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帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

修学旅行編 第一章「彼の旅はこうなる」

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04-48 過去[ユメ]の警告

長くなってしまった。分けるか分けないかで悩んでたら遅れた(汗


サブタイ通り、ユメ、です………あいつは平常運転ですが(汗

社会の闇。


世界の闇。


神々の闇。


大仰に聞こえるがじつのところヒトのすぐそばにそれはある。

かつて世界を滅ぼしかけた邪な神を祀る邪教が用意した大神殿。

そんなものがまさか堂々と街中にあるなど誰も思わない────









───はずで、あった。

やはり闇とは暴かれるものなのか。

表向き真っ当な商会を装っていた建物の地下に邪教の神殿はあり、

その日幾人かの集団に踏み込まれ、邪教の戦士たちと戦端を開いていた。

しかし、その戦場はいくらか奇妙な様相を見せている。

黒く、暗く、昏い、邪神教の神殿の内部のことである。

まるで何かの遺跡を思わせるような石造りの床や壁と共に

あちこちに統一性のない巨大な怪物のレリーフが鎮座し、

只人ならば吸ってるだけで気分が悪くなる陰鬱とした空気があり

微かに血の匂いすら漂う邪気が満たす空間に魔物とは別種の化け物たちや

あやしげな漆黒のローブ姿の者たちがいるのはある種の当然かお約束であろう。

だからこそ逆にそこに討ち入った者達のほうが少々おかしな格好をしている。

先頭に立つ男女は普通。いやこの場合は適切(・・)というべき格好ではあった。

柔らかな茶髪と丹精な顔立ちをした少年が白銀の甲冑を身に纏い、

星を砕いたような輝きを持つ両刃の剣で異形の怪物たちを切り伏せる。

これぞ聖なる騎士あるいは救世の勇者とでもいう出で立ち。

もう一人は金砂をまぶしたような輝くブロンドと目鼻立ちの整った高貴さ漂う女性。

男性よりは軽装なれど素人が見ても見事と思える戦甲冑を纏う姫騎士だ。

彼女が一言、二言呟けば、風が暴れ、炎が踊り、光が闇を切り裂いた。

地下の禍々しい空気を蹴散らすふたりとそれに抗う教団兵たちだけを見れば、

ああ、まさに絵に描いたような『邪悪な教団に攻め込んだ正義の騎士たち』だろう。

ただ彼らが引き連れている集団はどう見ても状況にそぐわっているとは思えない。


───なんだこいつらは!?


そんな教団兵の誰かの叫びが全てで、それが最後の言葉であった。

すれ違いざまにどこからともなく取り出されたメイスが彼らの頭部を吹き飛ばす。

でありながら返り血の一滴も浴びない手際の良さで二人の騎士の進路を切り開く集団。

全員が同じ衣服を身に纏うおよそ十代後半から二十代前半の11名の女性たち。

彼女たちは頭には飾り気の少ないホワイトブリムを被り、

黒のワンピースに白のエプロンドレスという所謂メイド服を着込んでいた。

その装いは地球でいう昨今の萌えや色気を優先したものでは決してない。

近いものを探すのならヴィクトリアンメイドといわれる様相のそれだった。

くるぶしまで隠すスカートを軽く翻しながら神殿内を次々と制圧するメイドたち。

全員が能面のような無表情っぷりながら鉄球、戦斧、大槌などの物騒な凶器を振り回す。

邪教の兵士も侵入者を襲う怪物もトラップも彼女らの前にはただ塵と化すだけ。

そしてそれだけの所業を行っておきながら彼女たちの手も衣服も汚れてさえいない。

その光景はファランディアという異世界においてもかなり奇妙なものといえた。

兵たちの叫びは格好だけの話ではなく、その尋常ではない強さに対してでもあった。

少なくともその戦闘力と手際の良さはここの戦力の数段上の代物であった。

そんな存在が侍女服姿で自分達の神殿を制圧していくのだから理解が追い付かない。

尤も理解しきる前にたいていの者は物言わぬ屍と化すか気を失うかだが。

ただその命が助かった後者でさえ運が良いとは限らない。

捕縛された邪教の使徒に待つ運命など明るいものではない。

なにより───





「何人かは捕えておけ、貴重な情報源だ!」

───被ったフードの内側で口許だけを歪ませて笑うこの男に捕まったのだ。
このあと彼らがまともな扱いを受ける可能性は限りなくゼロであろう。

「フラウ、神官どもを先に抑えろ! ミヤ、カヤ、サポート!
 カトレア、後方は任せる! ルイス、セーラ、切り開け!」

『かしこまりました』

その指示に余裕からか身についた癖なのか。戦闘中だというのに、
異口同音に返事をすると簡略化したカーテシーのような礼をした彼女達は
即座に目にもとまらぬ速さで動くと各々が指示通りの戦果を挙げていく。

ただその指揮をとっている者もこれまた妙といえば妙な格好をしている。
灰色のフード付き外套で口元以外がほぼ隠れているが声からすれば少年。
時折見えるその下の衣服もメイド服に比べれば普通だがあまりに普通過ぎて
戦いに来たというより誤って市井の者が紛れ込んだかと疑う代物。
それがこのメイドらの指揮をとっているのだから奇異といえる。

「シン! 彼女たちは一応私の部下なのですが!?
 あなたなら別のいいのですが、せめて私に先に指示を!」

「え、えっと……僕たちは何をすればいいんだい信一?」

そして唯一“それっぽい”騎士風の男女ですら彼に指示をこう。が。

「殲滅戦以外でお前らが役に立つかアホどもっ!
 そのくせ考えなしに突っ込んでいきやがって!
 脳みそちゃんと頭に詰まってんのか!」

返ってきたのはにべもない罵声であり怒声で彼らの無鉄砲さを責める言葉だった。

「というわけでそこで突っ立っててくださいね。
 ナニカすると主様の邪魔ですよ、ノウナシーズ」

それに落ち込む少年と照れる(・・・)少女を尻目にフードの少年のそばから
これまたおかしな格好の存在が現れ、彼を囲もうとした兵士らを氷漬けにした。
狐の耳と三尾を持つ妖艶な美女だ。どこか着物を簡略化した上で着崩したような衣服は
大きく深い谷間や白い太腿を存分に見せつける非常に目のやり場所に困るものだが
ここにいる数少ない二名の男子はどちらもそれには目もくれていない。尤も
教団兵の幾人かはその色香に惑わされ、そして次の瞬間には燃え上がった。
その傾国といえる美貌に浮かぶ冷笑に続く兵士達は一気に縮み上がる。

「今回はまことに同感ですリリーシャ様、カイト様」

そんな彼らを飛び越えて襲い掛からんとしたサルのような異形達を撃ち抜く炎の矢。
見事に一体ずつ一矢を当て、一瞬で灰と化したのは水色の長髪を背に流す一人のメイド。
そこへ同胞をやられた報復かより強い相手を先に片づけようと思ったのか。
全高3mはあるイノシシのような怪物が突進してくるが彼女は表情を崩さずに
自ら以上のハルバードをどこからか取り出して、すれ違いざまに両断した。
怪物の巨体が音を立てて崩れ落ちると悲鳴があがる。

「ひぃっ!!」

「な、なんなんだよこいつら!?」

変化しない相貌は整っているが無表情過ぎるため声も含めてどこか冷たく感じる。
狐耳の美女と共にまるで少年を挟むように立ち並ぶ姿は双方の美しさもあって
一枚の絵画染みたものがあったが周囲には氷か炎に包まれた幾人もの教団兵達と
裂かれた巨大な怪物の亡骸が倒れており教団側からは地獄絵図にしか見えない。

「あとで彼と共にお説教とお仕置きです、ご覚悟を」

しかしその琥珀色の厳しい目線は敵ではなく味方の勇者と主人に向けられている。

「うっ、す、すいません!」

「お、お仕置き! な、なんて甘美な響き!!
 しかもお説教との合わせ技だなんてっ!!」

美貌ゆえかより恐ろしく感じる冷たい視線を前に震えあがった勇者と違い、
彼女の主人たる姫はどこか恍惚とした表情を浮かべてその場でしなを作った。

「……………」

「そこで俺を無言で見るな!
 ステラ、お前いま絶対狙って言っただろ!!」

怪しげな呪文を呟こうとした神官の意識を刈り取りながら視線の言葉を退ける。
ただ彼女も然る者。表情を毛ほども変えずに彼へテーブルナイフを投げつけた。

「なんのことでしょうか?」

「しらばっくれてんじゃねえ!
 お前まだリリーシャのことで文句があるのか!」

ただ当人同士はそんな動作など無かったかのように会話を続ける。
彼が少し首を傾げた隙間をナイフは通り過ぎて牛頭の怪物の脳天に突き刺さり、
少年はそれを引き抜きながら牛頭を蹴り飛ばすと彼女の方へとナイフを投げ返す。

