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帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

修学旅行編 第一章「彼の旅はこうなる」

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04-47 出発、までの話

今回のみプロローグは無し、というか転章とまぜちゃった。






「あ、つまりなにか?
 試験休みだけじゃ結局時間が足りなかったから修学旅行か?」

手元の作業を続けながら、それまで、の話を学生服の少年(シンイチ)は簡潔にまとめた。

「身も蓋もないが……実際その通りだから反論もできないな」

同じく作業中ながら長々と事情を語った身としては雑に感じるまとめだが、
たった一言で的確に言い表した内容にジャージ姿の女教師(フリーレ)は苦笑いするしかない。

「3、4日程度ではフィールドも校舎も隅々まで調査しきれなかった。
 どのみち警備や防衛システムは全取っ替え。外部に知れたのが確実なうえに
 どこまで誰に漏れたか何を仕掛けられたかも分からない代物を使い続けられん」

何せ学園に潜入していた相手は8年前(最初)からずっと学園に潜んでいたのだから。
その全てを知られ、何か仕掛けが施されているのではと警戒するのは当然であった。
学園運営本部は学園のあらゆるシステムを総交換して中身を作り替える決定を下した。
ネックになる資金もこの学園は両世界から様々な形で多額の運営資金を受け取っている。
警備システムを根本から取り替えるのを可能とする元手は十二分にあった。

「そしてそうなると、授業を続けたまま並行して、というわけにもいかないか」

「そういうわけだ」

調査するだけならそれも可能であったが取り替えるとなると話は別。
事実を公にできないため何のための作業なのか適当な理由を作って誤魔化すより、
元々さる事情から直前まで日程や行先を教えないガレスト学園の修学旅行は
生徒達を穏便に学園から追い出すのにじつに都合のいい手段であったのだ。

「けどその口ぶりだとアリア・バンスレットの協力者は結局分からなかったのか?」

しかし情報の流れが不明という発言から抱いた懸念を彼が口にすればフリーレは唸る。

「……相変わらず察しのいい奴だ。ああ、完全にしてやられたよ。
 内部に協力者がいた事までは覚えていたが(・・・・・・)誰かまでは思い出せない(・・・・・・)とさ」

「普通なら、ふざけるな、って机を叩く場面だな」

「それやってたな、取調官……まあそれはともかく。
 覚えてない事に気付いたあいつの動揺っぷりはとても演技に思えなかったから
 まさかと思って精密検査させたら脳に未知のスキルを仕掛けられた痕跡があった」

「先手を打たれていたか」

舌打ちと共に苦々しい声をもらす彼にフリーレは頷き、説明を続けた。
特定の条件下に対象者が陥った場合に指定した記憶を消してしまう。
アリア自身の様子と痕跡から僅かに入手できたデータの分析結果により、
そんなスキルを使われたという推測を彼女はもう一人の友人から聞いていた。

「さしずめ記憶消去スキルといったところらしい。
 読み取れたプログラム構成から精神スキルとは開発者は別らしいが、
 どっちも厄介な代物を作ってくれたものだ」

「完全な消去を狙って廃人のようにしなかったのはなけなしの良心か。
 それとも自らの技術力への自信とアピールか。どちらにしろ、ろくでもないがな」

何が、とは口にしないがそれだけでフリーレには意味が通じている。
なにせそれを仕掛けた側が学園内部の協力者であるのは明白だからだ。
そしてそれが誰なのかは分かっていない。

「まったくだ、気が重いよ。
 今回の旅行では引率する教師たちの監視役も押し付けられてしまった。
 私を信用してくれるのはありがたいが、私に内偵などできると思ってるのか!」

全力で後ろ向きな憤慨に、おい、と突っ込むシンイチだが実際同意見ではあった。
護衛役としては名と身が合っているが内部調査となると彼女は目立ちすぎる。
能力や性格的にそれ以前の話でもあるのだが。

「自慢げにいうなよ。まあわかるけど……その辺りは俺も手伝うさ。
 まあ、一番怪しい連中の大半は居残り組の方にいそうだが……」

「………まあな。
 技術科教員は取り換え作業に従事させるために殆どが残った。
 彼らの手を借りるのが結局一番リスクがない、というのがなんとも微妙な話だ」

今回の一件に協力した内通者が技術科の教師と決まったわけではないが
それでもやられた事を思えばそれをまず疑うのは至極当然でもあった。
また他の教員では広く動ける事務員として既に潜入できていたアリアが
協力者として欲する人材とは思えないという理由もあった。

ただだからといって作業の為に外部から技術者を新たに招くのも危険だった。
今回の事件とマスカレイドの存在からクトリアや学園はより注目を集める場所になった。
そこへ潜入できる道をこちらからわざわざ用意することにもなりかねない。
時間があれば入念な捜査や監視体制の上で外部の人間を入れることもできたが、
その時間が無いから生徒達を追い出す方便として急遽修学旅行が決まったのだ。
ならば内通者の疑いはあっても元々いた人間を使う方がいくらかマシだったのだ。
いるのは分かっているのだから取り替え作業と並行して監視・調査するしかない。

