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帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

試験編 エピローグ

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04-41 地球とガレストの裏(後編)

毎度毎度、遅れて申し訳ない。そして長い説明回です。

終盤にちょっと暗い話もあるが基本説明回。

ええ、説明回ですとも………そう説明回………説明回、だよね?



「散々飛び回ったあとこいつの相手とかちょっとバカだったかなぁ?」

大木の根本でそれに背を預けるように足を延ばして独り言ちる少年。
疲れた息を吐いて視線を下せば彼の膝を枕にした女性が未だ夢の中。
学生服の上着を掛け布団代わりに規則正しい呼吸を繰り返している。
仰向けなため豊かな胸部がそのたびに上下する眼福な光景でもある。

「……気持ちよさそうに寝やがって」

尤もシンイチの目は無防備な寝顔の方に微笑ましい視線を送っている。
それだけでどこか疲れが見えていた表情に柔和な笑みが浮かんでいた。
ここまでたっぷりと堪能した彼女の柔らかさも彼の活力(報酬)となっているが
度合いでいえばこの寝顔を眺めている方が少年には過分な見返りだった。
どちらにしろあまり褒められた趣味とはいえないが。

フリーレを背負ってクレーターを脱出したシンイチはスキルを多用して
大穴を埋めると白雪に誘導されるまま木々が生い茂る森の区域に入る。
そして人目を避けるにはちょうどいい大木の根元に腰掛け彼女を横にした。
彼自身も疲れから息を吐くがかすかな木漏れ日が注ぎ、
心地よい風が流れるそこは休むには最適の空間だった。

〈警告、あなたのそれは覗き見行為と判断します〉

時折、人工知能から辛辣な言葉が出てこなければ満点だが。
わざとらしく肩を落としつつも彼女の美しい白髪(はくはつ)に手を伸ばす。

「お前は本当に俺をそういうことにしたいわけか………否定はしないが」

うんざりとした顔をしながらもその手は好き放題に頭を撫でていた。

〈セクシャルハラスメント発生。
 準強制わいせつ未遂の可能性もありと再度警告。
 また容疑者から自白と思われる発言を聴取。確信犯と認定〉

「認定してどうするんだよ、また訴えるだの通報だの言う気かお前?」

〈否定します。
 対象の悪意を検知できません。マスターの嫌悪も検知できません。
 また、マスターの身に起こった面白おかしい出来事の記録は私の役目です」

機械的な音声は淡々とした抑揚のないものだが中身はシンイチと大差がない。
さすがにAIがそんな事を言いだしたので少年は驚いたように目を瞬かせている。

「お前フリーレを守る側なのかフリーレで遊ぶ側なのかどっちだよ?」

〈両方の役目をプログラミングされています。
 時折矛盾しますが優先度は遊ぶ側にあるので問題ありません──〉

「おいっ」

さすがにそれは彼女の外骨格としてどうなんだと声を軽く荒げた。
されど変わらない淡々とした声で呆れるような種明かしを白雪はしてきた。

〈──と、答えるように設定されています。申し訳ありません〉

「………いい性格してるよ、お前。
 いったい誰だよ、お前をそんな風に作った奴?」

〈マスターの友人です。
 本業は軍医ですが人工知能の研究者としてもトップクラスの才女。
 メガネの似合うクールビューティーだと私には記録されています。露骨です〉

「……………今の説明だけでお前の生みの親だと納得できたぞ、おい」

〈遺憾ながら恐縮です〉

呆れたように納得だといえばそう返す会話能力に感心さえ覚えた。
無駄に高度な技術を使っている、ともシンイチは感じているが。
フリーレが友人に恵まれていないのか否か判断に迷って苦笑する。
尤もその手は相変わらずさらさらの髪を撫で続けて楽しんでいるが。

「しかし、こいつあの工作員以外にも友人いたんだな」

〈肯定します。
 地球西暦2022年6月6日午前10時26分現在その二名のみ確認──〉

「っ──白雪!!」

AIの発言を─遅いが─遮るように上体を跳ね起こしたのはフリーレ。
顔を真っ赤に染めながら余計なことをいうなとその全身で訴えていた。
余談だが、かけられた上着は胸部にひっかかってずり落ちてすらいない。
感嘆の声をあげたシンイチは褒め称えるように拍手した。

「くっ、このっ、えっと……ま、まじまじと見るんじゃない!」

何を見てやっているのか理解した彼女はさらに顔を赤くするが
今はインナースーツ姿であり上着を取ると余計に見せつける形になる。
迷いながら腕で抑えて胸元を隠したが、強調してる事には気付いていない。

「そのポーズの破壊力に無自覚過ぎる……眼福だけど」

〈これまで無頓着であった弊害と推察〉

眼前と腕からそれぞれ呆れるようなニュアンスでの呟きが流れるが
これまでの扱いでいっぱいいっぱいなフリーレは気付かず赤面のまま叫ぶ。

「ひ、人が寝てると思って好き勝手なことをして!」

彼女視点で見れば、気付くと男の膝を枕にしていて頭を撫でられていたのだ。
この時点で思考が停止していたが白雪のカミングアウトは見過ごせなかった。
だが。

「途中から起きてたくせに何もいわなかったじゃないか」

〈無言の肯定と認識していました〉

この両名は覚醒していたことにはしっかり気付いていたもよう。
とくに悪びれる様子もなくそれぞれが勝手な解釈を口にして訴えを流す。

「気付いていたのならやめろ! 初対面なくせに息ぴったりかお前ら!」

確信犯であったと教えられて愕然となりつつも負けてなるかとがおと吠える。
ここで弱気になれば付け込まれるだけというのを彼女は本能的に察していた。
しかし気炎を吐いたところでそれが通じるかどうかは別の話。

「まあそう興奮するな、もうちょっと休んでろ」

「え、ちょっ、わっ!?」

案の定気にした風もない彼は自身の制服の袖を一気に引き寄せた。
それを胸元で強く抑えていた彼女は引き倒されるように元の体勢へ。
一瞬何をされたのかと呆然とした彼女だが真っ赤になって吠えた。

「お、おまえ何をっ!」

再度起き上がろうとするが上着を掴まれているため出来なかった。
それも含めた抗議の声と視線を少年を見上げながら送るがどこ吹く風。

「じつをいうと俺は膝枕をするのもされるのも好きでな」

それどころかまるで独り言のように唐突にそんなことを言い出した。

「は?」

「今日の模擬戦は色々サービスしたからこれぐらいの報酬は欲しいなぁ」

それは直接的ではないが露骨にも過ぎる要求だ。本人も分かっているのか。
ニヤニヤとどこか楽しげな笑みは彼女の対応が読めているからだろう。

「…………卑怯者め、そういわれたら断れないだろう」

借りのある身としてはそれは気恥ずかしさと戦うだけでいい行為。
元より証拠隠滅だけでは対価になってないと考えていた彼女だ。
断る理由はなく、されど素直に受け入れるのも癪だったのか。
怒っているような不機嫌そうな表情で腕を組むと彼に体を預けた。
彼は自身の太腿に脱力した彼女の重みがかかるのを感じて微笑む。
本人の名誉のために記すが腕組みで強調された胸部を見ての事ではない。
彼は本当にこの重みを受けるのも預けるのも好きなのである。

「……う、あ………う…」

そのせいか彼女に注がれる視線は柔らかく優しい。
一方それを受ける彼女はせわしなく目を彷徨わせてしまう。
そんな目で見られる事に不慣れで想像以上の羞恥を感じて落ち着かない。

「あ、ああ……しかし、なんだ。こんなのが見返りでいいのか?
 私は膝枕などしたことも、されたことも無かったからよくわからん」

せめて話をして気を紛らわせようと取ってつけたような疑問を口にした。
尤もこの程度のことでいいのかという気持ちは本当に思っていたこと。
だが返ってきた言葉には穏やかで満足げな色があった。

