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帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

修学旅行編 第一章「彼の旅はこうなる」

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04-52 やっぱりこうなるわけで



彼女の立場でその情報に触れないというのはあり得ない話である。

むしろそれはある一定以上の立場を持つ者達に意図的に知らされていた。

生徒やクトリアを守り、されど世界中を脅した仮面の存在──マスカレイド。

以前の爆弾事件の際にその仮面についての情報は彼女もいくらか聞いていた。

その時から少しばかり引っかかるものが無かったといえば嘘になる。

だからソレが行ったとされる行動を見て、発した言葉を聞いて、目を瞠る

彼女は何度も何度もあの惨劇(対テロ)極光(対ミサイル)脅迫(対世界)の映像を見直し、聞き直す。

裏側で公開された様々な情報と出来事を多角的に見て、再度裏付けや追跡調査もさせた。

そして次第に「これはなんなのかしら」と彼女の口許が緩む(・・・・・)

周囲の様々な評価や意見がまるで耳に入らずその胸に暖かさが宿っていく。

その感情は最新情報としてその白黒画像を見た瞬間最高潮にまで到達した。



────ああっ、()はわたくしたちに“これから”を委ねてくれている!



少女(アリステル)はひとり、その期待にこたえてみせると人知れず強く誓うのだった。








────────────────────────








「おお、やってるやってる」

フォスタをカメラモードにしたように装いながらある建造物へ向ける。
『アウーラキャッスル』というニャズダーワールドの女神アウーラの居城。
正確にはそういう設定のヨーロッパ調の塔が連なったようなお城風建築物(アトラクション)だ。
ニャズダー作品に必ず出演する悪戯好きな女神の日本での家という設定で
女神の城に相応しい神々しくも荘厳なデザインと落ち着いた色合いを持つ。
全高は60mを誇り、初めて見た人間は人種問わずに感嘆の息を漏らすという。

「……結局これが一番楽なのですね」

「残念ながら、な」

ただあちらで本物の─王族が政を行い、騎士や使用人達が働く─城を山ほど
見てきた彼らには残念ながらあまり注目されないという憂き目に遭っていたが。
フォスタの画面に実際に映っているのはスタンドに囲まれた巨大な球形の空間。
その薄く色づけされたクッション性のあるバリアの内側で行われている勝負。
箒に様々な形で乗った若い男女がデットヒートを繰り広げていたのだ。
跨いで箒に乗る黒髪の少女とサーフィンのように立ち乗りする少年のせめぎ合い。
その会場の巨大モニター映像を無断で拝借したそれを眺めながら頬が緩む。
なにせどちらもよく知った顔である。その後ろでそれぞれに続く男女も。

「ふふっ、勝負ごとになると熱くなるからな、あいつ」

ここのランドマークともいえるキャッスルを撮影したフリをしながら
周辺の人混みから離れるように下がると作り物の花壇の柵に軽く寄りかかる。
ここでは城が人目を集めているためか城前から離れると誰かの視界に入りづらい。
だから彼は静かに手の平を上に向けて気持ち差し出した。

「おかえり」

途端手の平に落ちた一つの紙片にそう告げる。それは鳥を模した折り紙だ。
ただその頭には“そう思えばそう見えなくもない歪な”という一文が必要だが。

「……よくそれでその式紙は(ハト)に化けられましたね。
 こればっかりはさすがに私でもフォローできません……おいたわしい」

「そう思うんなら黙ってろこのやろう!
 ふんっ、どうせ俺は折り鶴もまともに折れませんよーだ」

目元を前足で拭いながらの泣き真似に彼の額に青筋が立つ。
それで拗ねたようにそっぽを向く仕草に彼女はくすくすと笑う。
いくら技量ランクが高くともそれと手先の器用さは少し違う話であり、
またこと折り紙という戦いに関係なさすぎる代物では無意味であった。
余談だが、両者とも小声でのファランディア語での会話である。

「はいはい、すいませんでした。
 しかし彼女はやはり主様が見初めた娘ですね、中々に鋭い」

「ああ、巴にはやっぱ気付かれていたな」

下手くそな折り紙をポケットに仕舞いながらくすりと笑うシンイチ。
なかなかに問題あるヨーコの表現は完全にスルーしているが。

「勘と状況と俺のミスとあいつらとの関係に本人の洞察力。
 ここまで見抜きやすい立場と能力が揃ってしまうのも珍しい。
 ある意味いつもの俺らしい運の悪さともいえるんだが」

式紙を通じて同じ光景を見ていた両名は“二重の意味で”気付かれていると
察していたが、その力量と勘の良さに素直に感心していてどこか満足げだ。

「式での観察は完全に、血縁関係はほぼほぼ、という所でしょうか」

式はもちろんその他の術も彼女の方が造詣が深く、付き合いが長い。
気配を隠したつもりが一瞬の動揺が式に伝わって勘付かれてしまった。
そして双子との関係については彼女だからこそといえる。

「甚だ遺憾ながらああも中身が別々に似通っているとは思いませんでした」

「似なくて良かったのになぁ……」

その家系ゆえの直感かどちらとも近しいからか。その類似点を見出した。
それを正直に嘆くシンイチではあるが彼自身が両親から引き継いだゆえの
性格をしている以上同じ親を持つ双子が同じ要素を持つのは当然の話だ。

