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帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

修学旅行編 第一章「彼の旅はこうなる」

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04-60 地球人の本質

言われる前にいいますが、劇中で彼が言ってる通り、
あくまでシンイチ個人の極端な考えです!

この世のあらゆる団体とか企業とか宗教とかなんかそういうのと一切関係ない。
とかいう注意に出てくる定型文を思い浮かべてからお読みください(汗






────だって彼はその極致にいるヒト(モノ)なのだから







奈良公園と東大寺の散策を終え、さる寺の僧侶から面白おかしい説法を聞いた後。
ガレスト学園の一行は次の目的地である京都を目指して奈良駅から京都駅を目指す
線路の上で駅弁という名の早めの昼食をとっているところだった。

「はむはむ、あむっ、ごくっ、あむ、んぐっ。
 出来たてもいいが弁当は弁当の良さがやっぱあるな」

今回の修学旅行のために特別に手配させた路線での旅路はさして長くは無い。
1時間弱で到着するが京都観光の時間を取るためそこから昼食時間を取れなかった。
散策中に各自でという方法もあるが他の予定からそれでは遅くなりすぎてしまうので
駅弁というある意味日本の文化を味わうという建前でそれは選ばれていた。

「それにちらしは外れがない。次は幕の内とってくれ」

「キュイ」

それは『弁当』というものから離れていた日本人生徒たちやその文化がない国。
ガレスト人たちにも概ね好意的に受け取られていたが()の堪能具合は異常だ。

「ちょっと前まで体調崩してた人の食欲じゃないよイッチー」

既に自らの分を食べ終えていたミューヒは前の席で空箱を五箱も六箱も
積み上げたばかりか七箱目をアマリリスに渡して八箱目に突入した少年に呆れ顔。
学園側からはせいぜい一人につき二箱(・・)程度だが彼は自腹で買い込んでいた。

「崩していたからこそ、だ。消耗した体力をさっさと戻さないと余計に疲れる」

「ああ、なんだろう。
 この子、時々地球人じゃなくてガレスト人に見えてくるんですけど?」

消耗した部分を補うために余裕がある所からさらにエネルギーを消費する。
平時においてそんな余分な消耗はいざという時のスタミナ切れを誘発する。
そんな考えと摂取したモノをすぐに吸収しているかのような言いぐさは
どことなくガレストの戦士階級のノリであると彼女は感じた。

「ふふっ、なんにせよお元気なようで良かったですわ。
 それに一品どころか米粒一つも残さないのは素敵です。
 食べ物は大事に、そしてしっかり頂かなければいけません!」

「いやアリちゃん、じつに領主っぽいこといってるけどね。
 これは普通に食い意地が張ってるっていうべきだよ」

彼の真横でそのかきこむようでいて一つ一つを丹念に味わう姿勢を
見ていたアリステルは心底感心しているがミューヒにはむやみやたらに
シンイチを肯定的・好意的にとらえようとしているようにしか聞こえない。
尤もアリステルの言っている事は一応間違ってはいないのだが。

「んぐっ……ヒナ、人聞きの悪いことをいうな。
 俺だって人並の量で済ませたいが体力の絶対量が少ないんだよ!
 省エネしても、もぐもぐ、すぐに底をつくんだからな、ごくっ!」

お前らとは容量が違うんだと恨めしそうにしながら八箱目を嚥下する。

「あれだけ苦しそうだったのにこれだもん。
 そう思いたくもなるって……あと食べながら喋らない」

呆れながらもニコニコとそういう彼女だがその目はどこか真剣に探っていた。
彼女もあの状態になった時にそばにいたがシンイチ自身に代わりに見てきてほしい
などと、誰よりも見たかった相手に言われては寺院に脚を進めるしかなかった。
だから空元気や演技ではないかと疑って見たがどうやらその類ではないらしい。
そう判断してからはその目には呆れの色が濃くなっているが。

