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帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

修学旅行編 第一章「彼の旅はこうなる」

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04-61 悪戯っ子は自重しない

さあ、自重しない悪戯っ子とはだれか?

え、あいつに決まってるだろ? ですよねぇ!





「へぇ」

彼が見上げた先にある建物は和風テイストの大型宿泊施設である。
ガレストからの旅行客によって増大した需要に答えるために新設されたもので
施設そのものは近年に建てられた物だが中身は古き良き日本文化とおもてなしの心を
徹底的に教育された従業員によって形作られたなかなか評判の良い旅館である。

「まさにザ・日本旅館だな」

「キュイ!」

「おい、離れるな」

その雰囲気にシンイチは見事と言いたげに感心した素振りを見せて満足げ
だったが即座にその腕を掴まれ、引きずられるように移動させられる。

「感心するのはいいが足は動かしてくれ」

「ああ、悪い悪い」

引っ張るフリーレに謝りながら移動をほぼその力に任せたまま旅館に向かう。
周囲には苦笑するアリステルとミューヒに呆れた顔のリョウという面子のみ。
シンイチの頭の上には当然のようにヨーコもいるが他の生徒の姿はない。
学園生徒全員が一気に訪れれば宿泊側が受け入れきれないのは目に見えている。
そのため時間をずらしての訪問であり、彼らは旅館への挨拶を任された先遣隊だ。
引率教師の代表としてフリーレが、男女含めた総合成績の上位三名が生徒代表。
シンイチがここにいるのは対外的にフリーレに監督されているという立場上
彼女から表立って離れるわけにはいかなかったためである。他の生徒達が
駅から観光がてら別々にこちらに向かっている事を考えれば行動に制限を
かけられてるような扱いに見えるため対外的に都合がよく、またいざという時
自由に動きやすいため彼としてもそちらの方が助かっている。

「皆さま、よくおいでくださいました」

旅館の大きな玄関を飾る巨大な門構えを超えて入ればよく通る声が出迎えた。
ずらりと並んだ幾人かの仲居たちの前に一際目立つ和服美人が待っていた。

「私はこの旅館を任されている女将の築島遥といいます。
 はるばる遠方よりお越しいただきまして、誠にありがとうございます」

柔和な表情を浮かべて丁寧なお辞儀の挨拶に彼らも反射的に頭を下げた。
一瞬その所作に見惚れてしまったフリーレだがシンイチに小突かれ、我に返る。

「っ、ご、ご丁寧にどうも。
 この修学旅行の引率を任されていますドゥネージュです。
 今回突然の頼みを聞いて頂き、こちらこそ大変ありがたく思っています」

何気ない挨拶返しの中に突然の宿泊依頼となってしまった事の謝罪も混ぜる。
客商売ゆえ顔には出てないがどれだけ苦労をかけたかは彼女には想像も出来ない。

「いえいえ、ちょうど今日明日は空きがあったところです。
 さすがに急だったので完全貸切りとはいきませんで申し訳なく……」

むしろ貸切にする契約だったため女将の方が申し訳なさそうな顔を浮かべる。
本心にしろ気負わせない気遣いにしろ遠回しな皮肉にしろ、場数を踏んでる事を
感じさせる返しだとシンイチは影で変な所に感心していたりする。

「無理を言ったのはこちらです。それで構いません。
 もちろん他の客に迷惑をかけないように強くいっておきますが、
 何かあれば私達教員かこの三人…ナカムラ(こいつ)以外の者に言ってくだされば
 その都度対応させていただきますのでご遠慮なく申し付けてください」

周囲からも女将からもなぜ彼だけ例外なのかという疑問の空気が流れたが
さすがは慣れたものなのかそれを口に出すこともなく自然な仕草で頷いた。

「分かりました。それではお部屋に──えっ?」
「くくっ」

案内しましょうと続けるはずだった言葉より前に女将の目が見開かれる。
何かあったのかと訝しんだ彼らはその時点で女将だけに注目してしまった。
同時に誰かが笑った気配もしたが、彼女の動揺が結果としてアシストとなる。

「ええいっ!」

幼い掛け声と共にふわりとソレが舞い上がり、その下が白日に曝される。
一瞬何が起こったのか理解できず呆然とした被害者(アリステル)は瞬時に顔を赤くした。

「きゃ、きゃあぁっ!?!?」

誰かの手が素早く動いてワンピースの裾を捲りあげたのだ。
悲鳴をあげながら慌てて押さえ込んで隠す彼女だが残念ながら
ストライプのナニカはその場にいた全員に目撃されてしまった。

