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帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

修学旅行編 第一章「彼の旅はこうなる」

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04-62 弟子たちも自重しない

毒されて、おります





京都の都市部と郊外のちょうど境界線辺りに存在する小さなビル。
さる会社が丸々所有している建物は何故か人気が少ないが最上階の一室では
互いに護衛らしき男を背後に立たせた女同士がテーブルを挟んで向かい合っていた。
ただその様子は友好的とは言い難いほどに刺々しい雰囲気がある。

「失敗したとはどういうことかしら?」

豪奢なソファに深く腰掛けていた白いレディーススーツの女は目の前の女を
睨み付けるように詰問する。それだけで人を威圧する雰囲気を持つ彼女の睨みに、
されど相手の着物姿の女は微かにも動揺せず淡々と返した。

「失敗ではないわ、邪魔が入っただけよ。
 何者かが視線に一回も入ることなく且つ一体も残さず破壊された」

ソレは事故でも故障でもない第三者による干渉があったのだと。
スーツの女はそれに胡散臭い目を向けてしまうがそれも仕方がない話。

「どうだかね、あなたしか見てないんだからどうとでもいえることよ」

何せそれを証明できるのは彼女だけでありその言葉には客観性がなかった。
だが着物の女とて黙ってはいない。鼻で笑うようにしてこう返した。

「ではなぜあなたたちご自慢の機械虫たちは一体も戻ってこない?
 あれの操作や反応を調べるのはあなたたちの領分でしょうに」

ならば何故すべての反応が消え、操作不可になっているのか。
それに対する答えがないスーツの女は苦々しい顔を浮かべながら話を変えた。

「ふん、まあいいわ。本命だった次元干渉機は成功だったようだし、
 元々ドローンも互いの技術融合を模索する試作の一つでしかないんだから」

「そういうことにしておきましょう」

固執するほどのモノではないと嘯く姿に着物の女は嘲笑う。
本命が次元干渉機(そちら)であったのは事実だろうが需要があるのは機械虫(ドローン)だろう。
世間に疎い自覚はある着物の女もそれが分からないほど世を知らないわけではない。
次元の壁に罅をいれ、副次的に輝獣を発生させる装置と昆虫に擬態できるドローン。
技術として次元干渉機が革新的である事は素人でも分かるが実用性は皆無に等しい。
機械虫とて試作といっているが正確には交流公開前から研究していたものだった。
だがあのサイズで実物と大差ない挙動を持たせ、尚且つカメラや擬態機能を内部に
詰め込む事が彼女たちやその配下の技術者たちには何年たっても出来なかった。
だからこそ自分達に縋ったのだと着物の女は言葉ではなく表情で嘲っていた。

「っ、いうじゃない。このままだと本当に歴史の闇に埋もれると危惧して、
 遠い昔に一族を抜けて企業した私達を頼ってきた時代遅れさんが」

それを正確に見抜いてか。
より眼光鋭くしながらスーツの女はそれをはっきりと口に出して笑う。
着物の女は表情を変えなかったがぎりっと奥歯を噛んで屈辱に耐えていた。
そもリアルサイズ化を目指した事で内部に詰め込める絶対量は減ってしまっている。
だからこそあえて(カメラ)と擬態機能を付けず霊力による式で補完させたのだ。
それによって互いに単独で動かすより低コストで多数の目を放つ事を可能とした。
メリットはあった。だが欠点として術者しか視界共有できず他者がモニターできない。
スーツの女からすれば使えた代物ではない。期待が無かったといえば嘘になるが
それなら次元干渉機の方が売り手を(・・・・)考えなければ(・・・・・・)まだ使い道はあると内心ほくそ笑む。

「あら、ナニカ目新しいモノを売り出せなければ、
 全てを処分しても借金まみれの三流会社社長はいうことが違いますね」

高い技術力を持っていたが、今やそれだけでは生き残れない彼らを哀れむように語る女。

「一族内で誰にも相手にされなかった落ち目で行き遅れの姫にしては、面白い冗談ね」

歴史だけはあるが力が衰えて誰からも見向きもされなかった一族を嘲笑う女。

──うふふ

──くすくす

本心を隠し、皮肉を言い合いながら笑い合う両者の顔はとても眩しい笑みだ。
だが背後に立つそれぞれの護衛が本音を語るように相手を冷めた目で睨む。
彼女たちは互いに出せる技術と知識を出しあった協力者だが、仲間ではない。
むしろ不倶戴天の敵といってもいいほどに生理的に合わなかった。漂う空気は
互いに刃を首筋に突きつけあうようなものでこの場に第三者がいれば気を
失いたくなるほどに刺々しく不穏なものであった。

『女の争いは怖いねぇ』
「がっ!?」
「ぐぅっ?!」

尤もその第三者が普通の神経をしていれば、の話だが。

「え、なにっ!?」

「どうしたの!?」

突如として吹き飛んだ互いの護衛。
彼等は別々の壁に叩きつけられるようにして意識を失っていた。
まずはそれを把握するのとそれがどうして起こったのかを理解しようと
した彼女らはそこにあった第三者の声というものを聞き逃していた。
されど。

