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帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

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??-?? 迫る聖なる手

この話がどこの時間軸の話かは後々明らかに。

そして、
いきなりよく覚えてない奴が出てくるとはいったが、
新キャラが出てこないといった覚えはない!






 ある小さな街の隅で佇むように建っている大きな建造物がある。
あくまでそんな街の中では、という但し書きが必要ではあったが、
それでも一番立派といえる建物は一般には教会と呼ばれている施設だ。
ただ地球で(・・・)最大の信者を持つというある宗教のそれと雰囲気は近いものの、
十字架は存在せず代わりにリング状の円を一本の直線が縦に貫くような図形がある。
ギリシャ文字でいう所のΦ(ファイ)に似た形をしたモノが壁に掲げられている。
またステンドグラスの類はなく信仰対象の女性像は荘厳さの欠片もない矮小さ。

尤も後者はその宗教の在り方というよりはこの教会の規模の問題だろう。
周囲にある木と石で出来た小屋のような民家より一回り程度大きいそれは
常駐する老齢の神父一人で全てを回せるほど簡素な造りをしていた。
祈りを捧げるための気持ち程度の大きさの祭壇と礼拝堂。
その裏にある棺桶が二つ並んだかのようなサイズの懺悔室。
稀に来る旅人や信者が寝泊まりできるだけの小さな部屋が一つ。
そして神父の私室と生活に必要な施設が奥に申し訳程度ある。

とてもこの世界で(・・・・・)唯一にして最大勢力を誇る宗教とは思えない扱い。
それはここが彼らの宗教が全く浸透していない国の一角なのが原因だった。
僅かとはいえ存在する国内信者とこの国を来訪する他国の信者のために
“仕方なく”国境沿いに近い小さな街にその教会は建てられていた。
この国において教会とはそんな申し訳程度の存在でしかない。
だからこそ。

「神父よ、一晩泊めてもらうぞ」

「こ、これはオレイル大司教さま!
 こんな時間になぜこんな辺鄙な教会に……」

その人物が先触れもなく、しかも夜更けの来訪に神父はたいそう驚く。
彼が慌てたのは当然であった。大司教とは彼が所属する教会においては
世界に12人しかいない存在でトップである教皇から二つ下の地位である。
こんな教会に配属された─出世街道から外れた─神父とは住む世界が違う。
それゆえか突然の来訪にも関わらず大司教の態度はにべもない。

「一介の神父が知る必要はない。
 こんな所に何も期待などしておらんから部屋だけ貸せ」

「わ、わかりました。で、ですがその後ろの方々は……その」

横柄な態度ではあるがそれも当然の地位にある相手ではある。
閑職にある神父は今更どうとも思わなかったが問題は彼以外の者達だ。
薄汚れた格好で武装した10人ほどの男達。傭兵らしい出で立ちなのだが、
下手をすれば盗賊団にも間違われそうなそれらに神父は眉をひそめる。
外見だけで判断するのはいけないがその目に浮かぶ下卑た色に
積み重ねた年月からくる経験上どうしても後者の気配が連想される。
とても大司教クラスの人間がひきつれるには似つかわしくない。
何らかの事情があり秘密裏に動かなくてはいけないらしいことは
雰囲気から察したもののそれにしても教会の兵士が一人もいない。
厄介事、謀略、表沙汰にできない荒事、といった言葉が頭に浮かぶ。

「何か問題でもあるのか。早く案内せい!」

不機嫌そうな、それでいて急かす声に神父は一瞬、
全員が泊まれるほどの部屋が無いといいかけて、内心首を振った。
この街には気持ち程度ながら宿屋もありこの人数なら泊まれそうだが、
主人である老夫婦の気持ちのいい優しい人柄を思い出すといえなかった。
この街でも教会はあまりいい感情を持たれていないが無理な布教はしない
神父個人はここの者達は普通に受け入れてくれていた。迷惑はかけられない。
彼は結局自分の部屋を大司教に明け渡し、武装した男達には礼拝堂で
寝泊りしてもらう事に。元より信者が座る椅子さえない名ばかりの空間だ。
その人数の男たちが寝転がるだけならば充分といえるだろう。
彼自身は厄介事の気配がしたため気を使った風を装って
自身は街の宿屋に向かうと自らの教会から足早に去った。
同時に近隣住民にやんわりと教会に近づかないよう告げながら。




