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帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

試験編 エピローグ

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04-42 青と赤の宣戦布告(前編)

遅れに遅れたお詫び、というわけでもないですが二話連続投稿。
それで一応、この章は終わりということでひとつ。

まずは前編、青い方の宣戦布告


───なんだあれは


その光景を見てそう思わない人間はいない。

特異な立場であり、屈指の実力を持つ彼女ですらそう思った。

否、そんな評価が急に情けなく感じてしまうものがあった。

なにせ、そもそもの次元からして違う。

生身で外骨格に易々と立ち向かうなど。

しかも相手の中身はガレスト全体で考えても十指に入る剣聖。

それを少し疲弊した程度で、そして生身で叩きのめすアレはなんだ?

けれど彼女はそれに驚愕している自分がいるのを認めながら

同時に納得している自分がいるのがよくわからなかった。

ただそれ以上に疑問なのは彼女が見ている事に気付いている彼が

それを気にした風もなく、堂々と“力”を見せつけたことだ。

だが彼らは一時の休息を挟んでとんでもないことを語り出す。

唇の動きで大方の内容を理解した驚愕ゆえか彼女は数時間思考を停止させた───








──────────────────────────────







人気のない場所にあったその扉はそっと内側から開かれていく。
自動のスライド式ではない手動の開き戸をその人物はゆっくりと動かす。
そこから姿を見せたのはスカイブルーの髪をベレー帽で隠すメガネの少女。
物音を立てぬように、ゆっくりと体を外に出しながら静かに扉を閉める。
小さな金属音すら出さなかった少女は両手で小さく拳を握ってガッツポーズ。
ミッションコンプリート。とでもいいたげな満足げな表情を浮かべる。
だからだろう。その仕草は少年の妙なスイッチを刺激した。

「お出かけですか、お嬢様?」

「ひゃうぅっっっ!?!?」

びくりっ、と予想だにしない方向から声をかけられて少女はびくついた。
その反応があまりに予想通りで、且つその悲鳴が可愛らしかったからか。
笑いをかみ殺すような声をもらしながら建物の影から少年は姿を見せた。

「いや、悪い。まさかお前が出てくるとは思わなくてな」

口ではそういっているがその顔は笑っており悪気しか見えない。
されど少女はそんな表情より彼がそこにいた事の方に意識が向いている。

「シンッ、あっいえっ、ナカムラさんなんでここに!?」

「……どっちかというとそれはこっちの疑問なんだがな」

ここは学園を中心とした地区に存在している総合病院───の裏手。
正面玄関と違って大通りに面しておらず人気も少ない文字通りの裏側。
しかも従業員用の通用口。そこから私服姿の少女が出てくれば疑問だろう。
尤もそれを言い出せば彼もなぜそこにいるのかという話になるが、
シンイチは意図的に自分のことを完全に棚に上げていた。
ただ少女は少女で彼の呟きを聞いていなかったようだが。

「ま、まさか私のお見舞っ」

「今回の件で入院する羽目になった奴が何人かいた。
 ちょっとした様子見だ。表立って見に行ける立場でもないしな」

少女の願望が若干入った推測を遮るように意地の悪い顔でそう告げる。
ただその中には少女も含まれるのだから彼女の推測は間違いともいえない。
紛らわしい言い回しで少女をからかってやろうという思惑が透けてみえる。
だが。

「あ、なるほど、さすがです!
 ご自身の采配による結果をご自身で調べていたのですね。立派です!」

彼女はその言い回しに興奮気味に感心するとレンズ越しの瞳を輝かせる。
先程とは違う意味で両手をぐっと握りしめて尊敬の眼差しを向けてきた。
彼女の中で自分への見舞いよりそれは高尚で素晴らしい行いだったようだ。

「………そこを感心されるとは思わなかった」

ただ予想外の反応に目を丸くした少年は苦笑いだ。
それが的外れの推測なら否定できるが、あまりに大当たりでばつが悪い。
彼がここに来ていたのはケガや疲労具合から入院した者達の様子を見るため。
自身の指示を間違いとは思っていないが無理を強いたのも事実である。
状態の把握と経過観察ぐらいはしておこうという彼の病気じみた律儀さだ。
院内に入らず裏手にいるのは妹に気付かれないためという私的なものだが。

「今度はこっちだ。お前はなんでそこから出てきたんだ?
 お前もその入院患者の一人だろうが、アリステル(・・・・・)

「はい、ちょっとその………って、ええっなっ、んんっ!?」

「……悪かった。今のは俺が悪かったから叫ぶな。いいな?」

彼女は自分の正体を気付かれているとは思っていなかったらしい。
その点への配慮を怠ったことを謝罪しつつ片手で彼女の口を塞ぐシンイチ。
いくら裏手でも人が叫び声をあげて絶対に気付かれない場所でもない。
その辺りを言い含めると顔を真っ赤にしながらも少女は何度も頷いた。

「ふぅ、はぁ……さ、触られてしまいました……。
 あ、いえっ、ごめんなさい。びっくりしてしまって……いつから?」

「その姿でここで再会した時だよ。
 本当は縦ロールの方を見た時に気付くべきだったんだが、
 じつをいうとあれでも転入初日でいろいろ緊張してたんだ」

「ああ、やはりそうでしたか。
 いま思い返すとデパートの時より余裕がない感じがしてましたから」

そうだと思いました、と。
真実を語りながらおどけてみせたシンイチに心底納得した声が返る。
一瞬それに絶句した彼だがそれをすぐさま消して、なんでもない顔でこぼす。

「姫様って奴はたまに極端に目がいい奴がいるから困る」

知らぬ間に見抜かれていそうで怖いと誰かを思い出しながら内心笑う。
立場上、多種多様な人間と接して育っていくためか稀に優れた洞察力を
身に付けてしまう者が現れる。それは極端に高い技量ランクを持つ彼の
目とは根幹から異なる実体験からくる本物の眼力である。
勝てる気がしないというのが彼の正直な感想だ。

