挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
帰ってきてもファンタジー!? 作者:月見ココア

試験編 第二章「テストを利用するモノ」

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

100/183

04-36 平穏はまだ遠く

ちと、遅れた。
投稿前の最終チェックに手間取りすぎてしまったよ。
……少し書き加えるだけの予定が、後半ほぼほぼ書きかえ(汗

だってこいつら勝手にイチャつきだすんだもん!




仮面の脅迫動画が世界中に送りつけられてから
時計の長針が何周かしてクトリアが宵の口に差し掛かった頃。
日中突然の避難訓練という事態に混乱した住民たちもいたが
ここが海上都市である以上、海の災害への警戒意識は常に持っている。
また海を知らないガレスト人の為に基本的な知識や防災意識の徹底。
定期的な訓練は8年前から続いており実は疑心を抱いた者は少なかった。

一方学園では夕方頃にはテストの終了が告げられ、生徒達の大半は
寮に戻ってこの三日間の疲れを癒すか独自に反省会をやっていた。
誰かの思惑通り彼らは今日の出来事の真実を知らないままである。
逆に知っている者、勘付いた者たちの一日はまだ終わっていない。
事後処理や情報収集にあけくれて今日はおそらく徹夜であろう。

そんなガレスト学園の男子学生寮。
普通科棟の最上階で階段やエレベータから最も遠い部屋。
扉の電子ネームプレートに複数の言語で「ナカムラ・シンイチ」と
表示されている一室に今その主がいない事を知る者はごくわずか。
余談だが内部がどうなっているのかも意外と知られていない。

「ん、へ? え、わっ、ぬわあぁぁっ!?!?」

何せ、主その人ですら素で忘れているぐらいだ。
粗方の悪事を働いてきた彼はクトリアに戻るとさらなる勢力の介入や
火事場泥棒的な勢力の暗躍を警戒して文字通り影となって見回っていた。
さらに都市や学園で最終的にどういう説明や処理がなされたのかの調査。
これからの対応についての把握等をいくらか終えて部屋に転移してきた。

だが、しかし。

その途端にナニカ色んなモノを踏みしめてしまった。
柔らかいモノと硬いモノを同時に踏んでしまったような不安定さ。
バランスを崩した彼は周囲に積み上がっていたナニカまでをなぎ倒し、
そのナニカ達に巻き込まれるように、ナニカの上に倒れこんでしまった。

「うっ、おっ、あたたたっ!
 くそっ、これだから面倒なんだよこの体は……」

体の上に乗るナニカをどかしながら上体を起こすもひとり悪態をつく。

「ああもう、不意打ちに弱すぎるだろ……痛ぅっ!」

完全に気を抜いていた所を襲った軽い衝撃の痛みに少年は悶える。
見れば尖った物でも踏みつけてしまったのか足の裏を軽く切っていた。
室内に入るからと靴を脱いでしまったのがまずかったといえよう。ただ、
生身で今日一日連戦に次ぐ連戦を戦い抜いた肉体とは思えない脆さだ。
これが技量ランクによる強力な補正で戦っている者の最大の弱みである。
能力を引き出す事を意識してなければそのランク通りの性能しかないのだ。
オールDである才能無しの少年は気を抜くと誰よりも弱くなってしまう。
否、正確に表現するならばこの脆さこそが彼本来の限界なのだ。

「フォトンを流用できるからってこんな事に魔法使うの馬鹿みたいだなぁ」

それでも周囲の状況を見て救急セット的な道具を探すのは、一秒で諦めた。
軽く傷口を塞いで汚れた靴下を投げ捨てるとぐるりと室内を見回して、溜息。

「たった一ヶ月でこれか…………ゴミ屋敷一歩手前じゃねえか」

GWの始まりぐらいから今日6月3日までのおよそ一ヶ月。
それが彼─ナカムラ・シンイチがこの部屋で生活した日数である。
なのに、何故こうも足の踏み場もないほど物が乱雑しているのか
何故こうもあちこちに脱ぎ散らかされた衣服の山が出来ているのか。
何故どこから持ってきたかもわからない謎の機械群が置いてあるのか。
何故ろくに買い物もしていないというのに物で溢れているのか。
はっきりいってしまえば、一歩手前などという可愛い状態ではない。
生ゴミがないのが唯一の救いといえた。

「整頓整理や掃除が不得意とかいうレベルじゃないぞ、俺……」

嘆くように頭を抱える。
知ってはいた。気を付けてはいた。だがこれである。
無事な所、入室当時の状態を保っているといえるのは
いつも使っている方のベッドと出入りする扉付近ぐらいしかない。
この“いつも使う所”が使える状態にある辺りが実に彼らしいが。

中村家に短い期間ながら生活していた時は常に気を張っていたのと
出来る限り自室を寝るため以外に使わないようにしていたために
無事な状態で使えていたがそれが彼のストレスの一つになっていた。
地味に彼が精神的に困憊していた一因だったりするのだから笑えない。

「家よりは楽なはずだと油断したらこれか」

仮にも両世界の架け橋という題目を持つ最新鋭の設備がある学生寮だ。
いくらDクラスの最下位であろうとも掃除や洗濯はやってもらえる。
専用の掃除ロボが配備され、洗濯物とて専用の装置に放り込むだけだ。
なのに、これである。いや、そのおかげでこの程度で済んでいる、だが。

「片づけないと、いけないんだが…………明日でいいか」

そして最大の原因はこの男が根本的には面倒臭がり屋なためだ。
彼の中で必要性が薄いと感じられる事柄は徹底的に後回しにされる。
それがこの部屋の惨状を生み出した。尤も今日に限っていえば
さすがの彼も本気で疲れているのだが。

「もうやだ。なんもしたくねぇ。
 ったく、何が悲しくて折角の初海外が世界一周1時間の旅なんていう
 超特急弾丸ツアーになるんだよ………時差ボケする暇もなかった」

愚痴でもいわないとやってられないとばかりに呟きながらベッドに向かう。
踏み場がないなら積み上がっている物を踏んで行けばいいじゃないか、と
そんな足取りでナニカたちを踏みしめながら部屋を進んで、そこに倒れこんだ。
ぽよん。

「あんっ」

途端、想定以上に柔らかい感触と妙に艶めかしい声が。
さらに優しく自分を抱き留める両手両足(・・・・)の感触に彼は戸惑った。
彼は失念していた。この部屋にはもう一人掃除が苦手な住人がいたことを。

