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真夏の夜の小さな光
作:亜梨栖



親子


「拓人、明日買い物にでも行こうか」
 夕食の席でおばあちゃんが言った。 手には炊きたてのご飯が入った大きなお茶碗。 卓袱8ちゃぶ)台に置かれたおかずの数々。
 よぼよぼのおばあちゃんではなく、快活に笑う元気そうなおばあちゃん。 拓人は、このおばあちゃんが大好きだった。
「うん、どこに行くの?」
と素直に答える。
「買い物? ここから車でも一時間はかかるんだよ、私は明日休みたいな」
と珍しく加奈子が異論を唱えた。 加奈子は普段、誰かの提案に笑って頷くことしかしなかったのだが。
 加奈子はたくあんを箸でつかむと、おいしそうに口に入れた。
「せっかく、加奈子と拓人が来てくれたんだから。 一緒にみんなの好きなものを買いに行こうと思ったんだけどね」
 とまた珍しく、おばあちゃんは『加奈子』と名前で呼んだ。 普段、拓人の前ではお母さん、と呼んでいるのに。
(……もしかして)
 拓人には、思い当たる節があった。
離婚してからというもの、二人に会う人は皆、拓人よりも加奈子に気を遣っていた。
(みんなみたいに、僕よりもお母さんに気を遣ってるのかな)
 子供ながらに的確な推理。 そしてそれは的中にしていた。
拓人は、その気遣いを邪魔しないよう、口を挟まずにご飯を食べ続ける。
「珍しいね、加奈子がグダグダしたがるなんて」
「いーでしょ、たまには甘えさせてよ。 ここまで歩いてくるのに、私も拓人もすごい疲れたんだよ、おかーさん?」
 こうして、家族の食事は続く。
 拓人には、その光景がやけに遠いように感じられた。

 拓人は、おばあちゃんと加奈子よりも早く夕食を食べ終え、夕方まで昼寝していた部屋に入った。
 そこは、死んだおじいちゃんの部屋で、彼の生前のものがそのままにされている。 見た目は、まるで図書館だった。
 なぜなら、おじいちゃんには日本全国の伝承を調べる、という変わった趣味があったからである。 
おかげで、天井まで届くほどの本棚は大きさも厚さも不揃いな蔵書で埋め尽くされ、はしごも一つ、この部屋においてある。
 病気にかかり、今は空き家となっている隣の部屋で寝たきりになっていたおじいちゃんのために、拓人がはしごに登って本をとってあげていた時もある。 
 そんな大好きなおじいちゃんの思い出が詰まった、大切な部屋。
 幼い頃、「どうしておじいちゃんはこれが好きなの?」と聞いたことがある。
そのときおじいちゃんは、優しい笑顔で答えたのだった。

―――「こういう、いかにも空想の産物のようなお話には、いつだって隠された真実があるんだ。 おじいちゃんはそれが知りたくて、こういうことをやっていると思うんだ」―――

 まだとても幼かった拓人はその意味をよく理解することが出来なかった。 だから何回も聞きたがって、おじいちゃんを困らせたのを良く覚えている。
 拓人はそんなおじいちゃんの影響があってか、各地の伝承を調べるのが好きだった。 もっとも、古文レベルの文は読めない。 分かりやすく、現代語訳されたものしか読めなかった。
 拓人はおぼつかない足取りではしごを持ち上げ、とある場所に降ろす。 そして、一番上の段のはじに隠すようにしまってあった薄い一冊の本を取り出す。
「あったあった! 前から一度読んでみたかったんだよね」
 拓人がおじいちゃんに本をとってあげるようになってから見つけた一冊の本。 これ読んでもいい、とおじいちゃんに聞いたとき、これだけは読ませられない、お前には早すぎると読ませてもらえなかった本。
 拓人は三段目くらいまで身長に降りるとそこからぴょんと飛び降り、部屋の真ん中でうつ伏せになって本を読み始めた。 足をぶらぶらさせ、瞳をキラキラと輝かせながら読み進めていく。
 だが、予想に反して、面白い話もなく半分以上が過ぎた。 だんだんと瞳から輝きが消え、本の内容にも飽きてきた。
(もしかして、これは全然詰まんないからダメって言ってたのかな?)
 そろそろ本棚に戻そうかと思ってきたとき、ふとページをめくる手が止まった。
拓人の視線は、とある一転に釘付けになっている。

 その目線の先は―――
『運命を変えた話』。












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