「ですが、だとしてもすぐに見抜かれたら変装の意味がありません。
 けど、あなたを一度でも騙せたのなら少し自信がもてます」

ただそんな呟きに気付いた様子もなく照れ臭そうに少女ははにかんだ。
それにはフレームの大きいメガネでは隠しようのない愛らしさがある。
シンイチもそれ自体には素直に可愛いと思っていた。が。

「少し、ねぇ……」

彼からすればその変装は少し程度の変わりようではない。
全くの別人だといった方が正しい。情緒不安定気味だったとはいえ
一度はシンイチの目を完全に誤魔化したのは決して伊達ではない。

見た目の共通点は髪の色ぐらいでそれも大きなベレー帽で
隠されているため通常とは別の視点から見ないと気付くのは難しい。
瞳の色もメガネのレンズに細工でもあるのかその金色が見辛くなっている。
それ以前に変装前(縦ロール時)にはあったオーラ染みた存在感が希薄だった。
魂の気配でヒトを認識する癖がある彼ですら困惑するほど雰囲気が違う。
どちらが素か。はたまたどちらも素か。

「まあ別にいいけど。でもそれ俺の質問の答えにはなってないな」

「すっすいません! あ、あの私!」

「だから騒ぐなって、仕方ない。場所を変えるか、だいたい想像もつくし」

「え?」

またも声をあげそうになった彼女を制しながら呟いて、自然とその手を取る。
ぽかんとした少女が理解しきるより早くその腕を引くように彼は歩みを進めた。
病院に関わる者達には気付かれぬように注意しながら裏手から街中へと。

「俺もちょうど行こうと思ってた所だしな」

「どこ、に─────ッッ!」

どこに連れていく気なのか。その疑問が先立っていたのか。
それとも認識するとどうなるか解っていたから遅らせていたのか。
誰が自分の手を握っているのか気付いてしまって少女の頬が赤に染まる。
シンイチは少し後ろを見てその顔を堪能すると引っ張るようにして進む。
同時に手の感触から腕に異常がないのかを悟られぬよう調べながら。
彼女があの戦闘で腕に負担をかけたことは診断結果を覗いて知っていた。
幸い傷も後遺症も無く、問題のない状態だと分かって彼は安堵する。

「っっ………あ……」

だから、その後ろで少女の視線の意味が変わったのに気付かなかった。
驚きに目を見開いて、彼の手に意識のすべてを彼女は奪われてしまう。
何せそこから伝わってくる感触は紛れもなく少女の理想のそれだった。
以前、手を貸してもらった時はそれどころではなく気付けなかったが
その感触を彼女は知っている。戦い続ける者の手。何より美しく立派な手。
大きさは少女のそれと大差などないまだまだ子供の手であったけれど、
その独特の感触は多くの傷を何度も負った者が持つ戦いの勲章だ。
少女はその向こうに幾多の戦いと傷の数以上に守られたモノを見る。

「やっぱり、いいなぁ」

自然とそんな言葉が口からもれる。戦闘者としての尊敬だけではない。
気付けば、引っ張られていたのに二人の歩幅は合っていて殆ど並んでいる。
強引に手を引いたのは最初だけでそれから少年は彼女を気遣って合わせていた。
知ったばかりの想いの向かう先が彼で良かったと少しだけ彼の手を握り返す。
異性に触れられる羞恥よりそんな彼の手に触れてもらえた栄誉を誇るように。

「ん?」

ただ彼からすればいきなり握り返されたので不思議そうな顔を向ける。
それになんでもないような顔をして、朗らかに少女は微笑んだ。それは
色々な事を表沙汰にしたくない態度を取る彼を慮っての沈黙であり、
シンイチもそれを何故と聞くことはしなかった。






「チョコバナナ、マロン生クリーム、いちごティラミスにトリプルベリー。
 あとツナサラダとハムチーズをひとつずつお願いします」

“ソコ”に到着した彼はどこか気安い調子でそんな注文を行った。
そしてそれを車中にいた妙齢の女性は驚いた風もなく聞き覚えて笑う。

「はいよ、ちょっと待ってな」

顔見知りなのか口調は砕けていたがテキパキと慣れた手さばきで
中にいたもう一人の店員と共に彼らは受けた注文を形にしていく。
彼が一人でそれを頼んだのはどうやらこの様子ではいつもの事のようだ。

「それにしてもよく食べるね、あんた。こっちはありがたいけど
 昼間はステーキ十人前ペロリと食ったって剛肉屋の店長、呆れてたよ」

「ははっ、食べ盛り、そして育ち盛り希望なもので。
 だけどどこでも商人のネットワークは怖いなぁ、噂が早い」

乾いた笑みでごまかしながらその話の広まり具合に内心肩を竦める。
町単位でなら国家の諜報機関より速度と情報量は勝っているかもしれない。
何せいま語られた話には間違った情報はない。時間も量も店名も事実だ。
ただ今回の場合は“彼だったから”のようだが。

「ここは外からの客は少ないからね。固定客の情報は大事さ。
 それに学園エリアの飲食店じゃ、お前は黒いブラックホールと有名だからな」

「……言いたいことはわかりますけど色が被ってますよ」

だいたいそんな二つ名嬉しくないといえば店長もそれはそうだと笑う。
談笑しながら楽々と慣れた手つきで作り上げていくのを見守りながら
シンイチは後ろに並ぶ少女に声をかけた。

「それでお前は何食う?
 俺が頼んだのを作ってる間に決めてしまえよ」

そういって指差したのは車に立てかけられたクレープのメニュー表。
そのため繋いでいた手は離れていたのだがそれよりも少女にとっては
見事にここに連れてこられたことが驚きだった。

「な、なんでここに私が来たいとわかったんですか!?」

それは女子生徒の間でひそかに評判になってるクレープの移動販売店。
車での移動販売とは思えぬ材料にこだわった味と丁寧な作り。そして
姉御肌な店長の存在が女子たちの間で好評となっているといわれる。
一度は食べてみたいと思っていた彼女だが中々機会に恵まれなかったのだ。
だが、そんなことをアリステルは一言も口に出した覚えはない。

