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Ⅱ/アイズ

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「あの、まさかだとは思うのだけれど……」
「え?僕かい?」
「そうだよ、僕だよ」
「まさか、僕だとはなあ」
「でも実際に僕なんだからまあ、仕方ないよね」
「僕のフリをしてるんだけなんじゃあないの?」
「どうだろう、僕うが僕だって事はまず間違いない事だとして」
「でもそれって、僕からは全然、確かめようがない事だよね」
「え、僕だよね?」
「そうだよ、僕だよ」

 淡々としている様に見えて、実の所ものすごく驚いているし、慌てているし、怒ってすらいるのだ。
 突然僕の部屋という名のテリトリーにノックも無く介入してきやがったそいつは、親でも無く、幼馴染のあの娘でも無く、あろうことか、僕と同じ形をした人間だったのだから。
 朝起きたらベッドから身体がずり落ちていた。これはいつもの事だ。机で本を読んでる途中で寝落ちしてしまう事もあるし、ベッドの上に身が置かれていない事の方が多い。なので、そいつの身体もベッドからずり落ちていた。なのでと言うのは、そいつの身体も僕に違いなかったからである。それもきっと全く同じ体勢で、だ。朝起きた時の僕は左手をへそに置き、右足のつま先が膝のちょっと下辺りにまで来ていて、髪の毛をもみくちゃにしてしまった右手は枕となっていて重い頭がそれによりかかっていやがった。一番最後のは一種のあるあるパターンで、めっちゃ右手が痺れて痛いの流れがもう週一単位であるわけだ。そいつも同じく痛がっているように二つの手を擦り合わせていたし、髪の毛がそんなはね方をしていたのでこいつもまさか……と考えたわけだ。

 僕の現在の予想はこうだ。
 昔々(昨日)、学生という身分であるにも関わらず学校にも行かず引きこもってばかり僕という人間がおりました。僕はとうとう両親からの怒りを買い、いやもう買ってはいるんだけど、追加料金でさらにデカい激怒カスタムを買い、夜な夜な僕の部屋に忍び込んだ両親は僕の身体を真っ二つに引き裂いてしまいました。だけど僕の身体には実はプラナリアの細胞が組み込まれておりましたので、僕の身体はそっくりそのまま二つに分断されてしまったのであります。
 まあ、僕が実はプラナリア人間だったとかそういう事は別にどうでも良いのだ。僕が二人いる、それでこれからどうしていけば良いのか。それが最大の課題。
かくして僕から僕達になった僕達は、それぞれの名前を今事のありさまを書き綴っている方=僕α、そいつが見ているもうひとりの僕=僕βと呼称する事にしたのであった。

で、正直な所、ここで話を終わらせてしまいたいのだけれど。
第一僕が二人に増えた所で、中身が同じであるので僕の事は分かり切っているはずなのだ。ならば、僕αの考えている事は察してくれるはず。
僕αの事を邪魔してくれるな。それでいいのだ。僕αがやってる事に口出しせず、いないかのように振る舞え。僕αも、僕βがいない様に振る舞う。てか僕がいつもやっている仕草をそいつがやっている所とか最高に気持ち悪いので、出来れば視界の外でなんかやってて欲しい。上記二つ、これだけしか望まない。とどのつまり僕は孤独を望んでいるのです。さあ察しろ。
ところが僕βは提案を始めた。

「なあ、僕よ」
「お前さ、せっかく僕α、僕βって分けたんだからその通りにしろよ」
「いやいや、さあ、なんか言いたくなってくるじゃん」
「それで、何よ」
「確かめないか?」
「何を?」
「僕達の身体が、本当に僕達であるかどうか」

 僕βがそして話し始めたのは、僕達が分断されたのは、本当は身体ではなく人格であって、僕はもう一人の僕という幻を見ている、とする説だ。あーまあいいんじゃないかなその説。そう考えた方が結果外では何も起きていないから何もしなくてよくて幸せだし、お構いなしに振る舞えるってもんよ。とか僕はそんな事を口にしてなあなあで済まそうとしたが僕βはお構いなしに話散らしていたので面倒くさくなった。なので大人しく、僕βのいう事に従ってみるのだ。
 まずはきっちり時間を計った後で僕αが下に降りて、親におはようとかそれとない言葉をふっかけてみて、どうせ朝ごはんなんてまだできていないだろうから、自分の部屋に戻る。僕βはその内にある本の僕がまだ読んでないページを読んでいく。僕αが部屋に戻った頃に僕αは僕βから呼んだページの話を聞いて、そこまでに掛けた時間が僕αが両親と交わした短い会話程度の時間であるかどうか確かめる。朝ごはんが出来た頃に呼ばれたら僕βが下に降り、僕αは僕βから言われた話が実であるか確かめる。僕βは両親に、さっき下に降りたよね?的な事をそれとなく訊いたらしく、それが真である事を確認したらしい。
 さて、これで僕αと僕βの記憶が分断されていてあたかも同じ時間に別の行動しているという風に見せかけられているという線は消えたし、そうなれば当然多重人格であればパラドックスが生じるがために僕達の存在は完全に独立して行動しているという事になる。おまけにどちらの存在も一応は第三者に認知されているという事すら証明された訳だ。まあ僕でも同じことを思いついてはいただろうなと思う。多分数回にわたって執り行われた僕α-β間の会話のキャッチボールにより、二人(?)に微妙なずれが発生し、僕αが僕βよりその考えに至るのが遅れた、という事だけの話だろう。

