挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

試験編 エピローグ

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

103/184

04-39 子供たちの背負うモノ


───あの画像の真相はおもにこういうことだった



「ちょっと、え、なんでっ……よ、陽子これいったいどうしたの!?」

顔以外は完全に鮮明になっていた仮面の画像を手に彼女は親友に詰め寄った。

「な、なんでみんなびっくりするかな?
 どうしたのって、ああそうか誰も見てないからかえって解らないわよね」

納得した、といわんばかりに頷いたがトモエは微妙に苛立った。
彼女の態度から問題点を読み間違えているのが分かったからだ。
さすがうっかりの家系と何気におおいに納得してしまっている。

「そこじゃない! そこじゃないけど、こんなのどうやったのよ!?」

全力でそこを追求したかったトモエだが優先度はそちらが先だ。
彼女も興味本位に近いものがあったが映像を解析ソフトにかけてはいた。
しかし、多少靄が晴れる程度でその輪郭すらはっきりと出なかったのだ。

「これっ、本当にあいつなの!? 陽子の想像じゃなくて!?」

ピントのずれたぼやけた人型が完全に黒衣を纏うだけの人間に。
どうすればそうなるのかと半信半疑に近い思いでさらに詰め寄る。

「し、失礼ね。ちゃんと解析した結果よ!
 確かに通常の映像解析じゃ鮮明にならないから、
 どうしたら鮮明になるかなって、いろいろ試行錯誤してたけど」

「試行錯誤って、なにをどう!?」

トモエの驚愕と興奮具合に戸惑いながら彼女は自分が試した事を口にした。
どこか楽しげで、自慢げだったのはそれなりに苦労したからだろう。

「私達が視認してた黒い人型って明らかに盛ってた(・・・・)じゃない。
 つまりこの黒の輪郭は後ろの風景をもあの靄に見せかけていたわけよ。
 で同じ角度から同じ風景を撮った映像があったから参考データにして
 靄との境目が元と比べてどう変化しているかをパターン解析してみたの。
 映像上どうやってああいう状態にしているかを数値化するためにね」

確かに、あの靄の人型は触れて感じた体格よりも大きく見えていた。
おそらくは体格さえも誤認させるための仕様だったのだろうが
それをそう捉えたことはなかった。だがそれはあまりに地味で
おそろしく手間がかかる方法でもあった。案の定。

「でもとんでもなかったわ。画素ごとに全部違うパターンだったから。
 それらの共通点やパターンの規則性を見つけるのに朝までかかっちゃった。
 それで分かったパターンを今度は全身に当てはめていったんだけどね。
 色彩は分からないしだいたいの輪郭までしか浮き上がってこなかったのよ。
 だから全身の方のパターンを詳細に解析してみようとしたけどこれまた大変でね」

「絶対それ、大変、ですましていい話じゃないと思うわよ」

親友が軽々しく語るその中身を想像してみるが実に根気がいる作業だ。
例えその方法に気付いた者がいたとしてどれだけがやろうと思うか。
思ったとしても二晩でここまで鮮明にできるかはかなり難しいといえる。
運と発想と閃きが味方しなければとてもではないが時間が足りない。
それを。

「うん、すごく大変だった」

などといって笑うのだから大概だ。彼女も兄の事をいえないのではないかと疑う。
その疑いの─呆れの─視線など気付いていないのか彼女は当然のように続けた。

「コツはある程度つかんでたけど単純に数が多いし今度は元の映像もないから、
 似た処理をして似た色やら映像になるのはどういう画像データなのか。
 とかを自分で検証したりしたわ。これまた朝までかかって徹夜二日目。
 おかげでここまで出来たけど顔周りは視認できる仮面との境目だからか
 このやり方だと解析できなくて黒いのっぺらぼうになったけど」

説明途中からとんでもなく手間がかかる方法に再度呆れて溜息がもれる。
凝り性か集中力が高過ぎるのか熱中すると彼女は他が全く目に入らない。
知ってはいたトモエだが過去最大の熱中具合に頭を抱えだしている。

「あんたどこの科学捜査官よ……暇人すぎるじゃない」

「いや寝れなかったのもあるけど実際ここに押し込められて暇なのよ」

さらなる溜息に返されるは苦笑い気味ながら満足げな顔。
だめだこれは、と諦めて今度はじっくりと鮮明になった仮面を見た。
そこで“解析された驚き”で見落としていた事実に勘付いて息を呑む。

「………待って、こいつ生身だった? しかも素手?
 嘘でしょ、あたしですらプロテクターつけてたのよ。
 大津家の連中だって式だったからその動きについてこれた。
 いったいどうやればそんな──」

生身であの動きと戦闘力を見せた事に畏怖と驚愕が襲う。
端末は装備しているため最低限の補助やバリアはあったかもしれない。
だが、その程度で外骨格と生身の差はどうこうできるものではない。
あれはいわば人間サイズの戦車のような代物なのだから。
それと生身で戦える者など───

「なんかいったトモエ?」

「───いた……そんな奴いたじゃない。
 そうよ、そう思えば全部……なによこれ、全部繋がって……っ」

生身のまま自分を抱えて外骨格に対抗した少年を思い出す。
使用していた特異な武装が仮面のそれらと脳内で一致する。
既視感を覚えるほど似通っていた言動がそこで完全に重なる。
それ以外にも彼を示す別々の事柄が気味が悪いほど仮面に繋がった。
あれは─やはり─ナカムラ・シンイチであったのだと。

「………うそ、ホントに? だとするならあいつに、
 いえ、だとしてもこれだけじゃ……まって、ある、あるわ!」

だからだろう。それを証明する証拠(カムナギ)がある事に気付けた。
あれを握ったのは自分と彼と仮面だけなのだ。素手ならば指紋が残る。
確認するのにフォスタという便利な道具さえあれば手間もかからない。
となれば、残った問題はひとつ。

「陽子、これ他の誰かにも見せた?」

「え、えっと確か朝一番に生徒会からいくつか確認事項があるって
 通信がきてその時会長に見られたよ。なんか今のトモエみたいに驚いてた。
 こんな映像、プロならもっと簡単な方法で出せると思うのに……」

理想は他にもいない事だが見られているならそれはそれで交渉材料になる。
正体の情報と証拠。誰が解析したか。そしてそれを誰が見たのか。
それを取引することで彼の助力を得ることができないだろうか、と。
自分達が強くなるために。もう二度とあのような者達に敗けないために。
その決意と共にトモエは親友に様々言い含めてから病室を飛び出した───









「───というわけよ、って……大丈夫あんた?」

あの画像が誰の手によって、どう解析され、そして誰の目に触れたのか。
それをトモエが一通り語り終えると仮面本人(シンイチ)はその場に崩れ落ちた。

「…………放って、おいてくれ」

目に見えて轟沈している少年は時折乾いた笑みをこぼしながら
テーブルに突っ伏すようにして自嘲気味且つ自棄な表情を見せる。

「キュ、キュウ……」

さすが、というべきか。おのれっ、というべきか。
その様子に頬をかきながら落ちている主を見守るヨーコは本気で悩む。

──“さすが”我が主人の妹。他人と目の付け所がまったく違う!