「それは簡単な推理だよ、ワトソン君」

「わ、わとそんくん?」

しかし彼は得意げな顔でガレスト人には通じないフレーズを口にする。
そしてそれなりに体裁は整っている風の推論をそれっぽく語ってみせた。

「まずお前には限定パフェ目当てで一人で行動していた前科がある。
 病院食はお前の場合量と質は充分だろうが甘味が足りないのは想像できる。
 だからきっと今回もそれ目的ではないかと考えるのは比較的自然な話だ。
 そして今の時間帯、病院から一番近い店は決まったコースを巡るこれだ。
 試験休みは今日までで抜け出してきたお前に時間的余裕がない事を考えれば……」

「ここしかない……すごい。それだけでわかるなんて!」

「まあ、俺が来たかったのが8割なんだけどね」

本人としては外れてもいいと考えるいい加減な推理だったが奇しくも正解。
最後にネタばらしのようにそう続けるも彼女の目の輝きは衰えもしない。
謙遜と誤解したのではなく2割の気持ちで当てた事に感心していた。

「……うむ、強敵だ」

何が、なのかはあえて口にせずに苦笑いを浮かべるシンイチである。

「ほら、出来たよ。
 しかし初めて女連れてきたと思ったら噂のお忍び姫か。大物じゃないか」

出来上がった順にクレープを渡しながら店長は意味ありげに笑う。
どうやら少年と同じく少女とその正体はそこそこ有名らしい。
言いたいことを察してしまったシンイチは目を泳がしながら受け取る。
否定も肯定もしないその様子に店長はまた意味ありげにほうと息を吐く。
そして面白そうに笑いながら言葉を少女に向けた。

「で、そっちの子は何にするか決まったかい?
 それともこいつと分け合って食べたい派かい?」

「は、はい。それは大変魅力的ですがいずれの機会に。
 私は苺チョコ生クリームのアイストッピングとプリンアラモードをお願いします」

「いずれだとさ……少し待ってな」

にたにたとした笑みと共に少年をからかうと即座に作業にとりかかる店長。
六つのクレープを手に持ちながら半眼で睨みつけるが彼女は意に介さない。

「………はぁ、どうにも作り手には弱いな俺」

これ以上は言うだけ無駄だと潜在的な尊敬心もあって負けを認めて腕を翳す(・・・・)
そしてアリステルに視線を向けると手の動きだけで少し離れたベンチを示す。

「あっちのベンチ、空いてる内に確保してくる」

お願いしますと少女が頷けば、シンイチも頷いてそこへ足を向けた。
彼がベンチに陣取って席を確保した頃には注文のクレープが出来上がる。

「はい、お待ちどうさま」

「ありがとうございます。それでお代はこれで」

と、フォスタを取り出す前に女性店長は笑いながら小さく少年を指差す。

「もうもらってるよ。行く前にさらっとフォスタかざして支払ってさ。
 ありゃ抜け目ないうえに手慣れてる。女泣かせてきた気配がするねぇ」

厄介な相手を好いてしまったねと同情的ながらおかしそうに笑う。
ただアリステルはその発言の後半部分を殆ど聞いていなかった。

「え、まさかさっきの変な腕の動き……あ、ああ!
 そんな悪いです。私が払いますよ! だって、またそんな!
 駄目ですって、私そんなつもりでっ!」

予想外に奢られてあたふたする少女を見る店長の目は驚きの後、優しくなる。

「あれま、いい子だねぇ。でも気にしなくていいよ、いいかい。
 男が格好つけた時は女は黙って受け取ってやればいいのさ。
 恐縮するよりお礼を言った方があの手の男は満足するもんだよ」

「そ、そうなのでしょうか?」

「そうなのですよ。
 何せ男って奴は格好つけたがりの面倒な生き物だからね」

「なるほど、勉強になります!」

大きく頷きながら年上からのアドバイスを彼女は素直に受け取った。
その素直さか純真さに感心してか彼女はさらなるお節介を焼くことに。

「頑張りなよ、お嬢ちゃん。
 あいつ、昼間は美人なお姉さんと食事してたらしいから。
 狙ってるなら、今のうちにぐっと攻めておくのをお勧めするよ。
 あれは真っ直ぐな好意にはとことん弱いタイプと見た!」

「は、はい! ありがとうございます。頑張ります!」

これまでで一番強い反応に店長の頬も緩む。
照れるでなく、否定するでもなく、暗に肯定して張り切る姿は微笑ましい。
そして後後からでも張り切り具合がよく分かる雰囲気で彼の下へと駆けていく。

「いやあ青春だねぇ……これだから学生相手の商売はやめられない、じゅるり」

「……店長、相変わらず趣味悪いですよそれ。あと涎は落とさないでくださいよ」

人気のクレープ移動販売店『アプロディ』
姉御肌と評判なその店長はしかし、若者の恋愛模様の観察が趣味。
その実態を知るのは苦笑いを浮かべる部下たる店員だけであった。






「はむ、あむ、うーんっ! やっぱクレープならここが一番だな!」

「はいっ、私もあちこち食べましたけどこれは確かに評判になります!」

二人の少年少女は離れ過ぎず近過ぎずの距離でベンチに並んで座っている。
双方ともに数は違えどその手にある複数のクレープを丹念に味わっていた。
そして一口ごとに口内で混ざり合う甘味のハーモニーに笑みがこぼれる。

「あむ、ふぅ、あぁ……幸せだ…」

「ふふっ、ナカムラさんって本当においしそうに食べますよね」

けれど少女はそれ以上に至福の表情を見せる彼を微笑ましく感じている。
クレープも良かったがその笑みを間近で見れたのも彼女を嬉しくさせた。

「ん、そうか?
 まあでも、こういう甘味っていうかスイーツっていうか。
 そういうのにハマったのは帰還してからなんだけどな」

「そうなんですか?」

「ああ、異世界に行って自分がどれだけ恵まれていたか。
 日常的にどれだけうまくて安全な飯を食ってたかが身に染みたよ。
 それでも他は色々調達したりして誤魔化せたんだが甘味だけはなぁ」