「俺は……昔から好きだな。
 こういう重みを預けられるのも預けるのもさ。
 それがあんたみたいなイイ女なら最高ってもんだろう」

「へ、え………………はうっ!?」

一瞬視線だけで周囲を見回してしまうがこの場に女はフリーレだけ。
遅れて自分のことを言われたのだと気付き、またからかいの色もなく
ごく自然と告げられたのもあって余計に顔が赤くなる。

「じ、じじ、自分でいうのもなんだが私のどこがイイ女だ!?」

その熱さを誤魔化す意味で、どもりながらも慌てて問い返す。
謙遜ではなく真剣にフリーレは自らの女としての部分を評価していない。
大人や教師として未熟な所が多い自分は駄目なのだという想いが強いのだ。
実際、抜群の美貌とスタイルを持つが内面の短所で色々台無しになっている。
だが。

「そうだな。
 まずこっちがびっくりするぐらい律儀な所は信頼できるし、
 どういう経緯でも就いた仕事に真剣で真面目なのは尊敬できる。
 俺の事情を知った上で内面まで知ろうとしてくれたのは嬉しかったな。
 困った戦闘狂な所も節度や相手を考えて抑えられるのは立派だと思うし、
 変な所で気弱だが庇護欲をかきたてられて力を貸したくなるから人徳だろう。
 それに自分の欠点を理解してなお頑張る姿はいじらしくて可愛、うぐ!?」

「ッ───もういい! わかった! わかったからもういい!!」

さらりとさも当然のようにシンイチはフリーレの“イイ”所を語っていく。
真剣な声色ですらすらと並べられていく言葉に彼女の方が耐え切れなかった。
茹蛸のように真っ赤になりながら腕を伸ばしてその口を塞ぐ。

「そ、そんなことを言われたのは生まれて初めてだ……」

「むるへもにゃひへんちゅうだ」

「ひゃっ、喋るなくすぐったい!」

「……にゃらはにゃへ」

押し付けた掌を意に介さず当たる他人の息に耐えられず彼女は手を離す。
ただ、もう自分のことは語るな、としっかりと念押ししながらだったが。

「ぷはぁ……くっ、そういう初心な所も俺的にはポイント高いんだがな」

じつにからかい甲斐があるとにんまりとした笑みを向けられる。
この手の言い合いで勝てる気がしない彼女は気恥ずかしさから熱い顔を隠す。
シンイチを上目で睨み付けながら彼の上着で顔下半分を覆うという方法で。
それで恨みがましく唸り声で抗議するのだから彼の笑みは余計に深くなる。

「ふふっ……それでも止めないんだから嬉しくなるね、ホント」

そこが一番イイと聞こえないように呟きながらその頭を撫でる。
フリーレは羞恥心と戦いながらもその手を決して拒否しなかった。
自分がどれだけ恥ずかしくとも自分がやると決めた膝枕(報酬)は止めない。
律儀か真面目か苦労性か。そういう所を彼は本気で愛らしいと感じていた。

「う、ううっ………大人を子供扱いしてぇ……」

「違うな、これは女扱いをしているというのだ」

「こっ、このっ……ああもうっ! 手でも口でも勝てないとか最悪だお前!」

「ははっ、うん知ってる」

悔しげに睨み付けながら喚くがむしろ彼を喜ばせて笑わせるだけ。
それからしばし抗議の視線と唸り声をあげながらも彼女はされるがまま。
少年は穏やかな表情と心持でそれを見守るようにしながらその感触を楽しむ。
されどその状態が続くとシンイチはある疑問が徐々にわいてきた。

「………ところで、さっきから約一名が妙に静かなんだが?」

フリーレが再度膝枕で横になるまでは喋っていたこの場のもう一名(?)。
それが気味が悪いほど沈黙しているのが妙に不自然に感じられた。

「言われてみれば……おい白雪、何で黙ってる?」

〈現在REC中のため介入を控えていました〉

「……本当にやったのか」

「レ、レック?」

即座に意味の分かったシンイチと違い、疑問符を浮かべるフリーレ。
どうやら彼女の翻訳機にはその単語の意味が入っていなかったようだ。
白雪が意図的にその単語を選んだ可能性はおそらく高い。

「録画中ってことだよ、お前どこでそんな表現を覚えた?」

〈私の記憶領域の一部は常にネットと接続され情報収集を行っております〉

「うん、らしいこと言ってるがそれ余計な知識を仕入れてるぞ、絶対」

どこぞの動画サイトで違う意味で使われていそうな表現である。
だが落ち着いているシンイチと違い、彼女はそこで意味が解って慌てた。

「録画……これを? お、おいこらっ白雪! 今すぐ止めろ! 消せ!」

〈遺憾ながら拒否。マスターより上位の命令のため従えません〉

「私より上位って誰だ!?」

白雪はフリーレ個人のために開発された専用の外骨格である。
本来その固有AIへの命令権はその所有者が最も強いのが通常だ。
その自分より上位に誰かが設定されているなど彼女は知らなかった。
ましてやそれが。

〈私の開発者となります。
 マスターが異性と密着することがあれば録画せよ、と〉

「サンドラーーーーーー!!」

開発を任せた数少ない友人の一人ではその衝撃は想像を絶する。
膝枕からは動かずもここにはいない相手の名を叫んで頭を抱えてしまう。

「…………まあ、なんだ……俺がいうのもなんだがお前もっと友達選べよ」

「いうなっ……いま凄まじく後悔している所なんだ!」

たった二人しかいない友人の内、片方がコレで片方が犯罪者である。
フリーレでなくともがっくりと肩を落としてしまいそうな惨状だった。
ただ友人関係となると彼も他人の事は言えないのかその目は同情的。

「………友達、か」

しかしそれに僅かに憂いが混ざった時、彼はぽつりと呟くように告げた。

「すまなかったな」

そんな意図のわからない謝罪の言葉を。
何がだと困惑した言葉と視線を向けるのも当然の唐突さ。
しかしいってしまえばそれが彼が今朝困っていた理由だった。

「学園への潜入工作員がまさかお前の友人だとは思わなかった……悪い」

彼女にあの動きを指示したのはシンイチである。
あの時点で相手がガレスト人で元・軍人という推察はしていたのだ。
知り合いである可能性を考えるべきだったと顔を伏せて謝罪する。
尤もその発言に彼女は目を瞬かせて心底驚いていたが。

「気にし過ぎだろう、それは。
 もし事前に解っていたらいくらなんでも私はお前を疑うぞ」

敵の内情を把握し過ぎているとして義勇軍との繋がりを邪推しただろう。
その指摘に今度は彼が目を瞬かせ、違いない、と屈託なく笑った。
だがすぐに彼は首を振りながら、でも、と続けた。

「でも─────お前は辛かったんだろう?」

ならそれを結果的とはいえ強いた自分はそれだけは謝らなければならない。
人のことはいえない呆れるほど律儀な言葉は真摯な目と共に向けられた。
そんな視線と見上げる視線が交差する。それだけでフリーレは
彼が自分に会いに来た本当の理由がこのことだったのだと察した。
そしてもう一度気にし過ぎだと諌めたい想いとは別に彼女は感じた。
これには正直に答えるべきだと。それを相手が望んでいる事を。

「そう、だな…………ああ、確かに辛かったな。
 許せないことをしたが憎んでいる相手ではなかったから。
 そんな相手に、本気で剣を向けなければならないのは二度目でも辛かった」

生まれて初めて出来た、憧れさえあった友人に二度も手錠をかけた。
犯した罪は許せないが彼女本人への敵意や憎悪は驚くほど存在しない。
裏切られた想いより何故そうなってしまったのかという悲哀が大きい。

