Case2-4.最終話:思い出と共に。
「賑やかな誕生日になりそうね」
そんな子供達を見ながら、一言呟いた。
誕生日を姉と過ごしたのは、あれっきり。
大人になるにつれ、研究に時間を費やすようになって。
電話でバースデーコールをされた事はあっても、
実際に会って、ケーキを囲んでなんて。
……ケーキは、初体験かしら。
小さい頃、初めて誕生日を知って、その暖かい家族に憧れた。
その頃の私は全く気付かなかったけれど、姉も多分、あれを見た時羨ましく思ったと思う。
お母さんやお父さんが死んだ時、私はまだ生まれたばかりだったから覚えていないけれど、
お姉ちゃんだって、まだとても幼かったのだから。
それでも、自分の誕生日には我侭一つ言わなかった。
いつも笑顔で、私を救い続けてくれた。
お父さんとお母さんが死ぬ前に託したテープなんてものも、
忘れずになくさずに、ずっと私に渡す機会を探していてくれた。
「哀ちゃん、これプレゼント!」
「中身知られてますから、わくわくも無いかも知れませんけど」
「大切にしろよ! 小遣い全部つぎ込んだんだからよ」
電話を終えた子供達に、次々にプレゼントを渡され、
あっという間に、私の両手全てプレゼントで埋まった。
「コナン君、結局買わなかったんでしょ!」
「あ、いや……だからピンと来るもんがなかったんだって」
「そう言うから、デパートにも寄ったじゃないですか」
「デパートにも無かったんだよ!」
子供達に非難されながら、苦笑しつつ答える彼。
まぁこれはこれで、面白い誕生日プレゼントね。
そうしている間に、外は段々と日を落とし、暗くなっていった。
「そろそろ頃合じゃないかのぉ。ケーキの用意もした事じゃし」
食卓に案内されてみると、中央に七本のろうそくが刺さったバースデーケーキが置かれていて、
シャンパングラスと、先ほど商店街で入手したのであろうチキンが盛り付けられた皿と、
人数分の小皿がその机に置かれていた。
嬉しそうに皆席に着き、最後に私が座ると、博士は持ってきたライターで、
ケーキのろうそく全てに灯りを灯した。
そして、電気が消える。
……ハッピーバースデートゥーユー……
最初に歌いだした、吉田さんに続いて、一人、一人と声が重なっていく。
そして、音楽の能力に関しては何故かぷっつんしている彼も、
恥ずかしそうに視線を逸らして、小さく口を動かして歌っている。
ろうそくの光でともされて見える顔が、赤らんでいるのが分かる。
……ハッピーバースデーディア灰原さん(哀ちゃん)……
幼い頃、夢に見ていた風景。
暖かそうな室内で、ろうそくだけに灯された家族が歌う祝福の歌。
ちょっぴり恥ずかしそうな顔でその輪の中に居る、その日の主人公。
監視つきですらない、自由で解放された空間。
……ハッピーバースデートゥーユー……
皆が歌い終えた後、吉田さんが小声で、ろうそく消して!とささやいた。
そう。あの時も、主人公がろうそくを吹き消して、皆からの拍手を受けていた。
その後渡される筈のプレゼントは、もう貰ってしまっているけれど。
「ふ〜っ」
息を吹きかけて、七つ分のろうそくの火を消した。
暗くなった室内で、周りから拍手と、「おめでとう」の声が聞こえた。
また一つ、誕生日の暖かい思い出が増える。
ねえ、お姉ちゃん、天国で見てる?
私は今、こんなに……
゜・:,。゜・:,。★゜・:,。゜・:,。★゜・:,。゜・:,。
ベランダは、少し風が吹いていた。
たまに髪が揺らされるが、それもまた、気持ちがいい。
真っ暗な空にいくつも輝く星を見上げながら、先ほどから、じっとその場に立っていた。
今となっては科学的なもの以外信じては居ないけれど、幼い頃は、よく星を見ては思った。
死んだ両親の事や、遠くに居るお姉ちゃんの事。
私を励ますために、教えてくれた。
「星になって、見守ってくれているんだよ」と言ったその言葉をただ信じて。
「だとしたら、お姉ちゃんも、どこかに居るのかしら」
居る、と思って呟いたことではない。
ただ、幽霊でも星でもなんでもいい。
お姉ちゃんがそのどこかで、私を見守ってくれているとしたら……
「お姉ちゃん、ずっと私の幸せを、願ってくれていたよね」
話したい事がたくさんあった。
聞いて欲しい事が、たくさんあった。
伝えたい事、共有したい事……たくさん、たくさんあった。
非科学的な存在を信じては居ないけれど、
何故か、空に向けて語りかければ、お姉ちゃんに通じる気がしたのだ。
「お姉ちゃんの居ない新しい幸せを築き上げていくのに、少し抵抗はあったけど……
でも、何よりそれを望んでいてくれたよね」
だから。
「見ててくれた? さっき、皆に囲まれてケーキを食べてる姿。
ねぇ、お姉ちゃん。私はね、今こんなに……」
こんなに、幸せな中に居るのよ。
組織に追われていても、ついそれを忘れてしまうくらい。
でも、それでもお姉ちゃんとの思い出は、ずっと生き続けているから。
綺麗なまま心の中に封印された思い出。
それは、ずっと生き続けている。引き出しを開ければ、いつでもそこに。
「お姉ちゃんと、お母さんからの大切な誕生日プレゼントも、ちゃんと受け取っているよ」
手に持ったテープを、少し上に掲げる。
「ありがとう」
空に向けて、星空の向こうに居る、お姉ちゃんや両親に向けて。
