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帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

修学旅行編 第一章「彼の旅はこうなる」

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04-57 鹿と戯れ、られない







6月11日。
ガレスト学園の修学旅行は二日目を迎えた。
東京のホテルで朝食を済ました彼らは東京国際空港から大阪国際空港へ。
そこから手配された大型バス数台による移動で既に奈良県に入っていた。

「ふあぁぁっ…」

その中で普通科に用意された一台。その座席にいた少女が大あくび。
隣の席に座っていた友人はそれに呆れたような顔をすると即座に窘めた。

「すごい大口……トモエ、せめて手で隠すぐらいしなさいよ」

「あ、う、ごめん陽子。我慢できなかった」

慌てて口許を手で覆うが後の祭り。幸いなのは周囲がこれから向かう奈良県に
ついての勉強か友人とのお喋りに夢中で殆ど気付かれていないことだろう。
ただスポーツチャンバラ同好会の面々にはばっちり見られて笑われていたが。

「くぅ、あいつら!」

「気を抜いたあんたが悪い。
 ……で、なに、昨日あれから遅くまで起きてたの?」

「ちゃんと消灯時間にはベッドに入ったわよ、ぐっすり眠ってたのにあいつっ!」

「あいつ?」

「え、あ、えっと、へ、変な夢見て早い時間に起きちゃったのよ。
 二度寝もできなくて少し……そ、そう、ランニングでもしてたのよ、うん!」

「……それでいま眠たいわけね」

何か誤魔化すような物言いに訝しんだものの一応それで納得する陽子。
トモエと同室だった生徒から起きた時にいなかったという話は聞いていたのだ。
昨日は結局一日遊び通しだったので努力家であり内心では素質が劣っている事を
気にしているトモエが自主鍛錬でもしていたのだろうと彼女は推測する。
大筋では間違っていない推理であった。

「なら、到着するまで寝てたら? 肩ぐらいなら貸すわよ」

「そ、それじゃお言葉に甘えて…………これ、すっごい気を使うわね」

少し寄りかかるようにしながら目を瞑って寝る姿勢を取った彼女だが、
最後にぼそりと誰にも聞かれないように呟きながら事の真相を回想する。
朝方、何をどうやったのか彼女の耳元だけに声を届けたシンイチに叩き起こされ、
同じようにされたらしいリョウと共に旅行先ということで武装の類は使わず、
二対一で時間が許す限りシンイチと組み手を行うという鍛錬をしていた。

『人間という生物との戦い方を覚えておいて損は無い』

『知識はそれなりにあるだろうから後は体に教え込んでやる』

などといってトモエとリョウは早朝から疲れ果てるまでやらされたのだ。
トモエの方は体力面の低さから簡易外骨格を装着しての組み手であったが、
投げ飛ばされ、足を払われ、腕をきめられ、リョウ共々徹底的に叩きのめされた。
特別な術も腕力も使わず格闘術のみで自分達が抑えこまれたのは衝撃的だった。

『交流初期における誤解のせいでまだ間違って覚えてる奴もいるが、
 同じ土俵に立てるなら体を用いた技は効力を持ってくる』

『ステータス上昇に限界を感じているなら、それを鍛える事も一考すべきだ』

素手による技。体を使った技術。人体構造を把握しての行動予測と行動抑止。
古来より地球人が各地で蓄積してきた各種格闘技の歴史とそれに伴う経験値。
それを見直す時が来ているかもしれないとシンイチは選択肢の一つとして
提示してきた。だが。

『この程度でそんなにゼーハー言ってるってことは動きに無駄が多いってこと』

『ランクがどうであれ、実力が近かったり格上相手だとそれが致命的になる』

『俺は例外中の例外で一概には言えないが、体力Dでも使い方次第で疲れないものさ』

数時間に及んだ組み手が終わっても息一つ乱れてないシンイチはそう語る。
今はまだ“それ以前の”話であると。無駄な消耗を抑える事を意識しろと彼は特に
トモエに向かって注意をした。それで幾度か失敗した彼女は言い返す事もできない。

『いいか、ステータスを自分の能力と考えるな。持ってる武装の性能だと思え。
 そしてそれを使いこなせ。それだけでお前達は簡単にもう一段も二段も上に行ける』

それが今朝言葉で教えられたいくつかの教えの総括。
自分という武器の性能を理解して、そして使いこなせ、と。

『シングウジは性能の高さにまだ振り回されている。
 こうして実際に体を動かしてそのスペックとどれだけ扱えてるかを把握しろ。
 霊力云々はそのあとでいい……宿題の答えぐらいは考えていてほしいがな』