 それで、この話は終わり。
 僕達は完全に僕達である事がわかった。それで?って感じだ。僕みたいな人間が二人いたところで、どうにかなるわけでもない。全く、超常現象が起きるなら起きるで、もっとマシな事が起きて欲しかったという物である。世界の支配者になれるくらい絶対的な力を手に入れたーまで至らずとも、透明人間になれたとか。時間が五秒くらい止められる様になったとか。それにしても、こういう事って本当にあるんだなあと今更ながらにして僕αは思うわけである。こういう、想像もつかない様な事が。なんか空間に見えない壁があって、そいつが障子紙みたいに破れる演出をどこかで見た事があるが、本当に並の人間の力では干渉できない領域みたいな物があって、ものすごい低い確率で、僕が昨日した何気ない行動とか寝返りとか、いびきが誰も見つけていない公式に当てはまる様な特定の周波数で発せられたとかで、ドミノが倒れてくみたいに連鎖反応が起きて、結果僕はその普通干渉できない領域に足を踏み入れてしまったのかも。踏み入れた?なんか違うな。干渉したから結果となってここに顕れているのだ。足まで動かさなくても、ちょんと触れるだけでドミノは簡単に倒れていく。超次元的な領域に足を踏み入れてしまったというよりか、偶然に触れてしまったからこんな事になった。理論を分かろうとしなくても起こりうる現象。いやいや、起こりうる現象っていったって、人体錬成みたいなもんだぞ。あ、そうか。僕が勝手に分裂した前提で考えていたけれど、それはまだ証明されていないわけだ。じゃあ一体誰がこいつを作ったのか?いや、もしかして作られたのは僕αの方なのか?だけど彼はαではなく、βとして(二番目として)在る事を意外とすんなり容認した。確かに僕はそういうヤツであるかもしれないけれど……そもそも僕が一番目と言い出したのも、僕の中に自分が本質であるという自覚がどこか心の奥で……「それは誰もが感じる事に違いないのだ」

今自分が読んでたじゃなくて開いてた本の一部分がちょっと目に入って、溢れかけてた心の中の激しく波立ってた感じが、しんと音を立てて止まる。僕は何かの実験台にされているのかもしれない、とふと考える。
監視カメラをそれとなく意識してみたりする。そんな事現実的じゃないのにとか考えてみるけど今起こっている状況のが絶対現実的ではないよなってなる。で、無駄に正確な僕αと僕βの体内時計から送られた信号を受け取った目が、窓際に置かれたデジタル表示が8:30から8:31に変わるのを黙って見ているのだ。これはいつもそう。

「なあ、僕」
「ほうら、お前も言いたくなってんじゃないか」
「いいじゃんか、一回くらい」
「それで、何?」
「しりとりしない?」
「いやだよ、めんどいし」
「シンガポール」
「る……って、おい」
「インチ」
「ちょっまてこら」
「ラクダ」
「だるい」
「またい、か。いるか」
僕β、舌を打ちながら「かきごおり」
「利子」
「しにたい」
「い、衣装」
「後ろ指」
「皮肉」
「苦しい」
「生き恥」
「自虐的」
「KILL」
「……」 



 僕の心は再起不能ってくらい叩きのめされていたわけではなくって、ただもう面倒くさかっただけなのだ。ちょっとの事で傷ついてしまう僕はちょっといじめられて気分が沈んでる時に限ってなんだかテレビでよく鬱病が問題になってるとか患者の割合が増加しているとかいう話を見て、ああ自分ももしかしたら、なんて思うわけだ。それこそ整理されたドミノにちょんと圧力をかける時みたいに、もうそれからはだらだら崩れていく。
完全に自分からダメだって思い込んだわけではなく、完全に外からの猛烈な圧力によってねじ伏せられたというわけでもなく、外からの緩いテンションで流れたきたふんわり風に僕が身を任せてしまった、というパターンが一番タチの悪い。駐輪場に並べられた自転車ってほど重い物でもなくて、ちっさいドミノなんだから、それだけでも十分倒れる。大きな音も立てずに、だらだら。だらだら。だから、気付いた時には取り返しのつかない状況だったりする。その頃には、いつ倒れたのかなんて事、綺麗さっぱり忘れている。そのドミノがどうやって配置されていたのだろうとか、そんな事あったの?って感じだ。まず並べるという概念からだ。結果的に色々考えたりはするものの、なんか違うんだよなって自分をどうにか否定して、誰かが相談に乗って来るとか、どこかに私の人生を変えてくれる奇跡的な一節が転がっていませんかねえなんて思っちゃうわけです。

「なあ、俺」
口を開いたのはβの方だ。
「もういいよそれは」
「じゃあα」
「αかあ、αとかβとかつけて呼ばれるとさ、なんかあれだよな、業務用俺みたいな」
「何さお前が決めたんだろ、それにロボットの型みたいでかっこいいじゃん」
「αが一号機で、βが二号機?」
「そうそう、βが二号機だから改修してて強いの、だから俺はβで満足してるの」
「我ながらガキか。で、三号機は?γか」
「Ω」
「大分飛ばしたなあ、CからZじゃん」
「三号機は始原にして最強がキャッチフレーズだからな。プロトタイプを元にして作られてんだよ」
「さいですか」

