挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

修学旅行編 第一章「彼の旅はこうなる」

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

124/179

04-58 鹿と戯れ、る?

いつも以上に遅れたことを謝罪します!

今回の話がどうのこうというより、この次とか次の次とかがしっちゃかめっちゃかになっていたのが原因であります。すいません。

それに一旦途切れると再開しづらいんですよね。
まして今回、あんな前振りしておいてな展開なので………あはは……た、楽しんでね!(汗






「これは……なんてヒドイ」

偶然(・・)その場に集まっていたのが学園関係者のみだったため
簡単に人を遠ざけられたフリーレとミューヒは彼が待つ場所に足を踏み入れた。
だが整えられた自然の美しい風景を前にしながらも“その酷さ”に共に息を呑む。
ただしフォスタが投映した空間モニター越しの話ではあったが。

「信じられない。こんな場所で次元境界にこれだけ罅が入ってるなんて!」

そこに映っているのは木々が並び立つ空間の映像に蜘蛛の巣のような亀裂が
入っている映像だ。これが機器の故障か落書きならばまだ良かっただろう。
だがモニターに走るその幾重もの線は目には見えないだけで実際に存在する。
その場の次元の壁ともいうべきモノが現在もろくなっているのだ。

「やっぱり地球では珍しいのかこういうの?」

誰よりもその罅が入った空間に近い位置に立つ少年の疑問にフリーレは
怒り心頭気味に答えた。ただそれは彼の無知をなじるものではない。

「当たり前だ!
 いくら発生数が少ないとはいえ人が多い場所では定期的に
 境界の検査をすることが今はもう法的に義務付けられているんだ!
 なのにここまで気付かず放置して、どこの誰だ! 手抜き検査だろ!」

「ボクも同感、これはさすがにひどすぎる。
 手抜きっていうかそもそも何もしてなかったんじゃない?」

あくまで地球では、という注釈がつくが次元境界に入った亀裂は多くて深い。
これを見逃すには検査体制に余程問題があるか現場が何もしなかったか、だ。
そのどちらであってもガレスト人のふたりは程度の差はあれど憤慨している。
輝獣の脅威が常態化している世界でも次元の亀裂は警戒されているのだ。
ガレストと比べれば小さい規模といえるが輝獣への認識がまだ甘い地球では
充分に脅威といえる大きさなため彼女らは怠慢だと怒っているのだ。

「……そっちならまだいいんだがな」

ただシンイチだけがそのどちらでもない可能性を考えて顔をしかめている。

「終わったわよ、あのアマリリスはなんかまだ走りまわってるけど」

そこへやってきた刀を携えた青い目の少女はシンイチ越しに学園2位と
学園最強の女教師を見て少し腰が引けたようにしつつも彼に歩み寄る。

「ね、ねえ、これあたし別にいなくてもいいわよね?」

「どんな輝獣がどれだけ発生するかわからないんだ。
 手数は多い方がいい……どうせ閉じ込めるタイプの結界も張ったろ?」

「そうだけど……」

普段から勝気でシンイチにも突っかかる彼女だが自らの力量は弁えている。
自分以外の三名との実力差につい気後れしてしまって居心地が悪いのだ。
しかし彼女のそんな感情とは別に事態は一秒ごとに進んでいる。

〈次元エネルギー集束現象を確認。
 輝獣発生まで残りあと30秒、29、28、27───〉

「というわけだ。諦めて武器を構えてろ。それにエネルギー総量から考えて
 全てが一体に集まって輝獣が発生したとしてもBランクにも届かねえよ」

白雪のカウントダウンを背にしてフリーレが得意のブレードを出し、
ミューヒは周囲の状況を考えてか取り回しに優れた短槍を選んでいる。
その状況と姿に彼女も腹をくくったのかカムナギを抜いて正眼の構え。
正式なガレスト武装ではなく刀を選んだのは彼女の成績で持てる武装より
母の形見で扱いなれたカムナギの方が実戦での信頼度が違うからだ。
一方でガレストのそれとは意匠が違う武器だがふたりは気にしていない。
国民性ともいうべきか。ガレスト人は武装の外観をあまり気にしないのだ。
特に戦士職は目標を破壊できれる攻撃力があればいいと考える者が多い。

「でも逆に次元エネルギーが拡散集束して、多数の輝獣が発生する事もあるけどね」

だからミューヒなどはトモエの緊張でも解そうと考えたのか。
武器の事などよりわざと不安を煽るようなことを砕けた口調で告げた。

「それは……ぞっとする話ね。一応周囲を覆う形の物と木々を覆うバリアは
 張っておいたけど、こんな所で集団に出くわすなんてごめんこうむりたいわ」

人避けの結界や閉じ込めの結界とは別に、それらもトモエは設置していた。
発生した輝獣を即座に倒せてもそれらに被害が出れば事態を隠し通すのは難しい。
恐らくは隠す方向に持っていくだろう少年へのさりげない援護のつもりであった。
尤もそれは当人にはバレていたが。