「こういう、本気になった勝負事、にムキになる辺りも似てますよね」

「否定できないなぁ」

そういって苦笑を浮かべながら共にフォスタに映る光景を眺める。
リョウと陽子は視線の火花を散らしながら横一線に並んで最後の周回に入っている。
その顔にある真剣さと『熱』は普段の公明正大を良しとする風紀委員然とした
顔でも無ければシンイチを前にした時の爆発寸前のそれとも違う素の表情。
彼女生来の負けず嫌いが前面に出たそれは彼の記憶に確かにある妹の顔だ。

「こうまでして見たいのでしたらもう少し近くに行けばよろしいのに。
 そんな優しい顔で眺められてはさすがに嫉妬してしまいます」

それを見詰める柔らかな相貌を茶化しながら、
隠れるのは得意でしょうに、と促すが彼は首を振る。

「いや万が一気付かれるとな。楽しんでるのを邪魔するわけにはいかん」

目を細めて妹弟と弟子達が遊んでいるのを眺めながら本心からそう語る。
生徒全員での修学旅行と聞いた彼が一番に気にしたのはそこだった。
どうやれば極力妹弟たちの視界に入らないか、である。折角の修学旅行だ。
陽介はともかく陽子とうっかり遭遇して不快な気分にさせたくはなかった。
隠れるのも尾行するのも監視するのも手慣れたものではあるが家族相手だと
どうにもいつも通りのことができない自覚があるので用心を重ねていたのだ。

「なるほど、だから式紙の実験にかこつけて見ていたわけですね?」

「うっ」

ヨーコからすれば呆れた気の使い方で、つい主譲りの言い方でからかう。

「けどそれで分かったことは使い魔的な(こういう)術はやっぱり相性悪いと再認識しただけ」

くすくすと笑みを深めながらも事実は事実としてはっきり告げる従者に彼は呻く。
そう、実験などするまでもない。彼とその手の術はかなり相性が悪いのだから。

「ぐっ、そ、それをいうなよ。
 技量じゃ魔力や霊力は増えないんだ。省エネの限界だよ」

どちらも天井が低すぎるんだと心底から嘆息するシンイチである。
こればかりは努力や工夫、技量ではもうどうしようもない点なのだ。
どれだけ節約しようともその絶対量が少なければ他者より早く限界に到達する。

「感覚共有や指示の変更、遠隔操作、存在維持。
 一つ一つは小さな消耗でも嵩むと地味に痛いんですよね、主様には」

「汎用性と隠密性は式の方がいいんだが、霊力は本当に雀の涙だからな」

式紙。
別ルートでの情報収集手段の構築に使えないかと前から考えてはいた。
異世界の使い魔と違い、その目的に応じたカラダを全て用意する必要はなく、
先程のように本物の中に紛れ込ますことさえ可能となる存在は都合がいい。
一度命令を下せば、最初に注いだ霊力が尽きるか物理的に破壊されない限り
そのまま働き続けられる等、使い魔と比べると利点は多かった。だが、
攻撃術ならば魔力を混ぜて誤魔化せる部分もあったのだが式は魔力では
カバーしきれない部分が多くハト一羽飛ばすだけで彼には一苦労であった。
つまりは結局のところこれに貴重な自身の霊力を消耗させるぐらいならば
対象地にある監視や防犯のシステムに侵入して覗き見をするか。
それこそ自分で諜報や工作をした方が安上がりで確実な手段となる。
手が一つ増えたのは決して無意味ではないが情報収集手段としては厳しい。

「そんな解りきった大前提無視したのはなんでですかねぇ?」

それは実験するまでもなく解っている事実であった。
そしてそうまでして見たのが“彼ら”の様子であった時点で何を主眼に
置いた行動であったかはお察しである。ヨーコはニタニタと笑っていた。

「うるせえよ、ったく……お前が使えればな」

「無茶をいわないでくださいな。『霊力』とかなんなんですかそれ?
 私の技量値C程度なんですからそんなよく解らないもの使えませんよ」

霊視すれば彼女の魂の力、霊力が優れているのを彼は感じ取っていた。
だが概念としての“霊力”をまるで知らない彼女にその扱いを教えるには
まずそれが何かを理解させ、知覚させ、扱えるようにさせなければならない。
だがそれは魔力を知らないこの世界の者に魔法を教えるぐらい難易度が高い。
地球人に分かりやすくいうなら原始人に日本語の読み書きと会話が出来るように
しろというほどの話。不可能とまではいわないがかなり遠い道といえる。

「だよな、知らないものを理解しろというのは無茶だよな」

自身のその体験を思い出して苦笑する。
不器用さと才能の無さ、あとは言語の不自由さというハンデはあったが
それを抜かしても優秀な教師達に教わったのに何一つ習得できなかった。
あれは異世界言語以上に訳が分からなかった、と。

「やっぱり既存のナニカを利用する方針でいかないとダメだな。
 総量で劣る俺では作り出すのは非効率的過ぎる。となると……」

うむ、と考え込んでいる様子の主にヨーコは複数の意味で苦笑を浮かべる。
意図も必要性も理解しているし“こうしている”方が楽なのは知っているが
それでもやはり“それだけ”というのはいささかどうかと思う彼女だ。

「……考えが行き詰ったなら、少し気分展開に遊楽してはどうでしょう。
 ここはそういう場所なのですから、遊べる時には遊んでおきましょうよ。
 はい、あの女教師もなかなかいいことを言います」

