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VS ム・シーバ 作者:光太朗
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3 どこもかしこもム・シーバ


「ここ、以外に、なかったのか……」
 いってもしようがないことはわかっていた。それでもヒザを抱え、俺は情けなく天井を仰いでいた。
 竹輪高校三階、図書準備室。
 木を隠すなら森のなかだろ、と自信満々に豪がいい、特に抵抗もせずにやってきたのは、この場所だった。たしかに、まだちらほらと学生服の奴が残ってるし、ここからなら正門が見下ろせるから状況は把握しやすい。ような気がする。が。
 わざわざ飛んで火に入る夏の虫になった感も否めない。
「礼ちゃん、買ってきたぜ」
 準備室のドアを開け、豪が顔を出した。手にはコンビニの袋を提げている。腹が減ったと俺がいったわけではなかったが、わざわざ買い出しに出てくれていたのだ。
「いたか、マスコミ?」
「いた。礼ちゃん捜してるってより、ほかのやつらに聞き込みしてるって感じだな」
 図書準備室には、どういうわけか応接セットが完備されている。こんなカビ臭い部屋に客など来るはずもないだろうが、並んでいるのは革張りの上等なソファだ。
 豪は足を開いてそこに座り、テーブルの上に戦利品をひっくり返した。
 おにぎり、パン、ジュース、菓子。甘そうなものが大半を占めている。
「豪、おまえ、虫歯はいいのかよ。あのム・シーバってのにやられたんだろ。歯医者行ったのか?」
 ピアモンテ遭遇後、豪は歯を押さえて医者に行くと姿を消したはずだ。漫画的に膨れ上がっていた頬が、いまでは何事もなかったように赤いマスクに収まっている。
「ああ、なんか意外と平気だった。いうほどのこともねえな、宇宙人め」
 ヤンキーには効き目薄ということなのだろうか。俺がやられた場合どうなるのか、と想像しかけて慌てて首を振る。俺は屈しない、虫歯菌になぞやられん。
「礼ちゃん、食わねえの?」
 俺のために買ってきたというわりにはまっさきにパンの袋を開け、豪が手当たり次第に食料を俺の方へ寄せてきた。俺もソファに座り、一応パンの一つをつまみ上げる。
「食欲ねえよ。隠れてたんじゃ、食ったあとすぐ歯磨きってわけにもいかねえし」
「食っとけよ、もたねえぞ」
 まあ、気持ちはありがたいんだが。いらないものはいらない。
 豪はあっというまに手にしたパンを平らげ、ペットボトルのフタを開ける。喉を鳴らして一気に飲んで、大きく息をついた。
「礼ちゃんさ、黄金の歯ってなんのことだよ」
 改まって、そんな疑問をぶつけてくる。
「そんなもん、俺が知りてえよ。なんかすげえ歯なんだろうな。まあ、赤ん坊のころから歯磨きはかかさず……」
「それって、金になんのかな」
 聞いてないな、こいつ。
「ム・シーバにとっては価値があるにしても、俺らには関係ないだろ」
「でもよ、礼ちゃんの歯を、いま宇宙人が狙って……つーか、人類のためにってことなら、世界中が欲しがってるわけだろ。差し出せば、ものすごい大金が転がり込んでくる、とか」
「差し出すって、おまえ」
 豪の目の色が、いつもと違うことに気づいた。
 ぎらぎらしている。典型的な、欲に目がくらんだ人間の目だ。
「ええと……大親友の豪さん。なんかとんでもないことを考えてませんか」
 できるだけさりげなく、かつ低姿勢で、聞いてみる。
 豪は、首を左右に振った。
「とんでもなくねえよ、大親友の礼ちゃん。ごくあたりまえの、流れだろうがよ」
 それが、具体的になんだったのかはわからない。ただ、ヒヤリとしたものが背中を走った。俺はとっさに飛び上がり、背もたれに手をかけてソファの向こう側に逃げる。ほんの少しの時間差で、俺がいた場所に黒く長いものが突き刺さった。
