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帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

修学旅行編 第一章「彼の旅はこうなる」

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04-49 到着、したけれど

昨日更新するはずが予定が立て込んで遅れた。

そして今日しようと思っていて、さらにこの時間まで遅れた。

計画を立ててもなぜかその通りにならない今日この頃である。



 ガレスト学園・全生徒合同の修学旅行・初日である6月10日。
この日彼らが乗った航空機が降り立ったのはいわゆる羽田空港であった。
正式には東京国際空港という初日の目的地が日本の東京である事を示す場所。
彼らはそこで必要な手続きをするとあらかじめ決めておいた班ごとに別れると
各自で東京観光をしながら目的地を目指すという予定を初めて(・・・)聞かされた。
既定の時間までに辿り着けばよいためかなり自由な行動が認められているが
それを今日突然教えられた生徒達はそれでも各班ごとに相談しながら動き出す。
地味に東京の名所探しやそれらを繋ぐルートの構築、最終的な目的地への時間など
情報収集や計画性などを問われる旅行であるのがガレスト学園らしさといえた。
ちなみに学園に戻ったあとレポートを提出させられる事もあって皆真剣だ。
勿論そこには限られた時間で観光を楽しみたい気持ちも多分にあるが。

ガレスト学園の修学旅行は毎年順番は不定だが世界を跨ぐものとなる。
今回は先に地球の、日本の東京に訪れた以上これから数日は日本の都市や
観光名所を巡り、その後ガレストに向かうだろうと多くの生徒達は推測している。
そのため既に東京以外の観光名所の情報をネット等で収集し始めている生徒もいた。

ただ裏の事情を語るなら急遽決定した旅行ゆえ地球側の受け入れ先が
学園生徒の出身国比率から一番密接で地理的にも近い日本でしか用意できず、
ガレスト側は全く準備が出来ていなかったため日本が先になっただけだった。
そして引率の教師は一部を除き、二重の意味で“いざ”という時に備えて
東京各地に散って生徒達の行動を見守っていた。しかしながらそんな彼らとは
別に動く者達も当然ながら存在している。その理由は些か当然とはいえないが。




「おい、これ絶対生徒にやらせることじゃないだろ。懲罰にしては重大(・・)過ぎるぞ!」

今晩ガレスト学園が泊まる予定のさる有名ホテルの一室(シングル)
何故かもうその部屋にいるシンイチはベッドに腰掛けながら文句を口にする。
その間もその手はいくつもの空間モニターを流れるような動きで操作していた。

「わかってる! だが人手が足りないんだ!」

そんな彼を見ずに答えたのは部屋に備え付きのテーブルについて
同じく複数のモニターに向かってせわしなく端末を操作している女教師(フリーレ)
常に着ていたジャージすら作業の邪魔だと脱ぎ捨てて随分ラフな格好をしていた。
タンクトップにショートパンツという警戒心の無さが滲み出るチョイスである。
張りのある白い肌と青少年には目に毒なボディラインがあらわになっているが
色気よりも締切間近で切羽詰まって慌てている漫画家のようだと彼は思った。
あれで頭に鉢巻をしてタバコでも咥えていればそんな偏見的で古いイメージ像の
完成だと脳みその片隅で埒もなく彼は考えている。それでも背を向けているのは
さすがに状況を考えての気遣いだ。それで遊んでいる(からかう)余裕がないともいう。

「確かに手伝うとはいったがな。これじゃ完全に仕事だよ、仕事!
 俺だって簡単でいいから東京観光ぐらいしたかったよ!」

尤もそれはそれ、これはこれ、である。
いうべき文句をやるべき作業を進めながらも訴えるべきはきちんと訴える。

「そ、そこはすごく申し訳なく思うが……私だけで出来ると思うかこれ?」

「出来ないのを盾にするとは俺の扱い方わかってきたじゃねえかクソ!」

互いに顔こそ向けてないが不安げで縋るような彼女の声に悪態しか出ない。
何せその点を主張されるとシンイチには手伝うしか道が残されていない。
基本的に彼は善良な者や親しい者に対しては寛容であり甘い所がある。
また頼られるとなんとかしたくなってしまうお兄ちゃん気質でもあった。
教師として大人として尊敬できる部分もあるが同時に出来の悪い妹の
ような部分も持つフリーレにそう縋られると(カレ)は断れなかった。
元よりそれを狙ってやったわけでもない彼女の場合は特に、だ。
またどの道コレを終わらせないと修学旅行が破綻するのである。