なのか。

──“おのれっ”どこまでも主人の心をかき乱すかあのアマぁ!!

なのか。
適切な心情はどれにすべきだろうかと。
どちらにしろ色々と血筋を感じさせる話だと苦笑してしまう。
だがそれよりも今は妙な落ち込み方をしている主人が気がかりだ。

「そりゃ、指紋を失念していたのは俺のミスさ。そこは反省しよう。
 でも、まさかそんな方法で過去数百年誰にも見抜かれなかった仮面の力が!
 たった二晩で破られた! しかもやったのがっ………ぬ、おおぉぉっっ!!」

そんな視線に気付いているのかいないのか。
もはや言葉にもならない唸り声をあげながら頭を抱えて右に左へ揺れている。
破られた方法がフォスタを使っているとはいえ、いってしまえば単純な方法。
さして珍しい技術でもなければ、手間暇をかけてしまえばおそらく誰にでも
出来てしまう事でしかも実際に思いついてやってしまったのが実の妹。

また科学ではなく魔法が発達した異世界ファランディアにおいても
解析不可能な力を持つ伝説の仮面が地道な作業の前に敗北した。
その事実になにか言葉に言い表せない複雑な感情が渦巻いていた。

悔しいのか情けないのか怒っているのか申し訳ないのか。
その全部のようで、それだけでは表現しきれない感情の坩堝。
素直に妹を賞賛できず、かといって責められもしない妙な敗北感。
指紋について完全に忘れていた事といい、どうやら常識や考え方は
彼が思っていた以上にファランディア寄りになっていたようだ。
尤もあくまで“寄り”なだけでありあちらのヒトからすれば
『お前はこっちでも非常識だ!』と否定されるだろうが。

「………こいつ、なんか色々ギャップありすぎるだろ。
 本当にあの時の仮面かよ、証拠があるのになんか疑わしく思えてきた」

そんな複雑すぎる心境など知るわけもない彼らには、いや
理解できたとしても珍妙な動作で唸り続けるシンイチにその面影はない。
操られた自分達を倒した戦士でもその後笑顔でこき使ってきた試験官でも
生徒達に的確な指示を飛ばして一位到着を導いた指揮官でもなかった。
ましてや自分達の窮地を救い、敵を一喝し叩きのめしたカイブツ(ヒーロー)でもない。

「ホントよね。
 あいつらに啖呵切ってた時はなんかかっこよかったのに……」

見る影もないわね、とトモエは今度は体育座りで沈む姿にどこか不満げだ。
だが、そんな発言に隣の幼馴染と対面の獣は興味深げな声を出して笑う。

「キュイ?」

「ほほう?」

「な、なによその顔……あたし何かおかしなこといった?」

リョウの楽しげなにやにや顔と興味深そうな顔のヨーコ。
ただどちらにも多分にあるのは面白がっている表情である。

「いや、別にぃ。お前も案外女の子なんだなって。
 ピンチを救ってくれたヒーローに憧れる心があったとは」

「なっ!? いまのはそういう意味じゃないわよ!
 純粋に人としてああいう考えと行動は尊敬できるって話で!」

腐れ縁の幼馴染からまさかの指摘に慌てて強く否定する。
顔は赤らめているがそれは驚きによるものだといわんばかりだ。
だがそれも彼らの“わかっている”という笑みを深くするだけ。

「あ、ああもうっ! あんたがぐだぐだ言ってるからこんな事に!
 暴いたあたしがいうのもなんだけど、しゃきっとしなさいよ!!」

まったくの八つ当たり、というほどでもないが。
情けない姿を叱咤するように怒鳴りつければ恨みがましい視線が返される。
じつのところ彼自身にとっても現状は意外な心境だったのである。

「うるせえ、自分でも驚いているけどな。
 あの姿を暴けるとしたらそれこそ神がかり的な力か。
 俺が思いつけもしない高度な技術によってだと思ってたんだよ」

それが実際は異能も科学も全体的には“そこそこ”な地球の技術と
自身の血縁をじつに感じさせる地球人少女の暇潰しによって、だった。
伝説にして英雄の象徴である仮面の能力が破られたのは遺憾としかいえない。
それ自体もだが、大きな衝撃を受けている自分にも彼は驚いている。
存外に自分はこの仮面に信頼と愛着があったらしい、と。

客観的にみればそれも仕方のない話だろう。
生き物としてあの地で共に過ごした時間が最も長いのはヨーコだ。
されど、あの事件のあと彼が最初に手にいれたモノはこの仮面だった。
そしてたいていの武具や道具が彼の扱い方に耐え切れず壊れていく中で
ずっと共にあった戦友とさえいえるアイテムがそんな負け方をした。
ショックなどという言葉では片づけられない感情が生まれても当然。

「そんなものかしら?」

「お前も想像してみればわかる。
 たとえば………その代々受け継いできたカムナギの能力をさ。
 全く違う分野の、それも警戒もしてなかった技術に破られた。
 やったのは親友、理由は暇潰し、そして本人はことの重大さが解ってない」

「……………………………………………………」

いわれるがまま。
その状況を想像していった彼女は徐々に表情を厳しいものに変えていく。
胸に湧く筆舌しがたい複雑な心境にシンイチの衝撃を理解してしまう。

「ついでにいえばあの認識阻害はどちらかといえばお前ら寄りの力だぞ」

科学的な高度な技術ではなく、理屈のよく解らない不可思議な力。
それをそんな方法で、それもよく知る相手にそんな理由で破られた。

「ごめんなさい。本当に心の底からそう思うわ」

「だろう」

それが決め手となってか神妙な顔つきで謝罪をするトモエである。
彼女にとってカムナギは形見というのもあるがそれ以外の思い入れも強い。
それをそんな手段で破られては頭を抱えてしまうのも当然だ、と。
理解してもらえてシンイチもまた満足そうに頷いている。

「……悪かったわね」

だがそれを見て、トモエの表情はこの場何度目か暗いものを映した。
この席についた段階から彼女はどうにも後ろめたさを感じている。
当初は恩人に対して不義理であるという点からだったのだが、
指紋という常識が忘れる程の環境であったという事を暗に証明し、
最後には彼自身の人格を疑っているともとれる交渉をしようとした。
にも関わらず彼は解り難い態度ながらも自分達を受け入れた。