 よく妄想する奴だな、と思う。いや待て、俺だからね。と自分にツッコミをかける。
 俺だからね?心の中で反芻する言葉に、クエスチョンマークがおまけでついてくる。

「お前本当に俺だよなあ、こんなに違う事考えるものなんかねえ」
「いや、俺なんてどうせふらふらしてるみたいな奴だったからさ、意外と絶え間なく変化してるもんなんじゃないの」
「進化はしないのかな」
「ここに籠ってる限り絶対に無いよね」
「ねえ」

 またも溜息。どんどん幸せが逃げていくぞ。

「あ、本題」
「いやさ、今後俺達ってどうなるんだろうなあって思って」
「まあ、確かに今の時点で気持ち悪いったらありゃしないもんな。もっと頭ん中で処理するみたいに会話が進められないもんかねえ」
「単語だけで話すか」
「限界があるだろ、例えば質問したい時とかどうするんだよ」
「キュー」
「エー」
「Q.食べ物 like」
「A.にしんそば」
「うん、業務用俺って感じがする」
「ね、気持ち悪いね」
「なあ、α」
「なんだよβ」
「俺達ってさあ、大分話せるようになってきたよな」
「え?まあそりゃあ、自分だからな」
「もしかしたらさ、クラスメイトの奴等が全員俺だって考えるとさ」
「気持ち悪い」
「ほら、面接官の頭をジャガイモだと思うと緊張しないって話あるじゃん」
「それで面接官が本当にジャガイモみたいな頭してたからって」
「全っ然面接に集中できなくて」
「第一志望の推薦入試失敗したのが俺だったな」
「はははは」
「笑えねえから」
「なあ、一号機」
「なんだよ二号機」
「俺達さあ、いけるんじゃね?」
「どこにさ」
「学校」

 僕βの提案は唐突だった。僕はすぐに拒否を示した。

 そりゃ親とか兄貴とかと交わす言葉も最近は多くなった。そいつは明らかにこいつの影響だ。「俺自身だ」と思っているからこんな普通に話せているんだ、と初めは思っていたけれど、よくよく考えてみれば僕は鏡越しにしか自分の顔を見る事が出来ないし、頑張れば他人と思い込む事だって可能だったと思うのだ。声だって頭蓋骨から響いてくる奴と全然違うし。めっちゃ低いな俺の声ってなったし。唯一仕草とか癖とかが同じでなんか気持ち悪いと思った。しかしそれを除けば、僕βの事を半ば他人と同じような距離感を保って接する事が出来た。つまり、僕達はもう友達みたいに関わりあっていた。

「だからといって、本当の友達とこんなにうまくいくとは思えない。」

 僕αはそういった。
 彼はそれなら僕が学校に行くよ、と言って。僕は止めなかった。傷つくのは僕じゃない、と思ったから。親が大層驚き歓喜しているのを僕はベッドに横たわりながら聞いていた。それから行ってきますとか大きな声で言ってるのが聞こえてきて、それは親だけでなく僕に言っているのかな、と考えると急に苛ついてきたので舌打ちした。
 彼が帰ってきた時、果たして彼は落ち込んでいた。やはりうまくいかなかったようだ。でも彼は学校に行くのを止めなかった。そしてまた落ち込んで帰ってきた。何回も何回も湿った空気を外から持ち込まれて、勝手にしろとか思ってた僕αもちょっと可哀想だなと思えてきた頃に、ちょっとの変化に僕は気付いた。
 いやいや僕に限ってそんなねえ、という感じで僕は気付かない振りをしていたけど――


「お前明るくなったよな」
「そうか?」
「しりとりのり、りす」
「スーツ」
「つらい」
「息」
「忌避」
「ひだ」
「堕落」
「くつろぎ」
「嫌い」
「生きる」
「流刑地」
「チャンス」
「スラム」
「報われる」
「お前明るくなったよな」
「そっかなー」







 僕βをもう一人の僕であると共に、僕自身のもうひとつの可能性であると再び意識した瞬間。瞬間は次の瞬間の前には既に一つのターニングポイントと意味づけられ、次の瞬間の僕にもまた次の瞬間の僕にも、異なった影響を与えていく。
となればこれはもう一つの瞬間ではなく、違う軸として分岐した物だと言ってしまった方がいいんじゃないか?ターニングポイントが存在しなかった時の僕の軸があって、今の僕はそれではない。意識するという事はほんの数コンマで起こりうる事象で、そんな数コンマの事象でこんなにも違えるのに、僕等の世界はこうも違和感無く成立している。今までそうであった事が逆に不思議だったのだ、と僕は考える。ものすごく微妙なバランスでこの世界が成り立っているのではなくて、実はこの世界は何度も歪んでいて、その度に元に戻ろうとする力がどこかで働いているのかもしれない。例えば誰かがタイムマシンなんかで過去の事象を歪めてしまったとしても、何かしらうまく辻褄が合ってしまう様な、そんな状態。だとすれば、今僕は歪んでいる?それが元に戻った時に記憶も何も消されてしまうが、僕は今元に戻ろうとしている間の時間にいるのかも知れない。
 元に戻る。        
 元に戻るとは、どういう事か。
 僕が再び一つになる。
 一つになる?
 どちらかが消える?
 消えようとしているのは……
 僕か?