「おや、まさかリリーシャさまのこと。
 ご自身に何の責任もないとおっしゃるつもりですか?」

「あると思ってるから1か月半も一緒に旅してるんだろうが!」

それをまるで気にせずにスカートを僅かに摘みあげて背後に迫った教団兵を
蹴り上げるとその頭上では巨大蝙蝠がナイフに貫かれ、壁に縫い付けられた。

「そのわりには成果が見えませんが」

「何やっても喜ぶんだからどうしようもあるか。
 そういうんならお前もなんとかやってみろ!」

怒声と共に放たれる重力魔法に向かうように跳び上がった彼女はソレ(・・)
踏み台にしてさらに跳ぶと少年の背後に巨大な鉈と共に降りて迫る壁(トラップ)を粉砕する。
そして少年の視線の先では半漁人のような異形が魚拓のように壁に張り付いていた(押し潰されていた)

「いわれなくとも既に色々とやっております」

背を合わせながら作動し始めたトラップ群を少年とメイドは力技で粉砕する。
壁から放たれた矢群は重力の壁に弾かれ、落とし穴は地属性魔法で埋められ、
迫る毒虫たちは炎の絨毯に呑みこまれ、ガーゴイルは動く前に殴り壊された。

「嘘をつけ。お前のはなんか煽って悪化させてるようにしか見えん」

「気のせいです。私は常に姫様の未来を考えて行動しております」

魔法のトラップは軒並み作動する前に術式を解読したメイドに無力化され、
呪詛の類はフードの少年が触れただけでガラス細工のように簡単に砕け散った。

「おい、お前もしかしてまだあのネタ引っ張る気か?」

戯れ(ネタ)ではなく現実的な選択肢ですが、なにか?」

左右の壁から飛び出すように迫ってきたギロチンの刃を背中合わせで受ける。
魔力を覆った腕が右のギロチンを、白銀のハルバードが左のギロチンを止め、
少し彼らが力を入れただけで人間より巨大なその刃は只の鉄屑となって散った。

「やっぱりか! 腹黒は部下まで腹黒かよ!
 ……俺、やばい奴の才能を開花させたんじゃなかろうか?」

「今更でしょう、ぐちぐち言わずにさっさと責任取ればいいのですよあなたは」

「お前のは取り方を限定し過ぎだ。そもそもの原因はあいつの教育不足だろうに」

「お言葉ですがそれはメイドの仕事ではありませんし、アレを予測しろと?」

「そっちこそ、俺にああなることを予測しろってのか!?」

果たして自分達の現状と行動を理解しているのか。疑わしい態度でふたりは
平時のような空気を醸し出しながら、双方文句を口にし続けていた。
どこかそのついでのように彼らは敵や罠を屠って進路を切り開いている。

「無論です。経験値だけは無駄にあるくせに迂闊なんですから」

「あいつが生まれた時から仕えてたのに気付かなかった奴にいわれたくないぜ」

「そこは所詮仕える者でしかないので限界があります」

「ったく……ああいえばこういう!」

「その言葉そっくりそのままお返しします」

教団兵か怪物かトラップ。その全てを言い合いながら粉砕する少年とメイド。
若干棘を含む言葉とは裏腹に息の合った動きで互いを見事にカバーしあっていた。
そもその口論とて中身はともかく言葉でのじゃれ合いにしか聞こえない。

「……ああいうのも、イチャついてる、というのでしょうか?」

それに遅れる形ながら続く集団の中でリリーシャは純粋に疑問を呈していた。
そこには焦がれる少年と自らの侍女長の仲を嫉妬する色は全く無く、むしろ
彼女がじつに楽しそうであるのを敏感に感じ取ってどこか嬉しげですらある。
ステラの思惑とは別に姫自身はその立場ゆえ彼と彼女との仲を望んでいたのだ。
尤も会話の大半が自身に対することなのは右から左に聞き流しているが。

「他になんていうのか少なくとも僕は知らないなぁ」

「そうですね、姫様。あれは間違いなくイチャついてます」

「「「うんうん」」」

「放っておくといつのまにかああなりますよね、主様とステラって」

その表情には誰も気付かずも言葉には同意を示す勇者、メイドら、狐耳従者だ。
発言順に満面の笑み、半眼の呆れ顔、歓迎する色のある艶笑を浮かべている。

「けどなんだかんだいってメイド長って一番シンくんと息ぴったりよね」

「コンビネーションが長年一緒の私達よりいいってどういうことよ?」

「それはやっぱり………愛でしょ」

「うん、あれはまさしく愛だよねぇ」

「きっとあのうらやまけしからん胸にはシンくんへの愛がつま、ひっ!?」

戦いを続けながらも姦しく騒ぎ立てようとした瞬間。
その頬をかすめる銀の煌めきにひとりのメイドが本気の悲鳴をあげた。
見れば背後の壁にテーブルナイフが深々と根本まで突き刺さっていた。
残念ながらそこに敵の影はなく、あったのは純粋に壁のみである。

「ずいぶんと余裕ですね、お前達」

そして自分達に投げかけられた冷淡な声に彼女らは悲鳴も出せなかった。
先を進んでいたはずの侍女長(ステラ)がいつのまにか目と鼻の先にいるではないか。
どうやらある程度先の安全を確保してきたため一旦戻ってきたようである。

「そんなに簡単な仕事でしたか。
 私としたことが部下の力量を見誤っていました。
 では、もっと重要な仕事を任せるといたしましょう」

その胸部は確かに彼女らの言う通り、最低限の飾り気しかないエプロンドレスを
内側から大きく押し上げており推定されるボリュームは妖艶な狐耳のそれに
負けず劣らずのモノであろう。だがいまメイドたちはそれを見る余裕はない。
声にだけ若干の笑みを含めた無表情と冷めた琥珀の視線に見下ろされて、
幼少期からの刷り込みも合わさって部下(メイド)たちは声も出ない。
これから起こる仕事の割り振りという名のお仕置きに内心は戦々恐々だ。

「………ステラの胸は俺と会った時からもうすごかったと思うんだが?」

「なっ、あなたどこを見て!?」

そこへぼそりといった風を装って助け船を出したのはフードの少年だ。
彼にとっては案の定、他の者には予想外にその発言にステラは顔色を変えた。
胸元を隠す素振りも見せたが女性の細腕で隠れるようなサイズではない。
今だ、と理由は分からずともこれ幸いと部下たちはその流れに乗った。

「ああ、そうでしたねぇ。昔から大きかったんですよ」

「わたしたち一応は姉妹なんですけど、この差はちょっと」

「長姉が一番大きいと下はプレッシャーと嫉妬のコンボです!」

「少しは分けてくださいよメイド長!」

「ギブミーわがままバスト!!」

能面のような無表情さが一転して豊かなそれとなって感情的に訴えだす部下()たち。
それでもその四肢は動き続け、変わらず敵を屠っているのだからプロ(メイド)である。

「だそうだが?」

しかしそちらは軽く無視して少年は侍女らの意見に対する感想を侍女長に求めた。

「し、知りません!
 こんなの動きづらくて下が見辛いだけだというのに!」

無表情は保っていたが声を荒げる様子から動揺はしているらしい。
この時はまだ(・・・・・・)わざとらしいものでも少年が性的な目を向けただけで
彼女が狼狽えてしまうことに勘付いていたのは少年と本人だけであった。
けれどもその隙そのものを見逃すステラの妹たちではない。

「うわっ、まさに持ってる者だけの悩み!」

「一度体験してみたいわね、それ」

「小さくはないつもりだったけど、何かすごい負けた感を覚える言い方」

恨めしげでありながらどこか同情を誘う表情と視線で上司でもある姉を見詰める。
それは彼女の表情には出ない身内想いな部分を大いに刺激し余計に動揺させた。

「そ、そんなに言うならその男に揉んで大きくしてもらえばいいでしょう!」

「といってるが?」

やけくそな侍女長の反論に対する感想を今度は侍女らに求める少年。
彼はどこかやれやれといった雰囲気だが湧き上がったのは歓声であり、
皆一様に目を輝かせて一斉に彼の前に並んだ。