「何がだ?」

「いろいろ、よ……それに借りが、また増えちゃったなって」

それを全て口にするのも違うと思い、ぼかしながら頭を振る。
これは返しようがないと力無い笑みを浮かべて小さく息を吐く。
借りがあるのが嫌なのではなく作りっぱなしの状況が情けないのだ。
しかも自らの行動の是非が明快で非が多いと思うためかいつもの覇気がない。

「心配するな。すぐに前言撤回させたくなるような扱いをしてやる」

「…………あんたの場合本当にそうなりそうだから怖いわ」

この数日何度見ても慣れてこない笑顔での威圧に本気で怯む。
内心、気遣いなのだろうと察していてもこれだから本当に恐ろしい。
さらにいえば怖いと言われてより笑みを深める精神性(嗜虐性)もじつに、である。
“夜”だと評したのは言い得て妙だったと今更ながら実感するトモエだ。
(カレ)は優しさと怖さを同時に与えてくるのだから。

「なら怖がられたついでに無神経に聞いておこう。
 お前らの強くなりたい理由、その根幹の動機を」

そしてその意地の悪さでもって言葉通りそこに無遠慮に踏み込んだ。
空気が凍る───とまではいかなくとも明らかに重くなったそれに対して
そうした張本人とその従者だけが無頓着に、されど真剣な目を向ける。

「………それも条件の一つと思えばいいのよね?」

シンイチが指導を引き受ける条件を二人は既にいくつか提示されていた。
彼が仮面その人である証拠の隠滅と口外の禁止などは当然のこととして、
彼の戦闘力についての詮索の禁止。師事関係である事も秘密。そして
有事の際はシンイチの指示に従って協力する事などを確約させている。
個人でしかない彼には“事情を知る小間使い”の手は入用であった。
そして他にも彼女ら知っている情報の提供も条件の一つ。

「その扱いの方が話しやすいのならそう思ってくれていい。
 他はともかくそれを聞かないとこっちも踏ん切りがつかないし
 それを聞けば他の事情もだいたいわかりそうだしな……あむ」

やっと仮面の能力を破られた衝撃が落ち着いてきたのか。
事前に一旦小休止にして運ばれてきていたデザートを食しながら語る。
溶けかけの抹茶アイスを口に運ぶがその顔に今までの無邪気さはない。
単にカロリーと糖分を得るための行為だと思考が切り替わっているのだ。

「……あんたって気遣いが直球だったり遠回しだったり安定しないわね」

それをトモエは彼なりの礼儀であり話を聞く態度なのだと感じた。
どう見ても無礼な部類に入る動作だが目の真剣さからわざとらしさがある。
嫌な話は一度で全部済ませてしまえ、という彼なりの配慮が聞こえた。
同時に心底呆れたような視線でそう評して、気難しい男だと笑った。

「素直に捻くれてる、といってくれ。あと面倒臭がり屋なんでな」

「いいところが一つもないわよ、それ」

今度こそ掛け値なしの呆れだけで嘆息をもらすトモエ。
薄らと似たような事を他の誰かに対して使ったような気がしながら。

「鍛える側としては動機が重要なのはわかるけどよ。
 お前の口ぶりだと、なんかこう……もう解ってねえか?」

「それもそうよね。
 大津家の連中とあたしらとの会話は聞いてたみたいだし、
 操られてた時、なんかそれっぽいこと口走ってたような気もするし」

断片的であれ、それらを知ればたいていの人間が想像できることはある。
しかしそれではだめなのだとシンイチは静かに、されど厳かに首を振る。

「想像はした……けど所詮、想像は想像でしかない。
 俺はお前たちの口から、お前たちの声で聞きたい。聞かなくてはいけない」

それは交換条件のためというよりは自分のためと聞こえる言葉。
その想いを、願いを、熱を、知らなくては鍛えることなどできない。

──それはそうだ。これは不可逆の契約にも等しい

気まぐれと暇潰しと世話になった見返りで鍛えたあのメイド達とは違う。
これは彼らの人生を変えてしまう行為だと彼だけが理解している。ならば
それを聞き届けて背負うのはこちら側の義務なのだと彼は考えている。

「………」

「………」

彼自身ですら無駄な凝り性と嘲笑いたくなる行動を二人はどう受け取ったのか。

「リョウはどうする?」

トモエはまず隣の幼馴染に問うた。
彼女は教えてもいい心持になっているがこれは“自分達”のことでもある。
誘ったのがトモエである以上、彼の意志を無視していい道理はない。

「かまわねえよ、けどどっから何までを話せばいいんだこれ?」

どこか投げ槍ながらも今まで誰かに話した事が滅多に無かったせいか。
殆ど事情を知らない相手にどう説明すればいいのか彼はわりと真剣に悩む。

「まずはそうなった背景から、でいいだろう。
 なんとなく退魔一族のことが関係しているのはわかる」

「………なら、そこは任せていいかトモエ。
 そのへんの事はオレあんまり詳しくねえし」

彼は少し申し訳なさそうな雰囲気で自らの無知を示して一歩引いた。
しかしどこか語りたくもないというほどの嫌悪がそこには垣間見える。
事情も心情も知るトモエはその態度を許容して頷くと彼に向き直る。

「それなら、そうね。
 日本の退魔一族がどうして誕生したのか、から話した方がいいわね。
 そこからじゃないとちょっと解りづらいかもしれないし」

そうなるであろうと読んでいたシンイチに戸惑いはなく、
了承の頷きさえしないまま耳を傾けて真っ直ぐな目が続きを促している。
彼からすればただ真剣な気持ちで聞こうというごく自然な態度なのだが
トモエからすると見詰められているようで先程の“近さ”が想起された。
余計な悪戯心がない分それは真摯で真っ直ぐにトモエを見詰めているよう。

「っ、く、詳しい時代まではあたしも知らないんだけど、
 人々にとって世界ってものがせいぜい村一つ程度でしかなかった時代。
 その時はまだいわゆる術者って存在は認知され、頼りにされてたのよ」

それを術行使時のような集中力で意識の外に締め出すと昔語でもするように
彼女はかつて敬愛する母から聞かされたその歴史を淡々と声に乗せた。

「魔との戦いは土地ごとに根付いた流派や宗教、祭事などの仕事だった。
 けれど時代が進み、人の活動範囲が広がっていくにつれ、魔もまた広がり
 多種多様となったけど術者達だけがその流れに乗れなかった──」

──“魔”は余程濃密な存在にならなければ只人には視えぬモノ。
世の人々が知識を得て良識を学び常識を手にすると眉唾と笑われていく。
中には詐欺師やペテン師、そんな汚名を被せられる者達さえいたという。
そしてかつては政治の中枢にも近かった陰陽寮でさえ明治には解体される。
尤もその時代にはとっくに彼らは表向きの(・・・・)陰陽師でしかなかったらしく、
また解体そのものには政治的な思惑の方が強かったようだが。

