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帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

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04-37 うっかりの家系

この次の話がまとまらなくて遅れました。
結局いつものように長文になったよ、とはいっておく。

で、この話についてですが
こんなタイトルでも………中身は………どうなんだろうか?


────これは夢だ────



大人にとってなんでもない距離も小さな子供には冒険だ。
例え同じ町内でも家から離れればそこは未知の土地同然である。
その子供の性格にもよるのが少なくとも“その子たち”は未知への
好奇心とある事情から二人だけでその身近な冒険を始めてしまった。
目的地は自宅から道路を挟んだ向かい側にある住宅街の中の一軒。
笑ってしまうほど近場だが幼稚園に通う時も公園に遊びに行く時も
その子たちは向かわない方角なので彼らの目には新鮮に映った。

「あ、あかいやねのおうち、あそこだ!」

「うん、それじゃいくわよ!」

されどそこにあるのは未知に触れた高揚よりも使命感だ。
なにせ、子供には子供なりのプライドというものがある。
つい先日、幼稚園でこの幼い男の子と女の子は悪口をいわれた。
なんてことはない子供同士のケンカ、とすらいえない言い争いである。
始まりがなんであったのか当人同士ももはや覚えてもいないだろう。
しかし、どうしても許せない言葉がそこにいくつかあった。

──あまえんぼう!

──よわむし!

──ぶらこん!

最後のそれの意味はじつのところ双方解っていなかったのだが
なんとなく自分達妹弟と“兄”との関係を馬鹿にされた気がしたのである。
そこからは売り言葉に買い言葉。いつのまにか二人は度胸試しをする事に。
弱虫の甘えん坊ではないと証明するために。

だからこの日この妹弟は家族に黙って家を抜け出すと
幼稚園で話題の恐ろしい化け物を飼う家を目指したのだ。
先にネタ晴らしするが珍しい大型犬を飼っている普通の家である。
その大型犬は家族以外が玄関に近寄るとリードが千切れんばかりに
飛び掛かろうと金網に激突しながら吠え続けるため近隣の子供達には
恐ろしい怪物に見えていたのだ。

その毛をむしり取ってくること。
それが子供同士の口げんかの末に決まったことだった。
噂通りの赤い屋根の大きな家を見つけた幼い妹弟は自然とそっと近寄る。
門の影から顔だけ出すようにして玄関を覗いてみる。門扉は開いていて
玄関の横には自分達が易々と入れそうな犬小屋が強い存在感を放っている。
だが、肝心の凶悪な大型犬の姿はどこにもない。

「あれ、いない?」

「どこいったのよ!」

どうしてだろうと首をかしげる男の子と癇癪を起す女の子。
二人はまさか家にいないとはまったく予想していなかったのだ。


────やめてお願い、もう家に帰って────


子供らしいといえばらしいが彼らがその光景の意味をもっと正確に
把握できていればこの後の展開は少し変わっていたかもしれない。
あるいはこの時点でもう手遅れであったのか。

「こらっおまえたち!」

「きゃっ!?」
「ひぇっ!?」

突然聞き慣れた声で怒鳴られた彼らはびくつきながらも振り返る。
そこにいたのは声から予想した通りの怒った顔をした“兄”だった。
距離は離れていたがその怒り具合はよくわかって勝手に体が震える。

「に、にいちゃっ」

「黙って家を出たらダメだって何度もいっただろ!!」

「はっ、はうっ!?」

「わ、わわっ!?」

歩いて近づいてきながら雷を落とす姿に少年少女は狼狽える。
この兄は滅多なことでは怒らないが、一度怒るとすさまじく怖い。
妹弟はどうしよう、どうしようっ、と慌てて言い合うが妙案はない。

「それにここには近づいじゃだめだっていつも───っ!?」

だが兄はその家の玄関を、その犬小屋が見えた瞬間驚愕に息を呑む。
彼らより5歳は年上の少年はその光景の問題に気付いてしまったのだ。
自分達より大きな犬小屋をいつも囲んでいたはずの金網が、倒れている。
そしてあの犬を繋いでいた太いリードは、千切れていた。

「っ!」

───ワウッ!

誰かの息を呑む音は唸るような声にかき消された。
あまりに近い音に咄嗟に振り返らなかったのは賢明か臆病か。


────振り返っちゃだめ!────


けれど兄が固まっているのが見えて、だからその見ている先。
幼いながらも背後から近づく気配を感じ取ったふたりは振り返る。
そこには醜悪で恐ろしい─ように見えた─巨大な怪物がいた。

「わああああぁぁっっ!?!?」
「きゃあああぁぁっ!!!」

だから叫び声をあげて一目散に駆け出した。それが、いけなかった。
子供たちの悲鳴に驚いたのか。逃げる相手に狩猟本能を刺激されたのか。
あるいは単にいつもやっていることをやっただけなのか。
その大型犬(かいぶつ)は大口を開いて、ふたりに飛び掛かった。

「っ」

妹弟は全力で駆けたがその小さな足では犬の一歩に大きく負けている。
運良くか悪くか共に転んだことでその突進が外れてくれたが次は無い。
頭上を通り過ぎた巨体が再度ふたりに鋭い牙を見せながら唸り声をあげる。
だが膝をすりむいた痛み。そんな怪物への恐怖に混乱している幼い妹弟に
適切な判断など望めず、またそんな暇もなく猛犬は再度飛び掛かった。
弟は目を瞑った。妹は恐ろしすぎて目を瞑ることもできなかった。
飛び掛かる巨体。開かれた口と鋭く大きな牙が自分達を狙っている。