「い、いいんですか!?」

「ぜひ!」

「喜んで!」

「はい、どうぞ!」

「となれば当然わたしも!」

予想外の大反響に一瞬唖然とした少年だがすぐさまこめかみを震わせた。

「自然に混ざってんじゃねえよこのドM姫!」

「いやんっ」

軽く頭をはたかれながら怒鳴られて嬉しそうに悶える姫である。
咄嗟に手が出てしまった事に気付き、しまったと後悔するがまさに後の祭りだ。
尤もメイドたちの胸を揉むという話はなにげに流すことには成功していたが。

「あはははっ、信一は相変わらず好かれてるよね。
 ……将来は何人ぐらい子供できるのかな、えっと……」

ひーふーみー、とメイドたちの顔を一人一人確認しながら指を折っていく勇者。
そこに男としての僻み妬みの感情が無い辺り当然の事だと考えているらしい。
彼もまたこの面子に並び立つぐらい何かが微妙にズレた人物のようだ。

「お前は何を計算しようとしている!? とっとと敵を打倒せこのへっぽこ勇者!」

「へ、へっぽこ!?
 ………し、信一、僕は姫様と違うんだ。君に責められても嬉しく、ない」

余計なことを言い出すなと怒鳴りつけるとその表現がショックだったのか。
背中にガーンという効果音を背負ったかのように勇者は蒼白となって崩れ落ちた。

「ええい! 俺とは別ベクトルで面倒臭い奴!
 喜ばせようなんて1ミリも思ってないから安心しろ! きびきび戦え!」

「ううっ、信一にへっぽこっていわれたぁ……ぐす」

叱責をとばすがカイトは本気で嗚咽をもらして落ち込んでいた。
それを見かねたのか痛くもない頭が痛くなったのか眉を寄せながら、
不承不承といった雰囲気でシンイチは棒読みで励ました。

「お前の戦闘力には期待してるんだ、頑張ってくれるな?」

「っ、うん僕頑張る! 見ててね!」

途端に起き上がった彼にはもう涙はなく剣を片手に敵陣を蹴散らす。
そこに一瞬嬉しそうに大きく振られた尻尾が見えたのは彼の気のせいか。

「…………あんなのが勇者でいいのか?」

「正確には強者の素質がある者であって英雄の素質を持つ者ではありません」

「それでいいのか召喚者」

呼びだした張本人の言葉に呆れるが彼女はうふふと微笑むだけだった。
場に似つかわしくない笑みと視線はどこか私の英雄はあなたですので、
などと語っているように感じてどこか居心地の悪い思いをする少年だ。
そんないつもと変わらぬ(・・・・・・・・)掛け合いを全員が続けながら闇の神殿を踏破する。

「くそっ、くそおぉっ! 教団支部がこんな簡単に!」

「な、なんなんだよこいつら! 攻め込んでおいて、ふざけてばっかり!」

「ちくしょうっ、遊んでやがるのにみんなやられて、うぎゃあぁっ!!」

わずか十数名の侵入者。されどそれはこの神殿の全戦力よりも強大な戦力である。
そうと気付けぬ彼らは普段自分達がまき散らす混乱と理不尽を返されるように
ただただ蹂躙されていくのだった。





そうして、侵入直後は激しかった教団兵やトラップ、放たれた怪物による迎撃は
彼らの息を乱させることさえできないと知れたのか急に止んでしまった。
臆病にも逃げ出したか。慎重に奥で待ち構えているのか。どちらであろうと
やることは変わらないとフードの少年(シンイチ)を中心に彼らは警戒しつつ進む。

途中幾つにも分かれ道や隠し扉まであったが正解のルートを知ってるかのように
シンイチの先導で進んでいくと次第に通路の両端に小さな溝が現れていた。
そこには彼らの進行方向へと流れていく粘着質を感じさせる黒い液体がある。

「触るなよ、戻ってこれなくなるぞ」

見ているだけで何故か気分が悪くなるそれを興味本位で覗き込むカイトに忠告。
いわれると即座に距離をとって了解ですといわんばかりに敬礼する勇者に
何かが違うと思いながらも説明を続けた。

呪刻水(じゅこくすい)といういわゆる邪気や瘴気を特殊な方法で液化したものだ。
 空気中に漂う程度なら、お前らクラスをどうこうできないが魔力と一緒で
 液化させると見た目の量は減るがその密度は恐ろしいレベルになっている。
 それがこれだけ流れているんだ。触れただけで魂まで汚染される。気を付けろ」

全員が小さく首肯したのを確認して少年は迷いなく奥へと進み、皆も続く。
誰もがその道の選択に従っているのは彼への信頼もあるが経験者だからだ。
この中で最も教団との戦闘経験や知識が豊富なのがシンイチなのである。
そしてその証明といわんばかりに通路の先にあったのは広大な空間。
見上げれば地表近くまであるのではないかと疑うほどに高い天然の天井。
小さな村ならそのまますっぽり入るのではないかと疑うその広さの中に
変わらぬ石造りの床と壁。それらを取り囲むように縦横無尽に掘られた側溝は
進むごとに大きく、深くなっているようで神殿全体から集まる濃密な
呪刻水が蠢くようにしながらその空間の一番奥に向かっていた。

それは左右の壁際に並び立つ統一性の無い巨大な怪物の像の前を、
それらに監視されているかのような平坦な場所を突き進んでソコに向かう。
黒い炎をともす松明に彩られた石棺のような物体が置かれた場所。
その上にはΦにXを重ねた大人の背丈ほどの造形物が鎮座しており、
呪刻水はその石棺に注ぎ込まれていた。

「あれは祭壇……ということはここはいわば本殿ですか?」

「ああ、邪神教団では定番の形状だな。
 よくわからない邪神の姿を妄想して作った像と生贄を並ばす空間。
 あちこちから邪気で作った呪刻水をご神体らしきモノに注ぎつつ
 燃やすと黒炎を灯すだけの松明で飾って、教団の象徴たる印を掲げる。
 あのリーモア教の象徴にバツ印したような奴だ。わかりやすいだろ?」

「え、教団の紋章ってそういう意味だったのですか?」

他のいくつかの事柄も驚きだったが、そこが一番彼女らには意外だった。
指摘されるまでリーモア教のそれと円部分の大きさが違うこともあって
そういう由来だとは世界中の誰もが思ったこともないまさかの事実だ。

「しかし、誰もいませんね」

「そうだな。誰もいないな」

「いやいや! 信一、あそこ!」

「……わかってるよ」

勇者(カイト)が慌てたように指差す場所。この空間の出入り口と祭壇の
ちょうど中間に位置する場所には幾人かの吊るされた者達がいた。
左右に鎮座する巨大な石像が持つ錫杖が交差する所にかけられた縄に縛られ、
宙に浮かぶように吊られ、並ばされた老若男女問わない者達が数人。
全員意識はないようで沈黙し微動だにしないまま吊るされているが
生きている事は気配で少年達にはわかっていた。だがその真下には水量の調整用か。
あるいはそのため(・・・・)か呪刻水が一旦貯まる巨大で深そうな貯水槽がある。
あちこちから流れ込んできているせいか対流を起こして濃密な邪気が渦を巻いていた。
ここに入った瞬間からどちらも把握していた少年はどこか呆れたような顔で呟く。

「放っておけば呪刻水のプールにドボン、か……この手は5回目だな」

「ぷ、ぷーる? それなに信一?」

「……俺はお前の方がよくわからないよ」

日本人同士としては妙な会話だが今は横に置いて彼は意識と声を後ろに向けた。

「面倒臭いから、全員落としてこい」

「え?」

「かしこまりました」

「うへ!? かしこまらないでよっ!!」

常と方向性の違う物騒な言葉とそれを受けるメイド(ステラ)に慌てる勇者である。
冗談だと落ち着かせる少年の裏で彼女は何事か部下達に耳打ちして静かに下がった。

「では、私が風で縄を切って安全な場所に下ろしましょう」

リリーシャがそう提案して反対案が出なかったため短く言霊を紡ぐ。
途端10本足らずの縄は裂かれ、全員が風のクッションで受け止められた。
そしてそのままゆっくりと平坦な場所に下ろす。