「お、さすが、助かるよ」

「ほう、なかなか手際と察しがいい。地味だが必要なサポートだ。
 やはりサーフィナはそういうのが向いているのかもしれんな」

「あ、ありがとう、ございます……」

そして教師までからも賞賛され彼女は小さく礼をいいながら照れたように頬をかく。
しかしそこでニヤリといつもの顔を浮かべたシンイチがあっさりと爆弾を投下する。

「ああ、けど、悪いな。たぶん拡散して数が多くなるから気を付けろ」

「はぁっ?」

「なん、だと?」

「なんでそんなのわかるのよ!?」

「そりゃ勿論俺がいるからだよ」

途端に愕然としながら本当かという声と表情を向けてくる彼女達に、
されどシンイチはあっけらかんとした態度で端的に答えを返した。
誰一人として納得できない大雑把な答えではあったが。

「わけわかんないわよそれ!」

「じゃあ縁があると思え、厄介な状況って奴に」

「そんな物騒な縁、切ってしまいなさい!」

「あははは、できるなら苦労しねえよ」

明るく笑ってトモエの提案を却下するシンイチだが他の二人の顔は強張る。
そんなことが本当に起こりえるのかと理性は懐疑的になっているが彼の周辺。
特にクトリアや修学旅行一日目の騒動や事件を考えると否定もしきれない。
いくらなんでもそれらが短期間に、下手をすれば同じ日に集まり過ぎているのだ。
知らず息を呑み、冷や汗が流れる。本当にこの後そうなれば認めるしかなくなる。
“彼のいる所にはいくつもの騒動が重なってくる”と。

〈───9、8、7、6〉

「と、お喋りはここまでだな」

カウントダウンが一桁に入ったことで彼もまた輝獣を待ち構える体勢を取る。
だが周囲からソレに一斉に物言いがついた。構えている武器がおかしいと。

「お前それは何の冗談だ?」

「イッチーは何を構えているのかなぁ?」

「……食べ物で遊ぶなって教わらなかったのあんた?」

カウントがもう終わろうという中で疑問と冷めた視線を受けても彼は動じない。
彼女らも苦言を呈しつつも既に視線は視認できる程に質量を持ち始めたエネルギーに
向けられている。まだ『無』ながら周囲の光景を歪ませる無色という色を持つそれ。
渦巻くようにあちこちで(・・・・・)一点に集まっていくとその輪郭を作り出していた。
現在の技術力ではこの時点あるいはその前の状態で輝獣発生を阻止する方法はない。

「失敬な。
 このままだと無駄になるから有効活用しようってんじゃない、か!」

だからこの状態を発見した時の対処法を学園ではこう教えている。
実体化した瞬間を狙って撃て、と。まさにその通りに彼はソレを投げつけた。
尤も彼は殆ど居眠りをしていたのでそんな授業を受けた記憶など無く、
これはたまたまそれと合致しただけの行動といえた。ただし、
そんなモノを投げつけろとはどこのテキストにも書いてはいまい。

「ええぇぇ?」

ミューヒは非常識さとその結果から、呆れと驚きに気の抜けた声をもらす。
場所柄か輪郭の少し太いシカのような外見を持って発生した輝獣の第一陣。
総数は十体。だが全個体がシンイチの投擲したモノに撃ち抜かれて霧散した。
器用にもそれぞれで位置の異なる結晶体を狙うという正確さで、だ。
そこも驚嘆すべきではあるがそれ以上の驚きがそこにはあった。

「シカが………鹿せんべいで退治された……」

「どうせ食べてもらえないからな。使わないともったいない」

唖然としている周囲と違って本人はこれぞ有効活用だと満足げだ。
元がなんであれシンイチが魔力でコーティングすれば尋常ではない硬さを持つ。
それを狙った所に投げるのは彼には朝飯前であり、撃ち抜いた後のせんべいは
魔力負荷と衝突の衝撃に耐えられず砕け散るがそのまま自然に帰ることだろう。
これぞエコだ、とシンイチは場違いで無関係なことを真剣に考えていた。

「こ、こいつにかかると石ころから食べ物まで武器になるのね」

弟子入りしてからしごかれる中でそういう場面を見ていなかったわけではないが
さすがにせんべいまで武器化してしまうのはトモエにしても想像の外であった。

「ほらほら集中、次々とポップしてくるぞ!
 今回俺は援護はするが前衛はお前らに任せるからな」

手を叩きながら彼女らの意識を輝獣に戻しながらそう宣言するシンイチ。
皆、どういうことだと問い質したかったが目の前には鹿型輝獣の集団。
既に二十を超えた個体がそこにいて、ランクが低くとも無視するわけにはいかない。

「っ、私が一番前だ!
 ルオーナ、サーフィナ。援護を頼む。とにかく速攻で数を減らす!」

「りょーかい」

「わ、わかりました!」

いいながら集団に飛び込むようにした彼女がブレードを振るう。
ただそれだけの単純な動作で“轟”と空気が震えて輝獣達が衝撃に散った。
斬撃そのものよりもその剣圧に彼らは耐えられずに仮初の肉体が消滅したのだ。
それにより集団中心の10体が霧散したが残りが角を突き出し突進をかける。

「こんなの効かないだろうけど、早めに終わらせたいしね」

軽口を叩きながらそれを短槍を振り回して切り裂くミューヒ。だがそれは
もはや槍というよりは鈍器に近い使い方で輝獣達の頭部は潰れるように裂けていた。
どの個体も高くともせいぜいがDランク程度の脅威でしかない輝獣たちである。
フリーレの兵装端末が張るバリアでさえ傷つけられるか怪しいレベルだが、
それでも数を減らす必要がある以上他に目がいっている個体は狙い目だ。

