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帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

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04-45 浄化の舞

7月に、なってしまったよ。今年がもう半分終わっただと!? そんな馬鹿な!

などといってる時間も惜しい今日この頃です。







深い、深い森の奥。

緑の木々を裂くように流れる川の流れの出発点。

そこで静かな空気に溶け込むような鈴の音がしゃんと鳴った。

星明りがかろうじて届く闇夜の中で白と赤が厳かに舞い踊る。

いつもと違い、首裏で結われた髪はそれに合わせて小さく揺れた。

決してその場は舞いやすい平坦な場所ではない凹凸激しい自然の舞台だが、

その動きには微塵の躓きも淀みもないどころか動き難ささえ感じさせない。

薄らと霊力の燐光が周囲を覆い、手にした神楽鈴が響く度に清廉な空気もまた広がる。

小さな滝壺を背にした舞はその踊り手にどこか幻想的な雰囲気を与えていた。

異邦の美貌を持つ少女が白衣(はくえ)に緋袴で千早を羽織って舞う姿の現実感の無さも

いくらか手伝っているがそれ以上にその清廉さと神聖さを作り出したのは彼女の力。

日本人とまるで違う外見など気にならない力強くも柔らかな舞は神秘に満ちていた。

伝統的な神楽等とはまた違ったそれに数少ない観客は息を呑んでいる。

「………っ」

一瞬その魅せるほどの踊り手の視線がその唯一の観客たちをとらえた。

どこか惚けたような顔とこちらから離れない視線に彼女は思わず狼狽える。

視線が泳ぐようにふらつき、舞のテンポもずれるが即座に戻してみせた。

脳裏に過ぎったのは直前に余計なことを教えてきた友人たちの言葉。

昼間、自分が口走った言葉の問題性と彼女らの余計なからかい。


『あれは彼じゃなかったら誘ってるも同然と思われるわよ?」

『けど男ってそういう服好きだから暗がりで襲われちゃうかも!』

『それともトモエちゃんは襲われちゃった方が嬉しいのかなぁ?』


意識して赤くなりそうな頬をなんとか自重させる。

術を使用する時以上の集中力でそんな雑念は一気に脳内から追い出す。

されど、それらとは別種の初めて感じる高揚感は先程から高まるばかり。

幾度となく行った舞だというのに、人に見せた事も初めてではないのに。

今日この時ほど不可思議な充足感と沸き立つ熱を覚えたことはない。

意識がより鮮明に細かくなって周囲に広がっていく。

感覚が研ぎ澄まされ、“彼”の視線をより強く感じる。

ただそれだけで体の熱があがっていく。

されど動きに淀みも照れも出てはこない。

それどころか今までで一番洗練された物を見せていると確信する。

いつのまにかこの地ではなく“彼”に捧げている自分に気付くが違和感を感じない。

まるで“彼”に見せるために作られた舞なのでは、とさえ彼女は錯覚した。

鳴り響く鈴の音色と共に廻り廻る舞はより熱を持ってくるくると続く。

彼女はまだ知らない。

その舞に神への奉納の役目もあることは知っていても、

観客の一人がヒトでありながら神としての属性も持つことは知らない。

相応しき場で歌舞の経験がない彼女にとってそれが初めての神への舞。

彼女はそれにより舞を完成させていた事を本能で察して昂っていたのだ。

それは仕えるべき神にようやく会えた本物の巫女のようでもあった。










舞の最後を彩るように少女は霊力を纏った腕を振るう。
この場に溜まった清廉な空気を押し出すように弾いて、広げる。
そしてその行方と効果を感じ取るとこれで役目は終わったとばかりに
まるで彼らに、否“彼”に傅くように彼女は静かに平伏してみせた。

「お、今回丁寧バージョンだな……なかなかだろ。
 馬子にも衣装とはいえ元はそれなりにいいからな、あいつ」

「ああ、うん、そう………だな……」

微妙な言い方だが幼馴染を褒めるリョウに切れの悪い声が返る。
夜中のフィールドに忍び込んだ彼らは浄化の舞を魅せるトモエの観客となった。
最初はまるで見惚れるようにシンイチが眺めているのを見て満足げだったが
何度かリョウが確認している内に彼の表情は徐々に険しくなっていた。
そして今はまるで何かに耐えるように唇を噛んでいる。

