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第9話 二人のお茶会
 狼さんの家にきて、もう10日は経ちました。
 連日のマナー特訓にもようやく慣れてきて、最近では『ふるこーす』で食べれます。途中で失敗することもありますが、幸せです。
 それにしても狼さんは、いつになったら私を食べるのでしょうか。


 思い立ったら即実行。でないと忘れてしまいます。
 私は優雅にお茶を飲んでいる狼さんに尋ねました。
「狼さんは、いつ私を食べるんですか」
 狼さんは変な音を喉から出しました。器用です。
「げほっ……君ね、そういうことをサラっと聞くのはやめなさい」
「どうしてですか。あと、いつですか」
 新たな疑問を付け加えつつ、テーブルの上にあるお茶菓子に手を伸ばしました。はたき落とされました。ケチです。
「そのケチと言わんばかりの目をはなんだ」
「ケチ」
「口で言えと言ってるわけじゃない」
 狼さんは聞えよがしにため息を吐きます。村一番の美少女ルーシーが、最近父親がウザくてたまらないと言っていたことを思い出しました。なーんかイラッとくるのよねー。
 イラッときます。
「君は食べられることは怖くないと言っていたな。今の発言も、いつ食べられるのが分からず怯えているというよりは、私が食べるのを待っているようだ。君はもしかして――死にたいのか?」
 狼さんはとても真面目な顔です。本気でそう思ってるみたいです。馬鹿馬鹿しいです。狼さんは馬鹿です。
 死にたいわけなんてありません。
「まさか」
「ならばなぜ――」
 狼さんはそこまで行って言葉を切りました。
「いや、いい。聞いても仕方ないことだしな。君を食べるのがいつ、というなら今みたいな手癖の悪さをなくして、もう少し見目がよくなる程度に太った後だ。今食べても、そんなやけっぽっちじゃほとんど食べるとがないし絶対に美味しくないし、そもそも何食べてるのか分からないような人間を食べたくない。特に先日のカタツムリの件を思うと……」
 狼さんは口元を手で押さえました。
「……あれから食べたりしてないだろうな?」
「食べてません」
 食べられないものだとわかればさすがに口に入れたりはしません。お腹がすいているときはチャレンジ精神が芽生えやすくなるのです。そうです、あれはチャレンジなのです。低くともゼロではない可能性に賭けているだけなのです。赤ん坊のようになんでも口に入れると思われるのは心外なのです。
「それにしても、君はこれだけ食い意地が張っているのにずいぶん痩せているな……あまり食べさせてもらえなかったのか」
「無駄に消費できるほど食料に余分はないと言われました」
「確かに君はやたらと食べるからな」
 なんだかとても納得されました。私はただ、生きている間に幸せをかみしめたいだけです。何かを食べている時間というのはとても幸せなのです。私は常に幸せを追求する人間なのです。
「まあ、好き嫌いがないのは長所と言えなくもないか」
「狼さんはあるんですか?」
「嫌いというより、一流のもの以外食べたくない」
「わがままですね」
 そんなことにこだわらなくても、美味しいものは溢れています。
「食事に関してはわがままになることを自分に許している。食べることとは、すなわち生きることだしね。どう生きるかは何を食べるか、にも通じてくる」
 狼さんは私の前にお茶菓子であるマドレーヌを差し出しました。はじめて出会ったあの日以来、ふぉーりんらぶです。大好きです。
 私はすぐに受取り食べはじめます。狼さんはそんな私の頭に手をのせて軽く叩きます。痛みを感じるようなものではなく、むしろ先生によくできましたと撫でられる時の感覚に似ていました。気持ちいいです。美味しいです。
 幸せです。
「……すべての生き物は生に対し貪欲なものだ。けれど君は――」
 狼さんの手が私から離れました。
「君は、どうしてそうなんだろうな」
 狼さんは私を椅子に着くように促しました。そして、メイドキャサリンを呼んで新たなお茶とマドレーヌを用意するように言います。新たなマドレーヌげっとです。
 でも、心が少し重いです。幸せが、少しぼみました。
 『赤ずきん』は食べられることが役目なのです。そのために生きてきたのです。生きるために、たくさん食べてきたのです。幸せをもらってきたのです。
 それだけの話なのです。


 ちょっと無言で重苦しいお茶会です。ちゃんとマナーに気をつけつつ、注意を受けつつ、でも静かなお茶会です。
 マドレーヌを味わいながら、最近違いがわかるようになってきたお茶の名前とかを教えてもらいます。
 狼さんは、マナーにさえ気をつければとてつもなく親切な人です。ご飯もくれるし寝るところもくれるし着る服もくれます。
 ふと、先生を思い出しました。村では私の保護者のような人でした。色んな事を教えてもらいました。元気でしょうか。殺しても死なない気がするのできっと元気です。でも、ちょっと足が悪いので不自由をしているかもしれません。普段は私をパシリにしていましたから。
 ……魔物溢れる山とか森とかによくお使いに行かされたものです。
「そういえば、見回りついでに先日君の村を見てきた」
 タイミングばっちりな話題にちょっとビクッとしてしまいました。
「様子を見るだけのつもりだったのに、感知能力が高い人間がいて気づかれてしまった。君のことを聞かれたので、確かに受け取ったとだけ伝えておいたけど」
「そうですか」
 それなら一安心です。
「狼さんは、村を守ってくれるんですよね?」
「ああ、あそこは私の領地だしな。お婆様の形見でもある」
 オバアサマ……おばあさんのことですね。そういえば、おばあさんが亡くなったから私は狼さんに食べられることになったのです。おばあさんが亡くならなかったら、私はもうとっくに食べられていたのでしょうか。食べてもらえていたのでしょうか。
「珍しいな、今日は食べるのがずいぶん遅い」
 ようやく5個目のマドレーヌに手をつけた私に、狼さんが目を瞬かせます。
 私にだってそんな日があるんです、と私はお茶を飲み干しました。


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