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帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

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04-40 地球とガレストの裏(前編)

月末と月初めと土日が本当にきつい……

そして書けば書くほど長くなっていく不思議……

そんなこんなでまた前編………


だってこいつら急に本気でやりあうんだもん!




ガレスト学園には表向きには存在していない施設や部屋がいくつかある。
それはここが地球側にまだ公表していない情報や技術を扱う場だからこそ。
また様々な思惑が入り混じる事が当初から予見されていたからでもある。
簡単にいえば非合法な手段での侵入や技術や情報の奪取を防ぐため。
だからか滅多に使われないが留置所や取調室の類も存在している。
しかし今それらは過去最大の利用状態にあった。

先日の事件が隠蔽された事で表沙汰にしづらい多数の逮捕者が出ている。
その処理に防衛隊や警備部、保安部は追われており、とてもではないが他。
特に学園を襲ったチームへの対応が追い付かず、手が空くまでは学園で
拘束しておいてほしいと要望され、学園側がそれを受けいれた形だ。
そしてその決定がなされた時、彼女はそれが最後のチャンスだと思った。



学園地下に隠されたいくつかの部屋の一つ。
簡素でただ白い壁に覆われているだけの、それゆえに圧迫感のある空間。
その中心で床に固定されている四足の机とイスで二人の女性が向かい合う。
対照的な美貌に対照的な表情を浮かべながら。

「そ、そんなっ、そんなの嘘よ!!」

一人の女は普段は柔和を装っている表情を愕然として悲鳴のように叫ぶ。
手錠と足枷が無ければ立ち上がって目の前の机を叩かんばかりの勢いだ。
彼女─アリア・バンスレットはそこで調書には残らないある事実を
旧友の口から容赦なく叩きつけられ、狼狽していた。

「そう思いたくば好きなだけ思っていればいい」

一方で落ち着き払っているのは白髪の女教師フリーレ・ドゥネージュ。
姿格好こそいつもの野暮ったいジャージ姿だがその表情はいつになく硬い。
彼女はある思惑があってアリアとそしてその仲間達にある事実を突きつけた。

「だがこれが事実だ………おかしいと思わなかったか?
 交流の象徴の場とはいえ十大貴族の跡継ぎが二人も在籍していることを」

「え、なにを、いったい何の話をしてるのよ!?」

「中立を謳っているとはいえここは地球に存在する都市だ。
 そこに私達がいる事を双方が認めていることの意味が解らないか?」

「どちら、からも────まさかっ!?」

アリステルとフリーレ。ふたりがこの地に来た時期と理由は違う。
だがその要望が最終的に通ったのは双方の世界がメリットを取ったから。
ガレストにとって重要な戦力であり血筋でもある彼女らを地球に置くのは
それぞれの領地の防衛力を少なからず低下させる。その穴埋めの人員を余所から
動かす必要が生じ、また“もしも”の時には地球側に捕えられる危険がある。
逆に地球側からすれば個人とはいえ上位の戦力が常駐してくるようなもの。
反ガレスト勢力でなくとも侵略の先鋒ではないかと勘繰ってしまう者もいた。

「そうだ。交流の本当の意味と価値に気付いている者達が利益を取ったからだ」

それでも双方から認められたのは象徴の地に普通に彼女らがいることが、
そしてその存在と活動によって得られるメリットの方を優先したため。
彼女達の存在は交流が問題なく進んでいるという証の一つ(アピール)となりえる。
ここを管轄する組織はデメリットよりもその宣伝効果を期待していた。
これからも交流を平和的に続けるために。

「アリア、私も生粋のガレスト人で元とはいえ軍にいた身だ。
 地球と相容れない部分を警戒する気持ちはわかるし必要だと思う。
 現状を見るにガレスト政府に落ち度が何もなかったとも思わない」

彼女は気持ちだけならばガーエン義勇軍のみならず、
反地球主義者たちの語るこの世界に対する懸念や恐れを理解している。
また交流公開以前から予見できたいくつかの問題への対策が甘かったことも。
だが、それでも、と彼女は続けた。

「地球との交流は必要だったのだ。今までもそしてこれからも。
 でなければそもそも私たちは生まれてさえ(・・・・・・)いなかった(・・・・・)

かつてドゥネージュ領において同じ立場だった二人はその恩恵を知っている。
ただそれを認識出来たか否かの小さな差が彼女らの立ち位置を分けた。

「っ、あ、う、嘘よ! そんなわけがない!
 間違いだったのよっ、失敗だったのよっ、地球は必要ないのよ!!」

まるで、そうでなければならないのだと譫言のように叫び続ける。
もう頭ではそれが真実だったのだとわかっているが感情が認められないのだ。
認めてしまえば自分達のこれまでの全てが無駄で無意味な行為に成り果てる。
それどころか守ろうと思っていたガレストを窮地に追い込みかねない行為。
だからただ喚き散らしてその現実を否定する。間違いだと、失敗だと。

「…………」

だがそれは彼女の前で何度も口にしていい単語ではなかった。
あまりにもその言葉たちは彼女の辛い記憶を刺激する物だと彼女は知らない。
硬い表情にいまはさらに暗い影が差し、唇は引き結ばれ、体は震えていた。
アリアはそれに気付かないまま同じ言葉を繰り返して無自覚に油を注ぐ。
それゆえか彼女の瞳にはいま烈火の如くある感情が燃え盛っていた。

「……お前は、私に倒された時も同じようなことをいったな。
 間違いだの失敗だの災いだの必要ないだの────反吐がでるっ」

「っ……フ、フリーレ?」

取り乱していたアリアはその言葉に込められた感情に我に返った。
否、そのあまりに彼女らしくない冷たい声に体中に悪寒が走ったのだ。
友となっても、敵対しても、ついぞ向けられなかった感情がそこにある。

「テロリストどもはいつもそんな言葉を使って何もかも否定する!
 そうだったら何をしてもいいのか! ふざけるんじゃない!!」

激情のまま叫んだ彼女は振り下ろした拳で机を叩いて破壊する。
まるでプラスチックで出来た模型だったかのようにそれは簡単にひしゃげた。
これまでずっとフリーレとは無縁に思えた“憎悪”が解き放たれていた。

「薄っぺらいんだよそんな言葉は!
 間違いだったといった女は嬉しそうに正当性を口にしたぞ。
 失敗だと罵ってた奴らはあとから最高傑作と褒め称えたよ。
 災いといって邪険にした連中は素晴らしい福音と言い放った。
 必要ないと捨てたくせに必要が出たら恩着せがましく拾われた!」