「やっぱ、そうだよな……そこは割り切れないよな。
 殴ってでも止めなくちゃいけないのは解っても、殴るのは辛い」

彼女に同意するように呟いた彼は一瞬だけ痛みを孕んだ顔を見せる。
気のせいか頭を撫でる手にも無駄な力みが生じたように彼女は感じた。

「…………経験があるのか?」

「近々ね……あの利口馬鹿め。ボコボコにしてやる」

苦笑しながら出た物騒な言葉はどこかその感傷を誤魔化すものかのよう。

「そう、か。
 お互い友人に恵まれたのかそうじゃないのかよく分からんな」

「ハハッ、確かにな……」

フリーレはそれに踏み込むべきかどうか悩んだが彼の揺れる瞳を
見ると深くは聞けずにそう表現するだけで追及はしなかった。ただ。

「しかし、利口なバカ、か……じつに的を射ているな」

どこかその言葉は事件を起こした彼らにも当てはまるようだと思えた。
自身の心情とは別にあれはアリア達の自業自得だという考えが彼女にはある。

「今回のことは全部アリア自身が招いた落ち度ともいえる。
 私より頭がいいくせに反地球主義に凝り固まって他が見えなくなった。
 ローナンたちも他のメンバーもバカだ。私よりバカだなんて救いようがない」

ほんの少し見方を変えられれば、この事態は避けられたはずだった。
それができなかったのは本人たちの愚かさとしか言いようがないと断ずる。
それでもその表情が悲痛なのは共に戦った事もある仲間だったからだろう。

「バカだよ、本当に。私が一番いいかげんな理由で入隊したのに。
 どうしてこんな……バカげたことになってしまったんだっ……」

ガレストを守る戦士となる事を誓って入隊した彼らの中でおそらく
一番志が低かったのは単に家への反発心しかなかったフリーレだ。
そんな彼女が最も出世し一番のスポットライトを浴びたのに辞めた裏で
過酷な任務の中で反体制・反地球の芽を育てて犯罪者となった彼ら。
理不尽な差だとフリーレは無言で首を振った。誰よりも守りたいという
強い想いがあったのは彼らの方だったのに。

「政府がそれだけうまくやっていたということだろうが、
 ガーエン義勇軍の大義名分はあまりにも根本からズレていた。
 それに気付かないまま全くもって無駄で迷惑な8年を過ごしたものだ」

「まったくだ……帰還して数ヶ月のお前ですら気付いていたのにな」

それに同調するように彼はあえて辛辣な表現を使って斬り捨てる。
シンイチもまた彼らの思い違いを見抜いていた一人でもあった。
尤もそれは彼が8年前の人間でガレストを知らなかったおかげでもあるが。

「俺の場合は最初にそれなりに落ち着いた今を見せられたからな。
 こういうのは時代の流れに参加してない奴の方が客観的に見れる。
 最初は色々戸惑ったがコトは単純だった……始まりは45年前なんだから」

それはガレストが資源不足解消のために地球を探り始めた時代。
ガーエン義勇軍の主だった面々はその意味を深く考える事をしなかった。
あるいは裏を読もうとして全く違う斜めな読みをしてしまったのだろう。

───交流を絶ち、ガレストを元の正しき姿に戻す

地球人の危険性と文化的侵略を恐れる気持ちは正しい。
されどその大義名分と主張を彼らがいうのは前提として間違いだ。
本格的な交流が始まったのは確かにまだ8年ほど前のことである。
ただしガレストと地球が接触したのはそれからさらに30年も前。
そして地球への調査が始まったのは今から45年前。それはつまり。

「ああ、その通りだよ。
 何が元の姿だ。私達は知らないだろうそんなもの!」

痛々しい表情で彼女はバカらしいとそう切って捨てた。
四十代前半までの世代は地球と関わる前のガレストをそもそも知らない。
地球側では8年前まで一般には完全に秘密にされていたがガレストでは
順次にある程度の地球の情報は開示され、人々は異世界(地球)を知っていった。
そして“知る”ということはただそれだけで良し悪し問わず影響を受ける。
特に地球からの資源や様々なエネルギーの情報はガレストにおいて
未知の物が多く、その使い方やガレスト特有の物との関係や相性を知るには
どうしても地球の技術者や科学者たちの知識や意見が必要とされていた。
だから秘密裏ではあったが為政者たち以外にもそういった人材の交流は
早期から行われており、それがガレストのスキル開発や武装開発に
何の影響も与えていないわけがなかったのである。

一例をあげれば電撃系のスキルはまさにそれで誕生したモノだ。
雷という自然現象は、原理こそ少し違うがガレストでも発生している。
ただそれをスキルにしようという発想はガレストからは生まれなかった。
基本ドーム型の居住区で暮らす人々には雷はあまり身近ではなかったのだ。
また電気というエネルギーをそもそも持っていなかったのも要因だろう。
その特性がガレストに理解されるとエネルギーやスキルに転用された。

武装面でいえばハンドガン系の武装も地球からの概念輸入といえた。
ガレストとて最初から今のような形態の武装だったわけではなく、
かつては昔の地球と同じく剣や弓矢が主流だった時代もある。
個人が持つ射撃兵装とはそれまでの弓が発展したクロスボウ型か。
拠点防衛用の大砲をダウンサイジングしたキャノン型が主流だった。
だが『拳銃』に触れた技術者たちはクロスボウより威力や連射性に優れ、
キャノンより扱い易いその形や性能を気に入ってすぐに取り入れた。
そこから派生していった銃器群は今では当然のように使われている。

「……政府がそれらを分かりづらくしていた理由は一応分かる。
 初の世界間の交渉で足元を見られるわけにはいかなかったんだろう」

理解はすると硬い言葉ながらその姿勢を認めるフリーレ。
その視線は空を見上げるようにしながら過去を思い返していた。

「私やアリアが生まれ育ったドゥネージュ領は貧乏な土地でな。
 武を重視するあの家では輝獣の脅威は排除できても領地運営が拙い。
 それでも十大貴族の一角だ。潰れては困るから政府からの支援を受けてる。
 その中に隠すように地球から得た物資もあってそれで現状維持をしている」

そんな領地は他にもざらにあるんだとフリーレはなんでもないように語る。
おそらくは地球人に語ってはいけない類の話をあっさりとシンイチに。
もう把握してるだろうという考えからだが案の定彼は驚いた様子もない。
45年前の時点で既に一部の領地はかなり切迫した状態に陥っていた。
ガレストの資源不足という問題は表向きの数値以上に深刻だったのだ。
技術提供の見返りとしての物資が無ければどれだけのモノが失われたか。

「交流が無かったらきっと街単位で口減らしが行われただろう。
 私なんて……環境を考えれば生まれてさえいなかったかもしれん。
 地球には恩義しかないんだよ。本当なら」

そんな事実をあまりに多くのガレスト人は深く認識していない。
否、正確に表現するのなら認識しづらくされていた。だってそれは。

「だがそれは裏を返せばガレストの弱みでしかない。
 技術力は高くとも数で劣り、深刻な資源不足に陥った世界など、
 舵取りを失敗すれば地球側に搾取される未来は充分にあり得る話だ」

「それを恐れてのことだったんだろうがな……」

ただでさえ資源不足という致命的な弱みを見せているのだ。
その実情を知られてはどれだけ値を吊り上げられるか分かったものではない。
だから双方の人々の認識において地球と対等以上だと思い込ませる必要がある。
ガレストという世界が持つ“力”を絶妙なバランスで程よく大きく見せたかった。
少なくとも交流初期である現代はその誤認状態のままで友好関係を結び、
地球側の大半の民衆にガレストを隣人として認めてもらわけなければならない。
民衆からの敵意や悪意が少数であれば後々これが周知されても対等に交渉できる。
あるいはその時にはもう資源不足の問題は解決できていると考えたのだ。

