First part...
まってるからね……
10年後も、20年後も……
ずっと、ずーっとまってるからね。
あなたが思い出してくれるまで。
あなたとまたかわらぬ再会をはたすその時まで……
落ち葉舞う
そう、ずっと待ってた。その日が来るたびめかしこんで、朝から晩まで。落ちるその葉を見つめながら、10代の頃、20代の頃、30代の頃……そしてあの時も。
来てくれるかも知れない。でももしかしてもう忘れてしまっているかもしれない。あんな昔に交わした約束など、彼にとっては些細な事だっただろうから。
雨の日も、強い風の吹いていた日も、いつもいつも待ち続けていた。大切な思い出の黄色い落ち葉を眺めながら。
「今でもイチョウは大好きですよー!!!」
叶う日なんて来るかどうかも半信半疑だった再会が見事果たせた日。車の中で聞こえた彼の声に、40年分の想いがあふれた。もう暖かな家庭に囲まれて、5人も幼い子供を連れていた彼はこんなに経ってからもずっと覚えていてくれていたのだ。
自分が、彼に思いを寄せるきっかけとなった、あの言葉。
コンプレックスだった髪の色を好きだと言ってくれた、あの彼との思い出の場所。今も未だ生き続けている記憶があると、そう教えてくれた。
「フサエブランドの限定バッグ、もう残り20品ですー! その後にお並びのお客様には、フサエキャンベルのサイン入りウォレットのみのご提供となります!!」
店員のマイクの声が店中に響き渡る。それを聞きながら、用意された大量のウォレットにサインをつづっていく。
イベントをしたいともちかけられたのは、つい1週間前。この秋二度目の限定販売だ。凄く贔屓にしてもらっている店だから、断りきれずにOKした。何でも、200品限定のブランドバックのオリジナルデザインを考えて、店頭でサインするブランドウォレットと一緒に販売するのだ、という。
お昼休憩を挟んで、午後は1時〜2時まで。もう並ぶお客さんに規制を引いて、何とか間に合いそうだ。
最初、200なんて簡単に売れるワケないと思ったけど、限定パワーというのは凄いらしく、朝開店時から始まったこのイベントも、お昼前の今には、もう残り僅かの状態になっていた。
「あのっ、いつもバックとかお財布とか、出るもの全部買ってます! 大ファンなんです、私!」
「ありがとう。これからもよろしくお願いしますね」
来る客の大体が10代後半〜20代位の若い女性。そこに、たまに30代40代の人が並んでいる。今嬉しそうに大ファンとはしゃいで行った客も、また20代前半程度って所。
「こんにちは!」
「あら、あなた達……」
2つ残った最後のバックの客は、とても覚えのある顔だった。女子高生2人と、付き添いで来たと思う男の子が1人。
「あの、園子……この子に教えてもらったんです。フサエブランドの限定バック販売があるから来ないかって。前買ったバッグが凄く気に入って……」
「ココ、鈴木財閥で経営してるお店だからね、パパにイベントの事聞いて絶対手に入れるって狙ってたのよ!」
「嬉しいわ、いつもありがとう」
微笑を浮かべながら応対する。気に入ってくれたという声は、何より嬉しいものだ。
「ね、ねえっ。おばさんボクの事覚えてる?」
「え?」
話しかけられるとは思わなかったから、一瞬驚いた。その少年は大体小学校低学年位で、眼鏡をかけて……そういわれてみれば、どこかで会った気もする。
「コナン君、フサエキャンベルと知り合いなの?」
「らーん、どーせこのガキンチョの勘違いだって。知ってるわけないでしょ?」
上からかかる意外そうな声にも、彼は耳を傾けずに確信しているようだ。どこかで会った。確かに自分自身、そう思う。どこか、大切な場所。
「坊や、どこで私と会ったの?」
尋ねると、少年は歳不相応に大人びた静かな笑みを浮かべた。