『まあ思ったより程度が低くて安心したが、こういう馬鹿どもは
 放っておくとかえって何するか分からないから面倒で困る』

宙に浮かぶようにある白い仮面。
黒い靄を纏った人型が目の前に現れれば否が応でも認識しなければならない。
その驚きのためにその呆れかえった老若男女不明の声は右から左へだったが。

「な、なにこれ。気配が、いま突然!?」

「警備の連中は何してたのよ、あんた任せろっていったじゃない!」

予兆のない出現に愕然となっている着物女と怯えてソファの裏に隠れるスーツ女。
だがさすがに慣れていたのか。我に返った着物女は刀印を結ぶと一気に振り下ろす。
只人には見えぬ霊力の刃が一直線に黒靄に向かうが相手から出たのは溜め息だけ。

『まったく……』

黒い腕─らしきもの─が円を描くように自らの前でくるりと回る。
生まれた漆黒の円盤は霊力の刃をまるで飲み込むように消し去った。

「ばっ、馬鹿な! なんだそれは!? 霊力じゃないっ、お前はなにを!!」

彼女の感覚には引っかからない力を行使されてまだ平静を装っていた顔が崩れる。

『……あいつらはあいつらでヒトに使うのに抵抗感があり過ぎるが、
 お前らは躊躇いが無さすぎる……まあ私を見てヒトと思えというのも無理な話だが』

「人、だと? そのなりでなにを……」

一通り好き勝手な批評をしながらも仕方なしと自らで完結させる黒靄。
相手にされていないと感じながらも得体の知れなさから動けない女たち。

「あんた何者よ!?」

それでも勇気を振り絞ってか訳の分からない状況への苛立ちか。
スーツ女の張り上げた声にもう一方の女性が反応しない事に黒靄は溜め息。

『そっちの社長はともかく、そちらも知らないか。
 中途半端に裏側にいる奴にはどうやら知られていないようだな。
 うまくやったといいたいところだが、少し参った、ともいえるか。
 これだと退魔一族には私の雷名は効果が無いかもしれん』

なんて面倒だと言いたげな声を出すと、その姿が彼女らの視界から消えた。
しかしそれに息を呑む暇もなく黒の腕は女たちの首を掴んで易々と持ち上げた。

「あっがっ!」

「うぐっ、おの、れっ!」

『まあ話はだいたい分かった。お前らにもう用はない。
 お前の会社も、お前の家も、もう私の手のひらの上だからな』

首を絞められた苦悶に満ちていた顔が一瞬困惑と驚愕に歪む。
その視線の先には彼女らが見やすい位置に二つのモニターが浮かび上がっていた。
片やその歴史を誇るような広さと大きさを持つ日本家屋が倒壊している光景。
片や地方ニュースの一幕として語られたのはある会社の電撃的な経営者追放劇。

「や、屋敷が、そんなっ!」

「う、そよ……なんで……」

それの意味する所に気付いた彼女らが愕然としたのを合図に手に力を入れた。
鋭い痛みと一瞬の苦しさの後。仮面の下に怪しい三日月を見て、二人は意識を失う。
力を無くした体をぞんざいにソファに落とし捨てると仮面は別のモニターを開く。
そこに映っていたのはどこかのビルの前に立つ一組の少年少女。

『さて、私の弟子たちはどこまでやれるかな?』

それを眺めながら仮面はじつに楽しそうな声を出すのだった。





──────────────────────────────






────お前らちょっと行ってダンジョン攻略してこい


トモエとリョウがその言葉に戸惑ったのはいうまでもない。
旅館に生徒達が集合し、注意事項を述べたあとの京都観光という自由行動。
風紀委員として観光より生徒達の監視を優先した陽子とそれに巻き込まれたのか。
抑え役としてついていったかは不明だが弟の陽介もまたこれに付き合うことに。
またスポチャン同好会の面々が揃って体調不良を訴えて旅館に留まったため
行動予定を改める必要が出てきた二人はそこでシンイチから呼び出されて
そんな言葉を投げかけられたのだ。まるでおつかいを頼むように気軽に。
しかもダンジョンなどという謎の単語付きで。尤も。

「まあ、確かにこれはダンジョンって言っていい状態だけど」

目の前にある建物を見据えて、言い得て妙だと彼女(トモエ)は苦笑しながらも認めた。
それは小さなビルだが建物内も周囲も不自然なくらいに人気が感じられない。
人避けの結界が囲むように張られて周辺は局地的なゴーストタウン化をしている。
そのうえ出入口にあたる自動ドアには万が一入り込まれた場合を考えてなのか。
術によって作り出された異界への入り口となっており入り込んだら最後。
術者が解放するまで迷わすような迷宮が待っていると彼らの目には視えた。
一見何の変哲もないビルだが全体に異様な力が渦巻いている。