「まあ、そのわりには雑なところもあるけどな。
 このチグハグさ、やっぱ交流公開に関しては別個の勢力がいたな」

うまく交流を始めたい一派とすぐに交流を始めたい一派。
少なくともこの二つがいたのではないかとシンイチは推測している。
現状がそれぞれの主張の折半の結果ではないか、とも。

「ん、そこは解らんがそういった政府の対応のまずさが
 一部の交流反対派に理由を与えてしまったのも確かだ。
 何事も万事うまくいくようにはいかないだろうが……やるせないな」

政府はガレスト全体の利益と将来を考えて自世界民すら欺いている。
だがそれによる誤認が反体制に傾く切っ掛けを与えている側面もある。
何が良くて何が悪かったのか一概に言いきれずフリーレの表情は硬い。
けれどシンイチはそれを解すように頭を撫でると、だが、と続けた。

「それでも交流がこの形で進んでいる以上、急に止める方が犠牲が大きい。
 それに悪い話だけじゃない。そんな事情だから平和的に進んだともいえるし、
 当初から積極的に交わろうという政策が作られ、それが双方の助けになった」

「……助け?」

「違う文化や技術の視点からモノを見るというのは意外な発見があるし、
 異なるそれらの融合や合体っていうのもまた新たな発展を呼ぶ。知ってるか?
 お前が今回も遠慮なくぶっ飛ばしたここの自然が数日後には元に戻ってるのは
 地球人がこれまで培ってきた植林や園芸のノウハウをガレスト技術で
 発展・強化・促進させたおかげなんだぜ」

人工自然のフィールド。
その言葉に偽りはなく、されどその裏には二つの世界がある。
地球とガレストの知識と技術の融合が一昔前は夢だった現象を可能とした。
植物の生長速度の促進に環境の整備と書き換えなどはもう現実の話。

「いわれてみれば、ガレストに植物を育てる文化はそもそもなかった。
 今では当たり前すぎて抜けていたが、そうか……これも交流の成果なのか」

感心したように、感激するように。
日差しと風を受けて揺れる緑の木々を彼女は見上げた。
ガレストにおいて自然は資源であると同時に安全圏(ドーム)の外の象徴。
それゆえかここにきて3年ながらゆっくりと眺めたのは初めてのこと。
一種の戦場の象徴にさえ見えていた光景がいま彼女には別のモノに見える。

「障害物程度にしか思っていなかったが……キレイ、なんだな……」

日光を弾く緑の輝きに目を奪われ、木々の雄大さに息を呑む。
その裏にある世界の交流という事象に感慨深いものさえ感じている。

「まあ一方で自然への冒涜という意見もあるが、
 どんな生まれでも中身があれば他と何も変わりはしないさ」

そのあたかも自然を作り出すような作業に不快感を抱く者もいるが、
砂漠化の問題を抱える地域ではこの技術や装置は救世主扱いでもある。
互いの技術の融合が新たな発展を生んで両世界での問題解決に役立っていた。
そんなケースは交流公開後さほど目立った形ではないが増えてきている。

「……これからは気を付けて吹っ飛ばすことにする」

「意味不明だぞ、おい。まあそこで壊さないといわない辺りは正直だが」

大真面目にそう語る彼女の言葉が苦笑を誘う。
言外に戦う以上は加減などしないといっているようにも聞こえる。
そう思えば余計に苦笑いが深まるがその手は優しく彼女の髪を梳く。

「他にもあるぞ。停滞気味だった宇宙開発も技術の底上げと外骨格で
 一気に進みだしている。そして宇宙にある資源を手に入れられれば、
 それは地球にとってもガレストにとってもプラスとなるはずだ」

何せ地球の資源とて無限ではない。
むしろこちらでも枯渇が問題視されているモノがいくつもある。
地球とガレストという限られた大地では遠くない未来終わりが訪れる。
だが数年前まで夢物語だったそれが進めばその未来は遠いものとなるはずだ。

その分野でもかと感心したように息を吐いて木々の向こうを彼女は覗く。
抜けるような青い空の、さらにその向こうを見ているのだろう。
そこにある未来を少しでも感じ取ろうとする姿に彼は頬を緩める。

「………確かにお前の言う通り、全部をうまく進めるのは難しい。
 でもだからって全部が悪いことだらけになる事も滅多にないものさ。
 いまは芽吹きだしたモノが花を咲かせるのを見守るべきだと思う」

変化を恐れる時期はとうに過ぎ、蒔いた種は芽吹きだしている。
ならばもうその芽がどんな花を見せるのかを見守る時期だと彼はいう。
全て咲かないことも、咲いた花が全て毒花ということもないのだから。

「見守るべき、か。
 過去を嘆くよりは建設的か……どの道それは教師(わたし)の仕事だ」

その言葉に少し不満げに眉を寄せるもそのあり方は良いと思った。
彼がいう芽の中には当然この学園の生徒達も含まれているのだから。

「ここを巣立っていく者達が増え、もっと世に広まっていけば
 きっと二つの世界は友好的な隣人になれる……今はそうだと信じたい」

学園の次世代の人間を育てるという謳い文句は嘘偽りのない本音(願望)であった。
双方を知る人間が様々な業界で増えていけば世界的な繋がりは強くなる。
橋渡し役だけではない。次元の壁を挟んだ近くて遠い交流である以上、
意図的且つ積極的に人の交流をしなければいつまでたっても両世界は
互いに“遠すぎる他国”に過ぎず、それでは認知も交流も本質的に進まない。
一定以上の知識と認識を持つ人間が増えるだけでも意味はあるのだ。

「まあ、そこに至るまでにまだひと波乱ふた波乱はありそうだけどな」

「そ、それはそうだろうが……お前がいうと本当に起こりそうだからやめろ」

その夢に水を差すように意地の悪い言葉を向けるシンイチ。
見上げる彼女は一応はそれを認めつつも咎めるような目を向ける。
尤も、かの少年はそれを受けてもおかしそうに笑うだけだが。

「くくっ、なに、そこに行けるまでの時間稼ぎはするさ」

されどその言葉に、呆れも混ざっていた彼女の顔が急に強張る。

「………時間稼ぎ、ねえ。
 お前が世を正すだの世界征服だの考えている訳がないとは思っていたが」

あれだけの騒動を世界中で引き起こす所業を見て彼女が冷静だったのは
そういった目的がシンイチに一切ないのを感じ取っていたからである。
だがそういう彼女の視線にはなぜか不安げな色があった。

「そのわりにはお前は少し身を削り過ぎだろう」

彼は世界に対して行き過ぎた理想やひどく鬱屈した想いがあるわけではない。
そしてその行動は世というものを動かしているようで実は動かしていない。
ただ力尽くによる恫喝で力尽くの変革を否定し抑止しようとしているだけ。
シンイチの言葉通り時間稼ぎでしかなく、されどその代償は軽くない。

「そうか?」

しかし意外そうな表情を浮かべる少年に彼女は余計に不安になる。
これが解っていないだけならばまだ良いとフリーレは思うが彼の場合、
解っていて意に介していないか。解っているが(・・・・・・・)自覚していない(・・・・・・・)か。
このどちらかのような気がして正体不明の苛立ちも湧き上がってくる。

「そうだ! お前ならあの姿と力を曝す危険性は把握してるだろ!
 いまは混乱していてもじきに調査の手は両世界中から出てくる。
 だっていうのにわざわざアマミヤを脅してあんな画像を拡散させて!」

「やってくれたんだ生徒会長さん、仕事早いなぁ」

「おかげで生徒会は余計に戦々恐々としてる。ただでさえローナン達を
 追いつめた残虐な手腕とあいつらを拘置所に転移させてきた能力に
 右往左往していた所にトドメをさすから見ていて可哀そうだったよ!」

