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Birthday present〜キョリ〜
作:朧月



Case1-3.江戸川コナンの帰還


 久しぶりの自宅を出た俺は、最後の力を振り絞って、灰原や博士の待っている阿笠邸へ向かった。

 蘭には、あの様子だと恐らく気付かれては居ない……
最後まで、誤魔化し通せた筈だ……
最後まで、表情や態度に出さなかった自分を、心の中で小さく褒めた。

 実は、先ほど蘭の指に指輪をはめた時から、元に戻る予兆は始まっていた。
目の前の蘭に気付かれないように、と必死で普通を装っていたから、多分余計な心配は掛けていないと思う。

 どっくん、どっくん、と悲鳴を上げている心臓が、俺の余力を奪っていく。
体が、熱い。
段々と朦朧としてくる意識の中で、胸を押さえながら、何とか博士の家の戸を開けた。

「……っ! ぅぐっ」

 余力を振り絞って、後ろ手で戸を閉めた。
間違っても、蘭には見つかってはいけない……
 パタン、と戸が閉まった音がして、ほっとしたのも束の間。
閉まった戸に体を預けたつもりが、ずるずると床に引き込まれて。
為すすべも無く、その場に倒れこんだ。

「ちょっ、工藤君!!?」
「新一君!!!」

 俺を出迎えようとした灰原と博士が、異変に気付いて驚いて駆け寄ってくる。
その二人の声がしてから、ばたばたと近くなる足音がやんで、視界に二人分の影が出来るまで、数秒間。
二人の心配そうな顔が、何とか開いた横目に映った。
不安を和らげようと思い、身体を起こそうとしたけれど、身体が上手く動かせない。
 ……せめて「大丈夫だ」と声をかけようとしたけれど、上手く声が出なくて。
無理矢理、笑顔を作っては見たけれど、それを見た二人は余計心配そうな顔をした。

 二人の顔が、段々とぼやけてくる。
どっくん、どっくんとうるさく体内で響く鼓動は、どんどん激しいものになっていく。
霞んだ視界のピントを合わそうとしても元に戻ろうとはせずに、俺の意識は段々と薄らいでいった。



 二人の顔が……




 心配そうに俺を覗き込む二人の顔が……







 段々と、霞んで遠ざかっていくような……







 もう、コナンになるのは時間の問題だ。







 伸び縮みは3度目。いい加減、コナンに戻る時の苦しみのタイミングは理解していた。



 この工藤新一の体とも、またしばらくはお別れだ……



 もうすぐ変わり果ててしまう大人の身体に名残惜しさを感じながらも、俺は意識を手放した。







 最後に、誰かが必死で俺を呼ぶ声が、聞こえた。







 誰だか分からず、ただ俺は夢の中で、薬を渡してきた時の、灰原を思い出していた。









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 遡る事数時間前の阿笠邸。



 横で困惑気味な表情を浮かべている博士に見守られながら、
灰原は、オレにそれを渡し、そして真剣なまなざしを向けて言った。

「……言っておくけど、命の保障は無いからね。これ、文化祭の時の解毒剤よ。
 抗体が出来ている分、多分あの時よりずっと効き目は短いと思うわ。
 本当にほんの僅かな時間しか元に戻れないでしょうけど。
 あなたが、それでもどうしても欲しいって言うなら……」
「ああ」
「だから、もしも少しでも異常を感じたり、元に戻る予兆が現れたら、すぐに私の所へ戻ってきなさい」

 強い口調でそう警告した灰原。
今まで、随分言いつけ守らなかったからな……。
文化祭の時に、黒衣の騎士の仮面を外して、素顔をさらけ出した事も、
他の時も、灰原を欺いて危険に身を晒すたび、こいつは泣きそうな顔をしていた。

 思い出して、ついつい苦笑がもれる。

「ああ、分かってるよ。悪いな、灰原……無理言って」

すると、灰原はいつも通りのシニカルな笑みを顔に浮かべた。

「勘違いしないでちょうだい。これは私から彼女へのバースデープレゼントよ。
 あなたと会えるほんの僅かな時間を、彼女にプレゼントするだけ。あなたのその、指輪と同じようにね」