「もうっ、お好きなんですから……おかえりなさいませ主様。
 さ、お疲れでしょう。私に全てを預けて、どうかお休みを」

部屋の状態を考えれば不自然なほどに綺麗な薄い一枚のシーツ。
それ越しに成熟された色香を漂わせるグラマラスな肉体が少年を包む。
柔らかな胸の双山は少年の顔を受け止めながらその形を変化させていき、
その長く美しい脚はまるで彼を逃がすまいとその腰に絡まされていた。

「ささっ、邪魔な衣服(モノ)は脱いで楽に、はい」

これまで隠れていた狐耳を持った美貌がシーツから顔を出して怪しく囁く。
口調は色気溢れる余裕綽々のそれ。服を脱がす動きも手馴れたものだが、
その金色の美貌は初心な乙女のように赤で染まっている。

「あの、ですが……なんでしたら溜め込んでらっしゃるその苛立ち。
 遠慮なく(しもべ)たるこの身に劣情と共にぶつけて、ふひゃひゃい?」

男を誘う色香と誰もが手を出さずにはいられない豊満な肉体。
それが自分を求めるように絡みついてくる中、彼はその頬をつまんだ。

「んぷっ、はっ、こらっヨーコ(・・・)
 お前なんでまだ人身のままなんだよ!」

「いっ、いひゃいですぬひひゃまぁっ!」

そして窒息死しかねない山脈から脱出すると頬を横に引っ張った。
冗談のようによく伸びる頬に痛みを訴えるはひとりの獣人。
驚きで押さえこんでいた三尾までもシーツから飛び出してきた。

「ほら見ろ、まだ全然耳と尻尾を隠せてねえじゃねえか、よっ!」

「はひんっ!? あううぅ、しゅみません……」」

引っ張った頬を弾くように解放しながらシンイチは怒鳴りつけた。
はっきり言えばこんな美女にベッドで抱きつかれ、甘く囁かれた男の
反応として色々間違っている気がするが彼にとって重要なのはそこではない。

「何のために普段は禁止していると思ってるんだ!
 まだ長時間の人身は負担がかかるといってるだろう!」

ヨーコ。
あのテンコリウスは尻尾の数だけ特殊な能力を持つ生物。
100年かけて一本ずつ増えていき、最終的に九本まで増える。
だが、生えきった途端に新たな能力がいきなり開花するわけではない。
90年目辺りから徐々に使えるようになり10年かけて体に慣れさせる。
彼女は今その期間の最中であり、まだ四尾目の能力が馴染んでいないのだ。

「へ?」

だからシンイチはそれを考えていないヨーコを叱っていた。
ベッドに忍び込んでいた件で怒られていると考えていた彼女は
一瞬呆けたが、すぐに花が開いたかのような笑みを見せた。

「あぁん!
 そこで私の身を考えてくださる主様は本当にステキです!」

「こっ、こらお前やっぱり俺の話をきっ、うぷ!?」

陶酔しきった表情で目を輝かせると彼に飛び掛かるように抱き着く。
シンイチは再び隆々とした山脈の谷に落とされ、勢い余って押し倒される。

「もうっ我慢できねぇっ!!
 大丈夫、大丈夫ですからね主様! 全て私にお任せを!!」

自らの下でもがく主を鼻息を荒くしながら全力で押さえつけた。
彼のベルトを外しにかかり、柔らかで豊潤な全身をこすりつけていく。
途端に男を蕩かすような甘美なメスの匂いが漂い、少年を包み込む。
そして彼へ言い聞かせるように優しくも極上に甘い声で囁いた。

「お疲れでしょう。主様はじっとしてて構いませんよ。
 経験はありませんが我が種族の秘伝絶技と肉の味をとくとっ、ぶげらっ!?」

それを問答無用の鉄拳が吹っ飛ばした。
衝撃でゴミだらけの室内を彼女は転がされ、壁に激突して止まった。
若干その形に壁が凹んだがふたりともその程度は気にもしていない。

「はぁはぁっ…………落ち着いたかこのエロ狐!」

漸く酸素にありつけたシンイチは肩で息をしながらも
力尽くで肌蹴させられた衣服を整えつつ怒鳴りつけた。

「ふ、ふぁーーい……」

殴りつけられた衝撃で正気に戻ったのか。
裸では非常に危ない姿勢で倒れているが律儀に返事をする。
うまいこと髪の毛と大きな尻尾であちこち隠れているのは偶然か。
それとも彼女の初心な部分が見せた最後の羞恥か。どちらにせよ、
いま彼女を見下ろす主人の目は限りなく絶対零度のそれであった。

「ひ、久しぶりの人身だったもので、つい。
 主様の匂い嗅いだらなんか止まらなくなって…………すいません」

即座に居住まいを正すと謝罪の意思を示した。
同時に、てへ、と可愛く笑って誤魔化してもみるヨーコだ。
絶対に反省をしていない。彼は小さな溜め息を吐くしかなかった。
そして疲れ切った顔でベッドに腰掛けると呆れながらこぼす。

「前々から思ってはいたが、まだ成体になる前で制御が
 不安定とはいえ人身に引っ張られすぎじゃないかお前?」

「そんなこといわれましても。
 これが四尾目の特性というか副作用というか狙いといいましょうか。
 異性を主人に持った我が種族の避けられない性といいましょうか。
 もうっ、主様が嬉しいこといってくるのがいけないんですよ!」

だから仕方がないんです、と今度は逆切れ気味に彼女は訴えた。
最後はともかくそれをいわれるとさすがに彼も黙るしかない。
彼女達テンコリウスの四尾目はそういう能力なのである。

彼らはファランディアで十指に数えられる程の高い戦闘力を持つが、
どうしてか本能的に他者、それも他種族に仕える習性を持っている。
運良く主と出会えた個体のみの話だがそれが四尾目の能力に影響する。
まだ出会ってない個体にはじつは四尾目は何の能力もない尾となるが、
出会えた場合は全個体共通で非常に珍しく且つ規格外な能力を手に入れる。

