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とある国の物語ー行き倒れの王子

作者:本堂まいな
とある農村地帯の一角に、小さな村があった。
その村では色が白く、隣村まで飛んでしまいそうな華奢な女が美しいとされていた。
そうであるから年頃の娘子は滅多に陽の下に出ず、食事も小鳥ほどしか取らなかった。

働き手が欲しい親も娘が美人ならば裕福な嫁ぎ先を見つけられるので、娘の肌が白くなれば白くなるほど、線が細くなればなるほど喜んだ。

そんな村に1人の働き者の娘がいた。
娘は老いた両親を養うために、日が昇る前から田畑に行き、日が暮れるまで働き通した。
炎天下の中働き詰めている娘の肌は小麦色に焼け、引き締まった体をしていた。

そのせいで娘は村1番の不器量と言われていた。
美人の定義に少しも当て嵌まらない娘は、男のみならず女からも嘲笑の的であった。

しかしどんなに蔑まれても娘は気にしなかった。
両親を大事に思っていたし、何より娘をかわいいと言ってくれる許嫁がいた。

娘の許嫁はそれなりに大きな土地を持つ地主の息子であった。
許嫁は逞しく整った容姿をしていて、村の娘たちからの人気が高かった。
そうであるから不器量な娘など捨ててしまってうちの娘を娶ってはどうか、という声は幾つも上がった。
許嫁は頑としてそれを退けていた。
そんな許嫁は切磋琢磨に働く娘の拠り所であった。

しかしある日娘は許嫁の本心を聞いてしまう。

なぜ、あいつを娶るのかって?
金を払わなくてはいけない小作人より使い勝手がいい働き者だからさ。
ひどいって、どこがだよ。
捨てるしかない不出来な作物みたいな女をもらってやるんだ。
たとえ妻として扱わなくても、ありがたく尽くすだろうよ。

許嫁である男は、娘をただで使える小作人にする腹つもりであった。

それを偶然聞いてしまった娘の恋心は、粉々に砕けた。
村でたった1人、自分をかわいいと言ってくれた許嫁の言葉は嘘だったのだ。

娘が婚約の破棄を申し出ると、許嫁は会話を聞かれたとは知らずに理由を聞いていた。
娘が立ち聞いてしまったことを言えば、男はがらりと表情を変え

「お前みたいな醜女、普通の娘と同じように扱ってもらえると思うなよ」

忌々し気に舌打ちをして、去っていった。
娘は泣いた。泣いて、泣いて、涙が枯れるほど泣いて。
もう二度と恋などしないと誓った。

娘は大事に伸ばしていた亜麻色の髪をバッサリと切った。
一生独り身のまま、両親と自分を養うためだけに生きていくと決めた娘は、その日から一層畑仕事に打ち込んでいった。

時同じくして。
とある国の副宰相が失踪した。
彼はとても有能で民思いで、温厚で、忍耐強い人物であった。
しかし極限まで我慢した挙句、突然ドカンと爆発するという厄介な一面を持っていた。

そんな副宰相が仕えている王が、不覚にも敵の姦計に嵌り怪我を負った挙句、行方不明になった。
副宰相は寝る間も惜しんで王の捜索を行った。

民に露見しては混乱を招く。
副宰相は表では何事もなかったかのように執務を熟し、王の不在をひた隠しにしていた。

その甲斐もあり、公になる前に王は無事にご帰還。
しかも重度の女嫌いであった王が、生涯の伴侶まで見つけてきた。

時たま野生に還りたがるちょっと変わった姫であるが、あの仲の良さから見るに長年の世継ぎ問題も解決しそうである。
大変喜ばしい。

しかし仲が良すぎるお二人。
それを近くで見せつけられる副宰相は、大好きだった女の子に振られたばかりであった。
失恋したての傷心の副宰相に、これでもか! と仲睦ましさを見せつけてくる王と姫。