「どうした?」

「いやちょっと、お祓い軽く見てた……きつい……」

もう立ってもいられないとその場に腰を下ろして口許を手で覆う。
星明りだけなため気付かなかったがよく見ればその顔色も悪かった。
そして咄嗟に声をかけようとした彼の前で突如としてシンイチは倒れた。

「おい!?」

「わぁい、地面がぐにゃぐにゃして星が回って見えるぅぅ………まずいなこれ」

意識はあるのか。はしゃぐ子供のような声を吐くと、最後だけ大真面目に呟く。

「なに呑気なこといってんだお前!?
 トモエ、メディック! いや衛生兵(おまえ)なんとかしろ!」

「は? ちょっ、信一!?」

顔を上げて事態に気付いた彼女を含めてそれから少しその場は騒然となる。
尤も原因を理解していた彼が途切れ途切れながらにそれを語るとシンイチと
トモエは互いに申し訳ない空気を纏うことになってしまったが。

「ごっ、ごめん!
 まさかあんたがここまで陰寄りの体質だと思ってなかったわ」

率直にいえば原因はいまトモエの行った“浄化”にある。
淀んで陰の気を多分に孕んだ空気を陽の気でかき消したのだが、
属性として限りなく陰そのものの邪神モドキな彼はそれに影響を受けた。
同属性の力や術になら強いが相反する属性には油断していると極端に削られるのだ。
お祓いと聞いて覚えた嫌な予感はこれだったかと地面に横になりながら苦笑する。

「いや俺もてっきりバランスを整える感じのお祓いだと思ってたから」

「ええ、普通の場所ならそうするわ。
 陰陽のバランスを極端にするのは場所によるけど良くないから。
 でも随伴者の体質についてまで考えてなかったのは完全にこっちの落ち度。
 母さまが見てたら本当に雷を落とされて叱られるレベルの失敗よ、あわわ……」

その光景を想像したのか怯えて体を震わせながらごめんと謝るトモエ。
先程までの高揚感はとっくに冷め、その肩を落とすように小さくなっていた。

「……悪いと思うなら石じゃなくてお前の膝がいいんだが?」

それを見たシンイチは自身の頭が乗る石と彼女を順番に指差すと
どうせならそっちの枕がいい、とにんまりとした顔で告げた。

「なっ、ちょっ、それは、でもそれぐらい……ううっでも恥ずかしいっ」

自らの未熟さからくる罪悪感と羞恥のせめぎ合いに苦悩する彼女だが、
シンイチからは即座に楽しげな笑い声が届いて色々台無しにする。

「くくくっ、舞ってる時は大人っぽかったけど随分と可愛い反応なことで」

「っ、調子に乗るなこの馬鹿!
 こうすれば起きれるでしょう! それで我慢しなさい!」

またからかわれたとカッとなったトモエは霊符を彼の額に叩きつけるように張る。
そして心配して損したといわんばかりに怒った顔でそっぽを向いてしまう。
しかし霊符には“陰”の文字があり、彼の失われたその気を瞬時に補った。
怒りながらも助けてはいる辺りに彼女の善性を感じるシンイチだ。

「額にお札って俺はキョンシーか何かかよ?」

だから顔は不満げながらおかしそうな声色で彼は起き上る。
トモエはそっぽを向いたまま、そっちの方がまだ可愛いわよ、と返した。
シンイチはそんな態度の方が彼女らしいと符を胸元に張り直しながら笑う。

「………ああ、その、オレにもわかるように説明してくれない?」

訳が分かっている様子で少ない言葉で理解しあってる姿を。
そして見ようによってはいちゃついてるようにも見える姿を。
離れて見守っていたリョウだがさすがに少し説明が欲しかった。

「なんのよ?」

「結局なんでこいつ倒れたんだ?」

「そ、そこから?」

予想以上にわかっていなかったと眩暈を覚えた体を何とか支えるトモエ。
彼が意図的に学ばなかった事情は理解していたが彼女からすればそれは常識だ。

「いい、人はそれぞれ陰と陽の気を両方持っているの。
 だけど個人ごとにその比率っていうのには違いがあるのよ。
 まあ、ほとんどの人はそこまで大きな違いは持たないんだけど……」