────あ、いや、やめて、お願い来ちゃダメっ!!────


食べられる。
少女がそう思った瞬間、剥かれた牙に見知った影が重なった。
間近で肉が裂かれ、骨が軋むような音を少女は聞いた気がして
それが誰であるか遅れて気付いて、悲痛な悲鳴を上げた。

「お兄ちゃん!!」


────なんで、そんな簡単に!────


猛犬の牙が彼らの兄の腕に深々と突き刺さっていた─────









『試験』という形で学園では片づけられたその事件から翌々日の午前。
クトリアのさる総合病院の廊下を学園制服を着た少女が歩いていた。
大きめのバッグを片手に栗色のポニーテールを左右に揺らしながら。
どうやら目的の病室がどこにあるのか探しているようだ。

「えっと……もうっ、なんで階層ごとに配置が違うのよ!」

彼女が進む廊下には他の入院患者や顔見知りの看護師もいたが
ケガ人や仕事中の相手に最悪虱潰しで探せば見つけられる場所を
わざわざ尋ねるのはどうも気兼ねしてしまう少女(トモエ)である。
日本人離れの相貌をしているが中身は気を使いすぎる日本人といえた。

「306号室、306、たぶんこのへんだと……あ、あった」

自身もつい先日まで入院していたため構造は勝手知ったるなのだが、
さすがに初めていく階層の病室がどこかまでは把握していなかった。
漸く目的の病室の前に立つとネームプレートを確認してノックする。

「………あれ?」

だが中からはどうしてか返事はない。
受付では今の時間は部屋で安静にしているとのことだった。
個室を用意してもらっているのでトイレに席を外した訳でもない。

「あ、開けるわよ? 中で倒れてるとか嫌だからね」

病院ということで周囲を慮った声量で室内に呼びかけながら
スライド式のドアを徐々に開けていくと室内の様子が少しずつ見えた。
出入り口から洗面所とトイレへの扉が並び、一番奥には白いベッド。
その上に病衣を来た長い黒髪を持つ少女が座って窓の外を眺めていた。

「────な、なんだ。いるんじゃない。返事してよぉ」

一瞬、その光景に目を奪われるがおどけたように声をかけた。
自らの容姿に若干のコンプレックスがあるトモエは彼女のじつに
日本人らしい容姿にいくらか羨望の想いがあったのである。

「……………」

「………陽子?」

完全にドアを開けての呼びかけに、だが彼女はまるで反応しない。
何度か呼びかけながらベッド近くまで歩み寄るが気付いていない。

「目開けたまま寝てる? まさかぁ、陽子ってば!」

仕方ないと少し大きめの声を出しながらその視線に割って入る。

「……っ、え、トモエ!? わっ!?」

さすがに視界いっぱいに親友の顔が広がれば気付いたのか。
仰け反るように驚いた彼女はそのままベッドに倒れこんでしまった。

「あ、ごめん、大丈夫!?」

「う、うん……もう、びっくりさせないでよ。
 なに、これがいわゆる隠行の術ってやつ?」

慌てたトモエに起き上らせてもらいながらも咎めるように尋ねる。

「ち、違うわよ! あんたが気付かなかっただけ!
 そんなイタズラに術なんか使ったら天国の母様に殺されるわよ!」

「…………前から色々聞いてたけど、すごそうなお母さんよね」

雷が落ちると震えるトモエに苦笑いするしかない陽子だ。
昨日、様々な事情聴取や説明、口止めが終わった後にトモエは
千羽姉弟にリョウと共に自身の血筋が持つ力をいくらか説明した。
その点を学園側に誤魔化すのに双子の協力が必要だったのもあるが
巻き込んでしまった友人として謝罪と説明をすべきと考えたからだ。
尤も。

『あんたたちも被害者じゃない。謝ってどうするのよ!』

『むしろ助かったんじゃないか。
 シングウジたちがいなかったら俺達終わってたんだろ?』

この姉弟は逆に感謝してきたのでトモエもリョウも戸惑った。
むしろ彼らはそういった不可思議な「術」に憧れがあったらしく、
根掘り葉掘りと聞かれて昨日は色々と大変だったのである。
残念ながら二人とも霊感が無いと判明して肩を落としたが。

「うん、すごい人だったわ。
 見た目も仕草も完璧にお淑やかな大和撫子って感じなのに
 すごむとメッチャ迫力あって言いつけ破ると死ぬほど怖かった。
 術を普段は使わないのが信条で、ちょっとでも使うと折檻が……
 って、そんな話をしにきたんじゃなかった。はい、これ。
 ルオーナから届けてって頼まれた着替え」

