ってきたら旅館の空気が何かおかしく感じたので調べたんです。
 そしたら客でも従業員でもない余分な連中がいて、あの子がいないのが解った。
 そして挙動不審な女将さんもね……で、こいつら誰です?」

簡潔ながらも言外に早く答えろと急かすように言われた女将は慌てながらも
内容ゆえか直接的な表現は抑えてぼかしながらも通じる物言いを選んだ。

「や、山木組というその筋の人達を名乗っていました。
 本当かどうかはわかりませんが、あの子の帰りが遅くておかしいと思ったら
 この人たちが急にやってきて……浩太を縛った写真と電話で声も!」

「そして、息子の命が惜しければいうことを聞け、と?」

「……はい、申し訳ありません。私はあと少しで本当にっ!」

「だからいいですって……それで俺たちの食事に薬を混ぜろ、と。
 中身は、睡眠薬……いやこれもう昏睡薬じゃねえか?」

小瓶に書かれた薬品の名前からフォスタで検索をかければ実体はそれだと知れた。
それもわずかな量でも摂取すれば一定の時間経過で強烈な眠気に襲われて意識を失い、
体から薬が抜けきるまで起きることはないという。

「はっ、どこの世界も悪党がする事はホント大差がないな」

それでいったい自分達に何をするつもりであったのかと鼻で笑う。
シンイチの─邪神の─思いつく限りの悪徳は総じて人が思いつく全てである。
どの可能性もろくでもないものであり、彼の目は剣呑な光を宿して細められる。
哀れにも─自業自得だが─彼に知られ彼の身内を狙った時点で全ては終わりだ。
そして悪いことは続くものである。

「俺らに手を出そうとした上に子供をさらって、母親を脅す、か。
 ああ、残念だ。その地雷を踏み抜いた以上ただで済むと思うなよ」

全く残念がって無い口調で軽薄に笑った少年に真っ先に女将が震えあがる。
幸か不幸か。彼女がついさっき彼に抱いた感想は概ねで間違っていなかった。
下劣な悪党にとってこの少年以上に最悪な死神など存在しないのだから。

新年一発目としては短いですが、しばらくこのぐらいのやつを短いスパンで、
っていう更新スタイルをお試しでやってみようかと。
一応、明日か明後日には更新します。


それでは本年もカエファンをどうかよろしくお願いします。
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