羨ましさで心がすり減っていく哀れな副宰相に、王に側妃を! との訴えが次々と寄せられる。
王が姫にべた惚れなのは、誰が見ても明白であった。
下手なことを言って不興を買いたくない。
しかし女嫌いが直ったのならばと、自分の身内を側妃にと企む貴族たちは、副宰相経由で話を回そうとした。
噂を聞きつけた他国からも、縁組の申し込みが相次いで届けられた。

伸し掛かる政務、煩わしくも無下にできない訴え、間近で見せつけられる王と姫のいちゃつき。
そんな日々を重ねること、半年。

副宰相は突然キレた。
温厚な彼らしくない雄たけびをあげ、猛ダッシュで城から飛び出して行った。

彼の突然の狂乱についていけず、城に従事するもの全員がぽかんとしたまま去りゆく副宰相の背を見送った。

副宰相はストレスのないスローライフを目指し、一心に馬を走らせた。
盗んだバイクで走り出す~とBGMが流れ出しそうなご様子である。

しかし副宰相の行く先は決まっていた。
副宰相は大好きな農業を行うために、国外れの農村地帯を目指していたのであった。

副宰相は王の弟である。
つまりは王族であるが、彼は幼き頃から農業に憧れていた。

華やかな王宮の中央にいる副宰相は、意外に地味で堅実な性格をしていた。
副宰相はいつか地位を返上することになったら、片田舎に移り住み、農業を営もうと決めていた。

そんなわけで、城から逃げ出した副宰相は老後の移住先第一候補である村を目指していた。
豊かな自然に穏やかな気候、おっとりとした人たちで構成された村はスローライフを送るに最適な場所であった。

しかし残念なことに副宰相は、目指す村にたどり着くことができなかった。
衝動的な行動を起こした副宰相は、金品を持ってくるのを失念するという致命的なミスを犯していた。
服や馬を換金したが、やがてそれも底を尽き。
食べ物を手に入れようと森に分け入ったものの、空腹でそのまま行き倒れてしまう。

そんなアホな彼に

「ちょっと。あんた大丈夫?」

声をかける者がいた。
その者は亜麻色の短い髪と健康的に焼けた肌を持ち、野生の若シカのようなしなやかな体をしていた。

これは政務、その他諸々にぶちキレて飛びだした副宰相と、二度と恋などしないと誓った働き者の娘が出会い、やがて互いに惹かれ合っていくという恋の物語である。

♦♢♦♢♦

森へ薪を拾いに行った働き者の娘は、薪ではなく奇妙な物を拾ってしまった。

空腹で行き倒れていた男。
げっそりとしたやつれた具合から前々から困窮していた様子が分かるが、男の醸す雰囲気も物腰もどことなく気品がある。
口調すらも丁寧で、些細な仕草すら洗練されていた。

娘は男を良家のご子息だと当たりをつけた。
その良いところの坊ちゃんが何らかの深い事情により、無一文になり、路頭に迷ってしまったのだと。

男はひどく世間知らずで、このまま放り出せば、また行き倒れるのは明らかだった。
それが分かっていながら放り出せるほど、娘は薄情ではなかった。
むしろお人好しの部類に入る娘は、老いた両親を抱え決して豊かとは言えぬのに、得体のしれぬ男の面倒を見てやった。

拾った男はひどく風変りだった。
風変りと言う表現が世辞になるほど、変わっている。

男は炎天下の中の過酷な農作業を嬉々として手伝った。
世話になっているのだから、男が手伝いを申し出るのは自然の流れなのかもしれぬが、あまりにもやる気に満ち溢れている。

傷一つない、下手をすれば女のよりも美しい男の手は労働など一度もしたことがないのを伺わせる。

それなのに男は、どんなに辛い作業にもへこたれなかった。
農業サイコーっ! と叫びだしそうなほど、無駄にエネルギッシュだ。

何なんだ、こいつ……と娘は男の異常なやる気に引き気味だったが、今まで一人で作業をしてきた娘にとって助かることには変わりはなかった。

そして男はどんなに粗末な食事にも文句ひとつ言わなかった。
いや、粗末だと分かっていないようであった。

ただの卵かけご飯にひどく感激して、こんな素晴らしいもの初めて食べました。料理人に感謝の言葉をっ! と馬鹿なことを言っていた。
呆れ果てた娘は、こっけこっこと歩いているニワトリを指さしてやった。