石造りのむき出しの壁に人ひとり通るのが限界の小さな窓がいくつか。
申し訳程度の書斎机と小さな本棚が並び、その反対側に簡素なベッド。
残りのスペースは大人が3、4人も入れば窮屈になる程度の広さ。
光源は旧式のランプが一つだけでその灯りは安定せず不規則に揺れる。
そんな部屋がその教会でもっともいい部屋であり彼が今晩泊まる部屋。
オレイルはそこでひとり憤然とした顔で唸っていた。

「おのれっ、下賤な傭兵崩れが足元を見おってっ!」

彼は座り心地のよくない硬い椅子に腰かけながら不満をこぼす。
期待していないという発言は本心であると同時にいらぬ詮索を避ける言葉だ。
オレイルにとってこんな場末の教会など泊まるに値しない場所であったが
表立って行動できない事情があるだけにこんな所ばかり選ばなくてはならず、
極力騒ぎも起こせない以上、傭兵らの寝床への不満を黙らすのにまた金が飛んだ。

「私は大司教だぞ! 女神さまに選ばれた私を軽んじおって!」

これまでに蓄積した苛立ちをぶつけるように机上の物を腕で薙ぎ払う。
大きな物音が出たが傭兵たちは雇い主の様子を見に来る事もない。
その時点で彼はそれを異常だと思うべきだったが人目が無いことで
オレイルは完全に感情の制御がきかなくなっていた。

「どいつもこいつ! 私を誰だと思って!
 くそっくそっ、全てはマスカレイドのせいだ!
 こちらの邪魔ばかりしおって! 私をこのような目に合わせおって!」

そしてその激情は─一応の─原因たるここにいない存在に向いた。
彼が積極的に各国に働きかけて成立させた大同盟を無意味なものとし、
オレイルが生涯かけて手に入れた地位を結果的に失わせた張本人。
尤も最初から切り捨てられる予定だった事を当人だけが知らないが。

「思い知らせてくれる、はぁはぁ、はぁ……」

いくらか暴れて気が済んだのかそれとも疲れたのか。
鼻息荒いまま再度椅子に腰かけると憤怒冷めやらぬ顔を見せる。
が、これからのことを思えばそれもいくらか落ち着き、笑みが浮かぶ。
それは自身の懐から取り出した小さな木箱を見れはより深まった。

「くっ、くははっ、首を洗って待っているがいい薄汚い暗殺者め。
 ようやく貴様に、この私オレイル大司教さまが神罰を与えてくれようぞ」

とても聖職者とは思えない歪んだ笑みを浮かべながら、醜く嗤う。
この世界の歴史に名を刻む存在を自身が教会の敵として滅する。
それにより自らの復権、否それ以上の名誉と地位を手にする。
彼は愚かにもそう信じて疑わない。返り討ちにあう可能性を微塵も
考ていない見通しの甘すぎる歓喜と興奮の中に彼はいた。


「───あなたはいつから神罰を下せるほどに偉くなったのですか?」


そこへ泉の水面のような静かさと氷のような冷たさを併せ持った声が響いた。
オレイルが即座に理解できたのはそれが女の声であり部屋の外から聞こえた事。
彼がそれ以上の反応をするより先に彼女はゆっくりと扉を開けて入室する。

「っ、誰だ! なっ、おぬしっいえ、あなた様は!?」

その姿は光源の頼りなさからすぐには彼は認識できなかった。
しかしその存在はそれ自体が輝きを放つかのように存在を主張する。
年齢はおそらく二十歳前後と見られる若い女。一見すれば白いローブにも
見える修道服を身に纏い、同色のウィンプルを被るシスターらしき女性。
相貌は先程の声の持ち主とは思えぬほど柔和だが何故か瞼は閉じられていた。

「あ、ああっ、ど、どうしてこのような所に!?」

いってしまえばたかが小娘ひとり。
されどオレイルはその登場に自らが断頭台に括りつけられたように感じた。
それでもまだ誤魔化そうと考えたのか突然の登場に慌てたかのように装って、
彼女の前に飛び出ると二回り以上は年下の女性に躊躇いなく跪いた。

「何故あなたさまがこんな辺鄙な場所におられるのですか───聖女さま」

自分は決してあなたさまの前に顔も出せぬ者ではないと証明するように。
ただ顔を伏せながらも薄ら開けた目は自然と下卑た視線をそこへ向けた。
ローブに見えたそれには深いスリットが入っており、すらりと伸びた脚が見える。
若々しい白い肌と見事な脚線美を誇るそれがちらちらと姿を覗かせていた。
オレイルはそれを思わずどころか彼女が“見えていない”のをいいことに凝視する。
それは教会で唯一無二の存在である『聖女』に向けていい視線ではない。
どうせ分かるまいという高を括った思考にさらに冷たい声が落ちる。