「ったく、こういうのこそ居残り組の仕事じゃないのかよ!?」

「私もそういったがな。
 どこで情報がもれるか解らないから旅行組(こっち)で決めろとさ」

「おいおい、学園上層部ちょっと行き当たりばったり過ぎやしないか?」

「あいつらは現場の苦労なんか考えもしないんだよ。それに
 今はあの事件の責任を内々に誰に取らせるかでそれどころじゃないんだろ」

「うわぁ、どこも変わらないな、そういう話は。
 ……帰ってきたら全員の枕元に仮面被って立ってやろうか」

「今回ばかりは止める気にもならん……いや、やれ」

互いにその作業を進めながら愚痴を言いあう。最後はかなり危ない方面で。
奇しくも今朝の爆弾解体と似たような状況になっているがその時に比べて、
より刺々しくなっているのはそうでもしないとやってられない心境だからである。
やらなければならないのはその中身から重々承知しているのだがなぜ自分達“だけ”
なのかという想いがなかなか拭えないのである。

フリーレが先にホテルに来たのは生徒達を迎え入れる準備や手配と共に生徒たちの
状況を把握し教師間の情報交換や共有を円滑にする集約地点(ハブ)が必要だったから。
そしてシンイチは特別機の出発を遅らせた要因を作った罰が与えられてのこと。
他の生徒が目的地に集まる既定の時間までホテルに缶詰にされたうえで
ちょっとした雑用を手伝わされている───ということに共になっていた。
実際は共にちょっとした程度ではない業務を急ピッチで行っているが。

「ほら、こっち終わったぞ。最終確認はお前らでしろよ」

「あ、ああ、データ回してくれ。白雪、チェック」

了解(ラジャ)

正式な役割は外骨格の動作補助や戦闘時のサポートを行うAIである白雪だが
開発者がその持てる技術をかなり無駄遣いしたために高い汎用性を持つ。
まさに猫の手も借りたい状況でとても頼りになる人工知能の手であった。
何せ彼らがやっているのはとてつもなく速さと正確さを要求される事だった。
そして同時に修学旅行に出発してからやる事でもなかった。

旅行の日程を組み立て。それによる関係各種への連絡と宿泊施設等の手配。
その道中での生徒達の警備計画を練りあげと現時点での安全調査。など
あげればキリがない旅行の前準備(・・・・・・)をなぜか旅行中にやっている。
突如決定したに近い上に生徒達を追い出す方便となった修学旅行なため
出発前に当然すべきことが限りなく後回しにされていたのである。
また情報漏洩を過剰に警戒した学園上層部の指示により出発直前まで
その事実を知らせなかったばかりかその後のことは旅行組の教師が
引率をやりながら調整するようにというかなりの無茶ぶりをされたのだ。
大半の教師たちは生徒達の監視と護衛をする役割があり、緊急時以外は
外に出る必要がないフリーレにそのお鉢が回ってきたのである。
そしてその手伝いをホテルに向かう道中で頼まれたシンイチだ。
この事態の遠因の一つである責任とフリーレを見捨てられない心境から
なんでこんなことやってるんだとは思いながら彼女の仕事を手伝っていた。

〈チェック終了、相手側の確認終了、問題無し(オールグリーン)

「助かった、正直お前に頼んだ辺りは私では手におえないと思っていたんだ」

安堵と感心の声と共に本音を吐露される。
が、彼はそうだろうと分かっていたシンイチには“そちらは”あまり問題ではない。
彼にとっては他が問題だった。元々この学園の修学旅行は交流反対派の者達からすると
恰好の的にされやすい。防衛手段がしっかりと整った場所からわざわざ出てくるのだから
そういった集団からすれば狙い目に見えているのだろう。ゆえに旅行に行く当人達ですら
どこに行くのかは直前まで知らされず、宿泊施設の手配すらも直前に行う。

「しかし事前契約があるとはいえよくこんな直前にあちこち許可がおりたな」

ゆえにその手続きを円滑にするため予め世界各国のそういった施設に
常に宿泊できる準備を整えておく事を条件に定期的な契約料が支払われていた。
またそれ以外でも見学や訪問する可能性のある場所や施設とは似たような契約がある。
警備システム総取り替えの件も含め、学園はかなり潤沢な資金を所持しているのだ。
それでもこの日数の無さは明らかにこちら側の契約違反に近い話である。だから。

「俺じゃなきゃ無理だったよ、裏ワザ使いまくったよっ、ギリギリアウトだよっ!」

そんな表沙汰にしにくい方法をとるしかなかったとシンイチはさすがに声を荒げた。
まさかこんな事でマスカレイドとして活動するために備蓄(プール)しておいた情報や金を
いくらかとはいえ使う羽目になるとは思わなかった。尤も金はあとで学園上層部から
利息付きでむしりとってやろうと彼は考えているが。