男は育ちゆえか、世間からずれていた。
そして男の美人の認識も村の常識とはかけ離れていた。

男は夜に村の娘たちを見て、この村では女性だけが掛かる奇病があるのですか? と失礼な発言をしていた。
意味が分からない娘が村一番の器量良しを指さして

「あの子見て、何とも思わないの?」

と聞けば、男は哀れそうな表情を浮かべ

「あんな青白い顔で、骨と皮だけで……一体何のご病気なのでしょうか? 治ると良いのですが……国からの援助も考慮するべきですね……」

労し気に何やらぶつぶつと呟いていた。
村一番の器量よしの娘は、男の中で重病患者になっていた。

何でだよ!? と驚いた娘が、村の美について教えてやれば、男は娘以上に驚いていた。

村の美を、男は全く理解できないようだった。
しかしこれに関しては、男の無知や世間知らずとは違った。

場所による美の基準、価値観の違いによるものである。
この村の美の基準は、中央とはかなり違っていると教えてやれば、働き者の娘は目を丸くした。

「そうなのっ!? 都の美人ってどういう人?」

「ここと比べて多様性があります。生まれ持った個性を磨き、魅力的でありさえすれば美人と称されます。つまりは個人の嗜好次第と言ったところでしょう。嗜好など多種多様で、人様には理解できないものをお持ちの方も多くいらっしゃいますし、これと言った美の定義はないですね」

「それなら、あの……わたしみたいな不器量でも、美人って言ってくれる奇特な人が中央にはいるかもしれないってこと?」

働き者の娘が少し声を弾ませて尋ねた。
男によれば中央では、美の定義は決まっておらず、全て個人の価値観で決まるとのこと。

中央には村とは比べ物にならないたくさんの人がいる。
もしかしたら不器量な女が好きという変わった人が一人くらいいるかもしれない。

少しの希望を持って聞いた娘であったが、男はそうですね、とは応えてくれなかった。
うーん……と言葉を詰まらせ、頭を捻っている。

内心がっかりしてしまった娘は、表情には出さず

「そ、そうだよね。わたしみたいな醜女はどこに行ったって……」

わざと明るく笑いながら、流そうとした。
そんな娘をじっと見ながら

「美人と言うよりかわいいと言われるのでは?」

男が遮った。
え? と娘が聞き返せば

「うん、そうですね。美人と言うよりも愛らしいとか、かわいらしいとか、そう言った表現の方があなたに合っています。そのクルクルした大きな目やぴょんぴょん跳ねている柔らかそうな亜麻色の髪は特に。ぷくっとした頬とか、よく動く小さい口とかも触りたくなりますね。僕の主観や個人的な嗜好が大いに入っているので、中央の基準かと言われると難しいですけど」

男はさらりと告げた。

きょとんとしていた娘は、男の言葉が頭に届くなり、かぁぁと顔を赤くして、俯いてしまった。
そんな娘に構わず、男は平然とした顔でつらつらと話を続けて来る。

「そもそも男は女の子の外見だけに惹かれるわけではありません。美に拘る子よりも、何にでも一所懸命な子とか、親を大事にしている子とか、森に落ちていた得体のしれぬ男の面倒をしっかり見てくれる優しい女の子の方が僕は魅力的に感じますね」

「……っ!?」

男の視線と言葉に娘は恥ずかしさで居た堪れなくなってしまう。
ちなみに老いた両親は、娘以上に居心地悪そうにもじもじしていた。

「そ、そうなんだ。む、村とはちょっと違うんだね。中央に行ってみたいな」

娘はじっと見つめてくる男の目を逸らすため、茶を勧めつつ、早口でそう言った。
娘はただ会話と場の空気を変えるために、口にしただけだったのだが、娘の言葉を聞いた男の目がきらーんと光った。