「そう、だな。あんまりこういう場所には行かなかったからな。
 色々見れば何か思いつくかもしれんし修学旅行らしく遊びますか」

「ええ!」

嬉しそうに頷いた彼女を肩に乗せたまま柵から体を離すと
どこに向かおうかと思案しながら散策の一歩を踏み出した。

尤もそれで彼が他の者達のように遊べるのかは“神のみぞ知る”話だ。
そんな表現が冗談ですまない辺りがシンイチという男の厄介さだった。




──彼はあまりに『騒動』に愛されている







────────────────────────







「ほらほら写真撮ろうよ、ラビちゃん(・・・・・)!」

「いえ、でもあの方大変なのでは?」

「いーの、これが仕事なんだから!」

遠慮がちなベレー帽の少女の腕を引っ張りながらミューヒはソレに飛びつく。

「わあっ、ニャニニャー!」

「わ、わ、すごい」

途端にぼふっと柔らかな感触に包まれて彼女らは笑顔となる。
それは三毛猫を擬人化したような三頭身のキグルミであった。
名はニャニニャー。ニャズダーシリーズの顔役で一番の知名度と人気を誇るキャラ。
女の子(?)であるミューヒも例に漏れず可愛らしいモノには目がないのであった。
無論それはラビちゃんと呼ばれた少女にも当てはまる。

『にゃおっ、元気な子だね。
 でもいきなり抱き付いちゃダメにゃよ。
 危ないからね、みんなも真似しないでにゃ!』

一方さすがはプロか。
狼狽える事もなくそんな対応(演技)をしつつ冷静に注意する。
その声はどこか子供っぽい可愛らしい声できちんとその中から聞こえてきた。
どこぞの喋って跳び回る上に食事までするゆるキャラが一世を風靡した影響か。
昨今喋らない着ぐるみなど余程予算の無い地方自治体のゆるキャラぐらいだ。
人気テーマパークのそれとなればキャラクターごとに声優がついているほど。

「はーい。それじゃ写真撮るけど、いい?」

『いいにゃよ』

「ラビちゃんお願い!」

「は、はい!」

端末の機能を切り替えて両側からニャニニャーを挟むように抱き着いて一枚、二枚。
無駄に高性能な端末(フォスタ)だ。それだけで様々な角度から撮影した映像も記録出来る。
腕の長さ程度しか離してない自撮りでも三人(?)の全身が映った写真が撮れるほど。

「あとでボクにもデータちょうだいね! よし次いこう!」

「え、あっ、待って、あ、ありがとうございます! どうぞ頑張って!」

用は済んだと先に進むミューヒに引っ張られながらお礼を励ましを口にする少女。
『中』にまで決して言及はしないがその苦労をねぎらわずにはいられない。
いくらかアレを着込む労苦もかつてよりは軽くなっているがそれでも重労働だ。
そういったことを気にするのがベレー帽の彼女ラビ──アリステルという少女だ。

「ほらほら、見てよラビちゃん!
 すっごく可愛いのがいっぱいあるよ!」

彼女が続いて連れてこられたのはファンシーな外観のショップであった。
キャラクターを模した帽子やぬいぐるみ、小物などを多種多様に扱っている。

「あ、本当ですね! どれもキレイで素敵です!」

これには素直に感激した様子の少女は彼女と連れだって店内をめぐる。
軽いアクセサリーを物色し、ぬいぐるみの感触に頬を緩め、ショッピングを楽しむ。
その様子は最近まで同じ学園の生徒か成績上のライバルでしかなかったとはとても
思えない打ち解けた気軽な様子で十年来の付き合いのようにも見えた。
アリステルにとっては自分が下に見なくていい相手である分気楽なのだろう。

「あ、店員さん。このニャニーワッフル二つ!」

色々と買い込んで店を出ると園内の移動販売店から焼き菓子を購入して
片方をさも当然のようにアリステルに渡すミューヒ。しかし彼女は狼狽える。

「え、あ、出しますよ自分のくらい!」

「いいよ、いいよ、これ一つぐらい。それより次はあれに乗っちゃおうよ!」

「え、ええっ!?」

またも引っ張られて乗せられたのは小型の蒸気機関車()の乗り物だ。
その客車は解放された造りで座席のある屋根付きトロッコのようである。
これはニャズダーランド内の一部にひかれたレールを走る園内限定の列車。
アトラクションというよりは広いランド内での移動補助が目的の代物だった。

「もう強引ですねミューヒさんは」

比較的空いてたこともあり余裕をもって並んで座れたが、少女は不満顔。

「ラビちゃんが遠慮しすぎなの、うんおいしい!」

隣でワッフルを味わいながら余裕の笑みを見せる狐娘にもうと形だけ憤る。
そして彼女もまた菓子に舌鼓を打ちながらも、そういえば、と疑問を口にした。

「ところでなぜ、ラビちゃん、なのですか?」

いつものアリちゃん呼びが出来ないのは変装しているからだと分かる。
ここでその呼び方をしては彼女をアリステルだと宣伝するも同然だ。
ただミューヒはこれがあのアリステル・F・パデュエールだといわれて
誰が信じるのかというレベルの変貌だと感じているので概ね念のためだが。

「うーん、アリスといったら不思議の国だからねぇ。そうなるとやっぱウサギかなって」

どちらかといえば新たにそんな由来で名前を付けてみたかっただけといえる。
なんとなくのキャラ付けで始めた行為だったが妙に気に入ってしまっていた。

「???」

ただその事情も物語を知らないガレストの少女には意味が通じなかった。
気にしないでと誤魔化して、気付けば空になったワッフルの包み紙を見た。

「おいしかった?」

「は、はい! 本当に地球の食べ物はおいしいです!」

「たぶん正確には日本の、だろうけどね。
 味の良さや種類の豊富さを考えると日本は世界トップクラスだと思うよ」

「詳しいのですね?」

「あはは、学園来る前はちょっとだけ住んでたからね。他の国も少し、ね。
 だからここが娯楽や食事という面で優れた国であるのはすごく感じるよ」

あとは治安もね、と付け足していつもの顔で笑う。これは本当のことだった。
学園への潜入という任務につく前に彼女はいくつかの地球国家を転々として
最終的に日本で普通に生活をしていたのだ。当時の無銘はまだ地球の
各地に調査員を送り込む程度のことしかしておらず大口の仕事も無かった。
今後どんな仕事を受けるにしろ地球という世界を知っておいて損はない、と
彼らのトップがミューヒにそう命じたのである。彼女自身はその裏に
薄らとその将軍の希望や考えがあるのは気付いているが、頷けはしない。

