挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

転章

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

112/183

04-46 鍛錬とうっかり




大人の背丈かそれ以上の剣身を持つ武器である大剣。
特にガレスト産のそれはその質量と巨大さゆえに“使い方”が限られてくる。
大まかにいえば『振り下ろす』か『薙ぎ払う』かという二つに一つになる。
外骨格があれば振り上げる事も可能だが片手剣と比べれば使い方が“狭い”。
ましてやその大きさゆえ細かい取り回しは難しく、出来たとしても遅い。
大剣使いとの近接戦闘はいわばその隙をどう突いて懐にどう跳びこむかだ。

「どうした! 逃げの一手になってるぞ!」

「くっ!」

そんなことはリョウどころかこの学園の生徒なら全員知っている。
一撃目を空振らせて、その隙に懐に踏み込んで反撃するのが常套手段。
だがそれを彼は出来ないでいた。隙が無いわけではない。
何せこれは鍛錬だ。教師側に隙が無さ過ぎては生徒側が何もできない。
またリョウに速さがないわけでもない。敏捷Aは速いといえるランク。
問題だったのはシンイチが岩の大剣を片手のみで軽々と扱っている点だ。

「おらっ、ビビってんじゃねえっ! この腰抜けが!」

挑発紛いの罵倒が飛ぶのと共に岩の大剣が地面に叩きつけられた。
それを僅かに下がる事で避けたリョウの眼前で大地に罅が入り、割れた。
土塊が衝撃で舞い上がるように彼を襲うがそんなモノを彼は見ていない。
耐久AAA+という破格のランクの彼にとって余波で吹き飛んでくる程度の
物体などわざわざ回避も防御も必要のないそよ風も同然だった。
そして大剣はまだ地面に斬り込むように突き刺さったまま。
ならばそれは見本のような隙といえた。

「っ……」

しかし両手に片手剣(ブレード)を構えたリョウはその先に踏み込むのを一瞬躊躇する。
だがそれは本当に刹那の話であり、結局彼は埒が明かないと踏み込む。
シンイチの懐へと向かって突撃しながら右手の剣を振り上げる。
これが当たらずとも、受け止められても、左手の剣で決める。
二刀流の真骨頂、といえるほど彼は慣れているわけではないが
躊躇いから見て瞬きの時間で彼は刃が届く距離まで踏み込んでいた。
そこからの二剣による連続攻撃は大剣では対応できない距離と速さだ。

──こいつならなんとかしそうだけど

ただそういう懸念も脳裏をよぎってもいた。
常識外の方法を使われそうだがそれは“今は”心配していない。
これは想定外に対処するためのぶつかり稽古ではないのだから。
だからリョウは彼の左手に武器も動きも無いのを確認し─────蹴り飛ばされた。

「っ、がっ!?」

振り下ろさんとした刃を強引に戻して防御するもそれごと飛ばされる。
人間はこんな簡単に飛ぶものなんだなと埒外で考えながら体勢を整え、着地。
意識も飛びそうな衝撃だったが痛みでつなぎとめての行動だった。だが。

「げっ!?」

その着地点ごと薙ぎ払わんとする一文字の暴風(一閃)が迫り悲鳴が出た。
彼は怯えが走った体を利用するようにそのまま脱力させ後ろに倒れこんだ。
仰向けとなったリョウの目の前で黒い死神の鎌が無遠慮に通り過ぎる。
刃先が鼻先をかすめたような気がしたがすぐにただの風圧だと思い直す。
あんなものがかすめたら鼻ごと顔が持っていかれるだろう。

「こっ、のっ!」

殺す気か、と文句を口にしたい気持ちを体に込めて即座に起き上がる。
このまま寝転んだまま吠えた所で物理的に潰されるだけだともう理解している。
させられるだけのことをこの数日体験させられていたためむしろ
振り切った大剣の隙を突くべきだとシンイチを見据えた瞬間背筋が凍った。
顔がひきつったのが自分でもよくわかって、思考が遅れる。