「そうよね、まだ東大寺にも行ってないんだから!」

そう叫びながら3体ほどの輝獣を横薙ぎに一刀両断するトモエ。
ミューヒがフリーレの右側に入ったのを見て左側の個体を迎撃したのだ。
カムナギの刃は輝獣の肉体をまるで質量を感じてないかのように軽々と裂く。
美しい剣閃がただただ真横に走る線を空間に描いて一瞬の煌めきを見せる。

「ん、いい踏み込みと剣筋だ。
 斬り合いでは優秀というのは本当らしいな、サーフィナ」

「い、いえ、ふたりの足を引っ張らないように気を付けます」

「トモトモはBクラスなんだからもっと自信持つ。
 囲まれないようにしなきゃこのレベルで苦戦しないよ、いくよ!」

初期に発生した個体を排除するがその頃にはもう次の集団が発生していた。
さらにその周囲でも発生直前の状態を示す視認できるエネルギーの渦がいくつもある。
一体ずつなら学園の新入生でも苦戦しない程度だがその数と発生の速さは厄介だ。

「ボクたちがいなかったらと思うとちょっと怖いね、これ」

「うん、警察や対策室が駆けつける前に観光客に犠牲者が絶対出てる」

「運が良かったというべきか悪かったというべきか……集まってくる、か」

動く生命体の反応を察知してか次々と彼女らに向かってくる鹿型輝獣を
それぞれの得物で切り払いながら三人は自分達のいない時に発生していたらという
そんなもしもの光景を思い描いて内心ゾッとしていた。

〈流入エネルギー量変化無し。
 エリア内の残存次元エネルギー、68%。
 消費量の方が圧倒的です。まずは輝獣を一掃してください〉

「いわれずとも!」

再び発生した集団に飛び込むように切り込むフリーレ。
追従してその取りこぼしを退治するミューヒとトモエ。
慣れないスーツ姿や私服での戦闘だが相手の脆さもあって苦戦はしていない。
否、戦闘と表現するのも烏滸がましいほどにそれは鎧袖一触であった。

「……思っていた以上に俺いらないな。
 手助けがいるのか甚だ疑問だけど、試運転にはちょうどいい」

彼女達を抜けてくる個体あるいは彼女たちを狙わない個体が無いかと
念のために後方から見張っていた彼だがその心配が無いとわかると
フォスタから自分の身長程の全高を持つ大盾を取り出すと地面に突き立てた。
それはヴェルナーから試験運用を頼まれた新しい武装の一つだ。その事実だけで
何か普通と違うという事が解るが外見もまた純粋な盾とは思えない何らかの
ギミックを想像させる妙な形状をしていた。

「あいつ本当に好きだな、こういう武器……散れ!」

所有者の言葉と意志による命令を受けた大盾からは何かが外れる音。
途端にそれはパズルのピースのようにバラバラに別れて宙を舞った。

「ブレード展開、IFF起動……さて初起動・初運転でどこまで操作できるかな?」

自立浮遊型遠隔操作兵器。通称ビット兵器。
七つに散った形状にそれぞれ差異のある誘導兵器(ビット)を眺めながらひとりごちる。
彼は意識を自分の体とその七つのビットで8分割しながらただ命じて動かす。

「行け」

フォトンの短い刃を展開したビットは意を受けて空間を縫うように走る。
各々のフォスタからその存在を教えられていた彼女らはそれが自分達を囲む輝獣を
切り裂きながら追い抜くようにさらに前に出て次の個体を襲っても別段驚かなかった。
その数を自らの目で確認するまでは、だったが。

「……え、五機、あれ、七機!?」

「軽々とやってくれる。戦闘中は最大四機までなんだがな」

「多分イッチー知らないんだろうなぁ」

純粋に愕然とするトモエと頭を抱えるフリーレに苦笑いのミューヒだ。
ある程度AI制御に任せても数を増やせばその分意識を割く必要がある誘導兵器。
いくら学園ひいてはガレストの戦士たちにとってマルチタスクが必須技能でも
五機以上の運用はどこかが疎かになってしまう程の負担を強いてしまうのだ。
それは危険な隙を作り操作ミスを犯すとして戦闘中は最大四機までという規定が
設けられており、学園でもそう教えている。だがミューヒの推測通りそんな事を
シンイチは露ほどにも知らない。だからこそそのビット群の機動には一切の
自重というものが全く存在せず、彼女らはその酷さにドン引きする。

「うわぁ……なにあの蹂躙?」

「あとで言っておかないとな。人前でやったら大問題だ」

「またあいつに渡しちゃいけないモノを渡したんじゃないの?」

七刃のビットはエネルギーの溜まっているポイント周辺を飛び交いながら
実体化したなりの輝獣を即座に細切れにしていくという所業を見せた。
それも並の人間の動体視力では残像しか見えない程の速さで、だ。
もはや彼ら輝獣は抵抗の二文字を実行に移す時間さえ与えられていない。
それどころか霧散する暇さえ無いため彼らが通った後はさながら惨劇の現場。
鹿型の頭部が宙を舞い、四肢が転がり、胴体はバラバラとなって落ちていく。
消える前のほんの一瞬の光景ではあるが見ていて気分のいい光景ではない。
尤もこの場にいるのは慣れている者達だけなので顔を引きつらせただけだが。