「ああ、いや、それは……………すまん」

自分の作業を続けながらも彼女は沈んだ声で短い謝罪をもらす。
ある意味正直過ぎるフリーレの言葉はそれだけで本気の感情が伝わる。
ならばその話はそれでおしまいだ。彼はからかい魔で気に入った相手で
遊ぶのが好きな困った男だが真摯に謝罪し反省している者にムチ打つことは
出来る限り(・・・・・)しないようにしている。じつに彼らしい話である。

「謝るなよバーカ、お前もわりと被害者だろうが。
 それに旅行がこんなくだらない事で台無しになるのはごめんだからな」

次の作業に移りながら彼女を気遣うもそれは同時に本音でもある。
これが滞ると当然ながら修学旅行は途中で頓挫してしまうことだろう。
それは嫌だったのだ。彼自身が修学旅行というイベントを体験してみたい、
という気持ちもあったがそれ以上にそんな事情で邪魔などされたくなかった。

「少なくとも、楽しんでいる奴がいくらかいるんだから」

「ん?」

横目でちらりと開いたままのモニターを見れば新しい写真(・・・・・)また(・・)現れた。
それは赤く大きな門に同じく赤い大きな提灯が下げられた場所の画像。
その前でよく知る顔の少年が友人らしき同級生らとポーズを決めていた。

『───雷門到着! きびだんごがうまい!
 あ、後ろに風雷神門って書いてある。風神さまもいたんだ。兄ちゃん知ってた?』

写真と共にはしゃぎっぷりが伝わってくる添付された短いメールに口許が綻ぶ。
その横には違う場所の前で幾人かの少女たちのグループ写真が並んでいた。

『さすが東京大神宮ね。信仰があるだけに場所の力もすごいわ。
 でもどうしてみんなあたしに縁結び買わせようとするのかしら?』

その本殿らしき建物の前でトモエとその横にいる黒髪の少女の笑顔に彼自身も
笑みを深めるが、こいつ気付いているんじゃねえか、と疑うシンイチである。
ただその背後で居心地悪そうにしているトモエの幼馴染が苦笑を誘う。
どうも班作りからもれたのを幼馴染の情けで拾ったらしい。

『ここが日本橋だそうです。
 過去ここから多くの旅人が方々に向かったのだと思うと感慨深く思います』

そういう文と共に送られたのは日本橋・麒麟像の写真である。
他の面々と少し違って彼女は歴史探訪的な観光をしているようだ。
じつにアリステルらしいとシンイチは感じている。

『どうだイッチー、おいしそうでしょう! あーん、なんちって』

一方でドヤ顔で月島もんじゃをこちらに突き出している写真を送る狐耳の女もいたが。
彼が即座に『食い物の恨みは怖いぞ』と返すと『お土産買うから許して!』と即返信。
どうやら返信速度と短い文面にわりと本気で不機嫌なのが伝わったらしい。

『見てみろよ、このラインナップ!
 やっぱ本場の東京だ。充実ぐあいが最高だ!
 ネットもいいけど実物見ながら吟味こそ真のオタク!!』

というのはどこぞのアニメショップの商品棚を撮って送ってきたドイツ人だ。
まともな東京観光する気はさらさらないらしい。じつに趣味に全力な男である。
本当にドイツの諜報員だろうかと本気で真剣に考え込むシンイチだ。

これら以外にもどこからかシンイチが缶詰にされているのを聞いたらしく、
1-Dを中心とした例の3クラスの面々も似たような写真やメールを送ってきた。
どれも存分に旅行や観光と仲間たちを楽しんでいる様子が窺えるものだった。
試験時にやられたことの意趣返し、というのはさすがに邪推しすぎだろう。
そもそもあの扱いを受けた面々が彼に仕返しする度胸があるかは疑わしい。
純粋に、これでも見て疑似的にでも観光気分を味わえ、ということだろう。
そんないじらしくも気持ちのいい気遣いに手は止まらずも笑みは深まる。

「…………き、気持ちはわかるが、お前自身は楽しむ気はないのか?」

一瞬その見守るような微笑みに見惚れた彼女だが即座に首を振って我に返る。
教師としてその想いは理解できるのだが彼がいうのは何か違う気がした。
本来なら彼もまたその中にいるはずなのだから。尤も。

「これが終わらないと楽しむ余地がそもそもないだろうが」

「………そうでした」

そうであるのが現状であるためがっくりと肩を落とすフリーレである。
彼に楽しんでほしいと思うのも目下その邪魔をしている要因を持ち込んだのも彼女だ。
どうしようもなく居た堪れない気持ちになってしまう。