「ああ、そうだな。
 詳しくないオレでもここは変だって分かる。
 ………下手なんじゃねえか、やってる連中?」

霊視が出来る程度の腕前しかないと自覚しているリョウはそんな自分に
気付かれてしまう結界と内部を大きく変貌させている術をそう酷評する。
それに幼馴染は躊躇いなく頷きながら正直な評価を口にした。

「規模はすごいけど、人数を揃えたからって感じよね。
 力量としては中の下、ううん下の上ぐらいじゃない?」

「で、こっちはガレストの武装無しスキル無しで攻略しろ、か」

相手が弱いからそんなハンデがつけられたのか。
自分達はそれらが無くとも戦えると判断されたか。
リョウはどちらかならいいなと思いつつも実際はそうではないと勘付いている。
ようは霊力を使っての実戦を経験しろということなのだろう、と。
宿題の答えがまだない自分への発破か。純粋な経験値目当てか。

「はぁ………トモエ姫殿のご意見は?」

どちらであろうと無様をさらす方が怖いと意識を切り替えつつ幼馴染に問う。
この分野において彼は自分が無知なのを承知している以上彼女の意見は重要だ。

「あんたは常に霊力を体に覆わせているようにしてればいい。
 この数ならあたしとリョウの二人でも油断しなければ問題ないわ。
 でも─────次に姫っていったら呪って操って人前で変な踊りさせる」

冷静に彼我戦力差を隠れている気配の数を読み取って計算しながらも、
最後にとびっきり冷たい声を発した。それに宿る本気さにリョウはぶるりと
震えると何度も平気で口にするシンイチの気持ちが分からないと影で嘆く。
そしてもう二度と呼ばないと心で誓う。幼少期から染みついた上下関係は
そう簡単にぬぐえないのだった。

「じゃ、じゃあまずどうする?
 セオリー通り敵に気付かれずに侵入路の確保、とかやってみるか?」

その怯えを誤魔化すように突入法の復習を提案した。
彼ら学園生徒が教わる戦闘方法においてその仮想戦場は広い空間である事が多い。
主だった仮想敵が対輝獣と外骨格を纏った対人間に重きが置かれているからである。
とはいえ対人戦も想定されている以上室内戦もいくらか教えられていた。そこでは
他の仲間の突入口やいざという時の脱出路確保は重要とされていた。だが。

「………ダメ、人が出入りできる所には霊力に反応するトラップがある。
 只人ならともかくあたしらだと一斉に攻撃されてちょっと面倒よ」

鋭く正面玄関を見据えていたトモエは首を振った。
頷いたリョウはそれではどうするべきかと知恵を絞る───予定だった。

「え、おいトモエ?」

異界への入り口。罠がある。
そう告げた本人がなぜか気にした風もなく正面玄関に近づいていく。
慌てて追いかける彼の耳にトモエの詠唱がかすかに届いて背筋が凍る。

「お前なにを!?」

「オン───」

胸元で結ばれた刀印がそれと共に躊躇いなく振り下ろされる。
自身の身長を超える程の大きさの霊力の刃が地を走って炸裂する。
リョウの目には深くは分からずとも何かの術式が無残に吹き飛ばされたのが見えた。
入れば迷う異空間への誘いの術は一度も発動する事もなく破壊されてしまった。
内部からその維持を行っていた者達の悲鳴が聞こえたのは気のせいだろうか。

「術を解いてもどうせ気付かれるし、なら派手にいかないとね……さあ行くわよ!」

鞘に納めたままのカムナギを掲げて意気揚々と告げる幼馴染に彼は肩を落とす。

「忘れてたよっ……お前はそういう奴だった!」

基本的に突撃思考である少女の無茶にいつも巻き込まれていたのを思い出したのだ。
罠が邪魔なら吹き飛ばせばいいじゃない。どこかの王妃も真っ青な行動である。
尤も余談となるがかの王妃はあの有名な台詞を言っていないとするのが定説だ。

「で、どうするよ? 走り抜けるか?」

「まさか、階段で挟撃なんかされたくないわ」

外観から見れば予想外に広いフロア全体を使った玄関ホールに二人は踏み込む。
既に霊的には派手な行為で入口の罠を破壊した以上、侵入は気付かれている。
そも彼らの目には潜んでいるつもりの者達が複数はっきりと見えていた。

「だから、とっとと出てきてくれない?
 それとも隠れている所に攻撃した方がいい?」

そしてトモエはどこにいるか教えるように順番に指を差した。
瞬間、空気が重くなったように感じられた。侵入者とはいえ子供相手に容赦なく
強い敵意が叩きつけられる。二人の顔にあるのはそよ風でも受けたようなそれだが。

(わっぱ)ども、ここに何用だ?」

総勢五人の影が術を解いて姿を現すと立ちはだかるように彼らの前に並び立つ。
見れば山伏のそれに近い姿をした三十代ほどの男達だ。その誰かが少年少女を
威圧するために発した声は低く重くその場に響いているが二人には軽かった。
彼等の師が時折脅しで出す声の万分の一程度の圧迫感では無いも同然であろう。