「思い切りはいいが───目は離すなと何度いえばわかる、この阿呆」

抑揚のない声と共に彼の背中が見え、リョウには二週目(・・・)が迫っていた。
シンイチは薙ぎ払ったのではなく、大剣片手にその場で回っていたのだ。
もう回避は間に合わないと剣を重ねて縦に構えるとその暴風を受けた。
ドゴンッと金属に物が衝突したものとは思えぬ爆発音が彼の間近で轟く。
空気が震え、衝撃が体を襲い、腕が芯まで痺れ、両足が轍を作りながらも
AAAランクの筋力と耐久はその死神の車輪をなんとか受け止めた。
脳裏に過ぎる、もし相手が両手持ちだったら、という想像には肝が冷えたが。
どの道これでも本気ではないのだからと彼はその想像を無意味と捨てた。

「うぐっ、てめえ涼しい顔しやがって!」

やっとの思いで止めた一撃だがシンイチの顔は静かだ。驚きさえない。
それどころかそれぐらい出来て当然だろうという気配すら感じさせる。
なら期待通りやってやると彼は吠えながらそのまま地を蹴って駆けた。
大剣を受け止めた剣はそれに続くように火花を散らしながら敵の剣身を滑る。
このまま一太刀、と再びシンイチに肉迫した瞬間、頭で星が弾けた。

「だっ!?!?」

完全に何が起こったのか分からない衝撃の中。
リョウは額に受けたそれに身体がついていけず半ば振り回されるように
半ば頭を中心に縦に回転しながら生い茂る木々の中に叩き付けられた。

「うむ、イイ所に当たったか………ヒトって後転しながら飛ぶんだな」

そんな光景をまるで他人事のように眺めながらひとり呟くシンイチ。
一方で木片と化したモノに沈むリョウはそこから跳び上がると一番に叫んだ。

「いったぁぁっ!! な、なんだよ今の!?」

赤くなった額を治癒スキルを使いながらこすりつつ問いかけるリョウ。
若干涙目でありもう一方の手が首もさすってその存在を確かめてもいた。
曲がっていたり千切れていないかとわりと本気で不安になっていた。
そこへ───

「もう忘れたか鳥頭、目を離すなといってるだろう?」

───“上”から冷淡にも聞こえる楽しげな声が届く。
ゾクリ、と6月だというのに極寒の地かと錯覚する寒さ(怖さ)が襲う。
悲鳴をあげなかった自分を褒めてやりたい、と彼は後で幼馴染に語った。
まるで星の海を背にするように黒い衣服(学生服)の死神が三日月を浮かべていた。

「っ、くっそぉぉっ!!」

それはどちらの何に対する悪態か。自らを鼓舞するように声を張り、
手放していなかった両手の剣を交差させた。もう回避できるタイミングではない。
彼を両断、というよりは押し潰さんとして迫る死神の鎌(岩の大剣)を受け止める。
隕石でも落ちてきたのかと錯覚してしまうような轟音と衝撃が一帯に響く。
それでも大剣の刃先の方が僅かに欠けたのは単純な武器強度の差で
腕が折れなかったのはリョウの身体能力とシンイチの加減のおかげ。
しかしそうであっても彼の足はふくらはぎの半ばまで地に沈んでいた。
そしてリョウは見る。未だに彼は大剣を片手で扱っている事を。
空いている左手で二、三個の石礫でお手玉して遊んでいたのを。

「さっきのそれか!?」

「けっこうあからさまに持ってたんだがな」

意識が大剣の攻撃に向いて相手の動きへの注視が狭まったのは事実。
自らの不出来に憤るが、同時にそんなモノに吹っ飛ばされたのかと愕然とする。
リョウの知る所ではないが魔力で内外から強化された石礫を同じく強化した
指と魔力で形作った銃身で放たれればそれはもう弾丸以上の凶器である。
何しろそうして強化した石礫自身が砕け散って霧散するほどだ。

「何度もいわせるなよシングウジ?」

大剣片手に落ちてきた彼が地に降り立った時には武器ごと一旦引いていた。
その質量からくる圧迫感は離れたがまるで油断できないとリョウは慌てて足を抜く。
そしてそれを待っていたかのようにシンイチは再び岩塊の暴風を振るってきた。

岩の大剣はただ振るわれているだけだ。振り下ろし、薙ぎ払う。
大地を割り、空気を裂く。確かに威力は驚異ではあるが、隙は多い。
彼の両手には強度でも扱い易さでも勝る片手剣。敏捷も高い部類にある。
それでも攻めきれないのは─────相手が片手だからだ。