軽い頼み事でも引き受けてくれたように語るシンイチの態度に
痛くもない頭が痛くなったように感じてこめかみを押さえるフリーレ。
オメガチームが受けた仕打ちは押収された外骨格の映像記録で判明していた。
殺したように装って学園拘置所に転移させていたと理解していた彼らでさえ
恐怖を共有し、暗に秘匿施設を知っているという行動に震えあがっていた。

そんな所へ雨宮が「仮面はどこにいるのか」と問いかけながら見せた画像は
さらなる衝撃を呼んだ。それは誰かが解析したマスカレイドの詳細な白黒写真。
それには見抜いていたフリーレどころか生徒会全体が作業を止める程固まった。
あの戦闘力と破壊力を見せた存在が生身であったことが判明したのだ。
そして、驚きはそれだけで終わらなかった。

『この画像とその解析方法の周知。
 そして自らの行動を秘密裏に各国に開示しろと当人から要請がありました。
 ………私がこの画像を偶然発見してからわずか数時間後の話です』

逆らえないネタを掴まれた彼は従うしかないとこの重大な情報を公開した。
そう、下手をすれば自分の正体に繋がりかねない情報をマスカレイド当人が
脅してまで裏側とはいえ世界中に広めたのである。彼らはそこに仮面の
強い自信と無言の脅迫を見た。これが知られても問題ない。
私は何も使わなくともあの力がある、と。

「元々4月末のテロリスト捕縛と爆弾事件の件から
 クトリアに潜伏しているのではないかという疑いの目はあった。
 そして今回の事件への素早い対応からその線は濃厚とされ、
 生徒会はマスカレイドの調査もやる予定だった。そこへこれだ!
 誰だって憂鬱になるだろう……」

偶発的な発見だった一般人による解析画像に対しての迅速な反応。
間違いなくクトリアにいると確信したが自分達にも手が伸びている事実に彼らは
より陰鬱な表情で全員が処刑台につれていかれる罪人のようだったと彼女は語る。
命令には逆らえずも必要だと感じているがこんな相手をどう調査しろというのか。
手を出した途端、破滅する未来しか彼らには見えてこないのだ。

「程々にしとけば何もしないぞ。とか全員にメールしとけばいいのか?」

「やめてやれ! 頼むからこれ以上追い込んでやるな!
 って、今はそのことじゃなくて何故そんな危ない橋を渡った!?」

世界の目が集まっている場で力を振るうだけでも危険な事だ。
否が応でも注目を集めるというのにわざわざ全世界を脅迫した。
そして自らの正体に繋がりかねない画像を故意に拡散させる。
どれもこれも自身を危険にさらすだけで彼にメリットがない。だが。

「何故って、あんたは分かっているから朝は何も言わなかったんだろ?」

どうしてだという問いに返ってきたのは分かっているくせにという声。
彼女はそれに沈黙で肯定を示す。そう、目的なら、概ね推測できている。

「………お前がああしてくれなかったらあの事態がどう転んだのか。
 私なんかでは想像しきれないが……結果お前に集中して矛先はズレた。
 脅迫者として姿を見せた事で国同士世界同士の疑心暗鬼は最低限に収まり
 そこへあの画像が流れれば大多数が第三の世界という言葉に納得するだろう」

どちらの世界でも個人サイズでは外骨格も無しにあんな現象は起こせない。
否、外骨格があったとしても出来ないといった方が正確だろう。それを生身で
起こしたと周知されれば『第三の世界』という言葉に信憑性が生まれる。
マスカレイドへの恐怖と警戒心を煽るだけ煽る形で。

「だがそのためにマスカレイドは世界中を敵に回した。
 中にはお前の行動の真意を理解した者もいたかもしれんが世界の裏側には
 表とは違う面子がある。お前の行動を認めるわけにはいかないだろう」

誰も正体を知らない個人戦力があらゆる規則と法と国家、勢力を超えて動く。
人間が作り出したあらゆる社会構造に真正面から喧嘩を売っているに等しい。
それを統治する側は感情がどうであれ、表裏関係なく認められない。
その相手が規格外の能力と強さを持つなら尚更だ。
尤もそんなことを彼はとっくに知っている。

「認められても困るんだがな……ま、いいさ。
 想定通りだし、世界を敵に回すことには慣れている(・・・・・)

「慣れてるって、ナカムラお前……」

変わらぬ声のトーンでそう語ると心配いらないというように頭を撫でる。
仮面の暗殺者マスカレイドはファランディアにおいて確かに英雄だった。
時の暴君を倒し、未曽有の大事件を解決し、人々を苦しめる魔を討つ。
影に日向に八面六臂の活躍だが、それでもマスカレイドは世界の敵だ。
正確に表現するならば『社会の敵』といった方が正しいだろう。
為政者からすればコントロールできない暗殺者など厄介なだけであり、
どこの誰で何を考えているのか不明な支持だけは高い英雄など不倶戴天の敵だ。
その定義も断罪基準も曖昧なまま誰に止められる事もなく動く強力な個人。
これほど不気味で凶悪な存在はそうそういない。

民衆や世界にとって英雄でもそれ以外には人型の天災だ。
法と秩序という治世に楔を打ち込みかねない暗殺者というアクマ。
遭遇したら過ぎ去るのを待つしかないというただの災害にも等しいモノ。
尤もそれが為政者たちに一種の良き緊張感を生んでいるのも事実。
正義の味方ではないが必要悪でもない。意志を持つ抑止力がマスカレイド。
彼はその役目を約2年続けた。世界を敵に回す程度のことは既にやっている。
それがさらに一つ二つ世界が増えたところでどうということはない。
強がりでも虚勢でもなくわりと本気でシンイチはそう考えている。
だから彼は変わらず毛繕いのように髪を梳くって感触を楽しむ。

「心配してくれてありがとな。俺は自分を守るのが苦手だから助かる。
 けど大丈夫だよ、俺は捜査線上には浮かばない。浮かんでもすぐに消える。
 調査メンバーの主流が生徒会なら簡単には俺を疑おうとも思わない」

「え、えらく自信があるな。また何かしたのか?」

髪を撫でる手の感触と心地よさに羞恥がぶり返してきたフリーレだが、
それを強引に抑えこみながら、もう驚かないぞ、という顔で問い質す。
ただその点に限っていえば彼は被害者でありそれを利用したに過ぎない。
そのため彼女は驚きから逃げられなかったが。

「やっぱあんたは知らなかったか。
 俺、転入初日からずっと生徒会の監視受けてるんだよ。
 部屋にも隠しカメラが山ほどあって俺のアリバイを証明してくれてるんだ」

「なに!?」

さすがにそのプライバシーの侵害以上の暴挙は予想外だったのか。
驚きから起き上がりかけたのを鋼の意志で抑えこみながら叫ぶ。律儀だ。

「まあ今はさすがに人手が足りなくて放置されてるし、
 監視システムは乗っ取ったから初日から偽の映像を流してるがな」

「おいっ……いや、そうか。ならいい………のか?
 いやいやいくら不可思議な帰還とアマリリス持ちとはいえやり過ぎだろアマミヤ!」

「会長さんは責めてやるなよ、仕方ないって」

自身の特異な点を調べない訳にもいかない立場を彼は理解している。
ただ結果として彼らは獅子身中の虫どころではないアクマを招き入れたのだが。
一瞬激昂しかけたフリーレもそれを思うと逆に可哀そうに思えてきていた。