「俺は異常なレベルで邪気、お前らでいう陰に寄っているからな。
 そんな奴に圧倒的な陽の気がぶつけられたらまず体調を崩す。
 例えぶつからなくても周囲がそんな状態になったらそれはもう
 当人にとっては毒を散布されたのと変わりがない」

陰と陽と書くと前者に悪しき、後者に良いイメージがあるものの、
実際はこれがバランスよく存在していることこそ良き状態といえる。
本来偏り過ぎているシンイチの存在そのものが言葉通り異常なのだが、
当人がそれで安定している以上大量の陽の気に触れることは自らの陰の気を
それだけで消耗してしまい、体が不安定な状態に陥るのは当然の話だった。
毒という表現は誇大ではなく至極真っ当な表現といえよう。

「マジか?」

ただそれは一歩間違えば死に至っていてもおかしくないともとれる表現だ。
それをまるで雑談でもするかのように語る態度から確認のため幼馴染を見るが
彼女は沈んだ顔で素直に答えた。その顔が何よりの答えでもあったが。

「マジよ……その点は、本当にあたしの配慮が足りなかったわ。ごめんなさい」

「でも必要なことだったんだろ?
 普通なら陰陽のバランスを考えるってことは
 この場所は普通じゃないってことなんだろうし」

分かってる、問題ない、と言いたげな彼にトモエは複雑な心情である。
ちょっと驚かせてやろうと説明を後回しにしたのを彼女は後悔していた。
それはよく自分で遊ぶ彼への仕返しも多分にあったのだが、こんな形なのは
彼女の望んだものでは決して無い。が、それと説明責任は別の話。
意識を切り替えた彼女は、何を、どうして、しなければならなかったのかを語る。

「……まあね、普通ならいくら戦いの場だったとはいえ、
 死者なんか出るわけもなく、実際この前の事件でも出なかったここで
 ここまで大規模な浄化、いえ陽に偏らせる必要はないんだけど、ここ閉鎖的なのよ」

「ん、実状はともかく土地としては開けていると思うんだが?」

何せ海上都市であり、フィールドは直接海と繋がっている。
巨大な塀があるわけでも外部と繋がっていない地形をしているわけでもない。
しかしトモエはそれをわかったうえでここは閉ざされていると再度告げた。

「地理的にはそうでも人の流れはほぼ無いしフィールドは常にバリアで覆われている。
 外から次元エネルギーは集まるけど出させない造りにもなってる。だから……」

「そうか、霊的な力がなくとも概念的に閉じた結界と同じ状態になっているのか。
 だから内側に溜まった戦闘後の残留思念が抜けきらない。むしろ溜まる一方」

「そういうこと。
 こんな異世界科学で作られた場所でも霊的な概念を帯びてしまうのは
 少し不思議だけれど“そうなっている”と“そうなってしまう”ものなの。
 だから極端なぐらいに陰の気を祓っておかないとすぐにまたバランスが崩れる」

死者も出ない学生同士が競う場であるからこそ吐き出される負の感情がある。
殺し合いの戦場に比べれば程度は低くとも様々な感情が残留し、淀みとなる。
ましてやそれが授業によってほぼ毎日のように行われるとなれば余計に、だ。
それはその場にいる全員に何かしら良くない影響を与えるのだという。
彼女らが入学した当時はそこそこにひどい状態だったらしく、
気軽に入れるリョウの協力で彼女は定期的に祓っていたのだと。

「……だけどそれをなんでお前の友人らは知ってるんだ?」

しかしそれは聞けば聞くほど退魔師側の領分の話である。
それをなぜあんな大っぴらに友人たちの前で話したのかは疑問だ。
だがトモエはその問いにまずは首を振った。

「全部を正確に教えたわけじゃないわ。
 ただあたしの行動を誤魔化すのに最低限同じ女子生徒の協力が必要で、
 ここの異常に気付いた時にはもうあたし女子には名の売れた占い師だったから
 それを利用してそういうのに必要な作業とか修行とかそれっぽいことにしたのよ」