「……”小学校のイチョウの木の下”って言えば、思い出す?」
「あ! 坊やあの時の? そうだわ、あのお孫さんの一人!」
確かに、あの時5人居た子供達の中の1人に、この少年の姿を見た。けど、少年は少し苦笑いを浮かべている。
「う、うん……。その事で、ちょっと誤解があると思うから、できれば時間取って欲しいな。おばさん忙しい?」
「そうね、今日ここが2時に終わるんだけど、その後少しだけなら時間取れると思うわ。坊やの都合はどう?」
「じゃあ、2時半に例の場所で待ってていい? その時に、他の4人も一緒に居るかも知れないけど」
「判ったわ。約束ね」
指きりを交わす姿を、不思議そうに見つめる目がいくつもあった。そういえば、こんな風に昔指きりをした少女が居たのも鮮明に覚えている。イチョウの下で過ごす日の事だけは。
彼らが帰ってから、また来る客沢山の相手をして、ついにその約束の2時半になった。どんな誤解があったというのだろうと考えると、少しドキドキする。
そして、約束した例の場所に向かった。
「フサエさん、こっちだよ!」
キョロキョロしていると、呼ぶ声が届いた。先程の少年と、あと4人、そういえばこのメンバー全員で来るとあの時の子供達と一発で判る。
「少し遅くなった? ごめんなさい」
「ううん、全然待ってないから大丈夫! 忙しい中で時間作ってくれて有難う!」
駆け寄ってくるその姿が可愛らしく思う。近くで見れば、随分と個性的な子達だ。
1人は眼鏡の大人びた少年、1人は自分の幼い頃を思わせる明るい茶髪のクールな少女。
そして、他の3人は2人から見ると随分子供のイメージが強い。10円ハゲのトド体系君と、そばかすのっぽ君と、カチューシャの可愛い女の子。
「おじいちゃんは、元気?」
尋ねると、皆が顔を見合わせて苦笑した。その意味は少し判りかねて、首を傾げた。
最初に言葉を発したのは、眼鏡の彼。
「あのね、おばさん。阿笠博士は、ボク達のおじいちゃんじゃないんだ」
アレ? と、固まった。ぽかんとした顔を浮かべるのにもお構いなしに、子供達は口々に話す。
「歩美達が一緒だったから、そんな風に思っちゃったのかなーって、あれから反省したんだよ!」
「もちろん、お父さんでもないわ。私は博士の家に預けてもらってるけど、一応血はつながらない赤の他人だから安心して」
「そうそう! コナンの親戚の博士でよー、コナン経由で知り合ったんだよ。色んな所連れてってくれるし、色んなもん食わしてくれるし。オレらにとっては、じーちゃんみたいなもんだけどな!」
「そうです! それに博士はまだ独身ですよ。寂しい独り身なんです!」
たまに、少し失礼な言葉も混じっている気はするけど、基本的に皆彼の事が好きだとよく判る。皆に慕われている、博士。
「……彼女も居ないわ。それに博士、あれでもずっとアナタとの約束覚えていたのよ。ただ、ちょっと辿り着けなかっただけでね。」
「あの手紙の事を?」
忘れられていると思っていた。40年も経ってから、偶然思い出して孫でも連れて来て見る気になった、と。
「博士、10年ごとに毎年、ちゃんと色んな場所に行ってたみたいだよ。フサエさんとの思い出の場所だって思ってた所」
「本当に?」
眼鏡の少年の言葉に、いい年して胸が高鳴った。
ちゃんと覚えてくれていたとしたら……40年待ちぼうけをくらい続けたあのイチョウの下で待つ自分同様、彼もまたそれぞれ別の場所で待ち続けていてくれていたとしたら。
「オレ達、そんな博士の初恋叶えてやりたくてよー、探すのに協力してやったんだ!」
「フサエさんと再会した後の博士、凄く幸せそうでしたよ!」
「うん、だからね、歩美達あんな風に博士を喜ばせてあげたいの!」