 翌日。
 僕の身体は少し懐かしい振動に揺られていた。
 スライドする景色、せわしなく駆け抜ける日光。
 バス停で立ち止まっていた時の沈黙の残り香が、無気質な駆動音のリズムを徐々に加速させていく。
 幾つもの停車を経て、座席の穴は段々と埋まっていくのに。
 僕はずっと、窓の外を見ていた。
 硝子に反射したりして自分が着ているのと同じの色がちらつく度に、何やってんだ俺って気持ちになる。
 でも、もう戻れない。戻る事はできない。俄かに感じた自らの浅はかさと愚かさを、そのまま僕βにぶつけてやりたい気持ちになる。
 そうだ。そもそもアイツが僕の事を不安にさせたからこんな事になったのだ。何だよ、自分の身体が自分だけじゃないって、解ってるクセして。僕には知る権利があったはずなのだ。真っ向からそれを問い質さなかった僕αもそりゃまあどうかとは思うが。でも本当に僕は何も知らないのだから、僕βの面下げてこのバスに乗るべきでは無かった。まさかとは思うが、僕αの知らない誰かから話しかけられた時、どうすればいい?どう返事を返せばいいの?トラディショナル・スタイルな第一パターンは『こんにちは』と来て『こんにちは』。『おっす』と軽めに来れば『よう』とか。変則的な『こんばんは』とか来れば『おいおい、今は朝だってー』とかか?ちょっとおい、それってどんだけレベルの高い事を朝から要求してきやがってんだ。最初の一言目といったら五文字が限界じゃないの、普通。……『いま、あさ』……で通じる物だろうか?すげーそっけなくない?そうだ、だいいち僕αはどんなテンションで言葉を発せばいいんだ?僕βの普段のテンションなんて一切信用できない。アイツ、そこんところはあんまり変化無いわけだし。

 とどのつまり、僕αは僕βに初めて嘘をついた。彼はうまく今日が祝日だと思い込んだみたいで、八時20分を回ってもまだ眠りについていた。僕は僕が二つに分かれてから、初めて学校に行った。靴箱の泥落としの色が変わっていて、それにその時気付かなかった僕はなんだか全然覚えてないなあってかなり不安になる。クラスが変わっている事は意識していたが、それでも自分の靴を入れる所を探すのにかなり時間を食って、もたついている間にそいつは話しかけてきたのだ。

「おうっ」
「お…おう」

 男子。全く見覚えが無い顔。
 だがなんとなく返せれたので良かった……と思った瞬間だった。

「昨日俺が言ってた奴見てくれた?」
「えっ」

 想外この上無かった。平静を装っていたはずなのに、つい声を漏らしてしまったのだ。
しかも最初の一言で考えすぎないでいりゃ普通に予測できたじゃん、な事柄だっただけに、不意を突かれた様な声を抑えずにはいられなかった。
 言うに事欠いて『昨日言ってた奴』とは何だ。映像か音楽かどうかすら絞れていないじゃないか。僕βが昨日何を見ていたかなんて覚えていない。ノートパソコンへ向かっている時はイヤホン着用でこちらに画面見せず、読んでる本の話なんてしないし、布団に寝転がった時にゲームをしていたのかどうかすら覚えていないけれど、「顔面に落ちてくるぞ」と僕αが余計な口出しをした事は覚えている。

「ああ、面白かったよ」とりあえず、が頭につきそうな無難な返事。
「だよなー、特に後半ぐわって一気に落ちる所が最高だよな」
「落ち……そうだね、こっからこうだもんね、なだれ込みって感じでさ」
「でも真ん中辺りは結構静かなんだよね、最後で畳みかける感じね」
「……そうね、退屈と言えば退屈だけど、最後のぐわっでもう一気に持ってかれちゃうよね」
「あんなシーンにも伏線があったのかーって感じだよな、もう一気に回収していっちゃうもん」
「!――それねー、まさか、主人公のアレが、ああくるかって感じでさ」
「え?なんだったっけそれ」
「――いや、アレだよ、主人公の……上半身の……」
「ああ、マッスル貯金箱ね!確かに俺もアレが後半のあそこでああくるかーって感じだったわ」
「!?……、そうそう、あそこで重要なアイテム出さないでってのがクールだよね」
「そうだよねー、でも言うてあの境地を打開するアイテムって他にあったか?」
「えー……と、アレだよ、主人公の腰の奴を……ズギャーンって……」
「ああ、キングダムバタールね!でも食べ物を粗末にするのは奴のポリシーに反してるっつーかなー」
「!!??……」

 もう取り返しのつかない状況にまで話が進行している気がしたので、沈黙。
 すると目の前の彼は突然笑い出した。

「?」
「ははは、今日のお前は鬼気迫ってるって感じだったな」
「えっ……」
「またやろうぜ、『存在してない映画を存在してるっぽく語る』遊び!じゃーな!」
「……」