“主人と同種族の肉体を別個に持つ”のだ。

単純に化けられるのではなく仮初の肉体でもない。
本当に主人と同種族の肉体を元々の体とは別に所有するのだ。
正確には『一つの肉体に二つの種族の肉体が同時に存在している』
という表現がこの難解な能力を最も適切に言い表しているだろう。
獣身、人身どちらであろうともう一方の肉体も、そこにある、のだ。
ただ観測・認識・接触等は表に出ている方だけ、というだけの話。

本来は他種族に仕える為。主人と同種となって支える為の能力。
しかし主従の性別が違う場合は別の意味合いも併せ持ってしまう。
だって彼女は。

「わかったからとりあえず服を着ろ、服を。いつまで裸でいる気だ」

「え、ええぇ、着なきゃだめですかぁ?
 服ってやっぱりうざいと思うんですよね、ごわごわしてて」

「……そういうとこ、やっぱ動物だよなお前。
 普段は知っていても素で人間に間違えそうなぐらいなんだが」

実は裸でいたのは主人を誘惑しようという意図あっての事ではない。
着ていない状態が彼女にとってデフォルトな状態だったからである。
こんな姿をしていても、ヒトの言葉や機微を理解できていようとも。
彼女は異世界の野生動物なのだ。その価値観・行動原理は人間とは違う。

「えへへ、褒められちゃった」

「どこがだ……で、体は大丈夫なのか?」

「はい、だいぶ慣れてきたようです。
 これならばあと数年で主様の子を(・・・・・)産めるように(・・・・・・)なります!(・・・・・)

「………結局そこにいくのか」

がっくりとする主人を余所に彼女は任せてくださいと力強く拳を握る。
動物の本能は突き詰めていけば『生殖』が中心だといえるだろう。
よりよい子孫を残す為のつがいを選び、子を成し、育てていく。
そんな自然の流れの中に彼女はおり、それらが優先される。
さらにいえば。

「はい。
 だってぶっちゃけ四尾目って主人と子作りする為の能力ですから!」

「身も蓋もないことを嬉しそうにいうな!」

異性で主従となった場合、四尾目はそういう意味も持ってしまう。
テンコリウスの主人選びは人間でいう一目惚れに近い所があった。
だからか繁殖のパートナーとしても最大に魅力的に感じている。
そこに理屈はない。その種族の肉体に根付いた本能なのだから。

「ったく、この歳で子供とか。俺としかできないとか勘弁してくれ。
 ここまで重たいなら簡単に主従の契約なんかしなかったのに」

再度がっくりと肩を落とすシンイチである。されどヨーコは微笑むだけ。

「うふふっ、本当ですか?
 主様はそんな理由で他に行く所のない私を見捨てたりはしませんよ」

契約時その点を双方、特にシンイチが軽く見ていたのは事実だ。
でなければいくらなんでも彼女に妹と同じ名前を付けたりはしない。
とはいえ、これまでの付き合いからヨーコは最初から正確に
認識していても受け入れてくれただろうと考えている。

「主様はそんなヒトの価値観や考え“だけ”で私達を否定しません。
 そんなのは人間のエゴだ! とかカッコイイ啖呵きってくれます」

「……カッコイイか啖呵きるかどうかは別として、まあそうだけど」

不承不承認めるシンイチにヨーコはさらに嬉しそうに笑みを深める。
ヒトとは違う生物にヒトの価値観を教える事はあっても強要はしない。
ファランディアではその強さと反比例するような争いを好まぬ性質と
見た目の美しさから彼らは何時からか神獣として崇められている。
彼ら自身の認識としては自分達もただの動物に過ぎないのが、
遠くから拝んだり、恐れ多いと干渉しないのなら放置している。
だが地域によっては過激に神聖視して他者へ仕える習性や
子を求める本能を不敬や無礼、冒涜だとして強く否定されている。
勝手なイメージを押し付けられる身としてはたまったものではない。
だから出来る限り尊重し、そして認めてくれる主が彼女は大好きだ。
そうでなくとも主が大好きなのが彼女ら種族の特徴ではあるが。

「それに簡単に、ではなかったですよ。
 お試し期間や修行期間とかありましたし、
 そも旅に同行させていただくのも渋っていたではありませんか」

「……ヒトは面倒くさいんだ。特に俺はな。
 色んなこと気にして、決断が遅いのはいつもの話さ。だろ?」

「ふふ、けど主様は遅くとも必ず決断をしてくださいます。
 時間は有限ですが、私にはまだまだあります。どうぞ長考してください」

だからこそ、待ってほしい、といった主人の人間的な想いや迷いを
ヨーコは彼女なりに認め、尊重しているのだ。これでも、だが。
何よりその悩んでいる理由のいくつかが自分を慮ってくれてのことだ。
それがヒトの身を持った獣の心にどうしてか嬉しさを与える。

「………助かるがな。
 けどどっちにしろお前が400才超えないと意味がない話だ。
 あと数年はどの道我慢していてほしいものなんだがな、エロ狐」

人身を取るたびに襲われる身になってほしいと彼の目が語る。
それには原因が本能とはいえさすがに苦笑するしかないヨーコだ。
彼女はまだテンコリウスの成体年齢である400歳を超えていない。
だから彼女の人身はまだ不完全で仮にそういうコトをしても
子を成すことは絶対にないのである。

「えっと、それはまあその。
 主様はいつか一度はファランディアに戻る気なのでしょう?
 ならその前に少し、色々とリードはしておきたいかなぁって」

それでもそれを望んでしまうのは彼女がどちらの体も持つ身だからだ。
彼女は確かに動物だ。しかし根幹がそうでも人の肉体と知恵も持つ。
“女”としての感情が全くないかといえばそれもまた違うのである。
それが獣の本能と結びついた結果が先程の軽い暴走だ。

「……は? リードって、何の話だよ?」

それは解っているシンイチだがそこにファランディアへの帰還や
リードという単語が絡んでくるとどういう意味か掴みあぐねた。

「ただ仮面をあの世界に返しに行って、
 世話になった連中に別れの挨拶を色々してくるだけだぞ」

ましてやそのいつかする予定の帰還はそれが目的のものだ。
観光旅行でもなければ子作り云々の話とは無関係だと思えた。
ただそれにヨーコは微妙な表情を浮かべて“女”の推測を語る。

「あの……お言葉を返すようですが主様。その際に、
 『これが生涯の別れとなるのなら一晩で構いません。思い出を、ください』
 とか抱きつかれながら上目づかいで言われたら主様ちゃんと断れます?」