リョウの協力だけではトモエ自身の所在不明をフォローできるものではない。
だからそのための協力者をその顧客経由から幾人か作って頼んでいたのである。
それ自体は納得できるものだったがシンイチはその単語には眉をひそめた

「占い師? 六壬式盤とか使った式占術じゃなくて?」

術者の占いといえば陰陽師が行っていたというそれのイメージが彼には強かった。
トモエからいわせるとなぜ一部の常識は知らないのにそんなことは知っているのか。
と、問いただしたい気分ではあったが彼女は自身の説明責任を優先させた。

「それもやるけど、女の子受けのいいものじゃないのよね、あれ。
 あたしの占いは符と同じで既存のモノを混ぜたちょっとしたオリジナルなのよ。
 現在の星の巡りと対象の正確な名前と顔が解れば霊符だけでやれるから。
 みんなを占ってたのは実際の的中率の調査とあとは修行みたいなもの。
 ただまあ……思ったより人気出ちゃってびっくりしたんだけどね」

そういって見せた苦笑いが彼女としては正直な感想だった。
想定より占いが的中し且つ的確なアドバイスも出来てしまうものなため、
宣伝もしていなかったにも関わらず一部の女子の間で人気になったのだ。
どの時代でも女の子は占い好きだな、とシンイチは半分感心し半分呆れた。
尤もそれはその姿勢に対してであり彼女の占いならそれは当たるだろうと
彼は当たり前のように思っているが。

「で、あなたを呼んだ本題なんだけど……」

「足代わりじゃなかったのか?」

どこか神妙な面持ちで語る彼女をそうからかうがトモエの反応は硬い。
それもある、とはすぐに認めた。今は夜ももちろん昼もフィールドには入れない。
特別科の生徒ですら今は試験後の整備期間として誰も入ることが許可されない。
本当の理由をあの試験の裏を知る彼女らは潜むテロリストの有無や捜索。
他の仕掛けの調査等だとは分かっているのだが、それだけに侵入が難しい。
その点、世界中どこにでも転移できるこの男は“足”としては最高峰だ。
既にある程度マスカレイドについて知らされた両名は色々驚いたものの
結局は目の前に迫るこの問題に対して“使える”と考えたらしい。
逞しい、というのがシンイチの正直な感想だった。

「それだけじゃないのよ。
 率直にいえば、今のあなたの目から見てどうだったかしら?
 自分的には満点だと思うのだけど、やっぱり分かる人の評価が欲しくて」

そう聞かれ、一瞬シンイチはいつものからかい癖が出かける。
巫女服が似合っていただの、舞踊は美しかっただの、といった具合に。
ただ問いかける目が真剣且つ不安げでもあったためそんな自分を押し込める。
長く独学であり話せる幼馴染も詳しくない以上絶対の自信はなかったのだろう。
そんな不安を弄ぶのは彼の望んだ遊び方ではない。

「………お前自身はもう淀んだ空気をフィールドに感じていないんだろう?」

ならば彼がいうべきは最低限の確認だけでいい。
それに一瞬目を瞑って感覚を広げたトモエは頷くようにもう無いと告げた。

「ならそれで大丈夫だろう。
 自覚無いんだろうがこの広大な空間でそれができる探知能力は異常だぞ。
 ついでにいえば一か所から全部を浄化できるほどの霊力とその制御もな」

「いや、でも母さまならこれぐらい楽に……」

「母娘揃ってそれはまたとんでもない話だな」

彼の賞賛をまだまだ母に比べて拙いとやんわりと否定するトモエに
いくらか思い出による補正もあるのだろうとは思いつつ彼は額を押さえた。

「けどな、それは比べる基準としてはどう見てもおかしい。
 心配しなくても出力と制御、探知力の正確性と範囲、お前はどれも特級だ。
 これで自信持ってくれないと世の中大半の術者は立場がない。胸を張れ」

「そ、そう?
 あんたにそこまで言ってもらえると、す、少し安心できるわ」

呆れも混ざるが本気での賞賛を彼女は照れ臭そうに─素直ではないが─聞き入れた。
顔が赤いのは真っ直ぐに褒められることにまるで慣れていないからであろうが。

「へえ、よくわかんねえがすごかったんだな、トモエって」

「………お前はお前で霊力の量ならその巴を上回っているんだが?」

「え、オレ?」

若干半眼となって睨むように─羨むように─シンイチはリョウを睨む。
この二人は境遇ゆえか適切な指針や指導者に恵まれなかったせいか。
その才能の高さに比べて正当な自己評価がまるで出来ていなかった。
才無き身である彼にとっては呆れるしかない話だが。