「うむ、それはすまん。
 けどな、あれから回復するのに無駄にカロリー消費したんだよ。
 それで釣れた情報があの程度じゃな。割に合わないぜ、ったく」

言い訳するように説明しつつ最後に聞こえないようにぼやくシンイチだ。
同時に八箱目の空箱をヨーコに渡して九箱目を開けて食べ始めている。
結局あの三人から聞き出せた話というのは彼からすれば(・・・・・・)中身がない。
どこか胡乱な目で聞き返したくなるほど中途半端で程度の低い話だった。
何せソレが目的の全てであったのなら彼女たちは役立たずといっても過言ではない。
だからこそその時点で彼女らには本来の理由や目的が教えられていないと判断した。
遣わせた者達が考え無しという可能性もあったが楽観視するより警戒した方がいい。
また偶然(・・)にも式の力を用いたドローンの存在を発見し、退魔一族の本拠地が
ある京都に向かう状況を鑑みれば予定より早くに直接乗り込むべきと考えている。

「……まーたいい感じに連鎖してきやがって」

その判断までの流れを回想しつつ九箱目の稲荷ずし弁当を食べ終えてひとりごちる。
せめて乗り込むだけで終わって欲しいものだと望み薄い願望を抱いて十箱目へ。

「はむ、もぐ、ごくっ……しかし、予想通りの面子になったな」

そして思考を切り替えるため、というより単なる雑談として周囲をそう評す。
クトリア出発時における航空機内と同じくフリーレに監督されているという
扱いを受けるシンイチは生徒達や他の教員とは別に彼女用に貸し切った一両に
同乗しており、そこに今はアリステルとミューヒのみがやってきた形になる。
初日よりメンバーは減っているが彼の予想通りでもあった。

「それってどういう意味?」

「俺の学園での友人知人のうち、フリーレ先生がいるのに来るのは
 クトリアを出た時に集まった奴らぐらいしかいないだろう?
 けどヴェルブラは俺と話は合うが用件があるか呼び出さないと来ない。
 巴は他にも友人知人がいるしシングウジも最近は仲いい生徒(陽介)がいるしな」

そうなれば用件があろうがなかろうが来たければ来る人物であり、
対人関係が特殊になっている人物なら来るだろうというのが彼の予測だった。

「なんかボクとアリちゃんには友達がいないと言ってるように聞こえるんだけど?」

どういうことかな、とにこやかながらどこか凄味のある笑顔で迫る狐娘。
されどそれはシンイチのあっさりとした短い言葉で簡単に崩された。

「いるのか?」

「……………あれ?」

「ざ、残念ながら気安い方はいませんわね」

「だろうな」

今気付いたとばかりに愕然とする者と渇いた笑みをこぼす者。だがそれは
致し方ないことだろう。突風のような破天荒な女と学園トップで大貴族のお嬢様。
学園には選ばれたエリートが多いとはいえ一般生徒に扱いきれる存在ではなかった。
だがシンイチはそれ以外の理由も察しがついているのでそれ以上は突っ込まなかった。
双方ともに自分がいては他が落ち着けないだろうという気遣いとアリステルの場合は
それに移動時間ぐらい心休める場所に身を置きたかった切実な理由もある。
常に周囲に気を張る苦労というものをシンイチはよく知っていた。

「仕方ない面もあるが、なんだこの対人関係に問題のある面子は?」

その事実に嘆くべきか同類がいると喜ぶべきかとフリーレは複雑な顔だ。
お嬢様は苦笑、少年は肩を竦め、狐娘は変わらずニコニコするだけ、だが。

「別にいいんじゃない? 内容はともかく外面は繕えているわけだし」

「それすら繕う気のないお前にいわれてもな……」

確かに、とおかしそうに笑った彼は静かに十箱目を積み上げた。
ペットボトルのお茶を開けて喉に流し込むと人心地ついたとばかり息を吐く。
どうやらそれで満足した、わけではなく単に購入分を食べ終えただけだが。

「……ん、本当にもう大丈夫そうだな。結局なんだったんだあれは?」

そんな様子を見ていた女教師はどこか安心した様子でそう問いかける。
何か持病や明確な原因があるなら教師として把握しなければという責任感からだ。
それを感じさせる真剣な気遣いと心配の視線に彼は唸りながらも口を開く。
彼女らにあんな行為を平気でしておいてそういった真摯な理由を向けられると
嘘や誤魔化しをしたくなくなってしまうのがシンイチの妙さであった。