「……話を戻すぞ。
 要するにお前がクトリアにいる可能性を隠さず、アマミヤへ接触したのは
 生徒会を調査に携わらせて疑われないようにするためでもあったのか」

「ははっ、わりと自分のヘマを繕うための小細工だがな。
 あの解析画像には本気で度肝抜かれたが、うまく使わせてもらったよ」

おい、とまた思わず声を出して突っ込んだが彼は笑うだけ。
彼女はそこまで考えているのならば自分の心配は杞憂か、とも思った。
だがそれはあくまで対処の話であって結局のところ理由の話ではない。
話してはくれないのかという僅かばかりの落胆が彼女の心を覆う。

「………それではぐらかされていろ、ということか?」

そんな心境になったせいか彼女の声は何故か拗ねたような色を持っていた。
シンイチはそれに、まさか、と笑って応えて静かに首を振った。

「たいした理由じゃないだけだよ。単にむかつくんだ、ああいう連中は。
 自ら参加したレースで誰かに抜かれるならそれはそこまでの話だけど
 気に入らないから(・・・・・・・・)ってレースそのものを壊そうとするのは気に入らない(・・・・・・)
 そんな連中のふざけた脚本なんて何を使ってでも全てぶち壊してやる」

されど続けて口から出た言葉にはその対象を思い出しているのか。
苛立ちと不機嫌さを隠そうともしない攻撃性があってフリーレも一瞬怯む。
雰囲気の変化だけではない。その考え方が持つ危険性を正確に理解したからだ。
その反応を楽しげに見下ろした彼は口だけで笑うと撫でる指を頬へと移す。

「っ」

繊細な指使いで少年はガラス細工でも扱うかのように彼女の顔に触れる。
フリーレはそれを驚きはしたが自身を覗き込む彼の瞳から目を離せなかった。
見下ろされる形のため若干影となったそれはどこか闇を孕んでいるかのよう。
そして突如打って変わって怪しく囁くように少年は声を紡ぐ。

「……気を付けろ、フリーレ。
 お前が気付いた通り、俺は実の所テロリストとなんら違いは無い。
 気に入らないからと力尽くでどうにかする事しかできん乱暴者だ。
 ただ方向性が奴らと違うだけに過ぎん……忘れるなよ」

それは果たして忠告なのか脅しなのか願いなのか。
線引きでもするかのように自身を悪と断じて、そう見ろという。 
見上げた先にあるその顔は大人びていて何故か自信に満ちたものがある。
それでいて彼女を見下ろしてくる目には慈しむような暖かみも存在していた。
歳や背丈とは関係ない何かが彼を大きく見せて喉まで出かけた文句が引っ込む。

「……フリーレ?」

だがどうしてか。彼女は自らの頬を撫でる手に自らのそれを添えた。
女性のような細い指を持つ子供の手は想像以上に小さくて柔らかい。
だが経験上フリーレにはその手がどれだけの傷を負ってきたかが読めた。
同じ場所に何度も傷を負いそれを何度もスキル等で治療し続けると
見た目は戻っても普通の肌とは違う独特の感触が残る。それを感じた。
痛々しいと思いながらもその分きっとナニカを守ってきたのを彼女は見る。
それを何故か懐かしく想える温もりだと彼女の心は感じていた。



フリーレはその暖かさを信じている────────



──フリーレ・ドゥネージュはガレストでは名の知れた英傑の一人だ。
華々しい活躍で剣聖とまで呼ばれ、高い名声と羨望を集める美貌の女剣士。
武の名門ドゥネージュ家の後継にしてその血を濃く受け継いだ優れた戦闘者。
幾分か新しき英雄を望む気運から持ち上げられた部分もあったものの、
そんな彼女に対して羨望や憧れ、思慕の想いを向ける人々は多い。


されどそんな彼女の愛情無き生まれと辛い幼少期を知る者は少ない。


彼女はドゥネージュ家当主とその妾との間に生まれたとされている(・・・・・)
ガレスト貴族。それも十大貴族ほどの名家となればさして珍しい話ではない。
ガレストにおいて貴族とは血統による守護職でありその血筋の意味は強く重い。
守る力である高ステータスへの可能性を持つ血を確実に後世に残す義務がある。
地域差はあるが地球の貴族と違い、血筋の拡散を積極的に求められているのだ。

だから彼女の母が“正式な”妾であったならまた違った人生があったろう。
さらにいえば例えその立場でなかった女性であっても双方同意の上での事か。
あるいは心底想い合った関係であったのならば彼女はまだ救われただろう。

残念ながら彼女の血縁上の父と母の間にはそれらは一切無かった。
切っ掛けは些細な偶然の重なりと許されざる一夜の行為から。
その日、当主は過酷な政務と激しい防衛戦が続く日々に精神は疲弊し、
されど肉体は常に滾っているような状態になっていた。それを収めるためか。
慰めるためか。慣れない酒を摂取したのがいけなかった。

興奮した肉体と過度の疲労にストレス、そして大量の飲酒。
それらが折り重なった結果たまたま目についた使用人(女性)を部屋に連れ込んだ。
酔った勢いと当主という立場、腕力の強さに彼女は逃げられもしなかった。
ドゥネージュ家当主である彼からしてみれば酔った末の一夜の間違い。
大貴族では珍しく色事の経験が政略結婚の正妻とのみだった当主()
これへの対処を後々間違え続けることになる。

まず醜聞になりかねないと彼らは穏便にその事実を周囲に隠蔽した。
彼女としても雇用主であり領主である彼相手に事を荒立てても得は無く、
訴えても有耶無耶にされて職を失うだけだと僅かな口止め料で自身を慰めた。
領地全体が貧乏なドゥネージュ領では離職のリスクが高すぎたのだ。

ところが数か月後、運悪くなのか運良くなのかは判断が難しいものの
その一晩の行為によって彼女は後のフリーレを身籠っていたのである。
未婚者で恋人もいなかった彼女には誰の子かすぐにわかった事だろう。
しかし当主に相談するも忙しさもあってまともに取り合われなかった。

実は当主からの認識は“所詮たった一夜の過ち”で、しかも終わったこと。
側近にさえ隠したため彼以外にその事実を認識している者もいなかった。
また十大貴族の当主という立場上、落胤話は時折降って湧いていた。
ゆえに一度の間違いを盾に妾の立場を狙う者にしか見られなかったのだ。
だが間違いを犯した者としてあまりに不誠実なその対応は後々彼に跳ね返る。

彼女は結局それが遠因となって職を失い、僅かな手切れ金で放逐された。
堕胎しなかったのは当初は本当に宿った命に対する慈愛であったのだが、
切り捨てられた事で産んで証明してやろうという復讐の道具となった。
自分が確かに辱められた証拠にしようという狂気に彼女は取りつかれた。
しかし領内の僻地でフリーレを産んだ彼女はそこで再び絶望することに。
生まれ落ちた彼女はドゥネージュの家系とは似ても似つかぬ容姿に育つ。
髪の色も目鼻立ちの特徴も全て母親の家系によく見られたモノ。
十大貴族の家系に出やすい金色の瞳はあったが証拠としては弱い。

当時ガレストでは遺伝子検査はまだ一般的でなく知られてもいなかったため
証明する手段を無くしたと思い込み、意味を失った子供へと向ける愛は消えた。
それでも最低限の養育がされていたのは母の情ではなく処罰を恐れてのこと。
貧乏領地とはいえか、それゆえか。人命という資産を守る法と機関は機能していた。
復讐に使うために妊娠を周囲に広く知らしめていたのが皮肉にも母親の暴走を
防ぐ抑止になっていた。尤もその整備を行ったのが当主一族であるため
彼女の憎悪は日に日に膨らんでいくことにもなったのだが。

とはいえ、それらが無くとも親の愛があったかは疑わしい。

その証が悲しいかな彼女の名前にある。
『フリーレ』という言葉は今でこそ彼女の活躍で名としても浸透したが、
本来は人の名前に使われる単語ではない。何せ日本語に直訳すれば『白色』だ。
ガレスト語において命名の際に意味のある単語を使う事例は多いものの、
色を示す言葉を使うのは珍しいを通り越して当時は奇異であった。