「その格好は、葛木家ね。
 落ち目とは聞いていたけど、面倒な事を企むわね。おかげで京都観光がパーよ」

「なにっ、貴様らどこのっ?」

「オレだってあちこち行きたかったよ……で、こいつら人間? それとも式?」

「っ、こちらの質問に答えろ!」

「さらに面倒だけど人間の方よ、ったく」

式なら問答無用の全力で吹き飛ばすのに、と言いたげにカムナギと鞘を
下緒で結びつけて振り回しても鞘が抜けないように固定すると正眼で構えた。
リョウもまた全身に纏わせた霊力をそのままに拳と足先にさらに力を込める。
相手からの言葉などそも最初から聞く気は彼らにはない。

「舐めた童どもよっ、かまわん! 少し痛めつけて背後関係を吐かせろ!」

「はっ!」

「っ」

手にした錫杖を突き出すように構えた五人にリョウは前のめりに構えるが、
隣の少女が一瞬怯んだように僅かに下がったのが横目に見えて、ああ、と納得した。

「心配すんな、構えの動きだけでもう分かる」

「え?」

「前に言ったろ、他の連中なんざ“遅い”ってな」

わざとらしく油断するように横を向いて隣の幼馴染に告げる。
それは杞憂だと、どこかここにいない誰かに呆れているような顔で。

「馬鹿めっ! よそ見を、なっ!?」

「な?」

対峙している者達からすれば明らかな隙を狙った突きはいとも簡単に受け止められる。
少女を見ていた顔はもう前を向いていたが男はそれがいつ戻ったのか分からなかった。

「っていうか隙を突くなら喋ってんじゃねえよっ!」

「うぐっ!?!」

その驚愕に思考が止まった相手など只のサンドバックだ。
掴んだ錫杖を引き寄せて前のめりになった男の腹を加減して(・・・・)蹴り飛ばす。
大の大人の体が、それもどこか鍛えられたそれが少年の蹴り一つで宙を舞う。
そしてそこから放物線を描くようにフロア奥まで飛ばされ壁に叩きつけられる。
床に落ちた時にはもう白目をむいて意識を無くしていた。

「……とか、絶対あいつ言いそう」

それを少しも気にした風もなく今のは誰かの代弁だと肩を竦めてみる。
今のに驚愕しているのは山伏もどきたちだけだ。学園生徒からすれば当然の結果。
スキルやフォスタが無くとも彼の筋力はAAAランクなうえに霊力の補助もある。
極力加減しなければステータスを鍛えてない相手など簡単に血肉にしてしまえる。
それにもう恐怖心を持っているリョウは適切な加減というものを覚え出していた。
それでもまだ簡単に人体をボールのように蹴り飛ばしてしまう、のだが。

「確かに、ね!」

学園で慣れているせいか。それよりも彼が真似した誰かのセリフに共感する。
すぐさまに破顔したトモエは、真正面から迫る二人目をしっかり見据えた。
仲間をやられた驚愕からの復帰とその踏み込みは確かに早いといえる。
あの男の鍛錬を受ける前なら、の話だが。

「小娘っ、まずはきさっ!」

意識を集中させた途端に感覚がその動きを一気にスローモーション化する。
振り上げて頭上目がけて振り下ろさんとした錫杖の軌道。踏み込む足捌き。
視線や腕の向きや動き。詠唱しているかどうかも口許を見て確認する。
また他の敵の動きまでも把握できる余裕を持ったまま体を開くように
振り下ろされた錫杖を紙一重で避ける。床に窪みをつけた一撃は本人に
とっては全速力であったらしくその顔を見れば避けられたと理解するのに
まだ時間がかかっていた。

「ホント、遅い」

「な、あがぁっ!?」

錫杖を踏みつけるように押さえながらカムナギをバットにしてのフルスイング。
顔面に叩き込まれた一撃は相手の顎の骨を粉砕しつつ意識を奪って打ち倒す。
無残な顔を仲間に見せるように倒れた男に周囲からは血の気が引く音がした。

「お、おのっ!」
「だから遅いっての!」

一番最初に口を開いた男はすぐにその口から意味ある言葉を吐けなくなる。
とっくに踏み込んでいたリョウの拳が深々とその腹に突き刺さっていた。
子供相手に三人もやられたと警戒するより前にいきり立った残る二名はしかし。

「ほらよそ見しない」

リョウへ襲い掛かる前に立ちはだかった少女の横薙ぎの一閃に下がらされた。
飛び退くように避けてトモエを見据えようとした彼等だがその時にはもう
再びトモエの間合いの中。