「イエーイ!」

突然の出来事に固まる女将や仲居たちの脇をすり抜けカレ(・・)は勝鬨を揚げる。
小学校低学年と思われる年齢の活発そうな少年がVサインと共にそこにいた。

「坊ちゃん!?」

「あ、ああっ、すいませんお客様!」

仲居達がその姿に呆然とする中、誰よりも先に我に返った女将はまず謝罪した。
幸いにも玄関ホールに他の客や男性従業員がいないのを確認した彼女だが
それで済む話ではないことも同時に分かっていた。一方でそれに若干眉根を
寄せた男の子はふんと鼻息荒くその場から逃げ去ろうとする。が。

「え、あ、わわっ!?」

その体が急に宙に浮いて慌てて手足をばたつかせるが既に床は遠い。
いつのまに先回りしていたのか。シンイチに首根っこを掴まれ持ち上げられていた。
そのまま彼は男の子と視線を合わせると─子供レベルで─容赦なく睨みつける。

「うっ」

人生初経験な鋭さを持つそれに悪態をつけないまま縮こまってしまう男の子。
その雰囲気に女将や仲居達が慌てだすが突如シンイチは視線から力を抜いた。

「うむ、よくやった!」

「へ?」

「は?」

「なに?」

そしてうんうんと頷きながらあっぱれといいたげな顔で称賛の声をかけた。
戸惑ってしまったのは何も言われた当人だけの話ではなく周囲の全員である。

「なかなかいいものが見れたぜ」

「え……えっと、その……あの……」

「子供相手に何を言ってるんだお前は!?」

「シ、シンイチさん! み、見たいのでしたら言ってくだされば……」

「はいはい、アリちゃんそれ以上は危ないからダメだよ~」

「オレは何も見てない、見てないからな!」

背後の騒ぎを無視しつつサムズアップまでされて褒められてしまった男の子は
唖然としたあとかなり戸惑った顔をして何も言えなくなって狼狽えるばかり。

「……なるほど」

それに何を感じたのかうんと一つ頷いた彼は男の子を床に下ろした。
すると一瞬女将に視線を送るがすぐに顔を背けて旅館の奥へと消えていく。
走り去るその背中にはどこか寂しさを感じさせるものがあった。

「お客様申し訳ありません! うちの不肖の息子がとんだ失礼を!」

「い、いいえ、大丈夫です。子供のすることです。気にしてませんから!」

恐縮しきって頭を下げる姿に元々羞恥心だけを感じていたアリステルは
本心からそういって頭を上げるようにいうのだが彼女の顔はあがらない。

「やっぱり息子さんでしたか。お名前と年齢は?」

まるでそんな言動を気にせずに戻ってきた彼は自然にそんな事を問いかけた。

「え、あ、はい。浩太といいます。まだ小学校一年生になったばかりです。
 私の教育がなってないせいか最近、悪戯ばかりするようになってしまって」

戸惑いつつも答えるために上げた顔を申し訳ありませんと再び下げる女将。

「あはは、それは大変だ……でも女将さん、気を付けてね。
 このまま放っておいて悪戯すらしなくなったらもう終わりだよ(・・・・・・・)

にっこりと微笑みながらどこか不穏さを感じさせる言葉を彼は無感情に告げる。
それだけで場の空気が凍りついたように思えるほどにそれは強い言葉だった。
それほどに“終わり”という表現には言いようのない不安と真実味があった。

「おい、ナカムラ、お前なにを言って……」

「だって俺が褒めたら、あの子すっごく困ってたぜ。
 あれは悪戯を純粋に楽しんでる奴の反応じゃないね。
 悪い事だとわかってはいるけど他に思いつかなかったからやってるだけさ」

誰かさんの気を引きたかったんだろうね、などとおかしそうに告げる。
それが誰のことなのかは彼の視線の先が何よりも語っておりその彼女もまた
思い当たる節があるのか先程までとは違う申し訳なさに表情を支配されていた。
周囲の仲居達も察しがついた顔をしていたので“わかってはいた”らしい。