「え、あっ、ありがとう。助かった!」

忘れていたとトモエは持っていたバッグを手渡す。
今朝、食堂に突然現れた親友のルームメイトに押し付けられた物だ。

「彼女、噂には聞いてたけどホント突風というか嵐というか。
 パッときてビュンって行っちゃうんだもん、困ったわよ」

元々見舞いにはいく予定だったので問題ないといえば問題ないが
色々とどこか釈然としないものを感じるトモエである。

「あはは、ミューヒは独特だし特別科生徒だから今回の件で忙しいのよ。
 それにあんな態度だから解り難いけど結構世話焼きなのよね、ほら」

目に浮かぶといわんばかりに笑いながらバッグを開けて中を見せる。
覗き込んだトモエは破天荒といわれる彼女の意外な一面を知った。

「……すっごいきれい」

「でしょ」

衣服と着替え、その他雑貨。入院生活に必要なものはだいたい揃っており、
尚且つ開けた瞬間にどれがどこにあるか解るように収められていた。
あの態度からは想像ができない几帳面さである。

「私の入院って突然決まったでしょ?
 着替えとかどうしようかと思ってた所だったの。
 さすがにこればっかりは陽介はぜんぜん使えないし
 こういう気の回し方が結構できるのよミューヒって」

「へえ、それはちょっと意外、ってあんたねぇ。
 そのなんでも弟くんをこき使おうとする癖やめなさいよ」

感心しつつ当たり前のように彼を使おうとする態度に苦言を呈するが
陽子は姉の特権ですと開き直る始末でトモエは可哀想にと肩をすくめる。
そして互いにその態度が少しおかしくてクスリと笑いあった。

彼女たちはアレが実戦であったと知る数少ない生徒である。
そして“殺人”を一時思い込まされた陽子はその後無抵抗に近い形で
攻撃を受け続けたこともあって最も心身の消耗が激しいと判断された。
検査結果は良好ながらも入院させられたのはそういう事情による。

「ふふ……あ、ところで何をボケェーっとしてたのよ?
 ひとりベッドに腰掛けてたそがれてるなんて、らしくないことしちゃってさ」

また現状は平時の様子を見せているが精神的なショックは何がきっかけで
爆発するかわからないところに怖さがある。経過観察は必要だった。
トモエもそれが気にかかってか。からかうように先程の態度を探る。
けれど彼女は恥ずかしそうにしながらなんてことはない事情を語った。

「え、あ、そのちょっと寝不足で。
 色々あったからかな、事件当日の夜も昨日もなんか寝付けなくて。
 消灯後も色々やって睡魔が襲ってくるまで時間を潰してたんだけど、
 最終的にはその暇潰しの方に熱中しちゃって……」

アハハ、と苦笑いを浮かべて誤魔化しに走る陽子である。
本当にそれだけなのかと疑いながらも話に乗って呆れるトモエだ。

「……あんたってたまにそういうポカやらかすわよね。
 本末転倒というか目先のことに集中しすぎちゃうんだから。
 普段はわりとしっかりしてる“風”なのに」

「わ、悪かったわね“風”で! しょうがないじゃない。
 我が家は代々うっかりの家系なんだもん。血筋だから仕方ないの!
 これでも必死に隠しているんだからはっきりいわないでよぉ」

彼女が普段見せる優等生、あるいは風紀委員としての厳格な所は
生来の生真面目さからくる面もあるが自身の短所を隠す意味もあった。
目先のことに意識がとられ過ぎて他が疎かになる、という欠点を。
とっくの昔に知られているトモエの前では隠す意味もないのだが、
それでも指摘されると羞恥から若干涙目になってしまう。
一方でトモエは妙なカミングアウトに懐疑的な視線を送る。

「なにその下手な言い訳。
 うっかりの家系って、弟くんはそんな感じしないじゃない」

「陽介は確かに我が家では珍しく器用だけど、恋愛沙汰は鈍感じゃない。
 あれのどこがいいのかそこそこ人気あるのに気付いてもいないんだから」

姉曰くそれなりのルックスか柔らかな態度か。
下級生や同級生、上級生問わず彼は歳相応の恋慕を向けられているのだが、
当人はまったくもって気付いている様子も興味がある様子も見えなかった。

「言われてみれば……確かにそうよね。
 一般的には受けのいい性格と見た目してるのに浮いた話一つない」

姉としては心配だと呟きながらも彼女は話を“うっかり”に戻す。

「それに我が家のうっかりって全員それぞれ方向が違うのよ。
 母方の祖父母は歳取る前から物忘れ系うっかりだったらしいし、
 父方は金銭感覚系のうっかりをよくしてたって聞いてる。
 で私達の両親は思い込み系でね、子供としては大変だったわよ」

思い出すように遠くを見ながらなんともいえない顔で溜息を吐く。
内心、親について語りだす姿を珍しいと感じながら興味を持って尋ねる。

「具体的に何が大変だったのよ?」

「うーん、一番解りやすいエピソードはサンタクロース関連かな。
 たまに聞かれるじゃない。いつまで信じてた、とかなんとか。
 答えに困るのよね、我が家はそれ以前の問題だったから。
 トモエの家は、あ、霊能関係だからクリスマスとかダメだった?」