「このっ、だっ!?」

「ほらっ、また武器だけ見てるぞ!」

大剣を振り切った隙を狙って踏み込んで左手で殴り飛ばされる。
隙が多い武器だが空の片手や両足が残っているのが厄介といえた。
他の者ならその重量を支えるために両腕を使わねばならない。
振り回すだけの踏ん張りが必要なため両足は大地から離れられない。
外骨格の補助なくそれらを無視する相手に同じく補助無しで立ち向かうには
その自由な片手と両足が脅威となってリョウの踏み込みを迎撃する。

「こらっ!
 言われた途端、武器から目を離すなたわけ! 常に全身に意識を配れ!」

「な、がっ!?」

大地を割る振りおろしの隙。それを突こうとしたリョウに飛ぶ右手の拳。
注意が武器を持っていない手足にばかりに向いて、右手が大剣を放した事に
気付かず無様に顎に強烈な一撃を食らって体がふらついた。

「こっちはガレストの武器すら使ってないぞ!
 これが他の武器を使っての一撃だったらお前は今まで何度死んだ!」

「くっ、くそっ!」

そんなようなことが何度も繰り返される。
大剣の隙を突いて踏み込めてもその先に待つ手足からの反撃を捌けない。
ついどこか注意しきれてない部位が生まれ、的確な一撃を繰り出される。

「どうしたもうへばったか!
 大剣相手でこの程度が出来ないならお前は所詮ここまでだぞ!」

「だ、誰が! まだまだっ!」

リョウはこれがもし自分と同じ装備だったらと思うと薄ら寒く感じる。
ある意味片手が大剣で埋まっているからこそ劣勢でも攻防になっていた。
彼が両手に剣を構えた光景を幻視すれば一方的に蹂躙される未来しか見えない。
それが解るせいか挑発するような言葉に悪態は吐けても心底では納得している。

「うおおおぉっ!!」

だからこそこれを超えたいという意欲が湧く。
決して出来ないことをいわれているわけではない。
無茶苦茶な条件でもなければ不可思議な力を使われたわけでもない。
なら出来るはずだとリョウは自らを奮い立たせて彼が構えた瞬間に踏み込む。
幻視した蹂躙の未来よりはマシという気持ちが無いわけではないが。

「ほう……」

これまで大剣への対処を重視して後の先を狙っていたが先の先を狙えば、と。
相手がこちらを狙った初撃をかわすのでも受けるのでもなく、その前に攻める。
もう目は離さない。全ての挙動を警戒したまま己が剣が届く距離まで踏み込む。
あと二歩、一歩と進み、もう刃を振り切るだけの状況で相手はまだ動かない(・・・・・・・・・)

「え?」

何かがおかしいと思った時にはリョウの体は夜空に舞い上がった。
シンイチはギリギリまで全く動かなかった。それを不審に思った時には既に遅い。
薙ぎ払わんと構えたまま動かないのはもう待ち構えているのと同じことだ。
そしてリョウの動きに合わせられた大剣による暴風が彼を空に吹き飛ばした。
視界に映る満天の星空を眺めながら、バカをやった、とリョウは自分に呆れる。
その後の反撃ばかり警戒してしまって大剣そのものへの警戒が薄れていた。
脅威ではあるが問題なのは踏み込んだ後の反撃なのだと知らず軽視していた。
そして先の先を取るには二人の間には距離があり、彼の速度では足りなかった。
結果、待ち構えている所にただ飛び込んだだけ、という間抜けな事態を引き起こした。

「はい、おかえりー」

「……余計なことを」

運良くか狙ってか。
後者のような気がしながら秘伝書を読みふけるトモエの近くに落ちたリョウ。
そこに本来あるべき衝撃も音も存在せず何かに包まれるように受け止められた。
さして確認するまでもなく腐れ縁の彼女が何か術を使ったのだろうと考えた。

周囲に生えていた木々よりも高く飛んだ彼だが黙って落下に身を任せていた。
フォスタを装着済みの状態でリョウ本人の耐久値の高さもあってケガはない。
それでも暴風による痛みや衝撃は体を襲っていたが動けない程でもない。
単に自分がやった行動の馬鹿さ加減から受け身を取る気にもなれなかっただけ。
だから幼馴染の気遣いか何かでそれを消されても感謝より前に悪態が出た。
尤も、何によって、自分が受け止められたかに気付くと衝撃を受けたが。