「うーん、どう説明したものかね。
 簡単にいうとああいう歴史があって神聖っぽい場所と相性が悪いんだよ」

だからかいい加減なような物言いなれど実に正確に自らの弱点を教えていた。
しかしながらこういう言い方をされるとかえって疑ってしまうという心理を
利用しようという狙いが少なからずそこには存在していた。しかし。

「場所の問題というわけか、ふむ」

「え、フドゥネっち、今ので納得するの!?」

問いかけた当人はそれであっさりと納得してしまっていた。
愕然として突っ込むミューヒと開いた口が塞がらないシンイチである。

「ん、空気が合わん場所ってお前も無いか?」

だがフリーレ自身としてはすとんと胸にはまる回答であったらしい。

「これだから感覚で生きてる奴はっ」

「……これ、それだけかなぁ?」

厄介な、と嫉妬と羨望入り混じりの複雑な視線を向けるが当人は首を傾げるだけ。
尤もそれは本人の直感以外にも彼に対する信頼が積み上がっていたからこそ、だが。
これまで話せなくて隠すなり誤魔化すなりをしたことはあっても決して悪意ある
嘘をシンイチは彼女についていない。そこにある誠実さをフリーレはなんとなく(・・・・・)
感じ取っていたのである。

「しかし、そうなりますと京都はより大変では?
 そういった寺院や場所が多いイメージがあるのですが……」

「ああ、その辺りは避けるよ。奈良と違って京都は自由行動だからな。
 個人的に行きたい場所もあるから一人と一匹で好き勝手するさ」

「そう、ですか。少し残念です。ご一緒したかったのですが……」

そういうことなら仕方ない。
と彼女もまた彼の言葉を簡単に受け入れつつも残念そうに俯いた。
同じような場所の散策なら別行動でも会う事はあるが彼女はまさにそういった場所を
巡る予定を立てており、それらに興味を持つ同級生と既に約束をしてしまっていた。

「ですがこうなればいっそオルトたちに強引にでも連れて行く方向にしますか」

問題ある従者筆頭はどうしようか思案中だったがこの場合は黙らせたうえで
引き連れていこうと判断した。知ってもらう観光にしようと前向きに考える。
やはり見える範囲に置いた方がまだ安心できるという事もあるが。

「そう思うと確かにキョウトはそういった所が多い気はするな。
 古い町並みが残っているだけでも私ら的には驚きだが歴史的な価値を
 持つ場所も多い。それでも寺院等の数では1位ではないのだからすごい話だ」

「やっぱりガレスト人的には不思議に見えるのか、そういうの?」

「そうですね。町並みが残っているのはそれだけ外敵がいなかった証でしょう。
 ですが寺や神社、教会といった建物が長く残って大事にされているのは
 ガレスト人には伝わりにくい話でしょうね、存在価値が解りませんから」

存在している意味がわからない。
人前では言いませんがと後付して、アリステルはそれらをそう表現した。
これにガレスト人側から異論はでず、思い入れはないシンイチは気にもしない。
何せ。

「確か、ガレストには宗教が無い(・・・・・)のだったな?」

かの異世界に宗教もしくはそれに類似した概念は殆ど存在していない。
なぜ無いのかという疑問の声は地球側からあるがガレストからすれば逆だ。

「もっといえば神様的な概念もないよ。一応勉強はしたけど
 正直にいえば、そんなものに祈る暇あったら働け、がガレスト人の意見かな?
 だから地球からの様々な布教活動は今の所完全敗北中だよ」

それでも頑張ってるらしいけど、とその熱意には脱帽だとミューヒは笑う。
現状ではせいぜいあちらに住む地球人向けがいくらか根付いている程度だという。
そういう感覚なためガレスト人には神仏や宗教というものは不思議なものに見える。
あちらから見れば地球特有のモノで実益が分からないため『なぜあるのか』と
首を傾げられているほどだ。

「お前だからいうが学園でその手の話に私達(ガレスト人)は触れるなといわれている。
 地球人にとってはデリケートな問題だから、とな。しても一方に肩入れしないようにと」

ガレスト学園の生徒出身国で最も多いのは様々な事情から日本である。
法律でも国民性としても多種多様な宗教に比較的寛容であるため宗教問題は
学園では目立たないが他の国の出身者となると毎年数件は報告されていた。
世界中から数に差はあれど多数の人間を集めた事を思えば少なく感じるが
年齢と入学への狭き門をくぐるために時間を使ってあまり熱心な信者が
存在していないという実状を考えると“それでも起こっている”といえた。