「ま、こんなどうしようもないくだらない事情でやらされてるが
 この苦労がこいつらの楽しみになるのなら、いくらか気分はマシさ」

されど彼は気にした風もなく変わらず優しげな顔で笑うので彼女もつられてしまう。

「まったく……同感だよ、さっさと終わらせてしまおう」

彼らには誰かが苦心していることなど知らずにただ楽しんで学んでほしい。
観光と日本文化の勉強という部分だけは生徒達に普通に体験させてあげたい。
そんな感慨や想いの下で張り切る両名だ。自分をナチュラルに度外視する彼と違い、
フリーレはそこにシンイチや自分も含めているが。
ただその様子にそれぞれの従者は渋面である。

〈そのような思考パターンであるから貧乏くじを引くのです、と具申いたします〉

「キュイキュイ」

尤もそれぞれの苦情にも近い言葉は驚愕と苦笑という形以外の答えは無かった。

「び、貧乏くじ……わ、私ってそうだったのか……?」

「あははは……えっと、その、あれだな。旅行中は完全私服なんだな。
 そういう学校もあるとは聞くが、てっきりここは制服だと思ってたが?」

この話題を広げるといずれ自分が集中砲火を浴びるという自覚があった彼は
一人として同じ格好の生徒がいない写真たちを横目に露骨に話を変える。
あの白を基調とした意匠のガレスト学園の制服を着ている者は誰もいなかった。
それもこれも学園側から旅行中は私服推奨という名の制服禁止令が出たためだ。
当然シンイチが知ったのは昨夜の話ではあるが。

「あ、ああ、例年はそうなんだがじつは旅行を問題視する意見もあってな。
 この時期に生徒達を外に出すのはいつもより危険なのではないか、と」

「なるほど、だから制服ではなく私服って話になったわけか」

気持ち悩みながらも話題変更には乗った彼女の言葉に頷く。
ガレスト人か地球人かは見た目でかなり判別がついてしまう。
さらに学園の制服は自分達の所属を意図的に宣伝しているようなものだ。
平時ならばそれは抑止効果の方が高かったのであろうが現状を顧みるに
誘蛾灯になってしまう可能性の方が高かった。それも危険な毒蛾を誘うものに。
私服で分散させれば若者たちの小旅行ぐらいにしか思われない目算が高まる。
わざわざガレスト学園の生徒だと宣伝しながら歩くより危険は減ると判断された。

「なのにお前はなんでいつもの学生服なんだ?」

「さっきまでいつものジャージ姿だったあんたにだけはいわれたくない。
 というかだな、着替える時間を与えなかったのはそっちだろうに」

「そうでした……重ね重ね申し訳ない」

ホテルにつくなり荷物を持ったままこの部屋に連れ込まれたシンイチだ。
せいぜい上着を脱いだ程度でいつもの格好とまるで変わってはいなかった。
無論クトリアと違い、日本で学生服はそこまで目立たない格好といえるので
彼としては状況に応じてそれと私服を切り替えるつもりではあった。尤もあの
ゴミ部屋からまともな服をあまり発掘できなかったという数の問題もあったが。

「……誰か来たぞ?」

「ん、そのようだな」

そこへ扉前に止まった人の気配を共に感じてから、室内に響くノック音。
しかし両名ともに何故か反応せずシンイチは訝しむような顔を向けた。

「……おい、出ろよ。ここあんたの部屋だろうが」

「いや、お前の部屋だぞ」

「は?」

「だって私の部屋に私がいたら誰か来るじゃないか! 仕事か付き合いで!」

ホテルにいる教師陣は彼女一人というわけでもない。
さすがにそれではフリーレに要求される仕事量が多すぎるしそれに追われる
彼女とは別に普通の応対をするための人員が最低でも一人必要とされていた。
その相手から別件の仕事かちょっとした付き合い等を要求されるのを避けるため
わざわざシンイチに用意された部屋に逃げ込んでいたということらしい。

「それって………少ししか時間稼げないだろう」

呆れながら立ち上がって扉に近づくシンイチだ。
何せそんなことをしても結局発見を数分から十分程度稼ぐのが精一杯だろう。
フリーレがホテルから出れない程の仕事を抱えているのは教師陣に周知されている。
なら自室にいない場合考えられるのはもう一人いる生徒の所と考えるのは自然だ。
すなわちシンイチの部屋らしいここである。