「ん、え……なっ!? ちょっ待て、なんでそれが!?」

落下した自分を受け止めたモノを認めると狼狽えながら飛び退いた。
それは鬼面だった。二本のツノを伸ばした大人の背丈ほどはある鬼の仮面。
そこから伸びるどこか戦国時代の甲冑を思わせる意匠の空洞である手足。
先日の事件で自分達を襲った式鬼と呼ばれるモノがそこにいた。
これに千羽姉弟共々苦戦させられた彼が驚くのは当然といえよう。
しかしそれはあの時と違い赤い鬼面ではなく漆黒の鬼面。いわば黒鬼。
その表情も恐ろしげではなくどこか愛嬌のある笑みを浮かべている。
逆にそこが不気味でもあったが、その使い手はあっけらかんと答えた、

「うん?
 ああ、ちょうど式鬼について書かれているのを読破した所だったから。
 あんたは知らないだろうけどほぼ媒介無しに式を作るのって難しいのよ。
 人形(ヒトガタ)とか術者の髪の毛とか血とか必要な場合だってあるの。
 けど大津家はそれらを使わないで式を生み出す研究をしていたみたい。
 まあさすがに高度な思考能力や自身の端末作るのには媒介必要みたいだけど」

「な、なんだ。お前が作ったのか。びっくりさせんなよ。
 けど、ならなんで黒いんだよ、あいつの赤くなかったか?」

「同じ色なんて何か嫌じゃない、そのへん分かるでしょ?
 かといって青鬼ってのも発想が単純だと思って黒にしてみたの」

なんでもないことのように彼女は語り、リョウもそんなものかと思っているが
本来なら例え基本的な部分を既に習得している霊力に恵まれた人物であっても
初めて見た理論を使う術をいくら秘伝書を読んだとはいえ即座には使えない。
使えるならそも秘伝になっているわけもなく彼女の術式への理解力の高さが窺える。

「だからってお前なんでわざわざ黒……ああ、そっか」

「ん、なによ?」

「別に……疲れたって話」

そう誤魔化してそのまま大地に寝転がる。
どうしてわざわざ黒色を選んだのかと疑問に感じたリョウだが、
今夜はもう終了なのか一先ずの休憩なのかゆっくりと近付いてくる彼を見て察した。
いつも黒い学生服で裏では漆黒のマスカレイドである自分達の師になった少年。
“黒”とはどう考えても彼のイメージカラーに他ならない。それが意識的あるいは
無意識的な選択なのかをからかいまじりにでも問いたい所ではあったが、
これまでの攻防で肉体的にも精神的にも疲れ果てたリョウには余力が無い。

「あぁぁ……きっついぃ…」

だから次に口から出たのは地獄の底から這い出てくるような重く低い声。
これならまだ残業続きの世の父親方の方がマシだろうと思える程の疲れ声。
しかしそれは大げさでも何でもない歴とした事実である。

「今日もまた一方的な展開で負けたわね」

そんな幼馴染の様子を書物の続きを読み進めながらおかしげに指摘する。
彼と同じ師の下でしごかれている以上その大変さは理解しているトモエだ。
尤もリョウは対人戦闘、トモエは術を使った戦闘方法を叩き込まれているので
完全に同一ではないが“やり口”は同じなのでその疲労感は似たり寄ったりとなる。
だからだろう。そんな言葉に言い返すこともなく彼は素直に認めた。

「ああ、そうだな。負けてばっかりだ。
 けど最初に言われたことを日に日に痛感してるよ」

鍛錬が始まってからまだ数日なれどこれをずっとリョウは繰り返していた。
まずは一対一の対人戦を徹底的に仕込む方針だと彼は最初に告げていた。
しかも今は近接戦闘に限っており、まずは先程までの猛攻を捌く腕前と
相手の動きを読む能力を短期で鍛え上げるのだと。
シンイチの言葉を借りるなら──

『お前に徹底的に足りないのは対人戦の経験だ。
 普通の読みあいすらできない奴が格上に勝つなど夢物語ですらない。
 まずは相手も勝とうとして戦っていることを体で理解させてやる』

とはいえ。

『シングウジの場合は色々と一気に詰め込むより、
 一つ一つを確実に仕込まないと結局身に付かないだろう』

──ということで今日のような限定的な条件でのぶつかり合いを続けている。
だが彼女はその方針に少し不満げだったリョウが理解を示した事に素直に驚く。

「意外ね、そろそろごねてくるかと思った」

「説明無しならそうなったかもな。
 あいつ疑問には答えてくれるし悪い所の指摘は的確だ。
 それに、ほら、あいつ授業もきちんと受けろって言ってただろ?
 正直疲労困憊だから特権使って休みたかったが一回やったら意味わかった」

