Latter part...
イチョウの舞い散る中で、時間より早めにきて彼を待っていた。
思い出す40年は、いつもちょっぴり苦い思い出もあったけれど、今はその時とは全く違う意味を持つ。
「フサエさん! 待ったかのぉ?」
「いいえ、今来たところですのよ。どうしましょうか、これから……昨日の喫茶にでも?」
「そうじゃな、けど、ランチより前に、ここで少し思い出に浸るのもいいんじゃないかのぉ」
少し走ってきたようで、額にかいた汗を拭いながら、彼はそう話した。
徐にその場に腰掛ける彼を見て、同じように隣に座る。ひらひらと舞うイチョウを眺めながら2人でゆったり過ごす時間。1人で待っていた時は憧れたものだ。
「……阿笠君が、何も変わってなくて安心したわ」
「そう言ってくれると嬉しいよ。ハゲ頭に幻滅されるのも怖かったしな」
「ふふっ、それは本当にいいのよ。博士になったんでしょ? 知的な感じで逆に素敵に見えるもの」
頑張って待ってた結果。それが、この2人きりの幸せで穏やかな空間なら、とても満足だ。
例え彼が、昔より太ったとしても、白髪だらけだとしても、ハゲていたとしても。変わらず纏っている、優しい空気が愛しい。
「だって、髪の色なんて関係ないって、そう教えてくれたのも阿笠君。そうね、晴れた空に優しく浮かぶ、雲みたいで大好きよ」
「嬉しいのぉ、まさかそう言ってくれるとは思わんかったよ」
「そんな事で幻滅するなら、最初から40年も待ってないわ。思えば私の人生は、みんな阿笠君を中心に回ってたの。ホラ」
出したバッグは、フサエブランドの売れる起点となった、イチョウ柄。もう古いデザイン過ぎて、どこの店にも売ってはいない。けれど最も思い出深い。
「阿笠君に見つけて欲しくて、このバッグを作ったの。独立してすぐに、ね」
ずっと待っている気持ちを込めてデザインしたバッグ。そういう気持ちが手にしてくれた人にも繋がったのか、そこから沢山売れ出すようになった。
「暖かい柄じゃな。ワシも大好きじゃよ、フサエさんの愛が篭ったこのイチョウは」
「ありがとう。こうして会えた今になっては、今度は幸せをイメージしたデザインが出来そうだわ」
じゅうたんのように敷き詰められたイチョウの葉に座り、まだ舞い降りてくる暖かい色を眺めながら、暫く2人はそこで思いを語り合った。
小さい頃の事や、別れた後の事。伝えたい事は沢山あった。それを、全て語るには時間が何時間あっても足りないものだ。
ランチをしている時も、映画館を見に行って、喫茶店に行って、夜は2人でディナーまで食べて。フルコースなデートは1日中幸せな時間だった。
最後の帰る頃は、ひたすら別れが惜しく、また次に会う約束も交わした。
次の時には、また次の約束。そして、また更に次の時にも、別れの前に会う約束を交わした。
「じゃあ、阿笠君。また明日……楽しみに、待ってますね」
「ワシも、今からドキドキしておるよ!」
玄関先で、2人で赤面しながら向かい合う。帰るのが名残惜しく思うが、この際もう明日の事でお互い頭が一杯だった。
同じく、彼の後ろでクールに見送る小さな少女にも、微笑み、手を振る。今夜は、眠れるかどうか判らない。
落ち葉舞う〜Latter part〜
「まさか、こんなに話が進んでたとはオレも思わなかったよ」
「クスッ、私もさすがに少し驚いたわ。名探偵さんは、どうなのかしら? 彼女と」
「あ・の・なぁ……そういう事言う前に、この体何とかしてくれねーか?」
「それもそうね」
さほど大きくない、こじんまりとした雰囲気の会場だった。コナンはタキシード、哀はドレス姿でそこに居た。
「でも、やっぱり凄く綺麗な人よね、フサエさんって」
「でしょ? 蘭姉ちゃんも、同じ位綺麗な格好いつか見せて欲しいな!」
「もーっ、コナン君!?」
真っ赤になった蘭の顔に、コナンもしたり顔で笑う。
「あら、博士も中々男前よ? 衣装が張り裂けるんじゃないかって心配したけど」
哀の言葉に、蘭は苦い笑いを浮かべた。
「あ、哀ちゃん……それはちょっと」
「オメーなぁ。一応アレでも年長者だぞ?」
だが、呆れ顔のコナンもまた、博士の姿を想像すると笑いを堪えきれない。
「ブハ……ッ! ハ、ハハハハハッ」
「ホラ、見なさい。アナタだって……」
「う、うっせ……! オメーが変な事言うからだろ?」
「もーっ、コナン君も哀ちゃんも。博士に失礼よ? ホントに、年長者なんだから」
ハァ、と溜め息をついた蘭の前で、コナンは哀の白けた視線を浴びながらもう少しだけ笑い続けた。
「コナン君〜ん!」
「オメー、博士に会いに行かなくていいのかよ?」
「2人とも素敵でしたよ!」
3人が、扉からコナン達の方に駆けてくる3人の正装姿もまた珍しい。この日の為に、恐らく特別に見立ててもらったのだろう。
歩美はコナンと哀の服装をじっと眺め、気づいたように哀に寄った。
「おそろいだね、そのブローチ!」
「あら、そうね。博士に見立ててもらったけど、私にはあんまり……可愛いイメージだから、アナタは凄く似合うわ」
「そんな事ないよ、哀ちゃんも可愛い!」
「ありがと」