 刺叉だ。
 ム・シーバが持っていたものと同じデザインだが、それよりもはるかに大きい。
「おいおいおい」
 遅れて、冷や汗。一気に動悸が激しくなる。
「なんのつもりだよ」
 本当は、聞くまでもなかった。いまのは本気だ。本気で、俺の口を狙っていた。
 その刺叉が口に命中したら、虫歯どころの騒ぎじゃないと思うんだが、そのあたりはどうなのか。
「恨むなよ、礼ちゃん」
 豪が刺叉を引き抜き、さらに構える。俺は帰宅部文化系だ。同じ帰宅部でもヤンキー系と真っ向からやりあって、勝てるわけがない。
「事情を、説明して欲しいね」
 まさか俺の歯に賞金でもかかっているのか。いや、豪はそんなことで友人を売るようなやつではないはずだ。そもそもこいつの家って金持ちだし。
 ああ、混乱してきた。とにかく、逃げるのが先決だ。外へ出るのはそれはそれで危険だが、ここでバトルしてどうにかなるはずもない。
「理由なんて簡単だよ、礼ちゃん」
 刺叉を手に、じりじりと近づいてくる。俺は少しずつドアに寄りながら、生唾を飲み込んだ。
「金のため、とか?」
「否! アイ、ラブ、ミノリータ!」
 豪の口から発せられた答えは、まったく予想外のものだった。
 血走った目を見開き、口走ったなにか。
 なんつった、いま。
「あい、らぶ……なに?」
 うっかり、緊張感が薄らぐ。アイラブなんたらとか、そんなアイドルの追っかけ的なことをいうような男ではなかったと思うのだが。
「ミノリータ! すべては、美しきミノリータ様のために!」
 豪の目が、光った。
 俺は急いで身を翻す。目からビームでも出るかと思ったのだが、さすがにそれは杞憂だったようだ。
 そのままドアを開け、廊下に飛び出す。口のなかに刺叉を入れられるよりは、外でマスコミにつかまったほうがましのように思われた。青少年を公然と悪いようにはしないだろう、という期待。
 それにしても、ミノリータ……様、というぐらいなのだから人名だろう。語感がピアモンテのそれと近い気がする。仲間なのだろうか。豪は、それに操られている、とか。
 角を曲がり、階段を駆け降りようとする。しかし、下から押し寄せてきた学制服の大群に気圧されてしまった。
 まるで移動教室の途中のように、大群で登ってくる生徒たち。男女入り混ざっている。
「これは……偶然、じゃ、ねえよな」
 ぼそりと、つぶやく。彼らの目が、一様に光輝いた。
「アイ、ラブ!」
「ミノリータ!」
「怖えよ!」
 俺はすぐにきびすを返した。反対側の階段に向かって走る。ここは三階、窓から飛び降りるという選択肢はない。生徒棟へ渡る廊下は開いているだろうか。
 前方にも、人影が見えた。黒いかたまり。まちがいない、竹輪高校の生徒たちだ。これは、罠にはめられたと考えるのが妥当だろう。
 明らかに様子がおかしかった。やはり、なにかに操られているとしか思えない。豪にしても、俺を迎えに来たときから、きっと操られていたのだ。あの食い物、もしかしたら、あれにも仕掛けがあったのかもしれない。食わなかったから、今度は力ずくってとこか。
「やべえ」
 俺は立ち止まった。止まるしかない。前からも後ろからも、ゆらりゆらりと距離をつめてくる学制服たち。右手は美術室だが、入ったところでどうなるのか。左手は窓だ。
 絶体絶命。
 無駄だと思いつつ、歯ブラシを構える。ああ、いやだ、こんな武器。いや虫歯菌だけに、ものすごく効いたりしないだろうか。
「ヤマシタ、レイタ!」
 図書準備室から出てきたのだろう。先頭に現れたのは、豪だった。もはや礼ちゃんとすらいわない。
「おまえの命、もらった!」
 命!
 俺はとっさに足を折り頭を低くする。口を狙ってくるだろうと思ったからだ。案の定、豪の手にした刺叉は空を切ったが、立て直すのも早かった。すぐに構え直し、第二撃。両側の面々も刺叉を振り上げてくる。
 ──こ、これは、さすがに……!