『巴、お前は逆だ。思い切りはいいくせに動きに自信の無さがある。
 だから本来の性能を全く発揮できていない。お前は基礎は出来ているんだ。
 やると決めたら迷うんじゃない、そしていつでも術の使用を躊躇うな』

負けるのはいいが死んだら元の子もない──彼はそう鍛錬を締めくくった。
高い体力ランクのリョウは肩で息をしながらもそれを真剣に聞いていた。
思う所があったのか彼への師事が間違っていなかったと確信していたのか。
何にしろ今はリョウも別のバスで大あくびしているか堂々と寝ているだろう。
彼女としてはそれを見ることがなくてよかったと思っている。もし見たら
間違いなく理不尽に殴り飛ばしていたという確信があった。

『おい、お前なに終わったって顔してるんだ?』

何せ彼女だけはそれで終わらなかったのだから。
シンイチにとって予想外の修学旅行だったために延期された物がある。
まさか、と嫌な予感から呟くと満面の笑みをあの男は浮かべたのだ。

『大津家の書物について口頭でテストするって俺いったよね?』

くたくたになるまで体を動かした後に笑顔でそういわれたトモエは叫んだ。

──この鬼!

勿論全く意に介されず、むしろ一晩伸ばしてあげたんだから感謝しろという始末。
彼女は愕然としながらも逆らえないまま難易度の高い問題をいくつも出された。
つい数日前まで退魔一族の存在を知らなかったとは思えない内容に絶句する。
大半が引っ掛け問題だったのは出題者の性格だろう。さすがに基礎がしっかり
していたおかげかトモエはなんとか合格点を出したが彼は面白くなさそうな顔。
絶対に昨晩の仕返しだと思いながら彼女は肉体も脳も酷使して鍛錬を終えた。

──本当に意地が悪い()よね

それが隣に座る友人の兄らしいのだから人の縁というものは分からない、と
年齢云々の問題を棚上げしつつ苦笑いと共に首を振った。されど双方共に
褒められると弱い所や今や早朝鍛錬後に気遣ってくる辺りに血の繋がり
を感じとれて、それを嬉しく思いながらも、うとうとと船をこぐ。

『………奈良、京都は退魔の家が多い……大丈夫か?』

覚醒と睡眠の隙間に浮かび上がった早朝鍛錬後の言葉に“あんたがいればね”と
大丈夫とだけ返した言葉の前にあった想いを呟いて、トモエは意識を手放した。




修学旅行二日目の日程を簡単にまとめれば奈良・京都観光である。
バスが止まったのはその最初の目的地である奈良県を代表する名勝・奈良公園。
駐車場から徒歩で進む集団は東京タワーの時と同じようにどこかバラけている。
一目散に公園に向かう者や周囲の風景を眺める者、お土産屋に捕まる者など
多様であった。

「ほう、これは……なんかイイな。どうしてか心を刺激してくる」

それには当然教員たちも含まれるのだが彼女のその姿にシンイチは呆れた。
尤も彼は彼で売られている土産物の饅頭を既に二箱開けているのだが。

「お前はどこの男子中学生だ!」

「あたっ!?」

最後の一つを呑み込むと夢中になっている彼女(フリーレ)の後頭部を引っ叩いて正気に戻す。
彼女の手には何故か修学旅行の定番お土産アイテムといわれている木刀が一本。
スーツ姿でそれを構えてどこか悦に浸って頬を緩ませていた女教師であった。
幸か不幸か元・本職ゆえにさまになっているので微妙に性質が悪い。

「真面目に土産を探しているのかと思いきやそれか、おい?
 いいね、人数分買ってやれよ。もれなく皆さんの微妙な表情がついてくるぞ」

「あ、いや、その、目に入って……つい」

「なにが、つい、だ」

シンイチから据わった目で睨まれたせいか及び腰になってしまう女教師な剣聖。
その視線は泳いでいたが同時にちらちらと彼を見て許しを請おうともしていた。
大人の色香を醸し出す外見とは正反対な幼子のような仕草に溜め息がこぼれる。
どちらが年上か分からない光景だ。余談だがシンイチは周囲に学園関係者が
いないのを確認したうえでこの行動に出ている。元より彼は意図して最後尾に
自分を置いていたため念のためではあったが。