肩を竦めてなかなか難しかったと語る。
菓子類が持つ甘味は自然界にはなかなか存在しない味であった。

「うまいこと材料と環境が揃った時に疑似アイスを作るのが限界だった」

だからか彼は遠くを見るように何かを思い返してバナナチョコを一口。
あまり菓子文化が進んでいなかったあの世界の住人には好評ではあったが
現代日本で舌が肥えていた彼には少々物足りない出来栄えだった。だが。

「え、自分で作れるんですか!?」

今にもすごいとまた賞賛してきそうな彼女にこればかりは即座に首を振る。

「疑似っていったろ。素人なのを差し引いても中途半端だよあれは。
 そして周囲は無残なありさまになって片づけの方が時間がかかった。
 どうにも俺はなんであれ『作る』って行為が苦手なんだと再認識したよ」

一工程なら技量ランクを利用する事で不器用さを誤魔化せるものの、
それがいくつも繋がってしまう調理という行為はフォローしきれない。
結局力技で強引に完成させたものの調理場は悲惨なことになってしまった。

「お料理が苦手、ですか。
 ふふ、こうして話をしてるとあなたの苦手なことをよく知れますね」

以前もそうでしたとどうしてか嬉しそうにアリステルは微笑む。
シンイチの色んなことを知りたい。色んな面を見てみたい。
そんな溢れんばかりに向けられる感情に彼は困ったように頬をかく。

「……苦手なことばっかりだよ。
 出来ることはあっても得意なことはなんにも無い」

「その出来ることをきちんと行えるのですから素敵だと思います」

困ったものだと自らを卑下するも少女はそんな態度さえ受け止めている。
ほんの数日前より格段に強くなっている熱い視線に彼は少し訝しむ。
少年は知らない。自身が割り当てたテロリストの余計な一言が
彼女の想いに色と形をつけてしまったことを。

「……女ってやつは少し目を離すとこれだ」

成長や変化が早すぎると苦笑を浮かべながら小さく呟く。
ただその変化を齎した原因がなんなのかを彼は意図的に考えていない。
考え出すと恥ずかしさが沸き立ってしまうからという理由もあるが、
それ以上に申し訳ない気持ちが先立ってしまうのが彼は嫌だった。
それはあまりにも彼女たちの気持ちに失礼に思えたからだ。

「あっ」

どうしたものかと少女を横目で覗いていると急にその顔が強張った。
近付く気配は察知していたシンイチは何気なく視線を向け、戻す(・・)

「おいっ、そこの出来損ない、話が」
「そっちのも一口くれないか?」

そしてほぼ同時に─後者が遮る形で─語り出して少女を困惑させた。
アリステルは困った様子でシンイチと近寄ってきたその二人(・・)を交互に見る。
紺色の髪の女子生徒と山吹色の髪を持つ男子生徒が制服姿でそこに立っていた。
リゼット・ハウゼンとオルト・カンルー。彼女(アリステル)の男女それぞれの筆頭従者だ。

「お前! 人の話をきっ」
「少しならいいだろ? 俺のも一口やるから」

無視をされたと苛立ちを表に出したオルトだがシンイチは隣の少女だけを見る。
そして手にしたいくつかのクレープから口をつけていない物を差し出していた。
その体をぐっと密着させるように迫りながら。

「えっ、ええっと!?」

まさか彼らに遭遇すると思っていなかったアリステルはシンイチの
意図的な無視と接近にどうすればよいのか軽い困惑と混乱に陥っていた。

「試験後だというのに遊びほうけているばかりかなんだその態度は!?」

隣に立つリゼットも感情をあらわにするように怒鳴りつける。
どうやら女連れで呑気にクレープを食べているのも気に入らないらしい。
一般の学校において試験が終わって遊びに出るのは珍しくもないことだが、
この学園においては反省と休息の時間として使われるのが一般的であった。

「まずは俺からか。ほれ、あーん」

「は、はい」

だが知ったことではないと。否、存在そのものを無視してクレープを近づける。
鼻先まで迫ってなお近づいてくるそれに混乱も合わさって食い付く少女。
マロンと生クリームの甘さと香りが口いっぱいに広がって頬が綻ぶ。

「あむ……あ、これもおいしいです!」

「だろ」

思わず素直に味の感想を口にしてしまった少女に満足げに頷く少年だ。
完全に存在を無きものとして扱われている二人の額には青筋が浮かんでいるが。

「くっ、このっ、こっちは本当ならお前なんかに用はないんだ! 話を聞け!」

「私たちはアリステル様を探している。見たか見ていないかぐらい答えなさい!」

声を荒げてそう叫ぶ彼らだが反応しているのは少女と周囲の客達ぐらいだ。
当人はその言葉に二人の行動の意味を悟って我に返るが同時に内心頭を抱える。
シンイチの態度も悪いがだからといって居丈高に振る舞っていいわけがない。
さらに周囲の迷惑も考えてない態度に呆れかえるがシンイチは止まらない。

「あ、悪い。クリームがついちまったな」

なんでもない口調で、少しだけ申し訳なさそうな声を出しながら
自然な動きで唇についたクリームを指ですくうと悪童めいた顔で一舐めする。

「うん、おいしい」

「へ──────ッッ!?」

何をされたのか一拍おいて理解した少女の紅葉具合は筆舌にしがたい。
してやったりとその反応を楽しんでいるシンイチは悪戯な笑みである。
だがリゼット達は一瞬呆気にとられた後、顔を赤くしながら叫んだ。

「ど、どこまで俺達を馬鹿にする気だ貴様!!」

「公衆の面前でなんたる破廉恥な!」

それは果たして怒りか羞恥か。
何の感情にせよ彼に対して沸点の低い両名は詰め寄るように前に出た。
瞬間、少女(アリステル)は楽しむ彼の目に剣呑な光が宿ったのを見て焦る。

