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合成される妹達

作者: たぼ

 少し変わった友人にAという男がいる。

 今まで生きてきて、一度も堅気の仕事をしたことが無いと豪語している人物で、古本のせどりに限定商品の転売、怪しげな健康器具売りに謎のアンテナ売りと、どこまで後ろ暗い事ばかり続け、胡散臭い連中との付き合いを止めず、それでいて、丸眼鏡の似合う書生といった風貌をしているという、なんとも憎めない、不思議な男だ。

 ある日、そいつが俺の部屋に遊びに来ると、不思議な事を話し始めた。

「君は、Bって製薬会社が発売している目薬の話を知っているか?」

「いや、知らない」

「そうか。それなら、君にだけ教えてあげよう。Bが販売している目薬と、鼠駆除でよく使われるCという薬剤を混ぜると面白いモノができるんだよ」

「面白いもの?」

「……妹だ」

「意味が分からないな。薬物を混ぜ合わせて、何かの化合物ができるなら意味も通るというものだが、それで、妹ができるなんて意味不明すぎる」

「信じたくないなら、別に信じないでもいいよ。ただ、僕が君に嘘を吐いたことはなかったと思うけどね」

 それは、確かにそうだった。

 Bは、とても怪しい人物であったけれど、俺に嘘を吐いたことはない。どんなに怪しげな情報を持って来ても、それはいつも本当の事だ。

 ならば、この話も本当である公算が高い。

「メアリー・シェリーのフランケンシュタインの怪物を知っているかい?」

「ああ、あれだろ。フンガーって奴」

 俺は、昔のまんがで見たフランケンの真似をする。

 すると、Aは苦笑いを浮かべつつ、説明を続けた。

「そうそう、それ。人造の怪物について書かれた怪奇小説だ。だが、あまり知られていないようだけどね、実はアレ、元ネタがあるのだよ。当時の化学実験で、人工的に生命を生み出そうというものがあった。様々な条件で鉱物に電気を流し続けるという、現代から見た場合、一笑に付してしまうような実験がね。けど、中には実際に生命を生み出した。そんな研究結果もあったらしい」

「生命が生まれたのか!?」

「ああ、単純な虫のようなものが生まれたそうだ。二百年前に生命を生み出した科学者は居たのさ。だったら、二十一世紀に生きる僕たちが、妹を合成するなんて簡単な事だよ」

「だが、化学合成で妹を作るなんて、そんな……退廃的な……」

「そうかな」

「そうかなって、我が手で命を生み出すなんて、神をも恐れぬ行為を……」

「神という名の幻影を恐れて、その場で足踏みするのか? 実に馬鹿馬鹿しい、迷信じみた考えだ。そんなのは君に似合わない。それに、もう少し気楽に考えてみたらどうだい? 可愛い妹が二種類の薬剤で簡単に発生する。本来の手順を辿るなら、妹を製造する為には、パパとママに×××××してって、おねだりしなくちゃはじまらない。しかも、生まれた妹が育つまで、結構な時間が掛かってしまう。けど、これなら、すぐに妹が手に入るんだ。大きくなるまでに一日しかかからない。これって、素敵な話じゃないか」

「だ、だが、簡単に命を……」

 俺が、そうして戸惑っていると、Aは吸っていた煙草をもみ消して、スマホを取り出し、メールする。

「一体、なんだ?」

「まあ、少し待て。もうすぐ来るよ」

 待ったのは、ほんの十分程度だった。

 部屋がドンドンとノックされる。突然の来客に驚いていると、Aが「僕が呼んだんだ。論より証拠と言うからね」と呟く。

「それは、つまり……」

「うん。僕が合成した妹を呼んだ。それを見てくれれば君も納得してくれると思ってね」

 その後、俺はドアを開けて、Aの妹に対面した。

「本当に、これはお前の妹なのか?」

「ああ、僕の妹だ」

 勿論、つい先日までAには妹なんていなかった。つまり、Aは先に語った方法で、妹を化学的に合成したという事か。

 Aの妹は、控えめに言って、凄まじい美人だった。

 まず、髪の色は日本人離れした銀髪だった。Aの妹は、それを腰まで伸ばし、長い三つ編みにしている。中学生などにありがちな、実に地味な髪型だ。しかし、それを銀髪の少女にやられると、どうにも堪らなくなってしまう。