「どういうことよ?」

特別科と違い、生徒同士の模擬戦の機会が少ない普通科。
そして術者として教えを受けている彼女はまだそれを実感しておらず、
思わず首を傾げてしまうのだが続く言葉でトモエにも理解はできた。

「どんどんさ、他の連中や教師どもの動きが遅く見えてくるんだ。
 次にどう動く気なのか分かってきて、あいつと動きが全然違うから
 当然だけど余裕もって色々と考えられるようになっててびっくりしたよ」

今まではそんなことすら考えもせずにただぶっ飛ばしていた、と
なんて雑な戦い方をしていたのかと過去を呆れるように彼は語った。

「あいつにボコボコにされながら言われてる事が段々出来てきてるんだよ。
 目を離すな、次を読め、油断するな、頭を使い続けろ、分かってたつもりが
 ここまで出来てなかったんだってはっきり自覚させられるとな。
 文句なんかそうそう出てきやしねえよ」

これまでの未熟さとそこから着実に進んでいる事実を日々実感している。
直接対決では一矢報いる事も出来ないが教えている方(シンイチ)が越えられると
思っている様子でしごいてくるうえにその手応えもまた日々感じていた。
つい悪態をついてしまうがそんな状況で不満などあるわけがない。

「なるほどね。
 あんたの場合授業を含めた二段構えの鍛錬になってるわけね。
 夜に課題を叩き込んで昼の授業を使って実践させていく、か。
 最初は嫌がってたくせに結構考えてるじゃないあいつ」

この師弟関係を公にできない約束である以上、
人目が無い所で限られた時間でしか鍛錬ができない。
直接指導できない時間さえも使うというのはうまい手であった。

「まあ、ナカムラ相手だと目も頭もまだついていけないけどな」

それでも届きそうと思える動きなのが憎らしいと自嘲気味に笑う。そこへ。

「思ったより自分を客観視できてるじゃないかシングウジ」

おかしそうな声色でそう語るのは彼らの師である少年だ。
ふたりは思わず絶句する。先程まで見えていた姿ではまだ遠かったはずが
会話に集中していたとはいえいつのまにか目の前に来られてしまったのだから。
しかしそれはもう日常茶飯事に等しいので彼らは驚きをすぐに流した。
気にしていると彼の相手をやってられないだけといえるが。

「お前って表面的にはワルガキの部類なんだが根は素直ないい子だよな」

そんな様子にわざとか本気か楽しげに頷きながら続けてそう評する。
それに若干不機嫌そうにムッとした顔を見せたリョウである。
教導に不満はなくともシンイチの言葉に少々苛立つ事は多々あった。
ましてや16歳というのはまだまだ多感な時期だといえる年齢だ。
特に『良い子』のように扱われると無意味に反発する者も多い。
退魔一族の血を継ぎ、過酷な過去を持っていても彼はまだそんな少年である。

「はんっ、誰がっ」

「これもきっとお前の母さんの教育が良かったんだろうな」

「うっ!」

しかし、そういわれてしまうと文句が出そうだった口が止まる。
本来そういった時期に入った子は親に対して反発してしまうものだが、
彼にとって母は文字通り命懸けで自分を守り育ててくれた尊敬すべき人だ。
ここでの否定はその母親の否定であり、リョウはそれだけはできなかった。

「いやあ、おかげですごく鍛えがいのあるいい少年に育っている。
 お前の母さんもきっと天国で自慢に思っていることだろうな」

「う、うぐっ、こ、このっ、くっ……」

そのうえでさらに褒めながら母に言及するのでリョウは怒りなのか羞恥なのか。
よく解らない感情で顔を真っ赤にしながら、されど否定も肯定もできずに
百面相を浮かべながら彼を睨むことしかできないでいた。
勿論シンイチはそれらを分かったうえでそんなことを口にしている。

「……ホント意地の悪い男よね、あんた」

そこを理解しながらも幼馴染で遊ぶ彼にトモエは呆れと共に呟く。
しかしそれも耳聡く聞かれていたのかシンイチは気取った風にこう返した。

「お褒めにあずかり光栄です、巴()