「あ、あのっ、そういえばそれらしき人が病院の方へ行くのを見ましたよ」

「なに、本当か!? どこかで入れ違いになったか!」

「おのれっ、腹立たしいが何よりまずはアリステル様のことだ!」

視線だけで殺さんばかりに怒りと苦々しさを込めた視線で睨み付けるが
シンイチが視界に入れているのは相変わらず隣の少女のみである。
もはや存在の否定にも近い態度にさらに歯ぎしりまでする両名だが、
主人の無事の確認を優先して即座に体を翻すと病院に向かっていく。
その後ろ姿が見えなくなるとアリステルは安堵の息を漏らす。

「……ふたりが申し訳ありませんでした」

そして少し彼と距離をとると動揺した少女の顔を消して静かに頭を下げた。

「そこで謝るのか、お前は」

意外そうでありながら面白そうに笑みを見せるシンイチ。
今のは、聞こえなかった、常識の違い、不慣れ等の言い訳が通じない無視だ。
本来ならここで程度の差はあっても叱責を受けるべきなのは彼の方だろう。
彼女がそうしたのなら“それについては”彼も謝罪する気だった。しかし。

「で、それは何について、なぜ謝っているんだ?」

彼女が貴人の顔で謝罪したのなら彼もまた少年以外の顔で問わねばならない。
既に彼から楽しむ色は消え、代わりに感情を見せない仮面染みた顔があった。

「従者の教育が行き届いていなかった点を、主人としてです。
 ナカムラさんの態度に言葉が荒くなったのは双方の落ち度といえますが
 威圧的な態度で接し、あのような呼び方をするなど失礼にも程があります」

だから申し訳ありませんでした、と。
そう彼女は彼らの主人としての顔で再度真摯に謝罪をした。
さりげにシンイチの落ち度もあげてその後の態度を相殺しているが
彼はその判断にむしろ喜ばしいものでも見るような暖かな目を向けた。

「……こちらも大人気ない態度をとって申し訳ない。
 言い訳をさせてもらえるのなら名前を呼ばれたら応対はする気でしたよ。
 ですがあれでは誰に呼びかけているのやらはっきりしませんでしたので」

だから相手にしなかったのです、と。
態度が悪かったことを認め謝罪しつつものらりくらりと非から逃げる。
だが彼女はその点は否定する気も庇う気もないらしく頷いて言葉を受けた。

「あれらがこの先どうなるかはあなたの教育手腕にかかっています。
 どうか私が耳を傾けるに値する人間にしてあげてください」

「わたくしも彼らも若輩の身ゆえ時間を少し頂きたいですが、しかと承りました」

どこか芝居がかった口調で皮肉を言い合うも確かに頷き合う。
そして互いに次の瞬間には吹き出すように笑い声がもれていた。

「くくっ……意外に言うんだな、お前。安心したよ」

「付き合ってくださりありがとうございます、ふふ」

別段、これが茶番だったわけではない。謝罪の意志が本当であるだけに
彼女は立場上それをただの少女として語るわけにはいかなかったのである。
シンイチはそれを選んだ生真面目さと相手の非も指摘する態度に満足して、
アリステルはそれを理解し付き合ってくれたのが嬉しくて、共に笑ったのだ。

「……けど、いくらなんでもあれは……
 く、唇に触れられたのは本当に恥ずかしかったです」

されど少女に戻ったアリステルはただただ顔を赤くする。
あれにはあえて挑発する意図があったのだと彼女は推察していた。
無様にも簡単に激昂した彼らには頭が痛い彼女だが、それはそれ。
いつぞやは未遂で終わった『あーん』の実践だけでも気恥ずかしいのに
唇についたクリームを指で取られたばかりか食べられてしまったのだ。
頬が熱くなるのも当然といえよう。

「ちょっと悪乗りだったかな。
 でも一度やってみたかったんだ。ああいうベタなやつ。
 まあ、この顔でやるとまったく絵にならないが……」

「やってみたかったということは……初めてだったのですか?」

自虐的な発言は気にも留められず、妙な所を気にすると彼は訝しみながら
そうだと頷きで答えると彼女はあらぬ方を向いて陰で小さくガッツポーズ。
頬を赤らめたまま、その感情を─本人としては─小さな呟きで表現した。

「やりました私。彼の初めての相手になれましたっ」

「…………その言い方は日本語だとすごい誤解を招くからやめような」

しかしベンチで隣り合う距離では当然丸聞こえで彼を渋い顔にさせる。
ガレスト語と日本語の違いゆえか当人はその表現の問題に気付いていない。
その表情と合わさって、そこだけを切り取ってしまうと誤解は必須だ。
さすがにそれには彼も注意せざるをえない。彼女は素直に頷いたが
理解しているのかどうかは怪しい。仕方ないと首を振って彼は話を戻す。

「しかし、あれがお前の筆頭従者その1、その2か。
 主優先の思考をしているのだけは感心するが………ひどいな」

「ご、ごめんなさい。
 口酸っぱく言ってたんですけど……どうやら逆効果だったみたいで」

当初は突然言動を変えたこともあって彼女も目に余る行為でなければ
口頭注意で済ませていたが主から否定される事に慣れていなかった彼らは
日に日に態度を硬化させていき、強く叱責せざるをえない行為を繰り返す。
それがさらに彼らを頑なにさせていってしまったのだという。

「ただ従うだけの意志のない人形みたいなのも困り者だが、
 主人の言葉に耳も傾けないのはそれ以前の問題だろう。
 従者の失態や無礼が主人の責任になるのはさすがに解ってるだろうが
 あれはそんなことをしているとは微塵も思っていない顔だったぞ?」

「お、お恥ずかしい限りです」

先程までとは別の意味で顔を赤くして、その場で縮こまってしまう。
あの態度には外から自分達がどう見られているのかがまるで見えていない。
第三者に近い立場からそれを見て余計に恥ずかしさを覚えているのだ。

「ま、若いから将来性と主人に期待してあげるべきかな。
 いつか致命的な事態を招かないことを祈りながら」

「そうなりそうな時は斬り捨てます」

シンイチのわずかに毒を含んだ言葉に彼女は即座にそう返した。
迷いのない発言にはシンイチですら目を見開かせるほどの語気がある。
レンズの奥にある金の瞳が見せるその意志にはもうその覚悟があった。