 目は、目の色は鮮やかな金と銀の金銀妖瞳。日本人離れというよりも、どこか人間ではないかのような錯覚を俺に与える。肌は透けるように白い肌、唇は薄く、薄紅色。目は伏し目がちなので分かりにくいが、どうやら少しつり目気味のようだ。

 そんな感じで。

 Aの妹は、陶器人形のように美しかった。

「いいだろ?」

 自慢するようにAは言う。

 俺は、同意を示すように、コクコク頷いた。

 そして、薬局に行って、是非とも薬を買い込み、こんな妹を作ろうと決意しかけた矢先、Aはとんでもない事を口走る。

「こいつを作るのに、三桁ぐらい選別したからな」

「……せんべつってなんだ?」

「選別は選別だよ。妹を作っては、それが気に入った容姿でなかったら――」

「持っていなかったら?」

「潰すんだ」

「……つ、潰すって」

「潰して、新しい妹を作る。僕の妹合成法の一つだけ欠点があるとすれば、生まれてくる妹の形質がランダムという事だ。顔の造形が気に入らなかったり、色合いが悪かったりと、どうにも納得のいかない妹である事が多い。まだ、試行錯誤の最中だからね。どうしてもノイズが混じるのさ。だから、上質の妹を手に入れるためには、何百もの妹を作っては潰してを繰り返さなくてはいけないんだよ」

 こいつは何を言い出したんだ。

 僕は、そんな顔でAを見る。

 すると、Aは突然、取り繕ったような笑みを浮かべると「誤解しないでくれ」と断りを入れて、続けた。

「この方法で作った妹ってのは、最初は凄く小さいんだ。まあ、芋虫みたいなもんだな。当然、知性だって虫並みだ。死を恐れるような高等な感情なんて持っていない。痛みだって感じてないだろう。だから、処理するのに罪悪感なんて抱く必要は全くない」

「けど、それは妹なんだろう!?」

「おいおい、そんなに大声を出すなよ。ご近所迷惑になっちまうぜ。いや、君の家だから、僕は別に構いやしないんだけど、君は困るんじゃないか」

「ご、誤魔化すなよ! や、やっぱり、最初に俺が言った通りだったんだ。妹を作り出すなんて、どうしようもなく冒涜的で……」

「だから、少し落ち着けよ。ガチガチのカトリックじゃあるまいし……」

「そんなのは関係ないだろう!」

「あるさ。そもそもだ。生まれたばかりの妹には知性は欠片も存在しない。さっきは、芋虫みたいなものと言ったが、実際には受精したばかりの胎児みたいなものだ。子宮の中に納められていないだけだ。そして、我々人類は、胎児に人権を認めていない。いや、より正確には人格の確立していない生まれたての赤子に、と言った方が正確かも知れないな。昔は子返しなんていって、割と簡単に赤子を殺していたからね」

「一体、何の話だ」

「一般的に、堕胎は認められているね、って話だ。人間の人権は人格に宿る。人は人だから尊ばれているわけじゃない。一個の確立した人格を持つ存在が尊ばれているだけだ。だから、人格の宿っていない妹を潰してもセーフなんだ。文句を言うのは、一部の宗教家だけさ。それに、なによりも――」

 そう言うと、Aは『Aの妹』の手を引いた。

 何百もの選別の上に生み出された、陶器人形のように美しい妹は、Aのされるがまま、彼の腕に抱かれる。

 Aは、妹の顎を掴んで顔をこちらに向けさせた。

「どうだい。とても綺麗だろう。それに、実に従順だ。僕の言うことは何でも聞く。どんな命令にも逆らわない。まさに完璧な妹だ。一つ、不満を上げるなら、少し胸が薄すぎる事かな。肉付きも、少し物足りない。けど、それ以外は満足できる妹だ。これだけの妹を手に入れる為なら、選別をする事も止む得ないじゃないか」