「はぁ………お前が何を買おうが自由だがちゃんと別にお土産も買えよ?」

「あ、ああ、もちろんだ!」

溜め息まじりにそう告げれば、許しが出た、とばかりに表情を輝かせる。
嬉々としてレジに向かうと早々に会計を済ませてしまうフリーレであった。
木刀以外は何かそのへんにある食べ物を適当に選んだだけのように見えたが
その点に関してはシンイチも見なかったことにした。どちらが大人なのか
本当に分からなくなる話である。

「なんかイッチーと一緒にいる時のフドゥネっちってすごく子供っぽいよね?」

「っぽいじゃないからな。
 無意識でも背伸びし続けるのは疲れる……たまには下ろしてやらないと」

いつものように突然現れた狐娘(ミューヒ)に、いつものように驚く事もなく返すシンイチ。
彼女は不満げだが口にはせずに現金支払いに手間取っている教師を見据えた。
色々育ちすぎな体を除外して教師や軍人として以外の素の言動だけで考えると
“子供”という表現に納得できてしまうのだから困ると彼女は苦笑する。

イモウト(・・・・)には優しいんだぁ……さっすがお兄ちゃん」

「……本物にできないことを他でやってるだけの代償行動かもしれんぞ」

茶化した彼女に返すように呟かれた言葉はどこか普段のそれより低い声。
驚いて彼を見上げた彼女はその顔に自身に対する多大な不信を見た。
そしてすぐさま驚いたような表情を見せると口を噤む。どうやら
意図せずに零れ落ちた“本音”であったらしいと彼女は推察する。

「………なんだろねぇ、この自分にだけ疑心暗鬼になってる感じ。
 面倒臭がり屋のイッチーが、なんでか一番面倒臭いよね?」

「知ってる、ほっとけ……どうせもう治らん」

痛い所を突かれたのかいじけたような声でふんっとそっぽを向く。
最後の一言だけはいじけたというよりは諦めきっているといった方が正しい。
じつに子供っぽくて面倒臭いとミューヒはくすくすと笑みをこぼす。

「それはまた重病だ! でもでも、これも昨日のと一緒だよ。
 君が本当はどう思っていてもフドゥネっちは嬉しそうなんだから」

それでいいじゃない、と諭すような言葉に眉根を寄せるシンイチだ。
なにせそれを指摘されると彼には全く勝ち目がなく、否定もできない。
彼のした行動でどう感じるかは相手の自由でありそれをどうこういう
権利は例えどんな動機がシンイチ側にあっても存在しない。

「……段々俺の扱い方を勘付かれている気がする」

「あははっ、気のせい、気のせい。ほら、行こうよ。
 奈良公園に来たならやっぱりシカさんに追い掛け回されてなんぼだよね!」

「そんな楽しみ方は断じて、無い………はずだ」

何か果てしなく間違っている斬新な遊び方に呆れながら否定する。
言葉尻が自信無さげなのは彼も初めて来た事と8年の変化を知らないため。
尤も、仮に彼女がそんなことをすれば鹿の方が疲れ果ててしまうだろうが。

「というわけで、はい、シカせんべい!」

「用意がいいな、おい………けど、ちょっと遠慮したいかな」

無理矢理持たされたそれを眺めながら心底申し訳なさそうに首を振る。

「うん? もしかしてシカ嫌い?」

「別に嫌いでも好きでもないが………あっちはどうだかな?」

「ん、ワガママは聞かないぞ、何事も経験だ。さあ行こう!」

気乗りしていないのをあえて気にせず“行くぞ”と音頭を取ったのはフリーレ。
欲しい物や土産品を無事買えたためかどこか上機嫌でシンイチの背を押す。
らしくなく強引だがそこには彼にもこの旅行を楽しんでほしいという心配りも感じ取れた。