「……今更、市井で生きるのはムリですよ……」

「え?」

「ううん、なんでも。
 で、ラビちゃんはどう? 楽しめてる、ここ?」

「はい、一昨年や去年のような地球文化を学ぶ旅も好きですが、
 こうなる(・・・・)前でしたのでしっかりと楽しめなかったのでありがたいです、でも……」

最初は興奮気味とも取れるほど明るかった顔にふと影が差して沈み込む。

「でも?」

「いいのかなって……私はリゼットたちを見張ってるべきなんじゃないかって。
 一応いろいろと厳命はしてきましたがいまも騒動を起こしてないか不安です」

「……ああ、アレね」

深い溜め息と共に肩を落とすアリステル。楽しいのは事実だがそんな場合なのかと。
一方でもう完全に彼らをアレ呼ばわりで思考から一時でも除外していた狐娘である。
あの後ミューヒによって問答無用で連れ出された時、当然だが彼女は逡巡した。
けれど「アリちゃん自身のリフレッシュになってない」といわれると否定できず、
なし崩し的にふたりで遊ぶことに。それには考え無しの従者の統率に疲れていた。
少しだけでも解放されたい。という欲求もあったのである。尤も持ち前の責任感から
逃げたいとは思っていない。一方で自身の休息が必要なのも理解している。
だからこそ迷いがあり、またアレにはどうしても不安しかない。

「ただただ情けなく悔しい想いでいっぱいです。
 数人、いえ、たった二人の従者すらコントロールできないなんて。
 どんな決意や誓いもこれではなんの意味もないっ!」

空となった包み紙を感情に任せて握り潰す。
いつにない激情が一瞬とはいえあらわになってミューヒは少し目を瞬いた。

「……あぁ、いやいや、あれはどう考えてもあの子らが不出来過ぎるよ。
 ラビちゃんにいうのもあれだけどあんな目玉がついてない馬鹿はいらない。
 使い捨ての兵器にする以外にどんな使い道あるのよ、アレ」

「はっきり言いますね」

どこかひきつった顔を見せながらも否定する言葉を彼女は持たない。
肯定はしないのがせめてもの温情であるが内心ではその選択肢が強まっている。
悩む理由はそれぞれの背後にある家との関係や彼ら自身との付き合いの長さからだ。

「ボクは立場的には兵士だからね。
 あんな同僚や部下、上官は絶対に願い下げ。
 もしいたら戦いが始まって真っ先に後ろから串刺しにするね!」

だがそんなしがらみや情が無いミューヒは歯に衣着せぬ物言いで切り捨てる。
アレは周囲を巻き込んで被害を出すしか能がない内側にいる敵だと。
救いは彼女らしい明るい口調で冗談めかして口にしたことだろう。
おかげでアリステルの顔にあるのは苦笑いですんでいる。
だが同時にその口からそれを否定する言葉は出てきていない。
代わりに出たのはやはりともいうべきその言葉。

「……そうだからこそ、かもしれませんね。切り捨てられないのは。
 彼らがああなってしまったのには私にも少なからず責任があります」

「ラビちゃん、いくら主人だからってそこまで」

「違うのです、そういったことではなく、昔助けられたのです。
 つらいことが、少し続いてしまって潰れかけたことがあって……」

呆れるような声で諭しかけた彼女だがその言葉と憂いを帯びた顔に絶句する。
アリステルが濁したその中身が何なのかに察しがついてしまったがために。

「それ、はっ」

12年前のリトリアス防衛戦。輝獣の大発生が重なった(・・・・)事による大災害。
彼女が両親やその他の友人知人を失って、領地が崩壊寸前までいった大事件。
その約2年後にその災害から彼らを救った英雄であるオルティスの反逆。
前者はともかく後者は他人事ではないためか彼女もかける言葉がない。
否、それどころか聞いたことがあったのだ。あの事件のあと本人から
幼い次期当主に懐かれてしまったと。結果としてそれを彼は裏切る事になる。
何もかも失って心の拠り所になっていた相手の裏切りがどれだけ幼い心を
傷つけることになったかなどミューヒは想像さえ、許されない。

「色々あって、守ってくれる人も縋る人も失った私は不安定になりました。
 しなければいけないことが大きすぎて、するべきことがわからなくなって。
 リゼットとオルトがそこで、例え間違っていてもこうあるべきだという姿を、
 分かりやすい目標を提示してくれたから私は最終的に気を持ち直しました」

それが傲慢で高圧的な人物像だったのは問題だったのですが、と苦笑い。
それでもその行為によって彼女が救われたのも間違いない話であった。

「そんな私のどこが良かったのかは今もよくわかりません。
 ですが思考を放棄したそんな薄っぺらい姿を一時良しとしたのは私です。
 それが正しいのだと周囲に思わせてしまったのは、きっと私なのです。
 だから彼らの目を覚まさせようとこの二か月ほど頑張ったのですが……」