 Aの妹は、その伏し目がちな目で俺を見た。

 その目は、どこか悲しげで、それ故に美しい。

 まるで、一個の芸術品のようで――。

 俺は、何かに取り憑かれたように、コクンと頷いてしまった。

 そして、Aから細かい手順を教えて貰う。

 その間、Aの妹はずっと俺達を見ていた。

 悲しみを秘めた目で、ずっと――睨み続けていた。



 そして、俺は件のBという製薬会社が販売している目薬を沢山と、Cという殺鼠剤を買ってきた。目薬は、青い容器に封入されたごく普通の目薬で、殺鼠剤Cは、ペレット状のものだった。

 このペレットを目薬で浸せば、妹の合成が開始されるという。

 俺は、しっかりと殺菌したプリンの容器にペレットを入れ、そこに目薬を六瓶ほど入れる。Aは、プリンの容器では無くペトリ皿を使ったらしい。元々、奴は化学実験を趣味にしていたから、ペトリ皿を初めとする実験器具を持っていたのだ。

 だが、俺は、化学実験を趣味にしてないので、プリンが入っていたガラス容器を煮沸して使っている。

 その時、間違いで手に軽度の火傷を負った。水ぶくれこそできていないが、少しヒリヒリする。

 実際のところ。

 合成実験というよりも、ちょっとしたクッキングのようだ。実際、実験場は、水場が近いという理由から台所でやっているので、傍から見れば、完全な調理中である。

 どうにも、間が抜けている光景だ。

 そんな、益体も無い事を考えながら、俺は変化が起こるのを待つ。

 だが、待っても、なかなか反応は見られない。

 一分。

 二分。

 十分立っても、ペレットは目薬に沈んだまま、妹になる気配はまるで無い。

 俺は、Aに騙されたのだろうか。

 その考えが浮かび上がってきた時、俺の内から湧き出たのは怒りではなく、安堵だった。正直、俺はホッとしていた。

 美しい妹を手に入れたいと思う気持ちはある。

 だが、その一方で恐ろしいという感情もあった。関わってはいけない。触れてはいけないという危機感だ。思うがままに妹を作り出し、それを選別するというAの所行をなぞりたくない。あんな、おぞましい事をしたくない。