「………分かったから押すな、ったく……」

不満げにそうこぼしながらもシンイチは結局その想いを無下にできなかった。
内心のそんな葛藤が手に取れたのか頭上と隣にいる狐娘は共に小さく笑った。

「頑張って、みるか。一応……うん一応」

だから最後の決意したような諦めたような呟きは誰の耳にも届かなかった。




奈良公園はさすがに県屈指の観光名所だと思わせる人出がある。だがどことなく
広大な敷地に点在している観光客と学園生徒たちの違いは分かりやすい。特に
ガレスト人の生徒達の多くが自然の公園と野放しになっている鹿達の存在に
右往左往しながらも新鮮な光景に大きな反応を見せている。ちなみに昨日から
問題を起こしている例の集団は今日はアリステルがしっかりと統率していた。
それでもせんべい片手に鹿と戯れ、楽しんでいるため軽く安堵する三人だ。
地球人系もこういう場所に来て慣れていない者が多いせいか似た反応を示す。
視界を埋め尽くす都市の中の自然に見惚れ、人慣れした鹿達と接する。
テーマパークで遊ぶのとは違う感慨を彼らは覚えているようだ。

「……本当に小さい時から学園に入る勉強一色だったんだな」

「みたいだねぇ、いつの時代のエリート教育なんだか」

「やめてくれ、そう考えるとあの子達が不憫に見えてくる!」

ガレスト人にとって新鮮に見えるのはシンイチにも理解できる。
彼らの生きる世界ではそれらが人里と呼べる場所には無いからだ。
だが、ここほどでなくとも自然公園など日本中にいくつも存在している。
鹿は確かに動物園でも滅多に見れないだろうがそういった場所に行けば
大型動物というモノと身近で接することは難しくもなんでもないであろう。
彼らの反応は旅行の興奮もあるがそれらの経験が全く無い事を暗に示してもいた。
ニャズダーランドの際も薄らとそう思っていた彼だがその後の奈良公園という
正反対にも等しい場所でそこまで楽しめるのだから余程未体験なのだろうと
8年前の日本人的感覚でどこか憂いさえ覚えるシンイチである。

「まあ……イッチーもイッチーなんだけどね」

「野宿生活が長すぎて物珍しさゼロとか、お前……」

「ア、アハハハッ……」

一方でシンイチはその逆である。
異世界野宿生活の長い彼には自然も野生動物も見慣れ過ぎていて感慨や感動が遠い。
彼の反応の薄さと周囲の状況(・・・・・)から結局説明せざるを得なくなった彼は苦笑するしかない。
何せ鹿せんべいを餌にしてもシンイチを中心とした半径5m以内に彼らが寄ってこない。
むしろ遠巻きにこちらを警戒して見張っているような雰囲気すらあった。
彼としては、やっぱりこうなったか、なのだが。

「そのせいで動物威圧するクセがあるって……道理で誰も近づいてこないわけだ」

「いや、まあ、どうしても、な?」

厳密にいうと彼が内包してしまった邪な神の気配に野生動物が敏感なためだが、
馬鹿正直にそう教えるわけにもいかずシンイチはそういった事だと誤魔化した。
避けられてはいるがこれでも普段以上に全力で抑えているため逆に言えば、
この程度ですんでいる、ともいえる。尤もそれだけでもないのだが。

「まあ、けどそれとは別に昔から動物にはあんまり好かれなくてな。
 犬・猫は懐かないしヒヨコはモーゼでハムスターすら俺から全力で逃走した」

その時はさすがにへこんだと遠くを見る彼にミューヒもさすがに笑えない。

「話には聞くけど、動物とかに問答無用で好かれない人って本当にいたんだ」

「ま、おかげで異世界に迷い込んでいきなり野生動物に襲われる事も無かったがな」

常に遠巻きに見ているだけで決して寄ってこなかったと彼は語る。
もし襲われたらその時点では抵抗できなかったので助かったと苦笑しつつ言う。
ただ本人としては嫌われていたので助かったという少し微妙な話である。
そしてそれは聞いている方にとっても色々と胸にくるものがあったらしい。

「お、お前っ、ううっ……想像以上にすごい生活してたんだな。
 みんなと合わないわけか……なんか泣きそうになってきたぞ…」

「あ、イッチーがフドゥネっち泣かしたぁ!」

「おいっ、いやお前も落ち着け! この距離で鹿を見たのは初めてだし、
 奈良公園もすっごいキレイだ。それだけでも結構俺は満足だぞ!」

フリーレから本当に泣き出しそうな潤んだ瞳を向けられて彼もさすがに慌てる。
自分の気遣いが空回りした悔しさとそんな環境に2年もいた事への同情もあるが、
それゆえに皆と楽しみを共有できない事を彼女は本気で嘆いていた。
幼少時から独りでいる時間が長かった彼女にとって同期の者達と寝食や戦いを
共にした思い出は─短かったが─楽しかったのだ。転入直後ならともかく試験を
終えてあの3クラスとは一種の信頼が生まれた今なら、と思っていたのにこれだ。
教師(フリーレ)としては色々と不憫だと泣きたくなってしまったのである。