「………………………………」

その彼からすれば思いもよらない指摘に驚愕し、絶句する。
想定外の話なれど、どうしてか非常に起こり得そうな未来と感じてしまう。
そしてそれが誰を想定した言葉なのかシンイチには解ってしまった。

「お前それ………リリーシャのつもりで言ってるだろ」

「ステラバージョン、メイド部隊バージョンもありますが聞きます?」

「やめて、ほんとやめて………俺のMPはもうゼロだよ」

精神力という意味で。
さすがの彼も項垂れるようにして頭を抱えこんでしまった。
他の誰かならともかく彼女らにそんなことをされたら拒否する自信がない。
男として悪い気分ではないがマトモな体ではない彼には色々と不安も多い。

「ふふふっ、主様はわりと女心わかってて弄ぶ方ですけど、
 その辺はさすがに女の図太さと卑怯さがわかってませんね」

ご愁傷様。お覚悟を。
楽しそうに煽るヨーコと苦笑いしか浮かばないシンイチである。
ただし彼の場合は笑っている理由がかなり情けないものになっていた。

「は、はははっ………喜べヨーコ、しばらくファランディア行きはない」

「はい?」

まさかそれを避けるために行かないと言い出したかと考えた彼女に
シンイチは今日一日の流れを説明しながら今まで何をしていたか語った。
特に後半のマスカレイドとしての活動とその姿と名を世界に見せた事。
その目的と自身の考え、想いを簡単ながらきちんと彼女に説明した。

「ん………うぬ………あちゃぁ……」

話が進むたびに彼女は渋い顔になっていき、今度はヨーコが頭を抱え出す。
確かにそんな状況にあるのなら暫くはマスカレイドとして動く必要がある。
正確には、そういう必要性を自ら作り上げた、だが。

「主様ってホント少し目を離すと話が大きくなりますよね、例の如く」

「そ、そうか?」

騒動が連鎖するのはいつものことだが大きさを問われると首を傾げる。
だがそんな反応に従者たる彼女はその首と手をどちらも横に振った。

「いやいやいや、大きくなっていくじゃないですか毎回!
 前にもちょっと離れた隙に人身売買組織に襲われたかと思いきや
 気付けば裏の組織同士の抗争に巻き込まれ、ていたかと思いきや
 それはじつは大貴族のお家騒動が原因だった、かと思いきや
 その影で国家を揺るがす陰謀が起こっていた、かと思いきや
 その混乱を見越して隣国の大軍が迫っていた、かと思いきや
 その侵略戦争を利用しようと邪神教団も暗躍してきた、かと思いきや
 数多の思惑孕んだリーモア教会も介入してきて大混乱した、のを
 ぜーーーーーーーーんぶ、主様がなんとかして漸く、まる、です」

「……そういえばあったかなぁ、そんなことも」

まるで、よくあること、のようにうろ覚えのシンイチに頭が痛い彼女だ。
さらにこれが全て同日に起こった出来事なのだからまったくもって笑えない。
たった一日でこれだけの問題が彼を中心にして連鎖していったのだから。
おかげで主人の引き寄せる体質を彼女も理解させられたが。
しかし彼女はその話を受けて剣呑に目を細めていた。

「はぁ、まあいいです。どうせ言っても聞かないでしょうし。
 ですが……道理で主様のお体がボロボロになってるわけですね」

それはどこか責めるような声色でそれと共に鋭い視線を彼に突き刺した。
ただ彼も然る者、動じた様子もなくあっけらかんと言葉を返す。

「確かにケガはしたが、ちゃんと治癒魔法かけて治したぞ」

ほら、と衣服をめくって腕や腹を見せて傷が無いことを証明する。
だがヨーコはそれに余計に目を細めていきながら、無表情で笑う。

「アハハハ………主様?
 ソレをちゃんと治療したと仰るつもりなら、
 さすがの私でも本気で怒りますが………よろしいですか?」

「うっ」

言い方は丁寧だが、ガンマとの戦いでも見せなかった本気の威圧がある。
並の人間なら震えあがって、返って何も言えなくなるそれに彼は目を泳がす。
そしていくらか迷う素振りを見せたものの、最終的に白旗を上げた。

「………………ごめんなさい、治療お願いします」

「はぁ……お任せください!」

ここまで脅さなくてはいけない主人の性分に呆れながらも奮い立つ。
過程がどうであれ、主のために何かする事そのものが彼らの幸福だ。
まずは尻尾の毛を伸ばして己が体を覆うと仮初の衣服にし主の前に立つ。
何らかの服を着れば文句はないだろうと堂々とポーズまで決めて。
ただ彼女の主人はその姿に呆気にとられていたが。

「……なんだそれ?」

「いえ、拙いとはいえ治療するならこの格好(ナース服)かと」

そうにっこりほほ笑んだヨーコの姿は広義では確かにナースといえた。
あの特徴的な形状のナースキャップとワンピースタイプのナース服。
ただし色は薄いピンクでノースリーブ且つスカート丈はマイクロミニ。
すらりと伸びた脚を覆うニーハイソックスを完備した徹底ぶり。
本物とは勿論似ても似つかずコスプレでも滅多に見ないセクシーなそれ。
しかもなぜかサイズを小さく作り、それを極上の肉体が着込んだため
色々とあちこちが、ぱっつんぱっつん、である。
ある意味、裸より卑猥な格好といえた。

「きちんと目的を考えたデザインでしょう?」

問題ありませんよね、と前屈み気味にベッドに腰掛ける主ににじり寄る。
胸の大きな膨らみを強調し、短い丈に守られた臀部を左右に振りながら。
狐の耳と尻尾を持つというのに女豹のポーズとはこれいかに。
それにはさすがに油断していたのもあって思わず生唾を飲む主人。

「っ………アア、ソウデスネ、ホントベンリナ、ケ、ダナ」

だが即座に意図的に片言となって投げやり気味に返して逃げる。
そうでもしなければ現在進行形で削られる理性がもちそうになかった。

「ふふ、こういう不意打ちもけっこう弱いですよね主様って」

くすりとその反応を楽しみながら笑みをこぼす。
テンコリウスの毛は自らの意志である程度操る事が可能だ。
熟練すると好きな衣服を自ら作り上げることすら朝飯前となる。
本人にとっては普通の服と違い自らの毛なので抵抗感がないという
正当な理由もあるがそうして作った着衣の殆どは誘惑目的であった。