「中村くん、いますか?」

ほら。
そういわんばかりに聞いたことのある女性の声が扉の外から届く。

「はい、いま開けます」

扉を開けた先にいたのは案の定、学園の日本語担当の女教師。
職員室では副担任(フリーレ)の隣であり、通常授業の教師たちの所へ頻繁に
顔を出して質問を繰り返すシンイチには当然顔見知りの相手なのであった。

「なにか御用でしょうか佐藤先生?」

「ここにドゥネージュ先生、もちろん女性の方ですが来ていませんか?」

「ええと、まあ来てますが……」

やはりか、と思いながら少し時間を稼ごうかと彼なりの気遣いで答えに窮した
ように装いながら彼女に向けてアイコンタクトしようとしていた。が。

「サトウ先生でしたか、なにか御用で?」

「…………」

当の本人はなにも考えずにそのまま出てきてしまった。
フリーレは隣席の佐藤教諭に対してはある種尊敬と信頼があったためだ。
ゆえに彼が眉間に皺を寄せて半眼で睨んでいるのを彼女は気付きもしない。
ついでにいえば自分の今の格好がどうなっているかも意識の外なのだろう。

「いえ、お昼を食べてらっしゃらない様子でしたので
 少し休憩をなさってはどうかと思ったのですが………あの、先生?」

「はい?」

いかにもどうしましたかといわんばかりに首を傾げるフリーレだが
佐藤教諭の視線は彼女の頭からつま先までを確かに把握した動きを見せる。
そしてその視線が一瞬シンイチすら見たのも。彼は上着を脱いだだけだが
正確に表現するなら暑さからカッターシャツのボタンを上二つ外した状態。
またこれまできちんと扱っていなかったせいかいくらかの皺がある。
そして気分だけでも楽にしようと普段と違ってスラックスから出してもいた。
他に衣服に乱れはないのだがどこか“それっぽく”見える状況であった。
彼はさすがにどう誤魔化そうかと思考するがその前に微笑みが落ちた。

「……これはもしかして、お邪魔でしたかしら?」

にっこりとまるでそれを歓迎するかのような声色で。
シンイチは本能的に察した─────あ、これ俺と同系統の人間だ。

「は?」

「そうですね、あとちょっとでした」

そしてそうとわかればもう話は簡単である。いつもの調子でやればいい。
一瞬その返しに目を見開いた彼女も同じ印象を持ったのか変わらず続けた。

「あら、ごめんなさいね中村くん」

「え、な、なんの話を?」

「けどよく我慢できましたね?」

「はい、こんなご馳走ぶら下げられても耐えました」

よくやった自分、と自画自賛するような声を出して拳を握るシンイチ。
それをよく頑張りましたと褒めるように拍手する佐藤教諭。
しかし共に視線はフリーレに向かい、彼女だけが困惑顔。

「ふ、ふたりともいったい……?」

「同性の私でもこれは……ものすごく手を出したくなりますね」

思わずタンクトップを押し上げる双山を前に両手を無駄に開閉する彼女。
そんな薄着ではそのボリュームも深い谷間も隠れておらず無意識の色香が漂う。

「いえ、そっちもですがこのスラッとした白い脚というのもなかなか」

思わず惜しげもなく衆目にさらされた長い美脚をじっと見つめる彼。
名の通りか透き通るような白い肌とその肉感的なラインはじつに艶めかしい。

「あら、本当だわ」

「え、え、えっ、ええっ!?」

彼女もさすがにそこまでじっと(そこ)(そこ)を見詰められれば解る。
音を立てて室内に逃げるように後ずさったが二人のにこやかな視線はまだ届く。

「佐藤先生、いまの反応見た?」

「ばっちり。照れた顔が可愛らしかったわ」

そういってにんまりとした顔で互いを見合うと何故かがっちりと握手する。
フリーレはそれをどうしてか最悪なタッグの誕生だと本能的に察して身震いした。
慌てて脱ぎ捨てたジャージの上下を回収し再度着込むがその慌てっぷりもまた
ふたりを楽しませていることには気付いていない。

「からかうと面白そう、とは思っていましたけどまさかここまでとは」

にこにことした普段と変わらない素振りで獲物を狙う狩人の笑みの彼女である。
普段と違う態度にこんな本性があったなんてと普通ならショックを受ける場面だが
同種である彼にはそれもまた彼女の一面であるとすんなり受け入れている。

「中身はあれで大部分がまだ初心な女の子ですからね。
 かなり面白いですよ………俺がいるところでは(・・・・・・・・・)、ですが」

ただ同じように笑いながらも意味ありげな視線と言葉を佐藤教諭に向ける。
一瞬その意味を取りあぐねた彼女もすぐに、なるほど、と頷いてみせた。

「………わかったわ。名残惜しいけれどそれ以外では自重しましょう。
 けど悔しいわね。ここまでの逸材なら先に唾つけておけばよかったわ」

「こういうのは早い者勝ちだよ先生、食指が動いたらすぐに遊ばなきゃ(やらなきゃ)