言葉途中でもしやと気遣うような言葉を向けた親友にトモエは首を振る。
本家の者達ならばともかくそこから出た自分達には関係が無かった。

「ううん、うちはほら、あたしを見ての通り国とか気にしない方だから。
 一般的な日本人と同じくクリスマス祝って、お正月は神社参拝です。で?」

「そっか、うん。小さい時ね、両親はあの時期が近づくとよくいうのよ。
 『そんなんじゃサンタクロースさんからプレゼントもらえないわよ』って」

「ああ、あの時期の定番の叱り方ね。あたしも言われた」

「で、子供ながらに思ったの。サンタクロース(・・・・・・・)ってなに(・・・・)、って」

「……どういうこと?」

一瞬言葉の意味を掴みあぐねてトモエは素直に首を傾げてしまう。
あの世界一有名なおじいさんの存在を知らない子供がいるのか、と。

「うちの親ね。どっちも“サンタクロースがなんなのか”を
 きちんと教えてないのにみんな知っているものと思い込んでたのよ」

「はぁ?」

「そりゃね、あちこちで話に出るからそう思い込んでも仕方ないけど、
 当時は薄らとクリスマスにプレゼントくれる存在なのかな、ってぐらい。
 あの赤い服着たおじいさんとはまったく結びつかなかったのよ。
 それに先に買っておいたプレゼントを隠すのがこれまた下手でね。
 幼心に毎年なんでわざわざ一旦外に持ち出してから、しかも
 誰かからもらったフリをして渡すのかな、とか思ってた」

「うわぁ……それはなんとも」

実に残念な努力と抜けている下準備であった。
親達の子供を喜ばせようとする頑張りとその空回りが涙を誘う。

「サンタクロースの正体がじつは親でした、びっくり。じゃなくて
 親がなぜかそんな存在のフリをしている、なんでだろう。だったのよ。
 子供側からすればかなり長年の謎だったわ」

「それご両親もうっかりだけど、ずっと聞かなかったあんたらも悪くない?」

「いったでしょ、一族揃って変な所が抜けてるの。
 興味が薄いことにはとことんアンテナが機能しないというか。
 それにさ嬉しそうにサンタクロースさんに感謝しようねとかいわれると
 子供心になんかそういうこと聞いちゃいけないんだろうなって」

「………なんだろう。すっごく馬鹿みたいな話なのに泣きそう」

感動ではなく、気遣われる親を想って。
親達の頑張りに子供たちが気遣いをするクリスマスとはこれいかに。
何気に双子の周囲を見る目はそうやって培われたのだと納得もした。

「それ、どっちの意味よ?」

「黙秘権を行使するわ。お互いの関係のために」

ニュアンスの意味を察しつつも問い詰めるがトモエはそう誤魔化す。
しばらくじっと陽子は半眼で睨むが彼女はそれでは堪えなかった。

「……まあ、いいけど。
 だから私達三兄弟は信じる信じない以前の問題だったわけ。
 結構多いのよ、そういう思い込みで教えてもらわなかった事」

おかげで小学校時代はちょっとした常識のズレで恥をかいた。
と懐かしむようにしながらも苦笑いを浮かべる陽子である。
自らの失言にはまったく気付かずに。

「それは大変だったわね………ん、“三”兄弟?」

「……あっ!」

そしてそれを聞き逃すほど彼女の耳はうっかりではない。
陽子は慌ててそこで口を塞ぐがそれはもう後の祭りというもの。
明らかに、しまった、と顔に書いて固まってしまった親友にトモエは
それが事実なのと、そして隠しておきたかったのだと察する。

「早速でたわけね、あんたのうっかりが」

「あうううっ……あんな夢見たせいよっ」

茶化すようにして笑い話にしてあげるのが彼女なりの気遣いだ。
そのおかげか陽子はせいぜい顔を赤くして唸る程度ですんでいた。
実に可愛い反応だとトモエは親友のその顔を鑑賞して楽しむ。
何か癖になりそう、と思いかけるのを全力で否定しながら。

「毒されるな、あたし………で、
 そのもう一人の兄弟の事は聞いていい話?」

呟くように言い聞かせて、踏み込んでいいのかと問う。
誰にだって秘密はあり、親友にだって明かせないことはある。
実際そういう秘密を抱えていた彼女はその是非を当人に委ねた。

「……………」

しばし陽子は難しい顔でいくらか悩むと急に表情から力を抜く。

「……トモエならいいか。そうよ、私達には兄が一人いるわ。
 ただそれだけよ……いろいろあって、もう一緒にいないだけ」

事情は語らずその存在を認めるも表情は不機嫌なそれ。
されどその瞳は動揺するように揺れ、どこか伏し目がちだ。
憤りと負い目。そんな二種類の感情をトモエはそこに見た。

「そう、どんなお兄さんなの?
 その人もうっかりさんなんでしょ?」

けれどそれらは聞いてはいけない気がして、少し話をずらす。
露骨に話を変えるのも深く追求するのも彼女は嫌がるだろう。
前者は気を使わせたと思わせ、後者は暗に拒否されている。
ならばその兄の人となりぐらいは聞いてもいいだろう、と。
だがそれも失敗かとトモエは思った。彼女の表情が少し暗い。

「うっかり、か………そうね、多分一番抜けてるのかも。
 母さんのお腹の中に何か忘れてきたんじゃないかってぐらいに」

「……陽子?」

言葉はある意味、辛辣だ。だがその声色はなぜか悲愴感を漂わせる。
しかし一度彼女は首を振ってそれを拭い去ると軽い調子で続けた。

「嫌なことまた思い出しちゃった。だからあんな夢見たのね」

「………話が見えてこないんですけど?」

「あの仮面の黒い人。最後に、あの呪詛だっけ?
 その化け物を躊躇いなく殴った上に口に腕を突っ込んだでしょ?」

言われて、呪詛の怪物が自分達を襲った時のことを思い出す。
だがそれと彼女の兄のことが何がどう結びつくのか。
トモエは話の続きを待つように頷きながら促した。

「効果がない体質だからっていってたけど、どうしてかな?
 そういう体質でなくても同じことしたような気がするのよね」

(あいつ)のように、と淡々と続けた言葉に知らず鳥肌が立つ。
それは彼女がそう推測したことか。彼女の兄がそんな人物であることか。
どちらにせよ動揺が顔に出る前に彼女の兄の話は続く。