「だから、ソレすら無くなったら諦められた時だと思った方がいいよ」

そこへいっそ優しくも感じる残酷さであっけらかんとその終わりを予言する。
それはもう子供が、親に、何も期待しなくなる瞬間だと。

「今のうちに無理にでも時間を作ることをお勧めするよ。
 大きなお世話だろうけど、構ってほしい子供を見ちゃうとね。
 どうしてもそっちの味方をしたくなってしまうんだ」

親になったことがない子供だからそれは許してほしい、と
その立場を利用して初対面の親子事情に踏み込みながら彼は朗らかに笑う。
関係もない相手への押し付けがましいお節介。そんなことを自覚しながら
悪びれも恥ずかしげもなく言い切るシンイチにしばし女将は呆気にとられた。
だが。

「………お心遣い、ありがたく頂戴します」

ともすれば勝手な意見であるそれをどう受け止めたのか。我に返った彼女が
深々と下げたそのお辞儀は誰の目にもそれまでと意味が違うものに見えたという。




──────────────────────────────




「ナカムラ、さっきのことだがそういうものなのか?」

旅館玄関でのちょっとした騒動の後、部屋に各自案内されて人心地ついた頃。
上着を脱いで気持ち休んでいたフリーレは思いついたように疑問を投げかけた。

「ん、なにが?」

ヨーコが入れてくれた茶で喉を潤していたシンイチはどれの事か分からず問い返す。

「あのコウタという少年が悪戯をしていた理由だ。
 私は両親との関係が……希薄だからな、そこまでして構ってほしいものか?」

父母それぞれから違った理由と方法で放置された経歴を持つ彼女は
そんな経験からそうまでして親の気を引こうという気持ちが分からない。
しかしシンイチは彼女の言葉を否定するように首を振った。

「いや、お前はむしろ気持ちが分かると思うぜ。お前自身がもう親に
 何も期待してない状態だし、親の部分を兄に変えれば分かるだろ?」

そしてそれは彼女が頷くしかないほど胸にストンと落ちる表現だった。
特に『兄』の部分で、だが。

「……確かに。そう考えれば、ああ、そうか。こういう気持ちか」

ようやく分かったといわんばかりに何度も頷く。
母親の気を引きたい子と兄との関係修復を望む妹。
少し状況や立場は違うがそこにある感情に大きな差はない。
共に家族と一緒にいたい、家族をそばに感じたいという想いなのだから。

「噂好きな人を捕まえてちょっと話を聞いてきたんだけど、
 あの子のお父さん、つまりは本当ならここの旦那さんは去年病気で。しかも
 大女将や大旦那にあたる人ももう亡くなってて女将一人で切り盛りしてるみたい」

「そのためにお子さんと一緒にいる時間が減ってしまったわけですか。
 仕方ないこととはいえ幼い子にそれを分かってもらうのは大変でしょうね」

聞いてきた話を語るミューヒはどちらにも感情移入していないが、
どちらともの気持ちが分かってしまうアリステルは複雑な表情で唸っていた。

「そうかな、分かってるからこそ素直に甘えられない。けど構ってほしい。
 その矛盾した想いが悪戯という形になって出ていたんじゃないか?」

「どこの教育評論家だよ……お前本当に15なのか?
 じつは25歳ぐらいで隠し子がいるとかいわないよな?」

リョウは呆れまじり、冗談まじりにその発言を茶化すが女性陣が急に
口々に「そんな」だとか「まさか」だとか「あり得る」だとこぼしだす。
言いだしっぺが呆然とする中、さすがにシンイチも渋い顔をした。

「お前ら………いないからな」

短くも不機嫌さを隠さない声と鋭い視線に怯えながら苦笑と共に頷く女性陣。
まったく、と息荒く吐き捨てると二杯目のお茶をヨーコから受け取って飲み干す。
それに素直に申し訳ありませんと謝罪したアリステルは、しかしと目を輝かせる。

「あの子のそんな気持ちを確かめるためにあのような物言いをなさるとはさすがの慧眼ですわ」

「い、いやぁ、あれは途中までマジだったと、ううん。
 それよりボクとしては悪戯っ子の心理をよく解ってる方が気になるよ」

その金の瞳をらんらんと輝かせながら本気でそう賞賛するお嬢様に
事実を教えるとまた大胆な事を言い出しかねないと話の方向を変える狐娘だ。

「そんなのそれぐらいしかないだろう。悪戯そのものを楽しんでいるか。
 それで誰かの気を引きたいか。その両方を併せ持つか。それ以外の何がある?」

「へぇ、イッチーはどの悪戯っ子(タイプ)だったのかな?」

「バカを言うな。確かに近くに併せ持った悪童(武史)はいたがな。
 俺はおとなしくて真面目な子だと周囲では有名だったんだぞ………
 ……まあ、アイディアをたまに出して周囲を絶句させていたらしいけど」