閑話休題(ともかく)
霊的な存在や力が公に認められない時代となっていくことを予見した
当時の実践派の術者たちは出身や系統、信仰を問わずに一つにまとまる道を選ぶ。
そこには人間らしい野心や保身、知識欲など様々な目的や要因があったものの
大義名分でもあった『魔を祓う者の必要性』を誰も否定できなかったのもあった。
人が人である限り、世には闇がありそこから魔は生まれ続けるのだから。
それを祓い、世の陰と陽のバランスを保つ存在は絶対に必要不可欠。

「──そうして誕生した組織がやがて血の繋がりを持って一族になった。
 内の結びつきは強くなっていったんだけどその反面、排他的というか。
 外部からの干渉をひどく嫌う風潮が出来上がったのよ」

「最初に自分達を拒絶したのはお前達だ、ってか……子供かよ」

「も、ものすごく簡単な言い方をするとそういう感情が、
 いいえ、怨念めいたものが伝わってたんでしょうね……同感だけど」

あまりに雑に、そして致命的なまでに核心をついた表現にトモエは苦笑する。
人の世と完全に関係を切るわけにはいかないが表立って存在するわけでもない。
世界の為に魔を祓うがそれが人の為ではないと人の身で考えるようになった。
その極致が自分達を特別視した大津家のような集団を後に作ることになる。
そして。

「けれどその代償を徐々に一族は支払うことになった。
 あまりに身内だけで固まり過ぎていたのよ、だから……その」

「近親者との婚姻を繰り返した結果、近代に入って
 早世する者や五体満足で生まれてこない者が増えた、か?」

少女には言い辛い内容だったからか。言いよどむ彼女の言葉の続きを
シンイチは引き継ぐように、出来る限り問題のない表現で言い当てた。

「よくわかったわね」

「排他的で閉鎖的な連中がやり過ぎる(・・・・・)と末路はたいていそこだ。
 力と歴史を誇りとするならより良い血統を、ってな考えにもなるからな。
 アホな話だよ、目先の果実を取り合って明日の食事を踏みつぶす」

その通りだとトモエは頷く。そして皮肉な話だ、とも。
退魔の仕事以外で外部と関係を持たなくなった彼らは内部で争った。
全体としてはまとまっていても俗な権力抗争は避けられなかったのだ。
人が三人集まれば派閥が生まれるというが彼らは人の世と意図的に
距離を取りながらもその縮図のような事を自分達でやっていたのである。
しかも閉鎖された空間と自分達だけに通じる常識の中にあったために
それはきっと現代社会よりも露骨で狡猾で醜悪な形の争いであった。
だからだろうか“外”がどう変わろうと政略結婚は当然のように行われ、
もっといえばそれによる品種改良といえる行為で血は紡がれていった。
尤もそれで待っていたのは血統の限界だったのだからお笑い種だが。

「ああしかしそれは……つまり、だから、か?」

ただその結果生まれたであろう彼らには全くもって笑えない話ではある。
さすがにそれはシンイチも直接口にできなかったのか濁して尋ねた。

「そうね、だから、といえるわ。解決策として外部の血を入れたのよ。
 母さまがハーフだったのは外国の退魔組織と関係を持とうとしたから。
 けど、考え方の違いから結局うまくいかなかったらしいわ」

「オレの祖母も政治的な配慮って奴で外の権力者の娘だったらしい。
 母さんの霊力が強かったから面目は保ったらしいが結局出て行ったとよ」

そんな似た境遇の母達(ふたり)がさらにいとこ同士ともなれば、
友好関係が深まり一族の在り方に懐疑的になるのは当然といえた。
当時を直接は知らず母達から聞いたわけでもないが自身が見聞きした事と
周囲の大人たちの反応から彼らはいわれずともいくらか察していたのだ。
そしてそうであったからか。あるいは人と人の間の当然の出会いか。
一族中枢から離れ普通の生活をしていた彼女達は普通に恋に落ちた。

「あてつけ、の感情が無かったわけじゃないらしいが……」

「母さまたちは外で父さまたちと出会って、結婚した」

相手の何が良かったのか。どんな馴れ初めがあったのか。
詳しくは子供達に語られなかったが彼女らは妻となり。子を成した。

「それでオレらが小学校にあがる前ぐらいまでかな。よく遊んでた。
 結構、楽しかったよ……うん、一番トモエの被害がでかかったけど」

一瞬の追懐でその情景に思いを馳せたのが恥ずかしかったのか。
照れ隠しの余計なひと言が幼馴染を刺激して言い合いになっていく。

「な、なによ! いつもピーピー泣いてたの助けてやったんじゃない!」

「どこがだよ! 単に子分扱いしたいだけだったろうが!」

あるいはこの後のことを無意識に話すまいとしたのかは本人達にも解らない。
尤もその様子に声を出して笑った少年に気付き、ばつが悪い顔で矛を収めたが。
どの道彼ら家族の幸せだった時はそこまでであったと無表情な顔で続けられる。
締め付けと嫌がらせと不当な要求を突き付けられた彼らは一族を完全に見限った。
一緒に逃げることも考えたが追手の可能性や発見時のリスクを考えて
それぞれが全く違う地域に住処を移すことになったのだという。
そしてそれが両家が無事に会えた最後の瞬間となってしまい、
学園で再会するまで互いの親の死さえ知ることがなかったという。

「母さんは別に病弱ってわけじゃなかったけど活動的な人でもなかった。
 それが慣れない土地で慣れない仕事なんかして独りで子供を育てたんだ。
 しかも運の悪い事に元々オレらを良く思ってなかった連中に見つかってな。
 連れ戻されはしなかったが陰険な嫌がらせは受け続けたんだ。
 それが祟って病気になって、そのまま……そこはよくある話さ」

珍しくもないお涙頂戴の悲劇だと自分で茶化しながら語る。
そうでもしなければ別の感情が湧き上がってしまうからだろう。
シンイチは何も言わずただ真っ直ぐに彼を見詰めていた。
顔見知りだったトモエも隣で沈痛な面持ちで俯く。

「それがお前の動機か?」

「そう、だな………オレには復讐したい奴がいる。一族の連中も嫌いだが、
 それ以上にオレはあいつが許せない、奴をぶちのめしてやりたいっ」

「物騒だな」

極力感情を抑えて発した言葉はそれでも隠し切れない憎悪がある。
だがそれをそう表現しておきながらシンイチに動揺はなく声は平坦だ。
それを察しがついていたのだろうと考えたリョウはそのまま続ける。

「試験中にガレスト軍に入るっていったな。
 それはあそこがあいつと一番戦える可能性が高い場所だからだ。
 ああだが安心しろよ。相手はしっかりとした悪人だからよ。
 なにせ両世界で指名手配を受けてる奴だからな」