今度は自分の番だと意識改善に取り組んだ彼女だったが成果は芳しくなく、
分かってくれた者がいなかったわけではないが最も変わって欲しいその両名は
頑なと言っていい程にアリステルの言葉が届かなかった。

「ア、ラビちゃん……」

悔しげに表情を歪まして膝の上で拳を握る少女に彼女は名を呼ぶことしかできない。
それでさえも、折角つけた二つ目の愛称が咄嗟に出てこず満足にできなかった。

「あ、ああっ、すいませんっ!
 こんな楽しい場所でこんなつまらない話を!
 これではリゼットたちを笑えないではないですか!」

呼びかけの失敗か。表情に浮かんだらしくない動揺を見てか。
それとも純粋に雰囲気が暗くなった事を本気で気にしているのか。
慌てたようにアリステルは努めて明るい声を出して話題を変えようとした。

「……ごめん、ちょっと考えたけど、今までと違うことをしてみれば?
 なんていう程度の無責任なことしか思いつけなかった。
 ボクやっぱりトップとか向いてないね」

けれどミューヒはそれから逃げることを否とした。
だがさりとて彼女に妙案があるわけでも適切な励ましがあるわけでもない。
彼女は戦士だ。戦う者であって政治や人心掌握の類は最低限の教養しかない。
しかし統治者を目指すアリステルとは違う行動がとれる者でもあった。

「……その悩みはボクじゃどうしようもない。
 ならさ適任者、かどうかはわからないけど会ってきたら?
 少なくともその顔でボクと遊び続けるよりはいいと思う」

そういってちょうど機関車が停止したステーションに連れ立って降りる。
アウーラキャッスルというここのランドマークともいえるアトラクション前の駅だ。
そこからでも圧巻のサイズと美しさを誇る“見るための城”が彼女らを出迎えた。
一瞬それに見惚れた彼女らだがすぐに当初の要件に立ち返る。

「ここに?」

「まだこの辺にいるんじゃないかな。君を正気に戻した男の子は」

「え?」

ミューヒにも別段確証はない。ここに向かうとは聞いたが、
本当にそこに向かったのかも今いるのかも彼女の知れるところではない。
学園ならば保護の名目で付けている監視役たちの情報で位置を把握するのだが、
さすがにクトリアの外にまではこれずその役目の全ては彼女に集約された形にある。
正確に表現すれば前代未聞の大事件が起きてその対処に追われている学園に
たかが時間がずれている程度のオールD(最下位)に割く人員がなかったともいう。
それでも別れた時刻と移動距離を考えて離れていないと彼女は踏んだ。
もとよりだからこそこの機関車に彼女と共に乗ったともいうべきか。
一方アリステルはどうしてそんな事をするのかと不思議そうな顔をしていた。

「………良い、のですか?
 ハッ、これが敵に塩を送るというものですね!?」

「違うから! ラビちゃんのそれは勘違いだから!」

今にも、勉強になります。あるいはさすが私のライバルです。とでも
言いだしかねない彼女に即座に否定するがその表情にはすぐに疑いが前面に出た。
否『疑い』ではなくそれはもう『嫉妬』にさえ近い。

「そうですかぁ?
 東京タワーではべったりと抱き着いてらっしゃったではないですか」

「げ、見てたの!? え、えっとあれはああやって捕まえていただけで……」

まずいと思って言い訳をするがもう彼女は目を潤ませて責めるように睨む。

「耳を撫でられて嬉しそうでした!
 いいなぁ、好きな時に会いに行けて。気軽に抱き着けて……いいなぁ」

羨ましい、と目と声で存分に訴える彼女にミューヒはどう反応したものかと戸惑う。
リゼット達の監督以上に学園トップと学園最下位が懇意というのも外聞が悪い。
彼女自身は気にしないが周囲が過剰反応して彼に迷惑をかけるのを恐れていたのだ。
だからこそ公的にお世話係で性格的にも気軽に会いに行ける彼女を本気で羨んでいる。
ただミューヒは自分と立場も見た目も正反対な少女から羨まれて困ってしまう。
そういう視線に不慣れでうまく言葉が出てこず、つい語気を強めて誤魔化す。

「だ、だったらもうとにかく行く! イッチーがどっか行っても知らないからね!」

「そうでした! で、ではありがとうございます! 行ってまいります!」

さっと表情を切り替えて丁寧なお辞儀で礼を口にすると駆け足で城に向かう。
すぐさま人波に紛れていくその背中はあまりに普通の少女にしか見えない。

「なんだってボクがお嬢様に羨ましがられる立場になってるんだろ?」

何かが果てしなくおかしい気がする、とは思いながらもその背を目で追う。
とてもではないがその双肩に一つの領地の運命を背負わされているとは誰も思うまい。
そうだとするにはあまりにその肩は小さく、受け止めきれる覇気も感じられない。
だからこそ一度崩れ落ちてしまったのだろうと思うとズキリと胸が痛む。

「……閣下、これもまた私たちの罪なのでしょうね」

力無く耳も尾も垂れさせながら想定していなかったその影響に臍を噛んだ。







いわれるがままキャッスル前に辿り着いた彼女であったが、
そもミューヒ自身もこの辺りにいるかもしれないという漠然とした話だった。
どうやって探すべきかと頭を捻りながら周囲を見回し───見つけた。
人が集まっていた城前からは少し離れていたが確かにそこに彼はいた。