「一応俺も色々調べてみたが、証拠ありで怪しい奴は見つからなかった。
 とっくに処分されたか俺が予想も出来ない所に隠したか、厄介なことだ。
 能力や動機的に怪しい奴は一人か二人ならいるんだが………」

「それは城田先生と……兄さん、だろ?
 彼女は技術力の高さと周囲からの評判の悪さで一番疑われているから
 本人の希望もあって旅行組に入ることになった……気を付けろ」

「マジかよ……」

一般的にはギリギリその狂気を隠せている城田奈津美という科学者が
いま一番誰に興味を持っているのかをその当人と副担任は理解していた。
だから連れていきたくはないが、残しておくのも不安過ぎる人物だった。
元より存在自体が限りなく黒に近い灰色なのだから。

「まあ、あの先生を残して作業させるよりは安心か」

心底嫌そうな顔をした彼だが目が届く範囲にいた方が精神的にはまだ楽だ。
そういって納得しつつも結局彼女が口にした兄への疑いを否定はしない。
せめて直接話題にしないのが精一杯のシンイチの気遣いである。
フリーレとしてはその候補に実の兄がいるのが色々と不安なのだった。
やっていないと信じたいが彼の心情や境遇を思うと動機はなくもない。
また純粋な技術者として見ればフランクは非凡な腕前を持っている。
それがわかるだけに微妙に気分が重く、表情も雰囲気もどこか暗い。

「………ま、それはそれとして帰るときにはお土産ぐらい用意しろよ」

背中を向け合っていても感じるそれに彼はいっそ露骨なほどに話題を変える。
その気持ちを察してフリーレは素直に話に応じるも首を振った。

「いや、そういう同僚向けのものは別に担当の先生がいて私は……」

同僚への監視役もあってそういう役割は受けてない、というが
シンイチにいわせればそれはあまりに消極的な態度であり下手な言い訳だった。

「あのなぁ………妹が! 兄に!
 旅行のお土産を買うぐらいしろといってるんだこの馬鹿!」

だからか。
本当に関係改善する気があるのかと思わず大きな声を出してしまう。

「うおっ!? きゅ、急にでかい声出すな! 手元が狂うかと思った。
 だいたい今の状態じゃ買っても受け取ってもらえるかどうか……」

挨拶攻撃は続けているものの良い反応をしてもらえているとは思い難い。
それまでを思えば挨拶が出来ているだけでも進歩といえるのは嘆くべきか
褒めるべきかシンイチとしては他人事に思えないだけに頭が痛い。

「そんなの居残った先生方全員に、という形にすれば問題ないだろう。
 技術科教員達へ交換作業に対する差し入れという形を取れば不審がられないし、
 あっちも皆で分けてくださいと言って渡された物は無下にもできないだろう。
 その時お前の兄貴にだけ何かを渡せれば文句無しだが……」

「おおう、その手があったか!」

作業中でなければ手を叩いて感心しそうな声色に盛大な溜め息が漏れる。
いくらなんでも、コレ、は本当に自分より10近く年上の大人か、と。

「あのな……礼儀知らずの人見知りに教わってる時点で恥だぞ、フリーレ先生(・・)

「うっ」

殊更に先生を強調した呼び方に大人としての自尊心をずたずたにされる彼女だ。
元よりたいしたモノは持っていないがそれゆえに簡単にボロボロになってしまう。

〈どちらにせよ────爆弾解体中(・・・・・)の会話ではないと具申いたします〉

「キュー、キュキュキュッ」

がっくりと肩を落とした主人の意識を別に向けさせるためか。
それとも遠回しにも手元に集中しろというのか彼女の端末から白雪は訴えた。
一方でシンイチの頭の上に居座るヨーコは楽しそうな鳴き声を漏らしていた。
言葉に訳すならおそらく『仲がよろしくて大変よろしいですねぇ主様』だろう。

そこは複雑に配管が張り巡らされた薄暗い空間だった。
広大ではあったが灯りが少ないため殆どは暗闇の中で先は見え難い。
シンイチとフリーレがいる周辺だけがスキルの灯りではっきりと照らされている。
ただそこにいたのは彼らだけではなく、どうしてなのか(フォトン)のロープで
簀巻きにされている男女が5、6名ほど気絶した状態で床に転がされていた。
そして二人はそれらの存在を軽く無視しながら約10センチ四方の黒い箱(爆弾)
それぞれで解体していた。尤もその方法はあまりにも正反対であったが。

「そうはいってもな、白雪。
 実際に処理をしているのはお前だから私は暇なんだが?」

両腕にのみ装甲を展開させた外骨格から伸びる細長い金属製のアーム。
そこからさらに工具のような形状の手が幾重にも伸びて黒い箱を崩す。
まるで製造工程を遡るように箱を分解していく手際はあまりに精密。
その操作は人工知能たる白雪によるもので文字通り彼女は手を貸しているだけ。
大きく腕を動かさない限りは邪魔することさえフリーレにはできない。

