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なな〜ウエルカム・絶望〜
 ポアロから警視庁に戻った俺は、興奮気味に佐藤さんと高木さんに梓ちゃんの推理を伝えた。
 佐藤さんは唸りながら、首をひねった。

「刑事である私の車に敢えて子供を乗せた。つまり、事件性が高まったってことかしら」
「は、はい。俺はそうだと思うんです」

 高木さんにだっこされてすやすや寝ているひかるくんを見て、佐藤さんは目を細めた。
 でもそれは赤ちゃんを愛でる見方ではなく、観察するような視線だった。
 どうやら佐藤さんは、俺よりももっと深くまで何かを推理しているように見えた。

「一般人から見た警察の印象としては、ありえる話ね。でも、警察に黙って子供を預けるってことは……」

 この先輩刑事にしては珍しく、語尾を濁した。
 それをフォローするかのように、高木さんが言葉を紡いだ。

「警察に対して、何か後ろめたいものがあるかもしれませんね」

 俺はどきっとして思わずひかるくんを見た。
 腕を左右にゆっくりと揺らす高木さんのゆりかごで、当の赤ちゃんは「すぴー」と寝息を立てていた。
 警察に対して後ろめたい、ってことはこの子の親はもしかして、犯罪に手を染めてるかもしれない……?
 佐藤さんが歯切れ悪かった意味がわかって、俺も戸惑った。
 そんな空気を察して、高木さんはあわてて言った。

「あ、でもこうやってひかるくんをわざわざ刑事の車に乗せたのだから、矛盾してるかも」

 確かに。
 犯罪に手を染めた人が、自分を捕まえる刑事の車に子供を置くはずがない。

「いや、もしかしたら罪を犯したからこそ子供には真っ当であってほしいと願い、佐藤さんの車に置いた可能性はあります」

 うわ、びっくりした。
 俺の背後からぬっと首だけが出てきて、振り返る。
 そこには、いつの間にか戻ってきていた白鳥さんがいた。
 確か、殺人事件の捜査で米花署に今日は行ってたはず。

「あら白鳥君。捜査はどうだったの」
「もちろんあれしきの事件、すぐに解決しましたよ」

 髪をかきあげそうな雰囲気で白鳥さんはふっと笑った。
 
「そういえば、米花署の知り合いから聞いたんですけど、例によって例の如く名探偵がふらりと来たとかで」
「そんなことより、この赤ちゃんのことなんだがね」

 ああ、やっぱり白鳥さんじゃなくてあのちょび髭の名探偵が解決したのか。
 妙に交番や所轄に知り合いの多い高木さん(多分人柄のおかげ)の情報を強制シャットダウンして、白鳥さんは咳払いをした。

「今までの話を総合すると、これまでもしくは現在事件に関与してて、戸籍上子供がいるはずなのに何故かいない親を探せばいいということになるのかな?」
「あと、現在登録している住所から失踪している人ですよね」
「そうね。家から赤ちゃんがいなくなって親だけが住んでいれば、近所が不審に思って警察に通報しそうだわ。でも旅行に行くとか言って親子でいなくなれば、通報は無いはず」

 徐々にだけど、俺をおいて後の三人はどんどん推理を進めていく。
 いや、俺だって推理をさぼってるわけじゃないけどさ。
 俺はじっくり腰を据えて考えるほうなんだって。
 反対に、目の前の三人、特に佐藤さんや高木さんは直感でぱぱっと考えられる人たちなんだ。
 一度スイッチが入ると、推理の結末が見えてくるまで戻ってこないことが多い。
 今もきっとそんな状況なんだろう。
 ひかるくんを左右に揺らしてあやしていた、高木さんの腕が止まっていた。

「ひかるくんは生まれて一年もたっていません。生まれる前後に何か事件を起こすとは考えにくいですよね」
「それもそうだわ。しかも、臨月の状態の時ならなおさら。やっぱりひかるくんが生まれた後に起こった事件から探しましょうか」
「ふむ、あとはもう少し地域が限定されれば探しやすいだろうけど」

 白鳥さんが腕を組んで窓の外を見た。
 灰色がかった雲が空の中で濁んで、すっかり今は深夜だ。

「そもそも、親は生きているのか……?」

 その言葉で、場の空気に一気に緊張が混じった。
 言った白鳥さん本人も、自分の無意識の言葉にぎょっとしていた。
 俺はそんな予想、全然したことなかった。
 ああ、でもそうか。
 自分は死ぬから、子供は置いて行った。
 そんな展開もありえなくはない。
 一方佐藤さんと高木さんは、そこまで驚いた顔はしていなかった。
 言葉にせずとも、薄々その可能性も気づいていたんだろうか。
 でも、でも。
 そんな悲しいことが本当にあったなら。

「……ふぇ」

 え?
 甲高い小さな声がした。
 探す手間もなく、それは突如起きたひかるくんのものだとわかった。
 目をしょぼしょぼさせたかと思えば、もともとピンク色の頬がどんどん紅潮していった。
 お人形のような両手を万歳の形に持っていく。
 反対に、ひかるくんを抱く高木さんの顔から見る見るうちに血の気が引いていった。
 あまりの青ざめように俺は心配する。

「た、高木さん?」
「やべっ」

 久しぶりに聞いた高木さんのくだけた言い方と共に、けたたましい赤ちゃんの泣き声が一課の部屋に響きわたり始めた。
 すごい声だ。
 わんわんと、いやがんがんと泣き声はヒートアップする。
 絶望とはこんな音なんじゃないだろうか。
 そう思えるほど、赤ちゃんの泣き声は迫力があった。
 この小さな体にこんなに声を出す力があるんだ。
 感心したかったけれど、それよりも絶望のほうが先にきてしまい、どうしていいのかわからなくなる。
 観察している俺でそんな感じなんだから、抱いている高木さんはもっとあわてた。
 揺すっても高い高いをしても、ひかるくんは泣き続ける。
 
「こっちに!」
「は、はい!」
 
 佐藤さんがすかさず抱きかかえたけど、泣き声は止まなかった。
 てか、この二人でだめならどうなんの!?
 あまりの大声に、一課の刑事全員がおろおろし始めた。
 
「おい白鳥! お前が死んだとかいうからだろ!」
「僕のせいですか!? ていうか、僕は死んだとは言ってませんよ、生きてるのかってつぶやいただけですよ!」
「どっちにしろ意味同じじゃねーか!」

 先輩刑事の見事なツッコミもむなしく、更に声は大きくなる。
 もう駄目だ。
 絶望よこんにちわ。
 俺がそんな混沌とした思考に陥りそうになった時。


「なんだなんだ。相変わらずガキの泣き声はうるっせーな」


 小指で耳の穴をほじりながら、名探偵・毛利小五郎が扉の前に立っていた。

 彼は救世主か!? 
 それとも絶望への案内人なのか!?

 
 
 
高木は原作でもたまにぽろっと敬語や丁寧語が抜けた言葉が出るのがツボです(笑)
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