実はこの男、やさぐれの極限状態からすっかり立ち直っていた。
憧れの農業や豊かな自然でささくれだった心を癒し、働き者の娘への新たな恋により、失恋の痛手から立ち直っていた。

立ち直るだけではない。
娘の心を手に入れ、妻にしようと狙っていた。

田舎の村で農業を営むこと、これが一時的な現実逃避であることを男は重々承知していた。
今でこそ王は男の自由を許しているが、政務の滞りが限界になれば連れ戻しにくるだろう。

いずれ副宰相に戻らねばならないが、男は娘を諦める気などさらさらなかった。

男は草しか食べませんから、安全ですから、と言わんばかりの大人しそうな外見をしている。
しかし男の草食的な外見に油断していると危ない。
男はロールキャベツ男子と言われるタイプであった。

王族でもある男は後宮で色ごとの経験をふんだんに積んだ。
また副宰相でもある男は、駆け引きを得意とし、状況を有利に進ませる力に長けていた。

男はただのロールキャベツではなかった。
云うならば男は、宮廷風ロールキャベツ男子だった。
そんな男に狙われた働き者の娘は、慣れぬ状況にいっぱいいっぱいになっていた。

「あ、あのさ、明日は田んぼを休ませる日だから……午後からは森へ行こうか。今の季節だと珍しいきのこが採れるんだよ」

不自然に話題を変えた娘に、男はにっこりと微笑んで美味しそうですね、と賛同した。

「きのこ汁も良いし、山菜がたくさん取れたら炊き込みご飯にしても良いし、お浸しも良いね」

たくさんの山の幸を想像して楽しくなってきたのか、娘の声が弾んできた。
それを微笑ましそうに見ながら相槌を打っていた男は、娘の頬にある切り傷に目を止めて顔を顰めた。

「それと、ちょっと遠いけど栗が成ってる木が……ん? あぁ。切り傷? さっきニワトリ小屋を修理する時に切ったかな? 別に平気だよ」

薬を探そうとする男を娘は笑って止めた。
今更切り傷の1つや2つ気にしても仕方ない。
小さな傷を数え出したらキリがないのだ。

「でも……」

「へーきだって。このくらい舐めときゃ治るから」

渋っていた男は娘の言葉にそうですかと頷いて、娘の隣に座り直した。

「頬はご自分ではできないでしょうから。僕がしますね」

「……?」

「失礼」

「……うぎゃーっ!」

老いた両親は居た堪れずに、すーすーと寝ている振りをしていた。


突然現れた風変わりな男は、村でも話題になっていた。
逞しさの欠片もない力仕事に向かないような優男が、村一番の醜女に言い寄っていると嘲笑と揶揄いの話の種として。

男が娘にかわいいと言っているのを聞いた村人は、頭が可笑しい人間もいるもんだなと笑っていたが、男をひどく邪魔に思う者がいた。

娘の元許嫁である。
元許嫁は、婚約は解消したが誰にも相手にされぬ不器量な娘のこと、やがて身の程を知り謝りにくると思っていた。
そうしたら快く許してやって、妻にしてやるつもりであった。

しかし謝罪に来る気配がなく、そればかりか娘に思いを寄せているようなよそ者まで出てきた。
元許嫁は、そんな男の存在を捨ておくわけにはいかなかった。

働き者の娘は、どケチ極まりない元許嫁に取って都合の良い存在であった。
いくら美人でも働かぬ妻を養うのはごめんだし、結納金も支度金も払いたくはない。

妻を娶るにそれなりのお金を準備するのは、村の常識だ。
しかし村一番の不器量の娘にならば、金など払わなくても非難されることはない。

働き者の娘は小作人よりも役に立つし、妻となったら長時間の労働を夫として命じることが出来る。
不器量な娘を名ばかりの妻とし、村の美しい娘たちと関係を保つ計画を立てていた元許嫁は、不意に現れた男が邪魔だった。