「それにこんな所で黙って作業してる方が集中が切れそうだ」

一方で頭上の鳴き声を無視しながら完全生身で爆弾をいじる彼の場合は
片手を翳して魔力(フォトン)を操作し残った手でかなり乱暴に解体(コワ)している。
外装の鉄板を潰し、数字のディスプレイを剥ぎ取り、コードを乱雑に引き千切る。
そしてそれらが繋がっていた箱中央にある小さな金色の結晶を彼が回収すると
もはやただの鉄くずと化した空の箱が出来上がっていた。内部の疑似フォトンを
爆発させる方式の爆弾では彼の前では無意味な模型でしかない。
ちなみに数日前の失敗からシンイチは黒い手袋をはめている。
指紋はつかない。

「……お前の場合は何に集中しているかよくわからないぞ?」

「それはまあ企業、いや個人秘密ということで」

どうしてと尋ねているというよりはなんだそれはと呆れる彼女にそう返す。
爆弾の火薬であり燃料でもある魔力(フォトン)を外部から操作できる事情を
知らないフリーレからすれば処理というよりただの破壊にしか見えない光景だ。
白雪に至ってはそれで何故爆発しないのか理解不能と呟かれている。

〈解体及び無力化終了〉

しかし同時にロボットアームを動かし続け、爆弾の解体を終えてもいた。
理解の及ばない現象を前にしても別で作業を続けられるのは人工知能の強みといえる。
それが最後の爆弾であったため当面の危機はそれで去ったといえた。

「ご苦労……しかしナカムラが5つ解体(バラ)してる間にこっちは2つか。
 助かったのは事実だが、なんともな……」

そのおかげで短時間で済んだとはいえ明らかに(こちら)の領分の作業ですら
遅れを取ったような事実に少しばかり納得できない顔をするフリーレだ。
シンイチはその様子に苦笑しながらもフォローする。

「時間なかったからな。
 けど出所の捜査やらでいくつかキレイに解体した物を残すべきだろう?
 俺がやると全部原形留めないスクラップ破片にしかならないぞ」

確かに、と頷いて彼と白雪が解体した爆弾を見比べれば元が同じ物だったとは
思えない状態で、力技で粉砕された方は分析や捜査に使うには些か難易度が高い。
実際に爆発した状態から捜査するよりは容易いだろうが無事である物の方が
様々な解析が楽であるのも事実である。

「おや、さすがに来るのが速いね。通報から5分か」

不承不承ながらそれで納得した彼女の背後から複数の光源と物音が近付く。
これらを見つけた時からここの(・・・)関係者には人払いを頼むと同時に
関係各所にはフリーレが通達しており、それが駆けつけたのだった。

「じゃ、あとは任せる」

「ま、待て!」

顔を合わすと厄介しかないシンイチは足早に去ろうとしたが女教師は肩を掴む。
これにはさすがに意外そうな顔で彼女に振り返ると怪訝な視線を向ける。

「……俺がいると色々ややこしいだろ?」

「お前がこのテロリストどもを見つけたんだろうが!
 せめて発見者として残って説明してけ! 私は爆弾処理を手伝っただけだ!」

──それ以外は何も知らないんだぞ!
そう言い募られてそうだったと彼はげんなりした様子で溜息を吐く。
尤もそんな態度を取りたいのは本来はフリーレの方であろう。
いつの間にか姿を消したシンイチから不審人物と爆弾発見の報告。
すぐさま手回しをしたあと駆けつけて共に爆弾処理をやったのだから。
余談だが修学旅行に至る経緯を説明したのは彼に求められたからでしかない。

「わかった、じゃあこういうストーリーな。
 俺は不審な動きをする連中を見つけた。先生に報告して、先生が後をつけたら
 ここに爆弾を仕掛けている所だった。不意打ちで全員を気絶させて爆弾処理。
 2つ解体した所で時限爆弾のリミットが近づいたため残りを急いで解体した、と。
 ここに俺が残っているのは発見時の様子を喋ってもらうため、でいいな?」

「お、おう、そ、それでいこう。
 相変わらずそういうの本当にうまいなお前」

事実や現状から大きく逸脱せずに周囲が納得しやすいお話を作り出す。
厳密にいえば物事の順番を入れ替え、彼の部分をフリーレにしただけだが、
彼女からすればこれを咄嗟に思いつける事に感心半分呆れ半分の心情だ。

「それじゃうまいことやるから話合わせろよ、お前ら。
 面倒だからさっさと終わらせて出発しよう」

そういって彼は声が届きだした警官達を見据えながら意味ありげに笑う。
頷きを返すフリーレではあったが何をやらかすのかと少し顔がひきつった。
だが彼はその予想を悪い意味で(・・・・・)裏切り、不審者を偶然見つけたただの学生を、
自分達の身近に爆弾を取り付けられた事に怯える子供を見事に演じきり、
彼らの同情と称賛を勝ち取ると「今日はここまでにしてくれ」という
フリーレの言葉に説得力を持たせて事情聴取から逃れたのであった。
無論、顔色さえコントロールした演技力に彼女は内心頭を抱えたが。