「なんとも醜く見苦しい振る舞いですね、オレイル。
 かつては(・・・・)大司教ほどの地位にあった者なら潔くなさい」

だがそんなコトは聖女と呼ばれた彼女の閉じた目にすら見抜かれている。
その時、彼の頭にあったのはどうにかこの場だけでも逃れられないか、のみ。
相手は一人。この距離まで近付いていれば。所詮は女。そんな考えが頭をよぎる。
だが気付かない。それをまるで見抜くように聖女は溜め息を吐いていた。

「相変わらず薄汚い魂です。黒く淀んでいて汚らわしい。
 前々からあなたは教会に相応しくない者だと思っていました」

「な、なにを仰います聖女さま。私は長年女神さまや教会に仕え……」

「己が欲望を満たし、つまらない見栄を満足させるため、でしょう?
 面倒なことです。滅すべき悪と見て分かっても(・・・・・・・)法を犯すまで処罰できないとは」

「っ!」

呆れと嘆きが混ざったような声になぜか嘲りは心底無かったものの、
あの日から不本意な扱いの連続だった彼にはそんな差など解らなかった。

「こ、この小娘がっ、ひゃっ!?」

腕力にものをいわせればとばかりに飛び掛かろうとしたオレイルは
目の前に交差する形で突如現れた鋼の刃に驚き、無様にも尻餅をつく。
いつからそこにいたのか。聖女を挟むように立つ若い男女の剣士がいた。
その服装は簡素なものながら動きやすさを重視した意匠の同じ服。
胸元には金の刺繍で円と直線が交わった教会の象徴が刻まれたそれは
リーモア騎士団の中でも聖女傘下の部隊にのみ許されたものだった。

「愚か者。聖女さまがおひとりで行動なさるわけがあるか!」

「もう観念するがいい。お前が雇った傭兵どもはもちろん。
 合流予定のダモレスの元・将軍も捕縛済みで企みはすべて聞き出した!」

「な、なに!?」

刃を突きつけられながらも彼にとっては言葉の中身の方が衝撃的。
今のオレイルにとって唯一にして最大の協力者がもう教会の手に落ちていた。
そしてすべてを知られたとあってはもう言い逃れができる状況ではない。

「あ、ああぁっ、なぜだ! なぜ私がこのような目に!」

嘆くように項垂れ、理不尽だと叫ぶが傍から見れば
思い通りにならないからと駄々をこねる子供と何も変わらない。
親子、下手をすれば孫でも通じる護衛の少年少女から冷め切った
視線で見下されていることなど彼は気付きもしない。
その哀れで情けない姿を閉じた瞼からどう見たのか。
聖女は黙って歩み寄ると無感情にその罪を告げる。

「あなたの罪は降格後も大司教を名乗り続けた事がまず一つ。
 その偽りの身分で通達が遅れた地方の教会を私物化し続けたことが一つ。
 またその地位を利用していくつかの国で違法行為を働いた事も確認済みです」

「ふん、教会の面汚しめ!」

護衛の片割れのブロンドの少年剣士が嘲りしかない言葉を叩きつける。
そこで漸く彼も子供に侮蔑の視線を向けられていると気付いて唇を噛む。
さすがに荒事で勝てる相手ではない事は彼にも分かっていた。

「そして何より許されないのは元・将軍の部隊が運んでいた武具です。
 あれは神装霊機の分霊機(わけみたま)。リーモア騎士団本部から盗みましたね?」

「っ、それは!?」

「元・大司教程度の分際で女神さまから授けられた武具まで持ち出すとは!」

赤毛の少女剣士が怒りをにじませた叱責を飛ばせばオレイルは青ざめた。
そこまで判明したなら自分がどんな目に合うか知っていたからだろう。

「聖女様、裁きを待つまでもありません。ここで処断しましょう」

「ひっ!」

「いえ、ふたりとも縄を。
 本来ならこんな汚れた魂は即座に抹消すべきですが、
 他に余罪がないとも限らず協力者の存在も洗い出す必要がある、と
 グエン猊下から生きたままの捕縛を厳命されています」

「「はっ!」」

「や、やめ、おごっ!?」

その命令のまま二人はオレイルに縄を打ち、その口に猿轡をかませる。
咄嗟にしてしまった彼の抵抗も呻きもまるで意に介されなかった。
拘束された経験など無かったからか。その苦しさと不自由さに
もがくミノムシのような元・大司教の姿は哀れであった。だが。