 一人取り残された靴箱で立ち尽くしている内に、向こうの方の靴箱の方で再び誰かの気配を感じた。また話しかけられる前に心を落ち着けなければならないと判断した僕は靴箱の影でスパイみたいに息を潜めて、その人影が遠ざかるのを待っていた。目の隅で、その影を捉えた。女子生徒――僕は、その人影に見覚えがあった。幼馴染であるその女子は歩くのが早く、僕の考えが180度転換し話しかけなくてはと思った瞬間にはもう見えない廊下を歩いていた。彼女と話さなくなったのは、いつからだったか。分からないが、僕βがもし彼女と話しているとしたら……僕はこんな事をしている場合では、という気持ちで歩き始めた。
 まだ高く昇っていない日に目を向けると、硝子の外の校舎の向こうの高い山は絵本で見た様な色に包まれていて、可笑しいなと思う程の余裕は無いはずなのに、僕は素直にそう思った。
 バスの到着時間の関係で早く学校に着いた今の時刻はまだ8時前。人は少ないと多いの中間くらい。だが彼女を追って廊下を歩き始めた所で、僕はすぐに教室の方から自分の名前を呼ばれた。短髪の男子。

「おう、○○!おはよー!」
「お、おはよー……」
「なあ、アレやってよ!」
「えっ」

 予想外この上……以下略。
 言うに事欠いて『アレやってよ』とは何事だ。物真似か?一発ギャグか?どちらにしろ今の僕に出来る事では無いだろうが。ああ、僕βよ。これはあなたの鉄槌なのでありましょうか。どうか私の罪をお許し下さい。何かの弾みでテレパシー能力なんかが発動して、僕βが僕αのヘルプを受け取ってはくれないだろうか、などと思う始末。手を伸ばす僕αを他所に、段々僕βの顔が斜め右上へと遠ざかっていく映像を脳内で見る。同じ顔だけど。

「ごめん、今日そういうテンションじゃないから……じゃっ」
「おっ……じゃあなー」

 強引にその場から離脱。今僕が歩いている先の突き当りにある曲がり角を目指す。次に何か話掛けられても、無視するような勢いで。確かあの曲がり角の先は……本校舎への渡り廊下が……

「よう、○○!」
「あ、○○だ、おはよー」
「○○ー、アレやってよ」
「○○、一局付き合ってくれるか?今日こそ貴様に勝つ!」
「○○、アレの進化系編み出したって訊いたけどマジか?」
「○○、アレ勝負に付き合ってくれるか?貴様の進化したアレよりも進化させた俺アレで貴様に勝つ!」
「○○アレ○○アレ勝負○○アレ○○アレ○○アレ勝負アレ

 大幅に省略。何とか渡り廊下の手摺の影に逃げ込んだ僕は、肩で息をしていた。僕βの奴、完全に人気者じゃないか。冗談じゃない。この勢いで行くと下校時どころか昼休み時になれば確実に死んでしまう。やむを得ず僕は朝礼の始まっていない今の内に休みだったという事にして自宅に戻る道を選択した。今の時間家には、僕βしかいないだろうし。
 手摺を乗り越えて隠れた先は当然土の上で、僕はスリッパのまま外に出てしまっている事に気付く。考えてみると渡り廊下と校舎との継ぎ目に当たるここは他の教室とかからも見えにくいスポットで、こんな非常事態でなくてもここに座り込んで昼ご飯とか食ってたな、という事を今更になって思い出す。校舎を背に、見える景色は下町の前景。……
 コンクリートとコンクリートの隙間に、咲く花を見つけた。ベタにも程があるが、僕はその花を見て、不思議な衝動に駆られてしまったみたいで何故か動けなくなったのだ。そう、僕はこれを知っている。でも忘れている。否、本当に知っているのか?デジャヴという言葉がある。そうでなくとも身体が分裂という超現象が、僕の身体自体に全く影響を与えていないだなんて、どうして今まで考えもしなかったのだろうってくらい。突拍子も無い事だけれど。「おう、珍しいね」
 僕はもう適当に反応しとこうと思って振り返った瞬間、本当に驚いて何も言えなくなってしまったのだ。幼馴染のその子の声すら思い出せない程に僕は彼女と言葉を交わしていなかったのか、という事を思い知らされた。既に思考の世界へと泳ぎ始めていた僕の脳みそは、方向を転換させなくてはいけなかった。僕にはすぐにそれをやる能力が欠如していたし、突然の彼女の襲来にすっかり硬直してしまっていたのだ。

「どしたの、最近元気してたみたいだったのに」
「いや……」
「うわーい、もうホームルーム始まっちまうぜー」

手摺ごしに僕を覗き込んでいた彼女は、何も言い返さない僕に溜息をついてから、手摺を飛び越えてきた。僕は思いのほかぐいぐい干渉してくる彼女に驚きをうまく隠せないと判断し、押し黙っていた。

「なあに、本当に不愛想」

 彼女は嘲るように言うと、ふざける様に笑って見せた。そしてまた、溜息。

「最近は何だか楽しそうだよね」
「楽しそう?」

 僕が疑問めいた口調で言うのを怪訝に思ったのか、彼女は急に真面目な表情をして、こっちを向いてみせた。

「楽しくない?」
「え?いや……楽しいよ」
「貴方まさか、つまらない処世術でも覚えたんじゃないでしょうね」

 何の話をしているんだろう。分かる様で、分からない感じ。でも本当にぐいぐい突っ込んでくるので、やはり僕βとも何度か話しているのだろう、と思う。そう思うと、なんだか……

「なんかさあ、最近寂しいんだよね」

 寂しいって言うのだろうか。

「ずっと落ち込んでたと思ってたのにさ、急に立ち直っちゃって、急にずうっと離れていっちゃいだしてさ」

 そう、そんな感じ。大切な物を奪われた感覚すら有る。
 でも、本当に何の話をしているのだろうか?