「わたくしも何度かそれに関係した対立を目撃しましたが、独特でしたわね。
 その概念が無いわたくしたちが介入してはいけない領域だと肌で感じました」

「生徒同士ならパデュエールの対応でいいんだが私は教師だからな。
 程度によってはさすがに放置というわけにはいかなくて、だが難しい」

どちらもそれにどうすればいいのかと困ったように眉根を寄せている。
彼女ら自身はどうにも宗教に対して疑問はあっても異世界の文化として
ある意味日本人的な考えに近いスタンスで受け止めているが他のガレスト人の
教師や生徒はそうではないのだろうことが気苦労を感じさせる顔からは窺えた。
宗教対立に宗教が無い世界の者が混ざれば余計にこじれるのは目に見えているが
そもそもその懸念がガレスト人には分からないのであろう。実感や感覚で
感じ取っている彼女らの方が稀有なのだ。だから、なのか。
彼への信頼もあってその問いかけが彼女の口から出た。

「なあ、ナカムラ。地球人がお前だけで他に人目がないから聞くが、
 地球人(お前達)にとって『宗教』や『神』というのは結局なんなんだ?」

どこか疲れたような顔でそう尋ねるフリーレにシンイチは表面化しない所で
学園でもその手の問題に少なからず手を焼いているらしいと察してしまう。
だが。

「恐ろしく簡単に、恐ろしく難しい話を振りやがって!
 そんなのコレだって言える地球人探す方が難しいぞ。
 しかもよりにもよってそれを邪神()に聞くとか……」

問いかけの難題さとその妙さに彼も渋面を浮かべた。
何か一つの宗教とそれが崇める神についてなら話せる者はいる。
だが地球全体として、その概念として、それはいったいなんだと聞かれれば
宗教家や歴史家、研究家によって出てくる答えはまちまちであろう。

「難しいのは承知でわたくしも聞きたいですわ。
 これからを考えればこちらに無いからといっていつまでも無関心や
 非干渉というわけにもいかないですから……一つの意見は知りたいです」

いずれ領地を引き継ぐ身としてはこれからの地球との関係を考えて、
少しでも知識や見解を深めておきたいのだとアリステルは真摯に語る。
今回の旅行で歴史的な場所を多く巡ろうとしているのもそういう考えから、
という理由は少なからずあったようだ。

「……実際、今のお前はどこまで知ってるんだ?」

「そう、ですね。
 調べるといくらか存在価値(メリット)があるのはわかります。
 基本的には人が人らしく生きるための道徳やあり方を説いて教え、
 悪徳を許さない心情を育もうとしているところがありますから」

一般に根付いているそれらの正の部分にはまさにそういう所がある。
輝獣という外敵がいるため自然と学ぶものや武器を持つがゆえに強制的に
叩き込まなければならない在り方はガレストの状況だからこそ人々に広がる。
だが人の敵が人しかいない世界で、それらを教え広めるには宗教は有益といえる。
それを承知したうえで彼女は、ですが、と続けた。

「宗教や祈る神の違いで戦争になった事もあると聞きます。
 民族の対立も宗教の対立と言い換えることができるとも。
 そこまで対立原因となるなら捨てればいいのにと考えている方は多いです」

そういうわけにはいかないのだろうことは彼女とて当然分かっているが
存在価値が理解できない大多数のガレスト人はそう思うと彼女は言っている。
過去の宗教戦争の原因の全てが宗教によるものではないのも事実だが大義名分に
なっているのも事実であり、都合よく争いの理由に使われている側面もあった。

「そこまで分かってればいい、というわけにはいかんかお前らの場合」

そうですねと頷いたのはアリステルだがフリーレも難しい顔をしている。
学園教師であり、次期当主でもある彼女にとっても一般的な見解(イメージ)
知っているだけでは困る場面があることは既に想定できているのだろう。
またシンイチも他者にとっての常識や当たり前の概念を学ぶ難しさを
異世界漂流と帰還してからの日々で痛感しているため気持ちは分かるのだ。