「これ、ボクら別にいらなかったんじゃない?」

「悪い………まさかここまで思い通りに動くと思わなかったんだ」

構えている必要すらもうないと背後に振り返ったミューヒの視線の先には、
自らの所業に苦笑いをしながら平時と変わらぬ足取りで歩み寄る彼の姿がある。
そうしながらその速さを維持してどの機体も互いにぶつかることも無く、
また木々に接触することもなく輝獣だけをその刃の餌食にしているのだから
周囲の驚きと呆れの視線の意味も分かろうというものだ。だが彼も難しいと
聞いていたのでここまでスムーズに操作できるとは思っておらず、
どこか遠い目をしながら自身の脳のスペックに溜め息だ。

「外付けHDみたいなものでも読み込むのは俺の脳だからなぁ」

邪神のそれを受け継いだ時に自然と性能が底上げされているのだという事実を
こういったことで実感するとは何とも微妙だと頭を振るシンイチである。

余談だが開発者たるヴェルナーは当然稼働数の規定を知っていた。
そのため七機を全て同時に使うことを想定していなかったりする。
この盾は三機から四機を稼働させ、残りを通常盾兼予備として
手元に残すのが開発者が想定していた使い方だった。つまりは
取扱説明書(マニュアル)を読まなかったシンイチが悪い。

「まったく、七機をあの速さで全稼働させておいて普通に会話するか」

一方、この非常識の塊め、と視線で訴えながらも嬉しそうに笑うフリーレだ。
彼女の頭の中では今あれをどう掻い潜ればシンイチの懐に踏み込めるか。
などという事を考えており、それが楽しくてしょうがないのである。

「……やらないからな。少なくとも旅行中はしないからな」

「わ、わかっている………ちぇっ」

そのキラキラとした目を見て先に釘を刺したが本人は不満げに唇を尖らせる。
ここにはまだ彼女の素を知らない生徒もいるというのに。

「先生?」

「あ、いや、なんでもない! 気にするな!」

トモエの存在を思い出して慌てて取り繕う姿に他二名は苦笑しかない。
だがその裏で輝獣を蹂躙し続けるビットを操作しているのが見えるので
ミューヒだけはその笑顔を少しずつだが引き攣らせていく。どうしてか。
笑顔で誰かと握手しながらその勢力を影で滅ぼしている彼を幻視する。
実際やりそうな光景にぶるりと背筋が震える彼女であった。

「そ、それより白雪。残留エネルギーの状態はどうなった?」

〈……残存次元エネルギーは急速低下中。
 現在発生した輝獣で────終了確認。ただし流入量は変化無し。
 約18時間後には同程度のエネルギーが蓄積されると推測〉

「とりあえず終わったか、で、この後は普通ならどうするんだ?」

何の感慨もなく達成感もないまま最後の輝獣は仕留められた。
彼はビットを手元に戻して周囲に七機全てを浮かしながら問うた。
脳を酷使しているような様子は微塵も感じられない平然さで、である。
これにはミューヒとトモエは内心渦巻く感情と同じ微妙な表情を浮かべた。

「良かったはずなのになんだろうこの納得いかない感」

「……数分前までの緊張感を返しなさいよ、この馬鹿っ」

しかしフリーレだけは喜色を見せながらもその質問に教師として答える。

「そうだな。
 これぐらいなら監視をつけつつ自然修復を待つ。白雪、予測は?」

〈エネルギー流入停止は約20時間後、完全修復はそれから約3時間と予測〉

自然修復はおよそ一日かかり、その前にもう一度輝獣が発生するという。
それが同じ規模の群体となるか数体に集約されるかは予測すらできないが、
時間がかかり過ぎると彼は他の方法を問うた

「亀裂の人工的な修復は出来ないのか?」

「方法はあるにはあるがかなり大型の装置が必要でまだこれぐらいの
 規模を塞ぐのが精一杯。しかも日数がかかる。まだまだ研究途中の代物だ。
 修復が早い地球側では配備も研究もあまり積極的ではないな」

地球には亀裂が入りやすい場所、難い場所はあるが常態的な場所はない。
すぐ隣に次元空間があり常態的にエネルギーが入り込むガレストとでは次元境界の
脆さと修復力が違うため地球ではその技術はあまり求められていなかったのだ。
それよりも検査や感知体制を強固にして自然修復まで対輝獣部隊による監視で
済ませた方が地球側では現実的で安上がりな対処法なのであった。
技術的に優れているガレストで完成するのを待っている、ともいえるが。

「そうか……だとしたらどうしたものか……」

そんな説明を受けたシンイチは少しだけどう対応すべきか困っていた。
そうなればこの後、約24時間ここは人払いされた上で部隊が展開される。
またどうして事前に気付けなかったかで関係各所が騒がしくなることだろう。
その調査で奈良公園周辺はさらに数日は出入り禁止となる可能性は高い。
学園側は被害を防いだ名声を得るかもしれないが逆に厄介事を持ち込んだとか
商売あがったりだとかいわれのない不満のはけ口にされる可能性もある。
シンイチの本音は出来れば最近のいつもの手として無かった事にしたい。
彼にはその騒ぎが起きない方法がある。だがそれを使っても良いのか。
その判断材料が足りなかった。しかしその呟きは周囲を怪訝な顔にさせる。