「兄は、あいつはね………すっごい弱虫で泣き虫で少し抜けてるドジ。
 勉強もスポーツも苦手、手先は不器用でしかも人見知りの口下手」

ただ打って変わってのあんまりな内容に途端に眉根を寄せた。
この双子の兄としてなんとなくイメージした人物像からは程遠い。
すごい生真面目か逆にのんびりマイペースか。どちらかを想像していた。
彼女に兄弟はいないが下の子は上の子を良くも悪くも教師とするという。
ならば同類の真面目か逆に我が道を行くタイプの兄がいそうだと思ったのだ。
ただ何故か悪い笑顔を見せる変な所が生真面目でマイペースな誰かが脳裏に
浮かぶがすぐに関係ないとして首を振って消すと率直な感想を口にする。

「……一つもいいところが出てこないんですけど?」

「そうなのよね、客観的にはダメな兄だったんだけど、
 なんでかな。私達はすごく………たぶん、慕ってたと思うのよ」

それは本当の事かと。
どこか懐疑的な言葉に彼女も困ったように笑う。
だが、強調しておきながら曖昧な表現に再び複雑な感情を見る。
トモエはあえてそこに触れずに続きに耳を傾けていく。

「うちは共働きだったから一緒にいる時間が長かったのよ。
 私達をいつも優先してくれたし困った事があるとすぐに気付いてくれた。
 偉ぶる事もないし怒る事も滅多になかったし、きっと自然によ自然と。
 物心ついたころからいるんだもん、問題なければ慕うわよそりゃ……」

「へぇ、ふーん」

そうならば懐くのは当然だと自らに言い聞かせるような態度で語る。
ただし、少し照れたような表情なので何か微笑ましいものを感じた。
これは語る以上に慕っていたのだろうと推理するトモエである。
ブラコンの疑いさえ持つが彼女の名誉のために口にはしなかった。
何より話は本題に入っていった。

「で……私たちが5歳ぐらい。あいつが10歳の時かな。
 大型の猛犬に陽介と一緒に襲われそうになった事があったの。
 あいつは私達を庇うように犬の口に自分の腕を突っ込んだ。
 噛まれたんじゃないわ、自分から差し出したのよ」

一度そこで言葉を切りながら言外に語る。まるであの仮面のように、と。
勿論、状況は違うし歳も相手も違う。ただ自身も見たあの光景を脳裏で
子供のそれに置き換えて考えると何とも薄ら寒い光景だと感じる。
そして実際の光景はその想像より恐ろしいものだった。

「大型犬の力は当然強かった。兄は簡単に振り回されて
 血がたくさん流れて、私達は怖くてえんえんと泣くだけだった。
 でもあいつは何もいわずに黙って犬の頭を殴り返してたのよ。
 途中から犬が怖いのか黙って犬を殴る兄が怖かったのか解らないぐらい」

それから最初に根を上げたのは大型犬のほうらしいと彼女は語った。
幼く、怯えていた彼女は正確にどうなったかは把握していなかったが
気付けば犬は逃げていて、事態を知った警察が数時間後に確保したという。
後々の大人達の見解は兄の抵抗が犬の急所のどこかに当たったのでは、
ということに落ち着いたのだという。

「後でどうしてそんな事をって誰かが聞いたらなんて答えたと思う?
 先に何かを噛ませておけば私たちが噛まれる事はないと思ったって。
 でも何も無かったから利き手じゃない左手なら別にいいか、だって。
 それを『いいアイディアでしょ』って自慢げに笑っていうのよあいつ」

ほら、うっかりと抜けてるでしょ。と不機嫌そうな顔で陽子は告げた。
何をとまでは彼女は言わなかったがその怖気にトモエは背筋が凍る。
それは恐ろしいまでに、ある事柄、が抜け落ちている思考だ。
決して強がりや気遣いの発言だとは少なくとも妹は思っていない。
だがそれは“うっかり”と表現していいレベルの欠如ではない。

「……陽子、物事は正確にいいなさいよ。
 あんたがあの仮面とお兄さんをだぶらせたのは
 腕を突っ込んだ事じゃなくてその後のトンチンカンな返答の方ね?」

だから今の話を聞いてトモエはそこだと感じた。
案の定彼女はこくり、と小さく頷いた。あの時陽子が仮面の身を
案じて発した言葉はどうしてか見当違いな方向から受け取られた。
あの反応は自分の優先順位が低い人物像をどこか連想させる。

「……私はまだ小さかったけど、放っておいたらいけないと思った。
 一人にしたら危ない、妹として助けてあげないとって思ってた、けど、
 私が何かできるようになる前に、いなくなっちゃって……それで、
 それで……母さんも父さんも、何もかもがおかしくなった……」