「はぁ、あくまで俺個人の意見という事を重々承知してくれるなら話す。
 けど俺のはかなり極論だ。異論反論がいろいろ出てくる類だぞ?」

「はい、それはもちろん」

「わかっている」

構わないと頷くふたりにそうかと頷いたシンイチだが、
一瞬それは自身の言葉の前半と後半どちらに対する頷きかと訝しげになる。
だがそれを分かりつつも宗教云々よりそれらに対する彼の自論に興味があると
いう視線を送るミューヒに軽く息を吐いて、シンイチは自らの考えを語る。

「まずは俺なりの『地球の神』が何かって所からの方がいいか。
 簡単に言えば、ヒトではどうにもならない部分を任せるための装置だ。
 あるいはどうにもならない壁そのものとして諦めるための装置かもしれんが」

「うわぁ、いきなり身も蓋もないこというね。イッチーらしいけど」

笑顔で、らしい、といわれて眉根を寄せるシンイチだが無視して続ける。
心情的に納得したくないが、ならば自らの“らしさ”とは何かと聞かれても
宗教問題以上に答えが出ないような気がしたのだ。

「生きていれば本人とっては重大な問題の三つや四つすぐにぶち当たる。
 その問題がなんであれ、縋れる程に全知全能か諦められる程に絶対的な
 存在は精神の安寧のためになかなかに必要な装置だと俺は思っている」

「それが地球の『神』だと?」

「さて、最初がどうだったか、どっちが先かは複雑過ぎてわからん。だが
 自然現象に生物の生き死に、死後の話、幸運不運、生まれに才能、対人関係。
 人類全体から個人レベルまで、どうにもならない問題という壁はいくつもある。
 それらに逃げ場を作らず立ち向かうのも、拠り所なく逃げるのも苦痛だ」

だから何を目的にするにしても自らを納得させる存在が必要だったのではないか。
結果『神』という概念が生まれたのではないかと彼は続けた。神以外への
あらゆる信仰も根っこの部分では同じことだ、とも。

「日常的な、けれどどうしようもない問題への不安を紛らわすための偶像、か」

「じゃあそんな神様に祈って、逃げるか悟るかして不安解消するのが『宗教』?」

「ミューヒさん、それではまるで大衆全体を対象とした精神療法みたいですよ」

アリステルがいくらなんでも大雑把な表現ではないかといえば別から笑い声。
見ればシンイチはおかしそうに頬を緩めてうんうんと頷いていた。

「ふふ、面白い表現だな。宗教にはそういう側面もあるかもしれん。
 ただ俺は都合のよい教育システムであり民衆の制御システムだと思う。
 うまく機能しているかどうかは時代や場所によって違うがな」

「……また身も蓋もないことを」

しかしながら続けて出た言葉にミューヒは少々呆れていた。
宗教や神について調べればその歴史や概念、哲学染みた教えなどはいくらでも出てくる。
だがシンイチの意見には神秘性も有難味も欠片も感じられず実用性だけが垣間見える。
自分達(ガレスト人)が存在価値を疑っているからかもしれないが彼自身の考えだとも彼女は感じた。

「ほっとけ……ともかく地球人はそんな『神』を持ってしまった。
 この世には自分達の手に負えない驚異的な力を持つ存在がいるってな。
 そう思った方が都合がよかったんだろう。縋るにしても諦めるにしても、な」

これほどの存在に祈っているから大丈夫だ。
そんな存在が齎した試練なんからできなくてもしょうがない。
恒常的な平穏とは言い難いその場限りの誤魔化しだがそれが必要な瞬間はある。

「そして持ってしまったからにはどうにかしなきゃならん。
 無視や軽視するにはその『神』って奴はあまりに大きな存在だ。
 何せ縋るべき対象だからな……だが実像はないに等しい」

誰も会ったことなどないのだから、と。
地球人全員というと大げさかもしれないが概ね皆『神』という概念を知っている。
ではそれはどんなものかと聞けば答えは千差万別であるし、会った、声を聴いた、
などと存在を実感するような体験をした者は真実はどうであれ極めて少数だ。
となれば、と言葉を向けられたアリステルは少し考えると思いついた事を口にした。