「安心なさいオレイル。あなたはこれから裁きを待つだけの罪人ですが
 あなた方の企てだけは我々が有効活用させてもらいましょう」

「うぐっ!?」

聖女は淡々とその事実を告げ、ミノムシは驚きに目を見開いた。
されど彼女はオレイルの反応を気にする事もなく顔をあらぬ方に向ける。

「ですのでそこの方。それを持っていかないでいただきたいのですが?」

これまでで一際柔らかで優しい声で誰もいない書斎机に声をかけた。
それにはさすがに護衛の剣士たちも一瞬戸惑ったような顔を見せたが、
瞼を閉じた聖女の顔には僅かな動揺も見られずただ一点に顔を向ける。
まるでそこに何かある、いると言外に告げるように。

「っ!?」

果たして息を呑んだのは誰だったのか。
机の上にあったのはあの木箱。オレイルが懐から出した時は
確実に閉じられていたそれは今どうしてか蓋が開けられていた。
中にあったのは小さな布きれ。それに黒いモノが届きかけて、消えた。

───見えないナニカがそこにいる

「何奴!!」

そう判断した少年剣士が躊躇なく踏み込みと共に一閃。
上段から振り下ろされた剣閃が机を縦に真っ二つに分けた。
衝撃で木箱とその中身は狙ったのか偶然か聖女の方に転がった。

「くっ!?」

そしてその剣撃を避けるためソレは飛び退きながら姿を見せてしまった。
出来る限り彼らと距離を取ろうとしたのだろう。反対側にあるベッドまで
一足で跳ぶとその上でいつでも動けるように身構えた。部屋の薄暗さも
あって判別しづらかったがそれ以上にソレの姿は闇夜に紛れやすかった。
まさに黒一色。顔すら覆う全身の漆黒衣は体にフィットする作りではあったが
ソレを人型だと伝えるにとどまり体型から男女や年齢を測る事まではできない。

「マスカレイド?
 いえ、ただの黒衣。どこかの間者かそれとも暗殺者か!?」

「聖女さまかオレイル。どっちにしろ今すぐに捕えて!」

「よしなさい。美しき魂です、傷つけてはなりません」

剣を構えて警戒する二人を抑えるように誰よりも前に出た聖女。
怪しすぎる姿の相手を前にして手を出すなという指示に困惑しつつも
警戒だけは続けて彼らは指示通り動きを止めてソレへの注視に移行した。

「………」

すぐにやり合うようなことにならない空気を察したのか。
それだけはどうしても確認したかったのか。覆面唯一の隙間から
赤い眼光を聖女に叩きつけながら布越しの声で彼女を詰問する。

「正気か、聖女シンシア!
 この者達の計画を把握しておいて、利用するなど!」

不遜な物言いに両脇が沸き立つが当人は我関せずで
手の平をぽんと叩いて、まあ、と嬉しそうに微笑んだ。

「やはり止めようとしてくれていたのですね、
 ありがとうございます。魂の輝きに違わぬ素晴らしい行動です」

これにはソレも護衛たちも少し困惑して若干空気が弛緩する。
だが彼女はそれも気にせず、だが小首を傾げるようにして問いかけた。

「しかし何かおかしなことでしょうか?
 問答無用の襲撃計画というなら問題があるでしょうが私達は違います。
 ただマスカレイドに会いに行こう(・・・・・・)というだけですよ?」

会うだけ。
仮にその言葉を信じるなら確かに問題は少ないように思える。
そして仮にどころか一応もつかない形で彼女は本気でそう思っていた。
オレイルの立てた計画は報復という点では見通しが甘過ぎるものだったが
マスカレイドに会いに行くという点においては確実な手段を見つけていたのだ。
だがこの場で黒衣だけがそれが多大な問題を引き起こすことを知っていた。

「詭弁だ。お前の特殊な目については知っている。
 だが、マスカレイドは人が正邪を判定していい存在ではない。
 アレは世界全体を守護する者、時には手を汚さねばならない時もある。
 お前のその目はそれすらも断罪しようというのか?」

だから努めて冷静に黒衣の人物は言葉を選びながらその行いを否定する。

「当代のマスカレイドがその罪を背負い、苦しむ者なら
 私が裁き、私が許しましょう。そして正しき者なら手を取りあって
 この世から全ての闇を暴き、聖なる光で邪なる者を共に滅ぼしましょう」

しかし彼女は、そうなればとても嬉しいと素晴らしいと無邪気に語る。
だがそれは、当代が邪なる者なら例えマスカレイドでも滅する考えだ、
ということを暗に示してもいた。