何を思い出しているのか。何かをこらえるように拳を握り、
窓の外へと向けられた視線はしかし、何も見ていなかった。

「なのに、私は……なんで、あんな……ううん。
 だってしょうがないじゃないっ、そうしなきゃ誰も!」

「陽子?」

そして脈絡のない自省のような言い訳のような言葉が漏れ出る。
呼びかけるようなトモエの声に我に返った彼女は力無く首を振った。

「あ、ごめん……変な話になっちゃったね。
 自分でもまだ全然整理がついてないのよ。困ったことに。
 ううん、どう整理すればいいのかもよくわからなくて……ごめん」

話の内容より今まで一度も見た事のないほど重く沈んだ表情で謝る彼女に
面食らってしまったトモエは咄嗟に何も言葉を返す事ができなかった。
その姿を見て気を悪くさせてでも強引に話を変えるべきだったと後悔する。
これはまだ─誰であろうとも─踏み込んではいけない事だったのだ。

「な、なにをいうのよ。聞いたのはあたしなんだから……その、えっと」

今からでも他に話題はないかと考えながら周囲を視線だけで見回す。
するとベッドサイドテーブルの上に何かが印刷されたA4サイズの紙があった。
このご時世、しかもクトリアでは珍しい存在を手に取りながら話題にする。

「あ、なによそれ。
 わざわざ印刷するなんて、よっぽど─────え?」

わざとらしく少し大きめの声を出しながらそれを手にとって覗き込む。
彼女がプリントアウトまでして手元に置きたかった何かがあると思って。
トモエはそれがなんであれ話を強引にでもずらすつもりだった。

「ああ、それ……それなのよ、寝不足の原因。
 やることないから暇潰しにそれの解析してたら二日連続徹夜しちゃって」

アハハ、と彼女は彼女でその気遣いにありがたく乗っかったのだが
当の本人はそれどころではない衝撃を受けて固まってしまっていた。

「………トモエ?」

「ちょっと、え、なんでっ……よ、陽子これいったいどうしたの!?」

なんとか我に返ったもののどういうことだと詰め寄ってしまう。
彼女への気遣いを忘れてしまうほどそれは衝撃的な中身だった。
戸惑う彼女から何とかその詳細を全て聞き出したトモエは愕然としつつも
その『画像』が持つ別の意味、そして価値に気付いてある考えが浮かぶ。

「っ………うそ、ホントに? だとするならあいつに、
 いえ、だとしてもこれだけじゃ……まって、ある、あるわ!」

そうだと仮定するのなら自分はそれを証明する証拠を持っている。
知らず、これまでと違う身震いを覚えた。それは恐怖か武者震いか興奮か。

「陽子、これ他の誰かにも見せた?」

「え、えっと確か朝一番に生徒会からいくつか確認事項があるって
 通信がきてその時会長に見られたよ。なんか今のトモエみたいに驚いてた。
 こんな映像、プロならもっと簡単な方法で出せると思うのに……」

なんでかな、と首を傾げる仕草はこの状況でなければじつに可愛らしい。
が、だからこそ生徒会長に同情の念がわき出てくるトモエである。
それが出来なかったから、そこで驚いたのだろう。

「会長か……ううぅ微妙だけどまだいい方か。
 ごめん陽子、急用ができた! また明日くるから!」

だが今はそれよりもそれが拡散する前にこれを使わなくては。
この画像の価値は目的の相手に知られるまでなのだから。

「う、うん」

「これもらっていくけどいいわよね!
 あともう絶対誰にも見せちゃだめよ! 解析したデータも、その方法も!」

いいわね、と有無を言わさぬように言えば彼女は迫力に押されてか頷く。
返事を確認して病院だという事も忘れてトモエは病室から飛び出した。
人にぶつかる失態はおかさないが背後から届く叱責は完全に無視した。
それでも最低限のマナーは守ろうという意識は残っていたのか。
トモエがその通信を入れたのは建物から完全に出てからのこと。

『なんだよ、トモエ。
 こっちは今やっと事情聴取が終わったんだ。休ませてくれよ。
 心配しなくてもへま打ってねえから、安心しろって』

フォスタの画面に映るのは疲れ切った顔をしている黒髪の幼馴染。
あの事態の真実を知り、一番苦戦した戦場にいた彼は学園側から
直接か通信かを問わずに聴取の機会がまだ二日目だからか多かった。
特別科に在籍するがゆえの義務ともいえるがそのために
霊能関係を誤魔化す労苦が彼に集中していた、ともいえる。
表向きトモエはあそこにいなかった事になっているのだから。
尤も話は既に全員で合わせてあるしフィールドの記録映像の類には
仮面が手を打ったのか大津家や彼女の姿は残っていなかったらしい。

「その点は一応信用してるわよ。これは別の要件よリョウ。
 細かい説明はあとでしてあげるから今すぐ出てきて!
 幼馴染のよしみであんたにもおこぼれあげるから」

『おい、いきなり何の話だよ?』

「………あたしもあんたも、今回の一件で何かできた?」

『っ!』

訝しむ幼馴染にあえてトモエは直接その触れられたくない点に触れた。
疲労を訴えていた顔が一転して不機嫌のそれとなるが反論は出てこない。
指摘した当人も悔しげに唇を噛んでいるのは共に無力さを痛感したからだ。
成績上は誰もマイナス評価など受けていない。むしろプラスである。
対峙したデルタチームの構成員は軍人時代から粗暴で有名だったらしく
命令や軍規の違反、同僚や一般人との諍いなど問題行動には枚挙に暇がない。
それでも軍人でいられたのは不平不満を能力の高さと戦果で黙らせたため。
最終的に退職させられたのは反地球主義を堂々と掲げだした事と
さすがに問題行動が目に余ってきたため体面から軍が切り捨てたに過ぎない。
それほどの彼らの猛攻におよそ10分も耐えながら2-Bの撤退を援護した。
また謎の存在の助力があったとはいえ一人は撃破したのを評価されていた。