だから何の問題もないと平時の口調で嘯くがその目は憎悪に揺れ、
テーブルに置かれた拳は自らを傷つけんばかりに握りしめられている。

「独りになっても母さんはオレをずっと守ってくれたんだ。
 冷遇される事は解ってたのにそれでも俺を産んで育ててくれた。
 家を出たのだってオレの将来を考えてのことだったんだ!」

原因となった退魔一族の在り方。情のない言葉をかけてきた者達。
どれも憎らしいがリョウにとってその最たる存在は彼らではなかった。

「そんな母さんをあいつは捨てたんだ……許せるわけが、あるかっ。
 そのせいで無理して、独りで死んだんだぞ母さんは……!」

彼は厳密にそれが誰かとは口にしなかったが言わずもがな、でもあった。
一連の話の中で当然登場すべき続柄の人物が一切出てきていないのだから。
吐き捨てる声に力はないが、それゆえにその陰にある悲痛な想いがある。
だから、握った拳から滴る赤いモノをシンイチは見ないことにした。

「必死になって調べたよ、いまどこにいるのかって。
 びっくりしたよ、ガレストで指名手配を受けてる大罪人だった。
 その時だよ、オレの手で絶対にぶっ倒してやるって決めたんだ。
 ……あいつだけはこの手で必ず……!」

その先の言葉と感情を鎮めるように彼は水の入ったグラスを呷った。
そして一気にその激情ごと吐き出すように息を吐くと首を振る。
感情的にならぬように考えていたのに口にするだけでこれだ。
そんな自嘲気味な笑みさえこぼれ出る。

「一応確認のために聞くが相手を間違えている可能性はないよな?
 いやだぞ、鍛えまくった挙句人違いでしたなんていう最悪のオチは」

そこへある意味空気を読まない質問をされてリョウは頬がひきつった。

「あ、あのなぁ……オレだってちゃんと調べたよ。
 ガレストに漂流した時に正規のデータベースからDNA情報を手に入れて
 それを俺が色んな形で何回も検査したんだ……間違い、なかったよ」

「そうか。ならいい」

「は?」

気になったのはそこだけなのかあっさりとした態度で頷く。
この態度には彼の方が狼狽えた。彼のそれは自らが口にした通り復讐だ。
ましてやその相手との関係性を思えばやんわりと説得される話だろう。
それぐらいの良識はあったため簡単に受け入れられて拍子抜けしてしまう。

「……いや、いいのか?」

「とくに問題あるようには思わなかったが?
 それこそ例えその()に何か離れる正当な理由があったとしても
 起こりうる問題に対して対処や考えが甘かったといわざるをえない。
 ならお前にはそいつをぶっ飛ばしていい権利がある。いや俺が認める」

──心置きなくやってしまえ
にこやかな笑顔で物騒な事を口走る彼にリョウの背筋が凍る。
そしてそれは隣に座っているトモエも同じだったらしい。

「だ、だからあんたさ。そうやって笑うのやめてよホント!」

ひきつった顔で苦言を呈したくなるほど寒気の走る笑みだった。
人畜無害そうな顔が素であるためそのギャップがすさまじい。
ただ当人は楽しそうに笑うだけで明確な返答はなかったが。

「俺としては今の話はポイント高かったぞ。
 どこの誰か分かって独りで突撃かまさなかった事や
 実力差を感じ取って貪欲に鍛えようとする姿勢はいい。
 その冷静さと自分を客観視できる点は貴重だ。忘れるなよ」

代わりにそんな賞賛を受けたリョウは唖然として固まったあと
妙な気恥ずかしさが湧き上がってきて狼狽えてしまうが隣の幼馴染が
“その気持ちよくわかる”といわんばかりに頷かれた苛立ちで冷静になる。
そして内心、まいった、と感じて苦笑を浮かべてしまう。この意外に
警戒心の強い幼馴染がたった数日で心を許すわけだ、と。

「と、次はあたしか」

同じ感情を幼馴染が共有した事に喜んでいた彼女も、
皆が無言になって自身を見られているのを感じて我に返った。
あるいは彼女も無意識に話すのを伸ばそうとしていたのかもしれない。

「試験中に聞いた時は世に名を残したい、とかいってたな。
 ここまでの話の流れからすれば、お前も親のことか?」

「ええ、あたしは正当な形で誰からも認められる栄誉が欲しい」

欲しい、という声はしかしその中身に反してあまりに熱意がない。
それはそれが『手段』であって最終的な『目的』ではないからだろう。
だから逆に続く言葉には気恥ずかしさと────静かな憤怒がある。

「理由は………その、証明かな。
 ふたりはもう、亡くなってしまったからあたしがしないと。
 誰の目にも明らかな形であたしが生まれたことは正しかったって。
 母さまと父さまが出会って愛し合ったことが間違ってなんかないってっ」

「……そうか」

シンイチはそれをただ静かにそのまま受け入れて聞き役に徹していた。
それは、その願いは、そうではなかった扱いを受けたから生まれたモノ。
ここまでの話を聞けばそれがどこで誰から、そしてどれだけ受けてきたのか。
異国の血に対する時代錯誤な差別意識を持った者達を見た後では余計に痛々しい。
だがそんな想像は容易くともそれで『解る』などと軽々しい言葉は容易く使えない。
彼はだからそこに踏み込む事をよしとはしなかった。
それには彼女も少し不思議そうな顔をしたが。

「………あたしにも何もいわないのね。
 てっきり皮肉や嫌味の一言でもくるかと思ってたのに」

そこまでは行き過ぎでも茶化すような言葉は彼ならば言いそうに思えた。
だが当人はそうではなかったらしく不思議そうな顔で自分の考えを語る。

「そうか?
 世を乱すような願いや他者を不当に貶めるような夢ならともかく。
 お前のそれは背負い過ぎではあるが親を想う優しさと貶められた怒りからだ。
 正当な感情で手順もまた正しい。どこに口を挟む余地がある。胸を張ってろ」

「…………」

あっさりとそれは誇っていいことだと明日の天気でも語るように気軽に肯定した。
だが軽薄さは無く、むしろなぜ胸を張ってられないと乱暴に背を押す色がある。

「な、なによ結局文句いうんじゃない……」

良くて、柔らかな否定だろうとどこか身構えていた彼女は想定外の態度に
素直じゃない感情の発露としてそんな悪態という形をとってしまう。
自己嫌悪に陥りつつもその頬が緩んでいるのを隣の幼馴染は確かに見た。

「へぇ……」

だからそれを素直に賞賛するような息を彼は吐く。いつだったか。
学園で再会してから、一度だけ互いの親の墓参りに行った事がある。
その時、事情を知る良識ぶった大人達にそれは証明するまでもないことだと
残酷に(・・・)告げられてしまった時と比べ物にならないとシンイチに感心する。

「な、なによその顔!? あんたもなんか文句あるの!!」 

リョウから意味ありげな視線を向けられているのを察してか。
乱暴な口調で矛先をずらそうとする態度に幼馴染は更ににやつくだけ。
そしてその様子を見てシンイチもまた似たような表情を浮かべていた。