「私の未来の夫に、なにをする──!」
 声とともに、窓が割れた。
 その声を、聞き違えるはずがなかった。あのファンタジー少女、ピアモンテ=エアログローだ。俺はただあっけにとられ、彼女を見上げる。
 赤く染まった空を背景に降り立つ姿は、まるで勇者かなにかのようだった。不覚にも見とれてしまい、慌てて首を振る。
 ピアモンテは俺の目の前に降り立つと、斧をぐるりと振り回した。生まれた風圧で、豪たちは悲鳴をあげて吹き飛ぶ。
「ピ、ピアモンテ」
 名を呼ぶと、ピアモンテは鋭く俺をにらみつけた。
「なにを他人行儀な」
 いや他人だと思いますが。
「ピア、と呼べ」
 ほんのりと頬を赤らめられても、もうしわけないが萌えられない。
 ピアモンテがもう一度斧を一振りすると、様子をうかがっていた後方のやつらもはじけ飛んだ。力の差は歴然としている。圧勝だ。
「場所を変えるぞ、レータ。ここはヤツのテリトリーだ」
 ピアモンテはそういって、まるでペットボトルかなにかのように、俺を軽々と小脇に抱えた。なんのためらいもなく、割れた窓から飛び降りる。
 俺はもう、目を閉じる余裕もない。
 夢だ夢だすぐ終わる──ほうら目を覚ませばいつものように朝ご飯。そんなことを呪文のように心中で唱え続ける。
 衝撃は、なかった。
 小さな段を降りただけのような、ふわりとした着地。そのまま、悠然とした足取りで正門に向かう。降ろしてください、といえる雰囲気ではない。
 気づいたのだろう、マスコミが一気に群がってくる。しかし、ピアモンテは彼らを一瞥しただけだった。
「貴様らには加護をやったというのに。役たたずめ。ム・シーバに食われるがいい」
 マスコミ連中が、息を飲むのがわかる。
 まるっきり荷物状態の俺は、どんな顔をすればいいのかわからず、とりあえず軽く会釈しておいた。


 ここなら安全だ、と連れて来られたのは、駅前のカフェだった。
 雑誌に紹介されてるとかなんとか、女子が騒いでいたような気がする。コーヒー一杯でバカみたいな金をとるおしゃれカフェだ。
 相変わらずファンタジーなコスプレにしか見えないピアモンテは、堂々と店内に入る。店員のいらっしゃいませも、声が震えていた。いっただけ偉いと思う。心からたたえたい。
「さあ、好きなものを頼め」
 真っ白な髪をかき上げて、ピアモンテは高圧的な口調でそういった。俺はポケットに入っている財布の中身に思いを馳せる。
「ギリギリで、コーヒーを」
「ふむ、では私は……き、きゃらめる、まきあーと、というものと、ここの写真にある、チョコレートぱふぇ、というものをいただこう。 店員! 聞こえたな!」
「かしこまりました」
 出てきたのはどうやら店長だった。出迎えてくれた若い店員が泣きついたのだろうか。エプロンと同じデザインのマスクを皆が装着しているなか、店長らしき人物のマスクだけ一回り大きい。彼は緊張を出すまいとするかのように、きっちりと頭を下げる。
「さて、レータ。なぜあのような稚拙な罠にはまっていたのだ。貴様は馬鹿なのか?」
 顎の下で手を組んで、ピアモンテがそう聞いてきた。
 俺は言葉につまる。一瞬、その青い目に吸い込まれそうになった。
「俺も聞きたいことがある。あんたは、ム・シーバの次期女王なんだろ? 豪たちが俺を襲ったのは、あんたの差し金じゃないのか? ミノリータってのは?」
「なるほど、説明が先か」
 ピアモンテは無表情のまま、うなずいた。
「ム・シーバは統制がとれていない状態だ。我らの星、ゲアンダはいま、荒れている。平和を目指す私たちエアログロー家と、侵略による領土拡大を目指すケリアーノ家が対立しているのがその原因だ。ミノリータというのは、ケリアーノ家の姫だな。私と同時期にこの星に来ているはずだ」
 ……姫、というと。
「ひょっとして、次期ム・シーバの女王ってのに、その危険な方がなる可能性も?」
「ある。だが、そんなことはこの私が許さん。それは貴様らも同じだろう──ミノリータ=ケリアーノがム・シーバの女王になるということは、この星がゲアンダの領土になることを意味しているのだぞ」