「相変わらず繊細なコントロールだ。
 いったい同時にいくつの風を操っているのやら」

手際の良さと風魔法の数に羨望が混ざった感心の声をもらすシンイチ。

「あら、あなたも同じことはできるでしょう?」

「結果は同じでも過程が違えば意味も違う。
 技量値による力技、っていう矛盾した話だからな、俺のは」

自慢にならないと自身に呆れながら彼女と共にその人たちの元へ歩み寄る。
カイトだけはもう走り出して意識のない彼らに声をかけて無事を確かめていた。

「姫様この人ケガしてる! 診てあげて!」

そしてある女性を抱え上げてそう訴える。見れば確かにその腕に赤い流血がある。
世界一と評される彼女の腕前はこの中で全体的に高く、治癒魔法も得意だ。
即座に駆け寄った姫はその傷を治療し始める。

「………勇者(あいつ)のナチュラルに都合のいい動きをするのもある種才能だな」

それを口許だけを歪ませながら彼が見据えているのを誰も気付いていなかった。

「っ、ここは……?」

出血が止まり、体にあった傷が塞がりかけた頃、その女性は目を開いた。
見たところ純粋ヒューマン種で姿格好はいかにもな一般的な服装である。
だからか勇者と姫はそれぞれで笑顔を浮かべた。

「あ、目が覚めた!?」

「いま傷を塞いでいます。
 すぐに済みますから──────その物騒なモノは手放した方が身の為ですよ?」

尤もその意味という点ではそれは天地ほど差がある代物であったが。

「っ」

見る者を虜とするような美貌と高貴さがにじみ出る笑みに女は戦慄する。
だからこそその刹那に動き出していた。自らを抱きかかえた勇者と突き飛ばし、
袖口に隠し持っていた暗器の刃を姫の首筋へと突き立てんと繰り出した。

「ぐっ、な!?」

「うふふ」

響いたのは誰かの苦悶と驚きの声と甲高い金属音。
そして彼女の視界を塞ぐような銀の円盤とその後ろから流れる優雅な姫の笑い声。

「リリーシャさまへの狼藉は許しませんよ」

暗殺者(かのじょ)の凶刃を遮ったのは銀のトレイ。その持ち主はステラ。
その存在を女は全く気付かなかった。気配を殺して控えるはメイドの必須技能。
彼女達はそれ自体が優秀な暗殺者足り得る技能も磨いていた。即席のそれで敵うはずもない。

「っ、全員かかれ!」

防がれたと判断した時にはもう声をあげていた。それで仲間による追撃が。
と、そこまで考えて応える声も動きも気配もない事にぞくりと背が冷えた。

「メイド長、捕縛が完了しました」

「ご苦労。そのまま転がしておきなさい」

代わりに届いた声で全てを理解した女は唇を噛んだ。
もはや見なくとも生贄の振りをした暗殺者は全員無力化されたと理解した。
そしていくら力を込めようとも銀のトレイはびくともしない。ステラによる
魔装闘法術の強化で一時的に名剣の一太刀でも絶てぬ強固な盾となっていたのだ。

「手が古いんだよ。
 教団にさらわれた人達かと思いきや実は全員教団員でした、なんて」

そこへ手段そのものを馬鹿にしてフードの少年は鼻で笑う。
5度目となるシンイチからすればあまりにも使い古された手であった。
だから最初に全員落とせと口にしたのだ。あとはその裏の意味を理解した
ステラの采配である。

「くっ、やはりまだ仕える者としてはステラに及びませんか。
 意味がわからなくて手伝いも出来ませんでした。悔しい!」

どこから取り出したのか。否、自らの毛で作ったハンカチを噛むヨーコ。
彼女にじつはリリーシャも薄ら勘付いていて自ら囮になった事は
いわないほうがいいだろう。

「なんだそういうことだったのか。勉強になるなぁ」

納得しつつその女の首筋に背後から剣を突きつけるカイト。
自身だけが見事騙されたことより他の者たちの動きに感心しているのである。
女はそんな態度に報告を受けていた以上に相手にされていない屈辱を感じた。
彼らにとって自分達はその程度の存在でしかないといわれているも同然。
そして実際にそれだけの力量差をいま彼女は痛烈に感じてもいた。
ステータスも技量も戦闘経験も人数も状況も何一つ勝っていない。
せめて一太刀、すらも不可能だ。命を賭けた所で誰にも届かない。
真っ当な手段では何をしてもこの者達には脅威とならない。
何かあるとすればそれこそ誰も知らない予想外の方法しかなく、
幸か不幸かその手段を女はとれた(・・・・・)

「我らが神よ、どうかお許しを!」

刃を突如逆手に持ち替えると躊躇いなく自らの喉に突き刺した。
これには全員が驚愕して本当に一瞬さしもの彼らも思考が止まった。
カイトだけが初めて見た自刃という行為に純粋に驚いていたが他は違う。
意外に思うかもしれないがこの邪神教において自殺は許されていない。
入信した時点で己が命すら邪神の所有物であり勝手に使う事は許されないからだ。
暗殺や兵士など死地に近い教団員であればあるほどその教えは刻み込まれている。
それゆえに捕えても自決される恐れはない代わりに容易に口を割らないと
テロ対応の現場や国政に関わる者達の間では有名な話であったのだ。

だがいくら思想統一しようとも、どんな組織、どんな教えであろうとも。
人の集団であれば中にはそれを都合よく解釈したり、狂信者であるがゆえに
目的のためにいくらか破ってしまうことをいとわない者達もいる。
女はまさにそう分類される側の教団員だった。そしてそれを今まで
表に出さなくてはいけない場面に遭遇しなかっただけに過ぎない。

だからこそ周囲の驚愕による一瞬の隙は彼女唯一の好機。
自ら絶った頸動脈からまるで噴水のように己が血が噴き出しているが、
女は勝ったと内心でほくそ笑んで人の枠組みを超えた狂気の笑みを浮かべた。

「下がれ! 浴びるな!」

一番早く我に返ったのは一番教団のやり口を把握していた少年だ。
知らなかったカイトは素直に従ったが常識を覆された彼女らはそうはいかない。
僅かに反応が遅れる。それでもそれは1秒に満たない時間差ではあったが
目の前で吹き出てきた赤い鮮血の前では致命的な遅れであった。

「リリーシャさま!」

突き飛ばすように姫を後ろに飛ばしつつ自らを盾として彼女はそれを浴びる。
これまでその白さを保っていたエプロンドレスが人の赤に染まって汚れた。

「ステラ!?」

「あははっ、邪神さまに栄光あれ!
 くだらない現世にこだわる愚か者には呪いあれ!」

自ら喉を切ったというのにその声はどこから出ているのか。
鮮血をまき散らしながら狂った笑い声と共に叫んで、そして糸が切れたように女は倒れる。

「離れていろ! くそ、一介の教団兵に()を持たせるとは!」

その事切れた死体の首にナニが突き刺さっているのか理解したシンイチは
誰よりも前に出て、それを処分しようと突貫し─────それが裏目に出た。
少年の腕がその(ツメ)に届こうとした瞬間に黒煙を吐き出した。

「はっ、こんなもの俺に! なっ!?」

遺体を一瞬で飲み込んだ邪気の黒煙は巨大な腕のような形状となると
来るならこいと挑発的に身構えたシンイチを無視してその背後に飛んだ。
突き飛ばされ尻餅をついたままのリリーシャと鮮血を浴びたステラへと。
彼は同じ存在(・・・・)として認識され、気にもされなかったのだと後に知る。

「させません!」

仕える者として、ロイヤルガードとして半ば反射的に彼女は動いた。
姫を抱えて黒煙の腕による一撃を避けるように大きく跳び退る。

「あっ、なっ!?」

はずだった。

「ステラどうしたの!?」

跳ぼうとした途端、足から力が抜けて姫を抱えたまま膝をついてしまう。
どうしたことか全身にまるで力が入らない。気を抜けば守るべき姫ですら
床に落としてしまいそうになっている自分に彼女自身が狼狽えた。
それでも迫る黒煙の巨腕を前に転がって避けたのはさすがの反応だ。
されど邪神の一滴を、その力の一端を彼女らはまだ軽んじていた。