「どうしたら、って何を考えてるのイッチー? それ一択だよ、ふつーは」

「普通なら俺もそれでいいと思うんだが……」

「おい、まさか。これが、普通じゃない、とでも言いだす気か?
 ただの検査不備や職務怠慢ではなく、別のことが原因だとでも?」

口にしながらさすがにそれは無いだろうと彼女らは考えていた。
莫大なエネルギーと次元科学の知識があれば確かに『穴』なら意図的に開けられる。
だが罅や亀裂となると量は必要ないが繊細なエネルギー操作を可能とする設備か装置。
そして地球側どころかガレストでも一切公開されてない深い知識が必要となる。
だが彼はそれに首を縦に振る。その通りだ、と。これは普通ではない、と。
ただし、とんでもなく無茶苦茶な理由で。

「だって、俺が遭遇した騒動が何の陰謀や事件にも繋がってないとかあり得ない」

「ああぁ…………はっ、いまボク納得しかけちゃった!?」

「心配するなルオーナ、私もだ」

言葉だけ聞けばトンデモ過ぎる話だが彼の周囲で起こった事件をほぼ把握している
両名からすれば何とも否定しにくく、そして納得しかけてしまう理由であった。

「なんて乱暴な逆説……あんた、今までどんな生活してたのよ?」

その理屈は“今までそうだったから今回もそうに決まってる”という
ニュアンスが感じられ、トモエはどんな日常を送ればそうなるのかと頭を抱えた。

「風が吹けば犬が歩いて棒に当たって桶屋が儲かる的な生活、かな?」

「それ日本人でもギリギリよくわかんないわよ!」

それでも何となく自分が動けば事件に遭遇して様々な形に繋がっていく。
という事を言いたいのだろうという事はトモエにはぎりぎり伝わっていた。
ガレスト人両名にはその意味は全く伝わっていなかったが。

「キュイ」

頭に疑問符を浮かべるふたりを余所に彼の足元に従者が戻って一鳴きした。
驚くことなく頷きながら迎え入れた彼はそのまま鋭い視線を向けて問う。

「おかえり───で、首尾は?」

「キュッ」

これが答えだというように彼女は咥えていた何かを複数彼らの前にばらまいた。
それは一見すればどこにでもいる昆虫達のように見えた。自然に溶け込むような
保護色の隙間からその金属の輝きが見えていなければ、だが。

「えっ!?」

「昆虫型のドローン……しかもリアルサイズ」

「自然の多い区域での偵察・監視用だな」

驚きの声の中でふたりのガレスト人は冷静に、されど難しい顔を浮かべた。
ガレスト学園で稼働しているドローンは対輝獣に慣れるための模擬戦相手か。
生徒達に追従して戦闘の補助をするためにサイズはどんなに小型でも子犬ほど。
モデルとなった昆虫と同じサイズとなるとクトリアではまず見かけない。
というより偵察や監視目的ではフィールドや公園、街路樹を除けば
自然が少ないクトリアでは有効活用できないといった方が正確だ。
また小型すぎて整備や行動範囲に難が生じるため公には好まれていない。
つまり、これはここのような場所向けの隠密偵察用ドローンといえた。
それがここにある意味は存外に重い。

「俺たちが入る前からここを見張るようにいた、そうだな?」

「キュイ」

主人の問いかけに頷きで答えるヨーコに周囲が唸る。
意図的に亀裂を入れたかどうかはまだ不明だが、この状態をあえて
放置しようとした勢力がいるのはこれでほぼ決定的となってしまった。
しかもリアル昆虫型ドローンを配置している以上偶然遭遇したのではなく、
ここで何か起こると概ね分かっていたから送り込んだ可能性が極めて高い。
こんな開けた空間にあるただの観光名所に配置する必要性は薄いからだ。
仮に学園関係者の誰かを追ってきたのだとしてもそれではこの場所を
最初から囲んでいたのは腑に落ちない。

「今度はいったいどこの誰の企みなのかな、まったく」

「なるほど、確かにこれは迷惑な話だ。
 意図的な場合、私達を狙った可能性もある。調べない訳には……サーフィナ?」

これはまた忙しくて面倒なことになると溜息を吐いたガレスト人(両名)だが、
一方でトモエだけがそのドローンの残骸を凝視して少し顔を青くしていた。
同じように再度ドローンの残骸に目を向ければ保護色のような色が落ちていた。
よりいっそうその機械らしい鋼の色合いを見せていたが動力源が破壊されて
擬態機能が停止したのだろうとしか彼女らは思わなかった。

「う、そ……信一、これってまさか?」

「ああ、面白いこと考える奴もいたものだ。
 こういう補強の仕方があったか。まあ証拠隠滅という点ではマイナスだが」

「真面目に評価してる場合!?」

だがその本当の意味が分かったふたりは─特にトモエは─そうはいかない。
その昆虫型ドローンからは、正確にはその外皮からは微弱な霊力が感じ取られた。
そしてその構成を読み解いた彼らはそれがこのドローンの擬態機能と目の部分を
担っていた『式』であると見抜いていた。そしてそれが示す事柄は一つだ。
これを作り、送り込んだ者の中には確実に退魔一族に関わっている者がいる。
意図や目的は見えないもののその事実だけでトモエはどこか体を固くしていた。