言葉前半に対する周囲の─お嬢様除く─疑う視線に負けたのか。
良いように言い過ぎたと思ったのか後半では悪戯を計画したことは
認めるような発言をしてどこか煙に巻くシンイチだ。

「やっぱり……ん、らしい?」

想像通りだと頷きかけた彼女はしかし、その疑問形の言葉に首を傾げた。
自分のコトであるのにその自信のない言葉は妙な不自然さがあったが確かめる前に
彼はその視線をあの男の子の気持ちに共感している女教師へと向けていた。

「ま、いくら気を引きたくともお前があんな悪戯したら完全に逆効果だがな」

「なっ、し、しないからな! いくらなんでもそこまで子供じゃないぞ!」

断固抗議するといわんばかりに机を叩いて前のめりになるように身を乗り出す。
たゆん。

「確かに子供ではないわな、それ」

自らが幼い自覚はあったのかと妙に感心する彼だがその動作によって白いブラウスを
内側から盛り上げる双子山が大きく揺れ動き、彼らの眼前でその存在を主張していた。
余所から痛い視線が二対もシンイチに注がれるが彼は知らぬ存ぜぬで堂々と凝視する

「し、しっかしお前、あの一瞬でよくあのガキの先回りできたな?」

そこへリョウが呆れと感心が混ざった眼差しをシンイチに向けるがそれは
どちらかといえば反射的にソコへ向けた視線をずらす言い訳が主だった。
存外に初心であるがそのために選んだ話題は彼自身の首を絞めることになる。

「分かってたからな………俺としては子供が近づいてきたことに
 まるで気付かなかったお前らの油断を責めたい所だが?」

「あ、それはっ!」

「いくら敵意や悪意が無かったとはいえ、あそこまで接近されて
 反応できなかったっていうのはちょっといくらなんでも気を緩め過ぎだな」

そんな指摘と共に周囲に視線を巡らせれば全員が恥ずかしげに目を伏せた。
いまの発言はリョウだけでなくこの場にいる全員に向けられていた。

「はうぅ、反省いたします。わたくしとしたことが!」

「ああ、だからあの時イッチー笑ってたのか……」

「常に気を張ってろ、なんて無茶はいわないけどさ。
 せめて人前に出ている時ぐらいは張っててほしいね」

「め、面目ない」

まさか子供の悪戯からそういう話になると思っていなかった彼らは意気消沈だ。
シンイチが指摘したことはまさにその通りであるので反論できないのも痛い。
一方彼はその気落ちした空気にもっとへこませてやりたいという欲求がわいた。
例えば「あれがもし無垢な子供を利用した人間爆弾だったらどうする」などと
物騒で想像したくもない陰鬱な例え話を投下してしまいたくなるシンイチだ。
同時にその光景を想像して彼が先に陰鬱な気分になっているのだから笑えない。

「まあ、分かればいいよ────って、そもそもなんでお前ら俺の部屋にいるんだよ?」

そんな自分を誤魔化すように彼はさも当然のように部屋で寛ぐ面々に問いかける。
全員別々の部屋に案内されたのに最終的に何故かシンイチの部屋に集まっていた。
数少ない一人用の部屋だが日本旅館らしい畳の部屋はこの人数が集まっても
さほど窮屈には感じないがそれとこれとは別の話である。

「一人で部屋にいても面白くねえし他の男子お前だけだし」

「ボクたち一応みんなが来るまで待機だからね、暇なの」

他に行くところもすることもない。だから来たのだと悪びれる様子もなく、
あっけらかんと告げる彼らに半眼となるが事情は理解したシンイチである。
ただの顔見せのような─悪戯のせいだが─挨拶を終えた後の予定は無い。
後発の生徒達が集まるのを待つ以外は何も。実際に彼らが到着しだせば
注意事項を口にしたり予定を伝えるなどの仕事もあるがそれも問題が
発生しなければまだ30分程度の猶予がある。だがその程度の時間では
この旅館を散策するには心許なく、待機中の外出は基本認められない。
自然と部屋で自主待機となるのだが確かにそれは旅行中という事を
思えばかなり暇で寂しい時間といえた。

