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第2話 赤ずきんのアイデンティティ
 成人男子な魔物さんの家は、りっちでした。
 どこもかしこもフカフカつるつるキラキラです。ビバ、魔界。
「……そんなにがっつかなくてもクッキーは逃げないよ」
 出されたお茶とクッキーをむさぼる私に成人男子はため息の連続です。しかしそんなことは気になりません。なんでしょう。ここはもしや、噂に聞く天国と言うやつでしょうか。もしかして私はもう死んでいて、普段の行い故に天国へ旅立ってしまっているのでしょうか。
「ああもうどうしたらいいんだ。このマナーのなさ。意地汚さ。とにかくその頭巾をとりなさい。よく見たら土だらけじゃないか」
 成人男子が私の赤ずきんに手をかけました。私は慌てて抑え込みます。これは今の私のアイデンティティなのです。赤ずきんを取った私をどうして赤ずきんと呼べるでしょう。
「……手を離しなさい」
「………」
 成人男子はとてもしつこいです。嫌がる女の子から無理やり衣服を取ろうなんて、道理に反しています。
 じぃっと頭巾の下からにらみます。サイテー男。虐待反対。ロリコンスケベ。
 成人男子は私の頭巾から手を離しました。頭巾とともに半ば宙に浮きかけていた私の体がソファの上にポスリと落ちます。
「キャサリン」
 成人男子が気取った仕草でパチンと指を鳴らすと、どこからかメイドさんが現れました。メイドさんです。どこから見てもメイドさんです。村でも村長の家にしかいなかった完全なるメイドさんです。
「この汚れきった赤ずきんをどうにかしてくれ」
「かしこまりました」
 メイドキャサリンはにっこり微笑んで私の手をとりました。
「さぁ、こちらへ」
 もちろんそちらへ行くのもやぶさかではありません。もともと、私は成人男子に食べられる身です。些細な抵抗などする意味もありません。赤ずきんはともかくとして。
「ちょっと待ってください」
 私はつかめるだけのクッキーをつかみ、ほおばり、噛み砕き、お茶で流し込み、クッキーをさらにつかみ服のポケットにいれ、そして空いた手でさらにつかみました。
「ひきまほう」
 行きましょう、と言ったつもりが飲み込みきれなかったクッキーが邪魔をして、うまく発音できませんでした。けれど、メイドキャサリンは心得たようにはい、と先に立って歩き出します。さすがメイドさんです。
 成人男子がソファから転げ落ち、床に膝をついてうなだれているのが印象的でした。


 お風呂に入っている間も、私は断固として赤ずきんをとることを拒否しました。するとメイドキャサリンは、私を赤ずきんごと洗ってくれました。それはとても助かったのですが、水を吸った赤ずきんはとても重くて邪魔でした。
「……でも、この程度のことでアイデンティティを手放すわけにはいきません」
 ぐっと両手を握りしめ、決意を新たに成人男子の元へ向かいます。
 成人男子はもう床に膝をついてはいませんでした。けれど、私を見た瞬間、お茶をぶはっと吐き出しました。
「汚いですね」
「君にだけは言われたくない!」
 成人男子はものすごい勢いで反論してきました。
「なんなんだその格好は! ドレスに頭巾? ありえないだろうどう考えてもその組み合わせは! キャサリン! キャサリン! これはどういうことだ!」
 成人男子はものすごい勢いでメイドキャサリンを呼びます。メイドキャサリンは、どこからともなく現れ、成人男子に深々と頭を下げました。
「申し訳ありません。この方のお召し物は、その……クッキーのかすや、花の蜜などで汚れておりましてお洗濯するには少々時間がかかりそうでしたので、こちらをご用意させていただきました」
「……もうちょっとマシな組み合わせがあるだろう、それにしても」
「この方に合うサイズとなりますと、それしかありません。屋敷から坊ちゃまの幼い頃の服をお持ちしていれば、まだ選択肢もあったのですが。もちろん、時間をいただければ、私が縫うなり買ってくるなりもできますけれど」
「…………」
 成人男子は黙りこくりました。どうやらメイドキャサリンの勝利のようです。
「では、夕食の準備をいたします」
「それは私の分もですか?」
 はい、と手をあげて元気よく質問します。先生、私、先生に言われたことしっかり守ってますよ、質問するときは元気よく、それが先生の口癖でしたね。私は、心の中の先生に話しかけました。ちなみに先生は今も元気です。でも、私の心の中に生きているという設定でお願いします。
「もちろん――ですよね、カーティム様」
「ああ。とにかくまともなものだ。この赤ずきんは絶対に普段から拾い食いをやらかしているに違いないからな。そのあたりのことをきっちり教えておかないと……」
「では、ぜひ豪勢におねがいします。最後の晩餐楽しみです」
 ばんざーい、と私はリクエストしました。今まで見たことないくらい豪華でおいしい料理を期待です。心が躍ります。楽しみです。
 喜びのあまり小躍りをしていたら、なにやら空気がしーんと痛いことに気付きました。
 きょろきょろと見れば、メイドキャサリンも成人男子も無言で私のことを見つめています。
「なんでしょう?」
 小躍りがそんなに珍しかったのでしょうか。自作なのです。自信作です。文句付けられるならつけてみろと言いたい出来です。
「そういえば君、怖くないのか」
 怖い?
「君は私に食べられる。殺されるんだ。なのに、さっきから怯える様子が全くない。……死ぬということが理解できていないのか? そこまで幼いようには見えないが」
 失礼な。死ぬということくらい理解できています。
「成人男子は」
「いや待てなんだその呼称」
「私を食べるのでしょう?」
 成人男子は黙りこみました。そして、頷きました。
「ああ――食べるよ」
 成人男子はとても静かに答えました。
「苦しめたりしますか? じわじわ指の先からとか、殺す前に目をくりぬいたりとか、そんな拷問ちっくなこと」
「私は紳士だからそんなことはしない。まず最初に一息に」
 がぶり。
 ――なら、なにも恐れることはありません。怯えることもありません。
 私を食べる魔物さんは、なんとびっくり紳士だそうです。最後の晩餐まで用意してくれるお人よしぶりです。今日の私はラッキーです。
 なにも怖がることなんて、ないのです。


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