母親が戸籍に登録する際にその髪の色から思いつきでつけたという。
同時に白色というのはドゥネージュの家紋に使われる色でもあった。
関連するモノで“見立てる”ことで憎悪を向ける対象にしたのだろう。
幸か不幸かそれは彼女が物心つく辺りまででよく覚えていないらしい。

だがそれほどの時期に定期的に実施される貧困層向けの無料定期検診で
図らずもその血筋が発覚して、図らずもそれが衆目に触れてしまった。
ドゥネージュ家が事態を知った時にはもうその事実は知れ渡っており、
後手に回った彼らはその科学的な鑑定を受け入れるしかなかった。
だがそれは何故貴族の血筋が放逐されていたのかという疑問を呼ぶ。
既に出遅れていたドゥネージュ家は事実の隠蔽をしきれなかった。
あるいはその情報の流布が生母の考えた復讐だったのかもしれない。

いくらかの脚色や誇大化した形であったがその流れは知れ渡った。
そのため当主が醜聞を隠そうとしてその相手の訴えを無視した結果、
保護養育すべき血筋の子を放逐していた事実は多くの非難を呼んだ。
ドゥネージュ家に出来たのは元々母親が正式な妾だったことにして、
離れたのを男女間のトラブルという話でお茶を濁すのが精一杯。
されど貴族は血筋を多く残し、未来の守護職として育てるのが義務。
どう取り繕ってもそれを怠った当主()は内外から責められ求心力を失った。

これに生母たる女は復讐がなったと歓喜してドゥネージュ家に乗り込み、
賠償金として一人が生きるには充分過ぎる金銭をもぎ取ると子を置いて去った。
地球ならば非難されそうな行為だが人知れずドゥネージュの血筋を産み育て、
証明されると家に戻した行動は実状を知らない人々からは賞賛を受けた。
親子の情より未来の領地戦力を優先した立派な行為だと。

一方父親に当たる当主はそれ以上の醜聞を恐れてフリーレを引き取る。
だが既に正妻との間に一子があり、せいぜいが万が一の予備という認識。
家に入れることで世間の目から隠し、きちんと養育していると装う道を選ぶ。
自らの面影がない娘を証拠があっても彼は我が子だと思えなかったのだ。

尤も仮に親の情が芽生えても当主として彼にできる事は何も無かったのだが。

貴族は能力主義だ。しかしこちらでいう婚外子にそも継承権は無い。
余程の事情が無ければ妾の子は後継者レースに参加する事は本来はない。
あくまで優秀な血統を受け継ぐ存在を増やすために推奨されている行為。
跡継ぎを作るのと未来の優秀な戦士を作る事は彼らの中では別の行いなのだ。
されど正式に引き取るとなるとその非嫡出子にも法律上継承権が発生する。
フリーレは本人が気付かないまま勝ちが決まっていたはずのレースに
いきなり第2位として途中参加してきた邪魔者になってしまっていた。

既にドゥネージュ家内では正妻の権力が圧倒的であった。
当主その人がこの件の失態で軍事以外の発言力を無くしたのも合わさって、
どちらがドゥネージュ家の当主なのか解らなくなるほどだったという。

そして人間はどれだけいっても、どこであろうとも人間だった。
権力を持てばそれに群がる者達はどこからともなくわいてくる。
正妻がそれをうまくさばいて動かせるほどの人間なら良かったが、
十大貴族の奥方という立場に酔いしれる俗物では話にならなかった。

またフリーレはあまりに分かりやすいドゥネージュ家の厄介者。
しかも後ろ盾どころか味方もなく、知恵も知識もない幼い少女。
本家筋に取り入るのにこれほど攻撃しやすい弱者はいない。

彼女はそこでも都合のよい憎悪のはけ口とされた。
当主の家に引き取られてから寒さや食う寝るには困らなかったが
扱いはさほど変わらず、むしろ自由がない分余計に苦痛だったろう。

幸か不幸か幼く世間知らずだった彼女はその意味を深く理解していなかったが。

ただ一人、そういった大人の事情を同じく気付いていない異母兄だけが
妹ができたことをとても喜んで暇をみつけては遊び相手になってくれた。
異母兄にとっても痛くて苦しく傷だらけになるだけの鍛錬を繰り返すより
自分が顔を見せるだけで喜んでくれる妹との時間は数少ない安らぎ。
この兄妹にとってその時間だけが幼少期唯一の楽しい思い出だった。
彼女がブラコンとなり疎遠となっても慕っているのは当然といえよう。
あるいはまがりなりにもフリーレが歪まずに育ったのは彼の功績といえた。

だが、そこでまたも運悪くか運良くか。
異母兄フランクに武の才能がないとして完全に見限られてしまう。
それに伴い、跡継ぎを産んだことで盤石となっていた正妻の地位は落ちた。
代わりに兄にもらった練習用ブレードを唯一の玩具に遊んでいたフリーレは
ただそうしていただけで兄のステータスをすべて上回っていってしまい、
定期検査でそれが発覚すると周囲の対応はまるで喜劇のようだったという。

これまで正妻の一族とその息子におべっかを繰り返していた者達はまるで
こうなることがわかっていたといわんばかりに見事な手の平返しをした。
フリーレの率直な感想としてはただただ「気味が悪かった」である。
昨日まで幼子にすら意味が解るほど口汚く罵って陰険な扱いをしてきた連中が、
ほぼいない者として扱ってきた者達が一斉に蝶よ花よと愛でて称賛してくる。

当時のフリーレは「怖い」とすら思ったという。
事情をまるで把握していなかった少女にはそんな変化は恐ろしいだけだ。
しかし兄を頼ろうにも彼女とは逆の手の平返しを受けた彼にその余裕はなく、
原因となった妹相手にそれまでのように接せられるわけもなかった。


そうしてフリーレという少女は訳の分からないまま再び孤独となった。


誰も彼も信用などできるわけもなく唯一の相手だった兄とは会えず、
突然後継者としての教育が始まったがそれに納得できるわけがなかった。
少女にとってドゥネージュ家は文字通りの意味で敵地でしかない。
そこで心許す相手もいない中で過ごす苦痛は如何程か。
全てを敵視し拒絶し続け、思い出の剣だけを友とした。

その様子を見たさる高名な軍人にスカウトされる形で修行の名目で
家から離れて軍に入れた事は彼女の数少ない明確な幸運だったろう。
だがそこでの生活でいくらか大人に近づき、過去を客観視したことで
コトの真相をおおよそ把握出来た時にはもう色々なものが手遅れだった。
母親は完全に消息不明で、有名となっても接触が無かった事を考えれば
それはもう関わりたくないという無言の意思表示でしかない。
異母兄のことは諦めてはいないが大きすぎる溝ができていた。
父親とは互いに肉親とは思えない冷めきった関係となっていた。
露骨な手のひら返しをした連中には今でも敵意以外の感情がない。

人々のイメージやその名声に比べてあまりに暖かみの無い人間関係。
彼女はゆえに多くのことをまだ知らず、体験せず、気付けていない。
心身の外側は繕えても、彼女の中身は未だに多くがあの頃のまま。
しかしだからこそ純粋にフリーレには分かることがあった──



────────その唯一こそ彼女の絶対なのだから




「おい、本当にどうした?」

いつのまにか彼女は縋り付くかのように少年の手を握りしめていた。
拒絶する事もなくされるがままにする彼は不安げに彼女を覗きこむ。
心配そうにこちらを見下ろすその顔を見て彼女は自然と顔が綻んだ。
そんな顔をして他人を気遣うテロリストがどこにいる、と。