「なあ、それはもしかしなくても私のことか!?」

知らない間に自分のからかい権を取り合われて思わずフリーレは叫ぶ。
ただその文句は軽く両者にスルーされたばかりか彼には胡乱な顔をされる。

「しっかし結局またジャージか。お前他に服持ってきてないのか?」

「そういえばこの3年、ジャージ姿か外骨格のアンダー以外は見たことありませんね」

「なに?」

「べ、別にいいだろう。
 仕事着(ジャージ)と部屋着だけでこの3年特に困ったことはなかった。
 見た目を競う職業でもなし、飾る必要があるわけでもないんだから」

若干口調にそういった点に疎い事の気後れも感じさせるが、
大部分で発言が本音であることも感じさせる声にさすがに唖然とする二人。
無言で互いに視線を合わせると頷き合う。同種の人間であるため
こういう時の内心は概ね同じ方向性を持つのだ。

「先生ちょっとこれ任せていい?」

「うん、これぐらいなら私でも出来るかな……そっちはどこに?」

シンイチがいくつかデータを転送させながら問うと頷きつつも彼女も問い返す。
主語が抜けていてもこれはもう決定事項の確認だ。答えはもう解り切っている。
二人にとっては彼女で遊ぶための茶番である。

「勿論、ちょっとあいつにまともな服着せてくる」

「は、なにを?」

「資金が必要なら用意するわよ。これでも学園教師は高給だから」

「え、あのサトウ先生?」

「ありがとう、でもここは男のメンツを優先させてくれるとありがたい」

「さっきからまた何の話を!?」

「じゃあお願いするわ。この逸材を着飾らせないなんて世界の損失よ!」

「合点承知!」

フリーレの言葉をまた無視しながら決意を秘めた目で頷き合う二人。
話の主題であるのに置いてけぼりをくらった彼女にはもう理解不能だったが。

「ナカムラ、お前普段あれなくせに時々一瞬で人と仲良くなるよな!!」

カリスト・サランドしかり。
ヴェルナー・ブラウンしかり。人工知能・白雪しかり。
彼女が贔屓にしているステーキ屋の店主しかり。

「はいはい、わかったから行くぞ」

文句とも呆れともとれる言葉を聞き流しながらフリーレの腕を取って進む。
抵抗しようとした彼女だが相手がシンイチではまるで意味が無かった。
踏ん張ろうとする力が無かった事にされるように引っ張られる。
それで転ばないようにするのがフリーレの限界だった。

「ちょ、ちょっと待てまだ仕事があるだろ!」

「やかましい。休憩だよ、休憩。ついでにお前にもっとマシな服を買う」

「なんで!?」

「目立つ容姿してるんだからせめて服ぐらい普通のを着てろ」

本音は折角の美人なのだからせめて最低限着飾れ、なのだがそう言っても
了承しないであろう事は目に見えているので暗にその美貌とジャージの
組み合わせは逆に目立つという事で納得させようとしたのだ。が。

「ううぅ、確かにニホンの街でこの白髪(はくはつ)は目につくからな……」

その自覚が皆無な彼女は色合いの問題だと思いながら自らの髪をいじる。
信じられないといった視線が生徒(シンイチ)同僚(佐藤)の間で交差して、溜め息がもれた。
確かにその髪色は目立つがガレスト人が普通に街を歩く日常では些細な話。
二人ともこれまで、まさか、とは薄々思っていたが案の定自覚ゼロであった。

「………そこじゃねえよ、この馬鹿」

「い、今のは本気で私をバカにしてバカって言ったな!?」

「ちっ、そういうのは敏感だな、お前。
 ああそうだよ。自覚のない女は一番手におえん。
 世界中の美に悩む女たちに謝れ、この馬鹿!」

「ま、また言ったぁっ!!」

若干泣きの入った声で叫ぶが意に介されず引きずられる彼女。
何やら年齢や立場が逆転した言い合いだが佐藤教諭はそれこそが
彼女の素の顔なのだと感じ取っていた。同時に周囲に壁どころか
断崖絶壁を作って我関せずな少年が実は世話焼きな顔を持っている事も。