 悪戯っぽく微笑んで、コナンのポケットを指差した灰原。
そこに入っているものを頭に浮かべて、顔が熱くなった。
工藤新一から蘭へ送る、誓いの証のバースデープレゼント。

でも。

「……お前のプレゼントが、あいつにとって最高のプレゼントだな」

ははは……と冗談っぽく笑って見せる。
すると灰原は、目を細め、切なげにオレの顔を見つめた。

「工藤君…………絶対に、死なないでね」

 いつに無く真剣な眼差しで、消えてしまいそうな切ない声で、灰原は呟いた。
大切な人が、一人一人と、手の届かない遠い場所に行ってしまう悲しみ。
死というものが、決して漠然としたものではなく、身近にあるものだと知っている悲しみ。
目に浮かんだ涙は、失う怖さを知っているからだ。


゜・:,。゜・:,。★゜・:,。゜・:,。★゜・:,。゜・:,。


 そう。……俺はまだ、死ぬわけにはいかない。
蘭に誓った、何があっても、絶対に帰ると。そして、灰原も。
あいつの作った薬で死ぬって事は、絶対にあっちゃいけねーんだ。

 無理を言って薬を受け取った俺の、果たさなきゃいけない義務なんだ。

 やばくなったら、俺が何とかしてやるとも、約束した。
絶対に、死なないからとも、薬を渡された時にあいつに誓った。

 だから、俺はこんな所でくたばるわけにはいかない……。
灰原との約束も、蘭との約束も、

 絶対に、破るわけにはいかねえんだ!


゜・:,。゜・:,。★゜・:,。゜・:,。★゜・:,。゜・:,。


 夢の中で、博士と灰原の声が聞こえていた。
 必死で、俺を呼ぶ声が。


 目を覚ました時、心配そうに俺を見つめる二人の顔がそこにあった。
命の保障はないとは言っても、俺が生きる事前提で、灰原は薬を渡したんだ。
だから最初から、死ぬわけには行かなかったし、死ねるわけなんか、なかった。
目を開けて、そこが普段どおりの阿笠邸である事を確信してから、心底そう思った。

「新一君、大丈夫か?」
「やっと気付いたのね。気分はどう?」

 俺の様子を窺いながら、心配そうに俺の顔を見つめている分かりやすい博士も……
そっけなさそうな口調を遣いながらも、俺を安堵した顔で見つめる分かりにくい灰原も……
まだ僅かに気だるさが残る俺を、何より穏やかな気分にさせた。

 ゆっくり、手を顔の前に開く。
そこにはやはり、江戸川コナンの小さな手があった。
また、しばらくはコナンのままの生活……

 「ふぅ」と小さくため息をついてから、俺はゆっくりと起き上がった。
そして、二人に向けて軽く微笑んだ。

「大丈夫だから、そんな心配すんなよ」

 その言葉に、博士は素直に喜んでいたが、灰原は何故か赤い顔をして視線をそらした。
たまに、こいつは俺の言葉や行動に、意味の分からない反応をする。

 なんで、赤面するんだ?
 ……俺、何か変な事言ったか?

 考えても、分からない。
 それは、俺が鈍いからなのか?
 あぁ、女ってのは本当に、ややこしいな。

 それとも、そうか。心配してた事が照れくさいのか……?

 勝手に納得をして、完結させる。
とにもかくにも、こいつのおかげで、俺は蘭を悲しませる事無く、プレゼントを渡せたのだ。
感謝しねーとな。

「……あ、そういや灰原。おめーはいつなんだ?」
「え?」

尋ねた言葉に、きょとんとした返事が返って来る。
俺はふっと笑って、言い直した。

「誕生日だよ」
「あ……」
「おぉ、そうじゃ!哀君の誕生日は是非祝いたいのぉ!」

 博士も嬉しそうに俺に便乗した。
 灰原の誕生日……組織では、あまり祝うこともなかったのかも知れねーけど。
その日が来たら、探偵団達と、ここでパーティーでもすればいい、と考えた。
賑やかで楽しいバースデーを送らせてやるのが、せめてものお返しだと。