「まあ、幸せそうだったらそれでいいんだよね」
「うん、幸せだよ」
「ほら、嘘ついたね」
「え?」

 フッと息をつく彼女。今度は溜息ではない。きっと吹き出したのだ。

「冗談……でも、気が動転している。やっぱり嘘をついておったな、お主」
「なんで」
「やっぱり、時々は相手してやらないと駄目みたいだね」

 長い間座り込んでいると、急に眠たくなってきた。僕の目線はずっと彼女の肩あたりにあったが、首ごと下方に移動させると、コンクリートに挟まれた一弁の花が、再び。

「成長したね」
「え、誰が?」
「その花」

 そう、忘れていたのだけれど、何かあったっけ。そんな事を訊こうとした時に僕は思い出した。

「高校に入りたての頃は、ここでパンとか食ってた」
「私達の中学から来てんの、そんな居なかったからね」
「なんで話さなくなってたんだっけ」
「なんか別のコミュニティとかできてくるとさ、もうあんまり関わんない方がいいのかなってなるじゃん。お互い様だよね」
「今は話してるのにね」

 沈黙。
 9秒経過。早く何か言わなければと思う。

「これ、そんな大きくなった?」指も目線すら何も動かさず、僕は言う。
「花?うん」
「ああ、そういや茎の部分とか茶色っぽくなってる気がする」
「いつの間にか変わってるものよね」
「そうだね」
「ゆったりな速度でも」
「……」
「気が付かない内にでも」
「何の話?」
「貴方って変わったよね、本当に」
「それは……」

 昨日まで君が話していた僕と、今の僕は全然違うだろうからね。
 僕はそう続けようと思った。でもそんな事を言ってどういう事?って首を傾げられるだけだろう。なので……
 またも沈黙を繰り返したのだ。





 「どうだった?」

 家に帰って僕βに訊かれた時は少しだけれど驚いた。実の所怒っているかもしれない、なんて考えていたのだ。僕αは僕βに黙って彼の時間を奪ってしまったのだから。

「まあ、実の所悪かったなあって思ってたんだよね、だから明日からはお前が学校に……」
「ちょっと待てよ、それじゃあお前は」

 僕βの言葉に、僕αはようやく自分がしてしまった事の重大さを理解した。僕が学校に行きたいという意志を示した以上、本当にどちらが本当の僕として社会に出なければならないか、という事を決めなければならない。どちらかは僕では無い人間として生きなければならないのだ。交代交代で僕を成り立たせる事は出来ない。記憶が独立している以上、それは不可能な話であるのだ。

「俺はもういいよ、お前の方がうまくやっていけるって事はよくわかったからさ」
「俺だって、変なの。それ僕が他人に使う一人称じゃないか」そう言うと僕βは笑い出した。
「話をはぐらかすな!」

 誰も帰ってきてないリビングの椅子を掴んでいた手に、少し力が籠った。
 静寂。擦りガラスは真白く、外の世界なんて存在しないみたいに、音は無い。

「話しつかないね、この話題は重すぎる」
「そもそもどうしてこんな事に……」目を伏せる僕α。
「今度の土曜日、×××に行こう」

 唐突に言い出す僕βに、僕αの視線は引き戻される。
 彼が言ったのは、中学で引っ越してくる前に僕が居た生まれの地だった。

「なんで?」
「久しぶりに外に出ていたら、急に遠くまで行きたくなっちゃって、そのついでにさ。邪魔も入らないだろうし、そこでゆっくり話せばいい」
「……」

 モノクロの部屋に同じ身体が二つ、立ち尽くしていた。
 早く電気をつけなければ、と僕は何故か思った。





 三日過ぎ、早いもので僕等は物凄く懐かしい振動に揺られていた。
 スライドする景色、せわしなく駆け抜ける日光。
僕βは文庫本を広げていた。
 僕αはずっと、窓の外を見ていた。
 硝子に反射したりして自分と同じ人間だがこちらを見ていない顔がちらつく度に、僕は落ち着かなかったのだ。
 僕αは進行方向を向いて座っていた。
 僕βは進行方向と逆を向いて座っていた。
 流れる山村。ミニチュアの様な低い建物達。
 ……

 販売品を一杯に詰めたワゴンを押して移動する客室乗務員を、僕βが呼び止めた。彼はチョコレートとコーヒーを買っていた。僕αの分のコーヒーも一緒に頼んでくれた。

「双子なんです」

 不思議そうに二つの顔を交互に眺める乗務員さんに、僕αはそう言った。

「ああ、そうですよね……」

 納得したように笑顔を見せ、それからごゆっくり、と付け加えて乗務員は去って行った。

「僕β」
「何?」
「そういや訊いてなかったんだけどさ、学校で彼女と何を話していた?」

 吹き出す僕β。

「彼女って、誰の彼女」
「Sheの方だよ」
「誰?ああなるほど、幼馴染の」
「そうそう」
「あいつとは結局一度も話してないなあ」
「え?」

 窓の外を、反対側に向かって駆け抜ける電車が満たした。光の激しい点滅が、座席の上を満たした。

「チョコレート、食べれば」口を開く僕β、文庫本に飽きたのか分からないけれど、しおりを挟んで膝元に置いていた。
「うーん、まだいいや」
「そうか、じゃあそっちの分は残しとくよ」