「むぅ、ふたりだけで分かってないで説明プリーズ!」

「あ、えっと、そのぉ」

だがそこで話の置いてけぼりを受けたミューヒが頬を膨らませて要求(アピール)する。
トモエはそれにどう誤魔化すべきかと思考を巡らせるがもう一人は別だった。
ただ黙って口角を吊り上げる。何せ悪戯っ子の目にそれは構ってアピール
としか見えず、彼の食指を大いに動かした。格好の餌食である。

「う、え、なにぃっ!?」
「なんだ、嫉妬かヒナ? 心配するな、俺の右手は開いてるぞ?」

そうなればもう後先など考えずに彼はトモエの腰を抱いて満面の笑み。
左手は真っ赤になりながら抵抗する彼女を完全に抱えて抑えこんでいたが
右手は言葉通り大きく開いてミューヒを誘っていた。その姿にヨーコは
ニタニタとしながらその様子を眺めているがフリーレは狐娘(ミューヒ)の額に
青筋が浮かんだのを認めて天を仰いだ。過去最高に、その笑顔が怖い。
シンイチが思っている通り彼女は存外に煽り耐性がない。尤もそれが
誰に関する話題に対してのみである事を双方ともに自覚していないが。

「アハハハッ、イッチーは面白いこというねぇ─────死にさらせぇっ!!」

だからこそこういう形で彼女のそれは爆発した。
仕舞っていなかった短槍を瞬時に構え直して足が大地を蹴る。
小柄な体躯の小さな足はそうとは信じられぬ痕跡をそこに残して突貫する。
あまりの速度にトモエは残像程度しか追えておらず事態が呑み込めていない。
彼女が気付いた時にはもうミューヒはシンイチの前でその動きを止めていた。
否、止まらされた(・・・・・・)

「うそ……そ、それってただのソードビットじゃなかったの!?」

彼の眼前に展開された金色の薄くとも強固な膜がある。三機のビットが
頂点となって空間に描かれた正三角形のバリアが穂先を受け止めていたのだ。
その光景に感情的になっていた頭が瞬時に冷えて彼女も戦士としてそれを見る。

「あのロマン馬鹿がそんな普通の兵器作るかよ。
 七機全て、ソード、ガン、シールドどれとしても使える……やると思ったよ」

以前どれかに特化させるのが現状のベターという話を聞いた時に彼は確信していた。
絶対にあの男、自称ヴェルナー・ブラウンはそうではないモノを作っている、と。
そして感覚的に繋がっているシンイチは“それだけ”でもないと分かっていた。

「うっ、えっ、ちょっとなに、わっ!?」

用途の多様さでより難易度が高まった操作性を難なく扱う彼。
そして生身では全力に近い突貫を受け止められた事実に愕然となった彼女は
残りの四機の動きに気付くのが遅れてしまった。二機ずつ一組となってエネルギー状の
ワイヤーを射出するとあっさりと彼女の両手をそれぞれで縛りあげると宙に持ち上げた。
腕の自由を封じられ、足が大地から離されては彼女に出来る抵抗など皆無に等しい。

「一人か二人なら一時の拘束能力も期待できるか。いい仕事をする」

「……もしかしてボクって試運転のためにからかわれた?」

満足そうに頷く彼の姿にもしやと吊られながらその懸念が過った。
彼女とて自分の一撃が容易に入るとは思っていなかったが感情的な部分で
どうしても刺したくなってしまったのである。だがこれは大いに予想外だった。
そしてわりと本気での突貫を受け止めたその防御性能と自分への拘束力は本物。
これを確かめるためなら、とミューヒの戦士の部分はその言動に納得しかけた(・・・・)

「まさか! その方が面白そうだと思ったからだよ」

だがシンイチは彼女の言葉に一瞬きょとんとした顔をすると首を振った。
試用はついでだと“朗らかに”告げる彼にヨーコを除く女性陣は頭を抱える。

「……ああもうっ! 今すぐに殴りたい。ボクすっごくキミを殴りたい!」

「こいつはこういう所が無ければ純粋に頼りがいがある奴なんだが」

「そんな風に女で遊んでばっかいるといつか誰かに刺されるわよ、あんた。
 っていうか、いいかげんあたしを放せこのっ!」

腕の中でそういってもがくトモエを素直に解放しつつもより笑みを深める彼。
それは納得の笑みであり、同時に何かを懐かしむような昔を思い出した笑みだ。

「ああ、確かに。あれはちょっと痛かったな」

「……は?」

「な、なに?」

いったい何の話だと疑問符が浮かぶ二人に吊られたままのミューヒが呆れた顔で語る。

「イッチー、女の人に刺された経験あるんだって。しかも後ろからズシャっと」

「もう経験済み!? しかもズシャってなに!? ズシャって!
 それ絶対刺されたんじゃなくて斬られたんじゃないの!?」

それに対して自分と似た感想を抱いたトモエにうんうんと頷く彼女だが、
横合いから妙に興奮した口調で出てきた言葉にトモエ共々唖然とした。

「こ、こいつの背後に回って一撃入れた、だと?
 いったいそれはどこのどいつなんだっ!?」

「……そこで目を輝かせるのはボクでもさすがにおかしいと思うよ」

「あ、あれ、ドゥネージュ先生ってこんな人だったっけ?」

「っ、ゴ、コホンッ! ナカムラ、ふざけるのはそこまでにしろよ」

そしてトモエからの『なんか違う』という視線に彼女も一瞬で正気に戻る。
基本的にフリーレは自身の欲望に忠実だがその立場を優先できる女性でもある。
今更、なために色々と台無しになっているが。