「………ぷっ、ふふふっ」

思わず笑い声がこぼれた。愛しい相手を見つけたからではない。
おかしな行動をしていたわけでも滑稽な姿になっているわけでもない。
ただ、カメラ撮影を頼まれ、道を聞かれ、迷子に衣服を掴まれた、だけ。
それでさえ彼女が彼を見付けてから連鎖的に起こった出来事でしかない。
迷子の母親を見つけて安堵とした途端その目の前で風船が子供の手から離れる。

「うふふ」

即座にキャッチして子供に渡してあげた姿に笑みがこぼれる。
どうしてか見てもいないのにずっとこうしていたのだろうという雰囲気がある。
何せその後には─彼女が見た限り─二度目の写真撮影を頼まれているのだから。
どうもその純朴で人が良さそうな顔と一人でいる点から声をかけやすいようだ。
それを彼は邪険にせず真摯に対応していくのだから色々と可笑しくて頬が緩む。
あれが学園でシカト魔や傍若無人とまでいわれている生徒だと誰が思うのか。
本人が以前言っていた通り長くは続けられないが短期的には猫を被れるらしい。
尤もアリステルはその顔を、特に幼子に向ける柔らかな表情を猫とは思わないし
ああやって頼りやすい雰囲気を持てるだけでそれはもう一つの長所と思えた。
それが地球人・ガレスト人問わずなのだから余計にそう思える。

「シンイチさんったら」

それは学園では滅多に見られない顔ともいえた。
あそこでは少なからず彼は緊張と警戒をしているのだが今それが薄い(・・)
だからきっとあれは素に近い表情なのだろうと感じて彼女は目を輝かせていた。
一方で推測通りこういうことが続いていたのだろう。さすがに疲れたのか
近くのベンチに腰掛けたシンイチだったがその目の前で小さな男の子がこけた。
慌てたように駆け寄った彼だが何がしか男の子に話しかける以上のことはしない。
逆にそれに気付いて駆け寄ってきた両親らしき男女に彼は手を翳して止めた。
そして再び何か声をかけられた男の子は泣きそうな顔のまま自分で起き上がった。
それに破顔した彼は男の子の頭を撫でて褒めると逆の手で膝小僧の傷を癒す。
攻撃系はクトリアの外では使用を強く制限されてしまうがそれ以外は別だ。
驚いた顔をする一家だがすぐに揃って頭を下げると手を振り合って別れた。

「あぁ……本当にもうっ、どこまで私を虜にする気なのですか!」

じつに彼女好みの対応にうっとりとした声を出しながら見惚れてしまう。
声をかけるタイミングを完全に逃していた彼女だが一人物陰で悶えている。
安易に助け起こすのではなく子供が自ら起き上がるのを彼は待った。
声をかけていたのはきっと本人がどうしたいかを聞いていたのだろう。
そして男の子は自分で立ち上がりそれを褒められると誇らしげな顔を見せた。
アリステルにも似たような経験がある。数少ない亡き両親との思い出。
出来るまで見守っていてくれて、出来た時に偉いと褒めてもらえた嬉しさは
今でも心に残る出来事で次の挑戦への意欲にもなった、と。

「きっとご自身の子にもあんな風にするのでしょうねぇ。
 できれば私と、その……3人ぐらい、いえ望めばいくらでも。
 ええ、きっとみな可愛くて、やだどうしよう甘やかしてしまいます……えへへ…」

一瞬、そう一瞬。
彼女の脳内で想い人との結婚から子育て風景を思い浮かべてくねくねとしなを作る。
傍からみるとどこか隠れるようにしてる少女のそんな奇行は怪しすぎるのだが、
彼女の気苦労を思うとそんなひと時の逃避と妄想は許されるような気がする。
無論その背景を知っていれば、なので周囲は全力で「見てはいけません」状態。
それでも視線そのものを彼から一切外さないのだからすごい集中力である。
あるいはそのために周囲が目に入ってないともいうが。


だから彼の雰囲気が突如切り替わったことにただひとり気付いた。


微笑を浮かべていた表情から一切の色が消え、存在が一気に希薄に。
注視していなければ、今も視線を外せば見失ってしまう予感があった。
周囲はもうそれで見失ったのだろう。これまでが嘘のように誰も声をかけない。
そして静かに踵を返した彼はゆっくりと城の向こう側のエリアへと足を進める。
ただならぬ気配を感じたアリステルはそのあとをゆっくりと追いかけはじめた。






────────────────────────






「ああぁっ、クソ疲れた……」

ランド内にあるカフェの一角でリョウは心底からの想いを吐き出した。
ぐったりとした様子で背もたれによりかかりながらコーラで喉を潤す。
確かに、と頷いているのは対面に座る陽介で彼らはふたりして店外を見る。
ガラス張りの壁の向こうにある別の店でショッピングにはしゃぐ女子二名の姿を。

「スタミナうんぬん言っておいて結局あいつらの方が元気じゃねえか」

あれだけの激走を見せたあとでこれだ。リョウは自分と彼女らの体力ランクを疑う。

「はは、甘い物は別腹ならぬ買い物は別体力ってところかな。
 そんなものだよ、女性って。諦めないと将来的にきついよ?」

「……姉で慣れてることを感じさせる台詞だな、正直感心する」

「ははっ、シングウジからそんな言葉が出るなんてね。
 でもまあ、あれでも女の子ですから“らしい”所はいっぱいあるんだ」

甘い物好き。可愛い物好き。おしゃれに対しては人並みではあるけれど
ぬいぐるみを抱えあげて目を輝かせている姿は立派に女の子といえるだろう。
ただ。

「……勝ったからって全部おごりだ、って言いだすのも女の子らしいのか?」

結局レースは僅差で陽子たちの勝利で終わり彼女らはその褒美を要求したのだ。
そんな約束はしてないと抵抗したリョウだったが彼はマイノリティだった。

「え、そういうもんじゃないの、女の子って?」

「………………オレに、聞くな」

もうひとりの男子たる彼はその主張をおかしいとさえ思っていない。
それではもう3対1も同然でましてや彼の異性関係は乏しすぎた。
自らの母か幼馴染かその母か。それ以外で付き合いの深い異性がおらず反論できない。
高ステータスで入学当初は人が寄ってきたものの自分の見せ方(高校デビュー)に失敗し、
最終的に双子と幼馴染以外とは交友がないというのが現状なのである。
そしてそれさえもこうして気安くなったのは比較的最近の話だった。