「くっ!」
「このっ!」

慌てて錫杖を振るうが刀とそれでは間合いが違う。
中ほどで握っているとはいえ並んでいてはその長さを活かせない。
トモエがそれを狙って攻め込んでいることに男達は気付きもせずに、
目前の少女を排除しようとするが彼女からすれば動きがあまりに遅い。
錫杖を用いた突き、振り下ろし、振り上げを時に避け、時に弾き、そしてまとめて薙ぎ払う。
受けきろうと防御に構えた錫杖ごと叩き折るように二人の男をかっ飛ばす一撃(ホームラン)
観葉植物のスペースに突っ込んだ二名はそのまま白目をむいた。

「……こんなに弱かったのね、こいつら」

それをどこか他人事のように見据えながら独り言のように呟く。

「比べる対象が早過ぎるってのもあるが、基本術者だからな。
 肉体鍛錬はせいぜい山籠もりできる程度なんだよ、所詮」

その程度で学園生徒が負けるかよ、と吐き捨てるように続けて内階段を目指す。
その背には退魔一族に対する嫌悪と嘲笑、そして鍛えてきた自らへの自負があった。
逆に表情にはそれを彼女に気付かせる為に今回の事を考えた誰かへの呆れも、だが。

「あ、ちょっと待ちなさいよ!
 肉体的にはそうでも術とか使われたら厄介なんだから先に行かないで!
 ミスしたら絶対信一にぐちぐち言われるんだから!」

「ああん? そっちこそ馬鹿いうな。
 お前より頑丈なんだから前に置いて盾役としてちゃんと使えよ!
 することしないとあとであいつに怒られるのオレなんだぞ!」

軽くそんな言い合いをしながら倒れた者達を無視して階段を上る。
エレベーターもあるが狭い密閉空間の中に敵に見つかっている現状で
飛び込むのは自殺行為だ。それなら上下から挟まれる心配はあっても
階段の方が危険は少ないと二人は自然に選択していた。そういった思考は
学園における戦闘教育の恩恵といってもいいだろう。一方で敵に襲われるより
出来る事をしないで師に叱られる方が嫌だと言い合う程に彼等は教育されていた。
調教ではないと思いたいものである。

「えっと、確かあいつ社長室がゴールだって言ってたな。
 ………どっかに建物内の地図とかあったか?」

「お客さんがたくさん入る建物ならあるんでしょうけど……」

しかしその足取りも二階にあがるとすぐに止まる。
一階は玄関のみと判断して階段を駆け上がったものの彼らは内部構造に詳しくない。
外から見て五階建てである事は分かっていたが一社が全てを保有している事もあってか。
案内板もなく、元より社外の人間が来る所ではないためか簡略図さえどこにも無い。
せめて、と周囲を見回して概ねでも建物の構造を把握したいところだったが、
階段を上ったなりの場所からは正面の壁と左右に伸びる廊下しか見えない。
正面の壁の向こうにいくつかの部屋が並んでいるであろう事は廊下の先が
奥に曲がっている事から推測できたが、見える範囲で分かったのはそれだけ。

「隠れてる気配があちこちにあるから探査してもしょうがないし、
 完全に敵地だから式を飛ばしても確認する前に破壊されるでしょうね」

「ええっと、つまり?」

「それらしき部屋をしらみ潰し、でしょうね」

マジか、と嘆くように呟きながら階段前の廊下に立つと左右を眺めた。
そしてその光景に肩を竦めると呆れたような顔で幼馴染に振り返る。

「………この状況でか?」

「それがお望みなんでしょ、我らがお師匠様は!」

トモエは憤りのまま霊符を階段に向けて投げつける。そこには「閉」の文字。
閉じられた事で生じた霊力の壁が一階と三階から訪れた人や式をせき止める。
声や音さえ閉じ込められているのか何やら叫びながら不可視の壁を叩いているが
どの音もまったく聞こえてはこない。

『貴様ら、只人ではないようだがどこの…』

「そうだろうなぁ」

その光景も含めてアハハ、と苦笑しながら囀る鳥形の式を殴り飛ばす。
やっとらしくなってきたと胸中でひとりごちる彼の前で壁に叩きつけられた式は
憑代としていた折り紙が飛び散って霧散する。だがその行く末を見ることなく
廊下の奥から迫ってくる集団を彼は見据えて幼馴染に問う。

『いきなり何をする! 押し入ってきたのだ名ぐらい名乗れ!』

「で、これは半分ずつでいくか?」

それは妖怪絵巻に出てくるかのような異形。イラストのようなデフォルメもなく、
ゆるキャラのような可愛さもない本物の生物らしい生々しい姿を持つ小さな鬼・餓鬼。
その姿を模した式鬼の先頭が金棒を突きつけながら騒いでいたが誰も聞いていない。
おどろおどろしい集団に挟まれそうになっているが彼らの表情に焦りはなかった。

「まだ二階なのよ、あんたのその出鱈目な霊力(ヤツ)でどっちも吹き飛ばしなさいよ」

むしろ少女の方は指で左右を指し示しながら一掃してしまえと笑顔で彼に命じていた。
相手が只人ではなく、明らかに掟に違反した退魔一族の、しかもただの式なためか。
加減する必要も意味もないと完膚なきまで屠ってやれとその顔が告げいていた。