成績上位者である彼等にはそういう義務がいくつかあった。
総合成績におけるトップ三名。それゆえの高待遇を受けている者達。
だがそのために普段の授業や学園行事などで様々な仕事や義務が生じてもいる。
生徒の代表者として挨拶や他の生徒が集まるまでの待機もその一つである。

「学園で一番良い扱いを受けているのです。当然の義務の一つですので
 立派に果たしてみせますがそれでもひとり部屋でじっとして待っているだけ。
 というのもどこか不健全でしょう?」

少なくとも同じ状況の方々がいるのに、と。
お嬢様がフォローのようにもっともらしい事をいうが女教師は眉根を寄せた。

「だからといってまるで申し合わせたみたいにナカムラの所に集まらなくとも」

「あれ、ならそういうフドゥネっちはなんでいるのさ?」

「あのな、私はこいつの監督役なんだぞ。
 それが建前でも、いやだからこそ人目がある所ではきちんとしておかないと
 いざという時にこいつが自由に動けなくなるしそれを誤魔化せないだろうが!」

「ぶふっ、がはっ!? おい!」

この場にいるのがシンイチの実力や行動を概ね知っている事を察してか。
フリーレは彼を好きにさせるための言い訳だとあっさりと明言してしまう。
当人がそれで三杯目のお茶で咽てしまったのを余所に残り三名は目を瞬かせた。
それは教師が一生徒に向けるには過分な信頼であり、外面も素も実直な彼女に
してはあまりに堂々としたもみ消し宣言であった。

「うわぁ、ついにここまで言わせるか」

「やっぱり二人きりにしなくて正解でしたわ」

「……え、なに、まさかドゥネージュ先生まで?」

それぞれで意味の違う、されど意味ありげな視線を向けられた彼だが
関係ないとばかりに茶菓子を口に放り込んで無視するシンイチである。
尤もその表情は“頭痛が痛い”とばかりに渋いものであったが。

「まあ、集まっているならちょうどいいともいえるか…」

ただ彼女は問題ある発言とも思っていないまま自身の端末から硬貨サイズの
メモリーチップを三つ排出させると色の違うそれらを彼らの前に置いた。
リョウの前に白、アリステルの前には青、ミューヒの前には赤いチップが並ぶ。
一瞬何かと戸惑った彼らもすぐに勘付いて程度の差はあれ目の色を変えた。

「っ、先生これはまさか?」

「ああ、学園が預かっていたお前達の専用外骨格の骨子データだ。
 装甲自体は収納されたままだろう? 許可データも合わせてある。
 インストールすれば今すぐにでも使用は可能になるはずだ」

フォスタ等の端末に収納されている外骨格は大まかに二つに分けられる。
特殊な加工をされている装甲を解体縮小して文字通り収納している部分と
データという情報に変換して内部に記録して保存している部分だ。
ガレストの技術力は一部の物質をデータに変換する事も可能としている。
技術は公開されておらず、ブラックボックス化された変換装置のみを
地球側は貸与されているのだが他の分野で見られないため武装関係で独占か。
あるいは他系統の物体には使えない技術であるといわれている。彼らの前に
並べられたチップはそのデータ部分を保存しているものであった。

「本当はガレスト渡航直前に渡す予定だったが、お前達は前倒しだ」

初日目の朝から今まで続く事件にフリーレはその予定を繰り上げていた。
少しシンイチを気にするような視線を送るが当人は気にした様子もなく
思ったことをただ口にしていた。

「なんだフリーレ先生だけじゃなくてお前らも持ってたのか?」

「立場上持ってはいましたが学園に来てからはあまり使う機会がなくて」

禁止もされていたので本当に久しぶりに戻ってきたとアリステルはいう。
個人専用の外骨格は学園の型落ち量産型とも軍配備の最新型とも性質が異なる。
大まかに分ければ個人の能力・特性や希望に合わせたオーダーメイド型と
各企業が作成した試作品や商品の運用データや宣伝が目的の試験運用型がある。
軍では既存の装備では実力を発揮できないエース級に前者が用意される事が多く、
後者はテスト部隊以外には滅多に配備されない。学園ではスポンサー欲しさに
所持許可を持つ生徒のおおよそ半々にまで比率が変わってしまうが授業では使えない。