突然女の子らしい会話になった2人には入れず、コナンはちらりと扉の向こうを見た。そして、ふらっとそちらへ歩き出した。
いかにも、そこは特別な部屋だった。立派なパーティー会場の中の、豪華に飾られた個室だ。辿り着くなり、コナンはそこに立ち止まり、ノックして戸を開けた。
「お。博士、中々決まってんじゃねーか!」
「おーっ、新一!」
声をかけると、嬉しそうな博士が振り向いた。心なしか、年甲斐もなく赤面している。
「いやー、まさかこんな日が来るとは思わんかったぞ」
「ハハハッ、オレも。でも、やっぱり嬉しいモンだな。オレにとって、博士はホラ。じーさ……えっと、もう一人の父さんみてーなモンだろ?」
「新一、今何か別の事を言いかけなかったか? じーさん、とか」
ジト目で睨まれて、コナンは慌てて首を振った。一応、こう見えてまだ50代前半。じいさん呼ばわりはさすがに早すぎる。変に年寄り扱いすると、不機嫌になって拗ねてしまうような子供っぽい所が彼にはあるのだ。
「しっかし、よく勇気出したな。そんな歳と頭で。……あ、そういや、灰原はどうすんだ? アイツ何も言ってなかったけど。博士がそうなると……」
「……ちょっと待て、新一。頭は関係ないじゃろ! それに、哀君の事は心配要らんよ、ワシとフサエさんと、哀君で一応話し合ったんじゃ」
阿笠家で家族会議が行われたのは、つい1週間前の事だった。議題はつまり、今後の事という内容で。
「え……結婚!?」
「ああ、実はその。そうなんじゃよ。そういう話に」
「だ、誰と?」
「勿論、彼女とじゃ。ワシらももう若くないしの……あれからデートを重ねたんじゃが。あまり遅くなる前に思い切ってしてしまおうと、プロポーズしておったんじゃ」
そんな事など全く寝耳に水の哀は、珍しく驚きのあまり口をぱくぱくとさせていた。博士は恥ずかしそうに頬をかく。
「フサエさんにも、これから来て欲しいと言ってあるんじゃよ」
「……さすがに、驚いたわ。まさかそんな話になってると思わなかったもの」
「ワシも、OKもらえるとは思ってなかったんじゃが……」
チャイムが鳴るなり、博士は玄関へと駆け出した。フサエを上機嫌で家に招きいれ、哀と向かい合うように座る。
「こんにちは、灰原さん」
「え、ええ。こんにちは……まぁ、そういうことなら安心して、いつでも出てくから」
答えた哀の言葉に、博士とフサエは顔を見合わせた。
「その事なんじゃが、哀君」
「私達が結婚したからって、あなたがここを出て行くのはおかしいわ。だから、今までどおり同じ屋根の下で暮らせたらって思うの」
「え? で、でも私……」
「むしろ、私の方がお願いしなきゃいけないわ。結婚した後、この家に住んでもいいかどうか」
困惑する哀に、フサエはそう告げて控えめに微笑んだ。
「あなたが複雑な生い立ちだって事は聞いたわ。気まずい思いはして欲しくないって、阿笠君も心配してたのよ。勿論無理して説明しなくてもいいし、もし教えてくれる気になった時でも聞かせてくれればいいの。仕事があるから、朝夜くらいしか帰ってこないし。事情を知らない私が居ると、気を遣う?」
「哀君が決めていいんじゃよ。フサエさんは嫌なら別居でと言ってくれておるし。……その、最終的に全てが解決した後は、フサエさんにも君の事を教えて親子にでもなれたらワシらは幸せなんじゃが……」
2人の優しい顔を交互に見つめながら、哀は少しだけ考えた。そして、静かに微笑う。
「そういう事なら、私も嬉しいわ。……ありがと、博士もフサエさんも」
そして、阿笠家に家族が1人増える事も決まり、園子の家の計らいで、その1週間後に式をあげる事になったのだ。哀が全てを終えて、志保に戻るまで、この擬似家族関係は続く事になる。
コナンも元の場所に戻り、いよいよ式が始まろうとしていた。帰るなり哀を軽く小突いたコナンが、小さく彼女の耳元でよかったな、と呟く。それと同時に、照明は突然赤じゅうたんを照らした。
「それでは皆様、新郎新婦のご入場です。拍手でお迎え下さい!」
マイクの声と同時に、幸せの音楽がかかる。開いた扉から、少し遅咲きの2人がバージンロードを1歩1歩と歩いた。
40年間ずっとその思いと共に歩き続けて来た、2人の道が重なる瞬間。彼らは思い思いの幸せをすぐ隣に感じながら、新たなスタートを切った。
1年経ち、また黄葉鮮やかな季節が訪れた。
かつての場所。ひらひらと、柔らかく踊るように舞う落ち葉の道を、手を繋ぎながら歩く影がある。もう既に何年も夫婦として付き添ってきたような2人の間には、穏やかで優しい時が流れていた。
「今年もまた、綺麗なイチョウですね」
「ああ、子供の頃に戻ったみたいじゃな」
この黄色に埋め尽くされた世界の中で、もう彼女も独りではない。
寂しかったその40年分の思いを、少年だった頃と変わらずに、全て受け止めて暖かく返してくれる、大きな手があるから。
「来年もまた、歩きましょう。今度は今日来る事の出来なかった大切な家族も連れて」
こんな当たり前の日常が、何より平和で幸せな宝物。
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