「お前そういうことができるなら普段からもっと柔軟な態度をとれ」

「いやたぶん3日ともたない」

はっきりとした情けない言葉に呆れつつも1、2日ならば
あの演技力を保てるのかと痛くもない頭が痛いフリーレであった。






───クトリア第二国際空港

それが都市部の東沿岸地帯に設置された空港の味気ない名前だった。
ディメンジョンゲートを用いず、クトリア外に出る一般航空機は主に第二(こちら)を利用する。
そのためシンイチからすれば若干の違和感はいくらかあるが外観や内装は日本人が
イメージする空港といえる場所になっていた。尤も航空機によるここへの入()
かなり制限されているためこんな状況でもなければ普段は閑散とした場所だった。
いつもより騒がしいのは学園全生徒と引率教師が一斉に出発するからだろう。
尤も1時間前にはあった喧騒は既にその大半が出発した事で戻っていたが。

ちなみに後に判明した話だがあのテロリストらは修学旅行の情報を生徒の保護者から
手に入れ、その混雑を利用して不正入国した。その上で空港を破壊して混乱を招き、
さらに大勢の仲間を引き入れようとしていたのだがそこをシンイチに発見されたのだ。
ヒト一人の行動など簡単に隠してしまう混雑に紛れていた彼らだったが、
間違い探しの要領で不審者を見つけられる彼にはすぐに「ピンときた」らしい。

「生まれて初めて乗る飛行機が異世界産というのもなんだかなぁ……」

「キュイ?」

元々の静けさに戻りつつある空港施設と出発を待つ航空機を繋ぐ搭乗通路で
並んで歩く教師と生徒は一応体裁から早歩きで搭乗待ちの機体への急いでいた。
フリーレは本気だがシンイチとしては彼女に合わせているだけで正直にいえば
ここまで遅れたらもう数分などたいした違いではないだろうと考えていた。
だからこそ彼は呑気に通路の窓から巨大な機体を眺めてそんな事を呟く。

今の世ならさして珍しくもない話なのだが意識の根幹が8年前にある彼には
些事ではあるが妙に気になってしまう事柄ではあった。ましてやそれが
倒した卵のような胴体に気持ち程度の短い主翼がついた形状をしているのだ。
現実にある航空機というよりSFや創作物の中にしかいない物に彼は見えた。
映画の撮影用に組まれた実物大の模型といわれた方がまだ納得できる。
今日まで触れてきたガレストの科学力なら問題ないのだろうとは
知識で分かっていてもこればかりはどうしようもない違和感であった。

「なにを無駄話をしている!? 今はとりあえず急げ!」

はいはい、とおざなりに答えつつ一瞬彼女を抱き上げて走ろうかという
悪戯な考えが浮かぶが一応人の目を考えてやめておくシンイチである。
今も結果的には助けたような迷惑をかけたような手間をかけたのだ。
どうせ“このあとも”そういう事になるのだからという気遣いもあったが。
そして到着した搭乗口ではかなり待たされた女性乗務員が笑顔ながら
失礼に当たらない範囲で苦言を呈しながらすぐに二人を乗せる。

「やっとですかドゥネージュ先生。いつまで待たせる気ですか!?」

そこで待ち構えていたのは見るからに不機嫌顔の中年男性。
今回の修学旅行の引率教師のまとめ役となった二年の学年主任である。
総合試験中は病気で休んでいた三年の学年主任はもう復帰していたが、
所謂居残り組のまとめ役を任されていた。

「すいまっ」
「いまこの瞬間まで」

平謝りしかけた彼女の横で悪びれた様子もない少年がにこにことした顔で答えた。
呆気にとられた教師二人を尻目にシンイチはそれを気にした風もなく彼女に問う。

「フリーレ先生、俺の席ってどこ? 無駄話してないで早く座って出発させよう」

「む、無駄話っ……誰のせいで遅れたと!」

「こっ、こっちにこいナカムラ! お前はあちらに到着するまで私の説教だ!」

「は~い」

「キュキュキュッ」

このままでは無限に二年主任を煽ると危惧したフリーレは慌てて腕を掴むと
力尽くで前方のコクピット側にある席へと引っ張って連れて行く。彼の抵抗はない。
二年主任は追い縋ろうとしたが客室乗務員に座るよう指示され、渋々従っていた。
旅客機内の構造は概ね地球の旅客機と大差はない構造にはなっている。
両方の窓側に三席あり、それぞれで通路を挟んで中央に四席という形だ。
ただ通常より座席も通路にも余裕があるゆったりとしたつくりとなっていた。