「……だからその共通してるようでしてないイメージを宗教の中で
 分かりやすい形や教えにすることで固めて人々の意志を集めた?
 民衆を制御するために?」

「全員がバラバラの神を祈っていてもどうにかなってる(ニホン)出身者からすると
 不思議な所はあるが一般論として同じコミニティにいる奴の主義主張の大雑把な
 方向性すら全員が違う所を見ていたら統治者は困るだろうな」

軽い口調ながらもその表現にアリステルはどこか実感のこもった声で納得する。
その状況を想像するとどうやってもまとめられる自信がまったく出てこなかった。

「人心をまとめるのに都合が良かったわけですか。
 人々の心の拠り所として機能していた神とそれを祀る宗教が」

「まあ、それこそどっちが最初の目的だったかは知らんがそこに『あるもの』を
 常に利用する(・・・・)のがニンゲンだ。当人が真剣に信仰しているか否かなど些末事。
 神の心に近づきたい、良いヒトに見られたい、皆を救いたい、幸せになりたい、
 金儲けしたい、人望を集めたい、死後天国に行きたい……なんだって一緒さ。
 目的があって少しでも祈ればそれはもう同じコト(・・・・)だ」

悪いことだとは思わないし、単なる言葉の綾でしかないがな。
と付け加えながらもその顔に浮かぶ笑みは中々に“悪い”それ。
あえて悪しく取られる言葉を選んだということがそれには見て取れた。
お嬢様(ひとり)を除いて集まる呆れの視線に彼はその笑みを深めるだけであった。

「まったく……ではお前のいう『教育システム』というのは?」

「アリスが言ったように宗教はそれぞれで差はあるが教えそのものに
 たいした問題は無い場合が多い。むしろヒトらしさを説いていたり、
 生と死について考えさせたりと教育では教えられない部分を補完している。
 例えば、仏教徒でなくともたいていの日本人は死者には手を合わせて悼む。
 それはそうやって死者を弔う事を当たり前(・・・・)にしたからだ」

「信者じゃなくとも教えが広がり、常識化しているということか。
 なるほど、だから『教育システム』というわけか」

「無論、社会で許容できない考えや儀式を行うものは取り締まるべきだが、
 一定基準でヒトをヒトたらしめるためにはあったほうがいい代物だ。
 度が過ぎれば問題を起こすがそれはどの分野のなんだって同じだろ?」

そう投げかければ誰も反論などできない。
何事も行き過ぎれば問題を引き起こすのは自明の理。
その節度というものを彼女らは立場や理由は違えど概ね実感している。

「つまり、お前の意見は始まりはどうであれ。
 いまや宗教や神は人々の心の安寧と制御を担うシステムの一つだと?」

「そして神という概念を既に持ち、一定の効果がある以上あった方がいいと?」

「そんなものだが……俺の本音はもっと後ろ向きだ。
 どうせ無くせないんだから使える部分を利用しようよ、って所か。
 文化に根付いちまったからな、存在を否定する方が血が流れる」

面倒臭いことだよ、と嘆くように呟きながらシンイチは笑う。
それはそこまでして都合良く神や宗教に縋る人間を憐れんでいるのか。
自分達の信仰を守るためなら武器を取るのを厭わない者達を蔑んでいるのか。

「無くせないし一定の存在価値があるっていうなら、
 じゃあ宗教戦争なんかは良く言えば必要悪ってことなの?」

争いの原因になっているというのに人々に根付きすぎてしまった神と宗教。
消せない以上はそのメリットを認め、デメリットは許容するしかないのか。
彼の考えが知りたくてミューヒは際どい問いかけをしたが、首を横に振られた。

「それは違うと少なくとも俺は思う。
 例え争いの理由が宗教や神であっても原因だとは考えにくい。
 それがなくても争いはどうせ起こる。宗教そのものは悪じゃない。
 それを理由に平気で誰かを撃てる奴、撃たせようと煽る奴が悪だろう。
 それに違う考えや教えを、それはそれ、そういうのもあるか、と受け取れない奴は
 中身の考えがいくら正しくても結局誰かと争って、そしていつか誰かを殺す」

それはもう宗教の問題ではなく個人の性格や人としての器の問題となる。
それが国規模になった場合は為政者が都合よく利用したに過ぎないか。
個人の問題が多数暴走しただけともいえるだろう、と彼は語った。