それは───彼女のいかなる経験からきた言葉だったのか。
アリアはただただその強い語気に呑まれて考える事もできなかった。
されどそんな状態にあることすらフリーレには気付く余裕がまるでない。

「お前もか! お前も所詮あんな連中と一緒なのか!?」

怒鳴り声をあげているのは彼女だ。
アリアの胸倉を掴み上げて激情のまま叫んでいるのはフリーレ。
されどその声が悲鳴のようにも聞こえるのは果たして錯覚か。

「間違いだと声高に叫んでおいて、違うと知れば取り乱す!
 次はなんだ!? そうと知ったら今度は何を言い出す気だ!?
 どうせあっさりと手の平を返してまた身勝手なことをいうんだろっ!」

殴りかからんとばかりの勢いで一方的にまくしたてる。
その目にも表情にも声にも溢れんばかりの憎悪と殺気が込められている。
間近でそれらを叩き付けられたアリアは声もでないほど縮こまっていた。
初めてそこで怯えの表情でかつての友人を見ることになる。

「っ」

その視線で逆に我に返った彼女はアリアを手放すと咄嗟に背を向けた。
そして自らをかき抱くようにして激情に震える肩と、心を抑え込む。
床に腰を落としたままの姿勢でそれを見上げるアリアには言葉は無い。
こんなフリーレを見たことがなく、どう対応すればいいか解らないのだ。

「………………すまない。こんな話をするつもりではなかった」

いつまでも続くかと思えた沈黙を破ったのは抑揚のない彼女の声。
されどアリアに背を向け、その向こうにある顔を見せようとはせず、
その声とて無理矢理に平静を装ったそれにしか聞こえなかった。

「だが……いや、だから……ああっ、だめだ。
 うまく言葉にできん……本当にこういう時は口下手な自分が恨めしいよ」

事実、落ち着きを取り戻せたのは表面だけで中では感情が渦巻いていた。
常以上に口がうまく回らず、何をいうべきか何をいいたかったのか。
考えてきたはずのそれらがもうフリーレから出てこない。その代わりか。
あるいはそれこそが言いたかったことなのか。

「だからかな………私は昔からお前が羨ましかったんだ、アリア」

「え?」

ぽつりとそれだけは羨望の色がまじった声で背後の旧友に告げた。
戸惑うアリアの顔を背を向けているフリーレが気付くことはない。
だがフリーレの脳裏にはろくな人付き合いを経験していなかった少女を
社交性の高さであっという間に自身の懐に招き入れた手腕が思い返されていた。
アリアと出会わなければ兄と疎遠になったフリーレはきっと孤独であったろう。
その頃からずっと彼女にとってアリアは初の友人であり憧れる女性の一人だった。

「出来ればずっと友でいたかったよ……」

だからこそ、最後の別れだけは口にしようと彼女は思ったのだ。
事件が表沙汰にならなかった以上、彼らに正式な裁判は行われない。
極秘裏にガレスト本国に送られ、極秘裏に何らかの処罰を受けるだろう。
全員が戦闘能力の高い面々ゆえおそらくはより厳しい監視下での輝獣討伐。
文字通り死ぬまでこき使われて、戦わされるだけの日々を送らされる。
戦士という名の使い捨ての駒。罪亡き戦士たちを守る人の壁だ。
重すぎるとは彼女は全く思っていないが再会は無いと確信できる。

「もう会うこともないだろう……さよならだアリア」

「ぁ、あっ、ま、待ってフリーレッ、わたしは!」

僅かに肩越しに振り返り、驚く罪人(友人)の顔を見納めに彼女は扉へと向かう。
追いすがるように彼女が発した声も届く前に彼女は取調室の外に出てしまう。
そして叫んだ彼女自身もその後になんと続けようとしたのか解らなかった。
ただ一つ解ったのは自分はいま失ってはいけなかった友人を永遠に失ったのだと。
何も音を発するモノがなくなった室内でひとり愕然と肩を落とすのだった。





「……だ、大丈夫ですかドゥネージュ先生?」

取調室から出たフリーレを出迎えたのは生徒会副会長。
オレンジ色の長髪を背に流している女性リルティナ・バーグマンその人。
彼女が思わずそう尋ねてしまうほどフリーレは疲れ切った顔をしていた。

「すまないな、少し……取り乱してしまったよ。
 壊した備品の請求は私に回しておいてくれ、弁償する」

だがリルティナの姿を見ると力無く頭を振って話をずらす。
彼女はその態度に戸惑いながらも頷いて、足を進める彼女に続く。
施設の少し狭い廊下で追う形で教師を見上げるがいつもの覇気はない。
室内での会話を聞いていた彼女は問いたい言葉もあったがその好奇心を抑えた。

「……やはり少しお休みになられては?
 事件終結から丸二日ろくに寝ていらっしゃらないではありませんか」

「ん、それはお前達生徒会も似たようなものだろう。
 だいたい一番の厄介事を一人に押し付けたんだ。これぐらいっ」

「先生?」

「あ、いや、なんでもない」

知らず口から出ていた言葉を不審がられるが即座に否定する。
それで疲れがたまっているのを自覚して気を引き締めつつ話を変えた。

「それよりもすまなかったな。色々と無理を頼んでしまって」

誤魔化す意図もあったがいくつか(・・・・)無茶な頼みをした申し訳なさも本当だった。
記録に残らない形での彼ら義勇軍との接触と公になってない事実の開示。
そしてその話を他のメンバーにも一方的に聞こえるようにしてもらっていた。
その間、自分達以外がこの場所や拘置所に近づけないようにもして。

「いえ、ガレストにとって有益なこと、
 彼らの再犯を防ぐには必要なことかと。また脱走されても困りますし。
 それにこんな話、地球側の人たちには聞かせられませんしね……」

されど彼女は気にした風もなく首を振りその必要性を認めた。
フリーレが開示したある事実。彼らの動機を引っ繰り返す真実。
トップシークレットとまではいかなくとも公に認めるのはまだ早いそれ。
聡い者なら出身世界問わずそれなりの数が気付いてはいるだろうと思われるが、
それでもやはり、まだ公的にそうだと明言できない現状があったのだ。

「しかし彼らの武装を検分していたのは結局なんだったのですか?」

ただその件は取調室での会話でも出なかったため疑問に思った副会長だ。
この機会を設ける前に本格的な調査前だった装備品群を彼女は一人検分した。
副会長はアリアたちの面会準備もあってそれにほぼ立ち会えていなかったのだ。