「あっ」

避けたはずの腕。
されどそれは所詮邪気の黒煙がその形状をしているに過ぎない。
強烈な脱力感の中にいるステラの足をそこから伸びた別の腕が掴んでいた。

「きゃっ!?」

咄嗟に彼女は─誰かの真似をするように─無理矢理体に魔力を通して
思い通りに動かぬ肉体を強引に操り、近くにいた部下()に姫を放り投げる。
相手が無事に受け止めたのを確認して、ステラが安堵したのと。
姫や妹たちの前で彼女が黒煙に引きずり込まれたのは同時だった。

「ステラッ!!」

「リリーシャさまダメですっ!」

そして黒煙は呪刻水の奔流の中に飛び込むようにして消えていった。
そこはもう人一人を呑み込むほどの深さと広さがあって彼女の姿を隠す。
姫はそれを追おうと側溝に近付こうとするがメイド達に羽交い絞めにされた。
だがその前で(・・)灰色の外套が翻る。そんなものは邪魔だと脱ぎ捨てた少年は
彼女が引き留められた時には床を蹴っていて、呪刻水の奔流へと飛び込んだ。
ドプンという妙に重厚感を覚える水音がゆっくりと響いたように感じられた。
おおよそ何が起こったのか殆どの者が把握できていない中、そこへ。

「ふ、ははははっ! 噂の第二王女は仕留められなかったが
 アースガント最強と名高いメイド人形を始末できたのは僥倖だ!」

「っ!」

そこへ楽しげで、そして明らかに嘲りが入った笑い声が突如本殿内に響く。
声の主を探せば祭壇の石棺を囲むように特徴的色合いをしたローブ姿の男達がいた。
まるで闇のような濃い黒と血のように鮮やかな赤が入りじまった意匠はどこか
人を不安とさせる不気味な雰囲気を醸し出している。高位の神官なのだろう。
そのローブには金の刺繍で教団の紋章が大きく刻まれていた。
尤もそんなものは彼女らの眼には全く映っていなかったが。

「お前達は!?」

「くははっ、それにしても蛮勇ですな、あの子供は。
 信者であっても呪刻水の中に跳びこめば数秒しかもたないというのに。
 自殺願望でもあったのだろうか。それともまさか助ける気だったのですかね」

躊躇のない耳障りな高笑いが響く。攻め込んできたくせに物知らずだと彼らは笑う。
黒い黒い邪気の塊。呪いを刻み込む水。これに触れて正気でいられる人間はいない。
飲み込まれた者がいても諦めるしかない。だからこそこれは彼ら邪神教団にとっても
扱いづらいが驚異的な必殺の手段であるともいえた。が。

「そのまさかに決まってるじゃないか。無知な神官たちよ」

勇者はここにきて初めて不敵な笑みを浮かべると剣の切っ先を彼らに向ける。
まさにお前たちの指摘通りだと。その顔と声にあるのは哀れむような色であった。

「……なに?」

「なるほど、あまりに物を知らない相手に憐憫の情を抱くとはこういう事か。
 少し前まで信一によく叱られてた理由が今ならわかるよ───でしょ、みんな?」

そして最後に誰かに問いかけるような声を発するとそれに応える声があった。

「───同感でございます」

神官たちのその背後から。

「っっ!?」

気付いて振り返る者。咄嗟に距離を取ろうとした者。呪術を放とうとした者。
ただどれも彼女達を相手にするにはあまりにも遅く、隙だらけであった。

「ぎゃああぁぁっ!?!?」

誰かの、あるいは神官ら全員の聞くに堪えない絶叫が轟く。
自らが纏うローブに本物の赤が降り注ぎ、誰かのナニカが宙を舞った。
背後からの不意打ち。それで重傷を負わされても誰も息絶えてはいない。
なにせ彼女達は優秀だ。ロイヤルガードの役目すら持つこのメイドたちは
暗殺者にも対応できねばならず、またそこから情報を引き出す役目も持つ。
ありていにいえば“どこまでなら殺さずに痛めつけられるか”も熟知していた。
また彼女らも魔法大国の一員だ。全員治癒魔法は一般以上に使いこなしている。
四肢をすべて切り落としてもショック死させないぐらいは朝飯前といえた。
あくまで、例え話、ではあるが。

「ひっ、がっ、ぎゃ……あ゛あ゛っ! な、なぜ!? いつのまに!?」

崩れ落ちた誰か─最初に高笑いをした者─が痛みに悶えながら何故と問う。
彼らは知る由もないだろう。最初からこれは予定された流れであった事を。
邪教の神官達はいくつも手段を用意して罠を仕掛けた。うまくはまれば
相手を一掃し、それすら破られるなら逃走しようと画策していた。
きっとそう考えるだろうとシンイチに読まれていたとも知らずに。
だからこそあの女の暗殺には攻撃を防ぐ以上のことをしなかった。
殺すことも意識を奪うこともせずに最後の手段を使わせるために。
それがシンイチとステラの想定以上の代物だったのは否めないが、
元よりそれが成功し姿を見せた高位の者達の捕縛が潜ませた彼女らの役目。
その際、予定より過剰に痛めつけたのは大丈夫だという確信があっても
抑えきれない心配と怒りの感情を叩きつける相手が欲しかっただけの話だ。
彼らがこれまで奪ってきた命の数を思えば当然の罰ともいえたが。

「きさまら! あ、ぐっ、な、にを平然と……し、死んだのだぞ!
 呪刻水に呑まれてっ、醜く歪み、末端から朽ち果て、何をそんな平然と!」

だがそんな感情も能面のような無表情さに隠されては伝わらない。
彼らからしてみればあれだけ親密に談笑していた相手を失ったというのに
動揺も見せずに自分達を冷静に襲った彼女らはおそろしく不気味に映った。

「そんなの当然じゃないか。何も問題がないからだよ」

しかし神官たちの疑問に答えたのは油断なく剣を構えたまま近寄る勇者。
そしてそれに続くように平時のように歩み寄ってくる姫と狐耳の従者。
表情は笑顔だがその威圧感はあらゆる邪法を知る彼らでさえ本能的に怯ませた。

「ええ、まったくです。なんて可哀そうな人達。
 自分達がいったい誰と戦っているのかもわかっていない。
 いまステラを救出せんと躊躇なく飛び込んだ彼が、あの人が、
 やってできなかった事など一つもないのですから」

「主様って根本的に出来ない事はしない主義の人ですからね!」

「………出来る範疇のことならどれだけ危険でもあっさりと
 やってしまうので見てる方としてはかなり心臓に悪いですが」

ただその後ろで幾人かのメイドたちだけが無表情ながらに溜息を吐いている。
そこには一切の不安はない。焦燥する様子もない。演技とも思えぬ落ち着きがある。
それが勝利を確信していたはずの神官たちにはまるで理解できなかった。
世の真理を知らぬ愚か者と蔑む視線が容赦なく邪教の神官たちに注がれる。
おかしい。なんだこいつらはと奇しくも最初に迎撃に出た兵達と同じ感想を抱く。

「う、がっ!」

「ほら、呆けてないで顔をあげて。
 見た方が早いよ……自分達が完膚なきまでに信一に負けるところをさ」

勇者によって痛みに歪む顔を無理やり動かされ祭壇下の光景を見させられた。
生贄を並ばす平坦な場所にいくつもの側溝が迷路のように伸びて祭壇に繋がる。
そこに流れる呪刻水は変わらぬ量と邪気の濃さを今も見せつけていた。
だが、確かに勇者の語る通り“異変”はもう起きていた。

「ぐ、なっ、なんだあれは?」

側溝のあちこちで巨大な水泡が弾ける。いくつも、いくつも。
続くように小さな爆音が響いてタールのような呪刻水が水柱をあげる。
そしてそこからは強烈な“黒い光”が見てとれた。黒い水面からその光が
視認できるのは呪刻水を凌駕するほどの強い黒の輝きをそれが放っているからだ。
だから誰かは思った。底が見えない黒い液体の下で何かが蠢いている、と。
そして神官たちはどうしてか本能的な部分を超えてそれに怯えた。
あの光は決して自分達が逆らってはいけない代物だと魂が萎縮する。

「うふふ、今度は耳もよーーく傾けなさい。
 主様の勇ましいお声が聞こえるでしょう?」

そう耳元や怪しい声で囁かれ、反射的に耳に意識が集中する。
確かにその水底から何か音が、声が、徐々に大きくなって聞こえてきた。



───────ぉぉ…っ……おお……うおおおおぉぉっっ!!