「はい、それでは診せてくださいね主様」

「サッサトシテクダサイ」

若干冷たい反応など知ったことかと彼の隣に腰を下ろして足を組む。
その動作に思わずちらりと絶対領域付近を覗いたのは仕方ない事だろう。
すぐに我に返って視線をずらすが気付いているヨーコは嬉しそうである。
そしてそのまま嬉々として彼の上着を脱がしていく。
これは治療の為なので彼も抵抗しなかった。正確には、
動くと急接近した体に触れそうなので動けない、だが。

「あはぁ……ホント、イイ体……じゅるり」

「………せめて口に出すな、あと涎をふけ」

曝された主の上半身に思わず本音がもれるヨーコ。
彼の体格は年齢と人種を考えれば平均的としかいいようがない。
しかし適度に鍛えられた肉はそれだけで彼女の情欲を刺激していた。
とはいえ間近で診ればその異常をより確認できて、即治療に移る。

「……両腕が特にひどいですね。全身に裂傷も。
 あとは転移魔法の乱発で全体的に負荷がかかってます。
 あ、あちこちの骨に罅がっ、もういつも放っておくんですから!」

傷が深い部位に手をかざして治癒魔法をかけつつ憤りを見せる。
殆どが戦闘中の傷とはいえ強引に塞いだだけで応急処置の範疇だった。
それを放置したまま世界中を動き回るのだから当然の感想といえる。

「いったい何とやりあったのですか?
 他はともかく骨までとなれば、いったいどんな……」

余程の相手でなければ戦闘中の彼にそこまでのダメージは通らない。
ある程度高い能力を持った者の攻撃を連続で受けたとしか思えない。

「……………」

ただその問いへの返答はなかった。彼は黙っている。
真剣な面持ちで自分を治療する面差しが異様に近くて、見入っていたのだ。
美貌だけでは彼は見惚れないが心許した相手のそういう表情に実は弱かった。

「……主様?」

ヨーコは治療に集中しながらも返答がないのを訝しんで声だけを向けた。

「っ、ああ、あとで詳しく話す。お前にも確認してほしいし」

それに若干慌てたシンイチは誤魔化すように早口でまくし立てていた。
先程の説明の時、あの金髪の男については詳しく話してはいなかったのだ。

「わかりました………はい、とりあえず私にできる範囲の事はしました。
 ですが気を付けてくださいね。私も治癒魔法は得意じゃないんです」

彼女の感覚で捉えられる傷は概ね完治させることはできた。
だがこの無茶をする主人を思えば傷だけでなくダメージも回復させたい。
傷を負うということは体が損壊するというだけではないのだから。
その際にかかった負担や消耗までも回復させられたわけではない。
そこまでの完全な治癒を短時間で施すには彼女の腕前では難しい。
尤もファランディアで十人いるかいないかというレベルの話だが。

「主様は治癒魔法だけは苦手ですからね」

「正確には全部苦手なのを技量で誤魔化しているだけなんだが。
 まあ、心配するなよ。あとは自然治癒で充分だろう。
 お前が気になるならスキルを試してみてもいい、だろ?」

若干不安げな彼女を安心させるように笑みを浮かべながらそう返す。
しかしヨーコは物言いたげな目で沈黙すると、突然彼を引き倒した。

「……おいっ」

次の瞬間には苛立ちを含んだ声が彼女の太腿から発せられた。
この近距離で本気を出されるとさすがに速さでは彼女に敵わない。
シンイチはいとも簡単にその肉感たっぷりの太腿に頭を乗せられていた。
感触は良いので悪くない気分だが手段が乱暴だと不満げな視線を送る。

「ふふ、いいじゃないですか。
 滅多になれないんですから、この姿でもうちょっと主様を堪能しても」

だが彼女は悪びれた様子もなくシンイチの髪をすくように撫でる。
ただそれだけのことを彼女は本当に楽しそうに鼻歌まじりに続けた。
彼女の感覚からすれば毛づくろいでもしているつもりなのかもしれない。
あれは動物の種類によってはコミュニケーションの一種でもあるのだ
そんな姿に文句もいえずにシンイチはされるがままで受け入れる。
しかし、やられっ放しというのは彼の性分ではない。

「なら俺にも一本よこせ」
「え、ひゃぁんっ!?」

視界の隅で嬉々として揺れていた三尾の一つを強引に抱き寄せる。
可愛い悲鳴をもらすヨーコを余所に自らの顔でその毛並と温もりを堪能する。
カシミアなど目ではない柔らかさと肌触りを存分に、もふもふと。

「いきなりは駄目です! 敏感で、あんっ!?
 やっ、そんなっ、すごっ、あ、そこっ、ん………も、もう主様っ!」

慣れた手つきで先端をこすりあげられ、鼻にかかった声が出てしまった。
それに真っ赤になって主人を咎める姿は先程までの態度が嘘のようだ。
実を言えばわざとああいうことをするのは恥ずかしくないのだが、
いざ触れられると逆に照れてしまう程に彼女は初心でもあった。

「ふん、それで俺を誘惑しようとか十年早い」

したり顔で笑う主人に彼女はまるで子供のように頬を膨らます。
大人びた美貌なれど、それはそれでよく似合う可愛らしい膨れっ面だ。

「イジワルする時ばっかり積極的なんですから……」

恨みがましい視線を送りながらも毛繕いのように彼の髪をなでる。
彼は彼で変わらず彼女の極上の感触がある毛並を味わっている。
その気持ちよさそうな顔にヨーコは自然と頬が緩んでいってしまう。
触れているのも触れられているのも、それだけで彼女は嬉しかった。

「………ありがとな……それとすまなかった、気付くのが遅れて」

それをいくらか膝枕から見上げていた彼は唐突にそう告げた。
何のことかと戸惑う彼女を余所にその目を見詰めるように彼は語る。

「やっぱりこういうことしてる方がお前らしいよ。
 もう無理にステラの真似をしようとするな。そっちの方が辛い」

「っ……いつから、ご気付きに?」

その指摘にまさかと驚いた表情を見せるヨーコ。
だがシンイチは申し訳なさそうな顔で微笑を浮かべながら首を振った。

「驚く方向が逆だ。なんで今まで気付かなかったのか、だ。
 帰還してからお前は時折あいつみたいに窘めたり、変に気を使ったりしてた。
 特にデパートの事件の時の俺への言葉は今から思うと実にらしくなかった。
 さっきだって俺を治療するための言動がまんまあいつみたいだったよ」