「え、あ、いや、少し、気になることがあったんだ。ただどうもな。
 面倒を押し付けておいてすまないが、私の勘違いだったようだ」

一瞬、素で反応しかけたのを教師としての顔と言葉で誤魔化した。
それがいつもの声色であるためかリルティナも疑問には思わなかった。

「それと悪いが内密に頼む、できればお前の上の方にも。
 ダメなら旧友と最後の別れがしたかった私の我が儘にしておいてくれ」

誤魔化しに次ぐ誤魔化しにいくらか心苦しい想いがあるも同時に
ある男の言い回しを真似ている自分に気付いて胸中でフリーレは苦笑する。
尤もそうでもしなければしどろもどろになっている自信が彼女にはあったが。

「お気になさらず。これぐらいなら私の裁量権でどうとでも。
 それにこれでもかの剣聖のお役にたてて嬉しいんですよ」

場を和ますためかあるいは本気か。
くすりと花が咲いたように笑う彼女にしかしフリーレの顔は渋い。
彼女は忘れていない。学園赴任時に挨拶のあとサインをねだられた事を。
無論いくらか間を置いての良識を弁えた状況になってからの事ではあったが、
彼女も自分のファンなのかと思うと辟易とした想いを抱いたのも本当だった。
その尊敬や羨望の感情を利用したのは事実であるが今はそれが実に重たい。
しかしそれを口にして周囲の期待を跳ね除けられるほど彼女は強くもなかった。
歳も近く広義において同僚ともいえる生徒会メンバーであるなら尚更。

「そういってもらえると助かる」

内心を隠そうとどこか仏頂面で答えたフリーレだが主だった学園関係者にとって
彼女の表情といえばコレであったためさして疑問に抱かれる事はなかった。
彼女本来の気質が周囲に浸透しなかったのは鬼教師を演じていたのもあるが
大抵こういった妙な行き違いが原因だった。

「いえこちらこそ───っ、失礼」

突如そういって彼女はフォスタを取り出すと画面を覗き込んだ。
そこにある名前から問題ないと考えたのかその場でモニターを投映した。
浮かび上がったそれには生徒会長・雨宮の強張った顔が浮かんでいる。

『ティナくんいまどこ、あ、ドゥネージュ先生も一緒でしたか。
 ちょうどいいです、生徒会室にすぐに来ていただけますか?』

「ん、何かあったのかアマミヤ?」

緊張感漂うその表情と口調に嫌な予感を覚えながらも彼女は問う。
それに僅かに間を開けて、疲れたような声がその事実を告げてきた。

『……マスカレイドが次の行動に出ました』

誰かの息を呑む声と共に彼女らの顔に緊張が走る。
事件より僅か二日。否、先程三日目になったばかりの時刻。
そこへ齎された情報に二人は静かに頷くと急ぎ生徒会室に足を向けた。



学園生徒会は本来、異世界の技術や知識を身に着けた生徒達を
監督するためにOB、OGたちで構成された校内向けの組織である。
ただその構成員は現在、各国政府から密命を帯びたエージェントが占めていた。
卒業生がその道に選んだのか政府の思惑か。どちらが先なのかは鶏と卵の関係だ。
当初はガレストの情報や技術を他国より先に多く手にする為の潜入だったが
クトリアが閉鎖的である事と様々な国の人間がいることなどからいつの間にか
非公式な情報交換や共有あるいは密談の場として影で利用されるようにもなる。
これにガレスト側も加わっているためその状況は暗黙の了解となっていた。

ゆえに世界規模での事件や災害、多国間に影響がある出来事があった場合
なし崩しか必然的かこの生徒会にはそれらについて情報が多く集まってしまう。
表には出したくはないが他国と共有しておきたい情報という場合は特に。
だからこそ彼らはどこよりも早くマスカレイドの動きに勘付いた。



ガレスト学園生徒会室は学校の一室というよりオフィスのそれに近い。
事務机が並び、それぞれに人が座って黙々と何らかの作業を進めている。
違いがあるとすれば紙媒体の資料がおおよそ存在していない点だろう。
尤もそれは彼らが使う机が高性能端末を内臓した最新鋭の代物だからだが。
そしてそんな室内中央にある開けた空間に三人の男女が並び立っていた。

「見てください」

会長の雨宮はフォスタを操作して目の前の空間に直系5m程の地球を投映。
立体的な惑星(ちきゅう)は三人の目の前で現実のそれのように自転をしている。
その映像の地球儀には赤、黄、黒の光点があちこちに灯っていた。

「赤は現時点で確認がとれた地点です。アメリカ、ロシア、フランス、中国、
 オーストリア、エジプト。それぞれで潜伏中だった組織ないし個人規模の
 テロリストたちが何者かの手によって壊滅させられ、証拠類と共に
 現地の捜査当局などに送りつけられたそうです」

赤い光点の上にさらにいくつかの詳細映像が浮かび上がる。
煙を上げる瓦礫の山があれば、打倒された武装集団もあれば、
破壊尽くされた装甲車両があれば、恐怖に顔が歪んだ兵士の姿もあれば、
裸で簀巻きにされた男が警察署の前に転がされているものさえあった。

「黄色はまだ確認がとれていませんがそれらしき騒動が起こった地点。
 双方含めて50箇所以上ありますがまだまだ増えそうな勢いです」

「働き者だな……それでマスカレイドだという確証はどこから?」

「第三者の目撃者や映像は皆無です。が、みな口々にいうらしいですよ。
 仮面の悪魔だの、闇が迫ってくるだの、白い仮面が笑ってるだの」

「ははは……いつぞやと同じ、というわけか」

苦笑を浮かべながらそれならば間違いないとフリーレも頷く。
今回や前の事件が無ければ気でも狂って幻でも見たかと思うだろうが
もう彼らはそれが何を指し示しているのかに察しがついてしまっている。
ただ初回とは違い被害者達(ハンニンたち)は取り調べには従順であるという。
だがそれは話さなければ“何者か”により恐ろしい目に合わされるという
強迫観念に突き動かされているようであると報告があがっていた。

「有言実行してきたわけね。
 あの脅迫は本気だという証明といった所かしら?
 しかも、二日目で動いたとなれば間違いなく同一犯でしょう」

「ええ、これでは模倣犯が現れる隙間もないよ。
 というより、こんな事が出来る奴が他にもいるとか考えたくもない」

疲れた顔でそう語る雨宮に同感だという空気が彼らの間で無言ながら流れる。
マスカレイドを背後関係の無い完全な個人と考えるのもそれはそれで恐ろしいが
数の優位というありもしない安心感は失い難く、複数人説はあまりに恐ろしすぎた。
何しろあんな能力を持った相手が複数人もいたら世界は終わったも同然だ。
たった一人、社会の裏側に顔を見せただけでこれなのだから複数いれば、例え
その者が善であろうと悪であろうと世界はそのたった数人の物となるだろう。
それを考えると憂鬱な気分になる会長と副会長だった。