「それはなんで?」

興味があるのか無いのか。
よく分からない声色での問いに答えたのはミューヒと、意外にもリョウ。

「学園はそのへん公平なの。生まれや入学前の立場による装備の恩恵は
 極力排除しようってことで元々持っていた子や外部機関の試験運用を
 請け負ってた子とかから預かる形で使用を基本禁止にしてたんだ」

「別々の所で作ったうえに全く違う目的で運用されてきたものだからな。
 集団行動に適さないっていうのもあるらしいが、それでも学園の型遅れより
 高性能だから持ってる連中が使えてたらこの前の事件はもっと楽だったよ」

普段から使わせろと彼は不満まじりに吐き捨てるがその顔には苦々しさがある。
その意見はあくまで生徒達全体に対してで彼自身にはあまり当てはまらないからだ。
例え専用機があっても自分があの時もっと戦えていたかと考えると素直に頷けない。
あの場で本当に必要だった力はガレストの力ではなかったのだから。

「……つまりそういうことですか。学園上層部も重い腰を上げた、と?」

だがその苦悩を余所に彼の言葉はアリステルにその可能性を気付かせる。

「その通りだ。事件を公にできない以上、警備を過剰には強化できない。
 なら公平性や装備の偏りを度外視しても生徒の自衛力を高めるべきだ、とな」

尤も本当は自分達が責任を取りたくないからだと推察する女教師の顔は苦い。
それで問題が起これば現場か生徒当人のせいにする気が透けて見えるからだ。
実際この許可を最終的に出したのはフリーレであって彼らではない。
それを察していても生徒達の安全が少しでも確固となるならと請け負ったのだ。
無論そんなことを当人である生徒達に話すほど彼女はさすがに迂闊ではない。

「……ほう」

「………」

しかし表情から勘付いたシンイチの目に剣呑な光が宿った事に気付いた者は少ない。
ただその誰かは“学園上層部、終わったね”などと我関さずに苦笑しながら流した。
尤もそれ以上に“だから余計に慕われるんだよ”と内心で愚痴をこぼす狐娘である。
一方でフリーレの話は、とはいえ、と続いていた。

「所有者全員に許可を出すのはガレスト渡航後。ただし状況を考えて
 あの試験の裏をある程度知る者にだけ私の権限で事前に許可することにした」

それだけ悩ましい問題が立て続けに起こってしまったとフリーレは溜め息。
概ね知っていたり聞いているこの場の全員がそれに乾いた笑みで同意する。
教師としては矢面に立たせたくはないが自分達だけでは目が届き切れないのも
理解しているのだろう。そこを生徒達自身に自衛させるための配備なのだった。

「……他の四人は?」

だがその選抜は少しばかりシンイチの顔に緊張を走らせていた。
しかしその微細な変化に気付いたのはさすがにヨーコだけである。
先日の試験を事件だと知る生徒はシンイチを除けばこの場にいる成績上位三名に
普通科トップの千羽姉弟と同クラスのトモエに技術科のヴェルナーの計七名。

「センバ姉弟は元々7月に普通科代表として外部向けの模擬戦に出る事が
 もう決まっていた。その際には日本製の試作外骨格を装着することもな。
 今から慣れさせておくという名目で所持させられた。ブラウンには
 あいつ手製の小型ガードロボの所持と使用の許可をいくつか出した、が
 ……サーフィナは少し難しい」

持たせられなくはないが周囲を納得させられる理由を用意できないという。
その視線はどこかシンイチに良い言い訳(アイディア)はないかと期待するそれである。
実をいうと能力的に当初は与えるべきかどうかも彼女は悩んでいたが実際に動きを
見たことでこれなら性能しだいで使いこなせるのではと考え直したのだ。

「それなら、いっそあいつ用に作ってしまおうか」

「…………なんだって?」

とはいえシンイチが言いだしたことは彼女の想定外にも程がある話であったが。

「いや、待て、頼むから待ってくれナカムラ。
 私がいいたいのは別にそういうことではなくてだな」

「うまい言い訳だろ、別にいくらでもどうとでもなるぞ。例えば、
 地球側からすれば偏ったステータス向けの装備の開発は急務だ。
 ソレ向けのデータ取りで巴が選ばれたということにすればいい。
 ただそうなるとそのための外骨格がまた必要になる。まだ無いそれがな」