指摘されたくない点をあえて指摘し、どこか責めるように窘める。
時に必要とあらば本気で怒り、強気に脅してまでも従わせる。
それはヨーコの接し方ではなくあの手厳しいメイド長の接し方だ。

「あ、それは、そのぉ……」

「いいよ、それが必要だと思ったから真似したんだろ?
 助かったのは事実だがそんな事をさせていたかと思うと、な」

今日まで気付いてもいなかったとなれば、余計に情けない。
苦笑を浮かべて悪かったと謝る彼に、しかしヨーコは首を振る。

「いえ、主人の心のケアも従者の務めです。
 ただその分野になるとステラには敵いませんので、真似しました」

「そうか?
 そんなこともないだろう。
 お前がこうして甘えてくるのもこれはこれで、いい。
 エロ方面に偏りすぎなければふたりきりの時ぐらい別にいいさ」

「むむ、それはそれで結構難しい注文のような?」

「なんでだよ……」

誘惑するのがデフォルトだといわんばかりの顔に渋面となるシンイチ。
それに微笑みを返して、毛づくろいのような触れ合いを続ける主従だ。
そこには気心知れた相手だからこそ浮かべる笑顔があった。

「もうお疲れでしょう? 今日はお休みください。
 細かな報告や今後の方針は明日にでもしましょう。
 それとも何か軽い食べ物でももらってきましょうか?」

「そうだな………今日は久しぶりに疲れた……寝るよ」

「はい、ご安心してお休みを。
 例え世界中の軍が攻めてきても私が御身を守ります」

「いやいや、そんなことになったらまず起こせよ」

本気でそんなことを言ってると理解する彼は苦笑しながら目を瞑った。
暫くすると穏やかな寝息が漏れてきて、その寝顔を彼女は一人慈しむ。

「………まったく困った主です。
 自分が一番疲れているくせに、私を気遣おうとするのですから」

真似するな、自分らしく振る舞え、とは要はそういう事なのだろう。
もっと自分に負担をかけてほしいとも思うがこれはこれで嬉しく思う。
ヒトの女心とは度し難いものだと動物の頭で考えながら微笑む。
そしてそんな女心が無防備に眠る彼の顔をつい凝視していた。

「……………寝て、ますよね?」

小さく呟くと意味もなく周囲を確認する。当然誰もいない。
知らず、小さな寝息をたてている口を彼女はじっと見詰めていた。

「どうか……何も見ることがない静かな眠りを────ちゅっ」

主人の顔に髪がかかることのないようにかきあげながら、
膝枕の上で眠る顔にゆっくりと己を寄せて静かに重ね合わせた。
叶う事はないであろう願いを口にしながら触れ合うだけの軽いキス。
だがそれを終えて上げた顔には紅葉のような赤とはにかんだ表情が。

「ゆ、ゆっくりとお休みくださいね」

自分でやった行為の予想以上の照れからか。
誤魔化すように、されど静かに振動など与えず彼をベッドに寝かした。
寝息が変わらず続いているのを確認して安堵するとヨーコは獣身をとる。
いつもの三尾の狐姿となり、その途端。

「っっ────ふみゃああぁぁっ!?!?」

決して彼の睡眠を邪魔しない適度な声量で絶叫しながら転がりまわった。
その顔は金色の毛並が嘘のように真っ赤になっており盛大に照れていた。

「わ、わわっ、私はどうして人身になるとこうも!?
 あ、ああ、あんな破廉恥な格好したばかりか寝込みを襲って接吻など!?」

叶うなら世界中に響くほどの声で叫びだしたいのを蚊ほどの声で抑える。
動物としての本能にヒトの欲望が加わる人身はどうにも抑えがきかないが
そこから獣身になるとヒト分が薄まるので羞恥心に彼女は悶えてしまう。

「う、あ、ひゃああぁっ! なんてはしたないことを!!」

だが自分でその事実を口にしたせいか。
したばかりの感触を思い出してさらに赤くなる。
これまた物音をたてない絶妙な加減で部屋中を転がりまわった。
どちらの時の彼女も自身ではあるが欲望全開な人身と比べると
獣身はまだいくらか理性的なために毎度こういうことになる。
彼女が人身のままだったのはそれが久しぶりなのもあったが、
こうなった状態を主人に見られたくなかったからでもあった。
が。

「くっ、くくっ……」

「っ!?」

果たして彼女の主人はそんな面白いことを見逃す優しい者だったか。
錆びた玩具のようなぎこちない動きで見上げたヨーコはベッドから
見下ろす形で笑みをこぼしている主の意地の悪い顔を目撃する。

「ぁ……」

「そういうのを人身で見せられたら、俺も理性飛ぶと思うんだがな」

「ぬ、主様!?」

「くくくっ、おやすみ。今度はほんとに寝るから、あと頼むな」

慌てふためく彼女の狼狽を一通り笑うと本当に彼は眠ってしまった。
また演技ではないかと本格的に疑って真剣に探るが真実寝入ったようだ。

「ホ、ホントにもうっ!
 こっちをからかう事には手を抜かないんですから!」

一度は鋭い五感を持つ彼女をも騙した狸寝入り。
いったいどれだけその高い技量を無駄に使ったテクニックか。
まだ赤色が抜けない顔のまま穏やかに本気の寝息を立てる主人を睨む。

「……………どうしたのですか……」

しかしその恨みがましい視線は、次第にどこか憂いを帯びたものに変わる。
彼の様子がどこかおかしい。彼ら種族の主人への洞察力は尋常ではない。
また何か辛い事があったのではないかと不安げに瞳が揺れる。
これだけのことがあって、いつもの反省とも自虐ともとれる愚痴がない。
どうでもいい室内の状況を、自身が疲れている事を愚痴るなどらしくない。

「何が甘えてくるのはいい、ですか。私はともかく、
 主様が私に甘えるのなんてこっちに来てからのことじゃないですか」

無情な時の流れと家族の現在を知った際と、そして今。
あの時ほどではなくとも彼がいま“弱っている”のは見て取れた。
肉体的な話ではない。そして世界中に喧嘩を売ったからでもない。
その程度の事で弱るなら異世界でマスカレイドなどやってられない。