「……説明を続けます。残った黒い点ですが、
 そこは他の場所以上にかなり推測に近い話になりますが
 マスカレイドが政治的な介入をしたと思われる国です」

「政治介入だと? いったい何をやったんだあいつは?」

テロ討伐と違い、完全に予想外だったのかフリーレは驚きの声をあげた。
何をしたか知る雨宮は疲れ切った顔で再度あくまで推測と前置きして語る。

「一応どの国で何がという点はぼかさせてもらいますが、まずいくつかの国で
 マスカレイドのことを世間に公表しようとした政治家が数名いたようです」

「……何を考えているのかしら、そのバカたちは?」

「さあ、知りませんよ。
 テロには屈しないとかいう言うだけなら立派そうな大義名分か。
 正義感だけで突っ走ったか。アレを有象無象のテロリストと同列に考えたのか」

リルティナはその暴挙に目を瞬かせると即座に歯に衣着せぬ言葉を浴びせる。
それは彼も同感であり全くだと言わんばかりに珍しく苛立った言葉を吐いた。
政治的なことには疎いと考えるフリーレでさえ絶句するほど呆れる話であった。
仮面(マスカレイド)がどんな思惑であれ表には姿を見せなかった事の(こちら)側のメリットを
全く理解していないと会長と副会長は揃って内心憤然としていた。

「直接テロと戦ってる人間の事も考えてほしいわね。
 アレが直接要求した隠せという指示を無視するとか頭が足りないわ。
 マスカレイドの敵意がこちらに向いた時点で終わりなのよ、わかってるの?」

「わかってないからの愚行でしょう。
 裏にいるからこそ国のメンツや社会正義で敵対する道が薄れているというのに。
 余計な事しかしないクソな政治家はいつの時代もいるが、出来が悪過ぎる。
 真正面から争ってこいつをどうにかできると思っているのか能無しどもめ!」

普段は丁寧な口調の彼も苛立ちが収まらないのか容赦なく毒を吐く。
それでも自身でらしくないと感じたのか軽く呼吸を整えて続きを話す。

「……まあ、なんにせよ全員一身上の都合(・・・・・・)で突然引退しましたがね」

あっさりと語られたその結末によって彼女らの苛立ちや呆れは驚きに変わる。
どうしてそうなったかを想像できない者など、ここには誰もいない。
そしてそれをこの短期間でやってのけた事の意味が解らないわけもない。
だがそれを言葉にするより先に雨宮はさらなる別の事態を口にする。

「他にも隣国に軍事的圧力をかけていた国が軍を突然後退させました。
 そしてその相手国では対立原因の強権的な国家代表が政争で失脚。
 本人や周囲の汚職や不正が突然発覚し突然健全に法制度が機能した結果です。
 そして政権を取った穏健派が隣国との融和を目的とした外交を始めると。
 これ明日、いや今日の昼ぐらいかな。結構すごいニュースになりますよ」

“いがみあっていた両国がついに歴史的和解”
そんな見出しが新聞やテレビで踊るのを想像して雨宮は苦笑いである。
歴史が動いた瞬間が実は正体不明の怪人が演出した結果なのでは笑うしかない。
また他にも介入したと思しき事例が多数雨宮の口からいくつも語られた。

「……どれもマスカレイドが裏から手を回したというのか?」

「当事者たちは否定するでしょうが可能性は高いと見ています。
 テロ討伐の動きと合わせたように突然脈絡無くこれですから。
 驚異的な情報収集能力と長距離転移能力もこの行動には垣間見えます」

それらを駆使されては、否、駆使したからこそ行えた事といえた。
逆をいえばだからこそマスカレイドの仕業だと推測されている。
政治家達の動きを察知し、対応してから結果が出るまでが異常に短い。
動かすネタを用意していたにせよ、その都度探ったにせよ。
その収集能力の高さは疑いようがない。

また既にマスカレイドが脅迫映像を撮った場所は割り出されており、
そこに真新しい老人たちの血痕があった事とそれが二人のいた国から
大陸すら違う他国であった事からマスカレイドの転移能力は証明されていた。
そして分刻みながら被らない騒動の数々が今この瞬間にも報告されていく。
どれだけのテロリストが戦慄しどれだけの為政者が肝を冷やしているのか。

「世の権力者たちほど脛に傷を持っている生き物はいませんし、
 脅しのネタを掴むことなんてこいつには朝飯前でしょう」

「それにネタが無ければ無いで物理的に脅せばいいんだもの。
 対象が何を一番大事に思っているかも簡単に調べられるでしょうね」

そしてそれはいつでも世界を牛耳れると脅しているも同然の行為だ。
何せ事実として不自然な性急さで多数の国を動かし、権力者を黙らせた。
法治国家だろうが独裁国家だろうが人治国家だろうがそれを動かす者たちを
どんな方法・形にせよコントロールされてはどうしようもない。それも
この迅速な反応を見れば決してその対象は一人や二人ではないだろう。

たった一人のたった数日の行動によってあらゆる国家が振り回されている。
雨宮はその事実に乾いた笑みをただ漏らす。そうやって誤魔化すしかない。
圧倒的な力の前では『世界』ですらこんな簡単に動かされてしまうのかと。
これまで自分達が相手にしてきた存在とのスケールの違いに無意識に慄く。
色の違う光点がさらに増えていく地球儀はまるでマスカレイドに
支配されていく世界そのものにさえ彼の目には映ってしまう。
それは副会長も同じなのか似たような視線を映像に向けている。
表情はいつものそれだがよく見れば冷や汗をかいていた。
ただひとりどこか平然としている女性がそこにはいたが。

「一つ確認したいのだが、これだけやってもやはりゼロなのか?」

その脅威を前に重くなった空気を変えるためか。純粋な個人の興味か。
主語を抜いた言葉なれど事情を知る雨宮は若干遅れながらも意味を理解する。
マスカレイドが見せたもう一つの異常性は別の意味で忘れられるものではない。

「え、ええ……そちらはそちらで違う意味で怖い結果が出てます。
 先生の予想通り世界中で暴れて死者はゼロ(・・・・・)。逆に不気味ですよ」

犠牲者数──ゼロ。
雨宮は背筋を震わせながら状況から考えてあり得ない数字を口にした。
目の前の空間にはマスカレイドが暴れた結果の惨状が映し出されたまま。
壊された建物や兵器、人間の数は尋常ではないにも関わらず死者はいない。
重傷者は多数いるが全員命に別状はないというのだから神がかり的だった。