 ううむ。はっきりと理解できているかどうかはわからないが、かつこの女が真実だけを口にしているかどうかも謎だが……ということは、ピアモンテは実はイイヤツなのか。
 いや、しかし、地球の平和のためには俺が犠牲にならなくてはならない、という話が大前提だったはずだ。あ、そうか、それを阻止するために、俺はミノリータってのから襲われる身になったのか。おお、目から鱗。
「いってることは、わかった。それで、なにか、ほかに手は?」
「お待たせいたしました、コーヒーでございます。キャラメルマキアートと、チョコレートパフェでございます。ごゆっくりおくつろぎください」
 絶妙のタイミングで、トレイを手に店長がやってくる。ごゆっくり、とかいえちゃうところがすごい。接客魂。
 ほかの客たちは俺たちから距離を取り、そそくさと帰るものもいた。こっそり写真を撮るようなそぶりもない。さすがに、ヤバイ一線というのがわかるのだろう。
「こ、これが、チョコレートぱふぇ……!」
 ピアモンテの目が輝いている。なぜか周囲を気にしつつ、ごくりと生唾を飲み込んだ。長いスプーンを手に、震えながらチョコの乗ったクリームをすくい上げる。
 口に入れ、悶えた。
「…………っ!」
 うん、まあ、気持ちはわかる。うまいんだろう。特にここのは。
「それで、なにか、ほかに手は」
 仕方がないので、問いを繰り返した。ピアモンテははじかれたように顔を上げ、咳払いをする。
「殿方を落とすにはまず外堀から、というのが定石だ。これでもかと外堀を埋めたつもりだったが、まだ不満か」
 外堀の意味が違うんじゃないでしょうか。あのマスコミを巻き込む騒動は、まさかそんなくだらない理由か。
「それとも、こうして逢瀬を重ねていれば、私に心を開くのか? 先に述べたとおり、最終的には力ずくだがな」
 逢瀬どころか、これがデートだという認識もなかった俺は、少なからず衝撃を受けた。彼女なりに──相当ズレてはいるものの──色々段取りというものを考えているらしい。
「私は、ゲアンダを愛しているのだ。ゲアンダが戦い一色の野蛮な星になるのは耐えられん。貴様の、その黄金の歯さえあれば、私は偉大な力を手にすることができる。その力で、侵略行為などせずとも、皆が平和に暮らすことができるようになるのだ。なぜ拒む理由がある? 所詮、知らぬ星の話だからか?」
「そ、そういうことじゃないだろ」
 ほとんど反射で否定して、俺は言葉に詰まってしまった。耳が痛い。これではまるで、知らない星なんてどうでもいいといっている冷血人間のようだ。
 しかし、だからといって、俺が犠牲になるというのもやはりおかしい。
 うう、どうなんだ。差し出すべきなのか、歯を。いやそれにしても結婚とかそういうのはちょっと。
「時間はないが、よく考えろ。合意の上の方が、私も嬉しい」
 そういって、ピアモンテは再びチョコレートパフェの征服に取りかかる。こうして向かい合っていると、ごく普通のコスプレ少女だ。ごく普通のコスプレ少女ってなんだ、と自分の思考にツッコミを入れるが、いろんなことがありすぎて、なんとなく慣れてきてしまっている感は否めない。
 ぼんやりと、ピアモンテを眺める。
 スプーンを口に運ぶ顔は実に幸せそうだ。斧を持つより、こちらのほうがよほど似合っている。
 ふと、俺は気づいた。
 俺たちを避けるように、距離を空けていた客たちの様子が、おかしい。人数もずっと少なくなっていたはずなのに、いつのまにか人口密度が上がっているような気さえする。
 客の一人が黒光りするなにかを構えるのが見えた。俺はとっさに立ち上がり、ピアモンテの手を引いた。
「危ない!」
 考えての行動ではなかった。ピアモンテの、見た目どおりの華奢な身体が俺に向かって倒れてくる。そのすぐうしろを切り裂いたのは、刺叉ではなかった。
 斧だ。
「惜しい。こんなに油断してるピアなんて、滅多に見られないのに。チャンス逃しちゃったかな」
 黒い斧を持ち直し、少女が笑う。
 そのセーラー服には、見覚えがあった。
「協力してくれなきゃ、お兄ちゃん」
「美乃……」
 わけがわからず、俺は呻くしかなかった。





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