「それに担任だからってそんな気にするなって。
 大丈夫だよ、別に友人が全くいないわけでもないし親身になってくれる先生(お前)もいる。
 旅行もそんな奴らと俺なりに楽しんでる。これ以上はバチが当たるって、な?」

それを敏感に感じ取って彼は首を振って言葉を尽くす。そして
落ち着け、と妙に慣れた態度で彼女の顔を覗きこみながら優しい声をかける。
見せた笑顔にもかけた言葉にも嘘はなく、気遣いはあっても誤魔化しは無い。
それは間違いなく彼の本音でもあったのだから。

「……う、うん。そうだな、友人は数じゃない。
 そいつらといる時、どれだけ楽しかったか、だな!」

「そうだとも」

それを聞かされて持ち直した彼女の頷きに同じく頷きを返す。
彼はそれでいいんだと背伸びして彼女の白髪の頭をぽんぽんと軽く叩く。
フリーレはそれに幼子のような笑みを浮かべて喜びの感情を全面に表した。
まるで、というより兄に慰められて頬を緩める幼い妹そのものである。

「ありゃりゃ、これじゃどっちが大人なのか本当にわかんないよ。
 ……ってかフドゥネっち、その目はマジなのかな?」

だがその様子を一歩引いておかしそうに眺めつつもミューヒは呆れ顔だ。
アリステルと違い、ミューヒは二人の出会いから今までを殆ど見逃していない。
そのため日に日に互いの信頼感が高まっていくのを彼女は確かに感じ取っている。
だからフリーレの彼を見る目を教師が生徒を憂いているだけの目とは思えなかった。
奥にはそれよりももっと熱く強い、されど男女のそれにはまだ遠い色がある。

「だからまだ年下の兄代わりだって?
 これ、絶対それで済む話にならないよね?」

「キュキュキュ」

何故かミューヒの足元にいる彼女にそう投げかければ頷きが返る。
なにせ、それを彼女からの代償行動というには受け入れすぎていた。
単に自覚がないだけで許している心の範囲が広過ぎで、大き過ぎる。
家族との繋がりが薄い彼女が本来そういった相手等に向ける程の強い
信頼と情を他人であるシンイチに躊躇いなく向けているのである。
その意味と重さは家族を持たないからこそミューヒには理解できた。
何人目だこの野郎と人目がなければ怒鳴りつけてやりたいミューヒだ。

「………けど、キミはなんか楽しそうだね?」

「キュイ、キュイィ」

そんな彼女と違い、鼻歌のような鳴き声で答えるヨーコである。
それは『ええ、とっても』とでもいいたげでミューヒは溜め息しか出ない。

「こっちはそうもいかないよ。
 あんなさらっと心の隙間に入り込まれたら(こっち)は参っちゃうよ」

「キュイキュ、キュイキュ」

文句とも嘆きとも呆れとも取れる言葉を吐いた彼女にヨーコはただ手招き。
教師と生徒というより妹と兄のような会話をしている二人と彼女の間に立って、だ。
おいでおいで、と『どうぞそのまま参ってください』といわれているかのよう。
浮かぶ表情は獣ながら笑っているようだ。どことなく腹黒い感じで。

「………嫌な招きネコもとい招きキツネだ……ボクはいかないからね!」

睨み付けるが彼女は口許に前足をあてて『あら、まあ』といっているかのよう。
その目が、表情が、ありありと何かを語っているようで頬が引きつる。
文字に表すならばきっとこんな事を言われている気がしたのだ。


───もう手遅れな分際でなにを


そんな言葉と鼻で笑うような声を聴いた気さえして仮面の笑顔に罅が入る。
相手のそれと良く似た形状の耳と尻尾を逆立てて本気の威嚇をしながら睨みあう。
だがヨーコの見せる表情は余裕のそれだ。それがさらに彼女の神経を逆なでする。
冷静になれば幼体とはいえアマリリスに勝てないのは当然なのだが今はそれ以上に
女のプライド的なものを侮辱されているようで我慢できなかったのである。