「いってらっしゃーい」

そんな彼らを見送りながらくすりと笑った佐藤教諭はどこか確信を持って呟く。

「さっきの冗談、案外冗談じゃすまない関係(コト)になるかもあの二人」

もしそうなればじつに面白い、と彼女の顔には書いてあった。






──────────────────────────────









「全員が時間に遅れることなく、またアクシデントに見舞われる事もなく
 無事に到着できたことはたいへん素晴らしく、また嬉しく思っている」

生徒達の最終的な目的地にして集合場所と設定された芝公園。
整列して並ぶ私服の生徒達の前に立つのは一人の女教師フリーレだ。
こういう場での“先生のお話”というものは名のある元軍人でまだ一般生徒には
鬼教師として見られている彼女がした方が聞く側の真剣度と効果は段違いだ。

「だがそこで油断や慢心をしないように。これは何に対しても必要な心構えだ。
 ここは公共の場であり他の旅行客もいる場所。お前達がいつもいる学園ではない。
 それを踏まえて節度ある態度と他者に迷惑をかけない当たり前の行動を期待する」

「……………」

ただこの時に限っていえばいくらか生徒達は違う反応を見せていた。
問題のソレを気にせずいつものように真剣に話を聞く者が約2割。
呆気にとられているのが1割。「あれ誰?」となっているのが1割。
そして男女問わず見惚れてしまっている生徒がおおよそ6割。
どういうことかといえば彼女共々ホテルから交代して出てきた佐藤教諭が無言で
親指を立て、シンイチが一仕事したとばかりに満足げな顔をしているのが全てだ。
普段は野暮ったいジャージオンリーな彼女がいまは別の姿を見せている。
それは一般的にはなんでもない格好ではあった。社会人なら普通ともいえる。
何せシックな黒のレディーススーツである。体にフィットする物ではあったが
おかしいと思われる物でも注目を浴びる衣服とはいえない。普通ならば。

「…………うむ、ちょっとやり過ぎた、か?」

時間と物理的な距離を置いて冷静になった彼がそうこぼす程にそれは
あまりにも彼女に似合いすぎており、また彼女の外見的魅力を際立たせていた。
今までのギャップもあるが隠れていた優れたボディラインを強調してしまい、
過剰な色香を漂わせているような雰囲気を否応なく周囲に放っていた。
ただそれは皺一つないスーツを隙のない着こなしで纏う彼女が醸し出す
近寄らば斬るといわんばかりの冷たい空気により絶妙に中和されてもいた。
当人は無理矢理不慣れな格好にされて若干不機嫌になっていただけだが。

「………聞いているのかお前達!!」

「「「は、はいっ!!」」」

それもあってか注意散漫な生徒達への注意も刺々しくなっている。
偶然だが表向きの印象である冷徹な鬼教師という偽りを補強していたが
それが実像でないと知る者にはそれはまるで中和されていなかった。

「じつにいい……ナイスです中村くん」

「あ、あれが大人の女性というものですのね!」

「ちゃんとしたスーツをきちっと着てるだけでなんかエロいってどういうこと?」

「完全に学園アニメのお色気担当女教師じゃないか……ナカムラだな」

一方で彼女自身は生徒達の妙な雰囲気の原因が自分のスーツ姿に様々な意味で
見惚れていた事だとは気付いていない。ましてやその半数がより威圧的に
見えるようになったその姿に惚けていたなど想像もできないだろう。
名声と実力を持つクール─に見える─な年上の美女というモノに
この年頃の少年少女は往々にして弱いものなのである。

「一応いっておくがこの服についての意見や感想は受け付けない。
 各自、迅速かつ良識の範囲内の行動で次の目的地へ移動しろ」

ただ自分の普段と違う格好への反応だという事ぐらいは察しているのか。
不承不承といった風ながら目的地を指差して彼女は半ば強引に出発させる。
余談だが、ここでいう良識の範囲内とは言葉通りの意味もあるが
学園生徒達の鍛えた身体能力やスキルなどを使うなという意味でもある。
地球人勢には当然の話だがガレスト人勢は年に数人は解ってない者が出るらしい。


そうして。
既に視界内にある目的の建造物に向かって歩く集団だがここからは個人なため
各々で比較的ばらけて歩いていた。制服姿ではないため旅行者の集団とは思っても
修学旅行とは思いにくい街の雑踏のような人混みを意図せず形成している。

「イッチーでしょ、フドゥネっちにあのスーツ着せたの」

そのほぼ最後尾に位置していた少年に狐耳の少女が微笑みと共に歩み寄った。
たが尋ねているというよりは確実にそうであろうと確信しているニュアンスで。
しかもどこか咎めるような視線付きで。