「霊力の特性を考えるとそういうことも出来るのね、あはは……」

尤も似た想いを持つリョウ自身は彼女のその態度に逆に冷静になって苦笑している。

「はぁ、こんなのと幼馴染でよく死ななかったな、オレ!」

溜め息まじりに両手を左右に突き出すと廊下という空間を満たすように霊力を放った。
意図的にそう念じなければ自然物以外を傷つけられない霊力は廊下を壊す事はなく、
だが霊的な物体である式鬼に逃げ場を一切与えなかった。

『え、なっ───!?』

誰かの困惑と驚きの声は霊力の光に呑みこまれて跡形もなく消された。
霊力で作り出された物体である以上、霊力の奔流の前では実体を維持できなかったのだ。
だが廊下にはそれらがいた痕跡どころか霊力による攻撃の傷さえ残っていない。

「よしっ、これでいいか?」

「……これだけ放出してけろりとしてるあんたが信じられない」

「おい、やれっていったのお前だろ!?
 なんでオレが悪いみたいになってるんだよ!!」

腐れ縁の幼馴染らしい言い合いを続けながら右の廊下に二人揃って突き進む。
これも染みついた学園教育の教えだ。少数である以上敵地で分散など愚策である。
道なりに二人で進みながら部屋の名前を見ていく。やはりというべきか二階に
『社長室』の三文字はどこにも無く、二階フロアをおおよそ周り終える時になって
ナニカを察知した両名は合図もなく同時に止まった。

「なかなか良い勘をしているな、(わっぱ)。先程の仕返しをさせてもらおう」

人事部というプレートが掲げられた部屋から出てきたのは着流し姿の男。
年のころは玄関ホールにいた者達と似たような年齢で手には複数の霊符。
その動きを見た時にはもう彼らの意志は口にするまでもなく決まっていた。

「どこの家の者かは知らんがこうなれ、おい待て! とまっ、ぐぎゃぁっ!?!?」

口上など聞く耳もたんとふたりは突貫するように男に拳と鞘を繰り出していた。
顔面に刺さった拳に鼻が折れ、腹部に刺さった鞘は呼吸を一瞬止めてしまう。
折角構えていた霊符は手から落ち、彼の意識もそのまま闇に消えた。
“こうなった”のは─当然だが─彼等の師が原因である。曰く。

『───戦闘中に敵の話なんか聞いてるんじゃない。
 そんな暇があるなら何でもいいから一撃くらわせろ』

『情報収集なんざ倒した相手を拷問、もとい尋問すればいい』

『ご立派な主義主張も二度と立ち上がれないほどボコってから聞けばいい。
 ……話せる気力があれば、だがな』

はっきりと問題ある単語を発言しながらも彼はイイ笑顔でそう語った。
まずは勝つ。まずはその事態を終わらせる。対話も葛藤も懊悩もその後にしろ、と。
尤もそれに倣ったというよりは彼らに対する悪感情が先んじているのは否めない。
とはいえ次元干渉機という一歩間違えば輝獣発生機にもなりかねない装置を
生み出す協力を我が身かわいさと一族内の復権を目指すためだけに行ったのだ。
主張(イイワケ)を聞く余地も、同情する余地も最初から存在しない。

「で、三階行くのにこれはどうするんだ?」

ふたりで揃って打ち倒した二階警護担当(着流し)の男を放っておいて階段に戻ると
トモエの張った『閉』の結界に遮られている者達が必死に抵抗していた。
刀剣類を手にして切りつけている者もいれば霊力や術を叩きつける者。
生み出した式に攻撃させている者もいるがその衝撃音すらこちらには届かない。
完璧に『閉』じている。霊符一枚でこの現象を起こしている事に向こう側では
術者たちが抵抗しつつ驚愕しているが少年少女はこれでは自分達も階段を使えない、
としか考えていない。だが。

「そんなの簡単よ。こうすれば、ね」

解決策をトモエは最初から思いついていた。
その場を閉ざしている霊符に彼女はそっと二枚目を重ねて上書きする。
そこには『爆』という文字がはっきりと浮かんでいた。

「お、おい!?」

慌てて耳を塞いだリョウの前でビルや空間を揺るがすような衝撃が起こる。
文字にするのも困難な爆音と共に巻き起こる衝撃波を真正面から受けて
階段に集結していた集団は式も術者も問わずに吹き飛ばされた。
ただ本物の爆発ではなく霊力による爆発だったせいか建物は無傷。
しかも指向性を持たせたらしく彼らにはせいぜい音だけが届いた。