そのたくさんの思いを込めたたった五文字の言葉を、呟いた。
「灰原? こんな所に居たのか」
「工藤君……」
お姉ちゃんとの一方的な会話を終えて、暫くその場で星を見ていると、
ベランダの戸に寄りかかるように彼が居た。
「子供達は?」
「あぁ、もう寝たよ。夜の11時っつったら、どこの子も寝てる時間だろ」
尋ねると、彼は静かな声で、そう答えた。
「もうそんな時間になるのね。私がベランダに出た時は10時半頃だったけど」
数分しか経っていないようなつもりだったけれど、30分もそこに居たという事。
さすがに苦笑した。
工藤君は、私の手元のテープを見て、尋ねる。
「もう、聞いたのか?」
「まだよ。寝る前に聞こうと思って」
19歳になった私に向けた、テープ。
20歳になるまでの誕生日ごとのお祝いの言葉が録音された、
死んでしまったお母さんが、お姉ちゃんに託した、私へのバースデーメッセージ。
「で、何の用? 私の事探してたんでしょ?」
「こんな所に居たのか」と、彼は先ほど私に言った。
それは、私を探して家の中を歩き回った証拠。
「あぁ」と思い出したように呟いた彼は、徐にポケットの中から、水色の包装紙に包まれたそのプレゼントを取り出した。
「……ほら。7歳の灰原哀と、19歳の、宮野志保へ」
「買ってたの!?」
彼は、ずっとそんなそぶり見せなかったから、正直そのプレゼントを見た時には驚いた。
すると、彼は小さく笑って答える。
「ほら、オメー途中で歩美ちゃんとぬいぐるみ見ながら話してただろ。
その時、ちょっとな」
本当は二つ別のプレゼントを用意してもよかったけど、
小学生の財布じゃそこまでは余裕がなかった、と彼は言った。
「……あ、ありがと」
開けてもいいかしら。と確認して、ゆっくり、包装紙にかかったリボンに手をかける。
中から出てきたのは、可愛らしい作りのブレスレットだった。
男の人から、可愛いアクセサリーなんてもらうのは初めてで。
どう反応していいのか迷っていると、彼にそれを取り上げられた。
「えっ? ちょっ!」
すぐに言葉が出なかったことで、気を悪くしたのかと慌てて顔を起こすと、
無意識にブレスレットを追った手をつかまれた。
「じっとしてろ。つけてやっから」
そう言って私の腕にそのブレスレットをまわす彼に、固まった。
鈍い彼のこの思わせぶりな態度は、いつも突然だから、
されるこちらは、本当にたまらない。
片手が終って、もう片手にも、ブレスレットがつけられて。
「どうだ?」
尋ねられて、心臓が跳ねた。
「ま、まぁ……気に入ったんじゃないかしら」
クールな返事を返すのに、これほど体力を使うなんて。
その言葉を確認して、彼は嬉しそうに笑った。
「それなら、今つけてても、元に戻ってからつけても、おかしくねーだろ」
何も買っていないフリして、彼は灰原哀でも宮野志保でも似合うものを探し出していたのだ。
それを別に特別な事という意識なくやってしまう彼が凄い。
「全く、無自覚な人よね」
「あん?」
小さく呟いた私の言葉を、聞き取っているのか聞き取れなかったのか、
不思議そうに首をひねった彼。
思わず、笑顔がこぼれた。
「何でもないわ。ありがと」
両手首が、とても熱い気がするのは、気のせいでもないかもしれない。
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『19歳になった志保へ、お誕生日おめでとう』
PM23:30。
部屋の中で、窓から夜空を見ながら、イヤホンからもれるテープの声を聞いていた。
お母さんの声の入った、お姉ちゃんからのプレゼント。
『もう19歳。来年には、もう成人なのですね。
赤ちゃんの頃のあなたしか知らない私は、なんだか不思議な気分です。
そろそろ、彼氏なんかも出来る年頃ですね。お母さんも、会ってみたいわ』
たくさんの、暖かい声が詰め込まれた、そのテープを聴きながら、
お母さんの顔を、頭にたくさん浮かべた。
『たくさん、辛い事もいやな事もあるかもしれません。
でもね、もしあなたが今自分で幸せだと思える環境に居るとしたら、
お母さんもとても幸せですよ』
ええ、幸せよ。
平和な日の中で、子供達と新しい生活をしている私は。
お母さんの温かさにこうして触れている私は。
勿体無いくらいにね。
『……それじゃあ、また20歳のお誕生日に会いましょうね。』
その言葉を聞いて、テープの電源を切った。
電気を消して、布団の中に、もぐりこむ。
来年の誕生日も、またこうやって皆で過ごせるのかしら。
ケーキの周りを囲って、生まれてきた事を祝福されて。
来年の誕生日も、またお母さんの声を聞いて、お姉ちゃんに話しかけて。
そうだとしたら、いいわね。
「おやすみなさい」
誰に向けた言葉なのか、自分でもよくは分っていなかったけれど、誰も居ないはずのこの部屋が、なんだか暖かくて。
一人の気が全くしなかったから。
数分後、寝付いた私は、お母さんとお姉ちゃんとお父さんと、三人に囲まれて誕生日を過ごす夢を見た。
それはとても幸せな、もう一つの誕生日。
お姉ちゃん、見てくれていますか?
私は今こんなに、幸せな日々を送っています。
”見てるよ。……ちゃんと聞いてるよ。”
”夢の中で会おうね。私も、たくさん話したい事があるんだよ。”
”おやすみ、志保……”
〜完〜 |