ただの雄叫びとしかいえない声がなぜか力強く呪刻水の底から轟く。
そして叫びに呼応して呪いの水が次々と爆ぜているのが見て取れた。
神官らはどうしてかそれを呪刻水が怯えているようだと感じてしまう。

「そんなっ、そんなバカなこと!」

「ありえんっ、あり得るはずがない!」

すぐさまその考えを理性から否定するがまるでそれを見計らったかのように
一際強烈な黒い光が放たれて、全ての側溝がその輝きに呑みこまれていく。
そしてその閃光が収まると呪刻水はまるで蒸発したかのように消滅していた。

「………ごちゃごちゃうるせえぞ、黙らせろ」

そして何もなくなった側溝の底で黒光の起点となった少年が
不機嫌そうな顔でそびえ立ちながら神官たちを睨み付けて言い放つ。
いくらか衣服を汚しつつも五体満足ではっきりとした自我を見せて。
その腕には同じような状態の一人のメイドをしっかりと抱えていた。

「ひっ、なぜだ!? なぜあやつは無事なのだ!?」

「あ、あの顔、異世界人?
 黒髪、少年……呪術への耐性…あ、ああっ、まさか!?
 あちこちの支部を一人で壊滅させているというあの!?」

そこで初めて彼の顔を視認した神官達は最近教団に流れる噂を思い出す。
昨今まるで予兆の無いまま突然攻め込まれて壊滅する支部が増えていた。
それを行っているのは異世界人の黒髪の少年で邪神の力すら全く通じず、
既にいくつかの分体を破壊されてしまっているといわれていた。
眉唾だと鼻で笑っていた彼らもこれを見れば信じずにはいられない。
時すでに遅し、ではあったが。

「なんだ、君たちの間だと有名人だったのか。
 だから信一わざわざフード被って顔を隠してたわけか。さっすが!」

その存在と顔を知られている可能性を考えての行動だったのだと感心しながら
流れるような自然な動作で勇者は彼の指示通り神官達の意識を奪って黙らせた。
その間に姫とヨーコ、数名のメイドたちが側溝から上がった彼の元へ駆け寄る。
シンイチを信頼し神官らにもああ言ったがそれと心配する感情は別の話なのだ。
しかし彼女らが何かをいう前にシンイチは簡潔にメイドたちに告げた。

「あとは任せる」

そして一瞬外に向けた視線に意味を察した彼女らは応えつつも問うた。

「かしこまりました……メイド長は?」

確かにそこに彼女はいたが顔色は土気色でその目は閉ざされ、呼吸音が聞こえない。
否が応でも、まさか、もしや、という最悪を想像させられる状態だった。しかし。

「任せろ」

「は、はいっ! では残りの掃除はお任せを!」

その短くも確信のある言葉に彼女らは幾人かを残して神殿内に散った。
彼らは最短距離でここまで来たため手を入れてないところがある。
他の領域の完全制圧。いまここでそれを乞われたのなら
必要なことなのだろうと彼女らは判断したのだ。
事実今から彼が行おうとする事は慎重を期す必要がある
余計な邪魔は極力排除しなくてはいけなかった。

「シン、ステラは!?」

「少し離れてろ………ステラ、すまん。
 許せとはいわんが俺はこれしか方法を知らない……いまお前の運命を捻じ曲げる(・・・・・)

彼女の肩を抱くように支えながら自身の腰を下ろして床に寝かす。
そして意識して自らの口で常に紡いでいる打消しの声を止めた。
今から可能性を消し去る。来てほしくない、そうなってほしくない未来を破壊する。
余分なそれらがなくなれば残っているのはどれだけ可能性が低くともそれだけだ。

「“俺の声を聞け、ステラ”」

あらゆる聞こえない可能性が消滅する。
もはや生気の欠片もない顔の彼女を抱えたままぎゅっとその手を握る。
そこに血液の、命の脈動はないがまだそれは“死”という結果に届いていない。
そして固く閉ざされた目を覗き込むようにシンイチは静かに語りかける。
因果律にさえ干渉できるその邪神(かみ)の声でもって。

「“壊れるなステラ。飲み込まれるなステラ。自分を保てステラ”」

壊れる運命が途切れる。飲み込まれる運命が覆される。保てない運命が死ぬ。
途端に彼女の体が暴れだす。だがそれは彼女がではなくその肉体が脈動していた。
まるでその“中”にいるモノが苦しみもがいているかのように。

「“てめえ程度が汚していい女じゃないんだ、とっとと出ていけ!”」

「あっ、が、うっ、ぁぁぁっっ」

ただその一言で出ていくことしか許されなくなったソレはされど、
彼女の喉や口の中で蠢くように脈動して牛歩戦術のような抵抗を見せていた。
存在が遥かに劣る邪気の塊でも同じ属性同士では神言の効き目が僅かに弱まる。
時間さえかければそれでも自発的に全て体外に排出されるがそれでは遅すぎる。

「っ、許せよ」

舌打ちと共に、されど躊躇いを見せずに人工呼吸の要領で唇を合わす。
そうして出かかったモノを咥えこんで一気に引きずり出すと放り投げた。
ドスン、と床を響かせる音を出したソレは周囲に妄想の邪神像を
模倣したかのような異形の姿をとると本殿内を震わすような咆哮をあげた。
天然の天井間近まで迫った巨体を震わす粘着質な質感の巨大な人型。
それが自らを波立たせながら次の獲物を探すかのようにその目を光らす。

「“消え失せろ!”」

だが短くも明確な神の声と共に神気を叩き付けられその巨体は刹那で滅した。
死とも破壊とも違うこの世界から存在する可能性が失われた完全なる消滅。
跡形どころか残滓すら残せずにソレは無くなり、誰も注視してない場所に
放置されたあの(ツメ)は砂となって崩れ、やがてその砂さえ無くなった。
邪神の爪。それがあの短剣の正体にして現存する中では最も数の多い分体。
それによって傷つけ溢れ出た血は疑似的な邪神の血という呪詛と化し、
ステラの身体能力を著しく低下させ黒煙が襲う目印になってしまったのだ。
尤もそれすらももう彼の神言で“消え失せて”いるが。

「“目を覚ませ”」

たかが一言で邪気の巨人と邪神の分体を消し去る。
それだけの所業をしておいて、されどそんな道端の石ころのことなど
知ったかことかとその意識と瞳はただただ真摯に彼女に向けられている。

「“そしてここに戻ってこい、ステラッ!”」

そして今ここに戻らない運命がこの世界では観測不可能な事象と化す。

「っ、ぁ、が、はっ、ごほっ、がはっ、う、ぁ、はぁはぁはぁっ」

息を吹き返し、何度も口を開閉させながら足りない酸素を求める。
瞬間止まっていた時が動き出したが如く命の鼓動を彼女は刻みだす。
握りしめていた手に体温とその脈が戻り、知らず彼は安堵の息をこぼした。

「ステラ!」
「メイド長!」

その様子に無事助かった事を察した彼女らが駆け寄る。
土気色だった顔も徐々に血色が整いだし、閉じられていた瞳がゆっくりと開く。

「……りりーしゃ、さま? おまえたち……わた、しは……」

いの一番に誰が覗き込んだのかを認識するとまだどこか
息苦しそうではあったがしっかりと言葉を紡ぐ様子に胸を撫で下す姫と妹達。

「私を庇って呪刻水の流れに落とされたのです。
 それをシンが助けてくれたのですよ。覚えていますか?」

「シ、ン?」

「おう、ギリギリ間に合ったみたいだな。どっかおかしい所あるか?」

声の状態を戻して普段の調子で言葉をかけた。
じつのところこれは本当にギリギリの話であった。
いくら神言でも終わった事を、0%()をひっくり返すことはできない。
あれは何もかも捻じ曲げられるがあくまで起こり得る事象を強要する権能なのだ。
逆に例えそれが天文学的な確率の低さでも“ある”のなら引き寄せられる。
これを予想しきれなった落ち度を悔やみつつ彼は間に合った事に心底安堵していた。
しかしステラはどこか焦点のあってない瞳を揺らめかすと彼を見つけて、止まる。