オメガチームと同様(・・・・・・・・・)、か」

「補足するなら黒い点の周囲でも不自然な死が起こった形跡はありません」

「実力の誇示か。殺す価値もないという皮肉か。痛めつけるという私刑か。
 なんにせよ、慈悲で殺していない、という線は完全に消えたわね」

戦場の生死すらマスカレイドの掌の上なのか。
あるいはこんなコトですらアレにとっては戦いですらないのか。
生徒会メンバーはその事実に多かれ少なかれ憂鬱な気分になっている。
それはある事実から自分達に調査命令が下る可能性が高いからだった。
“こんなのと関わるのか”という不安は大きい。

「そうか……しかしアマミヤ、一つ疑問がある」

されどその空気を知ってか知らずか。彼女だけが落ち着いている。
生徒会ではないからか実力があるからかマスカレイドへの畏怖が弱い。
会長が前者、副会長が後者と勝手な想像をしている中でフリーレは続けた。

「なんでしょう?」

「今日のお前はなぜそんな一方的に饒舌だ?」

ある意味、油断していた彼に刃を突きつけるような言葉を。
虚をつかれた会長とその事実に気付いた副会長が共に驚愕の顔を浮かべる。

「普段のお前なら最初に情報交換か見返りを求めるじゃないか。
 一方的に全部喋って後から要求、なんて事がこの生徒会で
 通用しないのはお前がよく知ってることだろうに」

暗黙の了解的な情報交換の場であるゆえか。ここはある種戦場でもある。
漏らした情報の対価など請求できるわけがなく彼はそんなミスをしない。
例えこの異常事態に動揺してミスしたのだとしても喋りすぎている。
むしろ彼女以外気付かなかった事が生徒会全体が動揺していた証拠だろう。

「そんなにマスカレイドが怖かったか? それとも上からの指示か?
 答えてくれるならこちらはアレがガレスト政府にどう接触したか話すぞ」

バーグマンが、と続ければ副会長は驚いた声をあげたが頷きを見せた。
それぐらいならこれまでの話の対価としては安すぎると判断したのだろう。
会長は少し間を置いたあと疲れた息を吐き出すとこんな言葉を口にした。

「────おふたりはマスカレイドがいまどこにいると思います?」

怯えと苦みが混ざった顔を浮かべた彼はそのままある画像を見せた───






夜が明けた早朝と呼ばれる時間。
学園校舎から顔を出したフリーレは差し込んできたばかりの朝日に目を細めた。
あれから都市防衛隊や警備部、保安部のメンバーとも情報や方針の共有を行い、
そしてこれからの予定についていくらか詰めていて結局また徹夜となった。
さすがに普段から寝不足気味であった生徒会スタッフは仮眠をとるようだが
戦闘の高揚感から続く形で今まで後処理に追われていた彼女はどうにも寝付けず、
いっそ体を動かそうと校舎の外に出てみたのだが意外な先客がいた。

「ナカムラ?」

「あぁ……うん……」

職員用玄関の前にはクトリアでは珍しい黒い学生服の少年が一人。
フリーレに気付いて口を開きかけるが言い淀むようにして黙り込む。
なぜ彼がそこにいるのか。なぜいつもの遠慮ない言葉がないのか。
他に誰かいるのかと周囲を探るが自分達以外の人影は皆無であった。
彼女は理由に察しがつかないが自分への用があるのだとは察した。
これでもフリーレはこの地で3年は教師をしている身である。
自己主張の苦手な生徒がどう伝えればいいか解らない、と
困っている仕草なり表情なりはそこそこ見てきた自負があった。

「ふふっ」

そんな顔を浮かべているのがあの少年かと思うと笑みがこぼれる。
似合わない、というのではなく似合っているからこそおかしかった。
普段の態度は人見知りが行き過ぎたものではないかと邪推してしまう。
そしてそれが正解のような気がして、余計におかしく思うフリーレだ。

「………おい、人の顔見て笑うなよ」

「ふふ、悪い……けどちょうど良かった。私の用件から先にいうぞ」

だからこそ先に話を切り出す。シンイチ相手ならば言葉を待つより
会話を続けていった方が話しやすいだろうという考えからである。
尤もいま伝えておくべき話であったのも事実だが。

「オメガチームの装備品から彼ら以外の指紋は検出されなかった──」

「は?」

「──という事になんとかできた」

「なぬ!?」

その一言で彼女が何をしたか何を知っているか察しがついたのだろう。
唖然という顔で目を瞬かせるシンイチにフリーレはまた笑いが堪えられない。
世界中を驚かせた男でもこんな顔を見せるのかと。それをしたのが自分だと
思うとその事実が妙に面白く──もとい誇らしく思えた。どちらであっても
それはどうかと思うという冷静な感情もなきにしもあらずだが。

一方で彼はどうしたというのか百面相を見せていた。
驚きの顔から一転怒ったような顔をしたかと思えば申し訳なさそうな顔をして
戸惑った顔となって悩む顔となって、それがもう一巡してから溜息を吐いた。

「……ありがとう、助かったよフリーレ」

そして彼女の目をしっかりと見据えながら感謝の言葉と共に笑みを見せる。
まさかそんな真っ直ぐな言葉が返るとは思わず虚をつかれた彼女は狼狽えた。

「な、う、いや、なんだ……が、学校では先生と呼べっ!」

どうしてか。
負けたような気分で顔を直視できないままぶっきらぼうにそう返す。
可愛くない女だと自身でそう感じたが少年は気にした様子はなかった。
むしろその目には好ましいものでも見るような色があって妙にくすぐったい。
だが彼女は自らの失言に気付いていない。そんな意図は全くなかったのだが、
言外に学校以外では呼び捨てを容認してしまっていた。

「OK先生。
 でもな、いくら約束でもそこまでしろといった覚えはないぞ。
 バレたらお前でも処分は免れない。わかってんのか?」

百面相は終わっていなかったらしい。
不機嫌な顔つきになったシンイチにそう指摘されて目を瞬かせる。
自身の正体が露見するか否かの問題より彼にはそちらが重要だったらしい。
これには呆れるやらおかしいやら複雑だったがその気遣いは悪くはなかった。

「心配するな、私が押収品に近づいたのを知る者は一人だけで
 監視システムも切った状態でだった。その一人も疑わないだろう。
 だいいちだな………」

一旦そこで言葉を切った彼女は真剣な面持ちで少年を見据えた。
ただその視線に鋭いモノはなく、力を抜いた柔らかな色がある。

「……お前は子供達を誰も死なせないという誓いを守ってくれた。
 クトリアの全住民さえも守った。いや、きっとそれ以上のモノも守った。
 危ない橋を渡って、だ。これぐらいでは恩返しにすらなっていない」