「………ナカムラがいるからつい忘れるけど、お前も大概えげつないよな」

周囲を見回しながらリョウはしみじみと語る。
昔からやるからには徹底的に、という所をこの少女は持っていた。
爆風によって壁や手すりに体を叩きつけられた者。階段を転がり落ちていった者。
皆、誰もが気を失って投げ捨てられているかのように散らばっていた。
そして手にしていた武器や術の媒介の法具等は無残にも砕け散っており、
式などその憑代の残滓すら残らない惨状は死者がいないのが不思議なくらい。
敵とみなすと容赦がないとぶるりと背筋が震えるリョウである。

「いや、もしかしてあいつの影響受けてるのか?」

「こ、怖いこと言わないでよ! あ、あそこまでひどくない……はずよ」

引き攣った顔をして否定するも冷静に自分がした行為を客観視すると目が泳ぐ。
おい、とまた突っ込みたくなるリョウだが上から多数の人間が動く足音が聞こえた。

「次が来たぞ………今のでさらに引き寄せたんじゃないか?」

「どうも数だけはいるみたいね………おびき寄せたっていいなさい」

それに頭を即座に切り替えつつ─軽口を言い合いながら─両名はそれぞれで
どう撃退するかの思考を働かす。階段にまた罠を張るか式黒鬼で強引に突破
しようかと考えるトモエの横でリョウは階段に足を踏み入れると上階を
見上げるようにして何やら呟く。

「考えてみれば、左右も上下もやること変わらないよな」

「へ?」

少女の問い質すような声に答えることなくリョウの両手は頭上に掲げられた。
そして何の躊躇も迷いもなく、これが一番手っ取り早いといわんばかりに
あっさりと己が莫大な霊力を階段一杯に広げるようにして上に向かって放出した。

「……いや、そりゃ最初にアイディア出したのあたしだけど……」

霊力の光が“上”を支配していくのをあんぐりと見送りながら呆然とするトモエ。
視える自分達にとってそれは視界が霊力光に塗り固められるも同然の攻撃だ。
それが足元から階段を突き抜けてくるのだから彼らが気付いた時にはもう遅い。
視界が閃光で埋まり、次の瞬間には己の霊体に直接干渉してくる莫大な霊力の渦だ。
本来なら術にもなっていないそれは鍛えられた術者にはさほど強い影響力はない。
だが一方でどれだけ拙い技術であろうとも高出力・高純度な大量のエネルギーは
ただそれだけで脅威であり強力な武器であるのはどこの戦場でも変わらない事実。
彼等はもう巨大な渦に巻き込まれた哀れな小魚でしかない。

「おしっ、手応えあり!」

「………あたしたちどっちも影響受けてる気がしてきた」

そこまでの量をかなり雑に放出としたというのに余裕のある態度の幼馴染に
彼女はどっちもどっちなのではという懸念を覚えながら頭を抱えてしまう。
相手が同じ霊力の使い手という事で使用に躊躇いは無いのだが、こんな使い方は
今まで教わってきたナニカを盛大に崩した先で初めて思いつくモノの気がした。
リョウはその教え自体を受けていないがそもそもの方法を与えたのは彼女だ。
そして彼は文字通りそれの方向を少し変えただけである。そしてどこか
その発想の仕方は自分達を鍛えている男と似ているような気がしてきた。

「まあ、一掃できたからいいけど」

感覚を上に広げて探査してみれば階段を駆け下りようとしていた集団の気配は
恐ろしく希薄だった。リョウの莫大なそれが直撃し一気に多量の霊力を削り取られて
大半が気絶しており何とか我を保っている者も意識が混濁して立ってもいられず
朦朧としながら蹲っているのを感じ取れた。

「ほらさっさと三階に行くぞ。
 遅くなったらまた何をやらされるか分からないんだからな!」

その惨状をまだ知らない彼は呑気に、されど彼らには重大な問題を告げる。
これには結果に頭が痛いような呆れを覚えていたトモエも我に返った。

「分かってるわよ、もう!
 でも三階はあたしにやらせなさいよ!
 あんたのそればっか頼ってたらそれこそ信一に課題増やされる!」

そういって三階に上ってからの快進撃はそれこそあっという間だった。
大津家型式鬼を多数作り出すとその(じん)海戦術によって彼女は三階を征服する。
フロアにいた五人の術者に対して室内用に調整した式鬼はゆうに五十体以上。
廊下や室内を埋め尽くされた彼らは何もできないまま沈黙させられることに。
数は力である。

四階ではさすがにここまでの騒ぎから完全に待ち構えられていたが、
それを先に感じ取っていたため霊符を用いた閃光による目潰しによる混乱に
ふたりが突撃したことで一瞬で片づけられてしまう。奇襲上等である。

五階に至っては急に社長室に入れなくなり内部と連絡が取れなくなった事と、
建物内の仲間からの連絡も途絶えた事で完全に混乱状態に陥ってしまっていた。
それはもう勢いに乗った両名の敵ではなく鎧袖一触な結末を迎える。
士気というのは大事である。