「………なにやってんだお前ら?」

「お、おいルオーナ、何を相手に威嚇してるか分かってるか?」

その不穏な気配を感じ取ってか二人はそれぞれ違う反応を見せた。
心底不思議そうな顔をしているシンイチと引き攣った顔で及び腰に
なっているフリーレである。ガレスト人としては後者が正しい反応だ。

「キュイ!」

「お、おい?」

だが当人ならぬ当狐は嬉しそうな鳴き声と共に彼の肩に飛び乗ると
先程まで睨みあっていた女のことなど知らぬとばかりに主に頬ずりして甘える。
それだけでも様々なプライドを粉々にされる行為であったがヨーコはさらに。

「キュッ」
「っ!?」

一瞬ミューヒに視線を送って嘲るように笑い、見せつけるように再びの頬ずり。
『どう、羨ましいでしょう?』といわんばかりの挑発に苛立ちは最高潮。
空間が震え、周囲の鹿達が一斉に逃げ出す程の殺気が溢れだす。

「はぁ……おい、そこまでにしとけ」

「キュッ、キュゥ……」

だがそれで状況を理解した彼はヨーコの首根っこを掴んで持ち上げる。
そして顔の前にぶら下げつつ咎めれば彼女は目を泳がせながら苦笑して誤魔化す。

「悪いな、ヒナ。
 こいつはどうにも俺の周囲にいる奴にちょっかいをかけたがるんだ」

「あ、あれが……ちょっかい?」

シンイチはそう謝罪するがミューヒからすればそんな言葉で片づけられない。
険しい顔つきになりながら頬をぴくぴくとひきつらせている。そこにもう笑顔は無い。
存外に煽り耐性が無いなと思いながら彼はいつものあの顔でニヤリと笑う。

「ああ、そうなんだよ。
 主従揃って(・・・)気に入った相手は散々弄ばないと気が済まない性質でね」

「は?」

「キュイ!?」

強調された“揃って”に首を傾げたミューヒだがヨーコの慌て具合に気付く。
そしてその意味を察するとシンイチもかくやという顔でニコリと笑う。

「命令だ。抵抗するな、逃げるな、されるがままになれ……ほれ」

「キュッ!?」

軽く投げ放たれたヨーコはそのまま放物線を描いて、ミューヒの腕の中。
抵抗も逃亡も拒否もみじろぐことさえ主人に禁止された彼女に打つ手はない。

「そっか、そんなにボクを気に入ってくれたんだね!
 よーし、よしよしっ! ああすっごいフカフカだぁ、よしよしよしよしっ!!」

「フキュー!?!? キュ、キュキュッ!!?」

いつもの満面の笑みを浮かべたミューヒは頬ずりしながら彼女の全身を撫でる。
その動きと手つきは激しく、揉みくちゃにされるヨーコはせめて鳴き声で抵抗する。
ただそれはにこやかな顔つきの彼女の笑みをより深めてしまうだけであった。

「ふふっ、まるでどっかの動物王国の主だな」

猫可愛がり、この場合は狐可愛がりとでもいうべきか。
整った毛並をぐちゃぐちゃにされる従者の姿に主人はただ笑う。
隣のフリーレは顔面蒼白になりながら絶句して尚且つ頭を抱えていたが。

「他のガレスト人が見たら卒倒するかパニックを起こす光景だな」

これまでシンイチに対して従順で、彼に手を出そうとする者以外には決して
手を出さなかったヨーコを見てきたフリーレだからこそ一応平静でいられる。
が、その事情を全く知らない大多数の者達は皆そうなるだろう彼女は首を振る。

「らしいねぇ、あははっ」

その光景を想像してか彼は笑みをこぼす。
笑いごとではないとフリーレはシンイチを怒鳴るが彼は変わらず笑うだけ。
畏怖するに値する戦闘力を持つためその警戒心を否定はしないシンイチだが
普段のヨーコを知っているのでその怯え方がどうにもおかしく思えるのだ。
そもそも寿命も強さも桁が違うため種族を通してヒトにあまり興味がない。
直系の家族に危害を加えるか巣を荒らされる等が無ければ何もしないのだ。
尤も主人を持った場合はそこが色々変わってしまうのだが。
そんな知識と経験が彼の頭に浮かんだ時だった。

