逆ハーエンドのエンディング後の世界
教会の鐘が高らかに鳴り響く。
幻想術による色とりどりの花が舞う中、王太子夫妻の結婚パレードはゆっくりと城下街を巡る。
黄金の髪に空色の瞳の少女。
16になったばかりの少女は、匂い立つ様な美しさだった。
六頭立ての馬車の周囲には、王太子妃への忠誠を誓った見目麗しい4人の青年が、騎士さながらに従っている。
平民出身でありながらも、美しく優しく、そして気高い少女は子爵に見出されて養女となった。そして貴族の通う王立学園で、王太子を始めとする見目麗しい貴族の青年達に愛を囁かれることとなった。
王太子曰く、屈託の無い少女の微笑みと素直な心根が、疑うばかりの王太子の地位では知ることが出来なかった真実の愛を教えてくれたと。
公爵家の嫡男曰く、飾り気の無い少女の言葉は、他人の言葉の裏を図ってばかりいた自分に信じることを教えてくれたと。
伯爵家の嫡男曰く、失敗を恐れない少女の強さに、新たなる発明のインスピレーションを与えられたと。
騎士団長の子息曰く、武術一辺倒だった己に、その武を護るために使うこの手は決して無骨なのではなく、頼れる証だと己の誇りを思い出させてもらえたと。
魔術師団長の子息曰く、人々から怖れられる程の魔力は、それだけ多くの人々を護ることができるものだと自信を与えられたと。
少女に愛を乞う青年達に、しかし少女は一人だけを選ぶことなど出来ないと切なげな顔をする。
皆が好き、とても一人を選べない、と。
再三にも渡る青年達の愛を乞う言葉に繰り返された。
やがて、青年達は決意した。
それが少女の望みであるのならば…………。
王太子は少女に優しく囁いた。
「私と結婚し、王太子妃となってください。
しかし王太子妃となっても、彼らも永遠に貴女の側で貴女だけを愛し続けます」
少女の顔は歓喜に輝いた。
そして今日、王国の全てから祝福され少女は王太子妃となった。
あれから、15年。
「やっとお子がお生まれになったようよ」
かつての魔術師団長子息の幼馴染だった妙齢の婦人が、やはりかつての騎士団長子息の幼馴染だった婦人に告げた。
「そう、長かったわね。彼女は元気なのかしら」
彼女達は、かつて王立学園で少女と同時期に過ごした。
幼馴染として、子息達が悩み苦しんでいたことを誰よりも知っていた。でもそれが自分では解決できずに悶々としていた所、少女によって救われた子息を見て、少女ならばと思い応援してきた。
出来るならば、自分の幼馴染と結ばれて幸せになってほしいと思っていた。
少女が王太子を選んだと知り、それでも幼馴染を救ってくれた少女がやがて王太子妃、そして王妃になるのならば心から尽くそうと思っていた。
「来期のシーズンから、王妃も夜会に出られると聞いたわ」
「まあ、久しぶりに彼女に会えるのね」
弾む声で、婦人達は微笑みあった。
シーズンの始まりを告げる王宮の夜会。
今宵のこの場は、静かな緊張感をはらんでいた。
かつての少女──王太子妃となり、今や王妃となった彼女が現れるのを皆が待ち望んでいた。
あらゆる貴族がひれ伏す中、王が御輿を伴って現れた。
王自ら、御輿から丁寧に王妃を横抱きにして、玉座の横に据えられた王妃の為の特注の椅子に座らせる。
「皆の者、大儀である。
今年もシーズンが始まった。今シーズンから王妃も参加が叶うこととなった。
めでたき日である。
本日は無礼講である。
王妃と親しき友人たちに、特別に王妃への拝謁を許す」
王が手を振ると共に、明るく弾む音楽が流れ出す。
騎士団長子息の幼馴染の婦人と魔術師団長子息の幼馴染の婦人が連れ立って王妃の元に赴いた。
「王妃様、お久しぶりにございます。無事の御出産おめでとうございます」
王が機嫌良く婦人達に声を掛けた。
「おお、そなた達か。久しいな。どうやら王妃も久方ぶりの再会に喜んでおるようだ」
和やかに夜会の宴は続いていく。
やがて深夜を告げる鐘が鳴り響き、明かりは落とされ、宴は終わった。
家路に着いた騎士団長子息の幼馴染の婦人は、寝室でそっと夫に寄り添って話しかけた。
「王妃様、本当にご無事でよかったわ。
ご立派に後継子様達も設けられて……」
けれど、とここからは心の内だけで呟く。
(かつては陽光の如くと讃えられた髪は痩せ細り、所々地肌まで透けていたわ。皮膚も弛み、皺もとても同年とは思えない深さだった。空に例えられた瞳も濁って、まるで老婆。流石に5家もの継子様達の出産なんて、私だったらとてもじゃないけれど、耐えられなかったわ……)
中世の出生してからの成人率はおよそ55%。
つまり、産まれても半数は成人する前に亡くなってしまう。
貴族と言えど、10回近くの出産をすることさえ稀な事ではない。
それを5家もの負担を決めた王妃を思い、彼女はそっと目を伏せた。