「………なんでもない。ただ触りたくなっただけだ」

「お、おう」

そんな言い訳にもなっていない言い訳。人肌恋しいとでもいうのか。
いつのまにか握るだけでなく軽く頬ずりでもするように密着させていた。
年下の少年であるはずの彼が持つには不釣り合いな父性を思わせる空気。
いわば兄性とでもいうべきものが彼女には心地が良くて気を抜いてしまう。
少年が珍しく戸惑った顔をしていることにだから気付くことはなかったが
その温もりにただただ安堵を覚える。異母兄とは違うが似てもいる不思議な感覚。
だから懐かしいと思ったのだと彼女はひとり納得し、そして信頼を言葉にした。

「──────違えぬことを誓うぞ、ナカムラ・シンイチ」

「え?」

初めて会った時は唯我独尊なマイペースさにただ目を白黒させたが
妙なところで気遣いをしてくる少年にフリーレは縋りたくなっている。
教師として大人としてそれでは駄目なのだとわかってはいるのだが
この温もりをまた失うのは彼女にとってあまりに恐ろしく、惜しい。

「私は生涯、お前の敵とならぬ努力をし続けよう」

「…………」

だからこそ彼を倣うようにそう誓った。
努力するとしたのは断言ができるほどの剛胆さが彼女にはないから。
そして道を間違えなければ彼が自分の敵となることはないと信じた。
根っこにある気弱さと切実な願いが合わさった彼と比べれば小さな誓い。
それに一瞬意表をつかれた顔をしたシンイチは少し照れたように頬をかく。
おや、とその様子にやっと彼が珍しい表情をしていると気付く。

「顔が赤いぞ?
 変な事を言ったつもりはないが、お前でもそんな顔をするのだな」

いい発見をしたとばかりに満足げに頷くフリーレに彼はしかめっ面。
ただ頬が赤いため迫力も不機嫌さも半減以下となってしか伝わらない。

「う、うるせぇっ」

「わっ!?」

それを見てくすりと彼女がさらに笑うのだから我慢できずに
もう一方の手で頭をぐしゃぐしゃとかき回すように髪型を崩す。

「ちょ、こらっ、やめっ!」

「……咄嗟に曲解しかけた自分が恥ずかしかったんだよ、悪いか……」

抗議の声に隠すように本音をこぼすシンイチ。
彼は言葉の裏を読むことに慣れ過ぎてしまっている。
そのため裏のない言葉でも反射的に裏を読んでしまう事は多々ある。
だからまるで“ずっと味方でいてやる”といわれたようで思考が止まった。
手に頬ずり紛いの事をやられたのも合わさって照れないなど無理だった。
尤も頬を赤くしたのは即座に深読みに気付いたためだが。

「う、うぅ、変な所が子供っぽい奴だな……」

笑った仕返しとしてとらえた彼女は恨みがましい視線を向ける。
乱された髪型を少し気にするように押さえたため彼の手は放していた。
ただシンイチは頬ずりされた手を持て余すように無駄に開閉しているが。

「……中身が幼い奴にいわれたくねえよ……いいからもう一回寝てろ。
 どうせお前のことだ。律儀に俺だけに背負わせられないと寝てないんだろ」

気恥ずかしさを誤魔化しながら叱るように軽く頭を叩く。
事実であるため強く言い返せないがそれは少年も同じではないかと思う。
その考えが顔に出ていたのか彼は溜息を吐くと今度は優しく頭を撫でた。

「少なくともお前よりは寝てるよ………昼になったら起こしてやる。
 その代わり昼飯はおごってくれ、動き回ってカロリーが足りないんだ」

いいだろ、と子供そのものの無邪気な笑みを浮かべてそう口にする(甘える)
虚を突かれたフリーレは目を見張るがすぐに眉根を寄せて苦笑を浮かべた。

「都合のいい時だけ子供になって………わかったよ、おごろう。
 贔屓にしてるステーキ店があるんだが、そこでいいか?」

「ああ、もちろん。お前の財布が空っぽになるまで食ってやる」

それは頼もしいと微笑むと小さくおやすみと呟いて彼女は瞼を閉じた。
途端に体から力みが消えて重みが増すと規則正しい寝息を立て始めた。

「どこぞのメガネの小学生もびっくりな早さだな」

余程疲れていたのか元々眠りに入りやすい性質なのか。
狸寝入りで従者を騙した男の目から見ても間違いなくそれは眠りの中。

「しっかし、今度は自分の意志で無防備に寝てるぞこいつ。
 そこまで信頼されるとイタズラする気にもならん……」

困ったものだと口にしながら表情は微笑ましくその寝顔を見守っている。

〈通常より口調が穏やかです。当初からその気は無かったと推測します〉

「………勝手に人の心情を解析しようとするな」

尤もそれは無遠慮な人工知能が口を挟むまで、だったが。
彼女の腕に装着されている端末を睨むように見るが当然機械は気にしない。

〈失礼いたしました〉

一応そんな発言が返ってはくるものの、
彼にはプログラミングされた社交辞令じみた謝罪にしか聞こえなかった。

「口先だけの人工知能ってどうなんだよ、おい。
 まあいいけどさ、それより実際問題こいつの財布って金あんの?」

〈話題変換が唐突。さらに質問の意図が不明。目的を明確にしてください〉

「いやさすがに給料の額なんて知らないから懐事情によっては遠慮しようかと」

〈マスターの発言を理解。精神年齢と実年齢に乖離を推測します〉

「正確にはあちこちがチグハグになってるというべきだけどな」

つい数秒前に空にするほど食べると宣言しておきながらの気遣いに
同年代の子供の言動との大きな違いがあると─今更ながら─判断した。
当人には解りきったことなのか補足までしてくる始末だったが。
しかし正当な理由と認識した白雪は問題ないとして簡単に説明する。

〈十大貴族の一員としての年金は領地の運営資金に回していますが
 軍人時代に支払われていた給与はそのおおよそ9割が残っています。
 クトリア全域の飲食店から全てのメニューを購入しても5%も減りません。
 ご気遣いなく注文なさって構わないといえるでしょう〉

「それはつまり、高給取りだったが使わないから貯まる一方、ってことか?」

そこだけは世間のイメージ通りに遊びのない私生活を送ってるようだと苦笑い。

〈肯定です。
 金銭面で困る要素のないたいへん優良物件だと判断します、いかがですか〉

「………それ、プログラミングされた受け答えだろ」

白雪自身の発言にしては妙な内容にその可能性を即座に思い浮かべた。

〈肯定です。
 特定条件を満たす異性を発見次第アピールするように設定されています〉

「何を考えてるんだお前の開発者兼こいつの友人は?」

溜め息まじりにフリーレで遊び過ぎだろうと顔を顰めるシンイチ。
彼女に意識があれば間違いなくお前がいうなと声を張り上げるだろうが。

〈記録された発言をそのまま再生します。
 『高値の優良物件すぎて誰も手を出さないのはあまりに情けないし、
  近付く男は内装を見ようとしないし見えてない。むかつくわ』とのことです〉

途中機械的ではない生の女の声が流れて、その言葉に宿る意志を聞いた
その内容に一瞬目を瞬かせた彼はしかし次の瞬間には優しい顔で微笑む。

「いい友人を持ったじゃないか………多分、お互いにな」

感想と願望か。
柔らかな声でそう囁くと自分で乱した髪を整えるように梳く。気のせいか。
どこかその寝顔が気持ちよさそうなモノに変わったように見えた。



「……ふむ、今回の件の感謝と詫びにちょっと悪巧みしてみるかな、ふふ」



そんな風に穏やかにフリーレが眠る真上で、されど。
悪人顔で笑う少年の企みは誰も知らない所で進むことになる。
ただきっと誰かの胃が痛くなるような話になるのは確定だった。合掌。
+注意+
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