「シングウジ、ボッチだもんね」

「ボッチ違う!」

反射的に強く言い返す辺りが気にしている証明に聞こえてしょうがない。
にたにたとどこかで見たような笑みを浮かべる陽介にリョウは溜め息だ。

「しっかし、なんで俺の周りにはああいう跳ねっ返りばっかり」

話題変更かそもそもの原因への文句か。
まだまだ続きそうな買い物姿を見せる彼女らを眺めながらひとりごちる。

「そういえばパデュエール先輩狙いだっけ? 結構モーションかけてたし」

「う、あれは……別にそういう感情があったわけじゃねえよ。
 ただ男子一位としては釣り合う女はやっぱ女子一位かなって」

ガレストの十大貴族の一角パデュエール家の次期当主のお嬢様。
その地位と目を惹く美貌とスタイル、能力の高さに憧れのような
感情が無かったといえば嘘になるがそれでもそれ以上の動機はなかった。
おそらくトップに突っかかることで自分をアピールしていたのだろうと
現在のリョウは自己分析している。じつに痛いと本人が一番痛感している。

「………学園の外で聞くとホント最低な発言だね。あ、学園の内でもか」

「わかってるよ! もうしないからいいんだよ! 黒歴史だよ!
 ったく……だいたいあれはもう完璧に惚れてんだろ、あいつに……」

本当にやり方を間違えたと急激に過去の自分を消し去りたくなる。
陽介はその様子にやっと気付いたかといわんばかりの顔でにやにやしている。
尤も最後に付け足すようにした呟きは彼には聞こえなかったようだが。

「ちょっとトイレ。あ、そうそう。
 女性の買い物は長いから気長に待ってた方がいいよ」

席を立った彼はそんなアドバイスを残して店内のトイレへと向かった。
それを見送りながら正直想定外だったとあの機内の様子を思い返す。
リョウはいつどこで“ああなった”かは知らないがそこで彼女の想いと視線が
誰に向いているかは仮にも狙っていた者として察した。“まずい”と思った。
何せライバル、恋敵としてアリステルはあまりにも強敵過ぎる。
家柄・外見・能力、どこならばトモエが勝っている所があるのかと愕然とした。
中身で勝負といいたいが残念ながらリョウには幼馴染の美点をあげられない。
本人が聞いたらまず間違いなく暴力と呪詛のフルコースな話だが彼は真剣だ。
親密さを深めるため強引にでも合流させたい所だがこの双子と一緒だと難しい。
どうすればいいのかと無い知恵を絞っているのだが当然無い袖は振れない。
交友関係の薄さと恋愛経験の無さで後悔する羽目になるとは彼は思わなかった。
反面、余計なお節介を焼いている自覚もあるがトモエが行動しない確信がある。
幼少期は家族同然に過ごしていたゆえかその辺り奥手であると察していた。
そもそも彼女自身が自らの好意に勘付いているかも怪しい。

「前途多難だよ………お前も似たような目で見てたんだがな」

アリステルが彼を見詰める眼と似た色で。
彼は自分達が面倒な血筋であると理解している。
それを知っているうえに気にしないどころか面倒を全部吹き飛ばしてしまいそうな
シンイチはこれ以上はないといえる優良物件であろう。想いがあるなら尚更だ。
同じ苦しみを味わった幼馴染としてこの程度の助力はしてやりたい。
腐れ縁で自分としては無しな女性であっても、これ以上の不幸を経験せず
幸福になってほしいとそう願うぐらいの情は彼とて持っていたのだ。




────────────────────────





「あれ、サウンドオンリー?」

トイレの個室で通信モニターを開いた陽介は真っ黒なそれに少し戸惑った。
だがそれもその黒の向こう側から聞こえてきた声によって説明される。

『周囲に人が多くてな、モニター開くのはちょっと無理だ』

「あ、そっか、ごめん。そのこと考えてなかったよ」

耳をすませれば確かに他の人間の音声が薄らとだが聞こえる。
相手も人で賑わう園内にいるのだという事を失念していたと納得して話を続けた。

「今はビビニャースポットで買い物中。まだしばらくはここにいると思うよ」

『そうか……悪いな、スパイの真似事みたいなことさせて』

「別に構わないよ、兄ちゃん」

見えてはいないがすまなさそうな兄の声に心底から陽介は問題無いと首を振る。
互いに遭遇しないために彼らは秘密裏にこうやって情報交換をしていたのだ。
陽介は兄と姉が会わないようにするという行為に少し物悲しいものを感じているが
いまは出会うとろくなことにならないと理解しているからこその協力だった。