「聞けばスーツを一着も持ってないっていうからな。社会人として問題だろ」

「ホテルで雑用やらされてるかと思えば女教師とデートとはいい御身分で」

にこやかな顔のまま声と視線だけ呆れ─と不機嫌さ─まじりに注意するが、
何故かそれには僅かばかりの間とその後のじつに重たい溜め息が返った。

「……あれはぐずる女の子を叱りながら着替えさせた、といった方が正しいような?」

「は?」

「散々ああだこうだと嫌がってな。あれ一つ着せるのも大変だった」

どこか疲れたような息を再度吐いて遠くを眺める彼に若干頬がひきつるミューヒ。
なんとなくその光景が想像できてしまったのだ。嫌がる長身の美女を少年が力尽くで
スーツと共に試着室に押し込んだ情景が見えてしまう。傍から見るとシュールだ。

「フドゥネっち、よく納得したね」

「最終的に俺が着替えさせるか自分で着替えるかの二択を迫った。店内で」

「わあ、なんていう選択肢になってない選択肢」

その際この少年がすごくいい笑顔だったのは想像に難くないと彼女は苦笑する。

「それに仮にも引率の教師が街中で学校指定のジャージ姿はおかしいだろ、と。
 なんのために全員私服にしてるのかわかってるだろうこの馬鹿、と叱った」

それもまた想像できると妙に納得してしまう彼女である。まさに目に浮かぶ。
実際「またバカって言った!」と若干涙目になりながら渋々従ったフリーレだ。

「ふーん、ところで…………あのタイトミニと黒タイツはイッチーの趣味?」

とはいえ、である。
雑踏集団の先頭には肩で風を切るように進む彼女の後ろ姿が覗く。
スタイルと姿勢が良いため着慣れてないのに背面さえも整って見える。
スカートは彼女の指摘通りタイトで丈の短いものだが常識の範囲内。
しかし浮かび上がるヒップラインは完成されており、その短い丈から
伸びる黒いタイツに包まれた脚線美は最後尾から見ても眩しく蠱惑的。
本人が無自覚なので堂々としているのが余計にそれを際立たせている。
しかし選んだのがこの男となると妙な悪巧みを感じるミューヒだ。

「黒は女を美しく見せると偉大なパン屋さんも言ってたからな」

そして容疑者は暗にそれを認めるような自白をする。
尤もその顔にあるのはしてやったりな笑みで変わらず満足げだ。

「このセクハラ少年っ」

「あはは……いや、たまにこういう事しないと本当に枯れそうで怖いんだ」

一瞬軽く笑うものの後半にいくにしたがって徐々に切実な声色になる。
欲望全開に生きたいわけではないが失うのは男として何か終わる気がしていた。
それぐらいの危機意識は一応年頃の男の子として多少は持っていたのである。
異性である彼女には少々わからない動機ではあったが。

「それに似合う奴に似合うものを着せるのもわりと趣味でね」

「へえ、じゃあボクはお眼鏡に適うのかな?」

そういってミューヒはその場でくるりと回って全身を見せた。
ボーダーシャツの上に着込んでいたノースリーブのパーカーがひらりと舞い、
その下にあるショートパンツにニーハイソックスという出で立ちがあらわになる。
尻尾も外に出て楽しげに揺れており本人の小柄な愛らしさと元気の良さも
相まって彼女にじつに合っているとシンイチは素直に感じた。

「いや、さすがに女の子のセンスには勝てないさ、俺こんなだし」

「うん、ザ・普通、だね。イッチーらしいといえばらしいけど」

シンイチはデニムシャツにカーゴパンツという組み合わせだった。
頭の上ではアクセントのようにヨーコが丸くなって寝ているが今回は関係ない。
全体として悪くはないが色合いの地味さもあって人混みに埋没している。
彼ならそれを狙ってやってそうなのでミューヒは苦笑いして、油断する(・・・・)

「お前のもヒナらしくて可愛いよ、似合ってる」

「う、にょっ!?」

だから不意打ち気味に褒められて驚きか照れかで奇声が出てしまう。
ついさっき、勝てない、などという言葉で逃げられたと思いきやこれである。
しかもさりげない様子で呟かれては余計に胸に来るものがあって彼女は困った。
思わず固まったミューヒをされど彼は素知らぬ顔で置いて先に行く。

「………ホント、油断ならない男」

どこかしてやったりで楽しげな雰囲気の背中を睨みながら悔しげに呟く。
仕返しに皆の前で腕を組んで見せつけてやろうかと彼の腕を眺めながら考えるが
その情景をいくらか思い浮かべたが─恥ずかしいので─やめることにした。
出会った初日には出来たのだが今はどうしてか気恥ずかしさが勝っている。
そんな内心の動きを見透かしたようにヨーコが彼の頭上で笑っていた。

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