 『彼』の手がじわりと動き、四本の指が、僕が口にするチョコレートと、彼の口にするチョコレートとを隔てた。
 白い、輪郭ぼやけた白。血の色薄い。窓の外の緑が視界の外でちらつく度に、どうしてか輪郭が溶けていくかのよう。僕は僕の手を見た。いつそうしたかは忘れたけれど、カーテンを半分閉めていたので、僕の手は暗く重い肉の塊そのものに感じられた。

 ……どうしてか、惑っている。
 僕は僕でいたくないのだ、と思う。
 彼が僕でいるべきなのだ、と思う。
 だが、理解したのは、僕が今までの僕に違いなかったという事。
 僕は穢れた僕だ。その上で僕は僕であってはならない、と思う。
どうすればいいのか。
ここで電車を降りれば、もう家に帰らずに……
そうしてしまおうか?そうする事だって出来る。
 だって、そうだ。
 問題が減るだけだ。
 彼が同じ事をしようと考えていなければ……

「なあ、β」
「なんだよ、僕α」
「よく考えたらさ、俺よりお前のが外に出てた時間は長いだろ?」
「……だから、何?」
「だから……俺の知らない話題とか、なんかないの?」

 沈黙。
を、恐れていた。
 初めてその事に気が付いたのだ。
 微かな話し声が消え。
 駆動音が消え。
 思いもよらぬ感覚に、唇が震えだした時。

 鳴音。
 甲高い。
 中年の男が前方から、携帯を持って駆け、手前に消えていった。 

「学校に行った時、真っ先に話しかけてきた奴がいたろ」
「ええ、ああ……」
「アイツ、SF映画が好きなんだけどさ」
「最近出来た友達?いつもああなのか?」
「……まあ、そいつの受け売りだと思って聞いてもらいたいんだけど」

 一つ、彼はチョコレートを取り、食べた。

「例えば、この列車がものすごく速く……それはもう、光と同じくらいのスピードで駆け抜ける列車だったとする」
「猿の惑星?」
「その通りなんだけど、その映画はあまり関係ない」
「未来に行ける鉄道の話?」
「それだけならこの列車だってそうだな」
「違いないけど、そんなオチじゃあ笑わないよ」
「要は理論なんてどうでもいいわけだ。過去にも未来にも自由に行ける機械が現実にあったとする」
「なるほど、アイツの話はそこから始まるわけか」
「妄想たくみな奴だって、話しててわかったろ」
「巧みかはわからんけど」
「で、戻すんだけど、パラドックスって話があるじゃないか」
「知ってる知識は反芻しなくてもいいよ」
「過去に戻って僕が僕を殺したとしたら、どうなる」
「未来の僕も居なくなって、じゃあ僕は誰に殺されたんだ?ってなる」
「そう、そう言うどうしようも無い事は本当にどうしようもないので、世界そのものの流れを消しかねない。でもどうにかこうにか辻褄の合ってしまう事象もあるわけだ、つまり、ある一定以上の揺らぎは無問題という事」
「セーフティラインがあるっての?」
「幾ら文明が地球を埋め尽くしたとしても、人間が滅びて何百年、何千年も過ぎれば何事も無かった様になる。それと同じで大きな流れの中でのその異常は些末な物で、どうにかすれば何事も無かったかの様になってしまう、という事だってあるんだよ」
「タイムトラベラーには分厚いルールブックが必要だな」
「そう、アイツはそのルールブックを頭の中に作って俺に披露してた、やってる事馬鹿だけど面白いんだよね」

 また一つ、チョコレートを取る。僕は視界の端だけでそれを捉える。

「へえ、それは気になるな、例えばどんなルールが?」
「タイムトラベルが絡んでも絡んでいなくても、他人を殺してはいけない」
「なんだそれ、パラドックス関係なしに最低限の倫理は持てって事?」
「そう、それを示すための一文。分厚いルールブックに雁字搦めにされて最低限超えちゃいけないラインを見失ってしまう事なんてあると思うんだ。でも実際命に関わった事をするという事はリスクが高い。結構な揺らぎが生まれ、それを元に戻すための揺らぎそのものを消すという事だからどちらにしろ人を殺す事は出来ない、その人の代わりになる存在は世界のどこにもいないからね」
「それでも、他人を殺そうと考える人はいるだろ、現実でもそうだから」
「そう、ルールを破る人間はどこにだっている、でもタイムマシンの場合それは世界の存在そのものに関わっている」
「つまり」
「タイムマシンなんてものは存在しても決して使ってはいけない」