「っ、話にならんっ!」

それに気付いた黒衣は話し合いは無意味と判断したか。
そんなことだけは絶対に避けなければならないと覚悟を決めたのか。
一瞬屈み、ベッドを折る程の勢いで蹴り壊すと、狭い室内を跳ぶ。
漆黒が尾を引く速さで床を、壁を、天井を次々と足場にして縦横無尽に跳び回る。

「くっ、速い!」

「聖女さま!」

薄暗さも手伝って護衛の剣士たちはその残像しか追えずに焦る。
だが自然と聖女を前後で挟むようにして剣を構えるが当人は穏やか。

「落ち着いて。
 傷つける意志はありません。目的はおそらく……」

「っ」

そっと床に転がった木箱とその中身に聖女は目を閉じた顔を向けた。
焦りから黒衣は壁を蹴って床に落ちた布切れへと一直線に突撃し手を伸ばす。
が。

「がっ、なっ!?」
「申し訳ありません」

こもったような苦悶の声と心底からの謝罪がほぼ同時に室内に響く。
影の突撃は突然現れたナニカによって遮られ、そして弾かれた。
狭い室内を転がされるも黒衣は即座に跳ね起きて体勢を整える。
そしてその視界に自らを弾いたモノを見て、舌を打つ。

「り、理力の具現化あの一瞬で!?」

木箱を守るように壁となり影を弾いたのは美しき銀の翼。
聖女の背からまるで生えているかのように魅せるその一対の片割れが
まるで囲むようにして目的の木箱と布切れを黒衣から隠していた。

「私達の調査網でもこれ以外は見つからなかったのです。
 なのでいくら輝ける魂を持つ方でも渡すわけには……ご容赦ください」

そういって小さく会釈するかのように頭を下げるが黒衣はそれを見ていない。
問答する時間すら惜しいとその両手に両刃の小刀─クナイを多数取り出す。
どこにどう所持していたというのか全ての指で挟み持ったその数は20を下らない。
聖女の前に立った少年は多数の刃に警戒心を跳ね上げるが、その行く先に一瞬呆けた。

「え?」

両腕を大きく振るように投げ打たれた全てのクナイは見当違いな方向に飛んだ。
右と左。狭い室内なれど誰もいない空間に向けて放たれていく刃の群。
黒衣から視線を外さず、視界の隅でその行先を捉えた彼は声を張り上げた。

「影属性だ! 返ってくるぞ!」

部屋の薄暗さとは少し色合いの違う影。それを狙った投擲。
影を操れるその魔法は時としてこういう暗がりがある場所において
不意をつくトラップとして使われることがあるのを彼は即座に思い出す。
時に足を引っ掛け、時に視界を奪い、時に伸縮自在の壁(・・・・・・)を作る。
戦いを生業にする者は環境が整っているなら大抵の魔法の性能と対策を学ぶ。
クナイの向かう先。聖女の左右の空間には影で作った小さな壁が浮いていた。

「遮って、(フュント)!」

鋭角を描くように影が弾いたクナイは聖女を狙い、それを彼女は防ぐ。
少女が銀の翼ごと覆うように風の壁で自分達を囲めば刃群は弾け飛ぶ。
それを見越していた少年は既に剣を片手に黒衣に対して踏み込んでいる。

「やったからには覚悟のことだろうな!」

傷つけてはならないといわれているが相手は既に攻撃を仕掛けてきた。
彼はその時点で相手を両断するつもりで足を走らせ、剣を振り下ろす。
聖女の言葉はせいぜいこの一撃で死ななかったら善処しよう程度。

「ハッ!」

それを鼻で笑ったのは黒衣の方。あまりに遅い、と。
いつのまにか手にしていた短刀で剣閃を受け流しながら、
開いた手にもう一振りの短刀を持つと剣士の命である腕を狙う。
少年は容易く自らの剣が流されるとは思わず、驚きで反応が鈍い。

「っ!?」

だがそこで今度は黒衣の方がその硬さ(・・・・)に驚き、響いた金属音に理解する。

「義手か、ちっ!」

されどその動揺は刹那のこと。
黒衣はまだ驚きから返ってきていない少年を軽々と蹴り飛ばした。
苦悶の声と共に彼の体は木の葉のように舞い飛び、風壁へと向かわされる。
黒衣からすれば防御を優先して風の壁をそのままにしてもその少年を
杭代わりにして内部に飛び込むつもりであったし少女が仲間を思って
解除すれば即座に聖女に切りかかり傷つけてでも目的のモノを消す心算。
そして実際少女は後者を選び、それどころか自ら飛び出すと
仲間を受け止める姿を見せた。尤も勢いを全く殺せず、
共に部屋の壁に激突するまで転がったが。

