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Birthday present〜キョリ〜
作:朧月



Case2-2.宮野志保の誕生日


「哀君?」

 声をかけられて、現実に引き戻されると、
目の前で博士が心配そうな顔で私を覗き込んでいた。

「大丈夫か? ぼーっとしておったが……この間新一君の事で色々あったから、疲れているんじゃないかの」

 心配そうに、暖かい言葉をかける彼。
今、どんなに寂しくても、私は一人じゃない。
昔のような、あの部屋に一人ぼっちでいるんじゃない……
お姉ちゃんみたいな、暖かい家族がいて、こうやって、私を心配してくれる。

「ごめんなさい、大丈夫よ」

 小さく微笑んで、そう答えた。
心配してくれる人がいるのは、多分凄く幸せな事で。
工藤君のような、凄く頼りに出来る仲間が出来たのも、凄く幸せな事で。
探偵団のあの子達と、仲良く平和に笑いあっているのもまた、大きな幸せ。
そんなたくさんの幸せは、暖かいけれども怖い。
 春になって、暖かい日差しが照りつけて溶けていってしまう雪のように、
彼らと幸せな思い出を積み重ねる度、溶けていってしまう。
お姉ちゃんとの、辛くてもとても大切だった思い出。
少しずつ、一つ、一つと溶けていってしまう。

 だって、新しい思い出たちの中に、お姉ちゃんはいないから。
本当は、お姉ちゃんも一緒にこの幸せな暮らしの中にいればよかった。
組織に居た時は無かった暖かいものが、心の雪を溶かしていくこの場所で。
邪魔するものなんか何も無い、本当の、普通の姉妹として、
新しい思い出を積み重ねていきたかった。

 今あるこの場所は、私一人が手に入れてしまった幸せだから。

「ちょっとね。姉の事を思い出していたのよ」
「君のお姉さん……明美さんか?」
「ええ、私にとって凄く大切な、忘れちゃいけない思い出」

そう。綺麗なまま封印されて、ずっと心に残り続ける、大切な思い出。
とりあえず紅茶でも飲もうと、キッチンへ向かった。

「博士も飲む?」
「ああ、そうじゃな。哀君の淹れる紅茶、好きなんじゃよ」

 嬉しそうに返事をした博士の言葉に、食器入れから、二つカップを出した。
思い出話には、暖かいものを飲んでいた方が落ち着いていられる。
お湯を沸かして、茶葉を取り出して、角砂糖を、一つずつ。

「はい、これ」
「おぉ! すまんのぉ」
「熱いから、気をつけて」

向かい合ってソファに座って、まだ熱いその紅茶を一口口に入れた。

「工藤君が言ってたじゃない、私の誕生日はいつかって」

 突然話を始めた私に、博士は顔を顰める事はなく、
不思議そうに首をひねって、次の言葉を待っている。

「その言葉で、思い出したのよ。昔、ずっと昔の、誕生日の事。
 私と、お姉ちゃんとの……大切な思い出」

 意味がなくなんかない。
特別に意識した事がないなんて、嘘。
 組織で、お姉ちゃんから離されて一年と少し。
あんな暖かい家族を、見てしまったから。
あの時ほど、お姉ちゃんと一緒にいたいと思った事はなかったから。



゜・:,。゜・:,。★゜・:,。゜・:,。★゜・:,。゜・:,。



『そうじゃなくて、ハッピーバースデートゥーユーだよ!』
「はっぴーばーすでーとぅーゆー?」
『そうそう』

 電話相手の姉に、再びその歌の事を聞くと、メロディーつきで丁寧に教えてくれた。
私の誕生日まで、あともう少し。
電話越しに伝わる姉の声が、唯一私の心の支えだった。

『志保、何かあった?』

 変わった事はないかと、電話でいつも心配してくれる。
何かあったか、と言えば、浮かんできたのは、この間の女の人の顔だった。

「変な女の人が来たの」
『女の人?』
「うん、お父さんとお母さんの研究を引き継がなければ、
 お姉ちゃんとずっと一緒に暮らせるって言ってた。まだ、正式に引き継いでないのにね」