「っっ、褒めてない! あと姫様扱い禁止っていったでしょ!」

しまった、と。
矛先がこっちに向いたと思いながら赤い顔で反射的に強く言い返す。
鍛錬を申し込んだ時から彼は頃合いを見計らって姫扱いでからかってくる。
血筋的にはそう呼ばれるのもおかしくないのは彼女も分かるのだが心情的に、
そして性格的にそういったモノとして扱われるのが似合わないのでむず痒いのだ。
またどことなくそう呼ぶ時のシンイチの態度が堂に入っているのもあって
妙に落ち着かないのもあったが。

「ああ、そうだったな。その格好が似合ってるから、つい、な」

ただシンイチは予想通り悪びれた様子もなくおかしそうに笑う。
この男は、と少女はひとり赤い顔のまま睨み付けるが意に介されない。

「────しかし、一度読んだだけで式鬼の模倣と改造か。末恐ろしい女だ」

そんな反応に満足したのか続いてその視線は彼女の黒い式鬼に向いた。
その目にはもう遊びの色は消え、ただ出来栄えを批評しようという色がある。
視線の変化に気付いたトモエは意識を切り替えるように背筋を伸ばしていた。
母親に術の良し悪しを見てもらっていた時の緊張感を彷彿させる空気がある。
それほどに彼の目と口が容赦ない事をこの数日で再認識したからだが。

「構えろ、あとはもう耐久試験といこうじゃないか」

「ええ、わかったわ」

そうなればもうからかって遊び遊ばれる少年少女ではない。
敬語はないが彼らは術の完成度と性能を測る師匠と弟子となっていた。
この切り替えの速さにはリョウはただ目を白黒とさせているが、
術者には必須といえる技能だともいえトモエはそれが出来ていた。

彼女が一瞬視線を式鬼に向ければソレは軽く跳んで術者から離れた。
シンイチもまたそれと向かい合う位置に岩の大剣を構えたまま移動する。
黒き式鬼はその表情を憤怒のそれに変化させながらスイカ大の拳を構えた。
黒き少年は大剣を右手で上段に構え、左手で手招きしながら挑発する。
ただそれは視線の先の鬼ではなくその術者であるトモエに向かって。
尤も彼女はそれを挑発というより早くしろと急かされたように感じたが。

「行きなさい!」

だからかそう声を張り上げて自らの式にトモエは命じた。
本来そんな必要はないがタイミングを合わせるには必要だろう、と。
それに応じるように式鬼は拳を突出し、少年は大剣を振り下ろした。
瞬間激突した互いの質量が相手を弾き飛ばさんとまず空気を爆発させる。
衝撃波が空気を伝搬し、砲撃かと思うような爆音までもがトモエらに届く。
そして続くように響いたのは何かが砕け散った音だった。果たして残ったのは
鬼の拳か岩の大剣かその答えは火を見るより明らかなほどソレは現存していた。

─────式鬼だ

「耐えた?
 おい、やったなトモエ! 一撃で壊れなかったぞ!」

妙といえば妙な嬉しがり方ではあるが、相手を思えばさもありなん。
もはや岩の柄しか残っていない大剣のシンイチと五体無事な式鬼を見て
どこか興奮気味に彼女に振り返ったリョウだがそこにあった顔は苦渋だ。
何かを堪えるように歯を食いしばり苦々しい表情をトモエは浮かべている。

「違うわ、耐えられなかった」

「え、な!?」

悔しげなその声がまるで合図だったかのように突如として式鬼は爆散。
その破片は実体化を維持できずにそのまま霊力の欠片となって空気中に消えた。

「いい線いってたと思ったのになぁ、まだ構成が甘かったかな?
 でもまあ、一応引き分けよね。あいつの武器は壊せたわけだし……」

「ああ、それ違う」

「え?」

少なくともそんな成果はあった、と自分を慰めたが隣の幼馴染は否定した。
さすがに申し訳なさそうだった彼もシンイチに指摘されるよりいいだろう、と続けた。

「式鬼の拳とぶつかる前にもう剣に罅が走ってた。
 いつものあれだよ。耐久限界が来たってやつじゃないか?」

「あちゃあっ……それじゃ結局あたしの負けじゃない!」

あれかと頭を抱えて項垂れるトモエだ。
彼が自作した武器はどうにも彼の力に耐えきれていないらしい。
いくらか使われるとどこかで限界を迎えて崩壊していってしまう。
そんなことはこの数日のしごきの中で幾度が目撃している光景だった。