「っ!」

「………おい、ステラ?」

途端に彼女はその目を見開かせ、酸素を求めていた口で息を呑んだ。
汚染を排除して意識を無事戻したはずなのになにか様子がおかしい。
訝しむ彼を余所にその琥珀の瞳から突如として大粒の涙がこぼれ落ちる。

「え?」

「ステラ!?」

「メイド長どうしたのです!?」

「あ、ああっ、ぁああぁっ!!」

それはこの場にいる誰もが初めて目撃し、
そして彼女自身にとってすら初めてだった落涙と慟哭。
瞳を占領したその涙はとめどなく溢れ、ただただ彼女の頬を濡らしていく。
しかしそれでも涙に支配された視界の中でステラは彼だけを見詰めていた。

「ぅ、あっ、ぁぁ……ちが、う」

息苦しさか涙声か。絞り出したような言葉に、しかし誰もが首を傾げる中。
落涙しただけでは流れ出なかった感情が爆発するかのように彼女は叫んだ。

「違うっ、違う違う違う違うっ!!!」

「お、おい!?」

突如として起き上がった彼女に胸倉を掴まれる。
まだ全快はしていないのだろう。その力は驚くほど弱い。
されどその必死な形相と声をシンイチは拒絶することができなかった。
周囲の者達もステラの突然の行動に先程以上に思考が止まっていた。
だから誰もがその叫びをただ聞くことになった。

「あなたは何も悪くない! ないのになぜ!?
 なぜあなたがすべてを背負わされてこんな!
 こんなっ、こんなのひどすぎる! おかしいです!
 絶対に、絶対に違う! こんなことがあっていいわけがない!」

何を見ているのか。何を訴えようとしているのか。
涙ぐんだ琥珀の瞳が今にも罅割れそうに揺れながら彼を、彼だけを見ている。

「なにをやってるのですかあなたは!?
 どうでもいい他人ばっかり命懸けで助けて!
 傷だらけになって、痛いの嫌いなのに我慢してばっかり!
 なのに異世界で独りぼっちで、そんなのおかしいでしょう!?」

言葉に脈絡はない。彼女の伝えたい事は周囲には伝わっていない。
まるで彼女だけが何か別の光景を見ているのかように意味がわからない言葉。
ただそれが真剣で本気で、堪えようのない誰かの悲鳴なのは不思議と伝わっていた。

「あんな幼い時から、あんな!
 どうして、誰も気付かなかったんですか!?
 どうして誰もちゃんと教えなかったんですか!!」

だから誰も口をはさめず、拝聴者となるしかない。
これ以上はまずいとただ一人感じた誰かでさえ止められない。
力も弱く、普段の迫力もないのに有無をいわせない感情がそこにある。

「あなたは人間です! 絶対に!
 化け物なんかじゃない! あるものか!
 だってこんなにボロボロなのに、泣きそうなのに!
 なのになんでそんな平気な顔をしてるのですか!?」

信じられないと。どうしてなのかと怒るように、
されど同時に労わるようにその手が、指が、シンイチの顔に優しく触れる。
ガラス細工でも扱うように丁寧に、そこに存在することを確認するかのように。

「イヤだ、イヤです。こんなの、こんなこと! 認めませんっ!」

「ス、テラ……」

「だって、やだ……あなたがこんなっ!
 許すものですか、こんな目にあっていいわけが!
 わたし、あっ、ぁぁ、ああっ、ああああぁぁっ!!!」

彼女は言葉は終始支離滅裂でどこか繋がっていない。
されどそれゆえに必死な想いが伝わる叫びでもあった。
そしてもう言葉にすることすら限界が来てしまったように慟哭した。
少年(カレ)にしがみつくようにしながらその胸の中で大粒の涙を落とす。
違うのだと。認めないのだと。激しい嗚咽の中でもさらに言い募りながら。
だってそれではあまりにも報われない。あまりにも辛すぎると彼女は泣き続ける。
それを否定する言葉も、拒絶する手も、シンイチは持ち合わせてはいない。
されど同時に泣きじゃくる彼女を抱きしめることも彼は出来なかった

「………お、お前……まさか……」

誰よりも彼女の発した言葉の意味を正確に理解できてしまったから。

「主様?」

驚愕に歪んだ顔のまま行き場の失った手が無力にも落ちる。
同じ呪刻水の海に入って片や何も異常のない少年と片や汚染されかけたメイド。
シンイチが無事だったのは単純にあれと彼が同質で彼の方が高位な存在だからだ。
属性が同じであるならば下位の者が上位の者を汚染することはまず不可能だ。
だがその逆の現象は起こり得る。そしてそれは呑まれかけた彼女にも適用する。
自らの存在その全てが汚染されかけた彼女はいわばあの邪気の海と同化しかけていた。
そこにより高位な存在であった彼が助け出そうと触れた際に一方的に流れこんだのだ。
それこそ高い所から低い所へ水が流れるように、一気に。

「見たのか…………俺の、記憶を……」

応える声はなく、誰もが初めて聞いた彼女の慟哭にただただ耳を奪われた。





──────────────────────────────





「フリーレ、先生」

目が覚めて目の前にいたジャージ姿の女性にとりあえず声をかけた。
どうやら彼女と色々話をしている最中に連日の鍛錬に早朝の模擬戦、世界規模の監視。
そして昨晩の旅行手続の疲れもあってさすがの彼も居眠りしてしまったようだ。

「ん、なんだ?
 寝ていてもいいぞ、到着までまだ時間はある」

彼女もそういった事情をいくらか知っているので起こすような事はしなかった。
しようとしたところで膝上の生物が威嚇するのでどちらにしろ、ではあるが
その気遣いにヨーコの中でフリーレの評価が地味に上がっていたりする。
一方で起き抜けの彼はそこまで頭が回っておらず思った事をそのまま口にした。

「帰っていいか?」

「…………脈絡が無さすぎるがダメに決まってるだろ」

そうだろうなと思いながらも彼は言わずにはいられなかった。
だって、いま見ていた“ユメ”は明らかにいつものモノと違う。
はっきりいって厄介事や騒動の気配がそれだけで感じられる類のモノだ。

「夢見がおかしい……またろくでもない予感がする。帰りたい」

「そんなワガママが通るか!
 というかまたってなんだまたって!?」

よく解らない理屈に彼女は吠えるが彼の視線は既に周囲に向いていた。
元より起き抜けで頭が働いていなくとも周囲に誰がいるかくらいは把握している。
ヨーコが大人しくしている時点でそれが友好的な存在なのは明白なので
警戒というよりは確認であり、そしてなぜという疑問からであった。
何せ余裕あるソファの真ん中に腰掛けていた自分の周囲は既に埋まっていた。

「それよりもなんで起きたら周囲が女だらけになってるんだ?
 いや、まあキレイどころばっかなので男としては嬉しいことこの上ないが」

尤もその顔ぶれには文句などなかったらしい。
あはは、とどこかわざとらしい気障な笑みを浮かべたシンイチである。

「………起きてすぐにそういえるのはもう病気だと思うよイッチー」

とは彼から見て窓側の隣に座るミューヒ・ルオーナ。
目は半眼気味で彼を睨んでいるが狐耳はひょこひょこと揺れている。

「まあ、きれいどころだなんて、お褒めにあずかり光栄ですわ」

その反対側で優雅に腰掛けつつ頬を染めたのはアリステル・F・パデュエール。
豪奢な縦ロールがシンイチにかからないよう気遣いながらも心底照れていた。

「な、なんか、あたしだけ場違い感が半端ない。
 あんたよくこれだけの人たちに囲まれて平然としてるわね」

向かいのソファの空きスペースに座っているのはトモエ・サーフィナ。
学園女性陣トップ3といってもいい教師と生徒を前にして緊張しているらしい。
本人は彼が口にしたキレイどころに入っているつもりがないのでそこは平静だが。

「どうやらお前のことが気になってやってきたようだ。
 それぞれ別々だったが私への用事という名目を掲げられては無下にもできん」

真正面に座っているフリーレ・ドゥネージュはそういうことにした、と
彼女らの訪問をシンイチに説明するとどこか喜ぶような笑みを浮かべていた。
どうやら彼の事を案じて自主的にやってきてくれたのが嬉しかったらしい。
その視線には当人の交友関係の薄さから納得いかないものがあったが
それをここにいる生徒達の前で追及するのはやめておくシンイチである。
彼にも慈悲はあるのだ。ちなみに彼女もまたキレイどころに自分を入れていない。