彼がした事を思えば証拠隠滅など比べるべくもない簡単な仕事だと嘯く。
僅かに呆けた顔を見せたシンイチはされどすぐに律儀だなと言って笑った。

「…………大げさだな、守ったといってもデルタと交戦した連中だけだぞ?」

「嘘をつくな。お前が改竄した通信記録は残ってるんだぞ。
 見事に敵も生徒達も動かし誘導し危険を極力排除していた。
 唯一危険だったデルタの行動とてあいつらの命令無視が原因だ。
 それに校舎を守る戦力も置いておいてくれていたみたいだしな」

後ろめたさか謙虚さかそうやんわりと否定するシンイチだが
デルタの一件は直接守ったという話に過ぎないと彼女は断ずる。
またガンマチームを撃退した謎の女獣人の事は隊員達の証言と状況から
大方の予想としてマスカレイドの部下だと学園では考えられていた。

「さて、なんのことやら」

それを肩を竦めて誤魔化すが知っている相手では少し滑稽な態度である。
お互いにそう思ったのかくすりとしばし笑い合う姿は教師と生徒ではなく
気の置けない友人のようでもあった。

「………で、そろそろお前の要件を聞いてもいいか?
 昨晩も忙しかったお前がここに意味なく来てるわけがない」

もう直接聞いた方がいいだろうと彼女はそれを口に出す。
その問いをどう受け取ったのか。最初の言い淀むような表情に戻ると
彼は一度フリーレの顔を見据えると何がしか呟いて難しい顔を浮かべた。

「ひどい顔してるな……」

「ん、なんだって?」

「いや、もう少し後にしようと思ったが……朝の模擬戦を再開しないか?」

「なにっ!?」

その言葉に間髪入れず反応すると彼女はこれまでのやり取りをほぼ忘れて、
まるで玩具を前にした幼子のようにらんらんと目を輝かせて何度も頷く。
シンイチはその感激と興奮っぷりに早まったかと少し頬をひきつらせた。




フィールドは事件終結後から徹底的な調査が続いている。
何せスキル阻害装置や違法な次元エネルギー収集装置が設置されていたのだ。
その撤去を進めながらも他の細工の有無を急いで調べなくてはいけなかった。
テロリストの仕掛けを残したままなど防衛上の見過ごせない問題なのだから。

だがそれはつまり今フィールド内はかつてないほど人が溢れているという事。
まだ早朝という時間であり本格化はしていないがフィールドの広大さゆえ
常駐して調査しているチームも複数活動していた。だから模擬戦場として
二人が選んだのは昨日までの二日間の調査で問題無しとされた区域。
念のためフリーレが鍛錬に使いたいと各所に通達して接近も禁止させた。
これまで以上に面倒な手回しだが再開の喜びに浮かれる彼女は気にしない。

そうして行われた模擬戦はいつもの焼き直し───にはならなかった。
初手は珍しくも少年(シンイチ)から。互いに剣を構えた途端、彼は一気に踏み込んだ。
飛び掛かるように大上段からブレードが縦に線を描くように振り下ろされる。

咄嗟に己のブレードを横にして腹で受け止めるが途端に全身に圧力がかかる。
一瞬そう錯覚する程の重さがその一撃にあり、彼女の足が10cmは沈む。
受け止めることには成功していたが痺れるような痛みが体中を走る。

「ハァッ!!」

それが彼女の中の戦士のスイッチを入れた。
力任せに自らの剣を振り切って相手を弾き飛ばすと同時に踏み込む。
それはまさに疾風の如き速度であったが空中に飛ばされた彼はもう
体を捻るように回転させ、その勢いでフリーレの追撃を迎え撃った。

不安定な体勢での剣の交差はただでさえ筋力で劣るシンイチが不利だ。
されどその空間を震わせる衝撃の中で彼も彼女も微動だにしない。
代わりに動いたのは彼の空いている手。赤い拳銃がその中で牙を向けた。
咄嗟にフリーレは顔を狙っている射線に片腕を翳して構えたが
次に襲った衝撃は腕だけでなく真実全身を襲う風撃であった。

フォスタのバリアはその多大な負荷を受けて一時機能が停止。
彼女は残りを持ち前の耐久で受けきるも風圧で身動きが取れない。
その隙は見逃されることなく、がら空きになった胴を薙ぐような一閃。
呻く彼女に少年は続けて同じ場所に蹴りを入れて今度は彼女が宙を舞う。

「くっ、ハッ!」

蹴り飛ばされながらそんな(笑み)がこぼれる。
即座に体勢を整え大地に難なく着地すると変わらぬ位置で少年は
ブレードを肩に担ぐようにしてこちらを鋭く見据えていた。

「フッ、ハハハッ!」

それにどうしてか口から笑いがこぼれ出た。
仮にも教員に配布される頑丈な素材で出来たジャージは傷だらけ。
強烈な風圧に力尽くで所々千切られたようになっていたがそれよりも
腹部とその薄皮一枚を裂いた一撃の痕跡があまりにも美しくて見惚れる。
そして力強く刻みつけられた足跡にはもう驚きを通り越して笑ってしまう。

「お前、こういう戦い方も出来たんだな」

以前から予感はしていた。
武装やスキルの多用な運用でのトリッキーさとカウンター狙いの戦術。
それだけが手の内の全てではないと常々感じていたがまさか自身と
純粋な力で拮抗できる戦い方も持っていたとは思わなかった。

「いつもやってる方が疲れないんだけど、あれ時間かかるんだよ」

実戦で敵軍(・・)を打倒し戦場を制圧(・・)するには、と彼は語る。
どういう心境でこれを見せることにしたのかフリーレには解らない。
正確にはそれを考えられるほど現在の彼女は冷静ではなかった。

「フフフッ」

知らず頬が緩む。もっとこれと戦いたい。全力を出してみたいと。
だってこいつになら何の気兼ねもいらないと心のリミッターが外れる。
それがどうしようもなく心を震わせ、肉体が歓喜し、熱がこもる。

「……お前のファンが見たら絶対卒倒するな、その顔」

怖すぎて、と言外に続ける少年の呆れ声は彼女には届かない。
彼だけを見据えて、己がブレードを下段に構えると腰を落として前傾姿勢。
それは限界まで引き絞った弓を幻視させるほど飛び出す直前の一矢(カオ)