「したことにはなってる。
 いた意味もないほど無力だったとは、あたしもいわない。けど……」

学生身分でそれも全員2年生に進級したばかりの子供達だ。
それを考慮すれば撤退支援だけでも充分な働きだというのが学園の考え。
いなかった事になっているトモエも三日目の3クラス合同行軍でその全員を
スキルで援護し続けて一番にゴールさせた働きを高く評価されている。
これには本当に他意がないらしく、成績が悪ければ口止め料代わりに
水増しをするつもりだったと堂々と告げられながら彼らは褒められた。
ただそれで当人たちが納得や満足が出来ているかといえば、否、だ。

「あたしは大津家の連中に手も足も出なかった。
 あんたも義勇軍の連中に勝てなかった」

勝ちたいと、戦えるはずと思っていた相手への苦戦と事実上の敗北。
仮面の援護がなければ取り返しのつかない事態になっていたかもしれない。
その無力感が彼らの胸にはある。

「あたしたちはまだ全然だめだ……もっと強くなりたい。
 でも学園でも我流でも、もう限界が見えてきてる。違う?」

より不機嫌な顔つきをするリョウは、されど不承不承に頷く。
まだ限界ではない。ただそれだけで到達できる限界が見えてきてもいた。
そしてそれでは彼らの目的にはまだまだ遠いのだ。

「ならすぐ出てきなさい。多分今日が唯一のチャンスよ。
 それを逃したらあたしが考えた手は使えなくなる!」

細部は違うが似た血筋を引く似たような境遇となった幼馴染。
彼らには腐れ縁以上にそれゆえの仲間意識のような感覚があった。
だからトモエは自分だけがそれを使うのはどこか卑怯に思えたのだ。

『………はぁ、お前が唐突で強引なのはいつもの話か。
 わかったよ……いま出るからどこに行けばいいんだ?』

その真剣でどこか対等であろうとする幼馴染の態度に負けたのか。
昔から逆らえた試しのない強引さになあなあで負けてあげたのか。
溜息まじりに頷く彼に待ち合わせ場所を指定してトモエは通信を切った。
そして今度は目的の人物に連絡をとりつけようとして、指が止まる。

「……変な想像してるわね、あたし」

今自分がしようとしている事はさっき手にした情報による思いつき。
本来別々であった事柄が情報(それ)によって一本に繋がったがゆえの行動。
それゆえその前に(・・・・)聞いた話とは関係など全く存在しないはずである。
だが彼女の中で繋がった線が今度は不確かな点線なれどそれと繋がりかける。

「まいったわね。
 論理的にあり得ないんだけど正しい気がする(・・・・)以上術者としてはね」

そちらを信じざるを得ない。
例えそれがどれだけ荒唐無稽な想像(すいり)だろうとも。
これは思っている以上に気合いを入れる必要があると呼吸を整える。
そして僅かな時間目を瞑って集中すると己をも整えて指を動かした。

『なんだ、どうした?』

「……サウンドオンリー?」

目的の人物の声だけが聞こえ、いきなり出鼻をくじかれた。
通常通信として繋いだはずがどうしてか画面に映像が出ない。
これは相手側が音声通信設定で回線を繋いだということである。

「ごめん、なんか立て込んでる?」

『いや、別にそういうことはないが……何か用か?』

「え、ええ、悪いんだけど直接会って色々確認したい事があるの。
 一昨日の試験について、代理試験官だったあなたにね────」










病院から走り去っていくトモエを病室の窓際に立って見送る。
あちらは急いでいるようでこちらの視線に気付いた様子はない。
あの慌てようは一体なんだったのか、という疑問は当然ある。
しかしそれは明日にでも聞けばいい話であって今考えるべき事は別。

「へんなこと喋っちゃったな……」

一番気心知れた相手だったからだろうか。
それともやはり今回の一件で心が弱ってしまっているのか。
今まで一度も口にしたことのない記憶と感情を吐露していた。
面倒臭がられてはいないかと心配するがそんな子ではないと首を振る。
あの時そこにあったのはむしろ自分の落ち度を責めるような顔だった。
良くも悪くも裏が無いのが彼女。秘密はあったがそれは別の話である。

「……………」

だからか。
申し訳なさと、本音がいくつも隠れた話をした事に小さく息を吐く。
自分は件の兄のことをいくつかの言葉で表現したがそのうち
『弱虫』『泣き虫』は主観をいわせてもらえば間違いだと感じている。
だが、ならばそうではなかったかと聞かれると返事に困ってしまう。

彼が怖がるあるいは泣いた所を見た記憶は多い。
それこそ猛犬に襲われた事件の“あとに”彼は一度泣いた。
騒ぎに気付いて誰かが呼んだ救急車で病院に運ばれ治療を受け、
連絡を受けて駆けつけた両親に激しい剣幕で叱られた時であった。

───なんて無茶なことをしたんだ!