「別に、ただ、そうだな。
 確認しておきたいが、それはこの学園でいいのか?」

「え、なんのこと?」

「ここや世間で認められても話を聞く限りその一族は認めない可能性が高い。
 だがお前が最も泡を食わせたい連中はそいつらじゃないのか?」

彼はまだ一族から破門を受けたという大津家としか接触してはいない。
だがそれでも傾向としてアレならば俗世の名誉がどこまで彼らに通用するか。
しかしその問題点を彼女は自信たっぷりな顔でこう返した。

「それならそれでいいわよ。どれだけ特殊で世に必要な存在だろうと
 所詮はマイノリティよ、世界中に認めさせればあたしの勝ちなんだから!」

「………斬新な民主主義の活用法だな」

思ってもいなかった論理に目を瞬かせて呆気にとられるシンイチだ。
しかしそれを彼は自己満足だとは思わない。文字通り勝負なのだろう。
自分と退魔一族と世界に対する。勝ち目は薄く、相手は強大。
それでも引かずに虚勢を張ってでも、意地でも立ち向かう。

「カッコイイねぇ、ハリボテの俺とは大違いだ」

同じようでいて本質から異なるあり方に一瞬羨望の眼差しを送る。

「え、なんか言った?」

だが声に出しつつも聞こえないように呟いた少年は別にと返す。
そしてまるでその油断をつくようにその問いを投げかけた。

「それより話の途中で疑問に思ったんだが、なぜお前らの家だったんだ?」

「なにがよ?」

「血筋の問題は一族全体の話だった。なのに口ぶりからすると
 外部の血を招き入れたのはどうもお前らの母親の実家だけ。
 それもまがりなりにも一応許可らしきものはあったようでもある」

でなければ彼らだけが冷遇されていたような話と辻褄が合わない。
でなければ異国の退魔組織や権力者の縁者など簡単には入れられない。
それが可能だった理由はなんだ、とシンイチは射抜くような視線をぶつけた。

「う、あ、いや隠そうとしたわけじゃないのよ。
 本筋からずれてるし、あんたに話すとからかわれそうで」

「同感だな、絶対お前なんかろくでもない事いう」

「よし、絶対にふざけたことを言ってやる。教えろ」

二人の全く間違っていない評価に対して何故か嬉々としてそう迫るシンイチ。
まさかの藪蛇に彼らは顔を見合わせて溜息を吐いたが不承不承に口を開く。

「退魔一族にはな、一応一族全体をまとめる役目を持つ家系が三つあるんだ。
 一つや二つだと争いの元になるからってわざわざ三つ作ったらしい」

「まあ、二つは滅んだも同然なんだけどね。
 安倍家、土御門家、神宮寺家の三家。本来なら彼らの下に他の家が
 それぞれに集って牽制しあう事でバランスは取れてたらしいけど例の問題が
 一番顕著に出たのもこの三家で特に安倍家と神宮寺家がひどくてね」

「オレらから見てじいさんばあさんの世代ではギリギリ二桁だってさ。
 もちろん両家合わせて、だ……終わってるよな、もう」

「その時にはもうまとめ役としての役割は名前だけになってたみたい」

破門された大津家、それもあの場に集まった人数だけでも30人はいた事を
考えれば退魔一族内において発言力と求心力がなくなるのは当然といえた。

「要するに外部の血を入れるのは一発逆転を狙った苦肉の策だったわけよ。
 まがりなりにも役目を持つ家だからある程度の強権も使えたみたい」

結果は見ての通りだけど、と自分達を指し示す。さもありなん。
彼らの目論見は外れに外れ、今ではその血を受け継ぐのは一人ずつ。
それどころか一族全体から離れておりその心情も中立寄りの敵対だ。
だが、ソコよりも彼が気になったのは別のところ。

「え、なにお前安倍家? あの?」

神宮寺(シングウジ)家はそのままリョウの母方の実家であろう。
ならば、残ったもう一方の安倍家とはつまりそういう事になる。
そして霊能関係で『安倍』といえばある有名な人物が一人いる。
数多の創作物でその姿が描かれる事も多い大陰陽師・安倍晴明。
シンイチは安倍という苗字だけで即座にそれを連想していた。

「その、あの、でいいわよ。
 末裔だという話だけど、本当かどうかはかなり怪しいわ」

予想していたことなのだろう。
どこか苦笑いを浮かべて一応肯定はするものの肩を竦めて首を振る。
どうやら家系図上は繋がっているらしいがそれが事実かは疑問らしい。
ただ少なくとも彼の子孫としての安倍家と縁があったのは本当だという。

「へえ、なんかいいなそういうの。
 事実かどうかわからんのもロマン感じる!」

かの大陰陽師と血縁かもしれないという不確かな話。
されどそれだけでその顔に浮かぶのは無邪気な興奮だった。
夢中になって読んだ物語の人物の表沙汰になってない血筋の可能性。
そのすべての要素が彼のなけなしの男の子の部分をくすぐっていた。
そんなまるで冒険譚に心躍らす幼子そのままの表情を突如見せた彼に
二人は目を白黒させている。

「……なんていうか、こいつ“幅”がありすぎるだろ。
 話せば話すほど全容がわからなくなってくるぞ、おい」

威圧し、落ち込み、諭し、寛容する。かと思えば、これだ。
不意打ちの連続といってもいい変化に戸惑うばかりの彼らである。しかし。

「慣れろ」

にべもなく簡潔な一言をシンイチは返してきてリョウはこれまた絶句する。

「その顔で傍若無人なのはやっぱり詐欺よ」

痛くもない頭が痛くなって額を押さえるトモエだ。
外見が万人が思う“人の好い少年”なため余計にふり幅が大きい、と。
深く自覚し利用しているシンイチとしては今さらな話ではあるが。そして
ふたりはこれは自分達が諦め──もとい慣れていくしかないのだろうと
嘆息しながら喉の渇きを潤すためにグラスを呷る。それを見越して。

「ああ、しかしそうか。
 お前らは世が世なら退魔一族の若さま(・・・)姫さま(・・・)だったのか」

「ぶふぅっ!?!?」

「ごほっ、がはっ!?」

宣言通り─忘れた頃に─ふざけたことをにんまりとした笑みと共に口にした。
予想だにしてなかった方向からのからかいに彼らは目論見通り吹き出した。
がはがはと咳き込みながらなんだそれはと驚愕の視線を向ける。

「だってそうだろ、お前らの実家は元々そういう家系だったんだから」

もしも、が積み重なればそういう状況もあり得たと言われて愕然とする。
その事実を認めつつも隣の幼馴染を互いに見据えて同じ感想を抱く。

「うわぁ、お姫様似合わねえっ!」

「うっさい! あんたにだけは言われたくないわよバカ殿!」

あり得ない──そんな風に呼ばれる要素など皆無だという共通認識。
それが慣れた言い合いになったのは幼少期の付き合いゆえだろう。
本人同士は真剣だが見てる方はじつに楽しげである。