「……やはりまだ聞かなくて良かったようですね。
 主様から私以外のテンコリウスの匂いがしたことを……」

そこに鍵があるのだと感じながら今はただ眠らせてあげようと見守る。
肉体的に疲れているのもまた事実であり、それは休ませるしかないのだ。
だがそれも、と苦々しい表情を彼女は浮かべた。

「口惜しい───夢の中ですら安息はないのですか」

かつての惨劇のリピートであるなら、彼の休息はいったいどこにある。
きっともう慣れてしまったという悪夢の中にいる主人を想いながら
ヨーコはその静かな寝顔を一晩中ずっと見守り続けた。






───────────────────────────






クトリアが完全に夜の闇に包まれた頃。日本の都内某所。
その黒髪の青年はさる高級マンションの一室でソファに寝転がりながら
空間に浮かぶ黒一色のモニターを相手に気怠げながら会話していた。
尤も通信相手は正反対の精神状態のようだが。

『それはどういうことだ貴様!?』

「どういうことも何もない。
 ちょっと事情があってここ数日他にやることができちゃってね。
 勿論こっちの都合だから違約金は言い値で払うよ、いいでしょ?」

言葉では自分が悪いような雰囲気を装っているがその口調は軽い。
本気で謝罪する意思がない事は誰の耳にも明らかなほど露骨である。
もしこの姿さえ見てしまったら相手は激昂どころではすまないだろう。

『期日には間に合うといったではないか!
 お前まさかあのふざけた動画にびびったんじゃないだろうな?』

マスカレイドを名乗る何者かによる一方的な脅迫動画。
男自身には届いていなかったが彼の同業者たちには出回っていた。
あれを真に受けたのかとどこか嘲るような声に彼は鼻で笑い返す。

「はっ、馬鹿をいえ。
 あれを見てびびらない奴は間抜け過ぎるというものだ」

『なんだと!?』

「おたくも最低半月はおとなしくする事をおすすめするよ。
 お得意さんを失うのは僕にはあまりに旨味がないからね」

いま行動に出れば間違いなく痛い目を見ると確信した物言い。
それには通信相手をその程度だと馬鹿にするニュアンスがあった。

『冗談じゃない!
 決行日まであと僅か六日、その日を何年待ったと思っている!
 あんな動画程度でたじろぐ俺達じゃねえと世界に見せつけてやる!』

「そうかい、頑張りな。
 二週間後にあんたらが無事ならいくらでも振り込んでやるよ」

『その言葉忘れるんじゃねえぞドクター!(・・・・・)

感情的な声と冷めた声で言い合いながら彼らは互いに通信を切った。
静かになったリビングでその青年は怪しげな笑みを浮かべて一人呟く。

「馬鹿だな。
 いま動けばいいカモだろうに……僕も煽りすぎたか」

どこかそんな馬鹿な行動をするように誘導した自らの言葉がおかしい。

「あ~あ、これでこの回線も使えないな。消去、消去っと」

微塵も残念とは思っていない口調で自らに繋がる痕跡を消しながら
自分がなぜそんな事をしたのか理解できるがゆえについ頬が緩む。
まだそんな人間らしい理由を持っていたのかと。

「ただいま戻りました」

「……ああ、おかえり」

そこへ玄関からではなく開いたままだった窓から一人の青年が現れた。
侵入者ではないのは互いが平素な状態で挨拶をしたことから見て取れた。
地上80階ではあるのだがそれもまた彼らの間では普通のことのようだ。
新たに現れた男はソファで寝転がる青年のもとに歩み寄ると即座に跪く。

マスター(・・・・)、ご命令通り奴に捨てられたブレードを回収してきました」

そしてまるで騎士が王に献上でもするかのようにそれを差し出した。
男とはいえ見惚れるほどの美貌を持つブロンドの美青年が、である。
そんな存在が誰かに剣を捧げる光景は実に絵になりそうな構図であった。

「お前ホントにいつの時代のにんげ、んじゃなかったな……」

尤もそれをされた側はかなり呆れた様子でげんなりとしていたが。
その芳しくない反応に狼狽える姿には多少なり笑いながらも彼は
差し出された剣を受け取ると目の前のテーブルに置いた。
そして手元の端末に軽く触れると周囲が一瞬で様変わりする。

「おおっ!」

金髪の青年が見慣れているにも関わらず感嘆の声をもらした。
紙幣さえ積めば手に入るありきたりなリビングが一瞬で研究所の一室だ。
フォトンで構成された疑似的な各種検査装置がそこに発生していた。
物質を生み出したわけではない。端末が持つ様々なシステムを
フォトンで拡大化して解りやすく可視化したに過ぎないモノだ。

「静かにしろアイン」

確かにこれを作ったのは黒髪の青年だが同じような事はどこでもやっている。
彼─アインの自分に対してのみオーバーな所に溜息を吐きながらそう命じた。
同時に装置を端末から動かせばアームがブレードを掴み上げ、
各種センサーがその状態を確認していく。

「……は、はい。ですが、その、申し訳ありませんでした。
 折角の試作品でしたのに私の不注意で敵に奪われるとは」

「いいさ、どっちにしろ奴に突き刺した時点で武器としては壊れていた。
 修理するのもこの状態じゃ厳しいがレアメタルをいくつか使ってたからな。
 その回収はしたかったんだ………あとは絶対に(・・・)残ってるかと思ってね」

「何がでしょうか?」

「マスカレイドの痕跡だよ」

何せ実際に掴んで持っていたのだ。
本来なら、もしかしたら、程度の可能性だが彼はどこか確信している。
痕跡は残っている、と。

「まあ、無ければ無いで別に手段はあるんだが証拠は多い方がいい」

「……マスターは奴と関わるつもりなのですか?」

「約束を取り付けられてしまったからね」

一方的ながら6月14日に会いに行くと告げられたのだ。
その彼らにとっては(・・・・・・・)意味のある日付はひどく魅力的だった。
どちらかといえば彼の脳裏に過ぎった可能性を補完した、だが。

「私は反対です。奴は、強いです。正直勝てる気がしません。
 例え世界中を味方につけられても、おそらくはきっと……」

それでも負ける。荒唐無稽ともいえる考えだがアインは疑わない。
まるで相手が本気ではなかった事は対峙した者として感じ取っていた。
しかしそれを青年はさも当然のように受け取った。