「覚悟!」

そしてその時にはもう黒衣は聖女を短刀の間合いに捉えていた。
ただ当人は彼女を殺せるとは微塵も思っていない。特殊な目と巧みな理力操作。
地力や能力で大きく差があり今の装備では具現化させたアレには敵わない。
ただ一撃を入れる。最速で踏み込み、注意がそれる一瞬さえ作れば──。

「──っっ!」

そんな淡い期待が吹き飛ぶような悪寒に黒衣は本能的に飛び退る。
同時に手元の二振りの短刀を交差させるようにして胸元で構えていた。
そしてそれが間違っていなかったことを即座に理解させる衝撃が襲う。

「があぁっ!?」

先程の銀翼のそれとは比べ物にならないそれに刀身が砕け散る。
それでもなお威力を殺しきれずに黒衣は窓枠近くの壁に叩きつけられる。
黒衣は気付かなかったのだ。自身の間合いが彼女の間合いでもあったことを。
その時点で顔は余所を向いていても体は迎撃の構えをしていたことを。

───それは銀の一閃だった

まるで達人の剣かと思う鋭さと速さで黒衣を襲ったその正体はただの“蹴り”。
銀のグリーブを纏った脚がそのスリットから剣閃のようにそれを繰り出した。

「あぁ、申し訳ありません!」

苦悶の息をもらしながらも一度は床に落ちた体を立たせた黒衣に謝罪の声。

「昔から普通の光景が見えないもので幼少期から護身術を嗜んでいたのです。
 だから襲われるとつい手や脚が出てしまって……ごめんなさい」

黒衣は唇を噛んで舌打ちする。言葉が嫌味に聞こえたからではない。
本気で謝っているのだと感じられた事とその威力のためだ。
一瞬で纏われた理力のグリーブの硬さと蹴りの速度はまさしく凶器。

「あっ、ぐぅ……冗談だろう、もうそれは護身術の範囲を超えているぞ。
 前々から、う、ぐっ、そのスリットは妙だと思っていたがこのためか!」

「はい、この方が足捌きがしやすく蹴りやすいので。
 それにこの程度なら見たことがない私の場合羞恥は感じませんから」

にっこりと襲われた側とは思えぬ穏やかな美貌で黒衣に微笑む聖女。
目が見えない彼女は一般人より肌を見せることに抵抗がないのだろう。
そして黒衣は彼女に自分が敵とさえ思われていない事に歯噛みする。

「無念!」

だがそこに拘ればそこで終わりだと認識して煙玉を床に叩き付けた。
小さな爆発音と共に狭い室内は一気に白い煙で包まれた。聖女には
効果はないだろうが復活した護衛たちの足を止めるには充分。

「え、煙幕!?」

「聖女さま、口許を何かで覆ってください! 毒煙の可能性も!」

護衛たちが慌てた声を発したのと何かを割ったような音が響いたのは同時。
彼らはそれが黒衣が窓硝子を割って逃走をはかったのだと理解して声を張る。

「3番隊、4番隊! 忍び込んでいた賊が逃げた。追え!」

部屋の外、ひいてはこの教会を囲んでいた仲間たちへの指示だ。
窓ガラスが割れた音と続いたそれにいくつかの小隊が方々に散る。

「………逃げてしまいましたか。
 滅多に見られない輝きでしたのでもっとお話がしたかったのですが」

呑気にそうこぼしながら背の翼を羽ばたかせて煙を外に吹き飛ばす聖女。
視界を一時完全に覆っていた白煙は壊れた窓から闇夜に消えていき、
弱いランプの灯りが再び室内中に届きだすが黒衣の姿はどこにもない。
目を閉じているはずの聖女の言葉通り。

「聖女さま、失礼ながら正しき者とて立場によっては敵対します。
 誰彼構わず気をお許しになるのはやめてください。危険です」

「そうです!
 いくらあなたさまが体術にも優れているといっても
 不死でもなければ無敵でもないと仰ったのはご自身ではありませんか!」

聖女の能力と性格を知っている両名だが今回のはあまりにも悠長に構えすぎだと
丁寧ながら説教に近い口調で声を荒げるも当人はほんわかとした声を返す。

「ふふ、心配性ねラナとジェイクは。
 ……でもそんな色は視え無かったから安心して、大丈夫よ」

自分達の言葉がこたえてないのには困ってしまう護衛二名だが、
彼女にそういわれるとそれ以上は何も言えなくなるのも事実だった
それだけの説得力がある眼を聖女は持っているのだから。