だから、作ろうと思う。
簡単な理屈だろ、と言い切りながら懐から(・・・)端末を取り出して弄りだす。
大概慣れてきたつもりであった彼女らもこの言葉には唖然としてしまう。

「い、いやいやイッチー!?
 言いたいことは分かるけど今から作るってどうやって!?」

「そうです、ここには材料も施設もデータもありませんのよ!?」

「あるよ」

そして我に返ると慌てて言い募ったがあっさりとそう返答されて絶句する。
懐からさらに二つ目と三つ目の端末が現れ、それが学園のフォスタでは無かった為に。
彼自身のフォスタは最初から腕に装着されていた。いったい誰のをどこから。
そんな疑問の視線に彼はあっけらかんとして答えた。

「あの件で義勇軍から奪っておいた端末持ったままだったんだよね。
 もちろん内部にはあいつらの使ってた外骨格や武装がそのまま入ってる。
 あとはもうそれをいじくりまわして巴用に作り直せばいいんじゃない?」

などと『材料あるから夕飯は俺が作る』的なノリで軽く語るシンイチ。
元々魔力(フォトン)の外部貯蔵(タンク)のつもりで所持していたため内部は手付かず。
三機分のパーツがあり武装も豊富。データ部分もシンイチは簡単にいじれる。
ゼロからの開発ならある程度の施設は必要だが改造となると充分であった。
フォトンを意志一つで自由に操作できる彼だからこそ、ではあるが。

「………トモエの奴がたまにいうわけだ。
 フォスタ(これ)、絶対こいつに渡しちゃいけなかったんじゃないか?」

思いっきりそれと共にこちらの常識が弄繰り回されてるぞとリョウはこぼす。
分かっていたつもりであった女性陣も嬉々として順調そうに操作を続ける彼に
痛くもない頭が痛くなったように感じて頭を抱える。

「いつかイッチーにボクたちの常識が完全に壊される日がきそう、今更だけど」

「あまり考えたくないが、もしかして今まではわりと自重してた方だったのか!?」

「既存概念にとらわれないその姿勢! 素敵です!
 そうです、無いなら作ればいい。そんな単純なことに気付かないなんて!」

約一名はその方向性がまるで違っていたが、ともあれ。
こうしてトモエ本人を置いてけぼりにして彼女専用の外骨格が無造作に。
それもなぜか旅館の一室で、よりにもよって専門知識皆無の少年によって。
ガレスト技術の粋を集めた装備が着々と弄繰り回されていた。

「ところで、お前らの専用機ってどんなのなんだ?」

「はい、わたくしのは『蒼炎(そうえん)Ⅱ型』という後方支援向きの機体です。
 高い情報収集力による指揮と戦場把握による精密な火力支援を目的として───」

さらに当人は参考にするから教えてと操作片手間に気軽に言ってくる。
嬉々として語りだすお嬢様以外はどこか引き攣った顔で頭を抱えた。
話したくないからではない。この面子は今後いざという時に共闘する可能性が
極めて高い。ならばお互いの機体の概要や特徴ぐらいは把握しておくべきだ。
むしろアリステルが躊躇いなく語っているのはそれが主目的だからだろう。
問題なのは並行して行われている外骨格の改造と彼の纏う空気の軽さである。
これでは茶飲み話だ。半ばそれを期待して集まってはいた彼らなのだが、
中身が防衛方面に移行してもそのままなので色々とおかしい気がしていた。

彼の恐ろしい所あるいは紛らわしい所はわざとそうやって非常識を装うことで
周囲の反応を楽しんでいるのか。まるで意図していない天然の態度なのかが
若干解りづらい所にある。そしてどちらであっても結果が変わらない辺りがひどい。
結局彼らがどう思おうともここで外骨格は作られ、互いの専用機の情報は共有される。

「イッチーだもんね」

「ナカムラだからな」

「こいつだもんな」

だからそんな魔法の言葉で現実逃避するしかなく、彼らは力無く笑う。
そういうものだと好意的に受け入れているようなアリステルを羨ましく眺めながら。

「キュキュキュッ」

それをおかしそうに見て心底笑えるのは見慣れている(・・・・・・)ヨーコだけであった。


余談だが、
女将さんが京都弁ではなく標準語喋ってるのは翻訳機越しに会話をしているため。
またあの場ではガレスト人率が高かったから、でもある。



メタ的にというと私が書けないだけなんだが(汗
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