元許嫁は村で評判の美しい女を2人ほど引き連れて、娘の家までやってきた。
1人は色の白さで、もう1人はその細さで美を誇っていた。

男ならば誰でも美しい女に惹かれるものだ。
元許嫁は2人に心を奪われた男を見て、傷ついた働き者の娘に優しい言葉の1つでもかけてやって、関係を取り戻そうと思っていた。

しかしそう話はうまくいかなかった。
男は美しい村の娘に全く興味を示さなかったのである。

それもそのはず。
死人のように白く、死にそうに痩せ、夜しか出歩かない村の娘たちのことを、男は幽鬼みたいでちょっと怖いと思っていたのだ。
紳士なので口に出すことはしなかったが。

しな垂れかかり、色をかけようとする2人は、明らかに働き者の娘を蔑む目をしていた。
不器量な娘は、美人と名高い2人から見て遥かに格下にいる存在だった。

働き者の娘は、男が美しい娘たちとお近づきになる機会を邪魔するつもりはなかった。
娘はずきりと痛む胸に気づかない振りをして、小屋の奥に引っ込もうとした。
しかし男はしな垂れかかる美人2人をすっと避け、働き者の娘の肩を引いて引き留めた。

「こんな夜分に何の御用ですか?」

男の目にも声にもあからさまに迷惑そうな響きが含まれている。
それに気づいた元許嫁は訝しみながら

「本気でこの女をかわいいと思っているのかい? もしあんたが行く宛がなくこの女の機嫌を取るためにそうしてるんなら、俺に考えがある。俺んちで(ちょー安い賃金だけど)雇ってやるよ。この時期人出は幾らあっても足りはしないからな」

そう小声で申し出た。
その言葉に小さくため息を吐いた男は、逃げたそうにしている働き者の娘をぐっと抱き寄せた。

村の美人を見る目は冷たいものを感じるのに、働き者の娘を見る時の男の目には熱がこもっている。
思い通りに事が運ばないことに元許嫁は苛立ち、村一番の器量と褒めたたえられて来た娘2人はプライドを傷つけられてむっつりとしていた。

そんな微妙な場の空気も何のその。
男は働き者の娘の肩を抱き寄せたまま離さない。
働き者の娘は居たたまれず、男の手を外そうともがいた。

しかし男は手を外すどころか、更にぐいっと娘を引き寄せてくる。
娘はつま先立ちの不安定な体勢になってしまった。

「ねぇ、離してっ」

「嫌です」

男の服を引いて訴える娘を、男は爽やかに拒否した。

「ちょっ、なんでよ」

「かわいい子に触りたいと思うのは、男の本能なので」

「なっ!」

さらりとした男の言葉に絶句したのは、働き者の娘だけではなかった。
元許嫁と村娘2人は、奇妙なものを見るような目で男に向けた。
それを受けても男は平然としながら

「ご用がないのでしたら、どうぞお引き取りを」

元許嫁に向かって社交的な笑みを向けた。

「しょ、正気かお前。その女の容姿じゃ口付けするのだって吐き気するぜ。祝言の時の口づけだって、気色悪くて俺は理由をつけて無しにしようと思っていたくらいだ。お前本気で、その女のことを」

「どうぞ、お引き取りを」

引きつった口調で正気を問うてくる元許嫁の言葉を遮り、男はにこりと笑った。
友好的な笑みなのに、目の奥が冷えているようなうすら寒い迫力を感じた元許嫁は、不満そうな顔をする村娘2人を引き連れて帰っていった。

「さ、明日も早いですし。もう寝ましょうか」

肩を引いて小屋へ戻ろうとする男の手を、娘がバッと振り払った。

「……あのさっ、無理しないで」

「はい?」

「救いようがない醜女だってのは分かってるし。あんたに悪意がないのは分かってるっ。私を元気づけるために言ってるんだと分かってるけど、でも、かわいいなんて嘘言われる方が嫌だし……」