「リゼットもオルトも長年の付き合いですが
 今のままでは周囲どころかパデュエール家や領民たちすら傷つけかねません。
 子供だと思われている内に矯正できるよう努力しますが……できない時は」

例え幼馴染だろうと自らの手で処断すると揺らがない黄金の瞳が語る。
葛藤があるのだという事は微かに震える肩を見れば一目瞭然だが、それは
彼女の中でそうなった時に彼らに手を下す自分がイメージできているから。
ならば揺らぎや迷いがまだあっても“その時には”彼女は躊躇しない。
血筋がなせる業か。次期領主としての責任と覚悟か。生来の気質か。

「……強いな、俺はそこまで即断即決はできない」

幼馴染を、友を処断する決意は簡単にはできないと視線を落とす。
フリーレには強気に語ったシンイチだが心中ではまだいくらか葛藤がある。
証拠がない。推測にすぎない。言い訳は立つが同時に確信もしているのに。
だからその決断に彼は敬意を示し、彼女にはそんな日が来ない事を切に願う。

「そうでしょうか?
 あなたはきっと直前まで迷っても必要とあれば躊躇いはしない」

しかし彼女はシンイチの迷いのある発言にはっきり否という。
何に対しての話なのか明言はしなかったが彼女は感じ取ったのだろう。
そして気後れさえ持っている彼自身の在り方と迷いを彼以上に認めていた。

「例えそれで自分が傷つこうとも、その事を後々まで引きずろうとも。
 それは冷血なのでも軟弱なのでもなく、高潔というべきです」

そう断言する姿には普段と同じ存在感(オーラ)と意志をありありと感じた。
そしてレンズなどでは到底隠し切れない羨望の眼差しが真っ直ぐに注がれる。

「そういう、ものだろうか?」

懐疑的、というよりはその強い目に気圧されるように視線をずらす。
輝かしいほどのその瞳はシンイチにとってはかなりの難敵だった。
ありていに言えば、店長の推察は当たっていたのである。

「少なくとも私はあなたの行動にそれを見ました。
 前回も今回も誰かのために体を張り、前に立ち、そして導いた。
 だからこそ彼らには更生の道が開き、あの子達は停滞から脱出できた。
 本気でやればあれぐらいの窮地は簡単に突破できたのに手間暇をかけて」

おかげで救われた者、前に進めた者がいた。
その行いと結果を高潔といわずになんというのかと彼女は言う。
そんな純粋といってもいい尊敬の目にむず痒さをシンイチは覚える。
確かにその意図が全く無かったかといわれると否定はできないが、
そんな言葉で表現されるとあまりに美談すぎて気後れしてしまう。

「いや、それはそこまで高尚なことを考えたわけでは……」

否定の言葉を口にするもどうしてか語気は弱い。
せわしなく視線を彷徨わせ、腰が引けてる様子はかなり珍しい。
それに彼女は少しおかしそうに笑いながら彼の弱い所を突いた。

「でも、そういう利益が彼らにあることはわかってたんですよね?」

「…………」

その指摘に言葉に詰まって眉根を寄せるシンイチ。
それは無言の肯定に等しい態度である。いつのまにか、からかいの
加害者と被害者の立場が逆転していて少女は笑顔で少年は渋面だ。

「なら他に目的があっても同じことだと思います。
 むしろ一つの行為に複数の意味や効果があるならより素晴らしいです」

「うぅっ」

嘘八百並べて誤魔化すこともできるはずなのだが、的外れでもなく、
しかも純粋な目で見詰めてくるためにどうしても彼は出来なかった。
悪人や敵には気軽に嘘を吐くがそうではない相手には必要性が薄いと難しい。
親しい者の間で彼が“生真面目”あるいは“不器用”と評される所以の一つだ。

「ふふっ、本当に苦手なことが多いんですね」

「……悪かったな、くそっ」

褒められ慣れてないことを完全に見抜かれて悪態をつくが
その態度すらおかしいとアリステルは花が咲いたように微笑んだ。
彼はそれを見て照れたのか輝かしくて気後れたのか。不貞腐れたように
そっぽを向くと残っていたクレープを一気に頬張って飲み込む。
その拗ねた子供そのものの態度に彼女は余計に笑みを深くして
隙だらけともいえる背中に向けて気軽に爆弾(・・)を放り投げた。

「悪くなんかないですよ────だってそんなあなたも好きですから」

朗らかな声がさも当然のことのようにそれを口にする。
一瞬の空白の後で慌てて振り返った彼が見たのは屈託のない笑み。
照れた様子すらない彼女に今の発言の意味を彼は二重三重に深読みする。
が。

「い、いまの、うむぐぅっ!?」

問い質そうとした言葉は突然ナニカで塞がれる。
突然の告白に彼は軽く動揺していて避ける事が出来なかった。
ふんわりと柔らかい感触が唇に触れ、鼻腔から甘い香りが抜けていく。
そして思わず蕩けてしまいそうなほどに──────美味しかった。

「あーん、です」

まさかの事後承諾の“あーん”であった。
残っていたクレープをアリステルは彼の口に押し込んだのだ。
先程彼は確かに一口欲しいと要求したがあれは多分にからかい目的。
何よりこれはシンイチの発言を封じようという意図がありありと感じられる。

「誤解のないようにいいますが、
 気に入ったとか好感をもったという意味ではなく、
 もっと情熱的な恋愛の方の“好き”ですから間違えないでくださいね」

「むぅっ!?」

そんなことをなぜそんな平然とした顔でいえるのか。
告白云々よりそのごくごく自然な表情の方に彼は驚いてしまった。
否、そういう風に現実逃避を始めていると彼は即座に自己分析する。
それさえも現実逃避に等しいという自覚を持ったまま。