「露骨すぎるぞ、お前」

「だって本当に無駄だろ、あれは」

片側の通路を進みながら呆れた声でいう教師に彼も呆れたように首を振る。
この機の出発が遅れたのは確かに色んな意味でシンイチのせいではあった。
テロリストの爆弾以外にも遅らせてしまった原因を作ったのは彼なのである。
だから離陸後ならばどんな見当違いな中身でも彼はお叱りを受ける心算だった。
されどあの二年主任はあのままフリーレとシンイチに喚き散らす気配があった。
その瞬間から出発を遅らしているのはシンイチから彼になるというのに。
そのためか相手を挑発するような笑みはとっくに消えて“無”がそこにある。

「単に自分が待たされたから怒ってるだけだよ、相手にするだけ無意味」

声すらも全く関心の無いそれで欠伸まで出てくる始末である。
シンイチは興味のない相手にどう思われようと気にしない所があった。
一人の教師としてその点をどう思うべきかで彼女はわりと真剣に悩んでいる。

「はぁ、お前のその辛辣な口と対人関係の割り切りの良さを教師として
 どういってやるべきか私にはわからんよ……見ろ、あちこちから視線が…」

席と席との間にある通路を歩きながら軽く周囲を向ければ正直なまでに
『不快』の感情を向けてくる視線があったが、彼はそれを前に笑うだけ。
出発が遅れた原因というだけではない。なぜ最下位が乗っているのかという目。
これは本来成績優秀者であるBクラス以上が乗せられる特別機なのだから。
尤もその程度で萎縮や遠慮をする彼では無くむしろ面白がって笑っていた。
苦笑いな者達もいたがそれはシンイチをある程度知っている者達だけだ。
()にとって幸運だったのは2-B(妹弟)が搭乗口やギャレーを境にした後方の
席を割り当てられており、この騒ぎを知らないことであろう。
無論シンイチはそれに気付いていたからあんなセリフを吐いたのだが。

「余裕がないな、若人たちよ。カルシウム取ってるか?」

「お、おまえっ!?」

そしてくくくっ、と笑いながら周囲に聞こえるような声量で煽った。
これ以上喋るなと引きずるに近い勢いで女教師は彼を最前列の個室へ運び込む。
教師陣が並んで座っていた座席すら超えた先にある特別な席へと。

「うわっ、個室まであるのかよこのハンプティ・ダンプティ。しかも豪華」

フリーレが扉をロックしたのを確認しながらまずはその中身に彼は驚いた。
目の前に広がるのはここまでの余裕があっても座席が並んでいるだけだった場所と違い、
5、6人の大人が寛げる広さと高級ホテルの一室かと見間違う調度品のある空間だった。

「ずんぐりむっくりときたか……まあそういう形はしているが。
 一応VIP席というやつだ。そういう人物を乗せることもまれにあるからな。
 ただ今回は監視役でもある私に用意された個人になれる席というわけさ」

そういって何もない空間を指で弾けば、いくつものモニターが浮かび上がり、
旅客機内の各所を網羅する形で生徒と教師、乗務員から操縦席まで監視していた。
この全てを監視する以上、監視される人たちと一緒にいるわけにはいかなかった。
表向きは彼女がこの旅行における安全管理の責任者だから用意したものとされている。

「そんな所に俺を連れ込んじゃって良かったの?」

「それを狙ってあんな挑発をしまくったくせにいうじゃないか。
 まったく、そんなことしなくても元よりお前の席はあそこだよ!」

彼女が指差した窓側には背もたれが高く、3人以上が楽に座れそうな
ゆったりとした高級ソファーが向かい合うようにして設置されていた。
どういうことかとさすがに問い質すような視線を向ければまずは座れと促される。
二人はそれぞれのソファーに腰掛け、その配置と同じくして向かい合う。
ただその高級感に遠慮がちに浅く腰を下ろして落ち着かない様子の彼女と違い、
まるで自分の椅子だといわんばかりにシンイチは堂々と深く腰掛けている。
態度だけを見ればどこかの王侯貴族と謁見した一般人のようですらある。
立場や生まれを思えばどこか逆な様相だがそれを気にする者はここにいない。

『皆さま、大変お待たせいたしました。
 これより当機はクトリア第二国際空港を離陸します。
 座席ベルトをもう一度お確かめください───』

だがそれを確認したかのように離陸アナウンスが流れて二人はベルトを締めた。
小さな丸窓から見える光景は即座に下に流れていき、機体が垂直に上昇したのを知る。
エンジン音どころか軽めのGすら感じないのも合わさって彼は思わず呆けてしまう。

「これ、垂直離着陸機だったのか……」

おもに驚いたのはそこであったが。
全長は50m前後の横倒しの卵状の胴体は全高は30m以上はあった。
それに5m未満の主翼がおまけのように生えているのだ。昔の日本人としては
飛行するのかさえ懐疑的になっていたのだがその事実にさらに唖然とする。