「嘘じゃないですよ」

「だって、知ってる。許嫁だった男の言葉が、村人全員が思ってることだって。わたしを見るだけで気分悪くなるって、口付けすら吐き気するって……」

娘はだんだんと声量を落とし、俯いた。
蔑まれるのは慣れているが、気色悪い、吐き気がするとまで言われて傷つかないわけがない。

娘を慰めようと口を開きかけた男は、何かを思いついたのかきらーんと目を輝かせた。

「あ、じゃあ試しても良いですか?」

「……?」

「あなたに口づけて吐き気を催すとは全く思えません。なので実際試させて頂けませんか?」

「……えっ? えぇぇっ!?」

あわあわと狼狽える娘の頬に手を添えた男は、了承を待たずに顔を近づけた。
反射的にぐっと目を閉じ、硬直している娘を驚かせないように男は軽く口づける。

「……」

「……」

「……」

「……ちょっ、あ、あの……っ」

「何か?」

「あのっ……も、良いんじゃ……」

軽い口づけ程度だったが、その回数がしつこかった。
男は機会を無駄にしない性格だった。

ちなみに心配そうに伺っていた老いた両親は、2人に気付かれる前に急いで寝床に戻ろうとしたが間に合わず、ものすごい寝相ということにし、小屋の入り口付近で寝た振りをしていた。


元許嫁により、一夜にして男の話が広まった。
どうやら男は本気で不器量な娘をかわいいと思っているようだと。
頭がおかしいとまで言われたが、男はまるで気にした様子がなかった。

気が可笑しいと揶揄されてもどこ吹く風。
男は平然として、娘をかわいいと言い続けた。
そして働き者の娘を気遣い、優しく労わった。

愛おしく、大切な女の子を扱うような男の態度に、頑なだった娘の心も少しずつ溶けてきた。
男の嗜好はひどく変わっていて、不器量な娘がかわいく見えているのだと娘は信じ始めて来た。

それを悟った男は、時期尚早であるのは承知の上で、娘に婚姻を申し込んだ。

なぜなら城を出てから3月が経った。
そろそろ痺れを切らした王が迎えを寄越すだろう。タイムリミットである。

男は森へ綺麗な花を探しに行った。
無一文の男の出来る精いっぱいの贈り物は、森で見つける花くらいであったが、娘はいつもそれを少し恥ずかしそうに喜んでくれた。
白い可愛らしい花を、娘に差し出しつつ

「僕と結婚してくれませんか?」

男は不意打ちで爆弾発言をした。
娘は花を受け取ろうとした体勢のまま呆然としてしまった。

「あなたが好きです」

真摯的な男の言葉は、ふざけている様子も嘘をついている様子もなかった。
娘は動揺のあまり物好きだね、と上ずった声を返すしかなかった。

こんな不細工な女を妻に望む者などいないと娘はとうに諦めていた。
しかし男は、そんな娘をかわいいと何度も言い、そしてついに結婚まで申し込んでくれた。

娘は泣き笑いの表情でこくんと頷いた。
娘だって、奇妙だけれどどこまでも優しい男を好きになっていたのだ。

娘の了承の返事に、男は飛び上がらんばかりに喜んだ。
いつだって穏やかな様子の男が、頬を紅潮させ、満面の笑みを浮かべている。
娘をぎゅっと抱き寄せて、大好きですっ! と繰り返した。

しばらくして。
そんな興奮状態が収まった男は、腕に抱え込んでいた娘を離し

「あの、それでご相談があるのですが……あの、怒らないで下さいね……」

声のトーンを少し落とし、娘の顔を困ったように覗き込んだ。

「実は僕、中央に帰らなくてはならない事情がありまして」

「う、うん。あんたが良いところの坊ちゃんってのは分かってた」

「良いところの坊ちゃん、えぇ、当たってます。それで、あの……都に付いてきてくれませんか? ご両親も一緒に……」

娘への求婚嬉しいけど、できればワシらのいないところでやってくれませんか……? という心情を顔に表しながら、気まずそうにもそもそと夕餉を食べていた老いた両親は、男からの問いかけに首を縦に振った。
老いて農作業も出来ぬ身ならば、娘に合わせどこに行っても変わりはない。