「……お前らって本当に対照的な目をしてやがるな。褒めるべきか呆れるべきか」

苦笑するリョウと気落ちするトモエを見ながら戻ってきた彼はそうこぼす。
術者としての繋がりとその術式を見る眼でもって崩壊を知ったトモエと
驚異的な速度で繰り出される大剣の崩壊をこの距離で見抜いたリョウ。
互いにどちらかしか見抜けていなかった様子に評価に迷うシンイチだ。

「うっさいわね。紛らわしいのよあんたのそれ!」

「確かに。
 大剣なら何度もオレの貸すっていってるじゃないか」

とはいえ彼らからしてみれば最長でも一晩の鍛錬しか保てない武器を
使っていることの方が問題だろうという主張が出てくるのは当然の流れ。
頑丈なガレスト武器があるのだからそれを使えばいいとの考えだ。ただ。

「馬鹿いうな、一回二回ならともかく十数回も使えばガタがくる。
 それが実戦の最中に起こったら取り返しがつかないだろうが」

シンイチからすると他人の武器を借りるのは例え頑丈でもその後のことまで
考えると破損するリスクを高めた状態にしてしまう事になりかねない。
もらう、ならともかく、借りる、なら遠慮したい話だった。

「おい、こいつガレスト武装を十数回で壊すっていってるぞ?」

その考えの『理屈』は納得できるがリョウからすればその点で苦笑いだ。
これでも学園生徒なためガレスト武装が使い手の“扱いのせいで”壊れる。
というのは信じ難いがシンイチが規格外だと体感してるので一応理解はしていた。

「……こんなことでも他人優先なのね……」

一方でトモエはその微妙にずれた返答になんともいえない表情を浮かべて呟く。
自分が使うと壊れるから借りたくない。ガレスト武装である点を除けば普通の考えだ。
しかし彼がそう考える根本の理由はそれでリョウにリスクを背負わせないためだ。
自分がいつ崩壊するかもわからない武装をほぼ毎晩振るうリスクは考えていない。
無論その程度は彼ならば回避可能なのだろうとは思うが釈然としないトモエだ。

「だいたい、あれは壊れたならまた作ればいいだけなんだぜ?」

苦笑と不満顔である幼馴染同士の声と視線をどう取ったのか。
さっと手をかざした先で全く同じ大剣が大地から生えてきた。

「げ!」

全部で13本も。
大地から作られた以上、大地がなくならない限り生み出せるは道理。
知らない技術や力だが霊力を知る彼らはそれにはさほど驚かなかったが、
リョウはもしや今夜はこれ全てが壊れるまで終わらないのかと戦々恐々とした。
しかし表情からそれを読み取ったシンイチは笑いながら首を振る。

「くくっ、安心しろ。
 単にいくつでも作れるってことを言いたかっただけだ」

彼がそういって指を鳴らすと即座に大剣の群れは崩れ、大地に戻っていく。
すると途端に安堵した表情で胸を撫でおろすのだからリョウという少年は
色んな意味でわかりやすい素直な男だと好ましいものを見る眼を彼は向ける。
そんな性質を持つからこそ指導の言葉がすんなり頭に入るのだろう。
先程の母親を使ってからかいの言葉は中身そのものは本音であったのだ。

「それに今日はもう時間的にここまでだろう」

時刻を確認したシンイチはこれ以上は明日の授業に影響があると考えた。
気持ち厳しめにやっているとはいえ体を壊すほどでも性急過ぎるものでもない。
関係が露見しないためもあるが学生の本分を疎かにしない範囲と彼は決めていた。

「よしっ、助かった!」

「おしっ、終わった!」

結果普段より短い時間で終了を告げられた両名は思わず全身で喜びを表現した。
いくら自分達から求めたしごきとはいえ毎晩のように激しく疲弊させられれば
多少なりとも楽したい願望が出るのは人間としては当然のことだろう。
が。

「お前らじつは幼馴染じゃなくて兄弟とかいうオチはないよな?」

その似通った反応に冗談半分でそう告げれば、激しい否定の声が返った。

「よしてよ! こんな弟なんていくらなんでも面倒みきれないわよ!」
「やめてくれ! こんな奴が姉とか妹とかだったら人生終わってる!」

だがこれまたそっくりな態度と言い分に思わず顔がほころぶシンイチだ。
これは血縁関係の有無とは別の幼少期を共に過ごした環境的な兄弟だ、と。
当人同士は決して認めないだろうが。