「長い滑走路がいらないからガレストの航空機は基本そうだ。
 ……というか、たまに思うがお前の驚くポイントは少し謎だな」

「知ってるだろ、中身が時代遅れなんだ。
 だからどうにも翼のない機体が飛ぶっていうのが……」

それを不思議そうにいう彼女の問いに答えればああという納得した声が返る。

「ガレストの航空機はフォトンエンジンを動力とした反重力装置や推進器で
 宙に浮かび、空を進むものだから地球の物とは色々と飛ぶ原理が違うのだ」

旅客機という立場は同じでもその裏にある技術がそもそも違い過ぎていた。
必要とされる機能や形状がこちらの物と食い違うのは当然の話であった。

「一応わかってはいるんだがな……あの小さな翼はおまけか?」

理屈で納得はできても何か釈然としないシンイチだが、
無理矢理納得させてあのついでに付けたような主翼の存在意義を問う。

「あれは万が一の時に滑空できるよう予備出力で翼を形成させる物ではあるが……」

「そうなったらもう全員外骨格装着で飛び降りた方が安全、か?」

「そうだな。せいぜい人口密集地に落ちないようにするための装備だ。
 それに緊急脱出用の外骨格は座席分以上用意するのが義務付けられてもいる」

外骨格はフォスタという携帯端末に仕舞いこんでおける代物である。
これほどの巨体になら座席数以上のそれを準備させるのは容量として難しくない。
また最低限の飛行能力と装着者保護があればいいのだから学園量産品よりは安物だ。
金銭的にもその数を用意するのはさほど難しい話ではない。

「尤もあくまで旅客機レベルなら、だがな。
 もっと激しい機動が必要な機体や外骨格にはウイングは重要になる。
 あれがないと本当にバランスが取れないし急旋回や直角機動は無理だ」

だからこそ対外骨格戦闘においてそれを狙うのは一種の必勝法の一つ。
勿論互いにそれを狙うので自らの翼を守りながらという話になるが、と教師は語る。

『───只今、当機は水平飛行に入りました。
 どうぞベルトを外してリラックスして空の旅をお楽しみください』

教師からの説明を聞いていればいつのまにか窓の外の光景は横に流れていた。
既にクトリアは遠くに小さくなっており、残るは空か海の青と雲の白のみ。
念のためつけていたベルトを外した両名はそこで仕切り直すように話を戻した。

「で、なんで俺が上位クラスが乗る特別機の、しかもVIP席なんだ?」

「その理由も学園からの広報やらメールやらで伝えていたんだがな」

「……家族か友人以外からのは迷惑メールだと思って弾いていた。
 気付かなかった件は本当にすまん……手間をかけさせた」

さすがにそれで迷惑をかけた自覚があるので彼は素直に頭を下げた。
ヨーコはそれを察してかいつのまにか彼の膝上に移動して寛いでいたが。

「まったくだよ。
 夜中何をしているかは聞かないがSHR(ショートホームルーム)ぐらい起きていてほしかった。
 お前のことだから何か訳や意味がある事だと思うが、せめて寝るな」

それをいいことに、か。あるいはこれ幸いに、か。
フリーレは教師としてその態度をねちねちと責めるが彼は神妙な態度で聞いていた。
何せ今回出発が遅れたのはテロリストの爆弾処理のためだけではかったのだ。
そもそも彼は昨晩まで修学旅行があることに全く気付いていなかったのだから。
ありていにいえば出国するための準備や手続きがまるで出来ていなかった。
国際法(名目)上クトリアは一国に近い扱いを受けているため出国には諸々の手続きがある。
学園はこれを生徒たちの自立性を促す一環として伝統的に生徒個人にやらせていた。
しかし知らなかった彼がしているわけもなくまたパスポートの問題もあった。
元々外国旅行どころか飛行機搭乗経験さえもなく、一度死亡扱いとなって
戸籍が消えていたシンイチにそんなものがあるわけがない。ここに来た際に
問題とならなかったのは船による入国且つ学園生徒になる場合はいくらか
その手続きが免除されていたからだったがそれも彼は知らなかった。
そういう意味では出発が遅れたのは間違いなく彼のせいだといえる。
そしてこの問題をどうにかするために昨晩から奔走したのはフリーレだ。
彼自身は最悪、旅行への不参加かあるいは搭乗した事にして後で転移する。
という方法を提示していたが彼女はどちらもやめてくれと懇願した。
前者は自分だけでは引率と監視役に不安があったのもあるが折角の修学旅行。
彼だけを残すのを一人の教師として、大人としてしたくなかったのである。
後者の場合は単にバレた時ごまかしようがないという現実的な理由だったが。

「本当に申し訳ない。以後気を付けます」

「う、うん。わ、わかればいい………なんか調子狂うな」

「キュキュ」

それがわかっているだけに彼は素直に落ち度を認めて謝罪するのだが
彼女からするといつもと態度が違い過ぎてかえって対応に困っていた。
ヨーコがその影で小さく笑っていることには誰も気付かなかったが。