「それより二人ともケガはありませんか?
 かなりすごい音がして飛んで行ったように感じられましたが……」

「いえ、俺はラナが庇ってくれたので腹に痣が出来たぐらいで……助かったよ」

少年が受け止めてくれた仲間に感謝の意を示せば少女は少し頬を染めた。
が、彼女はすぐに首を振って申し訳ない表情を浮かべると謝罪をする。

「ううん。ごめんね、ちゃんと受け止めきれなくて。
 風で受け止めちゃえばよかったのに慌てちゃって、ごめん……」

「気にするなよ。もとはといえば簡単に蹴り飛ばされた俺が……」

「うふふ」

このまま謝罪合戦を始めそうだった両者に注がれる微笑ましい視線。
否、この場合は微笑ましい顔が向けられているというべきか。
ともかくその意識に気付いて両名はばつが悪い顔を浮かべる。

「え、えっと……わ、私も平気です!
 打ち身ぐらいはありますけどもう自分で治癒しましたから!」

その報告をしたことでもうこの話は終わりだと少女は言外に告げる。
聖女は残念そうな表情を浮かべて「わたし部屋、出てましょうか?」と
いらぬ気遣いまでしだすので少年の方が慌てて話題を変えた。

「あ、あのっ! それで、どうしますか?
 あの者を本格的に追うか、それとも明日に備えてもうお休みに?」

そして聖女もそれには即座に顔を真剣なそれに変えて即答した。
彼女の中でこれからの予定はもうとっくに決まっていることだった。

「いえ、それよりもすぐに出立しましょう。
 マスカレイドの正邪判定は急がなくてはいけませんし、
 入国目的であった捕縛任務が終わった以上時間は無駄にできません」

ここはリーモア教会の権威が届かぬどころか警戒される国。
元の地位を名乗って利権をむさぼる背教者を捕えるという理由が無ければ
教会で立場ある聖女が部下達と共に入国を許される事はなかっただろう。
本来ならこの時点で出国の手続きを進めるべきだが以前より仮面の英雄を
見極めたいと考えていた聖女にとって彼らの計画は渡りに船だった。

「わかりました。すぐに皆に準備をさせます。ここでお待ちを」

「おらっ、さっさと立たないか! きびきび歩け!」

やはりかという顔を二人は浮かべて苦笑するがすぐに頷くと片方は準備に。
残りは捕えたオレイルを引っ立てていくと残るは自然と聖女だけとなる。
彼女は何もいわずただ手の平を上を向かせて開くと小さく何事か呟く。
途端、片翼で保護していた布切れが浮かび上がってその手に舞い降りる。

「………ようやく手がかりを掴みましたよマスカレイド。
 これであなたの正邪をようやく確かめることができます。
 歴代の方たちは確認しようがありませんが当代のあなたには疑いがある。
 果たして、伝説通りの英雄かそれとも邪な魂を持つ乱暴者か。
 この眼でしかと見定めさせてもらいましょう」

誰にともなく決意を語るように呟いて、瞼が開かれる。
光映さぬ銀の瞳が何もないはずの虚空をまるで睨むように見詰めた。
彼女が掴んだ手がかり。その手にある小さな布切れには目を引く赤黒い染み。
どこかの戦乱で流れたというマスカレイドの血がそれには染み込んでいた。






「─────」

失敗した、と激しい後悔と苦々しさの中で黒衣は闇夜を駆けた。
その赤い眼は星明りだけの野道でも迷わずに済むほどに夜目がきく。
ソレの目的はオレイルの捕縛と尋問。そしてあの布切れの回収ないし抹消。
しかしどれも聖女とその配下たちによる予期せぬ介入で果たせなかった。
何たる失態だと悔しげに唇を噛む。今回の任務は大恩あるあの少年(・・・・)
報いることができる数少ないチャンスでもあったというのに。
よりにもよって最悪の相手にアレが渡ってしまった。

「っ、くっ!」

後悔に苛まれながらもその足は不穏な風切音に気付いた途端に地を蹴っていた。
真横に跳ぶと大地に転がるように音の根本から遠ざかりつつ即座に起き上がる。
音の正体を見極めるために。だがそこにあった存在に驚きの声が出る。

「っ、黄金の矢!?」

先程まで黒衣が走っていた大地に突き刺さる幾本もの矢。
暗闇でもそれ自体が輝いてるかのようなそれに一瞬目を奪われる。

「へぇ、今のに気付くなんてすごいねキミ」

だがそれらが放たれたと思わしき方角から軽薄な男の声が届く。
その姿を確認する時間さえ惜しいと躊躇いなくクナイを投げつけた。
数は五。すべての刃に魔力を覆わしたそれは見た目以上の鋭さを誇る。