子供達の言葉に、嬉しくて涙が出そうだった。ぐっと堪えて、微笑んでみせる。
「ありがとう……皆」
空から舞う黄色いイチョウの葉が、凄くしんみりした気分にさせた。下から見つめる暖かな視線が、とても幸せに思う。
「フサエさん、だからね、博士と会う気になってくれた?」
「え?」
「あんなんでもオレ達の大事な博士だからよー、あんまりこっぴどいふり方はすんなよな?」
「ふったりなんて……」
子供達の言葉が、妙に引っかかる。まるで、これから話の中心に居る彼と……
「あっ、来た! こっちこっち!」
「そんな驚いた顔しないで下さい! 僕達ちゃんと話つけましたから」
私の後ろの方を見て、カチューシャの彼女が嬉しそうに手を振った。一瞬戸惑う気配を感じた後ろから、さく、さくっとイチョウの葉を踏む音が段々近づいてくる。まさか、と思い、どくどくうるさい心音を無視してゆっくりと振り向いた。
「……阿笠君?」
「ふ、フサエさん!」
そこにあった姿に、つい昔と変わらぬ呼び名が口から零れた。そして、彼も今度ははっきりと名前を呼ぶ。
この間、イチョウの下で再会した時は、知らない人を装っていた。だから、ある意味これが40年ぶりの再会だ。そう考えると、体中が熱くなる。
小さな子供達に見守られながら、何か声をかけなくてはと必死で自分に言い聞かせた。
「……イチョウ、今日もまた綺麗ですわね」
「お、おお、そうじゃな。40年でこの町も色々変わってしまったが、このイチョウ並木だけは、ずっと変わらず綺麗ですよ」
彼も緊張しているのか、少し堅い口調で応えて笑った。
「今日は、子供達にここにつれてきてもらったの。ここは、私の大切な思い出の場所なのですよ」
「ワシも同じじゃよ、この子らがどうしてもここに来て欲しいと言い出してのぉ。何事かと思って来て見れば、イチョウの葉っぱのような綺麗な髪の女性が立っておったのじゃよ」
イチョウの葉っぱみたいで綺麗じゃないか。と優しく笑った少年の言葉が、あの時怯えていた幼い少女を救った。今も、その時の優しい笑顔のまま変わらない彼が居る。
待っていた甲斐があった。そう感じて、凄く穏やかな気持ちになれた。
「昔、私がまだ小学生の頃、同じことを言ってくれた人がいましたの。知ってらっしゃる?」
「ああ、ちゃんと覚えておるよ」
「ずっと、コンプレックスでしたのよ。この髪のせいで何度も苛められて、どうして黒くないんだろうって。でも、イチョウみたいで好きだって言ってくれた人が居たから……逆に私、この髪の色が大好きになれましたのよ」
フサエブランドのイチョウは、40年続く初恋の気持ちを込めたもの。ずっと支えてくれたその少年の言葉が、いつでも力になってくれた。
「そして、私はその人の事も大好きになりましたの。……すぐ、転校が決まって、たくさん泣いたけど、でもいつか会えるってそう信じて、最後にたった1通のはがきを置いていきました」
お別れじゃなく、再会の為に。まだおさなかった自分が、精一杯頭を振り絞って考えた、この場所に続く彼だけがきっと分かる暗号を添えて。
1年目も、2年目、3年目も。舞い散るイチョウを見つめて、朝早くから夜遅くまで。きっと会える事を信じて、あの日の思い出を胸の中にずっと反復させながら。
「す、スマンのぉ、ずっと待たせてしまってたんじゃな」
申し訳なさそうに謝る彼に、静かに微笑んだ。
「……彼は同じ時間、いつも別の場所に居たと聞きましたわ。別の場所で、私を待ってくれていたと。40年かかって、やっとここに辿り着いて下さったのね」
「少し、遅すぎたかの? ワシの頭がハゲる前に到着したかったものじゃが……」
ハハハ、と気まずそうにさする彼の、白髪に、ぽっかりハゲた頭。まだそんな歳でもない筈なのに、まるでおじいさんの外見だ。人がよさそうなご老人と言った感じ。