「この場での返事はいりません。いえ、私に聞く資格がありません」

しかしそこで彼女は力無く首を振って気落ちした表情を見せた。

「知っての通り、部下の教育もままならない未熟者です。返事どころか
 本来ならあなたに気持ちを伝えるのにも相応しくない女でしょう」

残念ですと心底悔しげな表情で自らの不出来をアリステルは本気で嘆く。
シンイチからすればどうしてそんな高い評価を得ているのかが謎だが、
少女の本気度と真剣さは声と顔を見れば疑いようはまるでなかった。

「それでも気持ちは知っておいてほしかった私の我が儘です。すいません」

そういって少しだけ悪戯な笑みを浮かべて照れ臭そうに謝るアリステル。
彼女の中では告白することよりそのことの方が恥ずかしかったのだろう。
ただそんな理由とは関係ない所でその姿を可愛らしいと彼は思った。
恋をしている女性の笑みは素敵だとシンイチは当たり前に感じている。
それが自分に向けられている事には少々納得いっていない辺り難儀だが。

「そろそろ行きます。
 でないとオルトたちがまたやってきてしまいますから」

少女の顔で─頭に恋するがつく─微笑みながらそういって立ち上がる。
それに慌てて口を塞ぐモノを租借する彼の前で彼女は優雅な所作で頭を下げた。

「今日は美味しいクレープをごちそうさまでした……えっとそのぉ……」

しかし最後に何かを口ごもるように、そして困ったように視線を泳がす。
少年は何気なく病院で会った時に彼女が言葉を詰まらせた事を思い出す。
その時から本当はなんと口にしたかったのかは半ば以上分かっていた。

「もぐ、んくっ、はぁ……好きに呼べばいい。俺もそうするよ────アリス」

だから口を塞ぐ物を嚥下するときっと彼女が望んでいる言葉を紡いでいた。
それは少年自身がその先にあるモノを見たかったからに他ならない。

「は、はい! ありがとうございますシンイチさん!」

それは名前呼びを許し、誰でも思い付きそうな愛称で呼んだだけ。
それでも異世界の姫はまるで花が咲いたような満面の笑みを見せる。
隠せないその感情が表情をいつも以上に輝かせていたのか。
変装が役立たずになるほど見惚れさせるモノがそこにあった。

「あ、その、それでは失礼します!」

されど名を口にした事か呼ばれた事か。急に気恥ずかしくなった彼女は
慌てたようにしてシンイチに背を向けると急いで走り去っていってしまう。

「告白に躊躇いはないのに名前で呼び合うのは恥ずかしいのか」

おかしな奴だと彼もまた笑みを浮かべながらその背を見送る。
しかし慌てていたはずのそれは急に足を止めるとこちらに振り返った。

「そうでした。このままではいけません」

重大な事実を忘れていたといわんばかりにこちらに戻ってくる少女。
何か忘れ物でもあったかと彼は周囲を見渡しながら立ち上がるが何もない。
それ以前に彼女の視線はずっと少年の顔を見詰めていると気付く。

「この姿でだけなのは少し嫌ですしね」

互いの手が簡単に届く程の距離で立ち止まった彼女はそう呟くと変装を解いた。
一瞬であの豪奢な青き縦ロール群があらわになりまるで日差しを弾くように輝く。
遮るもののない金色の瞳はその強い熱を訴えながらシンイチを真っ直ぐ見詰める。
幸い周囲の客たちは騒いでいた二人が去ってからさして彼らに注目しておらず
学園でも世間でも有名な少女の出現に気付いた者はいない。

「わたくしはあなたをお慕い申し上げております。
 今は無理でも必ずあなたの隣に立つに相応しい女になってみせますわ」

それを知ってから知らずか。彼女は相手にも己にも誓うようにそう宣言する。
そこに気弱さも虚勢の色もなく、そんな自分になるという確固たる決意があった。
殆ど同じ高さの目からそんな真摯で真剣で力強い想いが注がれ、彼は動けない。
今ここで顔や目をそらすことはあまりに彼女のそんな気持ちに失礼で、
またそれ以上にそんな宣誓をした少女は彼の目には魅力的に映っていた。
今でも充分眩いのにそれでもさらに前に進もうという在り方は実に輝いてる。
それは彼が求め、憧れ、敬愛する“人の光”であり純粋にただ見惚れてしまう。
だから、次の彼女の動作に反応がまるでできなかったのだろう。

「失礼─────ちゅ」

申し訳程度の断りと共に少女は淀みない動きで一気に彼に密着した。
彼の口許に残っていたクリームをまるで味わうように軽い口づけを頬に落とす。
偶然にもそれは彼女が押し込んだクレープからつけられたものであったが
それは己の誓いを刻むため、そしてそれ以上に彼女がそうしたかったからの行為。
あまりに速い一瞬の動きで、あまりに短い一瞬の接触。
されどその柔らかさと熱は彼をさらに固まらせるには充分だ。

「───覚悟しておいてくださいねシンイチさん。
 パデュエール家の女は一度狙った殿方を逃したことはありませんのよ」

そして気取った笑みでウインクしながら囁くがその美貌は耳まで真っ赤。
ギリギリ唇同士が触れ合わないそれでも彼女には色々限界だったのだ。
所作こそは優雅なれど、殆ど逃げるようにして今度こそ本当に走り去っていく。
己の敏捷ランクの高さを無駄遣いした逃走速度は尋常ではなかった。
どこか呆けた顔でそれを見送った彼はしかしその背に隠し切れない喜色を見る。

「………………強敵どころじゃなかった。あれは難敵、いや天敵だ」

脱力するように再びベンチに腰を下ろすとやってしまったと頭を抱える。
その顔は半分にやけているものの残り半分は苦悶に満ちた複雑なものだ。
そしてその胸中にある感情も概ねその表情となんら違いのない代物。
まだあると思っていた猶予など恋する少女は簡単に飛び越えてしまった。

「この点に関して俺は学習能力が無い気がするよなぁ───」

まるで誰か(・・)に投げかけるような声を発しながらベンチに体を倒した彼は
空を見上げるように“桃色の髪”と“震える狐耳”にごく自然と言葉を続けた。

「───どうしたらいいと思うヒナ?」
「っっ!?!?」

されどそれを向けられた側の顔には驚愕がまず浮かびあがった。
そして続く形で何をされているのかを把握すると顔を赤らめてしまうが
即座に我に返ったように首を振ってその表情を呆れ満点のものに変えた。
シンイチはその全てを鑑賞して面白そうに笑っているが。