「ああ、ええっと……それでこうなった訳だが手続きの遅れもあるが
 より正確にいうとお前がこの前の試験でやり過ぎたせいでもある」

「えっと……それは、どれ(・・)のこと?」

「…………良かったよ、やりすぎた自覚がお前にあって」

「フリーレ?」

若干頬をひきつらせたような顔ながら頷く彼女に怪訝な顔をシンイチは見せた。
だが、彼女はすぐに頭を振るように表情を戻すと事の顛末を語りだした。

「お前の文句のつけようのない細かな採点記録と僅かながらのステータス上昇。
 そして最終試験での1位到着によってあいつらは全員成績(順位)が上がった」

「まあ、そうだろうな」

「………」

軽く頷いてみせるシンイチに一瞬言葉を詰まらせるフリーレである。
どうやら自覚はあってもやはりこちらの常識的な感覚はわかっていない。
その点も含めて説明しなければと彼女は彼女なりに言葉を選んで進めた。

「と、特に三日間お前に試された(鍛えられた)1-Dはもうとんでもない加点となった。
 また元々今年の1年生クラスは定員にかなりの空きを抱えていた問題があった。
 そこへ下位クラスで成績上昇者が多数という“非常に珍しい”事が起こったのもあり
 1-Dはほぼ全員がCクラスへの昇格が内定した。ただ──」

「──俺は除く、だろ?」

一旦彼の顔色を窺うように切った言葉に被せるように彼は続けた。
さして驚いた風もなく予想通りだといわんばかりの態度にやはりかと息を吐く。

「ふぅ………狙ったろ、お前」

「さてね。
 けどどの道、俺が代理試験官になった時点でそうなるじゃないか」

生徒が授業などで補佐や代理を行う場合それなりの点数が無条件で与えられる。
だがそれは所詮成績を大きく変動させられるものではなく現状維持させる点数だ。
それ以上の加点を受けたクラスメイトと大差がつくのは当然の話であった。
尤もフリーレにいわせれば彼がやり過ぎなければ起こらなかった現象なのだが。

「それで残るは最下位のお前だけとなり事実上1-Dは消滅したも同然。
 そんなお前だけのためにこの学園は教室や教師を使う事はしないだろう。
 細かい所はまだ決まってないが旅行から戻ったお前は生徒でありながら
 今まで以上に授業に出る意味を失った自由な立場を手に入れるだろう。
 ………あの時点でこれを企んでいたのかと思うと恐れ入るよ」

とことんまでこの学園と合わない生徒だと呆れながら首を振るフリーレ。
本来それ以上に下げようがない最下位という地位を周囲を上げる事でさらに下げ、
学園内での自分の価値を貶める事で自由な時間を増やそうと画策したのだから。
ただシンイチはその様子をおかしそうに笑いながら肩をすくめるだけ。
彼女の推理を肯定もしないが、されど否定もしない。

「だから元々1-Cだった面々とあいつらを旅行中から同行させておこうと。
 そこに関係がない俺がいるのは良くないからお前が引き取った、といった所か?」

代わりに話したのは最初の疑問。ここがシンイチの席であった理由。
フリーレはそれに頷きながらその物言いには少し眉を寄せてしまう。

「私がお前の手を借りたかったというのもあるが表向きは一応そういう話だ。
 しかし、自分のことだというのにどこか他人事のような言い方だな」

「あ、悪い。他人事だと思わないと考えもしないからな俺……」

「は?」

「独り言だ。しかしこれで先生たちの仕事を奪ってしまったかな?」

凄まじく不穏で不安な言葉を聞き届けるがはぐらかされて露骨に話題を変えられた。
これは何を言っても答えてはくれないだろうと彼女はその話に答えることにした。
無関係でもない話であり、伝えたいこともあったから、だが。

「ん、そこはいい。私とサランド先生は1-C担任・副担任の補佐となる。
 一気に生徒が増えるから名と顔と成績が一致してる私達がつかないとな。
 ただ、な……」

「なんだ?」

意味ありげにそこで言葉を切って見詰めてくるフリーレに彼は小首を傾げた。
そんな仕草はどこか年齢以上に彼を幼く見せるがそれゆえにどこか痛々しく、
自分達の不出来を責めたくなるが今は余分だと頭の隅に追いやって続けた。

「……それらの話を穏便且つオブラートに包んで学園広報誌やらに載せたり、
 校内ランキング表やらに反映させたらあいつら職員室に直談判にきたんだよ」

「あいつらって1-Dの連中か、何か不満でもあったのか?」

そう自分が判断した途端にこれだと彼女は頭を抱えたい気分になった。
察しはいいはずのシンイチだがどうしてかこの件では恐ろしく役立たずだ。
彼女ですらこの件を発表すれば誰かがその不満を口にする予想は立ったのに。

「1-Dだけじゃない。さすがに全員で押しかけてはこなかったが、
 他にも2-C、Dの代表者も私のところに押しかけてきたんだよ。
 一番の功労者たる誰かさんに何の報酬もないのはどういうことですか、だとさ」