「アホ、油断するな!」

だが男とクナイの間に別の人影が入り込んでその輝かしい大盾を掲げた。
回転をかけて放った刃はその盾に突き刺さるように当たるが、それだけ。
並の盾なら易々と貫く魔力を纏ったクナイが文字通り()が立たない。
瞬間、黒衣は己が魔力に命じた。

点火(いぐにっしょん)!」

込めた魔力の遠隔爆破。武具への魔装闘法術と一緒に教わったやり方。
クナイの破片もろとも粉塵が舞う爆発を巻き起こし、黒衣は地を駆けた。
追撃のためではない。目晦ましが意味のある内に逃走を狙ったのだ。
が。

「ぐっ!?」

馬鹿な、と矢が刺さった肩と脚を庇いながらその衝撃に大地に転がる。
この闇夜の中で、さらに爆発と粉塵で視界を塞がれながらもあの矢が刺さる。
偶然で片づけるには利き手の肩と片足の腿という嫌な所に当っていた。

「武具に纏わせた魔力の爆発、か……初見だったが相手が悪かったな」

大盾でも隠し切れない大柄の女性がその影から自信に満ちた顔を見せる。
一方で庇われた形の男はその登場に少し不満げに口を尖らしていた。

「姉御、別に俺だけでも迎撃できたのに」

「馬鹿をいうんじゃないよ、このヒョロ坊が。
 あれを迎撃したら次射までの隙に逃げられたに決まってる」

「あはは、手厳しいなぁ姉御は」

油断か余裕か。
砕けた調子で言葉を交わすがその視線は黒衣から離れていない。
一方で黒衣もその二人に、そして彼らが持つ武具に目を奪われていた。
大柄の女が構える大盾。優男が装備する手甲と一体化したハンドボウ。
どちらもその輝きはこの闇夜の中でもはっきり視認できるほどの黄金。
それが何を意味し、何であるかを示すかはこの世界ではあまりに有名。

「あ、ぁ……馬鹿、な………弓と盾の神装霊機だと!?
 聖女のみならずリーモア騎士団本隊までマスカレイドを追う気か!?」

愕然とした声を発しながら動きの悪い腕と足を庇いながら立ち上がる。
それに男は感心したような口笛を吹くが女は少し困ったような顔を浮かべた。

「まあ一応聖女さまの護衛を命じられた以上はそういうことになるかね」

「正邪判定に興味ないけど、こっちはこっちでアレには個人的な用件があるんだ」

だから都合がよかったと軽く笑う男に黒衣の中で何かがキレた。
オレイル元・大司教。ダモレスの元・将軍。聖女シンシア。女神(リーモア)の騎士。
どいつもこいつも自分達の都合ばかり。誰も彼もふざけた大義ばかり。
そんな者達が我が物顔で“いま彼がいる場所”に向かおうとしている。

「……けんなっ! ふざけんなてめえら!!」

隠密に行動する己が本分を忘れてしまう程そんな話は許せなかった。
沸き立つ感情を収めることができずにその全てを外部に開放していた。

「うわっ、なんかすごい殺気きた!」

「………穏便にすませたかったのだがな」

優男は苦笑い、女性は溜め息を吐いたがそんな事はもう赤き目に映らない。

「今ある平穏は誰のおかげだと思っているんだ!
 教会はいつも身勝手な理屈を掲げて平和を乱すことしかしない!」

「……どうしよう姉御、俺軽く同感なんだけど」

「黙ってろ、来るぞ」

軽薄な笑みの男もそれを注意した女も口調は変わらずも雰囲気が変わる。
目の前の相手の本気と決死の感情に油断してはならないと本能的に察したのだ。

「お前らごときに邪魔させるかよっ!」

動く手にクナイを逆手に構えて、魔装闘法術で─拙いながら─肉体を強化する。
しかし扱いきれなかった魔力が余波となって周辺の木々を揺らしていく。

「やっと帰れたんだあの人は! 追わせるものか、邪魔させるものか!」

そして赤い瞳が夜を裂くように輝き、闇より濃い殺気を叩きつけた。

「そこをどけぇっ!!」

激情にかられたまま女神の騎士に突貫する黒衣。
その脳裏に敵うわけがないという冷静な思考も存在していた。
どれだけ激昂してもそういった部分だけは作れという彼の教えのままに。
だがどの道この場を逃れるには彼らをどうにかするしかないのもまた事実。
怒りと冷静さの中でそれでも黒衣は強敵に立ち向かわなければならない。
勝てずともせめて、そうせめて、このコトを誰かに知らせなければ───








────シンの兄貴が危ない!

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