「お前らには業腹な話だろうが、退魔一族も愚かなことをする。
 こんな才能の塊の人材を迫害し放逐するとは……見る目がない奴は悲しいな」

尤も、目があったからこそか、という懸念も彼は浮かぶが口にはしない。
彼らはある意味で外部の血を取り入れた事で大きな成功を見せた存在である。
これを旗頭に一族全体に外部の血と混ざろうという気風が生まれる可能性はあった。
それを嫌がった勢力が彼ら親子の排除に走ったという線はあり得ない話ではない。
無論ただの可能性であり、遠巻きに子供らのせいともいえる話である。
例えそれが真実であってもシンイチは教える気は皆無だ。

「総量が多いとはトモエから聞いてるけど、ぶっちゃけよくわかんねえしな」

ただこの霊力豊かな少年にとってはいまいちよく解らない力に過ぎない。
これにはさすがに色々似た事情を持つトモエも難しい顔で唸ってしまう。

「俺が時々嫌な顔する理由、分かるだろ?」

自分より才能があるのにそれに無頓着な相手というのは腹立たしい。
トモエは少し申し訳なさそうな表情で神妙に頷いて肯定を示した。

「ええ、とっても……これから気を付けるわ」

「よろしい。で、おまえ今までの話ちゃんとわかったのか?」

元々は彼がよくわからないという点から始まった説明である。
異世界とはいえ術関係の知識と漫画やラノベとはいえ陰陽師関連の知識が
下地にある彼は総じて簡単に理解したが肝心の質問者が分からなければ意味がない。
だが。

「………は、半分ぐらい?」

途端に目を泳がして弱気にそう語る彼に転入初日に見た不遜さはない。
むしろ座学が苦手で体を動かすのが得意な典型的な体育会系高校生と
いった雰囲気に微笑ましいやら頭が痛いやらでシンイチは溜め息だ。

「お前はまず物理的に鍛える前にそっちの方を鍛えた方がいいか?
 いくらなんでも基礎知識や制御が足らなさ過ぎる。ホント最低限じゃねえか」

せいぜい暴走しないための基礎中の基礎の制御力と
霊的な脅威に襲われた時にある程度としか言いようのない自衛力のみ。
普通に生きたいならそれで構わなかったのだろうが戦いに赴くというのなら
それは最低限ではなく足りないとしかいえない“微妙な力”だった。

「そもそも強くなりたいはずのお前がどうしてそれを鍛えなかった?
 自分や母親の扱いで悪感情があるのは分かるが武器は多い方がいいだろうに」

それどころか霊力という力はそれを持たない一般人には凶悪な性能を誇る。
ガレスト武装ですら感知も防御も全くできない力は今の時代は余計に強い。
使ってはいけないという教育を受けていたとしても考えはするはずである。

「…………笑う、いや、怒るなよ?」

「笑うか怒られるような理由なのか、おい?」

それに少し難しい顔と困った顔が混ざったような表情をした彼はそう告げた。
シンイチはその言い方に呆れながらも彼なりの理由というものを促した。

「あいつは……オレがぶっ飛ばしたい奴は一族の奴じゃないんだ。
 霊力を知らない奴に霊力で攻撃するのはアンフェアじゃないか。
 俺は大津家みたいな卑怯者になって勝ちたいんじゃない。
 あいつの土俵の上でぶちのめして絶対に勝つんだ」

でなければ意味がないという強迫観念すら感じさせる強い声でそれを語る。
それが利口な考えではない自覚はあるのか視線はあちこち彷徨っていた。
一方でシンイチは案の定といった顔で眉根を寄せている。

「そんなことだろうと思ったよ………笑う気も怒る気もないが、やっぱ呆れる」

「う、わかってるよ。
 冷静に考えれば使った方が使わないよりは勝てる確率はあがる。
 霊力だって母さんから受け継いだ立派な力だってことも……」

戦術的に考えて、相手から見えない・防げない“力”の脅威度は半端ではない。
また血筋に嫌悪はあっても母へは敬愛がある以上、力そのものへの忌避はない。
されどシンイチが呆れたのはじつはそれらの事柄ではない。