 才能を見込まれて外国の施設に送られたとは言え、
当然そんな幼い子供が、研究に携わるわけが無い。
 だから、当分はその薬のデータや名称を”勉強する”事が主な生活だったのだ。
少し黙って考え込んだおねえちゃんは、答えた。

『志保と私が一緒に暮らせないのは、志保が研究を引き継いだからじゃないよ。
 志保はね、選ばれたの。お姉ちゃんは、認めてもらってないから一緒に住めてないけど、
 でもね、いつかお姉ちゃんも、認めてもらえるように頑張るから』
「私、そんなに凄くないよ?」

 だって、お姉ちゃんの方がいっぱい知ってる。
この世の中の、色んな事。
 こんな、狭い所で薬の事ばかり覚えさせられてる私より、ずっとたくさん。
一緒に居た時は、いつもたくさん教えてくれて、遊んでくれた。
お姉ちゃんは、私よりずっと凄いのに。

『うん、そうだね。誰がどんな評価しても、私から見た志保は、普通の可愛い妹だよ』

 そう返ってきた答えを聞いたら、また一つ、気持ちが暖かくなった。
それは特別という称号なんかより、ずっと幸せな事。

「また、一緒にくらせる?」
『うん』

 いつかまた、なんて、凄く遠い話だけれど、
 その時は、そんな遠い希望が、何よりも支えになっていた。
そこで少し考え込んだ姉は、言おうか言うまいか迷っているような口調で、
はっきりしないゆっくりとした口調で、話を切り出した。

『……ねぇ、志保』
「え?」
『志保はさ、何か欲しいものとかある?』

欲しいもの。
そう聞かれても、何のことだか分からないし、欲しいものなんて、出てこなかった。

「ないよ。どうして?」
『……そっか』

 受話器から、苦笑交じりの声が返ってきた。
その時の私には、その苦笑がどこから来るものか、分からなかった。
それっきり、悩むように黙り込んだ受話器に、「お姉ちゃん?」と話しかけた。
「そろそろ切れ」と、受話器の向こう側の男の人の声が告げる。

『うん、分かった。じゃあ、またね』

 何が”分かった”なのか。
聞こうと思っても、電話が切れてしまって、話す事は出来なかった。

 欲しいもの……
 あった。たった一つだけ。

 誰にも邪魔されずに、普通の姉妹でいられる時間。

 満足できるくらい、一緒にお話できればいいと、思っていた。
一人でまた長い間寂しくなくやっていけるくらい、凄く楽しい一日があればいいと思っていた。

 けれど、そんな事言っても、お姉ちゃんを困らせるだけだと、分かっていた。



゜・:,。゜・:,。★゜・:,。゜・:,。★゜・:,。゜・:,。



 TRRRRR……
 阿笠家に電話のベルが鳴り響いて、紅茶を飲む手を止めた。
立ち上がろうとした博士を止めて、「私が出るから」と紅茶を置いて立ち上がる。
鳴り響く電話の番号を確認して、首をかしげながら、電話を取った。

『哀ちゃん!』

 数時間前、学校で別れた声。
この子供の姿になってから、初めて出来た友達。

「吉田さん? どうしたの」
『あのね、明日休みでしょ? 哀ちゃん何か予定ある?』
「明日……?」

明るい声に聞かれて、一瞬戸惑った。
明日……カレンダーで日付を確認する。

「……何も、ないわよ?」

少し考えてから、そう伝えると、「ホント? よかった〜」と安堵の声が聞こえた。

『じゃあさ、明日遊ぼ!歩美と、元太君と光彦君と。
 まだ空いてるかわかんないけど、コナン君も』
「いいけど」
『博士の家、だめかなぁ?』

尋ねてくる彼女に、「大丈夫よ。頼んでおくわ」と伝える。
電話の向こうで、喜んでいる様子がこちらに伝わってきて、気分がいい。

『じゃあ、明日行くから、待っててね!』
「ええ。じゃあね」

 別れを告げて、電話を切る。
その足で、カレンダーの元へ向かった。

「懐かしいわね……」

 14年前、そこに丸くつけた印。
初めて、誕生日を知った日、何か意図する事があったわけではなく、印付けした。
あの頃の記憶と重なって、うっすらと丸印が見えた気がした。