「お前らもそんな感じ?」

「まあね、色々渡しておきたいものもあったし」

「あんな連れ込まれ方をしたら少しは気になるっつーの」

ソファから離れた別の席に腰掛けている男子生徒二名にも声をかけた。
ある程度事情を知っていて人目を気にせず各種武装を渡せるのは
学科も学年も違う自分には今しかないだろうというヴェルナー・ブラウンと
集まるビッグネーム持ちの女子生徒にこれはトモエも送り込まなくてはと
妙な使命感から連絡をしたシングウジ・リョウである。
搭乗時の出来事を見聞きできない彼女が来たのはそのためだ。

「あ、そうだイッチー、喉乾いてない?
 ここ機内サービスは自動なんだよ、ほら」

そういってミューヒは肘掛けにある何かしらのボタンを操作した。
すると床からせり上がるようにして現れたのは一つのトレイ。
そこには飲料の入ったプラスチック製を思わせるコップが乗っていた。
唖然としたのはシンイチとヨーコだけなので他の者には普通のことなのだろう。
彼としてはどことなく技術の無駄遣いに思えてならない微妙さを覚える。

「はい、どうぞ」

「あ、ありがとう」

なぜかそれを先に受け取ったミューヒからさらに受け取ったシンイチは
匂いと液体の色合いからリンゴジュースと判断するとそのまま口をつけて喉を潤す。
さすがVIP席というべきなのか自販機で売られているような代物とは雲泥なほど
喉越しのすっきりとした味わいや香りが違うと感心しながら嚥下していく。

「ところで────」

「ん?」

そうして舌鼓を打ちながらコップに口をつけたまま視線だけを彼女に向ければ、
それを待っていたかのように嬉しそうにミューヒは微笑んでソレを告げた。

「─────ステラって誰?」

「ぶぐっ!? ごはっ、がはっ、なに!?!?」

彼女から出てくるはずがない名前の登場にさすがの彼も盛大に咽た。
それだけ驚いたという事でありここに集った面々には珍しく映る表情だった。
どうしてその名前が出てきたのかと慌ててさえいるのだから余計に、だ。

「ある意味すっげぇよな。
 これだけの女に囲まれていて別の女の名前寝言でいうとか」

「寝てたから当然なんだけど知ってても言いそうだよね、彼。
 普通なら修羅場キターーーってところだよ……彼じゃなきゃね」

それを遠巻きにしながら見ていた男子二名はそれまで交流が無かったのが
嘘のように意見を同じくしてうんうんと頷き合うと呆れるような視線を送っている。
正直な話、彼が目を覚ます直前に連呼されたその名前に若干空気が重かったのだ。
やっとそれから逃げられる。あるいは張本人に押し付けられると彼らは安堵した。

「ちょ、ちょっと待て、まさか俺なにか口走ってたのか!?」

「うん、寝言ですっごく必死にその人呼んでたよ」

「他は何を仰っているかよく聞こえませんでしたが名前の方ははっきりと」

「マジ、か………」

一方で寝言を聞かれたという事実に純粋に恥ずかしがりながらも
聞かれたのが名前だけだったという点で心底安堵するシンイチである。
念のため視線で確認すれば膝上のヨーコが苦笑しつつも頷きを見せた。
本当に他には何も聞かれなかったようだ。

「で、ステラ、って誰なのよ?」

「もしかして………イッチーのイイ人?」

周囲のメンバーによる緊張もあってか。
微妙な不機嫌さを醸し出しながら直球で問いかけるトモエと
それに合わせつつも笑顔で物議を醸す可能性を口にするミューヒである。
アリステルは無言ながらも意識を全力でこちらに向けて耳をすませている。
本来ならそんな空気(圧力)に15歳の少年は耐えられないだろうがこの男は別だ。
尤もフリーレだけその空気の変化に気付いていなかったりするが。

「あのな、そんなんじゃねえよあいつは……」

「あいつは?」

女に囲まれるのもやいのやいのと姦しいのも異世界のメイドたちで経験済みだ。
だからさして動揺もせずにきわめて普通に答えようとして、言葉が止まる。

「………………」

奇妙な間を発生させた彼は急に口を閉ざすと顎に手を置くようにして
わかりやすい考え込んでいるポーズを取ると徐々にその首を傾げていく。

「………………あれ? あいつと俺、どういう関係なんだ?」

「聞いてるのはこっちだよイッチー」

なんだそれはと呆れるようにいうミューヒだがシンイチは真剣である。
ステラと自分との関係がなんであるかを適切に言い表す言葉が見つからない。
彼女はメイドではあるがシンイチのではないのでそれは適切ではなく、
他人との関係性を表現するいくつかの言葉の中から正解が見当たらない。

「説明しにくいなぁ……本人を見せたら一発な気がするんだが……」

「キュ、キュウ……」

いわれてみれば、と膝上で鳴くヨーコも同じく首を傾げていた。
彼女もまたステラと主人の関係を表す言葉を思いつくことができない。
見ているだけでなんとなく理解していたので考える必要がなかったのだ。
主従揃って同じポーズで悩んでいるため周囲も本気で分からないのだと
理解したのかこのままだと埒が明かないと思ったのかより直接的に問うた。

「……えっと、もしや恋人?」

「そうだったことはないなぁ」

「ではご友人、でしょうか?」

「あいつを友と呼ぶのは何かすごく嫌な予感がする……」


──そうですか、友人、ですか

──あなたがそういうなら、そうなんでしょうね


「……無表情で拗ねている姿が容易に浮かぶぞ、おい」

「キュイキュイ」

確かにそうですね、と思い出すように首肯するヨーコである。
無表情なせいか理知的にみえるがその実妙な所で子供っぽかった。
一方でそんな親密さを伝えるエピソードと楽しげな彼の顔にざわっと
した空気が流れるVIP席である。シンイチ以外の男子がびくりと震えた。

「じゃ、じゃあ定番の親友以上恋人未満とか?」

「定番ってなんのだよ……まあ、なんとなく近い気はするけど」

「近いの!?」

とりあえず口にしたが思わぬ答えに声をあげたミューヒである。
ただシンイチはその様子を気にした風もなくもう一度を首を傾げてみせた。

「けど、なんか違うんだよなそれ」

それは近いは近いがナニカが根本的にずれているように感じる表現であった。
ならば正答はなんなのかと唸りながらより深く考えだした彼は瞬間ポンと手を叩く。

「あ、たぶん戦友以上夫婦未満(・・・・・・・・)だな!」

「だいぶあいだが抜けてるよ!?」

本人はそれなりに納得しているが周囲からすればまさかの答えである。
ミューヒでなくともそんなツッコミを入れたい表現であろう。
空気の変化には鈍感だったフリーレですら唖然としていた。

「ふ、夫婦手前……くっ、既にいくらか出遅れていましたか!」

「随分と親密な関係なようで……道理でこいつ女の扱いに慣れてたわけか」

アリステルは驚きつつもこれから挽回ですと小さく拳を握り、
トモエはどこか面白くなさそうな顔ながら妙な方向から納得していた。
尤も当人はその表現にも完全にはしっくりきていないのかまだ首を傾げている。

「もしくは………ああ、あれだ────別れた元・女房」

「キュキュキュッ!」

それだ、といわんばかりの賛同の鳴き声にされど周囲の面々は目を瞬かせた。
これには我関さずでいた男子二名も唖然とした表情を浮かべて絶句する。
とてもではないが高校生が使うにはあまりに不適切といえる表現である。
ただ彼と一匹の間で通じている様子から“間違いではない”とは感じさせた。

「………余計にわからなくなってきたよイッチー」

ゆえにそれがこの場にいたシンイチとヨーコ以外全員の総意である。
ミューヒに至ってはからかうつもりが逆にこちらが疲弊させられた気分だ。
戦友以上夫婦未満ながら別れた元・女房のような関係。男女の機微に
疎い面々であったこともあり誰一人それを理解できなかった。
そうではない者がいたとしても理解できたかどうかは謎だが。

「しかし、なんでいま(・・)あの時の夢を?」

そんな周囲の動揺と困惑を軽く無視しながら疑問を声に出して呟く。
あれが伝えんとする何かしらの可能性を推理しようとするが結局答えはでなかった。
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