「バーカ、そこじゃねえよ」

「じゃあ、なんだってんだよ?」

言葉通り馬鹿にされていると感じた彼は不満げに聞き返したのだが、
シンイチは少しだけ黙るとひとり自分だけ納得したように頷くとこう告げた。

「………ふむ、どうすっかな。教えてもいいが、うん、宿題としよう」

「げ」

「数日時間をやる。今の考え方のそれ以外の問題点を見つけておけ。
 気付くと単純だぞ。そしてどれだけ馬鹿なこと言ってたか分かる」

頑張って考えろと短く告げると意地の悪い顔を浮かべて笑う。
それはそうなった時のリョウの顔を見て楽しもうという顔だった。
思わず渋い顔となる彼だが同時にお前なら気付けるとも言われているようで
腹立たしいやら気恥ずかしいやら、複雑な心境につい悪態をつく。

「悪かったな、馬鹿で。
 どうせ座学では中途半端な成績だよ!」

リョウは学園の成績ランキングにおいて総合3位ではあるが
これはステータスの高さと実技方面による評価点が大半を占めている。
座学も決して悪くはないがせいぜいが中の上といったところであり、
低くはないがランキング上位者の中では圧倒的に下位だった。

「くくくっ、拗ねるな、拗ねるな。
 お前はもっと強くなりたいんだろう?
 なら、それぐらい馬鹿でなければやってられんぞ」

「………は?」

「ガレストで、ここで、利口に鍛えてお前は今の力を得た。
 それでもまだ上に、すぐに行こうってんならもう突っ走るしかない。
 馬鹿みたいに真っ直ぐに、な」

そうだろ、と同意を求めるように視線を向けながらシンイチは笑う。
どこか筋が通っているようで無茶苦茶でもある理屈なれど、
彼が語るだけで妙に相手を納得させる何かがあった。
少なくともリョウはなにかが胸にすとんとはまる感覚を得た。

「それに問題はあるが、そういう考え方自体は嫌いじゃない。
 少なくとも手を貸してやりたくなる馬鹿だ。そのまま走れよ」

「あ、あのなぁ……馬鹿にするか褒めるかどっちかにしろよお前。こっちの身がもたん」

問題はあるといいながらその考え(想い)を否定はしない。
リョウは悔しいような嬉しいような複雑な胸中で苦い顔をすると溜め息だ。
彼はシンイチの厄介な所は褒めるのとけなすのをほぼ同時にやる所だと思っている。
しかも何が面白いのかダメな部分も好ましいものでも見るように口にする。
本当に駄目な点にはさすがに厳しい言葉が飛ぶので油断できないのだが、
ただどうしてもそれを不快に思うことはリョウにはできなかった。
分かるのだ。こちらのことを真剣に考えて本気で見てくれているのを。

「…………信一って、女の敵だけじゃなかったのね。
 どっちかというと人たらしよ………辞書的な意味も含めて」

腐れ縁の幼馴染が戸惑いながらも懐柔されたような姿に肩を竦める。
自分も充分その被害者の範囲に入っている事は完全に思慮の外だ。
ちなみに『人たらし』とは世間おいては人に好かれやすい人物。
もしくは他者を自陣営に引き入れるのがうまい人物に使われる事が多いが
辞書には人をだますその人と記されている。大正解である。

「さてと、先に宿題を出したがそろそろ今日の分を始めようじゃないか。
 もうあまり時間はないがこういうのは毎日続けないとな」

ニッコリと人の好い(胡散くさい)笑みを浮かべるシンイチ。
その笑顔に二人の生徒はそれまでのあらゆる感情が吹き飛ぶ程に背筋が震えた。
今日の日付はまだ6月9日。あの事件からは6日目で彼に師事してから僅かに4日。
それでも、もう彼らは反射的にそうなってしまうほどの鍛錬を受けていた。