「知ってるよ、そんなことは昔から」

「え?」

「いや、お前に勝てそうなのはかの名高いオルティス将軍ぐらいと
 思っていたんだが世の中は広いね。オールSのお前が手も足も出ないか」

強引な誤魔化しだとアインも感じたがそれが主人の望みなら追求はしない。
だが従者としていわなくてはいけないことがあると強張った顔で進言する。

「直接的な強さもそうですがそれ以上にその精神性が恐ろしい。
 確かに奴には世界を相手取る力があるのかもしれませんが、
 それをあの一瞬で選ぶなんて、どんな人間だというのですか」

余程の愚者か馬鹿か。あるいは異常者か大物か。
それが何より恐ろしいとアインは主人に初めて見せる青い顔で訴えた。
しかしそれもまた彼の主人はなんでもない事のように評した。

「言いたいことはわかるがな、こいつはただのまともなバカだよ」

「は? それはどういう?」

「マスカレイドがやったのはただの問題のすり替えだ。
 どうやったって無視できない、解決できない脅威となって、な」

人間サイズで世界中を短期間で移動しどこにでも侵入できる存在。
しかもそれがあの規模の破壊まで出来るのだから脅威どころではない。
非常識な巡航ミサイルの発射など霞んでしまうほどに。

「まさか表に火種を残さぬために自分が隠れた大火になった、と?」

「それが基本的な目的だろう。
 これから活動する上での挨拶もあるだろうがな」

信じられない、と余計にその選択をした相手にアインが怯む中。
彼のマスターは余計にその顔に嬉々とした笑みを浮かべていく。

「くくっ、果たして何人気付いているか。
 世界中にケンカを売っておいてその目的がただの時間稼ぎだと。
 関わっておいて遠回しに当人たちに問題丸投げか。懐かしいね」

「マスター?」

「しかし相変わらず変なところが抜けている。あのうっかりめ。
 べっとりと残しやがって……回収してやったんだから感謝しろよ」

その誰かへの言葉はそれこそアインが初めて聞く類の声だった。
ここにはいないあの存在、その仮面の下の誰かに向けた本気の親しげな声。

「マスターは奴がどこの誰なのかわかっているのですか?」

「まあな。話をした時に、もしかして、とは感じたよ。
 そう思って考えると逆にあいつ以外にあり得ないと思ったよ」

「どうしてですか?」

同じ話を聞いていた身だが彼には主人が確信した部分がどこか解らない。
それに肩をすくめながら首を傾げる従者に振り返るとそれを指摘した。

「あいつはお前が四尾以上だと知っていた。
 つまりはアマリリスだと、あの種族の知られざる能力を知ってるって事だ。
 ガレストではあれは強すぎて研究や観察すらまともにできていないんだぞ。
 ならそんなの同じアマリリスを従えている奴にしか解るわけがない」

「あ」

そうなればもうアインにも考えるまでもなかった。
公的に唯一アマリリスを従えている存在など一人しかいない。

「ま、待ってくださいマスター!
 それではマスカレイドの正体とはまさか!?」

「証拠はそれだけじゃないぞ。奴の認識阻害はとんでもないが
 どうしてか目だけははっきりと見えた……その意味がわかるか?」

「い、いえ、それがなにか?」

薄く笑いながら彼が端末を操作すると空間モニターにマスカレイドが映る。
それは目で見た状態より黒靄が膨張しておりかろうじて人型だとは解るが
全体として不鮮明であり、一見するとここから何か探るのは無理だと思える。
何せこれでもあらゆる映像解析を試みて鮮明にしたものなのだから。だが。

「この映像でもはっきり映る仮面をまず拡大する」

モニター越しに睨まれた際の映像から白い仮面だけを拡大。
映像を修正しさらに拡大するとその奥の瞳が画面一杯にまで広がった。
異世界技術で底上げされたそれはそこまでの拡大を可能としていた。
そしてその映像をさる検査機器は解析していき数多の情報を抽出する。
そこでようやくアインは主人の言いたいことを理解した。

「そうか、目が見えれば網膜スキャンや虹彩認識ができる!」

「正解だ」

どちらも目からの情報で生体認証をする方法だ。
個人ごとに固有である網膜パターンから特定する網膜スキャン。
目の虹彩の画像をパターン認識技術を応用して判別する虹彩認識。
8年前ならこの距離で撮った映像では使えなかったが今ならば可能。

「もちろん検証するデータがなければ誰かは解らない。
 けど僕は、あいつのデータだけは8年前から捨てた覚えはない」

確信を込めて画面にある検証開始の項目をクリックした。
そして彼の装置は即座に結果を出した。適合率99.99989%。
そこにブレードに残った痕跡とアマリリスの点を考えれば間違いはない。
全てのデータが指し示すその“彼”を一番大きなモニターに映し出す。

「くくくっ……いつかそんな日も来るかと思っていたが早かったな。
 そりゃそうだ。僕の前に立ちはだかるに相応しい人間は君か大吾だけさ!」

それを見てひどく興奮したように、楽しげに声をあげた。
画面に映る少年と大吾という人物だけが自分の敵になると嬉しそうに。
能力云々など関係なくそれぞれの性質としてそうなると感じていた。
だからこそ互いに『親友』となれたのだと少なくとも彼は考えている。

「じつに恐ろしいね。
 そんな君に実行力が加わるだなんて。鬼に金棒だ」

その過程は解らずとも彼がよく知る少年は“力”を得た。
それも単独で世界を脅せるほどの規格外にも程がある代物を。
恐ろしいと口にしながら彼の顔にあるのは喜色満面だ。

「いったい君の2年はどこで何をやっていたんだろうね。
 お前も僕に気付いたからあんな日付指定をしてきたんだろ?
 その辺も今すぐにでも会って話したいよ。なあ───」

青年は懐かしむように、それを待ち遠しく思いながら、
モニターに映る少年の顔を見詰めて、久しぶりにその名を口にする。

「────信一」

それはどこまでも親愛の情がこもった優しい声だった。

イチャつかせるだけで終わらせたい願望を
なんとか押さえてなぞのじんぶつ登場。
再登場は劇中で11日後、果たして何話かかるやら(汗
では!
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