 少し考え込んだ灰原の顔に、ふっと柔らかな笑みが浮かんだ。
懐かしそうな、暖かいものをみているような、そんな表情。
母親からのカセットテープの事でも思い出していたのか、それとも他に何かあったのか。
何を考えていたのか、それは分からないが、数秒のち、灰原は小さく呟いた。

「……秘密よ」
「はぁ!?」
「誕生日なんて、意味無いもの。今まで特別に意識したこともなかったしね」

クールで素っ気無い口調で答えた灰原。
俺は呆れて、「あのなぁ……」と返した。
けれど、その顔はやはり何故か幸せそうだった。

「そんな事より、あなた時間はいいの? 彼女、心配するんじゃない?」

その言葉に、時計を見て驚いた。
その針は、既に午後八時を回っていたのだ。

「もうこんな時間かよ!」

 家族のバースデーに、こんな遅くまで連絡もせず帰らない小一が居ようものか。
蘭が心配している姿を思い浮かべて、俺は慌てて帰り支度をした。
家に帰ったら、今日の残りの時間を、蘭にたっぷり捧げてやろう。
 帰るための荷物をまとめて、玄関で最後に灰原に一言「ありがとな」と言うと、灰原はまた顔を赤くした。
不思議に思って首を傾げながら、急いで阿笠邸を後にした。

 彼女が待つ家まで、走って、走って。

「ただいま、蘭姉ちゃん!」
「コナン君、お帰りなさい!!」

 遅くなった説教をされるのも覚悟で、勢い良く玄関のドアを開けた俺の予想とは反対に、
蘭は驚くほど明るい声で、上機嫌に俺を出迎えた。
立ち尽くす俺の目に入ってきたものは、極上の蘭の笑顔と、その指に大事そうにつけられたさっきの指輪……。

 そっか、幸せな誕生日に出来たみてーだな。

 心が温まる穏やかな気分になったのも束の間。
玄関先の目立つ所に飾られた、俺(工藤新一)と蘭のマスコットを見て、
俺の心臓は跳ね上がった。恥ずかしさで、顔が熱い。
 それは、蘭が今朝「一生大事にする」と言っていた、少しいびつな手作りのマスコット。
まさか、こんな場所に飾られるとは……
蘭はそんな俺の気持ちを知ってか知らずか、嬉しそうに言った。

「コナン君、ありがとう! 今度の誕生日には、コナン君の人形もここに置けるといいね」

「ここ」と蘭が指差したのは、俺(工藤新一)と蘭のちょうど間。
そう。それはまるで……。

 その様子を想像して、俺はさっきよりも更に赤くなった。




 そして十年後。




 当時の想像通り、工藤邸には、まるで親子のように並べられた三体の人形と、そして……


「蘭、ハッピーバースデー」
「ありがとう! 新一!!」

「ママ! お誕生日おめでと〜っ!!!」

 ふーっと消されたろうそくの上から、差し出す二つのプレゼント。
とても嬉しそうに、幸せそうに受けとった蘭は、包装を解いて、それを大切に胸に抱きしめた。

「ありがとう、ずっとずっと、大切にするからね!」


 工藤家の玄関に、大切に置かれた三体の人形。
昔、毛利家の玄関に置かれていた人形+1。
そのモデルになった夫婦とその子供が、そこで平和な家庭を築いていた。













こんにちは、朧月です。
今回も、お話お読みいただきまして、ありがとうございます!

今回で、蘭ちゃん編は最後、という事で。
ここまでが、コナン小説リング様にて短編小説として掲載させて頂いていた所の改訂版です^^
最後のこの部分が、一番手を加えたところかな。
次回からは、どなたも見たことが無いであろう哀ちゃん編が始まります〜。
この哀ちゃん編、少し軸が一本に通ってない気がして、しつこくなかろうかと心配なのですが、
精一杯書きましたので、是非お読みいただけると嬉しいですv(とりあえず、次話はまた問題なければ明日あたりに。)

あ、それから評価くださってる方ありがとう御座いますvしっかり拝見して喜んでおります!お返事は後日^^

それでは、また次回にお会いできることを祈って^^











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