「あ、あのあたし今ので霊力とか体力とかちょっときついんだけど?」

「てっ、てめえこら一人だけ逃げる気か!?」

「当然の権利といって! 本当にキツイんだからこれ!
 それに明日に疲れを持ち込みたくないじゃない、せっかくなんだし!」

それはそうだがと納得しきれないまでも彼女の疲弊具合は理解するリョウ。
今日は自分一人だけでこいつとやり合うのかと肩を落としかけた。しかし。

「ならお前はこれを読破しとけ。
 明日の夜、口頭でテストするから頭に入れとけよ」

「は?」

そういってどこから取り出したのか積み上げられた10冊ほどの書物。
今にも時代劇に出てきそうな装丁をされている手製の古書であった。

「え、これどこに持って? ってかなによこれ!?」

「うん、大津家から脅して奪っ……もとい、借りているものだ。
 お願いしたらあいつら喜んで持っていた書物全部(・・)貸してくれたんだよ。
 いやあ俺も知識は不足してるから助かった。いやあ良かった、よかった」

変わらぬ─白々しい─笑みのままそう語る彼に開いた口の塞がらない両名だ。

「……今こいつ、脅して奪ったってはっきり言ったぞ……」

「あいつらの事は大嫌いだけど今だけすごい同情するわ」

何をされたかなど想像もしきれないと苦笑いしながら書物のタイトルを流し読み。
基本的な知識をまとめた物から大津家秘伝の術や知識を記した物まであった。
これを奪われるのは霊能者一族としてはかなりの痛手である。なにせ
後進の育成にも使える資料をごっそり失ったわけなのだから。
また当主といえでもこれらの全てを丸暗記できているとは限らない。
文字通りあの家が培ってきた歴史の全てが奪われたに等しい。

「全部5センチ以上の分厚さとかなによ、これ。こんなの一晩で覚えろっての?」

おそらくはこれらでさえその“一部”に過ぎないのだろうと思いながら問う。

「それもあるが他家の教えや知識って奴がどう見えるかの研究でもある。
 違っている部分があったらそれも頭にメモをしておけ、明日聞く」

「簡単に言ってくれるわね……」

それはただ覚えるよりも厄介な作業が増えるが彼は前言撤回しないだろう。
むしろここで何か言い返せば今のように宿題を増やされる恐れもある。
溜め息を一つ吐いて、一番上の『初伝指南書』から読み始めていく。
灯りは日常スキルで光球を浮かび上がらせれば問題は無かったものの
その様子を「ざまあ」と言いたげに見ている幼馴染には苛立ちを覚えた。
グーで殴りたいと思いながらも“この後”を思って彼女は許した。
なにせ。

「で、次は、と」

彼はこれからこの男に物理的に鍛えられることになるのだから。
完全にシンイチに見据えられたリョウは自然と震えあがってしまう。
普段は本当に“見た目だけなら”人畜無害どころか純朴そうな少年なのだが、
他者を鍛えよう(いじめよう)とする時に見せる顔はギャップもあって縮み上がる凶悪さがある。

「きょ、今日は何するんだよ?」

それでも教えを乞うたのは彼らなのだ。その事実と強さへの渇望でそれを抑える。
シンイチはその顔のまま手をただ真っ直ぐ突き出すと翻訳されない言葉を紡いだ。

「硬く隆起し、形を成せ、(ガゴン)

途端に起こる一瞬の揺れと地鳴りの後、2mはある直方体の岩柱が彼の手に握られた。
否、それはただの岩柱ではない。それには人が握れる柄があり、そこから伸びる
直方体の一辺は研ぎ澄まされたような鋭さと輝きをまざまざと見せつけている。
大地によって鍛えられた岩の大剣。リョウはそんな言葉が思い浮かんだ。
それを軽々と肩で担ぐようにしながらシンイチは口許だけを歪めて笑う。

「───無論、ぶつかり稽古だ」

「そ、そうですか……」

おそらく正しい意味でのそれではないんだろうなと思いながら、
リョウはひきつった笑みを浮かべて覚悟を決めるしかなかった。
それを見て「ざまあ」と幼馴染が笑ったのは誰も気付かなかったという。



一応いっておきますが、霊力の術関連や考えの話は色々と実際にある言葉を
使いつつもこのカエファン独自の設定であるのであしからず。
+注意+
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