「こんなイケメンを捕まえてバカ殿とはなんだ女ガキ大将!」

「あんたね、仮にも女の子に向かってその呼び方いいかげんやめなさいよ!」

「だったらお前も少しはお淑やかになったらどうだよ、おばさんみたいに!」

「ふんっ、悪かったわね!
 どうせあたしはお姫様には程遠いお転婆娘ですよーだ!」

売り言葉に買い言葉で唸りながら向かい合う姿は実に仲の良い喧嘩友達だ。
結界を張っていなければ店中の注目を受けること間違いなしである。
だが彼女自身はそうであることに何かしら想いがあるのか声が悔しげ。

「母さまみたいなお淑やかさもないし高貴さもありゃしないわよ!
 母さまの面影だって微塵もなくて ごめんなさいねぇっ!!」

「あ、わっ、こらっ!
 そこまではいってないって! あと落ち着け!!」

自らの言葉に自身のコンプレックスを大いに刺激されてしまったのか。
リョウの胸倉を突然掴むと前後に揺らしながら我武者羅に叫ぶトモエ。

「うーん、俺も大概なんだが、こいつのプラスにもマイナスにも
 感情的になりやすい所も大概だな………他人事に思えん」

苦笑を浮かべながら助けを求めるリョウの言葉を軽く無視。
少し面白がっている顔を浮かべていたが次第になぜか首を傾げていく。

「あたしだってキレイな黒髪欲しかったわよ!
 遺伝子ちゃんと働かなくてそっちに似ちゃって悪かったわね!!」

「うっ、えっ、だからやめっ、こら離っ、わあっ!?」

そう自虐しておきながら自らの発言にトモエは涙目になっている。
同時に激しく前後左右に揺さぶられて軽く目を回しかけているリョウだ。
コンプレックスを刺激しすぎたかと内心反省するがそれどころではない。

「どうせこんながさつな娘に育って父さまもきっと草葉の陰で泣いてるわよ!」

母として、霊術の師としての怖さはあったものの大和撫子を体現していた母。
そんな彼女を愛した父なのだ。娘にもきっとそれを望んでいただろう。
彼女も当然目指したい目標点ではあるがあまりに自身が遠い所にいた。

「……お前は立派に親が望んだ姿を見せてると思うが?」

それをどうしてかシンイチが不思議そうな顔つきでやんわりと
否定するのだが昂っているトモエはそのままの勢いで彼に噛み付く。

「どこが! 安い慰めなんていらないわよ!」

「だってお前トモエじゃないか………あれ、もしかして名前の由来違った?」

何を当たり前のことを、というつもりで提示した理由に目を瞬く当人。
想定していた反応と違うとシンイチは自身の思い違いを考えた。

「え、違うも何も聞きそびれてるからあたし知らないんだけど。
 なに、あんたのその口ぶりだとまるで知ってるみたいに聞こえるわよ」

「あ、ああ、そうか。
 悪い、俺てっきりトモエって名前だから巴御前のことかと思ってた」

「え、ともえごぜん?」

巴御前。
それは武勇をもって知られる平安時代末期の女武者だ。
信濃源氏の武将・木曾義仲の従者とも妾ともいわれている。
古典の中にしか登場しない事と時代背景から実在は疑わしい点もあるが
その中で彼女は弓や薙刀を得意とした一騎当千の女傑として描かれている。
義仲と別れる時も彼を追う敵兵を蹴散らしながらだったという話さえある。

「だからお前のお転婆ぶりも名前通りだなって勝手に思ってたんだが」

「……巴、御前……」

ネットに繋げたフォスタからその情報や伝説を軽く流し読みしながら呆然と呟く。
同じ名前だったためどこかで名を聞いた時に印象には残っていたがその程度。
しかしそういわれるとそんな気もしてきてどこか不思議な感覚に彼女は陥る。
その横である事を思い出したリョウは僅かに興奮した様子を見せた。

「おいおい、案外それ大当たりじゃねえか。
 確かおじさんって日本の歴史や風土が好きで移住してきたんじゃなかったか?」

「え、ええ。それであちこちの神社や遺跡を巡ってる時に母さまに出会ったって。
 トモエって名前も付けてくれたのが父さまだってことは聞いてたけど……」

それには母がサーフィナ姓に合った名前を考えていたが父は女の子なら
“トモエ”だとして譲らずに結局母親の方が折れたという話もあった。
だがそうであるならばこれはかなり真相に近い話なのではないか。

「……まあ当人がいないから想像になってしまうが。
 女ガキ大将といわれてても渋い顔とかしてなかったんだろ?
 なら、今のお前は望み通りの成長だろう。今頃笑ってるんじゃないか」

記憶が蘇る。確かに両親はどんなお転婆も笑っていてくれた。
礼儀作法は教え込まれたが、それが必要のない場でのことは寛容だった。
それどころか好ましいものを見るような目で、見守っていてくれたと。

「あ、あたしっ」

「お前はお前のままであればいいさ。それがきっと一番嬉しいよ、巴」

トモエ、ではなく、巴、とその声は正しい言霊を乗せて名を読んだ。
それは二人が聞いていた彼のどの声よりも優しく柔らかで暖かな色があった。
まるで包み込んでくるようなそれを聞いて彼女は己が父の姿を幻視する。
そうなれば、少女はもう堪えきれなかった。

「っ、ぁっ」

二つの青の中でせき止められていたモノが一気に溢れ出て頬を濡らす。
感じていた、解っていたつもりだった親の想いがより深く流れ込む。
錯覚だと理解していても今の言葉は本当に父から言われたように思えた。
嬉しくて、そして切なくて、でもそれを止めたくもない想いがある。
だからせめて誰にも見せまいとそっぽを向く。

「おい、なんだよ泣くことな、ぶっ!?」

それを隣から茶化す彼の声を遮るように使い捨て手拭がぶつけられた。
見れば片手を軽く突き出したポーズで呆れた目をするシンイチがいた。

「な、なにすんだよ!」

「バーカ、こういう時は見て見ぬふりするのが男のマナーだよ」

そういって一度溜息を吐くと少しだけ身を乗り出し、恐ろしい程に自然に、
そして見惚れるほど慣れた仕草でトモエの目元にあった涙を指で拭う。

「食べるか?」

その行為にも涙にも触れないまま、相手が反応するより先に
手付かずになっていた白玉ぜんざいをそっと彼女の前に置いた。

「は?」

「食べる」

「え?」

何故そうなるのかと彼が困惑する横で涙を誤魔化すように少女は手を伸ばす。
最初はただもくもくと食していたが次第にその甘さに頬を緩めていく。
余程でない限り、甘い物を与えられて嫌がる女子はいない。
この場合は意識の逃げ口を作っただけともいえるが。