両親の返事を受けて、娘も良いよと頷いた。
その返事に、男の顔がぱぁっと輝いた。

「苦労させると、思うんですけど、あの……」

「良いよ。苦労なんて今更だし、あんたとするのなら。でも、あんたって良いところの坊ちゃんだっただろうけど、何か不幸があったのでしょう? 都に戻って大丈夫なの? 私は体力あるし、都でだって下働きするの問題はないけど、4人分の食い扶持を稼げるかどうかは分からないよ。ここでなら小さいけど土地があるから生活は成り立つけど……」

「あ、大丈夫です。僕、お金だけは持っているので。有り余っているので」

都へ行く理由を尋ねてくる娘に、男は盛大に後出しを始めた。

「実はですね。都での僕の仕事が、国の副宰相でして」

「……は?」

「いや、副宰相と言ってもあの、大したものではないので、気楽にお嫁に来てください。王も……あ、実の兄なんですけど、森でお育ちになられた姫をお選びになりましたし。あなたの義姉になるのですが、気さくな方なので仲良くなれると思います。最近、王も姫の影響を受けて、野生に馴染んできてるんですよね。カエル食べるのは良いんですけど、僕に勧めてくるのは止めて欲しいですよ」

「……ま、まぁカエルは……食料に困れば、食べる時あるけど…」

話についていけない娘は、要らぬところに言葉を挟んでしまう。

「えっ!? そうなんですかっ。じゃあ僕も頑張りますね! それでですね、今後の話なんですが、勤めが落ち着いたら、挙式の準備をしましょう。僕、王族なので苦労させるかもしれませんが、絶対に守り抜きます。お金だけはあるので好きに使って、ストレス発散して下さい。あ、ご両親と住む二世帯住宅も建てますね」

「……」

副宰相、王と遠い話に、娘も両親もぽかーんとしている。

しかし男は、娘が自分との婚姻を受け入れてくれたこと、都についてきてくれることが嬉しくて、それに気づいていない。
はしゃいで、どんどんと話を進めている。

「残念ながらしばらくは王宮勤めになりますが、早期引退を目指します。そしたら自然豊かな田舎で農業をしようと思っているんですけど、どうですか? ここに戻ってきても良いですし、領土をいくつか持っているんです。あなたのお気に召す場所があればいいですけど。もしなかったら、新たに買うので遠慮なく言ってください」

「……は?」

丁度その時、いい加減に戻ってこい! と言う王の意を受けた近衛兵が男を迎えに来た。
王家の紋章が入った近衛兵に、村人は何事かと目を丸くしている。

その近衛兵が最近やってきた奇妙な男に傅いているのを見て、更に目を白黒させた。

そんな周囲を気にせずに、大喜びで娘と両親を王都へ連れ帰った男は、ストレスの元凶の一つであった王と姫に負けないほど、娘を大事にした。

「急激な環境の変化という次元ではないことはわかっています。なので嫌なことや辛いことは僕に言ってくださいね。早急に善処しますから。お金も好きに使って、何でも好きなもの買ってください。くれぐれもストレスはため過ぎないように。ある日突然ドカンと爆発して、逃亡なんてされたら僕、耐えられませんから」

お前じゃないんだから、という周囲の突っ込みも気にせず、男は働き者の娘を寵愛した。
切れ者で知られる副宰相の心を射止めた働き者の娘の話は、他国にまで広まった。
副宰相のべた惚れ具合を間近で見ていた村人たちは、大いに驚くと共にその価値観を変えた。
やがて村は、健康的で良く働く娘が美しいとされることになる。

副宰相と働き者の娘の恋の話はここで終わる。

野生化した姫と働き者の娘はとても気が合い、妃に甘い王と副宰相は一緒の方が気が楽だろうと、2組揃って挙式することにする。

そこでひと騒動起こるのだが、それはまた別の話。

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