「本当、懐かしいわ」

 星を見ながら、姉を思ったあの夜。
姉の言葉の意味を理解できず、ただその声を聞いている時間だけ、暖かかった。
とても優しい空気に、包まれていた。
 一所懸命になって、あのテープを渡そうとしてくれていた事も全く知らず、
家族で過ごす誕生日を、ただ夢見ていた。



゜・:,。゜・:,。★゜・:,。゜・:,。★゜・:,。゜・:,。



 迎えた誕生日当日は、やはりいつも通りのスタートだった。
いつも通りのメニューの朝ごはんを食べて、顔を洗ったり歯を磨いたり、
そんな誰でもやっているごく普通で当たり前の行為は、研究室に入った時点で終わる。
 おいてある薬品が確かに昨日も使ったものであるという事を確認して、
目の前の資料を手にとって、一ページ二ページとめくった。

 そして出された甘い味のカフェオレを一口飲んで、パソコンの前に座った。

「おねえちゃんも、頑張ってるから」

 そう考えると、不思議とそれ以上悲しくはならない。
誕生日に会える贅沢なんかなくても、祝ってもらえる贅沢なんかなくても、
いつかまた一緒に、という事が、大きな励みなのだ。

 その誕生日が、いつもと違うものである事に気付いたのは、それから数時間後。
昼食も済ませて、夕方の4時を回った頃だった。

「命令された文の資料はどうした?」
「これ。もうすんでるよ」

 ジンは、大抵日本で組織の重要なお仕事をしてるから、結構忙しい人で。
部屋に来るなんて珍しい。
怖い人のイメージはとてもあったけれど、ここには数少ない、日本に居た頃から知ってた人だから、
比較的、話をする事に恐れたり、抵抗は無かった。

「……フン、こんなガキに研究を引き継がせるしかないとは、組織も人手不足だな」

渡した分厚い資料に、ざっと目を通したと思ったら、ジンは呆れた顔でそう言った。

「どうしたの? ジン」

何をしにきたの?
尋ねると、ジンの鋭い瞳が、私を見下ろした。

「今日はこれで終いだ。あの方からの命令でな。
 たまの気分転換は仕事のはかどりにも繋がるだろうと、俺に子守を命じたってわけだ。
 ……まぁ、あの方の命令に背くわけにはいかねぇからな。さっさと身支度を整えろ」
「気分転換……? 何するの?」
「さあな。社会勉強も兼ねてだそうだ。……いいからさっさとしろ。
 俺はガキのおもりをしてやる趣味はねぇんだ。ぐずぐずしてると殺すぞ」
「は、はい」

 冷たい目で睨まれて、慌ててどこかに出かける支度を整えた。
ジンの「殺す」は脅しじゃない。
本当に、私の事を殺すこと、なんとも思ってない筈だから。

「……準備したよ、ジン。どこ行くの?」
「いいから、さっさとついて来い」

 聞いても何も教えてくれないジンの下から見た表情は、どこか不機嫌そうだった。
その不機嫌の意味は分からなかったけれど、突然お出かけなんて、そんな事は初めてだったから、なんだかドキドキしていた。
その”ドキドキ”は、その日が誕生日だったから、という事も関わっていたと思う。

 連れて行かれた場所は、あまり来た覚えのない場所だった。
けれど、どこか慣れた雰囲気のように感じたのは、その部屋に微かに漂う薬品のにおいと、
部屋の隅にある机に置かれたパソコンと、本棚に並んだ資料が恐らく原因。

「……これが、気分転換?」

 思わず、首をかしげた。
普段の生活と大して変わらないこの空間に来る事が、どんな気分転換になるというのか。
すると、ジンは私に言った。

「未来に、お前が使う予定の研究室だ。お前の母のエレーナが、結婚前にここで研究をしていた」
「……え?」

 お母さんの、研究室。
今私が使っているところが、学習用の研究室なら、
ここは本当に、その薬を作るための開発用の研究室で。
よく見てみれば、いろいろな薬品が置かれていた。

「まだ薬に対して無知なお前をここに入れるわけには行かなかったからな。
 一時的に、あそこで研究させている。いずれお前にはここで、組織の為に薬の開発をさせる。
 まぁ、学ぶべき学業を施設で済ませた後の事は、ここにいるか日本に帰るかはお前次第だがな」
「……お姉ちゃんは? 一緒?」
「……お前が組織の中で幹部クラスに成長したら、一緒に住まわせてやってもいいんだぜ?」