ここまでいえばさすがにわかるだろうとぼかしながらも口にすれば、さすがに。

「一番の功労者、って誰?」

わからなかったらしい。
思わずソファから滑り落ちそうになったフリーレである。
冗談やからかいの類ではないのは表情が平時のそれなのを見れば分かる。
シンイチはそういう時たいてい笑っているからある意味わかりやすいのだ。
だからこそ彼が本気でその考えに至っていない事実に彼女は苛立ちさえ覚える。

「なあアマリリス、いまこいつ殴っていいと思わないか?」

「キュ、キュイ……」

膝上の生物はその言葉に難しい顔をして悩む素振りを見せた。
彼女(ヨーコ)も誰の話なのか気付いており気持ちは完全にフリーレ寄りだ。
しかし護衛役である自分がそれを認めるわけにはいかないので黙って主人を指差す。

「え、あ、俺?」

「他に誰がいるんだ!
 嫌われてさえいたのにたった数日で皆の心を掴んでおいて自覚無しか!
 なんだそれはっ、私への嫌味かナカムラ!」

「あははは……」

「キュイキュイ」

苦笑いを浮かべる主従である。ただその笑みの意味は違う。
シンイチの方はそんなことをいわれてもという戸惑い寄りの苦笑だが、
ヨーコの方は『いつもこんな感じなんですよ』といわんばかりのそれである。

「………しかし、成果を出した人間に報酬がないのは納得できない、ときたか。
 試験の時も思ったがガレストの思想教育が進んでいるな。文化的侵略か?」

「茶化すな。だいたい悪い考えじゃないし元々地球にもあるだろうが」

確かに、と彼が肩を竦めておどけてみるが彼女の目は厳しいままである。
彼女は彼女で似た想いを抱えている上にシンイチが自分に考えを及ばすのが
遅いことにどこか憤懣とした感情があるようだ。

「ああ、えっと……それで結局どう納得させたんだよ?」

それから逃れるためか純粋な疑問か。
前者の割合が大きいらしく彼は目を泳がしながら話をそらしにかかる。
彼女もこのまま不機嫌でいてもしょうがないと考えたのかそれに乗った。

「ん、私がお前の働きを高く評価していることを伝えて、
 本人が望むなら指揮官や教官の道に進めるよう便宜も図ると約束したんだ」

それで一応納得して彼らは引き下がってくれたのだとフリーレは語る。
うまい言い訳だとシンイチは感じた。高い評価はあくまで彼女個人のもの。
指揮官コースの話も彼が望むならという言葉があるだけに必ず選ぶ必要はない。
ただ問題があるとすれば。

「……咄嗟に思いついたにしては出来過ぎてる。誰の案だ?」

とてもではないがその場でフリーレが思いつくような言葉に彼は思えなかった。

「お前私をなんだとっ……といいたいところだがその通りではある。
 これはその時思いついた話ではない………どうだ、本気でそっちに進まないか?」

「え?」

他の誰かの案かと思えばその前から考えていた案だったか。
と、どこか見当違いな驚きの中でフリーレの提案を聞いていたシンイチだ。

「3年なんてあっという間だぞ。お前も学園の生徒なんだ。
 進路を今から決めて勉強しておいても損はないだろう。
 実際どうするかはお前次第だが周囲の雑音は少ない方がいい」

お前がこれから何をしてどこに行くにしても。
言外にその言葉を含ませてフリーレは実際はどうするかを別として
隠れ蓑の一つではあるが本当に目指してもいい目標を提示してくれていた。
武力がない事になっている彼には表向き頭を使う方向でしか進む道がない。
しかしながら学業としての成績も低く物覚えも悪い以上文官という道もない。
だが一年生では習わない指揮能力や後進育成の分野ならまだ未知数の扱いだ。
それを選び、そこそこの成績を出せば悪意や敵意ある干渉は減るだろう。
退学になりにくい学園とはいえ絶対に無いともいえない以上、
ここに居座れる立場は確かにまだシンイチは欲しい。

「……………」

しかし彼は思わず沈黙していた。そして困ったように頬をかく。
いわれるまで自らの将来など毛ほども考えていない自分が気恥ずかしかったのだ。
フリーレは真剣に考え、シンイチが選べる現実的な道を示してくれたというのに。
いい教師だと素直に感心するも彼は3年後に無事卒業している自分が想像できないでいた。
留年程度の懸念ではない。その時まで生徒としてここにいられるかの確信が持てない。
それは果たして自らの能力や性格を鑑みての現実的な推測か。
その時にはきっと別の場所にいるという確信染みた予感か。

「わかった、考えておくよ」

ただそれを素直に口に出すのは憚られてシンイチはいかにも前向きに検討する、
といわんばかりのていで頷いてみせた。それを受けて彼女が浮かべた笑みを見て
少し胸が痛かったのはヨーコにしか気付かれなかった。


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