「そんなことで私たちは誤魔化されやしない、きちんと説明しろ」

「誤魔化してるのはどっちなんだか……まあどういうことなの?」

女教師の目的が透けて見える話題変換に呆れながらもミューヒもまた問う。
今の態度が彼自身が本気で楽しむものだったと理解した以上誤魔化す意図は
無かったのだと分かっているためこれには答えが返ってくると思っていた。

「安心しろ、そもそも誤魔化す気はない。説明をする気もな」

しかしそこに出たのははっきりとした拒絶の声でふたりは怪訝な顔をした。
ただそれはその態度についてというよりはその“困っているような笑み”に対してだ。

「付き合わせておいて悪いんだが、この件は黙って俺に預けてもらえないか?」

頼む、と両手を合わせて拝むようにそんな顔でシンイチは彼女らに頼み込む。
珍しい下手な態度に面食らった二人は互いに顔を見合わせるとミューヒは首を振る。
彼女はこれはもう聞いてはいけないのだと早々に一歩引くことにしたのだ。
だがフリーレは彼に向き直ると口を開いた。

「理由を聞かせてくれナカムラ。それ相応でなければさすがに容認できない。
 これが私たち学園関係者を狙った可能性があるのはお前も分かっているだろう?」

背負う立場がない生徒が引けても教師である彼女はその点で引けなかった。
それを理解しているからこそ彼が“困っている”のは察しがついていたが。

「そうだな。
 地球側で表向き存在してない組織かその人員が関わっているから、までだ」

「それ、は……」

暗に他にもあるがそれ以上は話せないといわれてフリーレの表情は厳しい。
それだけでは足りないからではなく、それだけで十分すぎるからだ。

「聞くだけで問題か……表で名と顔が売れすぎている私では関われないか」

「まあ、そんなところ」

ガレストで立場ある彼女と地球側の暗部を間接的でも関わらせるのはまずい。
搦め手に弱い彼女では何も後ろ暗いところは無くとも疑われるだけで問題だ。
また地球側のそれと許可や根回しなくガレスト人が対峙するのはいらぬ軋轢や
遺恨を残す事もあり得る。いらぬ所に対立の種火を残すわけにはいかない。
そしてこういった事は“知っている”だけであらぬ疑いを招く危険性がある。
シンイチが黙っているのはそういった事を慮ってのことである。

「それにこれは俺が『仮面』として動くべきことの範疇だと判断した」

だから手を出すなとダメ押しされてフリーレにはもういえる言葉は少ない。
ただ『仮面』というフレーズに周囲が息を呑んだ事で女性陣はこの場の全員が
その秘密を知っている者達なのだと認識もしたが。

「はぁ……片付いた報告はしてくるんだよな?」

少ない中からせめてと選んだのは結果だけでも知らせてくれというもの。
勿論だと彼が頷いたことでフリーレも不承不承ながら頷いて聞かない事を選ぶ。
そして。

「じゃ、そうと決まればさっさと亀裂を塞いでしまおう」

あっさりとした物言いであり得ない事を口にした。

「え?」

「は?」

「なんですと?」

唖然となった周囲を無視してスキップでもするかのような軽い足取りで
亀裂に近づくと蜘蛛の巣状に走った線を裸眼(・・)で見据えると指でなぞる。
その眼には通常ならばあり得ない輝き(アカ)があり、口許は三日月を作った。


──この程度、神の権能があれば造作もない




──────────────────────────────────




張られていた結界やバリアを解除した彼らは何食わぬ顔でそこから歩み出た。
否、そんな顔をしているのは一番後方を歩く少年だけで他は疲れた顔をしている。

「触れただけで修復するとか……無茶苦茶にも程がある」

「ううっ、なんかまたすっごく怖い気配がした。
 吊られたままで良かった。腰ぬけちゃう所だったよ……」

「もう確実に人間の領域の力じゃないわよ、あれ」

〈修復は確認。されど原因不明、解析不能。
 現状で原理の特定は不可能と判断して分析を放棄します〉

誰も彼もまたも見せられた非常識な行為に頭を抱えている。
ガレストでも大型の装置と数日という時間が必要な行為を生身で数秒だ。
彼が常識では測れないと分かっていた彼女らも受け止めるのに時間がかかっていた。
白雪に至っては『諦めた』という選択を取る程に理解不能な現象だとしてお手上げ。
誰が修復したのは状況から明らかなのにあらゆるセンサーでも何も感知できない。
分析しようがないためその電子頭脳は“考えるだけ無駄”と判断したのだった。
何気にそれも白雪の高性能さを証明しているが気付いた者は誰もいない。
いたとしても『諦めた』事を評価されても白雪も困るだろう。

「気にしたら負けだ。こっちも説明する気はないからな」

それでも当人を質問攻めしないのは答えないだろうことを理解してだ。
各々が分かってると頷いて、それぞれ自分の中で処理しようとしている。
概ね“シンイチだから仕方ない”な辺りでどうにか気持ちを落ち着かせていた。