「行くぞ、潰れるなよ」

「馬鹿いえ、それはこっちのセリフだ」

その返しにニヤリと彼女が笑ったのと自らを矢としたのは同時。
だが迎え撃つのもまた同じく突撃する一矢なれば激突は必須。
駆け引きも技も戦術も何もない力技によるただの正面衝突。
互いの獲物は相手の首を狙って火花を散らして食らいあっている。
それにフリーレは狂ったような笑い声をあげて歓喜を訴えれば、
シンイチは苦笑を浮かべながらその目から遊びの色を完全に消した。

そこからはもうまさしく剛剣と剛剣の戦いとなった。
ただし互いに『超』あるいは『トンデモ』がつく類の剣だが。
まるで爆撃のような轟音を幾度も響かせながら大地が抉れ、割れた。
木々が吹き飛び、空気が波打って、その破片や衝撃波だけで輝獣が飛び散る。
人々の生活を脅かす日常的な災害も今この時だけは単なる被害者と化す。
それほどまでの惨状と爆音が一秒ごとに広がっていく。

「フッ、フハハハッ! いいっ! いいぞナカムラ!!
 ここまでしても壊れないとか最高に気持ちがいいぞ!!」

「はっ、喜んでもらえて光栄だよ、この女狂戦士(バーサーカー)が!」

互いに両手で握ったブレードで打ち合って空気を震わせながら叫びあう。
狂ったように楽しむ彼女に対して目は真剣ながら少年の頬は引きつっている。

「もっとっ、もっとだ! まだ行けるだろう! 白雪、アクティブ!」

了解(ラジャ)

大地に小規模のクレーターを作る程の一撃に少年がさすがに飛び退いた隙に
彼女は自らの本気の証明ともいえる己が(つるぎ)を一瞬で身に纏った。
冠する名前を示すような美しい光沢をもつ白銀の外骨格が大地に立つ。
もはや芸術品にも近い意匠を持つ鎧は平時なら目を奪われるモノがある。
装着者がどこか正気を失った目で楽しそうに笑っていなければ、だが。

「おいおい、何がラジャだ。判断力持った人工知能が唯々諾々と従うなよ!」

「アハハハッ、行くぞナカムラァッ!!」

こっちは生身だぞ、と。
重さが段違いに跳ね上がった一撃を捌きながらAI(彼女)に文句をいう。
白雪を纏う現在のフリーレには神々しい戦乙女などという印象は皆無だ。
それはもう視線が合っただけで背筋が寒々とする狂気がこもった白銀の刃。
血に飢えた野獣の目つきで暴風のような攻撃を容赦なく振り下ろしてくる。
さすがに彼も真正面から受け止めきれないのかいなしながら彼女の懐に入り込む。

「おいっ、聞いてんのか!? これはいくらなんでも反則だろう!!」

脇で挟むように片腕を捕えて、もう一方も掴み上げて抑えるとそう叫んだ。

〈仮想敵Nを輝獣ランクS級の相手と認定。本AIの判断に問題はありません〉

しかし返ってきたのは淡々とした音でのもっともらしい解釈。
だがその物言いに実にいい性格設定をしているとシンイチは思った。

「腕を抑えたぐらいで勝ったつもりか!」

そして女狂戦士は戦い以外は眼中になく腹部装甲のギミックを作動させた。
一部がスライドし半球状の物体が姿を見せるとフォトンの黄金色に輝きだす。
それは近接強襲用である白雪が鍔迫り合いに陥った際の内蔵型攻撃オプション。

「お、おいまさか、ってこら離せ!」

いつのまにか両腕を抑えていた彼を彼女もまた逃がすまいと掴み返していた。
今まで使うような状況になった事がなかったからか。ニヤッと狂った笑みを
浮かべる女は実に嬉しそうだがそれを向けられた少年はたまったものではない。

「吹き飛べぇっ!!」
「お前がなっ!!」

半球型の発射口(・・・)にエネルギーが集束しきる前に彼の頭が叩きつけられる。
胸部に直撃した頭突きの衝撃は肉体の芯を突き抜け、一瞬全身から力を奪った。
その隙にシンイチは距離を取るように後方へと飛び退くが同時に背筋が凍った。
フリーレの目にはまだ狂気と歓喜の色があり、ふらつきながらも倒れていない。

「そこはまだ射程内だ!」

腹部発射口から放たれる黄金色の破壊光は一直線にシンイチを襲う。
タイミングから一撃は取った、とフリーレが確信する。
殺人は問題だ、と白雪はビーム出力をカットしようとした。
だがそれよりも先に、舐めるな、と少年が光に向かって踏み込んだ。
彼を貫かんと放たれた黄金光は彼の一閃を前にして二つに別たれた。

「ふんっ、誰がこのやり方を教えたと思ってんだ」

裂かれた光は少年の後方で二つの小爆発を起こして大地を深く抉った。
その爆炎と粉塵を背に鋭い眼光をぶつけてくる少年にフリーレは身震いし、
白雪の人工知能はただただその行為を冷静に分析していた。

「フハハッ、本当にお前は私をゾクゾクとさせる!!」

〈SS級と認定を上方修正〉

興奮しながら彼女は両手に握ったブレードを地面に対して水平に突き出す。
その背面ではアーマーウイングが展開されフォトンが爆発の時を待つように輝く。
今からお前に向かって突撃すると宣言したも同然の姿勢だが彼女の速度は
それを認識できていようがいまいが関係のない速度と加速力を持っている。
人の足で飛び退いた程度の距離なら回避も迎撃も間に合わない。
あくまで相手が、普通ならば、の話だが。

「その目やめろ……はぁ、仕方ない。今日はサービスしてやるよ」

狂気に満ちた目はそれでも語っている。お前なら問題ないだろう、と。
溜め息混じりにそうこぼすと両手で構え直した剣を肩に乗せて腰を落とす。
そしてやや前傾姿勢で迎え撃つ気概を黙って見せつけて彼女を待つ。

〈マスター、対象から高濃度純フォトンを突如検知しました。警戒を〉

「ククッ、やはりお前は最高だぁっアハハハッ!!」

〈意思疎通不能を確認。聞いてませんねコイツ〉

「今更かよ!!」

その狂気の笑みか、それとも彼のツッコミか。何が合図となったのか。
白銀の矢は放たれた。莫大なフォトンのフレアをまとった愚直なまでの突進。
されどそれは残光だけで木々を焼き、音速に迫る速さで空気に罅を入れる。

迎え撃つは─見えているなら─研ぎ澄して凝縮された漆黒の刃。
白雪が高濃度純フォトンとして検知した彼自身の黒き魔力の放出。
魔装闘法術による肉体の内外と武装の強化が彼に一線級を超えさせる。