 また一つ。チョコレートが減っていく。

「でもさ、その理論を完全に理解した人なら使う権利があってもいいよな」
「そう、アイツもそう言ってたけど、それでもみだりに使うもんじゃないらしいな」
「殺す事ばかり話しているけどさ、逆はどうなるんだろうな」
「例えば、交通事故で死んだ他人をその時に戻って助けてやる、的な話か?」
「そうそう」
「それは可能だが、条件がある。当人を結局その状況から事前に回避させる事は出来ないという事。起こる事件との最低限の繋がりは残しておかなくてはならないんだ、うまく矛盾の穴が埋まるように。だからあわや大怪我を免れた、みたいな状況をうまく作らなくてはならない」
「なるほど、そうすれば話的にも面白くなるもんな」
「いやあ、ミもフタも無い事を言うなあ」
「そういう話じゃないの?」
「俺達はクソ真面目に理論が足りないながらもシミュレーションしてるわけ」
「楽しそうだな」
「楽しいよ、例えば今度は助けられた側の目線で考えてみよう、事故から助けてくれたのはなんと自分自身だったとする」
「え、それって矛盾は生じないのか?」
「助けられた自分は、釘を刺されるわけだ。いつか未来に、事故に巻き込まれた自分を助けなければならない、ってね?」
「助けなければ、どうなる?」
「やはり世界は消滅する」
「ああ、迷惑な話だ」
「もっと迷惑な話もあるぞ」
「聞きたくないなー」
「未来の自分はなんと、自分の身を挺して自分の事を守ってくれたとする」
「ああ、そしたら結局自分もその事故で死ななきゃいけないわけだ」
「そう、ただの延命措置だよな。だが、結局死ぬという結果があるのだから、前述した『事前の回避』が、この場合は可能となる」
「え?でもそしたら、自分は事故によって死ぬという事を知らずに終わるから……」
「気付かせればいいわけだ。自分が未来から来て、自分の命を延ばそうとした、という事を……そうすれば変わらない結果が出来る、君の様に身も蓋も無い事を言ってみれば、その時の自分がそれを受け入れてくれなければ、未来の自分はここに来れていない、という事になるからね……というように、うまい具合に辻褄は合うであろう考え方はしている」
「そうか……じゃあもう一つ」
「何?」
「お前はどうして、俺を助けに来たんだ?」

 僕βは驚いた素振りも見せず、腕時計に一瞬だけ目を配らせて、こう言った。

「幸せのままで死にたかったから」

最後の言葉を残す僕β。
爆炎があたりを包みこんだ時、もう『現在の』僕はどこか別の場所へ飛ばされ始めていた。記憶も、身体も。







 『……先程起こったこの脱線・衝突事故に関しまして、これまでに確認されているだけで乗客××人が死亡。○○人が重軽傷を負い、県内四か所の病院で手当てを受けているとの事です。――只今映っております映像は、事故が起こった現場の現在の映像です……ええ、車両は大きく九の字に曲がっており……――ええ、先程映像が一部乱れました、大変申し訳ありませんでした。この時間は予定を変更して、特別報道番組をお送りしています』






 目が覚めた時、僕はやはり振動に揺られていた。
 スライドする景色、せわしなく駆け抜ける日光。
 いつの間に居眠りをしてしまったのか……

――あれ?トイレにでも行ったのかな……

 僕がそう心の中で呟いたのは、真向いの座席に彼の姿が無かったからだ。

――でも、荷物も無い……

 もう一度窓を見た所で、僕は目を覚ました時には眩しく見えた風景が、いつの間にか薄暗くなって、それどころか赤い逆さまの山脈みたいな雲が並んでいるのを見て、僕は戸惑ったのだ。

『次は、××――』

 無機質なアナウンスが耳に入ってきた時も僕の目は見開いたままで、見開いたままの目玉に、電柱がチカチカ夕焼けを点滅させるみたいに次々と目に入り、次の駅が自分の降りるべき駅――否、自分が今日最初に出た駅である事を、すぐには思い出せなかった。

――ああ、一周して来たのか……

 僕は俄かに理解し、そして彼がもう戻ってこないという事も理解した。

――馬鹿だなあ、アイツ。
どう考えたって、俺なんかよりアイツが俺になった方が良いだろうに。僕だってその方がその後気楽に生きれるかも、なんて思っていたのに。優しさのつもりなんだろうか?

――ん?なんだろう、このチョコレート、いつの間に買ったんだろう。しかも半分残ってるし。ああ、餞別のつもりか。馬鹿だなあ……

 馬鹿だなあ馬鹿だなあと僕は繰り返して、なんだか悲しくなってきた。結局彼はなんだったろう。電車に乗ってから彼は文庫本ばかり読んでいたから、話す事無く終わったし。
 箱をさり気なくカラカラ鳴らすと、中で固い物がぶつかる音がした。何だろうと思い僕は箱を持ち上げ坂道を作った。平面の滑り台を、ラグビーボールみたいな形をしたチョコレート、チョコレート、チョコレート……それから白いチップの様な物が出てきた。それも何気無く持ち上げると、針かなんかで書かれたんじゃないかという位小さい文字で、『Gift』と書かれていたのだ。SDカードみたいな記録媒体に違いない、と僕は思った。だが、端子が虹色に輝く様な物が再生できるハードなんて、僕は全く知らなかった。

 駅に着いて白線を踏み越えた所で、僕は腕時計に一瞬だけ目を配らせた。
 17時12分だった。
SFの略:
17時12分=5時12分=5時1二分=S時F分=
どうもすいません。こういうの無しでしたらSすこしFふしぎ、という事で……

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