それらの間には念のために設置されたいくつかの罠や警備を目的とした式も
配備されていたが前者はトモエに目敏く発見され、後者はリョウに殴り潰された。
いくら念のためあるいは外部に話がもれないための警備だったとはいえ、
それなりの人数を動員しておいてたった二人の侵入者に葛木家の警備網は
全体として10分そこらで攻略されてしまうことになる。

『…………はぁ』

その流れをモニターしていた仮面はつい呆れが混じった溜め息を吐く。
社長室にあるソファに腰掛けながら金庫にあった資料や書類を精査しつつも
横目で状況を把握していたのだがよく“視”ればたいして疲れた様子もなく
体力も霊力もせいぜい2割の消耗。単純な力量差と二人の戦術を考えると
多いと見るか少ないと見るかの判断が難しいところであった。

ただもし着物女─葛木家の姫に意識があれば「なんだあのざまは!」と
あまりの不甲斐なさと非力さに思わず説教していたところだったろう。
少年少女にあった対人戦への自信の無さを払拭するには役には立ったが、
力押しでどうにかされてしまった葛木家には期待外れという感情しか湧かない。
逆にあんな力押しが出来てしまう弟子達には妬み僻みのような感情が湧くが。

一方的に襲われて一方的に利用された葛木家からすればとんでもない話だが
自らの家と自らの利益のみを追求して傍迷惑な道具や技術を開発したのだ。
仮面の中ではそれを自分に気付かれた時点で終わりと決めている(・・・・・)

勿論言い訳は立つ。そもそもにして退魔一族は内で固まっているため
権力争いをすることはあっても現場で、実戦で争うことは稀なのである。
同業者との争いへの不慣れさと学園の基礎的な鍛錬による肉体能力の乖離。
他にも才能の差。想いや決意の差。背負うモノの差。さらにまだ数日とはいえ
比べようのない程の戦闘力を持つ師に物理的何度も叩きのめされては目も肥える。
落ち目の葛木家などものともしない実力があるのは当然の話といえた。
尤も、そのために常識(ナニカ)を彼らは失ったかもしれないが。

「なんかいい感じに主様の弟子っぽくなってきましたね!
 最初の一撃でダンジョン攻略ではなく破壊を狙う辺りが特に!」

『……………ほっとけ』

耳元に隠れていたヨーコの言葉に疲れたようにそう返すのがやっとだった。
柔軟な発想といえば正しい成長のような気はするのだがどうにも釈然としない。
正攻法で強くなれるはずの若者に邪道な方法を伝授しているような気分になって
誰にも見えない眉をひそめる仮面(カレ)であった。

「よっしゃぁっ! 一番乗りっ、ってなんだこの真っ黒!?」

「待ちなさいリョウ、ってしん、じゃなくてマスカレイド?」

そこへまるで、というよりは本当に扉を蹴破ってきた二人は床で意識を
失って転がっている者達よりも異常な存在感を放つ黒靄の人型に愕然としていた。
仮面の認識阻害能力は攻撃等をして低下するともう一度仮面を被り直さない限り、
それを見ていない相手にとっても下がった状態のままという妙な特性がある。
二人がマスカレイドの姿を即座に視認できたのはそのためだ。尤も当人達は
その点を疑問に思っておらず、またゴールにいるとも想像していなかった様子。
そこは減点だ、と胸中でこぼしながら溜息を吐くと仮面は立ち上がって一言。

『…………屋上だ』

「は?」

「へ?」

そこがどうしたのかと顔を見合わせた両名に老若男女不明ながらも
どこか柔らかく優しそうだと思える声で仮面は楽しそうに告げた。

『予定より早く攻略した褒美に朝の続きをしてやろう……このままで、3割増しで』

黒靄に浮かぶ仮面の下で三日月が笑う。一瞬二人は言葉の意味を受け取り損ねた。
あるいは理解したくなかった彼らは固まるようにして黙り込んだが次の瞬間。

「「ひ、ひぃぃっ!!!」」

あまりの内容に一気に顔面蒼白となって顔を引きつらせると共に悲鳴をあげた。
仮面のまま今朝の3割増の鍛錬。未だ記憶新しい早朝の記憶が蘇って冷や汗が
滝のように流れて、腰が引けた。内心よく抜けなかったなと現実逃避しながら。

『よし、それじゃ行くぞ』

「え、待って! せめて休憩を!」

「頼む! 覚悟を決める時間を!」

その動揺の隙を逃さないとばかりに二人の首根っこを捕まえた仮面は引きずるように
屋上への階段へ無情に引っ張っていく。彼らの懇願は端から聞く気はゼロである。
代わりにどこか重々しい雰囲気の歌を口ずさむ。

『~~~♪』

それは揺れる荷馬車に載せられた仔牛が売られていく歌だった。

「「○ナ○ナ!?」」

今でも通じるのかと仮面が感心する中。
「オレたち仔牛か!」と「売られるの!?」と叫ぶ二人を
引きずりながらさらに仮面(カレ)は笑みを深めて屋上(市場)に続く道を歩くのだった。
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