予想外だとばかりに驚いた彼は泣き出した。
だが泣き叫ぶ我が子に冷静になった両親は共にしゃがみ込むと、
お前が無事でよかった、と泣いている息子を優しく抱きしめた。
すると次第に彼は泣き声を小さくしていき、最終的に泣き止んだ。
その時の兄の“意味がわからない”という不思議そうな顔が忘れられない。
ただそれがどうしてなのかを幼い少女が理解するには時間が必要だった。

「………今さら意味に気付いてどうしろっていうのよ」

彼は怖がりだった。
独りにされるのを嫌がった───だって何をすればいいか解らない
独りでは誰に何をすればいいのか彼は本当に解らなくて怖かったのだ。

彼は泣き虫だった。
自分が困ると泣いてしまう───だってどうすればいいか解らない。
解らないから驚いて、どうしていいか解らなくなって泣いてしまう。

──おかしいなぁ
  ちゃんと父さんたちの言う通りにしたのになんで怒られたんだろう?

お前はお兄ちゃんだから妹や弟を守ってやるんだぞ。
そういわれて約束したからそうしたのになんでだろうか、と。
真剣に悩む兄に、しかし幼い妹では何が問題なのか教えられなかった。

そして言葉に出来るほど成長した時にはもうそれは無意味だった。
兄は行方知れずで、家族は別れ、自分達は学園の生徒となっていた。
輝獣が跋扈する世界で誰にも保護されていない子供の生存など
ごく一部を除き、誰も信じられず彼女は余計に無理だと思った。
ソレが抜け落ちている者がどうやって生き残れるというのか。
頑なに生存を信じる父の姿は彼女には駄々をこねる子供に見えた。
何より母が精神的に弱っているのを感じ取って子供らは母についた。
そうして兄の死を受け入れ、父と別れ、全てを誰かのせいにして、
この8年をなんとか過ごしてきたというのにその兄は唐突に現れた(・・・)

その第一報に、何て性質の悪い冗談だ、と少女は思った。
混乱する母からの連絡でそれを知った双子はその日の内に日本へ。
待っていたのは記憶に残る最後の姿とあまり遜色のない一人の少年。
母が息を呑むように小さな悲鳴をあげたのを少女は当然と思った。

──なんだコレは

妹だった少女はひどく出来の悪い人形でも見せられた気分だった。
『謎の時間差を持つが科学的な確認が行われて間違いなく本人である』
その説明を鵜呑みにして見ても、あまりに変化がなく面影がありすぎた。
まるであの日の前に無理やりタイムスリップさせられたような不快感。
被害妄想だと自覚していても、ソレ、がそこにいるだけで
この8年の日々を無かった事にされているような気がした。

なぜだ、とも思った。
彼らはあの日から家族三人支え合って必死に頑張ってきた。
精神的な不調を抱えながらそれでも親としての責任を果たそうと
身を粉にして働いていた母とその苦労を軽くしようともがく子供達。
それがやっと世間に認められる形となろうとしていた時に、なぜ。

生きているという妄想に取り付かれて、苦しんでいた母を労わらず
言い争うばかりで最後には見捨てた父が正しかったとでもいうのか。
こちらの気も知らずに喜ぶだけの父と無反応を示すソレが憎かった。
頭のどこか冷静な部分が筋違い、八つ当たりだと判断していても
あまりにもソレは何も言わずに突っ立っているだけだった。

それからは何もかもうまくいかなかった。
再び精神の均衡を崩して取り乱す母と言い争うだけの父。
何が起ころうと言われようと反応しない兄だという人物。
自分達が苦労してなんとか入学できた学園に簡単に現れたばかりか。
馴染もうとも上を目指そうという気概もないまま学園をただ乱す。
少女も不可思議な帰還者ゆえの処遇だと理解はしているが納得は別。
直接的に相対すれば煮え切れない態度でのらりくらりとかわす。

違うのだ。自分達が慕っていた兄は決してそんな人間ではない。
ズレてはいたが素直で感情表現は多彩で、争いごとが嫌いで、
出来ないなりにも精一杯努力し、頑張っている人を尊敬し、
人見知りながらに周囲の誰かをいつも気遣っていたのだ。

「あの仮面の人の方が、私にはよっぽど………」

続きを口にはしないまま彼女は頭を振って意識を切り替えた。
そして再度ベッドに腰掛けるとフォスタの音楽プレーヤーを起動させる。
個室の防音は優れている。余程の大音量でもなければ迷惑にはならない。
だから日頃から聞いている歌手の曲を選んで再生させた。

「…………うん、何度聞いてもいいわよね、モニカの歌は」

意図的に気分を変えようとそう口にしながら流した音楽に意識を傾ける。
歌い手は近年世界的に人気が爆発している歌姫モニカ・シャンタール。
だが奇しくもか。あえて、なのか。それとも無自覚なのか。
その心に響く美しい声が奏でるのは生き別れた家族を想う歌だった───


妹ちゃん、惜しい!

シンイチ → 見た目が同じなので差異が目立つ
マスカレイド → 見た目がわからないので類似点が目立つ

お兄ちゃん、残念。


ちなみに、余談ですが。
サンタクロースうんぬんのエピソードは
我が家で実際に起こった出来事が元ネタです。
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