「チェーン店でもさすがにクトリアに入れるぐらいだ。なかなかだろ?」

「そうね、でも母さまほどじゃないわ」

自分が作ったわけでもないのに自慢げに語ればトモエは涙声ながらそう返す。
これには少し驚いた顔をしたシンイチは、しかし楽しげに笑って首を振る。

「おいおい、それは競合相手として強すぎるだろう」

「当然よ、誰の母親だと思ってるの?」

「それもそうだな」

胸を張るトモエにシンイチは極々当たり前に肯定を示して頷く。
その態度を見て、彼女は満足げに頷いてより強く胸を張ると微笑んだ。

「………………お前、すごいのな」

素直にそれをリョウは賞賛していた。
茶化したのは彼女の見慣れない涙に狼狽えたのもあってだった。
なのにあっさりといつもの顔に戻した手腕には脱帽させられてしまう。
だが彼はそれに小さく首を振るともう甘味に意識が戻っている少女を見る。
すごいのは彼女だ、といってるのがなんとなくリョウにも伝わった。
だからだろう。ふたりの様子を眺める目には柔らかいものがあった。


──これは本気で押し付けても問題ないな


いつかの冗談を本当にしてしまおうかとリョウは考え出していた。
同時に沈黙を保っていた“彼女”もまた小さな前足()でガッツポーズ。
これでまた一人、とほくそ笑むヨーコの顔を今は誰も見ていない。

「そういえば、お前は自分の名前の由来って知ってるのか?」

従者のそんな怪しい笑いに気付かぬまま素朴な疑問を少女の隣に投げかける。
どう引っ付けようかなどといらぬ世話に頭を捻っていた彼は慌てながら答えた。

「え、あ、ああっ、ええっとなんだったっけな。
 確かどっか外国の古い言葉で『守りし者』とかいう意味だって」

「……守りし者でリョウ、だと?」

されどそれで引き出した意味に一瞬表情と声に緊張が走った。
すぐに消したため気付いたのは付き合いの長いヨーコだけであったが。

「ああ、だからオレの名前正式にもカタカナ表記なんだ。
 ま、誰かを守れる男になれってことだろ。それぐらいなってやるよ」

気負いなく語るリョウだが、そう語る表情には誇らしげな笑みがある。
彼は彼なりにその名に思い入れがあるようだとシンイチの目には映った。

「俺が鍛えてやるんだ。それぐらいは当たり前だ」

だからそれに答えるように彼は不敵に断言する。それをリョウはおかしそうに笑う。

「お前ってホント偉そうだよなぁ」

文句をいっているような言葉でそのじつ声は楽しげである。
受け入れたのか慣れたのか諦めたのかは微妙だ───おそらく全部だろう。
あるいは、それが似合うと思ってしまったから、というのもあるかもしれない。

「……ここにきてまた妙な一致か。リョウ、リョーで守護者とはな」

されどその裏で隣の従者にだけ聞こえるように呟くと彼女も無言で頷く。
それは少なくとも彼が知るある言語においても同じ意味合いの物があった。

「ちょっと、人の名前の由来を当てたり聞いたりしたんだから
 こっちもあんたの名前の由来ぐらい聞いてもいいわよね?」

そうでないと不公平だと白玉ぜんざいを平らげた少女が口にする。
スプーンを突きつけられてのそれに僅かに目を瞬かせるシンイチは
自分がこの流れで聞かれると思っていなかった事に気付いて苦笑する。
相変わらず自分を計算に入れていないとそれは自嘲じみた笑みだった。
尤もトモエは公平性や話の流れよりも単純な好奇心から聞いたのだが。

「それもそうだな……俺の名前はシンイチという。
 信用の『信』に漢数字の『一』で『信一』と書く。
 意味は『一』つでいいから『信』念を持った大人になれ。
 誰か『一』人でもいいから『信』頼される男になれ、だったかな」

それが彼の両親が初めての我が子の名前に込めた小さな願いだった。
叶っているかどうかは本人としては明言を避けたいところである。
もっともそれは自信がないからでも、気恥ずかしいからでも無く、
願いをかけられた当人にそれを語る資格はないと考えているだけだが。

「なんかそれ、微妙に謙虚な由来だな」

「そう?
 あたしはなんか優しい感じがして好きだけど」

目標値が低過ぎだと感じるリョウとそれを優しさと捉えるトモエ。
どちらの意見も昔から感じていたシンイチは笑って流すしかない。
そして何気なく見たフォスタの時刻表示にここまでかと考える。

「さて、少し横道にずれたがそろそろお開きにしていいか?
 互いに色々聞きたいことはまだあるだろうが後にしてくれ。
 巴の情報のおかげで(・・・・)自分の痕跡を見直してこないといけなくなったからな」

最後の声には苦々しさがあり、おかげで、には、せいで、と言ってるも同然。
じつにありがたい情報ではあったのだが気苦労が増えた情報でもある。
何せ指紋は当然ながら他の痕跡についても検証する必要があるのだ。
どう考えても彼は科学捜査というモノに対して無警戒に過ぎたのだから。
また生徒会長に解析された画像を一度見られてしまっている件もある。
早急に手を打っておかなければ何もかもが瓦解する可能性さえあった。

「それはどういたしましてかな、信一くん」

だがやっとシンイチに一杯食わせる事が出来たと彼女はご満悦である。
してやったりな顔でわざとらしく君付けで名前を呼んで楽しげに笑う。
そこにもう涙の跡はなくトモエ・サーフィナという溌剌とした少女がいた。
その笑みは勝ち誇るものではあったが不快感を覚えない朗らかさがある。
自身がいう通り淑やかさや高貴さはなくとも見ていて気持ちのいい笑顔と
周囲を元気にするような快活な雰囲気を少女は持っていた。

「けっ、言ってろ───遅くとも明日の夜には連絡する、じゃあな」

悪態をつきながらも内心いいモノが見れたと満足して彼は席を立つ。
従者が黙ってその肩に跳び乗るがそのニヤついた顔を主は見ていない。
彼女は主人がコレを守れて良かったと思っているのを見透かしている。
だから去り際にヨーコはトモエに向けて小さな前足でサムズアップ。
意図が解らず困惑する表情に伝わらないだろうと理解していても胸中で
よくやった、がんばれ、とこれから付き合いが長くなるだろう少女に
感謝と激励をするようにウインクして主の歩みと共に店を出て行った。



───こうして、人知れず。
異世界帰りの少年と霊力を持った少年少女の師弟が誕生した。
これが後々世界中にある退魔の血族に大きな影響を与える事になるのだが
それはさすがにシンイチですらまだ見えていない未来の話───

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