「む?
 ……そう考えると過去のいくつかの大暴れも疑ってみるべきか?」

主人となった者に命じられた、というケースもあるのではないか。
そんな懸念が頭を過ぎるがそうだとしても一番新しいケースで百年も前の話。
当人(?)は生きているだろうが主人となった存在はもう生きてはいまい。
かなりの被害は出したようだがそもそも主人がヒトではない場合すらある。
既に故人かヒトですらない。どちらにしろそれでは責任を問えるような
話でもなく意味もないだろうと調査の必要性は薄く思えた。個人的には
同じ主人として興味はあるが今ガレストには他に優先すべき調査項目が多い。

「いや、そもそもちょっと考えすぎのような?」

どちらかといえば400歳前後の幼体が主人を探して人里に出てきて
騒動となり、そこへ子を探しに親の個体まで現れたのを大げさに歴史に残した。
といった方がヨーコの主人であるシンイチには納得できる話である。無論、
本当によく知らずにその美しさから幼体を拉致監禁して親の報復を受けた愚か者もいたのだろうが。

「ん、何をぶつぶつ言ってるんだ?」

「え、ああ……ガレストに行く時あいつをどうしようかと思って」

「………私としては人目につく場所には連れていかないでほしいとしか言えん」

気を付けるよ、などといって自然に自身の呟きを誤魔化すシンイチ。
一方フリーレは今になってその事に気付いたのかまだ顔が青いままである。
法的に彼ら(アマリリス)の行動を邪魔できないためそんな懇願をするしかないのだ。
最悪シンイチ経由で頼み込むしかないと大きくため息を吐く彼女であった。

「ほらほらフドゥネっち、イッチー、行こうよ。
 鹿さんと遊べないならせめて景色ぐらい見て回らないと損だよ!」

「キュ、キュイィィ……」

そこへ元気いっぱいに声をかけてくるのはミューヒ。
ただその腕の中でヨーコはまるで死んだような顔で力無くぐったりとしている。
少年はそれに声を出して笑い、女教師は顔をひきつらせて渇いた笑いを見せた。
とはいえ、結局それから三人と一匹で彼等は奈良公園を散策していくことに。

「────うむ、なるほど。
 見慣れたものかと思ったが人の手が加わり歴史が重なるとなかなか違うな」

その頃には人の手が入っていない自然と整えられた自然。それぞれが持つ
魅力や美しさの方向性の違いに彼は溜め息をこぼすように見入っていく。
その表情に彼女らは頬を緩めるものの苦笑いも浮かべてしまう。

「相変わらず子供らしくない考え方をする男だ」

「イッチーは老成した所と幼い部分がぐちゃぐちゃだよねぇ」

「聞こえてるぞ……わかってるからほっとけ!」

景観の良さに浸っている所で背後から声を潜める風に語られた言葉に
シンイチは拗ねたような声を返す。こういう所は子供っぽいのに、と
ふたりは揃って肩を竦めてくすくすと笑い合う。

「お前らなぁ……はぁ、まあいい。それよりそろそろ……ん?」

この件で言い合っても不毛だと思った彼はその話題を切り上げる。
充分見て回ったからもう次へ行こうと提案するつもりだった彼はしかし。
接近してきたよく知る気配の様子に首を傾げた。

「────やっと見つけたと思ったら中々いい御身分じゃない?」

途端に背後から投げかけられたのは絶対零度もかくやという冷めた声。
振り返れば不機嫌そうに細められた青い目がシンイチを睨みながら続けた。

「普段より気配が薄いから何かあったかと思えば、両手に花。
 さぞ楽しんでいるんでしょうね、あたしはお邪魔だったかしら?」

「いえいえ、まさか」

だがそれを前に彼は怯むどころか口許を緩めると仰々しくお辞儀をする。
それも右足を引き、右手を体に添え、左手を横方向へ水平に差し出しながら。

「両手どころか目の前にも美しい花があって私は幸せ者でございます、巴姫」

「っっ! ひ、姫いうな! そのポーズもやめて!」

洗練された動きでの貴族染みたそれに姫呼びも合わさってトモエは
いとも簡単に絶対零度だった表情を一気に真っ赤にして大噴火である。
顔をあげてそれをニタニタと眺めたシンイチは照れ隠しと怒りによって
飛んでくる拳を受け流したり、弾いたりしながらその笑みをより深めていく。