「……そもそも俺も原理はよくわからんしな」

「キュキュキュ」

そんな心情を理解しつつも隠すように呟いたそれが本音でもある。
やった当人も“なんでそうなったか”を実はよくわかっていないのだから。
“できそう”と判断したから“してみた”だけであり亀裂の修復方法を説明しろと
いわれたら今の世にはまだない(・・・・・・・・・)単語や理屈を披露する形で一応はできるものの
本人はその中身を全く理解していない。いわば取扱説明書や教科書の中身を
丸暗記してるだけで内容を理解していない、という状態なのである。
神の領域の力はどうにもその傾向が強い。彼がその力を利用しつつも
どこか忌避しているのには個人的な感情以外にもそういう理由があった。
尤も他の引き継いだ知識や技術も完全に理解しているのかと聞かれれば
彼は即座に頷くことはできずに目を泳がすだろうが。

「あ、そういえばトモトモはこのままボクたちといていいの?
 ヨッピーたちから何か理由つけて離れてきたんじゃない?」

思い出したように時計を見た彼女はトモエにその心配を口にした。
そういう素振りを取る事でこれ以上一緒にいるとあちらが探しに来るのではないか
と暗に示したのだ。トモエは慌てて教師(フリーレ)に断わるとその場を去ろうとした。

「あ、巴」

その背に届いた声に振り返る。
少年(シンイチ)の声はいつものそれよりどこか困ったような色があった。

「なに?」

「いやな、その……今回は助かったよ。ちょっと気を抜いてた、ありがとな」

「え、あ、うん」

照れ臭そうに頬をかきながらも礼を告げる彼にトモエは少し戸惑う。
少し気になったから聞きに来ただけで輝獣発生を予期していたわけでもない。
その程度のことを彼からこんな真っ直ぐに感謝されるとこそばゆいものがあった。
シンイチは慌ててかそんな隙を逃さずか。さらに付け足すようにこう口にする。

「あと、何を、とも、誰を、ともいわないがよろしく頼む」

何よりもひどく真剣な顔で彼はただ静かに頭を下げた。一瞬面食らったトモエも
それが何を指しているのかを理解すると口許を緩めて、素っ気なく背を向けた。

「ふんっ、お断りよ。あたしの友達なんだから。
 あんたに言われるまでもないわよ、それじゃあもう行くわね」

そして早々に話を切り上げると一目散に駆け出してしまった。
だがその背を見送るシンイチは徐々に口が開いていって閉まらなくなる。

「ええ?」

「おおう、やっちゃったねぇ」

ミューヒも同じように見送りながらニタニタと笑みを浮かべていた。
去る背中にはその態度とは裏腹に感謝され、頼りにされた事への喜びが滲み出ている。
心なしか足取りも軽くあのドローンを見てから纏っていた強い緊張感は霧散していた。

「助けてもらったと素直にお礼言われて、大切な人を任せると頼られた。
 これイッチーみたいな(ひとりで動く)タイプにやられると結構強力だよー。
 ……ホント、女の子を手籠めにしていく手腕は恐ろしいものがあるね」

「人聞きの悪い言い方はやめろっ…………否定できないんだから」

やってしまった、とがっくり肩を落とすシンイチだ。
そんなつもりでは無かったのだ。ただ彼は純粋に助けられた感謝を告げ、
そばにいられない妹弟の事を信用できる彼女に頼みたかっただけだった。
それであんなに喜ばれてしまうとは露ほども思っていなかったのである。

「あははっ、自覚アリと鈍感なのとどっちが罪深いんだろうね?」

「うぐっ……」

痛い所を容赦なく突き刺してくる言葉に彼はもう唸るぐらいしかできない。
その様子にミューヒは今度から“仕返し”はこっちで刺す方にしようと心に決めた。

「……なんの話をしてるんだお前たちは?」

そんなやり取りに疑問符だらけでまるで理解していない女教師もいたが。

〈この手の話についていける知識と経験を積むべきと進言します〉

「いやだから、何の話だと……ん、おいナカムラ見ろ!」

白雪の呆れた音声に余計に首を傾げるが、ソレの見て慌てて声を上げた。
シンイチがなんだと振り返った先にあった三つの顔にさしもの彼も一瞬面食らう。
どれも同じに見えるその相貌はどこをどう見ても“鹿”である。

「ほらっ、お前にもちゃんと寄ってきたぞ!」

「あら、人に慣れ過ぎてイッチーの威圧に気付いてないのかな?」

「…………」

純粋に喜ぶフリーレと不思議そうにするミューヒの横で、だが当人だけが沈黙する。
しかしそれも僅かな時間だけで即座に満面の─胡散くさい─笑みを浮かべた。

「三枚ぐらいなら残ってるから食っていくか?」

「イッチー?」

何か様子がおかしいと訝しむ彼女を尻目に残っていたせんべいを差し出す。
鹿達は少し警戒する素振りを見せながらもそれに食いついていった。それを
我が事のように喜ぶ女教師もいたが狐娘の方は微妙な表情を浮かべている。
何せそれを食べさせた後のシンイチはとても悪い笑顔をしていたのだから。


本物の鹿 → せんべいあっても寄ってこない
鹿型輝獣 → 近づくこともなく蹂躙してしまう
最後の鹿? → ???

戯れてねえ!?
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