「それより、兄ちゃんも楽しんでる?
 こっちは飛行場でデットヒートだよ、付き合うのも大変だった」

弟としてはそれ以上に学園ではできない普通の雑談をしたかったからでもある。

『それはご愁傷様。まあ、俺はそこそこにな。
 こういう所くるの久しぶりだが……みんな楽しそうだ』

「例年以上に突然な旅行で休日の予定とか滅茶苦茶になっちゃったけどね。
 まあずっと勉強か鍛錬ばっかしてたから俺たちも久しぶりで楽しんでる。
 さすがの堅物姉ちゃんも妙にテンション高くってさ。いつもより大変だよ」

くすくすと全く大変そうではない声色で語る陽介。だがその言葉に兄の声は固くなる。

『…………おい、ずっと、ってのはいつからの話だ?」

「え、あ、いやその、べつに……たいした話じゃ……」

彼がしまったと思った時にはもう遅い。その言葉の裏の意味を相手は勘付いている。

『陽介、いつからだ?』

だからだろう。抑揚のない声で問答無用だと黒いモニターの兄が言外に告げる。
刷り込まれた習慣は抜けない。この声に逆らってはいけないと本能で悟る。

「………8年ぶり、かな。色々あってこういう所に来る余裕なかったんだ」

それでも“色々”という表現で誤魔化したのは語るわけにはいかなかったからだ。
最初は行方不明となった兄のことで家族全員頭がいっぱいで旅行やレジャーなど
考えることすらできず、異世界のシステムの導入や両親の離婚による生活基盤の
混乱でそんな余裕など無く、落ち着いた時にはもう双子は進路を決めていた。
そのためには遊んでいる時間など本当に無かったのである。

『修学旅行は、お前ら二度目じゃないのか?』

「去年のはヨーロッパ方面で文化勉強っぽい感じだったから。
 純粋に遊べる場所に来たのは初めてで……で、でも気にしないでよ!
 選んだのは俺と姉ちゃんなんだから!」

慌てたようにそう言い繕ってその話題を終わらそうと抵抗する。
このまま続けると隠そうとした部分を根掘り葉掘り聞き出されそうな予感があった。

『………………そういってもらえると助かる』

それを感じ取ってくれたのか。隠した内容を察したのか。
長い沈黙のあと、そういうことにしとおくといわんばかりの声が返る。
気を抜きすぎてやってしまったと陽介は後悔するが後の祭りである。
フォローを考えるがそれを先回りするようにその兄は続けた。

お前も(・・・)楽しめよ、俺も……羽目を外しすぎない程度には楽しむさ。
 だからじゃないが次からはメールで報告頼む。人が多くて会話しづらい』

「う、うん、わかったよ! またあとで!」

『ああ、頼む』

了承の返事をして通話を切ると、敵わないなぁ、と一言。
自身の迂闊な発言で逆に気を使わせてしまったと情けなさに頭を振る。
同時に再び兄の偉大さを感じ取りながらこれからどう時間を潰そうかと
いくらか思案しつつリョウが待つ店内に戻るのだった。






「───ふぅ、頑張り過ぎだろう。ったくあのバカどもが」

弟との通話を切ったシンイチはふと物悲しげな顔を見せたがすぐにそれを消す。

「あ、悪いなおっさんたち。ちょっと大事な電話があってな。
 お前ら程度の相手してるわけにはいかなくて……待った?」

気軽な、それこそ親しい友人にでも語りかけるような声色。
だがそれを聞かされた面々はそれが明るければ明るいほど気味が悪かった。
隅で体を震わせる者。力無く地面に倒れ込んだ者がいる中で平然と佇む少年。
それが普通な態度を取れば取るほど相手には恐ろしいだけ。

「むぐっ、ふぐうぅっ!?」

ましてその手が誰かの口を握るように塞いでいるなら。
そしてその状態で大の男の足が大地から離れてばたつかせているのだ。
その目には驚愕と混乱が見てとれる。屈強な体格とそれなりなステータスの男が
全くそうではない子供に完封されている状況をどう理解すればいいというのか。
彼の手で封じられた口許で喚くぐらいしか男には自由がない。当然手足で
出来る限りの抵抗をしているが少年には柳に風で呑気に通信に出る始末。
次第に男の目には畏怖という色が混ざりだしていた。

「っ、ぎゃああぁっっ!?!?」

そこへ響いた絶叫。にっこりとした普通の笑顔を浮かべた少年が
倒れ伏していた誰かの足を見ることもなく、遠慮もなくに踏みつけた。
それだけで人間の足がありえない角度に曲がり、聞くに堪えない絶叫が続いた。
しかしどうしてかそれに気付いて人気が集まってくる様子がまるでない。
確かに袋小路の物陰といっていい場所だが数メートル先にはテーマパークらしい
人混みがあるというのにその悲鳴は誰の耳に届いてはいない。

「ひっ」

「んぐっ!!」

隅で震えていた男が短い悲鳴をあげるが誰も気にすることもない。
持ち上げられている男はさすがに仲間を傷つけられて怒りが湧くが
すぐにその感情は別のもので流されてしまう。

「ふぐぅぅぅっ!?!?」

手で抑えられた口からくぐもった悲鳴。視線を下げれば
自らの太腿に深々とブレードが突き刺さっているのが見て取れて痛みと恐怖でより喚く。
だがそんなこと知ったことかと少年は己が用件をただ当然のように突きつけた。

「さあ素直に答えてもらおうか────お前らここで何をする気だ?」

人の太腿を剣で突き刺しながらもにっこりと少年は微笑む。
痛みとそれに伴う熱すら一瞬で冷ますような凶悪なそれに息を呑む。
普通の、よく見れば純朴そうに見える貌に浮かぶ三日月の前では男達の
信念や主義主張などというものは簡単に霧散して、彼らはただ折れた。
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