「ここで一緒に住めるか」という質問への明確な答えは、返ってこなかった。
つまり、今のままじゃダメで、認められるものを作れるようになった時、お姉ちゃんとも一緒に。
そういう事だ。

「でも、ここで何をするの?」

 今ここに来た意味が、どうしても分からなかった。
誕生日だから、どこかに連れてってもらえるのか、なんて少しありえない想像をしていた。
それがありえないのは分かっていたけれど、でもやっぱり納得できない。

「ねぇ、ジ……」

 言いかけて、廊下から近づいてくる足音に気付いた。
何だろう?そう思って言いかけた言葉を止めて、入ってきた戸に振り返ると、
そのノブがゆっくりと回った。

「志保!」

 戸が開いて、すぐに目に入ってきた男の人の後ろから、
私の名前を呼んで部屋に駆け込んできたその声と姿に、ただ呆然と驚いた。
本来、居るはずのない人。
そこにいる事が不思議で、ぎゅっと抱きしめられるまで、幻かと思った。

「おねえ……ちゃん?」

 ここは多分アメリカ。
そして、お姉ちゃんがいるのは、多分日本。
まだ会って日も浅いから、稀にしか会えないお姉ちゃんが、
こんな所に居るわけがないと、そう思った。
けれど。

「お誕生日、おめでとう!」

 明るくて優しいこの声も、嬉しそうに笑っているこの顔も、
抱きしめられたこのぬくもりも、正真正銘、お姉ちゃんのもの。

「ごめんね、プレゼント、こんなのしか渡せないの」

 そう言って悲しそうに差し出されたのは、微かに古びたオルゴール。
ねじが付いていない所を見ると、蓋の開け閉めによって作動するようだ。
微かに所々傷が付いていたり、汚れていたりするところから見て、新品ではない事がすぐ分かる。
手渡されたそれを、未だ上手く現実を理解できていない頭のまま受け取った私に姉は言った。

「それね、本当は昔私の誕生日プレゼントで貰ったものなんだ。
 誕生日プレゼントがお古なんて嫌かも知れないけど、メロディ聞いてみて。
 きっと気に入ると思うよ」

そう言って、姉はゆっくりとその蓋を開けた。
可愛いメロディーが流れてきて、中に居たお人形さんが、踊った。

「……この曲……」

聞き覚えのあるメロディーに思わず呟くと、
目の前でにっこりと笑ったお姉ちゃんが、オルゴールに重ねて歌い始めた。

「ハッピーバースデートゥーユー…ハッピーバースデートゥーユー……
 ハッピーバースデーディア志保……ハッピーバースデートゥーユー……」
「……おねえちゃん」

 お古の誕生日プレゼントでも、それには凄く愛が篭っていて。
そのメロディーは、とても心に沁みてきた。
誕生日に一緒におねえちゃんとって言うのは、ただの憧れだったけれど。
 確かにその日、お姉ちゃんと一緒に一年に一度の誕生日を過ごして、一年に一度の思い出を作った。
 確かにその日、私は生まれてきた事を、幸せに思っていた。




こんにちは、朧月です^^
え〜と。え〜と、ねぇ;
今回は志保ちゃんのバースデーだったのですが、
会わせ方が、何だかあっけない><;;
もちろん、会えたのはっていう部分も考えているけど、でもやっぱりあっけない><;;
もちろん、14年前の事は、後の話の部分でも触れますけど。
そして、ジンさん上手く描けてるか自信ない!
だから、どきどきだったんだよ、この話を投稿するの。

そして、読んでて思ったかも知れません。
じゃあ蘭ちゃんと哀ちゃんのバースデー近いの?って。
一応、この話の設定を成り立たせる為、近いようにはしてあります。
けれど、何日後かって言うのは、わからなくしましたので。ただ言える事は、蘭編で歩美がコナンに遊ぼうって誘ってる部分があるので、その日でない事はたしかかな、と(笑)

どきどきしながら、このお話も読んでいただきましてありがとう御座いました^^
次回もまたどうぞ是非、ご覧になってやって下さいませv











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