「くっ、このっ、一発くらい殴られなさいよ!」

「あははっ、やなこった」

殴りかかった両拳を掴まれてぐぬぬと悔しがる彼女にイイ笑顔で即答。
その様子にミューヒとフリーレはなんともいえない表情を浮かべた。

「……別に私が心配しなくても、あいつどこでも楽しそうだな」

「いるよね、どんな場所でも一人で勝手に遊びを見つけて楽しむタイプ」

そんな呆れが多分に込められた妙な感心の言葉と視線に気付きながらも
あえてそれを無視したシンイチはトモエとの腕の押し引きの攻防を装って
彼女を引き寄せると耳元でこう囁いた。

「で、なにがあった?」

「ちっ、近い! 顔が近いって!」

「これぐらいで騒ぐな。霊的な(そっちの)ことで何かあったから直接来たんだろ?」

後ろの二人に聞かれては不味いだろうと言外に告げて再度問う。
呼吸の息が直接かかるほどの近さに狼狽しながらも本当の用件を口にした。

「……なんか公園内の空気がおかしい感じがしたのよ。
 あんたが気付いてないならあたしの気のせいかもしれないけど……」

それで気になってシンイチの気配を探ったら普段より弱まっていたため
彼女はその点も気になって友人たちを誤魔化して駆けつけてきたのである。
尤もそれで見たのは“両手に花”な光景だったのでああなったのだが。

「空気が、おかしい?」

トモエはその時点で自分の気のせいだと思ったがシンイチはそうではない。
探知あるいは感知という点において彼はトモエの能力を彼女以上に評価している。
それが違和感を覚えたという話を聞いて即座に自身の感覚を公園全土に広げた。

「っ」

その結果に彼から真っ先に出た反応は舌打ちだ。
それは自らの失態を責める意味と“またか”という呆れを示すものであった。

「気配を極度に抑えて他に目がいかなかった俺も悪いんだろうが、
 昨日の今日でこれですか、ああ、ここからいったい何連鎖するだろうか?」

解決しきった後は気にしない彼もそれが始まる前は鬱屈した気分になる。
誰だってこれから面倒事が次々とやってくると分かればそうなるものであろう。
しかもクトリアで慣れ親しんだエネルギーがこの場には渦巻きつつあるのだから。
それがもたらす結果を推し量ってまず彼は『彼女』に声をかけた。

「おい白雪、警報は鳴らすなよ」

〈指示の意図不明。具体的かつ詳細な───了解。
 推定される規模から現メンバーで対処可能と判断し、記録のみにとどめます〉

「お、おい、おいナカムラ。いったいなんだ……いや、なにがあった(・・・・・・)?」

何かに勘付いたらしい彼とそれを機械的に理解した白雪にフリーレは自ずと教師、
あるいは軍人の顔になると周囲を警戒しながら意識を戦闘用に切り替えた。
隣にいたミューヒも無言ながら同じように警戒し狐耳を高く立たせ、
解放されたヨーコもまた三本の尻尾を揺らめかせながら頷きを見せる。

「いや、これから起こる。巴、あの辺りだろ。一番おかしいの?」

公園内の一角にある木々が生い茂った空間を指差す彼にトモエは頷く。
自身と彼女の感覚が一致したならそれは間違いないと確信したシンイチは
今度はフリーレらに声を向けた。

「フリーレ、ヒナ、悪いが今あの辺りにいる人たちを遠ざけてくれ、ヨーコ(おまえ)も頼む。
 巴は一帯を覆う形で人避けを、俺は先に入って出来る限り抑えてくる」

一息で指示を出すと気負いなくフォスタを腕に取り付け手甲状態とした。
それに続くように彼女らも自らのそれで腕を覆うとその空間に視線を向ける。

「ゆっくり旅行を楽しむ暇もないか……まあ最初からそうだと思ったけどね」

「で、いったい何が起こるのさ?」

1割落胆9割諦観した声をもらした彼にミューヒがそれを問う。
端的でじつにドストレートながらいまこの場で一番必要な問いかけだ。
シンイチを信用してフォスタ装着という武装をした彼女たちだが、理由を
知りたくないわけではない。むしろその内実は知らなければ話にならない。
だからそれに彼は溜め息まじりの声で、されど真剣な顔を皆に向けて答えた。

「迷惑なことさ。
 ヒトがこんなに大勢観光に来てるこの奈良公園で─────輝獣が発生する」

「っ」

有無を言わせない断定に誰かの息を呑む声が小さく響く。
だがそれを聞いたのは奇しくも彼を見張るように遠巻きに囲む鹿達だけだった。
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