「ハアァッッ!!!」
「─────ッッ!!」

銀の輝きは黒を貫かんと空間を裂くように地上を飛翔する。
漆黒はその輝きごと銀の一矢を地に落とさんと刃で弧を描く。
穿たんとする白銀に叩きつけられる漆黒。両者は混ざり合うように衝突し爆発した。
そしてそれはフィールド全体を揺るがす程の衝撃と爆音を巻き起こしていき、
調査中の学園スタッフに新たな襲撃を思わせ一時戦々恐々とさせたという。

「………うーん、ガレスト武装でも練習用じゃこれが限界か」

その原因である爆心地には直径約1kmのクレーターと二つの人影。
片方が手にしていた剣が砂となって散っていくのを見送ると前を向く。
そこにはふらつきながらも未だ両足で立っている白銀の鎧があった。

「これでご満足いただけましたかお姫様?」

「ハ、ハハッ………き、気持ち、良かったぁ……」

おどるけるように気取った台詞を向ければ、バイザー越しなれど
満ち足りたと傍目に解る表情を見せた彼女はそこで限界がきて意識を失った。
それを契機に白雪は外骨格を収納し、もたれるように倒れこむフリーレは
少年が伸ばした腕の中に収まった。彼は数秒前まであり得なかった無邪気で
無防備な寝顔を鑑賞しながら自身より背の高い女性を慣れた様子で抱きとめていた。

「それは良かったな…………俺はめっちゃ腕が痺れて全身が痛いけど」

そうやって無事に彼女を抱えた少年だがその両手は若干震えている。
表情も笑ってはいるがかすかに口許が歪んで痛みをこらえているよう。
彼女の突進は当らなかったがその勢いを叩き伏せた反動と衝撃は強烈だった。
魔力の鎧はその大半を受け止めたが全てを受け流せたわけでもない。
尤も周囲の惨状を思えば“その程度”で済んでいるのは異常だが。

〈マスターのストレス発散に付き合っていただき感謝します。
 ですが痺れを言い訳に右手を五センチ下、左手を三センチ上に動かせば
 わいせつ行為を働いたとして訴訟も辞さないのであしからず〉

そこへ無機質な音での感謝と警告が届いて、少年は眉根を寄せた。
今のフリーレはボディラインが浮かびあがるような黒いインナースーツ姿だ。
抱きとめた彼の右手は腰部を抱き、左手は横腹を支えるように添えてある。
提示した距離を動かせばそれぞれ臀部と胸部に触れる事案となるだろう。
そしてフリーレの肉体は普段は色気のないジャージで隠されているせいで
あまり知られていないが正常な男であれば生唾ものの肉感を誇っている。
人目のない所で意識のないそんな女性と抱き合ってるも同然の男。
白雪の懸念は当然の話であり、シンイチでなければ通用した警告だった。

「見損なうなよ、意識を失った女に悪戯しても面白くない。
 それにこうやって抱きしめてるだけで色々と柔らかくて気持ちいいからな」

何せそんなことを大真面目な顔で言ってその感触を全身で堪能する男である。
それ以上やったら訴えるぞ、などという脅しが通用する相手ではなかった。

紙一重(ギリギリアウト)と判断します。映像、音声共に記録します〉

「いいねぇ、あとで見せてやろうぜ。
 なんなら今から体をまさぐる映像でもねつ造してやろうか?
 それを見たこいつの狼狽えっぷりが目に浮かぶよ、くくくっ」

むしろこの状況を楽しんで白雪(かのじょ)共々からかって遊んでいる始末だ。
この態度には対応に苦慮してしまったのか人工知能の思考は譲歩を選んだ。
優先すべきは法ではなく主人の心身という設定が彼女はなされていた。

〈………マスターの精神的安寧を優先し、通報を中止。
 映像・音声共に消去しますのでご容赦いただきたく存じます〉

人間でないため葛藤は一切無く、割り切りは一瞬であったものの
戦闘力とは別の意味で要注意人物だと白雪に記録される事になる。

「それより白雪、この辺で人目につきにくくて休める場所無い?」

そんな事になっているとは露知らず。
否、知ったところで彼が態度を変えることもないのだろう。白雪の
下手に出た懇願に応えることもないままフリーレを器用に持ち替え、
背中に担いで持ち上げると運ぶ姿勢を見せながら尋ねた。だがそれは。

〈未解決の女性連れ込み事件の犯人情報を検索〉

あまりに会話の流れとして問題のある発言でもあった。
手慣れた動きで意識のない女を運ぶ姿もその懸念に拍車をかけている。
白雪の判断に問題はない。シンイチはさすがに渋面となったが彼が悪い。

「お前な、それはいくらなんでも怒るぞ。
 こんな場所で寝かしておくわけにはいかないだろうが。
 人払いしたとはいえ誰かに見られたらどう言い繕えってんだよ」

〈意見は一考の余地はあり、ただし人間特有の建前の可能性・大。
 マスターの胸部を背部で堪能している、と推察いたします〉

外骨格を収納しても周辺の状況は認識できているのだろう。
負ぶわれた彼女と彼の間でその大きな山はひしゃげたように彼に密着している。
さぞかし、その少年を背中から存分に幸せにしていることだろう。

「あははっ……残念だが太腿()堪能しているぞ」

されど、あろうことか。それだけではないと不敵な笑みを彼は浮かべる。
その両手は背負った彼女の太腿に添えられ、その肉をしっかり掴んでいた。
尤も背負うという行為の安定性を考えるなら相手の足を持つ必要性はある。
意識が無いなら尚更であり、彼も支えるように彼女の両足を抱えている。
ただ見ようによっては発言通り意図的に触っているように見えなくも無い。
鍛えられていながら肉付きのいいその感触をまるで楽しむように。

〈………データ不足を認識、これ以上の問答は無益と判断。
 条件に合う場所を捜索しますのでまずはクレーターからの脱出を提案〉

これには再び判断に苦慮してしまったAIは堂々巡りを予想してか。
このやり取りを不毛と判断して少年の要求にこたえることにした。が。

了解(ラジャ)

人間なら癪に障るような彼の声真似に思考回路に一瞬ノイズが走った。
何気に人類で初めて人工知能をイラつかせた男の誕生であったという。





誰も、気付くことはなかったが。



エピローグだってのに本編以上の激闘をする人たちである。
どっちも、違う意味で、楽しそうにしてますが……

後編は今回ぼかした話の説明回………の姿を借りた何か。

+注意+
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