十手
相良十次は近くにあった窓際の障子に手をかざす。そこには障子の一つ一つに目玉が浮き出た。相良十次の式神である妖怪の目目連である。その姿が変形して憑依装甲になり鎖鎌の姿に変わった。それを相良が手にした瞬間に部屋中のアチコチから黒鎖が飛び出して大天狗を封殺する。綺麗な和式のホテルルームだったのに気が付けば、あちこちに傷跡が入ってしまった。
「まだ、そんな武器を使っていたの? 鎖鎌って確か日本産の武器で最弱じゃなかったっけ? 十手とか三節棍とか六尺棒よりも弱い武器ってこの前テレビてやっていたけど」
「うるさいなぁ。俺は格闘家じゃないんだ。陰陽師だぞ。これはこれで、特殊な追加効果を得られる仕組みになっているんだよ」
鎖鎌は草刈り鎌に鎖分銅を取付けた様な形をした武具で、農耕具を武器として発展させた物である。他の武器と違う所は、その鎖によって相手の動きを止める捕縛の技術である。扱いにくさは天下一級品だが、使いこなせれば日本刀などの近接戦闘の武器にも引けを取らない。
「鬼神スキル……『畳返』」
目目連の能力は隔離空間を形成する能力である。自分たちしか出入り出来ない結界のような亜空間へと移動して、そこに妖怪や悪霊を封印することが出来る。以前に最凶の悪霊と呼ばれた柵野栄助も捕縛していた事もあった。畳返はその尋常ならざる危険性故に本来は禁術指定になっている。
結界内部の全ての風景が障子で出来ている。天井から全ての壁が障子なのだ。地面だけは畳になっている。明かりなど灯っていないが、薄暗く部屋全体が光っており、障子の外から光が差し込んでいるのだろうか。この空間に自由に移動出来るのは相良十次だけだ。
その場に大天狗が落とした羽団扇を、鶴見牡丹が思いっ切り蹴飛ばした。羽団扇は障子の外へと飛んでいく。そして部屋と部屋を繋ぐ障子が閉まった。もうあの扉を開けて拾いに行っても同じ部屋には繋がっていない。これで洗脳も出来ずに風雨や火災も起こせない。もし逃げられたとしても、攻撃手段の要はもうない。
「お前の関節部、両手両足、その他の筋肉が働きそうな場所は全て鎖を巻いた。これでもうお前は腕力ではこの空間を抜け出せない。ご自慢の武器も戻って来ない。あとは呪術でどうにかするしかないが、コッチも必死なんでな。脱走する動きを見せたら容赦しないぜ」
小さく鋭い鎌の方を大天狗に向けた。大天狗は必死に睨みつけ返すが、どうやら簡単には抜け出せる様子はない。少し安堵しつつも、まだ油断出来ない相手である。ここから奴に質問する事が山ほどある。
「白神柄杓をどこへやった」
「知らん。そんな娘は知らない」
「お前が誘拐しているのか? 俺が党首になるのを阻止する為に、貴様は白神柄杓を利用して……」
「そんな奴は知らないと言っているだろうが。知らんと言ったら知らない」
奴は頑なに黙秘を続ける。顔を合わせようとせずに、目を瞑って顔を下に向けている。五芒星は一人たりとも欠けてはいけない。もし奴が白神柄杓をどこかに隠しているのならば、どんな手段を使っても救い出さなくては。これは……拷問とかするべきなのか? あんまり具体的にどういう事をするのか、分からないのだが。
「あんまりコッチを馬鹿にしていると……その……殴るぞ!!」
「勝手にしろ」
そう簡単には口を割りそうにない。天狗にも傲慢さ故のプライドがあると言ったところか。
「ねぇ。相良十次。もしかして、この大天狗ってさぁ。式神なんじゃない? ただの野良の妖怪じゃなくて」
鶴見が冷静に冷たいトーンで言葉を発した。大天狗が大きく鶴見の方を向き、相良十次も驚いた顔をする。鶴見は腕を組んでゆっくりと言葉を続けた。
「あなたを殺したいだけなら、白神柄杓と名乗って出たり、この地で待ち伏せする理由がないでしょ。安倍晴明の子孫を殺したいってさぁ。歴史上で何度でもチャンスはあったはず。いや、今の相良十次なんて本家と直系の子供でもない奴を突然に殺したいなんて、ちょっと意味不明だよ。それこそ御門城まで飛んでいって暗殺すれば良かったじゃん」
「…………」
「白神柄杓は明確に相良十次の党首になる事を反対している。ただ追い出そうにも穏便にしたい。だから、式神を使って都合よく追い出そうとした。大天狗という脅威を持ってして逃げ出せば、最大の汚名だからね。それ以前の交渉で諦めてくれても良かった」
「…………」
「白神柄杓の式神なんでしょ。蘆屋道満は大天狗になんてなっていないし、たぶんお前は大天狗でもない。お前は確かに強大な力があるが、大天狗ほどの実力はないはず。安倍晴明に封印された天狗かな。だから安倍晴明は個人的に恨んでいるんでしょ? だから白神柄杓と結託した」
大天狗……いや天狗は俯いて返事をしない。相良十次の方は今にも叫び出しそうな驚いた顔をしている。鶴見牡丹が天狗の正体を見破ったこととか、白神柄杓の式神だと考えていることや、封印された天狗だと考えていることとか。相良十次にとっては思いもつかなかった事である。知識だけはあったのに。
「どうりで弱すぎると……。つーか、鶴見。お前ってこんなに推理力あったか?」
「自分で気が付けよ。まったくもう……」