時間は、残酷に彼の外見を老いさせた。そして自分自身も、もう50手前のおばさんだ。
「でも、待ってるって約束しましたから。おばあちゃんになってもって。だから……」
話すごとに、40年分の思いが感極まって溢れてくる。だんだん、目頭が熱くなって、視界に居る彼もイチョウも、ぼやけてくるように感じた。
「だから、初めてあなたの姿を見つけた時、凄く嬉しかったわ。やっと会えた、って。信じてたけど、でも半信半疑だったから。私にはとても奇跡的な事だったの」
「ふ、フサエさん……あ、えっと、これハンカチじゃ」
かなり狼狽し、慌ててポケットから取り出されたハンカチからは、優しい温もりがした。
後ろの子供達が、小声で彼に「抱きしめろ」と何度も囁いているのがお互い聞こえて、つい赤面してしまう。
「そ、その……フサエさんがもしよければじゃが。これから喫茶店かワシの家ででも、落ち着いて何か飲みながら話さんかのぉ?」
「あ……ごめんなさい。これから今日はまだ仕事があって、あと少ししか居られないの」
「そ、そうじゃったか……」
がくっと項垂れた彼を眺めながら、もう一度だけある勇気を振り絞った。
「明日、なら! 明日なら1日空いてるわ。……もし、阿笠君がよかったらだけど」
今更こんな色恋問題にドキドキ胸を躍らせる事になるとは思わなかった。けれど、10年後20年後、またお互い元気で会える保障もない。だからこれを逃したらいけないと思った。
40年もかけて、ようやくめぐり合えた2人なのだから。
「あ、明日は……ワシもずっと空いておるよ」
「じゃあ、朝の10時……ここで、待ち合わせして下さる?」
「勿論じゃ。楽しみにしておるよ」
こんな日が来ると思わなかった。まさか彼と普通に待ち合わせする事が出来る日が来る、なんて。随分遅くなってしまったけれど、やっとまたいつでも会えるようになったのだ。
その日は、そのまま別れた。彼や子供達の背後に舞うイチョウに感慨深さを思いながら。
彼と別れてから最初の10年目は、悪い事と思いながらも大学の講義を休んでそこに向かった。その頃は、まだ若い気持ちのまま、彼に絶対会えるつもりでそこに辿り着いた。
10年ぶりに会う彼へのプレゼントまで用意して、彼に見せようと思って自分が目指してるデザイナーの、初めて書いた設計画までもって行った。
いつ来るのだろういつ来るのだろう、と胸をときめかせて、彼と一緒に食事もするつもりで、家での夕食も断ってまで。
けど、迎えてしまった日没に、涙が零れた。もしかして忘れられたんじゃないかと、疑ったりもした。
2回目のその日は、今度こそ! という気持ちでそこに向かった。けれどまた結局彼に会える事はなかった。
3回目は、雨が降ってる日だった。イチョウも土と一緒にぐっしょり濡れて、何だかむなしかった。もう彼は来ないかも知れない、と諦めていた頃。案の定、彼はずっと現れなかった。
日暮れ前に、そろそろ今年も終わりか、と思った時、1人の女の子が同じようにそこに寄りかかっていて、その子との指きりで、また頑張ろうと決めた。
30年も待って現れなかった彼を、少しだけ恨んだ。けれど、やっぱりイチョウを見るたび暖かいものがたくさんこみ上げて来るから。
イチョウのデザインが有名になれば、もしかしたら彼が見つけて思い出してくれるかも知れない、なんて淡い期待。
もう、絶対に会えないと思っていた。それでも死ぬまではずっと待ち続けるつもりで。
明日のデートは、イチョウのデザインで行こう。40年分のこの気持ちを、彼にしっかり思い知ってもらおう。
イチョウの葉っぱに包まれた、切なくて優しくて暖かい、思い出の日々を。
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