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第29話 盗み聞き
 咄嗟に逃げだした私の後ろにあっという間に追いつき、抱き上げられます。
「かわいいわー、小さいし、かわいいわー」
 ぎゅう、と抱きしめられて抵抗するべきか大人しく捕まるべきか、混乱してきました。柔らかいものに顔が挟まれてちょっと苦しいです。
「いいわねー、女の子。かわいいわー」
 ちょっと離されて顔をのぞきこまれます。さきほどは驚きすぎてよく見ていませんでしたが、狼さんよりも一回りくらい上に見える女の人のようです。
「みんなに追いかけられて怖かったわねー。もう大丈夫よー。一緒に美味しいお菓子でも食べましょう?」
 お菓子……!
 思わず期待に顔がゆるみます。や、でも、待つのです、私。この女性は私を捕まえに来たのです。拉致、誘拐犯の仲間です。
「美味しい頂き物のプリンがあるのよー」
 ぷりん?聞いたことがありません。聞いたことがない食べ物に期待が高まります。
 ……まぁ、もう捕まってしまいましたし。逃げるにしてももうちょっと後で、そう、ぷりんを食べた後でいい気がします。遅いか早いかだけの違いです。
「あら、大人しくなったわねー。いい子ねー」
 よしよしと抱かれたまま頭をなでられます。にこにこと浮かべられた笑顔に気が抜けてしまいます。その笑顔は狼さんのめったに浮かべない笑顔にちょっと似ている気がしました。



 部屋には戻らずに、人気のない通路を女性は進んでいきます。私がいた場所を離れ、辺りもよく見えないのですが、それでも迷いなく進んでいきます。私には辺りの光景がぼんやりとしか見えませんが、この女性にはよく見えているのかもしれません。狼さんと同じ金色の瞳がうっすらの光を放っているようにも見えます。
「あの、あなたは誰ですか?」
「わたくしはルミナスっていうのよー、赤ずきんちゃん」
 名乗る必要がないようです。
「私を連れて来たのはあなたですか?」
「違うわ―。あなたを連れて来たのはファラちゃんよー。連れてくるように言ったのはレガスだけどー」
 レガス?
「レガスって誰ですか?」
「私の旦那さまよー。かっこいいのよー。でも、ちょっとわがままでねー。人の言うことあんまり効かないのが玉にきずかしら―」
 旦那さま。……ええと、つまりこの女性は私をさらった原因の奥さん、ということになるのでしょうか。なんだかますます捕まってては行けない気がしてきました。ぷりんの誘惑を振り払ってでも逃げるべきでしょうか。
 じぃ、と女性を見つめます。じぃー。
「なぁに?」
 にっこりと微笑みが返ってきました。なんだか警戒心がふにゃりと抜けてしまいます。

『いい加減にしてください!』
 
 ふにゃりとしていたところに、唐突に狼さんの怒鳴り声が聞こえてきました。思わず姿勢を正してしまいます。ですが肝心の狼さんの姿が見えません。女性の腕の中から乗りだしてあちらこちらと探しますけど、見えません。でも、確かに狼さんの声でした。
「あらあら」
 女性は私を抱き直して、進む方向を変えました。
「カーティの声だったわねー。そういえばこのあたりだわねー。ちょっと覗いてみましょうかー、でも、出て行っちゃだめよー。レガスがいるから危ないかもしれないわ―」
 女性がすっと伸ばした腕で壁を押すと、できた隙間から光がこぼれてきました。そして同時に狼さんの声もはっきりと聞こえてくるようになりました。



『何度言えば分かるのですか』
『お前こそ何度言えば分かる。愚かだと思っていたが、これほどまでとは思わなかったぞ』
 狼さんと、あとレガスさんといういけすかないおじさんの声が聞こえてきました。なんだか漏れてくる空気が「きんぱく」しています。背筋を伸ばさなきゃいけない感じです。
「やっぱり、まだ終わってないみたいねー」
 女性がこそこそと耳もとで言います。ちょっとくすぐったいです。
「あんまりいるとばれちゃうかもしれないし、そろそろ行きましょうねー」
 もっと聞きたいし、なにより狼さんに会いたいですが、いけすかないおじさんに見つかりたくはありません。ひとまず狼さんが近くにいるのです。それが分かっただけでも大収穫です。
 私が女性にわかりました、と小声で返すと女性は隙間を閉じようと、手を伸ばしました。その間にも二人の会話は続きます。
『あなたに合わせて賢くなる気などありません。私は私の生き方を貫きます』
『ワーウルフとしての誇りを忘れたか!?』
『忘れてなどいません! その誇りの在り方が、あなたと私で違うだけです』
『……話にならん。お前はあれの価値をわかっていないのだ』
『何と言われようとも』

『私は、赤ずきんを食べません。あの子を食べたりなんか、しない』


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