 そういう人間的な感情が、俺の中には確かにあった。

「……そうだな。たとえ、Aの言うことが本当でも、妹の選別なんてしてはいけないんだ」

 俺は、そう呟くと机の上を片付けようとし――固まった。

 ペレットが。

 茶色の少し匂いのする殺鼠剤が、いつの間にか肌色の蠢く物体に変わっていたからだ。それは、少しずつ蠢きながら、人型に変形していく。

「……こいつは、こうして、妹になっていくのか」

 俺は、妹の合成に成功したらしい。

 目薬の中で、妹は形を為してく。

 髪は地味な黒色で、閉じている目を開かせてみると、瞳の色は黒だった。少し腫れぼったい一重瞼だ。手足はなんだか短く、胴が長く、胸や尻も小さく、顔も十人並みだ。

 可愛いと言えば、まあ可愛いかもしれない。

 だが、Aの妹が持つような陶器人形が如き美しさには遠く及ばない。

「……普通だな。なんとも、普通な妹だなぁ」

 俺は、とても残念な気持ちでいっぱいになった。

 せっかく、妹の合成に成功したのに、それがどうにもイマイチなのだ。どうせ妹が手に入るなら、Aのように美しい妹が欲しい。

 そんな欲望が、再びムクムクと膨らんできた。

 俺は、用意していたすりこぎを手に持った。

 幸い、培養液となる目薬の使い回しはきくらしい。だから、俺は、この普通な妹を潰した後、新しいペレットを入れるだけで、再度、妹の合成を試みられる。

 Aの考案した妹合成法は、実にリーズナブル。

 だから、出来損ないは、さっさと潰して新しいペレットを投入しよう――。


 俺は、形成されたばかりの妹を、プリンの容器から抓み上げた。

 まだ、自我も芽生えていない。目も開いていない。触れると反射でじたばた動くだけの、生きているだけの知性のない存在だ。

 それをすり鉢の中に落とし、すりこぎで潰そうとして――。

「……でも、生きているんだよなぁ」

 再び、培養液の中に戻した。




 それから、三日後。

 俺の妹は、すっかり大きくなった。

 あまり俺に懐いてくれず、とにかく反抗的で生意気で「バカ兄貴」と俺を罵る、可愛くない妹に成長した。

「ほら、バカ兄貴。ご飯を作ってあげたわよ」

「おまっ…… 俺の朝はイングリッシュブレックファーストって決まっているって何度言えば分かるんだよ!」

「知らないわよ! 日本人なら、朝食は豆腐の味噌汁と納豆でしょ! そんなパンなんか食べてたら、すぐにお腹が空いちゃうじゃないの! だから、アンタはバカ兄貴なのよ!」

「余計なお世話だ!」

 こんな風に。

 俺達はいつでも喧嘩をしている。

 何か言えば反発する妹と、一緒に生活をしている。

 けど。

 まあ。

 一人っきりで生きていた頃に比べて、張り合いはあるかもしれない。

 納豆で飯を食べて、茶を啜っているときに、俺はぼそりとそんなことを口走ってしまった。

 すると、俺の妹は――。

「わ、私も、バカ兄貴が潰さなかったから、こうして生きているんだし、それは感謝してるけど……」

 妹は顔を赤くして、そっぽを向きながら、そう呟いた。

 突然のデレに、俺は少し吃驚しながらも――。

「ちょっと待て」

「な、なに?」

「お前は、俺が潰そうとした時の記憶があるのか?」

「そりゃあ、勿論あるわよ。ペレットだった頃の記憶もあるぐらいだし」

「……ペ、ペレットって、嘘だろ!?」

「なんで私がバカ兄貴に嘘を吐かなきゃいけないのよ! バカ兄貴が私を買ったのがDというドラッグストアだって事も、その時に間抜け面を晒して、他の会社の製品と比べた事も、プリンの容器を煮沸消毒する時に、手を火傷した事だって覚えているんだから!」

 そういうと、妹は俺の手を指差した。

 そこには大きな絆創膏が貼られていて、下には容器の煮沸時に負った火傷がある。

 それを明確に指摘できるという事は、ペレットだった時の記憶があるという主張は間違いない。

「じ、じゃあ……」

「じゃあ?」

 Aの妹もそうなのか。

 Aの妹はずっと見ていたのか。

 自分の姉妹達が、生み出されては潰されて行くのを眺め続けていたという事なのか。自分が何百もの命を背負ってしまった事を眺め続けていたという事か。

「か、感情は……」

「うん?」

「感情はあったのか?」

「勿論、有ったに決まってるでしょ! バカ兄貴に摘まみ出された時、すっごく怖かったんだからね!!」

 顔を膨らませて怒る妹を宥めながら、俺はスマホを取り出した。

 Aに電話をするためだ。

 だが――。

 

 繋がらなかった。

 何度、コールをしてみても、Aの声は聞けなかった。

 Aに連絡が付かないなんて、日常茶飯事だ。『仕事ですよ』なんて嘯いて、何日も姿を消すことが何度もあった。

 けど、今回はそれとは違う。

 そんな確信めいた予感がする。

 何度か、しつこくコールしていると、誰かが出た。

「Aか!」

 俺は、大声で問いかける。

 だが、Aからの返事はなかった。ただ、風の吹くような『ひゅうひゅう』という音が聞こえてくるだけで、深い闇のような静寂がスマホの向こうから聞こえるだけだ。

「……なら、Aの妹か?」

 俺は改めて問いかける。

 すると、僅かに向こうの空気が揺れた。

 何かが、笑った。

 そんな気配がした。

 それを最後に、通話は切れる。

 その後、何度コールをしても、Aのスマホには二度と繋がらなかった。

 いくらツテを辿ってみても、Aと再会する事は二度と無かった――。


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