「わかったわかった。今の兄弟うんぬんは撤回する。だがな、
 お前らまだまだなんだから鍛錬が中途で喜んでんじゃねえよ」

「あう」

「それは……」

しかしそれはそれ、これはこれ。指導役としてそこを疎かにはできないと
小言を口にすれば基本的に素直で自らを客観視できる弟子らは唸るだけだ。

「巴は術への理解力と応用力が高い反面、術の構成が少し甘い。
 本家よりはマシだがそれでもあれぐらいは耐えられる頑丈さは欲しい所だ」

「……はい」

「シングウジは物覚えはいいが一つに集中すると他に目がいかない。
 お前も分かってるだろうが次の段階に進むにはまずそこを直さないとな」

「……了解」

そんなこれからの課題をあげれば一転して今度は同じように肩を落とす。
両名のそんな姿に『やっぱりこいつら兄弟じゃね?』と思う彼だが口にしなかった。
代わりに出たのは改めての終了を告げる言葉。

「と、まあこんなこと言っててもそれが解決するわけじゃない。
 今日はもう帰って寝ようぜ、明日もやるんだからさ」

そういって三人とも転移させようと彼が準備に入った所で、しかし待ったがかかる。

「あ、そうそうそれ聞きたかったのよ」

「ん、何がだ?」

「明日からはどこで鍛錬しようかって話。
 なんか考えてるんでしょうけど、そろそろ教えてよ」

「そうだな、オレたちクトリアから出てるからフィールド使えないしな。
 まあ、お前なら転移するだけなんだろけど、やっぱそれはな」

「そうよね、なんか色々雰囲気とか情緒とかぶち壊しよね」

うんうん、と揃って頷きを見せる幼馴染という名の疑似兄弟に、
されどシンイチは少しばかり首をひねりながらある疑問を口にした。

「……なんだ、お前ら明日から何か用事があるのか?
 そういうのはもっと早めに言っておいてくれないと困るぞ」

「え?」

「は?」

「………うむ」

読み間違えたか、と。
会話がかみ合わなかったのは感じ取ったシンイチだが原因がわからない。
彼が解ったのはただ明日からクトリアに彼らがいないらしいということだけだ。

「ま、まさか信一……明日から何があるのか知らないの?」

「……どうもそうらしいな」

「そうらしい、って学園からちゃんと連絡あったはずだろ!?
 世界中脅せる情報力があるくせになんでそれは知らないんだよ!?」

冗談だろうといわんばかりに愕然とする二人に対しては彼はどこか冷静“だった”。
結局また自分(シンイチ)の知らない現代常識か学園のルールか何かだろうと高を括っていた。
だから気にした風もなくおどけた様子で肩をすくめる。

「どっかで読み流したかもな……昔から少し抜けてるんだよ、俺。
 興味のわかない方面にはあんまりアンテナが働かなくてな」

「っ……うっかり、してたっていいたいわけ?」

「そうだな、その表現がしっくりくる。うちの家系はそういう奴が多いからな」

「どんな家系だよそれ」

「だよなぁ」

呆れるリョウと肯定しつつ笑うシンイチとは違い、トモエだけが顔を強張らせる。
それはあまりに似たフレーズを最近別人から聞いたばかりであったからだ。
そしてそれがあまりにも彼女の憶測()を補完してしまう内容だったため。
シンイチはその表情には気付くも意味までは解らずに内心訝しむだけだったが、
結局は問い質すことはせずそもそもの疑問を口にした。

「それで明日から何があるんだよ?」

答えたのは奇しくもその問いで我に返ったような顔をしたトモエ。
一度だけ首を振って意識を切り替えると落ち着いた口調で淡々と説明した。
シンイチからすれば(・・・・・・・・・)想定外にも程があるその行事のことを。

「……通達があったのは4日前ぐらいよ。
 例年ならこの時期じゃないんだけど、明日からあたしたち生徒は全員───」

「うん、全員?」






「─────修学旅行よ」





「……………………はああぁぁぁぁっっ!?!?」





というわけで次回から修学旅行編スタートです!


まあ、うちの主人公はまともに旅行なんてしませんが(汗
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