「だからそれは宗教とか神が何かという話とは違う話だ。
 人はなぜ争うのかという単純だが難しい別の問題。答えなんかもっと無いぞ」

理由にはなっても原因ではない。選んだ当人や集団の責任だと彼は言う。
もうそれ以上“争い”に関しては喋る気はないと空気で示しながらお茶を飲む。
喋り続けて喉が渇いたのもあったが区切りを入れるのにはちょうど良かったのだ。

「なんか……少し意外だったな。
 イッチーは神さまなんかいないとか宗教なんて無駄だっ、とかいうと思った。
 消極的な感じだったけどむしろなんか庇ってない?」

「んく、しょうがないだろ。
 どっちも好きじゃないが神はいるし、宗教自体は必要なんだ」

気に食わないモノだが必要だから最低限のフォローぐらいはする。
と、本当に嫌そうな顔で彼は告げた。どちらも好きではないという言葉には
やっぱりという顔を彼女はしたが、納得したように頷く。

「利用する奴や行き過ぎな信仰が問題ってわけね、何にせよ」

「そういうこと、ではあるんだが。
 そうだな、しかしこうして色々と言葉にすると案外に恐ろしいなこれ」

「なにが?」

「だってそうだろ。いったい地球人はこれまでの歴史でどれだけの神仏を崇め、
 拝み、時に自分達を縛り、時に武器を取らせ、時に捨ててきたか。数えきれない。
 教育に使って、制御に使って、大義名分に使って、日常の平穏のためにも使う。
 ……神にも労働基準法があるなら絶対に違反しているな」

押し付け過ぎだとどこか面白そうに、そしてどこか不遜気味にそう語る。
働かせ過ぎだと責めているようだがその顔はもっと鞭打てというようにも見えた。
そしてその顔のまま、くくくっと笑みをこぼしながらその行為をこう表現した。

「そう考えると─────地球人ほど神さまを利用して使い潰す種族はいないな」

恐ろしいな、と顔は笑っているがその声は他人事のように無感情だった。
それは彼自身が最初に告げていたように極端な物の見方であろう。
だが同時に気持ちがどうであれ結果は同じという言葉も当てはまる。
だからか。知らず誰かの息を呑む音が走行中の車内に静かに響いた。
地球人は自ら作った自分達より高位の存在を使い潰せる生き物だと。

「………そう見ると確かに怖い話だ」

その言葉に言いようのない畏怖を覚えつつもフリーレはそうこぼした。
だがそこに微笑ましいものでも見るような柔らかな笑い声が響く。

「ふふふふ」

「……いやな笑い方」

ただそれをシンイチがしていると逆の印象を受けて不安になるから不思議である。

「何がおかしいんだ?」

「いやな、ガレストに宗教は無いが、けど『神』はいるんじゃないか?
 少なくとも俺が出した定義に当てはまるような存在はいるだろう」

「え?」

彼が示した『神』の定義は簡単にまとめれば問題を押し付けるか諦めるための装置。
人々の心の平穏のために時に頼られ、時に立ちふさがるために使われる存在。

「っ、まさ、か……!」

愕然とした顔で呟いたのはアリステルだ。さすがに聡いと彼は肩を竦める。
正確に一致しているわけではないが彼女には一つ思い当たる近いモノがあった。

「ん、なんだというんだナカムラ?」

「民衆はそのまま民衆、どうしようもない問題を輝獣に固定したら……神は?」

「…なっ!」

「あっ」

ガレストでは何になるのか。言外のその問いかけにフリーレもミューヒも絶句する。
イコールで結ばれる存在に勘付けない者などこの場にはいない。何せ彼女ら自身の事だ。
民衆と輝獣の間に立つ戦士とその筆頭たる貴族たち。『神』という表現は大仰だが
彼が告げた考えにそれは妙に当てはまっていた。

「気を付けろよ、例え民衆にその気がなくともお前たちはその立場にあるんだから」

使い潰されるなよ、と心配しているのか不安を煽ったのか分からない声色で
彼は戸惑う彼女らを見て頬を緩めながらおかしそうにくすくすと笑った。
奇しくもそれはどこか人心を惑わす邪悪な存在(邪神)を思わせるものであった。
+注意+
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