「……とりあえずさ。
 数秒前までアリちゃんとイチャついてた人が
 すぐに別の女の子(ボク)の膝枕を堪能しようとかどうなのよ?」

軍で使うような光学迷彩を使い、それでも視界に映らぬように動き、
さらに完全に気配まで消して、ベンチにいつのまにか座って驚かそう。
という彼女の計画をまたも無残に打ち砕いた少年はいま彼女の膝枕の上。
まるで全て見えていたようにミューヒが腰かけた瞬間の出来事だった。

「え、だってそこに膝と太腿があったし」

「イッチーはどこの登山家なのかな?」

されど当人は彼女の疑問に対してもさも当然のように素で返す。
心底不思議そうなその顔に本気でいってると感じたミューヒは頭を抱えた。
彼女もなんとなく感じていたが彼は気を許した相手に対して距離感が近い。
からかう意図がなくとも気付けばドギマギする位置に自然と入り込んでくる。
それに悪い気がしないのがミューヒはなんとなく癪だったが。

「それにさ───この状態なら簡単に逃げられないだろ?」

「へ?」

ただ彼にはしたかったからしたというのとは別の意図もあったのだ。
急に真剣な声色を出すと口許だけで三日月の笑みを見せると腕を伸ばす。
走った悪寒に、されど反射的な動作は姿勢と重石(カレ)の存在が邪魔をした。
その隙をついて彼女のインカム型翻訳機を奪い取って自ら装着する。

「ちょっ、ちょっとイッチーなにすっ、!?」

「……そうかなとは思っていたがやっぱり素で日本語喋れるんだな」

時折、唇の動きが日本語のそれであった事。
そして妙に日本の俗な文化を知っている事から疑っていたがこれで確信した。
尤もそんなものはおまけであり、奪った翻訳機の感触を確かめながら指で叩く。

「なっ!?」

一定の独特なリズムを刻むようなそれにミューヒの顔から一気に血の気が引いた。

『マスカレイド……』

シンイチはその手で顔を覆いながらそう呟いて動きを途中で止める。
間近でそれを見下ろす彼女以外にはその手の向こうに白き仮面は見えない。
そしてあの老若男女が不明な声が無銘の通信機を利用した。

『こちらマスカレイド、クリムゾンはこちらで預かった。
 しばらくは私が使わせてもらうがクトリアや学園周辺で自重してくれるなら
 いずれ無事にそちらに返すつもりなので安心してくれていい、では』

一方的にそれだけいうと通信を切り、翻訳機を彼女に返して仮面を仕舞う。

「というわけだ。おとなしくしてろよ、無銘(ナナシ)赤いの(クリムゾン)

さらした顔にはもう笑みなどなく、感情のない鋭い目を向けている。
逆らうことは許さないという絶対命令を少年は何の臆面もなく叩きつけた。
ここにきてミューヒは彼の行動の意図を悟った。曝したのは脅すためなのだと。
あのマスカレイドだと意図的に見せることが彼女には有効なのだと気付いて。

「っ……()をどうする気だ!?」

脳裏にデパートでの戦いが蘇って彼女はそちらの自分で問いかけた。
彼相手に戦闘や逃走など論外であり、されど官憲の類に突き出されるわけにも
情報を聞き出されるわけにもいかない以上、最悪自決も辞さない覚悟だった。
ゆえに恐れと決意が綯い交ぜになった固い表情でこちらを見上げる少年を睨む。
ただその相手から返ってきたのは力を抜いた顔と呑気な声とあんまりな要求。

「うん、そうだな。
 とりあえず──────デートでもしよっか?」

「………………は?」

にっこりといかにも楽しそうに笑いながら脅しつけた相手をそれに誘う。
あまりにも脈絡のないそれに目が点となっても誰も責められないだろう。

こいつが本当にあのマスカレイドなのか。
あるいは言葉通りではない別の何かへの誘いの文句なのか。
それともいつものおふざけやからかいの延長線なのか。

ミューヒはそんなことを考えるより前に別のことを思い返す。
先程までここにいた恋する少女の赤ら顔と楽しげな声と精一杯の頑張りを。
ゆえにシンイチに向けて彼女は完全なる侮蔑の眼差しを向けた。

「………………イッチーは一回本当に刺さればいいと思うよ」

今のはあれほどの想いを向けられた直後にしていい言動ではない。
不快感をあらわにして女の敵めと容赦ない蔑みの視線を向けるが、
彼は意に介さないどころか何故か感心顔で頷いている

「そこでそう来るとはなかなかどうして」

イイ女だと彼は内心で続ける。
これを見つける目だけは自慢していいかもしれないと
自己評価の低い彼にさえ思わせる態度であり、その指摘は正しい。
本人としては嫌われるのを予想したのに叱られたので苦笑したいところだが。

「ああ、けど悪いな。
 前に言われた時は忘れてたんだが………もう経験あるんだそれ」

今そんな顔をすると余計に怒らしてしまうだろうからさらりと経験談を語る。
尤もそれはミューヒの目を再び点にしてしまうほどの衝撃的な内容であった。

「へ?」

「ある女に、こう背中からズシャッとやられた」

尤も当人は彼女の驚きを無視してその時の女性の動きを簡単に再現していた。
擬音が『ザクッ』でも『グサッ』でもなく『ズシャッ』な辺りが妙に痛い。
それはもう“刺された”ではなく“斬られた”ではないだろうかと。
再現の動きもどこか刺した後、振り切ろうとしていなかったか。

「…………」

ただ彼はそれを嘘か真か忘れていたうえに今も、あれは痛かったよ、
などと呑気に笑うのでもう呆れて何もいえなくなるミューヒである。
彼女は盛大な溜め息を吐くとなんかもういいやと完全に思考を放棄するのだった。

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